【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

スカラ座と聖母マリアとジョン・レノン

無題


毎年12月7日と決まっているスカラ座の初日は、イタリアの全ての劇場が閉鎖されている新型コロナ禍の規制から逃れられず、無観客でのバーチャル公演となった。

プラシド・ドミンゴほか23人のアーチストが劇場で歌うパフォーマンスが公共放送のRAIで流され、世界中に配信された。スカラ座の本当の再開は、コロナの行く末に左右される危うい未来。誰も正確なことは分からない。

スカラ座のバーチャル開演の翌日は、ジョン・レノンの40回忌。偉大なアーチストはちょうど40年前の今日、1980年の12月8日にニューヨークで理不尽な銃弾に斃れた。

僕はジョン・レノンの悲劇をロンドンで知った。当時はロンドンの映画学校の学生だったのだ。行きつけのパブで友人らと肩を組み合い、ラガー・ビールの大ジョッキを何杯も重ねながら「イマジン」を歌いつつ泣いた。

それは言葉の遊びではない。僕らはジョン・レノンの歌を合唱しながら文字通り全員が涙を流した。連帯感はそこだけではなくロンドン中に広がり、多くの若者が天才の死を悲しみ、怒り、落ち込んだ。

毎年めぐってくる12月8日は、イタリアでは「聖母マリアの無原罪懐胎の祝日(festa dell'immacolata)」。多くのイタリア人でさえ聖母マリアがイエスを身ごもった日と勘違いするイタリアの休日だが、実はそれは聖母マリアの母アンナが聖母を胎内に宿した日のことだ。

イタリアの教会と多くの信者の家ではこの日、キリストの降誕をさまざまな物語にしてジオラマ模型で飾る「プレゼピオ」が設置されて、クリスマスの始まりが告げられる。人々はこの日を境にクリスマスシーズンの到来を実感するのである。

普段なら12月の初めのイタリアでは、スカラ座の初日と「聖母マリアの無原罪懐胎の祝日(festa dell'immacolata)」に多くの人の関心が向かう。

イタリア住まいが長く、イタリア人を家族にする僕は、それらのことに気を取られつつもジョン・レノンの思い出を記憶蓄積の底から引き上げることがないでもない。それはしかし、ひどくたよりない。

だが今年は、偉大なミュージシャンが逝って40年の節目ということもあり、メディアのそこかしこで話題になったり特集が組まれたりすることさえあった。それで僕もいつもよりも事件を多く思う機会を得た。

新型コロナは、ジョン・レノンの故国イギリスと首都ロンドンを痛めつけ、彼が愛し住まったニューヨークを破壊し、スカラ座を抱くミラノを激しくいたぶっている。

それらの土地と僕は縁が深い。ロンドンは僕の青春の濃い1ページを占め、ニューヨークは僕をプロのテレビ屋に育ててくれ、ミラノは仕事の本場になりほぼ永住地にまでなった。

そうはいうものの、3都市は普段は何の脈絡もなく、したがって僕はそれらの土地をひと括りにして考えることもほとんどない。が、今では3都市は新型コロナによってしっかりと束ねられている。

それはどの街もが新型コロナの被害者、というネガティブなコンセプトの下での統合である。だが、それらは確かに結ばれている。

運命を共にするものとしてあるいは泥舟に乗り合わせた者同士として、愛しささえ伴いつつ僕の日々の意識に頻繁に刻印される存在になった。

そんな状況はむろん心地よいものではない。

僕はそれらの魅惑的な都会が、コロナごときに収れんされるものではなく、独立した多様な都市として勝手に存在する、コロナ以前の美しい時間の中に戻ることを渇望するのである。


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コロナ死者が多くてもイタリアはもはやパニくらない


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イタリアの日ごとの新型コロナ感染者数は減少傾向にある。

ところが12月3日、1日の死者が過去最多を更新して993人にものぼった。

これまでの記録は第1波のロックダウン中の969人。3月27日のことだった。

新法令

死者が激増した同じ日、イタリア政府は、新型コロナ対策として新たな法令を発動した。

それによるとクリスマス直前の12月21日から1月6日までは、州をまたいだ移動は禁止。

また夜10時から翌朝5時までの外出も引き続き禁止とする。

さらにクリスマス当日と翌日、また元日には住まいのある自治体から外に出てはならない。

ただし、いずれのケースでも、仕事や医療また緊急事態が理由の移動は許される。

レストランは、赤、オレンジ、黄色の3段階の警戒レベルのうち、最も低い黄色の地域にある店だけ午後6時まで営業できる。

大晦日から新年をホテルで過ごす場合、食事はルームサービスのみ許される。

スキーリゾートは来年1月6日まで閉鎖。1月7日より営業が可能、など。など。

パニくらないイタリア

イタリアの累計の新型コロナ死亡者は、12月3日現在5万8千38人。

欧州ではイギリスの6万210人に次いで多い。

欧州で死者が節目の5万人を超えているのは、イギリス、イタリア、そしてフランスの5万4千231人。スペインの死者数ももうすぐ5万人クラブに入る勢いである。

イタリアの1日あたりのコロナ感染者数は、例えば日本に比べると、依然としてぞっとするほどに多い。重症者も、従って死者も然りである。

なぜイタリアのコロナ死亡者は多いのか。答えは相変わらずイタリアが欧州一の高齢化社会だから、という陳腐なものだ。一種のミステリーである。

もやもやした心情を抱きつつも、人々は落ち着いている。第1波のコロナ地獄と全土のロックダウンを経験して、イタリア国民はコロナとの共存法をある程度獲得し、さらに獲得しつつある。

イタリアが最も賑やかになるクリスマスシーズンを控えめに過ごして、休暇後の感染爆発を回避しようとする政府の方針は、ほとんど国民的合意といってもかまわないように見える。

そうした社会情勢は、2回目のロックダウンを敷いて感染拡大をいったん制御し、クリスマスを前に一息ついているフランス、イギリス、スペインなども同じ。

欧州主要国の中ではドイツだけがロックダウンを延長しているが、それはドイツ的慎重の顕現で、同国のコロナ状況は依然として英仏伊西よりも良好である。


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「ベンチのマラドーナ」が泣いている



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偉大なマラドーナが逝ってしまった。ふいにいなくなってしまうところが悲しく、だがさわやかでもある、いかにもマラドーナらしいサヨナラの仕方であるようにも思える。

サッカー少年だった僕が、「ベンチのペレ」と呼ばれて相手チームの少年たちを震え上がらせていたころ、マラドーナはまだマラドーナではなかった。ディエゴ・アルマンド・マラドーナという僕よりも少し幼い少年だった。

マラドーナがアルゼンチンで頭角をあらわし、むくりと立ち上がって膨張したころ、僕は既にサッカーのプレーはあきらめて、サッカー理論や情報に興味を持つだけの頭でっかちのサッカーファンに成り果てていた。

テレビドキュメンタリーの監督として仕事をするようになってから、僕はニューヨークに移動し、2年後にそこを離れてイタリアに移住した。それはちょうどマラドーナがアルゼンチンを率いてワールドカップを制した時期に重なっていた。

1986年のワールドカップを僕はニューヨークで見た。決勝戦に際して僕は、同僚のアメリカ人TVディレクターらをはじめとするプロダクションスタッフと遊びで賭けをした。アメリカ人は当時も今もサッカーを知らない。誰もが前評判の高いサッカー強国のドイツが有利とみてそこに金を賭けた。

僕とプエルトリコ出身の音声マンだけがアルゼンチンに賭けた。ヒスパニックの音声マンは同じヒスパニックのアルゼンチンに好感を持ったのだ。僕はアルゼンチンではなくマラドーナの勢いに賭けた。確信に近い思いがあった。

結果は誰もが知る内容になった。マラドーナは、対イングランド戦での「神の手ゴール」と「5人抜きゴール」の勢いに乗ったまま、アルゼンチンを世界の頂点に導いた。マラドーナの人気は、頂点を越えて宇宙の高みにまで突出していった。一方僕は騒ぎのおこぼれにあずかって、かなりの額の賭けの配当金を手に入れた。

同年から翌年にかけて、僕は仕事の拠点をニューヨークからイタリア、ミラノに移した。ワールドカップを沸かせたマラドーナもイタリアにいた。彼はその2年前からイタリア、ナポリでプレーをしていた。ナポリが所属するプロサッカーリーグのセリエAは、当時世界最高峰のリーグとみなされていた。

例えて言えば、現在隆盛を極めているスペインリーグやイギリスのプレミアリーグなどにひしめいているサッカーのスター選手が、当時はひとり残らずイタリアに移籍するような状況が生まれていた。その典型例がマラドーナだったのである。

時間は少し前後するが、絶頂を極めた80年代から90年代のセリエAにはマラドーナのほかにブラジルのジーコ、カレカ、ロナウド、フランスのプラティニ、オランダのファン・バステン、フリット、アルゼンチンのバティストゥータ、ドイツのマテウス、イギリスのガスコインなどなど、スパースターや有名選手や名選手がキラ星のごとく張り合っていた。

そこにバッジョ、デルピエロ、トッティ、マンチーニ、バレージ、マルディーニ等々の優れたイタリア人プレーヤーたちが加わってしのぎを削った。僕はそんな中、イタリアのサッカーを日本に紹介する番組や報道取材、また雑誌記事などの媒体絡みの仕事などでもセリエAにかかわる幸運に恵まれた。

マラドーナは常に燦然と輝いていた。僕が自分のサッカーの能力を紹介するフレーズ「僕はベンチのペレと呼ばれた」、を「ロッカールームのマラドーナと呼ばれた」と言い変えたりするのは、そのころからである。それはやがて「僕はベンチのマラドーナと呼ばれた」へと確定的に変わった。

「ベンチのマラドーナ」とは言うまでもなく補欠という意味だ。そのジョークはイタリア人に受けた。受けるのが楽しくて言い続けるうちに、それは僕の定番フレーズになった。サッカー少年の僕はベンチを暖めるだけの実力しかなかったが、少年時代の悔しさは、マラドーナのおかげで良い思い出へと変容していった。

閑話休題

マラドーナはよくペレと並び称される。ペレは偉大な選手だが、僕にとってはいわば「非現実」の存在とも言えるプレーヤーである。僕は彼と同じ世代を生きた(サッカーをした)ことはなく、彼のプレーも実際に見たことはない。だがマラドーナは同年代人であり、彼のプレーも僕は何度か間近に見た。

巨大なマラドーナは、プレースタイルのみならずその人となりも人々に愛された。彼はピッチでは、よく言われるような「神の子」ではなく、神同然の存在だった。が、一度ピッチの外に出るとひどく人間くさい存在に変わった。気さくでおおらかでハチャメチャ。人生をめいっぱい楽しんだ。

楽しみが極まって彼は麻薬に手を出しアルコールにも溺れた。そんな人としての弱さがマラドーナをさらに魅力的にした。天才プレーヤーの彼は間違いを犯しやすい脆弱な性質だった。ゆえにファンはなおいっそう彼を愛した。

その愛された偉大なマラドーナが逝ってしまった。2020年は猖獗を極める新型コロナとともに、あるいはもう2度とは現れない「サッカーの神」が去った年として、歴史に永遠に刻み込まれるのかもしれない。

マラドーナは繰り返し、もしかすると永遠に、ペレと名を競う。が、人としての魅力ではマラドーナはペレをはるかに凌駕する。また今現在のサッカー界に君臨する2人の巨人、クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシは、技量において恐らくマラドーナを超える。数字がそれを物語っている。

だが彼ら2人も人間的魅力という点ではマラドーナにははるかに及ばない。マラドーナの寛容と繊細とハチャメチャと人間的もろさ、という面白味を彼らは持たないのである。マラドーナはまさに前代未聞、空前絶後に見える偉大なサッカー選手であり、同時に魅惑的な人格だった。

合掌。



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日本よ、少しは落ち着いたらどうだ



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2020年11月18日、イタリア時間の昼間、午後1時に日本とのリアルタイムで流れるNHKの夜9時のニュースが、「新型コロナの一日あたりの感染者数が過去最大の2201人!」とまるでこの世の終わりのような勢いで報道していた。

東京の一日あたりの感染者も493人の新記録。重症者も39人と多い。全国では276人。感染拡大が止まらない。医療現場は逼迫の一途をたどっている!等々と不安と恐怖のオンパレードである。

僕はそのニュースを見ながら正直うんざりした。日本の平和と、平和を恐慌に見立てるNHKの軽さと嘘っぽさにだ。それは日本の軽さであり嘘っぽさだ。日本があってNHKがあるのだから。決してその逆ではない。

同じ日のイタリアの一日あたりの新規感染者数は32191人。日本のほぼ15倍である。スペイン、フランス、イギリスなども似たリ寄ったり。ドイツでさえ一日で26231人の新規感染者を数えた。

むろん死亡者も多く、重症の患者も日本とは比較にならないほどにおびただしい。医療現場も多くの国で逼迫しているのは言うまでもない。

欧州では連日そういう状況が続いている。各国はロックダウンやそれに近い厳しい行動規制を敷いて感染拡大を食い止めようと必死になっている。そしてその多くが、それなりの成果を収めている。

成果とは、感染拡大を劇的に抑えているという意味では断じてない。欧州が第1波の恐怖と絶望の時間を経て、感染拡大と共存する方法を日々学びながら、それをいわば自家薬籠中の物としつつある、という意味である。

欧州どころか世界でも最も悲惨な第1波の洗礼を受けたイタリアでさえ、第2波の恐慌を冷静に受け止めてこれに立ち向かっている。

イタリアよりも強い第2波に襲われてきたフランス、スペイン、イギリス等も果敢にパンデミックに対峙し、恐れ怒りつつも断じてパニックには陥っていない。

なのに日本の体たらくはどうだろう。世界、特に爆発的な感染拡大が続く欧米などに比べたらどうということもない数字に慌て、悲鳴を上げ、錯乱している。

日本はコロナ禍中の世界の国々の中では、経済も医療も社会状況も依然として良好な幸運な国だ。少しはそのことを思って気を落ち着け、状況を見極めつつ行動する努力をするべきだ。

一見した限りでは、ここまで運に恵まれ続けたとしか思えない日本のコロナ状況が、ふいに激変する可能性はゼロではない。従って油断は禁物だ。

だが、ほんの少しの状況の悪化に、脱兎の群れの如くパニくる日本は少し見苦しい。メディアも政府も国民も冷静になって、感染を抑えつつ経済も回す知恵をさらに磨いたほうがいい。

幸いコロナワクチンも開発されつつある。それが日本を含む非開発国にまで行き渡るのはまだ先のことだろう。だが恐らくそれは流通する。

それまではー繰り返しになるがーメディアも政府も国民も、日本がうまくやっていることをしっかり認識して、ここイタリアを含む欧州同様に威厳を持ってパンデミックに対峙して行ってほしい。



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ワクチンは善意ではなく銭(ゼニ)で出来ている 

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米製薬会社ファイザーが先日、新型コロナウイルスのワクチン開発に成功、と発表した。臨床試験には4万3千538人が参加。9割以上に効果があった。画期的な内容である。さらに一歩進んで公式に承認されれば、ファイザーのCEO(最高経営責任者)が自画自賛したように「過去100年のうちの世界最大の医学的進歩」とも言える出来事に違いない。

ファイザーワクチンの大規模最終治験では、94人が新型コロナウイルスに感染した。治験では医師も被験者も分からない形で本物の薬と偽の薬を投与して結果を見る。そのうちの90%以上が偽薬を投与されたグループだった。一方、本物(ワクチン)を投与されたグループの感染は10%未満で、効果が確認された。

だがワクチンははまだ完璧なものではない。大規模な臨床試験のうち新型コロナ検査で陽性と出た94人の結果のみに基づいている。例えば重篤な症状に陥る高齢者にも効くのか、ワクチンを接種して獲得される免疫はどれくらいの期間有効なのか、など分からないことも多い。また同ワクチンは摂氏80度以下の超低温で保管しなければならない、という問題もある。

ファイザー社の発表を慎重に見守る世界の専門家は、ワクチンを最終評価するためには特に安全性に関する情報など、もっと多くの踏み込んだデータが必要だと指摘している。それでも、ワクチンの効果は50%を超えれば成功、とされる中で90%を越える効果を示したファイザー・ワクチンは、大きな朗報であることは疑いがない。

ワクチンに関しては懐疑的な意見も多い。それどころか接種を徹底的に忌諱する人々も少なくない。拙速な開発や効果を疑うという真っ当な反対論もあるが、根拠のないデマや陰謀論に影響された狂信的な思い込みや行動も目立つ。後者の人々を科学の言葉で納得させるのはほとんど不可能に近い。だが彼らを無知蒙昧だとして切り捨てればワクチンの社会的な効果は半減する。

ワクチンはウイルスを改変したり弱体化させて作るのが従来のやり方である。それは接種された者が病気になる危険などを伴うこともあって、細心の注意を払い用心の上に用心を重ねた厳しい治験を経て完成する。早くても1年~2年は時間がかかるのが当たり前だ。時間がかかるばかりではなく、ワクチンは開発ができないケースも非常に多い。

ワクチンそのものの医学的科学的な内容の複雑に加えて、開発に伴う「政治」と「経済」がからんだ思惑が錯綜して事態が紛糾し、ついには開発が頓挫したりする。ワクチンはビジネスだ。しかも開発に莫大な金がかかるビジネスである。市場が小さすぎたり対象になる病気が終息して、開発後に市場そのものが無くなったりすればビジネスは成り立たない。ワクチンを扱う事業家は常にそのことを見据えて投資をしている。

人類はこれまでに多くの感染症に襲われて犠牲者の山を築いてきた。その都度ワクチンを開発して対抗した。が、われわれがこれまでにワクチンで完全に根絶できた感染症はたった一つ、天然痘だけだ。しかもそれは200年もの時間をかけて成された。それ以外のありとあらゆる恐ろしい病、例えば結核やポリオやおたふくかぜや破傷風等々は根絶されてはいない。それらに対するワクチンを開発して予防し共存しているのである。ワクチンには人類の叡智が詰まっている。

同時にワクチンは-繰り返しになるが-良い意味でも悪い意味でもビジネスに大きく左右されている。儲からないワクチンはワクチンではないのだ。あるいは儲からないワクチンは、ほとんどの場合この世に生み出されることはないのである。ワクチンは国や社会の善意や慈悲で作り出されるのではない。銭(ゼニ)がそれを誕生させるのだ。

そのことを裏付ける最近の出来事が、2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年の MERS(中東呼吸器症候群)だ。世界はかつて、恐怖に彩られたそれらの感染症に立ち向かうワクチンを手に入れようとして、急ぎ行動を開始した。だが開発は途中で頓挫した。感染の流行が収束して患者が減り市場が小さくなったからだ。つまりワクチンを開発しても儲からないないことが分かったからだ。そういう例は過去にいくらでもある。

しかし新型コロナの場合には事情が全く違う。ワクチン開発能力の高い欧米を始めとする世界の全体で、爆発的に感染が拡大し被害が深刻になっている。ワクチンが開発されればその需要は巨大だ。だから莫大な投資が次々になされている。また被害が世界規模であるため、各国の研究機関や開発事業体などが競って連携を深めてもいる。各政府の後押しも強く民間からの協力も多い。マイクロソフトのビルゲイツ氏などが私財をワクチン開発に提供したりしているのがその典型だ。

また中国やロシアなどの一党独裁国家や変形独裁国家では、統治者が自らの生き残りを賭けて必死でワクチン開発を行っている。国民の生殺与奪権を握り、たとえその一部を殺しても糾弾されない彼らは、安全が保障されていない開発途中のワクチンでさえ人々に接種して結果を出そうとする。それはワクチンの副作用で人が死んでも、隠蔽し否定するなどして問題化しない国だからできることだ。

欧米を始めとする自由主義圏では、空前絶後と形容してもかまわない規模の資金が集まるおかげで、ワクチン開発は急ピッチで進んでいる。また容赦のない被害拡大という切羽詰まった現実や、パンデミックに屈してはならないないと決意する人々の、いわば人間としての誇りも大きく後押しをして、ワクチン開発のスピードはひたすら増し続けているのだ。

そうしたもろもろの要素がかみ合って、かつてない高速で誕生しつつあるのが冒頭で言及した米ファイザーのワクチンである。それは英オクスフォード大学が開発中のワクチンや米モデルナ社のワクチン「mRNA-1273」、また同じく米ジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンなどの激しい追い上げを受けている。それとは別に世界全体では160とも170ともいわれる開発中のワクチンがある。そのうち約40種類は臨床試験に入っていて、いよいよ開発速度が増すという効果が起きている。

ワクチンはその有効性と安全性を、接種量や接種期間また投与する道筋などの重要事案を3段階に分けて繰り返し確認し、最終的に大規模集団においても確実に有効性と安全性があると認められたときにのみ生産が許される。最終治験では数千人~数万人が対象にされることも珍しくない。大きなコストも掛かる。ハードルも高い。有望とされたワクチンがこの段階でボツになることも多い。

従って90%あまりの効果が認められたとするファーザー社のワクチンが、正式に承認される前にダメ出しをされる可能性も依然としてある。だがそうなっても、他の開発中のワクチンが承認を目指して次々に名乗りを上げると思う。こと新型コロナワクチンに関する限り、不信の基になりかねない「高速度の開発」が、逆に信頼するに足る要因であるように僕には見える。ワクチンがビジネスで、そのビジネスに莫大な額の投資が行われているからだ。資金が潤沢であれば、コストの掛かる安全性追求の治験や研究もしっかり行われる。

ビジネスだから信用できない、という考えももちろんあり得る。だが巨大資金を基に衆人環視の上で進めれられている新型コロナワクチンの開発事業は、隠し立てや嘘の演出が極めて難しいように見える。その上に、医薬品を認可・監督する米国ほかの国々の政府機関が、安全性と効果を厳しく審査する。それらの監督局はロシアや中国などとは違って実績と信用をしっかりと保持している。

ワクチンに反対する人々の中には、ワクチンを管轄するのがまさに政府機関だからこそ信用できない、と叫ぶ人々がいる。人の感情に思いを馳せた時、そこには必ず一理がある。だがほとんどの場合彼らの主張には科学的な根拠がない。ワクチン開発もコロナ感染予防もその撲滅も全て、飽くまでも科学に基づいて行われるべきだ。従って僕はそれらの人々とは一線を画する。

ワクチンの効能に疑問を持ち、且つ安全性に大きな不安を持つ人々は、世界中で増え続けている。それらの人々のうちの陰謀説などにとらわれている勢力は、科学を無視して荒唐無稽な主張をする米トランプ大統領や追随するQアノンなどを髣髴とさせないこともない。ここイタリアにもそこに近い激しい活動をする人々がいる。それが「“No Vax(ノー・ヴァクス)” 」だ。

イタリアのNo Vax 運動は2017年以降、全てのワクチンに反対を唱えて強い影響力を持つようになった。 それはイタリアの左右のポピュリスト政党、五つ星運動と同盟の主導で勢力を拡大した。きっかけはほぼ4年前、イタリア政府が全ての子供に10種類のワクチンを接種する義務を課そうとしたことにある。

ワクチンの「不自然性」を主張するひとつまみの過激な集団が政府への反対を唱えた。そこに反体制」を標榜するポピュリスト政党の五つ星運動と同盟が飛びついて運動の火に油を注いだ。火はたちまち燃え盛り勢いづいた。2018年の総選挙では、五つ星運動と同盟が躍進して両党による連立政権が発足。No Vaxはますます隆盛した。そうやってワクチン反対運動は激化の一途をたどった。

そこに新型コロナが出現した。「No Vax」はそれまでの主張を踏襲拡大して、新型コロナウイルス・ワクチンにも断固反対と叫び始めた。彼らの論点は、アメリカのQアノンなどカルト集団の見解にも似た荒唐無稽な内容が少なくない。科学的な見地からは笑止なものだといわざるを得ない。だがそれを狂信的に信じ込むことで、活動家は彼ら自身を鼓舞しわめき騒いで社会全般に無視できない影響をもたらしている。

言うまでもなくワクチンには問題がないわけではない。だがワクチンを凌駕するほどの感染症への特効薬をわれわれ人類ははまだ見出していない。ワクチンを拒否するのは個人の自由だ。だがそれらの人々は、自身が例えば新型コロナウイルスに感染したときに泰然としてそれを受け入れ、「助けてくれ~!」などとわめき散らさず恐れることもなく、むろん病院や医師などを煩わすこともなく、自宅待機をして「“自然に”病気を治すか死ぬ」道を選ぶ覚悟が本当にできているのだろうか?

それができていないなら、ワクチンの開発や流通の邪魔をするような過激な言動をするべきではない、と考えるが、果たしてどうなのだろう。病気になったとき、「助けてくれ!」と激しく喚き狂うのは、得てしてそういう人々であるような気がしないでもないのだが。。。



※この記事の脱稿直後、米モデルナ社の新型コロナワクチンが、ファイザー社のワクチンを上回る94、5%の予防効果があった、と発表された。それがライバルに遅れまいと焦るモデルナ社の性急な動きではなく、ワクチンの真実の効果の表明であることを祈りたいと思う。


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ギリシャ・エーゲ海の島々の食日記~番外編



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ギリシャ・エーゲ海の島々の中でも最大、且つ最南端のクレタ島は、肉料理が豊富である。島でありながら肉料理が発達したのは、アラブ人の襲撃を恐れた古代の人々が海から遠い内陸部に住まいを定めたからだ。

ドデカネス諸島のうちの小さなレロス島では、豊富な魚介料理に出会った。その中では日本の刺身に影響された「刺身マリネ」の一生懸命さが印象的だった。

島が大きいほど肉料理が発達しているように見えるのは、陸地が広い分野生の動物も多い、というのが理由なのだろう。狩の獲物が増えればレシピも多様化する。

また家畜の場合でも、土地が潤沢なほど牧草や飼料が充溢するから飼育が盛んに行われる。そうやってまたレシピが充実する、という当たり前の状況もあるに違いない。

数年前に滞在した同じギリシャのロードス島には、肉料理と魚介料理がほぼ似通った割合で存在し、レシピも盛りだくさんで、味もとても良かった。

ロードス島はギリシャ国内4番目の広さの島。大きくもなく小さくもない規模。あるいは大きいとも小さいとも言える島。そのせいで料理も肉と魚が満載、というところか。

10年程度をかけて中東や北アフリカを含む地中海域を旅する、という僕の計画はイスラム過激派のテロのおかげで頓挫した。そこに新型コロナが加わってさらに状況が悪くなった。

僕は命知らずの勇気ある男ではないので、テロや誘拐や暴力の絶えない地域を旅するのは御免である。また新型コロナ禍中での旅もぞっとしない。

だが来年以降は、たとえコロナワクチンが開発されなくても少しづつ旅を再開しようと思う。ここまでの体験で、感染防止策を徹底すれば旅先でも大丈夫ではないか、と考えるようになっている。

しかし、ワクチンがない場合には、僕の地中海紀行は来年以降もギリシャを中心に回る腹づもり。アラブまた北アフリカの国々は、「将来機会がある場合のみ訪ね歩く」ときっぱり割り切っている。

その際の食の探訪のひとつは、アラブ圏で大いに楽しもうと考えていた、ヤギ&子ヤギまた羊肉料理をしっかりとメジャーに据えて、食べ歩くことである。

これまでにトルコでもギリシャのクレタ島でもドデカネス諸島でも、はたまたスペインのカナリア諸島でも、ヤギ&羊料理は目に付く限り食べ、目に付かない場合も探して食べ歩いた。

また、テロが横行していなかった頃のチュニジアでも同じ料理を求めた。そうした中での驚きは、なんと言っても昨年のクレタ島。ヤギ&羊肉料理の豊富と美味しさに魅了された。

そこで食べられるのは家畜化された普通のヤギ&羊肉。その一方でクレタ島には、クリクリと呼ばれる原始的な野生ヤギが生息していて、島のシンボルとして大切にされている。

クリクリ種の野生ヤギは絶滅危惧種。保護されていて食べることはおろか捕獲も厳禁だが、島人にはクリクリヤギへの特別な思い入れがあるようだ。

クレタ島は四国の半分弱ほどの大きさの島。見方にもよるだろうが決して小さくはない。そこでの僕のこれまでのヤギ料理食べ歩きは、島の第2の都市ハニア郊外にあるリゾートの周辺域のみだ。

そこだけでも多様で目覚ましいヤギ&羊肉料理に出会った。島全体を巡り歩けばさらに豊かなレシピに出会えるに違いない。

世界には一生かけても訪ねきれない素敵な場所がゴマンとある。そこも旅したいが、クレタ島のヤギ料理探訪も中々捨てがたいのである。


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ファイザー・ワクチンの陽&陰


ボトルズUP


世界6カ国の4万3500人余を対象に臨床試験が行われ、90%以上の感染防止効果があったとされる米ファイザー・ワクチンは、大きな喜びを世界中にもたらしている。

だがそれはまだ完璧なものではない。大規模な臨床試験のうち新型コロナ検査で陽性と出た94人の結果のみに基づいていて、例えば重篤な症状に陥る高齢者にも有効かどうかは分かっていない。

ファイザー社の発表を慎重に見守る世界の専門家は、ワクチンを最終評価するためには特に安全性に関する情報など、もっと踏み込んだデータが必要だと指摘している。

ワクチンを接種して獲得される免疫がどれくらいの期間有効なのかもまだ明らかになっていない。また同ワクチンは摂氏80度以下の超低温で保管しなければならないという、流通面での難しさを予見させる障害もある。

それでも、ワクチンの効果は50%を超えれば成功とされる中で、90%を越える効果を示したファイザー・ワクチンは大きな朗報であることは疑いがない。

米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長はそのことを評価して、実に並外れた数字。ファイザー・ワクチンはわれわれのこの先の行動に大きな影響を及ぼす、とコメントしている。

ファイザー・ワクチンの福音は欧州でも歓迎されている。だがそれが公式に承認されたとしても、一般に行き渡るのは来年以降になるのは間違いない。欧州は当面は、怒涛の勢いで拡大する新型コロンの脅威に対抗しなければならない。

欧州のコロナ感染拡大第2波の状況は、例えて言えばフランスが沈没、スペインとイギリスが座礁、イタリアとドイツが暴風で操船不可能、という具合である。人口の少ないその他の国々も、それらの大国と同じ困難に直面している。

全土をコロナ感染の警戒度の高い順にレッド、オレンジ、イエローに区分して規制をかけているイタリアは、リグリア、トスカーナ、アブルッツォ、バジリカータ、ウンブリアの5州をイエローからより危険度の高いオレンジに指定した。

他の国々の状況もイタリアと似たり寄ったりだ。新型コロナ第2波は欧州全体を呑み込んで荒れ狂い、寒気の進行と共に悪化し続けている。人々はファイザー・ワクチンに続くさらなるワクチンの登場のみならず、その早い流通を焦がれる思いで待っている。


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欧州コロナ第2波通信~ロックダウン泣き笑い

秋イタリア赤い葡萄園と緑のオリーブ畑800

11月6日のイタリアの新規感染者は37809人。死者は446人。1日あたりの感染者数は2月-5月の第1波と第2波を通して最大。検査数の増大によって新規感染者の数も第1波より大幅に増えているが、死者数は3月27日の最大919人よりは少ない。

だが感染拡大も死者数も、そしてICU(集中治療室)患者数も確実に増え続けている。イタリアの第2波の状況はフランス、スペイン、イギリスなどに比べるとまだ比較的平穏だが、危機感は日ごとに強まっている。

イタリアは11月6日からコロナの感染状況によって、全国20州を危険度の高い順にレッド(赤)、オレンジ、イエロー(黄)の3カテゴリーに色分けし、それぞれに適合した準則を導入した。最も危険度の高いレッド・ゾーンの4州では、1日を通して住民の移動が規制されるなど、第1波時とほぼ同じ厳しいロックダウン措置が実施されている。

次に危険度の高いオレンジ・ゾーンの2州と、比較的状況が穏やかなイエロー・ゾーンの14州でも、夜10時から翌朝5時まで外出が禁止され、博物館、映画館、劇場、スポーツジムやプール等は閉鎖。ショッピングモールに始まる大型商業施設も週末の営業が禁止されるなど、準ロックダウン的な規制がかけられた。

イタリアは社会経済活動の継続と感染拡大抑止との間で大きく揺れ動いている。3月-5月の過酷な全土ロックダウンによって感染拡大を押さえ込んだが、その代償として経済に大きな打撃を受けた。政府も財界も国民の大半も、その二の舞を演じたくない点で一致している。

同時に、第1波では一日あたりの最大感染者数が6557人(3月21日)だったのが、第2波では10月半ばに1万人を超え、11月6日には3万7千809人となった。第1波時よりも検査体制が拡充したとはいえ、感染爆発が連日続いている、と言っても過言ではない状況である。

イタリアは、このまま経済活動を続けるべきという声と、全土ロックダウンに踏み切るべきという声が高まって国論が二分されている。かつては飽くまでも全面的なロックダウン支持者だった僕は、今では感染拡大を抑える最大の努力をしつつ経済活動も続けるべき、と考えるようになった。

ロックダウンのイタリア経済への打撃は見るに耐えないほどに大きなものだった。それは現在も続いている。それでも少しの回復軌道に乗りつつあった。ここで再びのロックダウンに踏み切れば、イタリア経済は今後何年にも渡ってさらに低迷するだろう。それは避けるべきではないかと思う。

欧州各国は大なり小なりイタリアと同じジレンマを抱えている。欧州大陸の52カ国の感染者の合計は11月5日現在、中南米の1140万人よりも多い1160万人。死者は29万3千人にのぼる。そんな中、どの国も感染拡大抑止と社会経済活動の両立を目指して必死に対策を講じている。

レストランやカフェなどの飲食店の閉鎖や営業規制、日常必需品店以外の小売店の閉鎖や営業短縮、また劇場や映画館や美術館などの娯楽文化施設やスポーツジムなどの閉鎖に加えて、各国が国民に課している管制は例えば次の如くである。

ギリシャは11月7日、ロックダウン開始。小学校と保育所以外の学校は閉鎖。許可証を持参の場合のみ外出可能。

スペインはほぼ全土で住民の移動制限。国民は居住区以外の地域への移動ができない。首都のマドリード地区は週末に他の自治体との行き来を制限。

ポルトガルは国土の大半で、仕事、通学、食料購入以外での外出を自粛するように要請。

フランスは10月30日からロックダウンに入っている。日常必需品を扱う店以外の小売店は閉鎖。外出をする際は自己申告の外出許可証の携帯が求められる。

チェコは夜9時以降の外出禁止。全ての店は午後8時閉店。また日曜日は営業禁止。スロバキア、スロベニア、キプロス、ルクセンブルグは夜間外出禁止。コソボは65歳以上が外出禁止。ポーランドは映画館などの娯楽施設とほとんどのショッピングセンターが閉鎖。

 オーストリアは夜8時から翌朝6時まで外出禁止。有名な劇場など娯楽施設は閉鎖。誕生パーティーやクリスマスのマーケットなども厳禁となった。

スイスはジュネーブと近郊の非日常品店は閉鎖。ほとんどのバーやレストランの夜間営業は禁止。多人数での邂逅も制限されている。

ドイツは11月2日から、テイクアウトサービス以外の飲食店の営業を禁止し、娯楽施設も閉鎖。同時に観光目的でのホテル宿泊も厳禁した。

人口比率での感染者と死者が極めて多いベルギーは、10月19日から夜間外出禁止。ロックダウンが導入されて飲食店や小売店は閉鎖。テレワークが義務付けられている。しかし、昼間の外出は許されている。

デンマークはいわゆるロックダウンの厳しい処置は取らないが、ユトランド半島 地域での移動の自粛を住民に求めている。変異したコロナウイルスがミンクから人に移ったことを受けての処置。

ノルウエーは欧州で最もコロナ感染が抑えられている国の一つだが、国民に最大限の自宅待機と他者との接触の回避を強く呼びかけている。ノルウエーはロックダウンをかけずにコロナ危機を乗り切ることを目指している。

スウェーデンは相変わらず独自のコロナ対策を推進している。国民は他者との接触や屋内での活動を避け、できるだけ公共の乗り物を利用しないように要請されている。それには法的根拠があるが、違反しても罰せられることはない。また全ての国民はテレワークを推奨され大きなパーティーや集会を控えるように呼びかけられている。

アイルランドは10月22日、第2波の欧州で一番初めにロックダウンを開始。学校は閉鎖しないが、必要危急の用事以外での外出は禁止。

英国のイングランドは、ウエールズと北アイルランドを追いかけて11月5日からロックダウン開始。学校は閉鎖されないが、パブなどを含む全ての飲食店が営業禁止。テイクアウトのみが許される。

など。


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欧州コロナ第2波通信~信号機型ロックダウン


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3月-4月の厳しいロックダウン効果によって、夏の間のイタリアのコロナ感染は抑えられていた。が、9月から徐々に増えて11月4日の新規感染者は30550人。死者は352人。累計の死者数は39764人となった。

それを受けてイタリアは、ロックダウン導入で先行するフランス、ドイツ、イギリスなどに続いて、11月6日から少なくとも12月5日まで再び厳しい規制をかけることになった。

ただし今回は全土一斉のロックダウンではなく、症状のある人や病院のベッドなどの割合また占有率などを勘案して、全国20州を赤、オレンジ、黄色の3段階の警戒レベルに分け、それぞれに見合った管制をする。

全国一律の規制は:

22時から翌朝5時まで外出禁止。高校はオンライン授業のみ。10月26日から閉鎖されている博物館、映画館、劇場、スポーツジムやプールなどに続いて、各種遊戯場や店も閉鎖。またショッピングモールなどの大型商業施設は週末の営業を禁止。

さらにスクールバスを除くバスなどの公共の乗り物は乗車率50%未満で運転。仕事や通院など必要危急の場合以外は、国民はできる限り公共の乗り物を利用しないよう強く要請。公務員や一般会社職員はできるだけリモートワークに徹底する。

最高警戒レベルのレッドゾーンは:

相変わらず感染者が多いロンバルディア州に加えて、ピエモンテ、ヴァレダオスタ、カラブリアの計4州。レッドゾーンでは生活必需品店以外の小売店やマーケットは全て閉鎖。住民票のある自治体から他の自治体への移動禁止。

また住民は自宅近くでの運動のみ許される。レッドゾーン内の規制は、春に実施された全国一律の外出制限とほぼ同じ厳しい措置である。ただし、第1波時のロックダウンとは違って、理容室や美容室の営業は認められる。

レッドゾーン内の中学校2年生と3年生の授業はオンラインのみで行う。小学生と中学1年生の授業は学校で行われるが、子供たちは着席中も必ずマスクを付ける。これまでは座席間の距離が保たれていれば、着席中はマスクをはずしても構わなかった。

南部プーリア州やシチリア州などは、レッドゾーンに次いで危険度の高い「オレンジ色」。残りの14州と北部のトレント県、及びボルザノ県は最も危険度の低い黄色に色分けされた。色分けは感染状況によって15日ごとに見直される。

(なお、黄色は元々緑色になるはずだったが、緑色だと「安全地帯」を連想させる恐れがあるとして、警戒や慎重の意識を喚起する黄色に変更された)

新型コロナに呪われたロンバルディア州は再びロックダウンにかけられた。第1波ではロンバルディア州の12の県の中でも、特に僕の住まうブレシャ県とベルガモ県が感染爆心地になった。今回は州都のあるミラノ県の感染拡大が最もひどい。

イタリア政府は経済破壊につながる全土のロックダウンをなんとしても避けたい考え。だが見通しは暗い。感染拡大が止まず死亡者が急増すれば、全土一斉ロックダウンへの圧力が強まるだろう。だがそうなってからでは、感染拡大に急ブレーキをかける、という意味では遅い。

結局イタリアは、全土のロックダウンは導入せず、相当数の犠牲者を受け入れながら経済も動かす、良く言えば中庸の、悪く言えばどっちつかずの道を探るのではないか。感染拡大や死者増も容認する、というのは恐怖のシナリオだが、第1波時の地獄を経験している分、人々は落ち着いているようにも見えないこともない。



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コロナ禍中の盆も盆 



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今日11月2日はイタリアの盆である。「死者の日」という奇妙な名で呼ばれるが、日本の盆のように家族が集まって亡くなった人々を偲ぶ祭りの日。

「死者の日」の前日は「諸聖人の日」。さらにその前日、10月31日は「ハロウィン」である。ハロウィンとは「全ての聖人(諸聖人)の日の前夜」のことである。

「ハロウィン」「諸聖人の日」「死者の日」の三者は、全てのキリスト教徒ではなく“多くのキリスト教徒“にとっては、ひとかたまりの祭りである。次の理由による。

ハロウィンは元々キリスト教の祝祭ではなく古代ケルト人の祭り。それがキリスト教に取り込まれた。カトリック教会では今もハロウィンを宗教儀式(祭り)とは考えない。

一方、米英をはじめとする英語圏の国々では「ハロウィン」は重要な宗教儀式(祭り)。プロテスタントだからだ。プロテスタントは聖人を認めない。だから緒聖人の日を祝うこともない。

ところが「死者の日」はプロテスタントも祝う。カトリックを批判して宗教改革を進めたマルティン・ルターが祭りを否定しなかったからである。

つまりひとことで言えば、「ハロウィン」はキリスト教のうちでもプロテスタントが主に祝う。「諸聖人の日」はカトリック教徒が重視する。

「死者の日」には人々は墓地に詣でる。あらゆる宗教儀式が教会と聖職者を介して行われるのがカトリック教だが、この日ばかりは人々は墓地に出向いて直接に霊魂と向かい合うのである。

イタリアは他のほとんどの欧州諸国と同じように新型コロナ第2波に呑み込まれつつある。そのせいで墓参りをする人々が普段よりも少ないと見られている。

今日の「死者の日」は、カトリックもプロテスタントも寿ぐ。激しい選挙戦が展開されているアメリカに例えて言えば、分断の象徴が「ハロウィン」と「緒聖人の日」。融和の象徴が「死者の日」である。

「死者の日」は霊魂を迎える祭りであり、死者と生者が互いを偲びつつ静かに交流する機会。且つカトリックもプロスタントも祝う。つまり二重の意味で融和の祝祭なのである。

急速に悪化しつつあるコロナ禍と、明日が投票日の米大統領選の険しい動きを逐一追いかけるうちに、アメリカに融和は訪れるのだろうか、ととりとめもなくまたこじつけのように思ったりもしている。



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サヨナラとらんぷ



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米大統領選でトランプ候補が敗北後に亡命するシナリオがある。

全国平均の世論調査では一貫してバイデン候補にリードされているトランプ候補は、激戦州に狙いを定めて活発なキャンペーンを張り、バイデン候補を追い上げているとされる。

それどころかオハイオ州などでは、逆転リードに入ったなどという報道も盛んに行き交っている。2016年の選挙と同じく、相手にリードを許しているとされるトランプ候補が当選する可能性は、依然として十分にある。

一方、戦いに敗れて「ただのヒト」になった場合には、トランプ大統領は逮捕、起訴、刑務所入りという憂き目を見るかもしれない。それを怖れて彼はロシアに亡命するのではないか、とも噂されている。見方によってはいかにもありそうなシナリオである。

彼は4年の在任中にさまざまな罪を犯した、と多くの批判者は考えている。例えば実の娘や娘婿を大統領補佐官や上級顧問の政府要職に登用したりした公私混同、あるいは権力の乱用。大統領の地位を使っての自らの事業への利益誘導。KKK、 プラウドボーイズ、ミリシア などの極右・狂信的集団への暴力行為の扇動など。

また大統領に就任する以前に犯した女性差別&性暴力、あるいは強姦。政治資金の流用。一貫しての巨額脱税。また国内の分断と騒乱を鼓舞し世界にヘイト、差別、暴力賛美などのトランプ主義を撒き散らした、人道に対する罪(Crime against humanity)などを指摘する者さえいる。

それらは全て疑惑の域を出ていない。疑惑は彼が大統領であることで、疑惑のままに留まって精査が避けられてきた。しかし、いったん彼が権力の座から引きずり下ろされた場合には、たちまち調査や分析や捜査が始まって、彼は窮地に陥るかもしれない。だから彼は亡命する、というのである。

僕が知る限り「トランプ亡命」のテーマを正面きって取り上げる大手メディアはない。だがSNSやエンターテインメント界またロシアなどのテレビでは盛んに取り上げられてきた題材だ。トランプ大統領自身も演説で「もしもバイデンに負けたらアメリカを去る」と半ば冗談めかして述べたことがある。

人は頭に浮かばない思念を口にしたりジョークにすることはない。考えたことのみがヒトの言葉になるのだ。そのことに鑑みれば彼は明らかに、少なくとも一度は「亡命」ということを考えてみたのである。考えから行動までの距離はさまざまだが、時として極端に近いこともある。

またトランプ候補が選挙に敗北した場合には、体の芯まで憎悪と差別と不寛容に染まった彼の支持者の「トランプ主義者」らが、敗北を認めずに暴動に走る可能性がある、とも危惧されている。そうした疑惑や怖れや憂慮を紡ぎ出した、というただそれだけでもトランプ大統領は厳しく指弾されて然るべきだ。なぜなら彼は超大国アメリカのれっきとした大統領だから。

トランプ亡命説よりもさらに現実味を帯びた不穏な噂もある。すなわちトランプ陣営が、郵便投票の不正を持ち出して敗北を認めずに訴訟に持ち込み、憲法の規定を都合よく利用して選挙の勝利を宣言する、という信じがたい成り行きだ。トランプ大統領が郵便投票は不正につながる危険がある、と根拠のない主張を繰り返したのは、そこへ向けての伏線だと多くの人が知っている。

トランプ大統領が再選されれば、アメリカの混迷と卑小化と醜悪化と衰退はさらに進行し、国内の分断と差別と偏向と格差が広がって、アメリカは再び立ち上がれなくなるほどの打撃をこうむるかもしれない。そうならないためにも彼が大差で負けて姑息な動きができないようになれば良い。

さらに良いのは、バイデン候補が地すべり的な勝利を収めてトランプ大統領が亡命することだ。そう願うのは最早憎しみでも政治的思惑でもない。世紀のエンターテイナーとしてのドナルド・トランプさんが繰り広げるドタバタ亡命劇を見てみたい、という野次馬根性からの思いである。



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イタリア第2波、ロックダウンか否か


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新型コロナウイルス感染拡大を受けて、フランス、ドイツに続きイギリスも11月5日から12月2日までロックダウンに入る(を導入する)ことになった。

レストランやパブやバー、美容室やスポーツジムなど社会生活の維持に必要不可欠ではない施設や店舗は全て閉鎖。

またフランスやドイツと同様に学校や大学や公園は閉鎖しない。ことし春に実施したロックダウンではそれらの施設も閉じられた。

外出が許されるのは 食料品の買い出し、在宅勤務ができない場合の通勤、通院や病気の治療、通学など。住民は不要不急の外出を控えて自宅待機するよう強く求められている。

だが、ロックダウンが導入されるのはイングランドのみ。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは、各自治政府が独自の行動制限をかける。

そこがイギリスのロックダウンの限界のように見える。イングランドと各自治体との往来や各自治体間の人と物の行き交いが禁止されなければ、ウイルスの拡散を防ぐのは難しいのではないか。

イタリアは3月-4月のロックダウンでは、州や県はいうまでもなく住民票のある自治体から他の自治体への移動さえ厳しく禁止した。結果、感染拡大が収まった。

そのイタリアは、再びロックダウンを敷くか否かで国論が割れている。イタリアの第2波は、第1波時に導入した厳しいロックダウンが功を奏して、欧州の主要国の中では低く抑えられてきた。

だがここにきてイタリアの感染拡大も急速に進み、10月26日から映画館や劇場、スポーツジムやプールが全面閉鎖。レストラン、カフェ、バールなどの飲食店の営業も午後6時までに制限された。

それでも一日あたりの新規感染者の数は、ほぼ連日ロックダウン解除後の新記録を塗り替え続けている。それを受けて直ちにロックダウンに踏み切れ、という声と反対のそれが錯綜している。

イタリア政府は今のところ、凄まじい経済破壊を伴うロックダウンを避けたい意向だ。春の感染爆発時には、先行するイタリアを眺めながら英仏西などの国々がロックダウンをためらった。

その結果、5月-6月のロックダウン解除後にはそれらの3国はすばやく第2波の襲撃に見舞われ、イタリアは平和を保ってきた。現在はイタリアがロックダウンを躊躇している。立場が逆転したのだ。

イタリア国内には感染爆発はもはや制御不可能になった、とう批判さえある。コンテ首相は週明けの早い時期に次のコロナ対策を打ち出す予定である。

そこで再びロックダウンが導入されるかどうかは不明だが、もし導入される場合は、先行している国々と同様に学校などの閉鎖はしない、春よりもゆるいロックダウンになるのではないか。

また、経済への甚大な打撃を避けるために、第1回目よりも多くの会社や事業や工場等の操業を認め、その他の規制も緩和する対策になるのではないかと思う。

それによって感染拡大が劇的に抑えられるかどうかは誰にも分からない。いや、恐らく抑えることはできず、よくても感染拡大の速度を弱める程度の効果しかないだろう。

それでも規制を強化しないよりは強化するほうが増し、という風に見える。経済活動にブレーキはかかるだろうが、イタリアは3月-4月の惨劇を繰り返す訳にはいかないと思う。


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ロックダウンのジレンマ


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10月28日、フランスとドイツがほぼ同時に全土のロックダウンを発表した。

フランスは10月30日から12月1日まで国民の移動を厳しく制限する。国民は食料などの生活必需品を購入したり病気治療などの場合に限り、証明書を持参したした上で外出が許される。それ以外は自宅待機しなければならない。ただし、在宅勤務が不可能なケースでは出勤が認められる。レストランやカフェほかの飲食店また生活必需品を扱わない全ての店は閉鎖。一方で学校
は通常通りに授業が行われる。

ドイツのロックダウンは11月2日から一ヶ月間実施。フランスよりはゆるやかな規制が課せられる。それでもレストランほかの飲食店、映画館や劇場またスポーツジムやプールなどが全て閉鎖される。国民は不要不急の外出や旅行を自粛し、ホテルの宿泊は仕事で出張する場合に限り許される。サッカーなどのプロスポーツは無観客でのみ開催。学校はフランス同様に閉鎖しない。従業員50人以下の企業には、昨年11月の売上高の75%を一律に支給する、というのがいかにもドイツらしい。

2国の措置は爆発的に増える新型コロナの感染を抑えるためであることは言うまでもないが、ここからほぼ一ヶ月の辛苦を経てクリスマスが控える12月に規制を解除したい、という思いが込められている。ほとんどがキリスト教国である欧州にとっては、クリスマスは経済的にも文化的また社会的にも、さらには心理的にも極めて重大なイベントだ。そこではなんとしてもロックダウンを避けたいのである。

2国の措置は同時に、3月のロックダウンよりもゆるやかだ。ましてや世界一厳しかった3月-4月のイタリアのロックダウンに比べるとさらに生ぬるい。各国がロックダウンを解除した後の、6月から9月頃にかけての欧州のコロナ状況を振り返ると、イタリアの厳格なロックダウンのみが感染拡大を抑止できていたことが分かる。

従ってイタリアと比べた場合の、フランスとドイツのいわば「準ロックダウン」がどれほどの効果をもたらすかは未知数である。それでも行動を起こさなければ独仏両国の感染爆発は制御不能になる、とメルケル首相とマクロン大統領は判断した。そのこと自体はむろん正しい見解であるように見える。

第1波で奈落に落ち、過酷なロックダウンによって危機を脱したイタリアも、独仏英またスペインなどの後を追いかけて再び感染拡大の危険にさらされている。イタリア政府は娯楽施設の閉鎖とレストランほかの飲食店の営業を午後6時までに制限するなどの対策を取っているが、そうした措置への抗議デモと同時にさらなる規制強化を求める声も強まっている。

どちらの主張にも理がある。働かなければ生活が成り立たないという真実と、規制をかけなければ感染拡大が止まない、という真実がぶつかりあっている。経済社会活動が完全にストップするロックダウンを避けながら感染も抑制するためには、つまり-少なくとも有効なワクチンと治療薬が開発されるまでの間は-ある程度の経済社会活動の停滞と相当数の感染および犠牲者を受け入れる道しかない、ということなのかもしれない。



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イタリアの暴力とアメリカ政治に通底するもの


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イタリア政府は10月25日、翌26日(月)からレストランや飲み屋などの営業を午後6時までに制限し、映画館や劇場またスポーツジムやプールその他の人の集まる事業所を少なくとも11月24日まで閉鎖すると宣言した。

これを受けて10月26日、飲食店が閉まる午後6時丁度を期して、北部のミラノやトリノ、首都ローマ、南部のナポリなどの大都市を中心に抗議デモが発生した。そのうちの一部は暴力を伴う激しいものになった。トリノではグッチやルイ・ヴィトンなどの有名店が破壊された。

抗議デモはレストランや飲み屋のオーナーや従業員また彼らに同情する人々によるものだった。ところが平和的な彼らのデモはふいに暴力的になった。警察によると破壊行為を含む暴動を主導したのは、イタリア極右中の極右政党「新しきイタリア」のメンバーや組織犯罪集団の「カモラ」。

組織されたそれらのグループに、不満分子の外国人や犯罪者またアナキストなどが加わって暴力化。火炎瓶が投げられ、爆竹が炸裂し、火のついた発炎筒から色つきの煙が吹き上がる騒ぎになった。便乗した者らは前述の高級店などの押し入った。

再び警察の発表によると、極右政党「新しきイタリア」は政府の新型コロナ対策に反対する抗議活動を計画実践しており、10月24日にもローマで暴力デモを行った。ナポリでの暴動は同地を根城にする犯罪結社「カモラ」が扇動したが、そこにも「新しきイタリア」がかかわった可能性がある。

新型コロナパンデミックを軽視し、感染防止のための規制策よりも経済活動を優先させろ、と叫ぶのは米トランプ大統領でありその信奉者たちである。彼らの言動やアクションはブラジルを巻き込み欧州にも伝播している。イギリスでもフランスでもドイツでもどこでも、コロナ感染防止策に異議を唱えるのは、主として極右のトランプ主義者らである。

極右勢力「新しきイタリア」が抗議デモを組織するのも、世界中を混濁させている米トランプ主義に煽られた結果だ。犯罪組織の「カモラ」やその他の暴徒は、世界的な政治潮流の恩恵やおこぼれに与ろうと群がったに過ぎない。

突飛に見えるかもしれないが、世界はよくも悪しくも-そしてトランプ主義がはびこる限りひたすら悪しき局面で-しっかりと結びつき絡み合い影響しあっている。言うまでもなく影響力は、超大国アメリカの権勢をバックに押し出されるトランプ主義のほうが圧倒的に強い。アメリカの動静が世界各地に波及するのだ。

その伝でいくと例えば、フランスのマクロン大統領が表現の自由を抹殺しようと試みるテロリストを糾弾するのを見て、トルコのエルドアン大統領が「マクロンは精神を患っている」、と脳みそを患っている未開人が吐きそうなコメントをしゃあしゃあと口にするのも、世界の一部を席巻するトランプ主義とコロナ禍が結びついた一大悪風の影響なのかもしれない。


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コロナ第2波入り口の欧州事情~イタリアでは規制に抗議するデモも


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イタリア政府はコロナ感染拡大第2波のうねりに対抗して、レストランや飲み屋やカフェの営業を18時までとする命令を出した。するとこれに反対する店のオーナーや従業員や共感者が北部のミラノやトリノまた南部のナポリなどで抗議デモを行った。このうちトリノでは一部が暴徒化して通りの店を壊すなどした。

イタリアは第1波で惨劇に見舞われ、レストランなどの飲食業や宿泊業また観光業の全体が手酷い被害を蒙った。ロックダウン(都市封鎖)が解除された後、それらの業界は少しの回復を見たが全面復興には程遠い状況。そこに第2波とそれを受けての厳しい規制がきた。悲鳴を挙げた彼らは通りに飛び出して抗議行動を起こした。

だが彼らの異議は、日本を含む一部の外国メディアが、あたかも激しい暴力行為を孕んだ動きのようなニュアンスで伝えた内容ではない。彼らは基本的に政府の管制を受け入れている。苦しい立場を明らかにしてできれば補償や援助を引き出したい、という胸の内が見て取れた。第1波の地獄を体験したイタリア国民は、厳しい規制だけがコロナの感染拡大の歯止めになることを知っている。

第2波の勢いがイタリアよりもはるかに深刻なフランス、スペイン、イギリスなどの欧州主要国と多くの周辺国では、ロックダウンも念頭に置いたさまざまな制限が導入され始めている。

例えば累計の感染者が120万人を超えて欧州最多となったフランスは10月22日、パリを含む9都市で実施してきた夜間外出禁止令を、38の地域と南太平洋ポリネシアのフランス領にまで対象地域を拡大した。外出禁止措置は6週間続けられる。が、その前に全土のロックダウンが導入される可能性も高いと思う。

感染者数が欧州で初めて100万人を超えたスペインは、カナリア諸島州を除く全土を対象に緊急事態を宣言。夜間外出禁止令を発動した。また家族の集まりは公私を問わず6人までに制限する、という家族重視のカトリック教国らしいルールも布告した。同じカトリックの国のイタリアやフランスでも似通った束縛が課される。また各州はそれぞれが州を跨いだ住民の移動を禁止してもよい、という権限を付与された。

欧州で新型コロナの死者が最も多いイギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各地域(国)が独自のコロナ対策を敷く。加えてミニ・トランプのボリス・ジョンソン首相が独断と思い上がりが濃厚な施策を取りがちなため、混乱が著しく感染拡大を止める有効な手段がない。

例えばイングランド北西部のリバプールなどではパブやバーが終日閉鎖されているのにレストランや商店の営業は認められていたり、南西部の ウェールズでは午後6時以降に飲食店が一斉に店を閉める「ファイヤー・ブレイカー」という規制が強制されていたりする。統一性がないことがイギリスの感染拡大を後押ししている、という見方もできそうである。

ドイツはコロナ対応でも例によって優等生振りを発揮している。それでも1日の感染者が過去最多を更新するなど感染者が急増していて、伝統的なクリスマス市場の開催を取りやめる動きが全国で拡大している。

メルケル首相は地域限定のロックダウンを計画していると見られている。ロックダウンは全土で全面的に実施しなければ効果がない。だが日本同様にお上に従順で四角四面な国民が多い同国でなら、あるいは意外にも高い成果が期待できるかもしれない。

またギリシャは首都アテネなどに夜間外出禁止令を出し、オランダはバーやレストランを閉鎖。ベルギーの首都ブリュッセルでは、商店の営業は午後8時までに制限され、スポーツジムやプールの営業も禁止されている。

人口1000万人に過ぎないチェコは、10万人あたりの新規感染者数が欧州で最悪。いわば日本の沖縄県状態である。厳格なマスク着用令が敷かれ、自動車内でさえマスクを付けなければならない。また10月22日からは店舗などが閉鎖され、移動の自由も大きく制限されて食料の買い付けや病気以外での外出は厳禁となっている。




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鳴り響くロックダウンへの警鐘


うつむき加減の人々


10月23日、イタリアの新型コロナ新規感染者数は1万9134人。ちょうど1週間前に1万人に達し(1万10人)、以来ほぼ倍増した。累計の感染者数は10月24日現在、48万4869人である。

これを受けて、イタリアの第1波の感染爆心地のロンバルディア、それに隣接するピエモンテ、また首都ローマがあるラッツィオ、ナポリが州都のカンパーニア、カンパーニアと同じ南部のカラブリアの五つの州が午後11時から翌朝5時までの夜間外出禁止令を発動した。

このうちカンパーニア州のヴィンツェンツォ・デルカ知事は、即座に全土の封鎖、ロックダウンを要請。一方でロンバルディア州のアッティリオ・フォンターナ知事は、第1波時のロックダウンで蒙った経済社会活動の打撃を繰り返すべきではない、と主張。

第1波ではためらうことなく全土封鎖に踏み切ったコンテ首相も即座のロックダウンには慎重な姿勢。だが将来の全土封鎖の可能性は排除していない。

第1波で導入されたロックダウンによる経済破壊と、国民また社会全体の疲弊を思えば、ロックダウンは避けるべきだ。だがコロナの感染拡大を止める有効な手段は全土封鎖しかないのも事実。

累計の感染者数が、イタリアの2倍以上の100万人を超えたフランスとスペインの状況はさらに深刻だ。フランスは首都パリを含む9都市に課した外出禁止令を38地域に拡大。人口6700万人のうち約3分の2に当たる4600万人が規制の対象になる。

スペインは首都マドリードで部分的ロックダウンが行なってきたが、全国的な厳しい規制は導入されていない。政権が少数与党であるため統一した政策が取れないのだ。ペドロ・サンチェス首相は、スペインの感染者の実数は300万人以上だろうと述べ、危機感を募らせている。

EUから離脱はしたものの、欧州の一部であるイギリスの感染拡大も続いている。ドイツもまたその他の国々の状況も深刻化の一途をたどっている。部分的な移動規制や外出禁止令は当たり前になり、多くの国が全土のロックダウンを視野に入れるようになった。が、全土封鎖の結果の凄まじさを知るだけに、どの国も必死でそれを避けようと動いている。


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茶番劇の凄み~米大統領選討論会~ 


向かい合う2人色違いnewsweek

イタリア時間の10月23日午前3時、米大統領選におけるトランプvsバイデンの第2回で最後の討論会が始まった。前回第一回目の討論会は、およそ討論とは呼べない両候補間の非難の応酬と、お互いが相手の話に割って入る蛮人の咆哮に終始した。

それを受けて今回は、項目別の討論の冒頭2分間は発言する側の相手のマイクをオフにする、という異例の処置が取られた。その策はうまくいった。両候補は冒頭の2分間ばかりではなく、全体的に抑制のきいたしかし強い姿勢で互いの主張を展開した。

根拠のない個人攻撃はむろんあった。例によってそれはトランプ候補の側に多かった。これは人格の問題だからある程度予想できた。いうまでもなくバイデン候補は聖人だったわけではなく、彼もまた醜い人格攻撃を行った。しかし、先制攻撃をするトランプ候補への反撃、という側面が強かった。

アメリカまた欧州の日々の報道を見ている僕のような者にとっては、両者の政策論争には目新しい点はなかった。政策とはかかわりのない個人攻撃の中身も同じ。玉石混交の大手メディアやネット情報サイトが繰り返し言及し、本人たちも口にする内容があふれ出ていた。そのうちから敢えて例を挙げておけば次のような事案だ。

新型コロナパンデミックについてトランプ候補は、ウイルスを軽視した自身の大失策を棚に上げて「ウイルスがアメリカに被害をもたらしたのは中国のせいだ。私のせいじゃない」と鉄面皮に言い放ち、パンデミックはまもなく終わる、ワクチンも数週間のうちには出来上がる、アメリカ国民は“ウイルスと共に生きる”ことを学んだ、などとも発言した。

それに対してバイデン候補は、22万人以上のアメリカ人が新型コロナで死んだ。それはトランプ大統領の責任だ。国民をそれだけ多く死なせておいてなおかつ大統領職にとどまるのは許されない。アメリカ人はウイルスと共に生きているのではない。“ウイルスと共に死んでいる”のだ、と厳しく批判した。

人種差別問題では、トランプ候補は「私はこの部屋にいる誰よりも人種差別をしない人間だ」と主張。バイデン候補は「この国には構造的な人種差別がある。あなたはアメリカの現代史で最も人種差別的な大統領のひとりだ。あらゆる人種差別の炎に油を注ぎ差別を鼓舞する犬笛を吹きまくる男だ」と指弾した。

北朝鮮についてトランプ候補は、私はキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長と仲良しだ。外国首脳と良い関係を結ぶのは重要なことだ。北朝鮮との間には戦争も起きていない、と発言。一方のバイデン候補は、あなたが仲良しの北朝鮮の指導者は悪党だ。悪党を親友と呼ぶことであなたは北朝鮮を正当化し、彼にアメリカ本土まで届く高性能のミサイルを保有させるまでになった。キム・ジョンウンとの関係が良好だと吹聴するのは、欧州侵略前のヒトラーと仲良し、と自慢するようなものだと反撃した。

それに対してトランプ候補が、(あなたが副大統領だった)オバマ政権は北朝鮮の指導者と会うことはできなかった。私は良好な関係を築いて実現させた、と反論するとバイデン候補はすかさず、オバマ政権は北朝鮮と妥協せず厳しい条件を突きつけ続けた。だから交渉が成り立たなかったのだ、と一蹴した。

気候変動についてはトランプ候補は、パリ協定はアメリカにとって不公平であり、高い金を支払わなければならないから離脱した。何千万もの雇用や多くの企業を犠牲にするわけにはいかない、と主張。対しするバイデン候補は、世界中の科学者が指摘するように時間がない。問題に対応することで雇用を生むことができる。アメリカは5万ヶ所の充電ステーションを設置することなどで、世界の電気自動車市場で優位に立つことができる、と反論した。

またトランプ候補の脱税疑惑を取り上げてバイデン候補は、私は22年間ずっと納税記録を公表してきたが、あなたは一度も公表していない。一体なにを隠しているんだ、と追及。するとトランプ候補は、税理士が対応している。用意ができればすぐにでも公表するし、私はここまで何百万ドルも納税してきた、と反論。それにはバイデン候補が、あなたはもう何年も同じことを言っている。だが未だに納税記録を公表していない、と切り返した。

トランプ候補は、バイデン候補がオバマ政権の副大統領だった時代、本人や家族が外国から巨額の資金提供を受けていた、と裏付けのない主張も繰り返した。これに対してバイデン候補は、私はこれまで外国からただの一度も金をもらったことはない。人生で一度もない。私の息子や家族も一切不正はしていない、と言い返した。

ふたりの候補の主張は、前述したように欧米のメディアで取りざたされてきたものばかりだ。しかし、トランプ氏とバイデン氏が顔を突き合わせて論戦を張ると、それらの中身はまた違うものにも見えていた。そこにはトランプ氏の嘘と強弁と詭弁がてんこ盛りにされていた。それでも彼が選挙で勝利する可能性が十分あることが、今のアメリカの悲劇だと僕には見える。だがそれは僕が自動的に且つ積極的にバイデン候補を支持することを意味するのではない。

ネトウヨヘイト系排外差別主義者で人種差別主義者、かつ実体は白人優位論者でもあるトランプ大統領の登場で、それらのコンセプトの対極にある哲学を理想として追求する「未来のアメリカ」への僕の100年の恋は冷め果てた。米国民のひとりであるバイデン候補にもその責任の一端がある。それでもバイデン候補が打ち出し標榜する理念には、「未来の理想のアメリカ」のかけらが内包されていると感じる。そこで僕は2016年の米大統領選と同じく、「消去法」で、バイデン候補を応援する気分でいる。



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イタリアはコロナ感染抑制の「貯金」を使い果たしつつある


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英仏スペインを筆頭に進んできた欧州の新型コロナ感染拡大の第2波が、どうやらこれまで極めて静かだったイタリアも飲み込みこんでさらに勢いを増しつつあるようだ。

10月初めのイタリアの一日当たりの新型コロナ感染者数は2000人台だった。当時はそれは驚くほど大きな数字に見えた。ロックダウン解除後、イタリアの新規感染は低い水準で推移していたからだ。

ところがその数字は感染が急増していたスペイン、フランス、イギリスなどに比べると、とても低い水準に過ぎなかった。だがその後イタリアの感染者数は、3国をなぞるようにじわじわと増え続けた。

そして10月16日、ついにイタリアの一日当たりの感染者数は1万人を超えた。翌日も増えて1万925人が新たに感染した。また累計の感染者数も節目の40万人を超えた。

18日は日曜日にもかかわらず感染者数はまた増えて1万1705人に達した。週末は欧州のほとんどの国と同じようにイタリアの検査数も少なくなる。それでも新規の感染者数は減らなかった。

だが第2波が猛威を振るっているフランスでは、イタリアの感染者数が1万人に達する前の10月15日に、一日の感染者数が3万人を超えた。それを受けてフランス政府は、首都パリを含む9都市に夜間外出禁止令を発動した。

パリの街の灯がまた消えた。マルセイユ、リヨン、グルノーブル、 サン・テティエンヌなどの街の夜も漆黒に閉ざされる。規制期間は4週間。だが状況によっては延長されることが決まっている。

スペインとイギリスの感染拡大も続いている。10月15日、イギリスの感染者は1万8980人を数えた。スペインの毎日の新規感染者数も極めて多い。優等生のドイツでさえ間もなく1万人に迫る勢いである。

各国は感染拡大に伴ってさまざまな規制をかけ始めている。飲食店などの営業時間が短縮されバーやパブなどでの立ち飲みも制限される。ロンドン市内にある3600余のパブの多くは、今後の展開によっては倒産閉鎖に追い込まれる可能性がある。

またスペインのカタルーニャ州では、バーやレストランの営業が大幅に制限されテイクアウトのみが可能となる。さらにジムや文化施設またショッピングセンターや各種店舗では、それぞれ定員の50%まで、あるいは30%まで、と収容人数が制限される。

一方オランダでは、全てのバーやレストラン、カフェなどの店内営業が全面禁止。テイクアウトのみが許されることになった。さらに人々が各家に招待できる客の数は1日に3人までに制約される。

国民の辛苦を尻目にオランダ王室の家族はギリシャに休暇に出向いた。当然国民から強い怒りの声が沸き起こった。そのため愚か者の王室のメンバーがあわてて休暇を切り上げる、というハプニングもあった。

その他の欧州の国々、たとえばチェコ、ベルギー、ポルトガル、またポーランドなどの感染拡大も急速に進んでいる。第2波はもはや誰にも否定できない。

ここイタリアではさらに、一日の感染者数が1万1705人に膨れ上がった10月18日以降は、各市町村長が、地域の広場や道路を含む公共の場所を夜9時をもって閉鎖できる、とする政府の決定が告示された。

同時にバーやカフェなどの営業は、午後6時以降はテーブル席のみに制限され、各席の人数は最大6人まで、とも決められた。レストランの営業もそれに準じる。また公共交通機関の混雑を避けるために、各学校に時差登校を要請するなどした。

イタリアでは長く厳しい全土封鎖措置を導入したことが功を奏して、夏の間は感染が押さえ込まれてきた。日毎の死者数も3月から4月のピーク時の900人超から激減した。だが感染拡大はじわじわと進行しつづけた。

イタリアは最近、残念ながら第1波の過酷な犠牲によって獲得した感染抑制の「貯金」を使い果たしつつあるように見える。だが人々の中にしっかりと留まっている恐怖心が感染拡大を堰き止めるだろう。

たとえ思い通りに感染を抑制できなくても、3月~4月の感染爆発とそれに伴う医療崩壊への怖れ、と同時に最終的にはそれを克服した自信が相まって、イタリアは危機を上手く切り抜けるだろう。

切り抜けると信じたい。


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SNSの愉快


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SNSはFacebookも利用している。TwitterもあるがFacebookほどには重宝していない。Facebookの友達は多くない。増やしたいが方法が分からない。少ないFB友だが、ブログへの関心度を探る観測気球としては十分以上に役に立つ。

Facebookに投稿するブログ告知への読者の関心と、ブログそのものを読む(訪問する)読者の数はほぼ正比例する。Facebookで「いいね」を押した読者が必ずブログを読むとは限らないが、不思議なことにそこでの関心が高いとブログの読者も増えるのである。

いま言ったようにFB友は少ないので「いいね」もひどく少ない。しかし、例えばひとりの「いいね」と3人の「いいね」の間には既にかなりの違いがある。後者の記事は間違いなく前者よりも多くの読者がついている。

ところがたまに、Facebookでは全く反応がないのにブログの訪問者(読者)数がロケット並みの勢いで上昇することがある。一昨日と昨日がそうだった。上昇の勢いは弱まったが今日も読者が増えそうな気配がある。

読者が誰であるかは著者の僕には分からないが、Livedoorブログでは訪問者(読者)数と読まれたページ数はブログの管理欄で分かる仕組みになっている。早朝(日本時間昼間)にブログを開けると同時に雰囲気が伝わってくる。

直近の記事で未知の読者(FB友ではない読者)に多く読まれそうなものはなにか、とすぐに探索してみる。今この時、何が多くの人の関心の的であるかを知るのは、テレビ屋としての僕のまた自称ブロガーとしてもマストの事案だろうと思う。

匿名で吼えるネトウヨヘイト系の卑怯者らに読まれそうな記事があればたちどころに分かる。つまり炎上だが、記事は読まれてナンボだから炎上は大歓迎だ。だがそんな記事は身に覚えがあるから実はわざわざ探索するまでもなくピンとくる。

今回は良く分からない。読者数が急激に増えたのは<海が割れるモーゼの奇跡がベニスに出現!http://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52308307.html>あるいは改題した同じ記事<海を塞き止める「モーゼの奇跡」がベニスに出現!https://www.cannapensante.com/2020/10/15/2832/ >を掲載した直後からである。

ベニス水没の危機は日本人もある程度知っているだろう。だから読まれた可能性はあるが、少し大げさに言えば爆発的に読まれるほどのトピックとは思えない。そこでまた少し調べると、トランプ大統領が好きなネトウヨらが怒るかもしれない<きちがいピエロ vsDトランプhttp://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52308113.html >があった。

また<狂犬vs痩せ犬http://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52307918.html ><盛り下がる米大統領選
http://blog.livedoor.jp/terebiyainmilano/archives/52307532.html >
なども読まれる類の話かも、と考えた。だがどうもしっくりこない。そしてやがて気づいた。パリで教師が首を切断されて死ぬ事件があった。またしてもイスラム過激派の蛮行である。

それにリンクするような記事を一ヵ月以上前に書いたことを思い出した。

<シャルリー・エブド~再びの蛮勇?英雄?http://blog.livedoor.jp/terebiyain.../archives/52307217.html >あるいは<Je suis Charlieか否か?https://www.cannapensante.com/2020/09/09/2708/ >である。この2本が一番怪しいが、確実なことはやはり分からない。だが多く読まれていればどの記事であろうが構わない。読まれることが記事を書く動機のひとつであることは間違いないのだから。



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海が割れるモーゼの奇跡がベニスに出現!



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沈み行くベニスにどうやら救世主があらわれたようだ。

2020年10月3日、ベニスは高潮に見舞われて街じゅうが水浸しになると予想された。住民は浸水に向けて建物や通りを厳重に防御し長靴や雨具などで重装備をした。海抜の最も低い街の中心のサンマルコ広場を筆頭に、戦々恐々とした時間が流れた。

高潮は135cmを超えると予報が出た。そこで巨大な移動式堤防「モーゼ」が起動されることになった。普段は水中に没している78基の鉄製の防潮ゲートがせり上がって、外海からベニスの潟湖へと流入する潮を堰き止めるのである。

装置はこれまで一度も使用されたことがなかった。試験的な起動は行われていたが、高潮時に実際に始動したことはないのだ。それどころか試験運転の成否はあいまいで、住民を納得させるだけの結果は得られていなかった。

モーゼの構想は1980年代に生まれ、建設は2003年に始められた。しかし経費の高騰や繰り返し起きた汚職問題などで、完成が何度も先延ばしにされてきた。いつまでも成就しない事業にベニスの住民は疲れ、モーゼへの期待も信頼もほぼ全て無くしてしまっていた。

人々は今回の悪天候でもお決まりの辛苦を想定した。ところが高潮が135cmに達してもベニスの街に水は流れ込まなかった。海抜の低いサンマルコ広場周辺も地面は乾いたままだった。つまりモーゼは見事に膨大な潮の流れを堰き止めたのである!

史上初の快挙にベニス中が沸き立ち、イタリア全土が賛嘆した。建設開始から数えて17年の歳月と55億ユーロ(約7000億円)以上の税金を飲み込み、汚職と疑惑と不信にまみれた一大プロジェクトがついに完成したのだ。

ベニスは遠浅の海に浮かぶ100以上の島から成る。海に杭を打ち込み石を積んで島々を結び、水路を道に見立てて街が作られている。街が生まれた5世紀以来、ベニスは悪天候の度に高潮に襲われてきた。海に浮かぶ作為の土地の宿命である。

近代に入ると、地下水の汲み上げなど工業化による地盤の乱用によって、街自体が沈下を始めた。海抜1メートルほどの高さしかないベニスの礎は、1950年から70年にかけての20年間だけで、12センチも沈降した。現在は大幅に改善されたが、脆弱な土壌は変わることはない。

人災がなくなっても残念ながらベニスの不運が変わることはない。というのもベニスの地下のプレートが、毎年数ミリづつ沈下しているからだ。放っておいてもベニスの大地は、数百年後には海抜0メートルになる計算である。

現在ひんぱんに起こるベニスのいわゆる水没問題の本質は、しかし、地盤沈下ではなく高潮の恐怖である。ベニスには秋から春にかけて暴風雨が頻発する。それによって高潮が発生してベニスの潟に洪水のように流れ込む。

元からあるそれらの悪条件に加えて、最近は温暖化による水位の上昇という危難も重なった。そのため自然と人工の害悪が重層的に影響し合って、ベニスの街はさらに大きな高潮浸水に襲われる、という最悪の構図が固定化してしまった。

高潮はアフリカ大陸発祥の強風「シロッコ」によって増幅され膨張して、アドリア海からベニスの浮かぶ潟湖へとなだれ込む。そういう場合にベニスは“沈没”して、壊滅的と形容しても過言ではない甚大な被害を蒙るのである。

ベニスで最も海抜が低いのは、前述したサンマルコ広場の正面に建つサンマルコ寺院。その荘厳華麗な建物は、1200年の歴史の中で高潮による浸水被害を6度受けた。そのうち4度は過去21年の間に起きている。その事実は、ベニスの高潮問題が地球温暖化による海面上昇と無関係ではないことも示唆している。

年々悪化する浸水被害を食い止めようとして、ベニスでは古くから多くの施策が編み出され試行錯誤を繰り返してきた。その中で究極の解決策と見られたのが、ベニスの周囲に可動式の巨大な堤防を設置して海を堰き止めるという壮大な計画、「モーゼ・プロジェクト」なのである。

モーゼという名は旧約聖書からきている。モーゼがヘブライ人を率いてエジプトから脱出した際、海が割れて道ができたという一節を模しているのだ。モーゼは海を割って道を作る軌跡を起こした。「モーゼ・プロジェクト」は海を遮断して壮麗な歴史都市ベニスを救うのである。

2020年10月3日、高潮の予報が出たとき、当局は史上初めてモーゼを起動すると発表した。だが既述したように、ベニスのほとんどの住民はモーゼの実効性を信じることはなく、むしろ「うまくいくわけがない」と内心で嘲笑った。誰もが濡れ鼠になることを覚悟した。

ところが、おどろいたことに、モーゼはうまく高潮を堰き止めた! 着想から数えると何十年もの遅延と汚職と疑義にまみれた歳月を経て、巨大プロジェクトがついに成功を収めたのだ。標高が最低のサンマルコ広場を含む海抜1メートルほどの街の全体が、史上初めて高潮災害時に浸水しなかった。

ベニスはあるいは今後、高潮の被害から完全に開放されようとしているのかもしれない。それはこの先、史上最悪の高潮だった1966年の194cm、また昨年11月に起きて甚大な被害をもたらした187cmの高潮などに迫る大難が襲うときに、一気に明らかになるだろう。



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