【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

国の品位、管首相の怯懦

夕日カッツァーゴ800

直近記事、「プリンシプルを欠くと人も国も右往左往する」の読者から
「全ての外国人の入国を拒否したのは変異ウイルスをシャットアウトする目的で《念のため》に導入した措置。従って問題はない」という趣旨の便りがあった。

菅首相の胸の内も、おそらくこの読者と寸分違わない。そしてそこには一理がある。だがそれだけである。敢えてダジャレを言えば、十理のうち一理だけが正しく、残りの九理が間違っている。

人に品位があるように国家にも品格 がある。仮にも先進国の一角を成す日本には、おのずとそれなりの風格が求められる。

それは国家に自由と明朗と自信が備わっているかどうか、ということだ。自由主義世界では、国々はお互いに相手を敬仰し国境を尊重しつつ同時に開放する、という精神でいなければならない。なにかがあったからといって突然国境を閉ざすのは品下る行為だ。

世界は好むと好まざるにかかわらず、イメージによっても成り立っている。従来からあるメディアに加えて、インターネットが爆発的に成長した現代では、実体はイメージによっても規定され変化し増幅され、あるいは卑小化されて見える。

突然の国境閉鎖は、世界に向けてはイメージ的に最悪だ。子供じみた行為は、まるで独裁国家の北朝鮮や中国、はたまた変形独裁国家のロシアなどによる強権発動にも似た狼藉だ。

独りよがりにしか見えない行動は、西側世界の一員を自称する日本が、結局そことは異質の、鎖国メンタリティーに絡めとられた国家であることを告白しているようにも映る。

事実から見る管首相の心理は、後手後手に回ったコロナ対策を厳しく指弾され続けて、今度こそは先回りして変異コロナの危険の芽を摘み取っておこう、と思い込んだものだろう。焦りが後押しした行為であることが見え見えだ。

実利という観点からもそのやり方は間違っている。「全世界からの外国人訪問者を一斉に拒否」することで、管首相はわずかに回っていた外国とのビジネスの歯車も止めてしまった。経済活動を推進し続けると言いながら、ブレーキを踏む矛盾を犯しているのである。

コロナ禍の世界では感染拡大防止が正義である。同時に経済を回し続けることもまた同様に正義だ。しかも2つの正義は相反する。

相反する2つの正義を成り立たせるのは「妥協」である。感染防止が5割。経済活動が5割。それが正解だ。両方とも8割、あるいは9割を目指そうとするからひたすら右顧左眄の失態を演じる。

変異種のウイルスを阻止するのは言うまでもなく正道だ。だがそのことを急ぐあまり、周章狼狽して根拠の薄いまま国境を完全封鎖するのは、たとえ結果的にそれが正しかったという事態になっても、国家としていかがなものか、と世界の良識ある人々が問うであろう行為だ。



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プリンシプルを欠くと人も国も右往左往する


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2020年12月27日早朝、いつものように書斎兼仕事場の机の前に座ってネットにアクセスした。するとそこかしこのサイトに「日本、全世界からの外国人入国を拒否」「Japan bans new entries of foreigners」という類いの見出しが踊っていてびっくりした。

新型コロナウイルスの変異種に感染した人が国内で見つかったことを受けて、28日から来月末まで、全世界からの外国人の新たな入国を拒否する、のだという。

BBCやロイターやCNNなどの大手を筆頭に、外国メディアが特に大きく伝えている。

ところが衛星放送で見るNHKニュースはそのことを取り上げていない。ようやくNHKネットで扱っているだけである。

ためしに朝日新聞を見た。やはりニュースになっていない。そこで見出しの一覧を一日前までたどって探したが、表記されていなかった。

つまりそのニュースは、日本国内では重要とは見なされていないのである。だから大手メディアを中心に扱いが極小になるか、扱ってもすぐに消えている。

ところが世界では、日本のような先進国が、いとも簡単に「全世界からの訪問者をシャットアウト」するなどというのは、一大事なのである。だから外国メディアは騒いでいるのだ。

世界の多くの国々は、変異種のウイルスがはびこっている英国からの訪問者を拒否している。英国からのウイルスに染まりかけているいくつかの国からの訪問者も拒絶している。

それは理解できることだし正しい動きのように見える。

だが、数人の感染者が見つかったからといって、突然世界中からの入国者を一斉に拒絶する、というのはどう考えても異様だ。

日本政府の施策は特にコロナ関連では混乱しっぱなしだ。つい最近も絶対に見直さないと言い続けていたGoToトラベルを突然やめた。その前には「勝負の3週間」でコケた。

パンデミックのしょっぱなでは、中国に遠慮すると同時に彼の国からの観光客が落とす金に目がくらんで、今とは逆に中国人を受け入れ続けて感染拡大を招いた。

その後も安倍前政権の失策は続いた。前政権を受け継いだ菅内閣は、安倍さんの失策癖まですっかり継承したようだ。

いや、突然の「全世界からの外国人入国者を拒否」の如く、右から左、極端から極端へとぶれる政策を見ていると、前政権よりもアブナっかしい。

菅首相と幹部は「全世界からの訪問者を拒否」という施策が、いかに重いものであるかを理解していないように見える。

理解していないから重大な施策をいとも簡単に導入してたじろがない。そこにプリンシプルの欠如という誤謬が重なるから、政策が大ぶれにぶれる。

だが「全世界からの訪問者を拒否」ということの意味を理解していないのは政府ばかりではない。実はメディアも全く理解していない。だからそれを軽く見て大きなニュースにはしないのだ。

一国の政府やメディアは国民の鏡である。それらは先ず国民がいてその後に存在する。政府やメディアがある事柄を理解しないのは、国民が理解していないからである。

そうやって国民と政府とメディアによる、巨大な無知また無関心が形成される。

日本は12月28日から1月末まで江戸時代以来の鎖国体制に入る。

そのことの重みもさることながら、そういう施策を何のためらいもなく導入してしまえるメンタリティーの軽さが、面白くもあり、怖いといえば怖いようでもある。


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擬似“戒厳令”下のクリスマス

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イタリアは今日クリスマスイブから年末年始の全土ロックダウンに入った。

今回は3月~5月の全土ロックダウンとは違って、1月6日までの間にスイッチを入れたり切ったりたりする変形ロックダウンである。

今日(24日)から始まった最初のロックダウンは27日まで続く。イタリアではクリスマスと翌日の聖ステファノ(santo stefano)の日は休日。その2日間は特に人出が多くなり、家族が集い、友人知己が出会って祝日を楽しむ。

次は12月31日から1月3日。言うまでもなく大晦日から新年も人出がどっと多くなる。 

最後は1月5日から6日。6日が公現祭 の祝日 (Epifania :東方の3博士が生後間もないキリストを訪れて礼拝した日)でやはり人が集まりやすい。

要するに1月24日から1月6日までの2週間のうち、12月28、29、30日と1月4日以外は全土のロックダウンを徹底するということである。

食料の買出しや病気治療など、必要不可欠な外出以外は移動厳禁。しかも外出の際には移動許可証を携帯することが義務付けられる。
 
ロックダウン中は住まいのある市町村から出てはならない。一つの自治体からもう一つの自治体への移動、州から州への移動も全て禁止。

レストランやバール(カフェ酒場)を始めとする飲食店や全ての店は閉鎖。営業が許されるのは薬局、新聞売店、コインランドリー、美容理髪店のみ。

また午後10時~翌朝5時は、全期間に渡って全面外出禁止、など、など。

クリスマスの教会のミサも禁止になった。

僕はキリスト教徒ではないが、クリスマスの朝はできる限り家族に伴って教会のミサに出かけるのが習いだ。

この国にいる限りは僕はクリスマス以外でも、キリスト教徒でイタリア人の家族が行うキリスト教のあらゆる儀式や祭礼に参加しようと考え、またそのように行動してきた。

一方家族は僕と共に日本に帰るときは、冠婚葬祭に始まる日本の家族の側のあらゆる行事に素直に参加する。

だがことしは、新型コロナへの用心から、人々が多く集う教会でのミサは禁じられた。

僕は先年、クリスマス特に教会のミサでのもの思いについて次のような趣旨のことを書いた。

クリスマスの時期にはイエス・キリストに思いをはせたり、キリスト教とはなにか、などとふいに考えてみたりもする。それはしかし僕にとっては、困ったときの神頼み的な一過性の思惟ではない。  

僕は信心深い人間では全くないが、宗教、特にキリスト教についてはしばしば考える。カトリックの影響が極めて強いイタリアにいるせいだろう。クリスマスの時期にはそれはさらに多くなりがちだ。

イエス・キリストは異端者の僕を断じて拒まない。あらゆる人を赦し、受け入れ、愛するのがイエス・キリストだからだ。もしも教会やミサで非キリスト教徒の僕を拒絶するものがあるとするなら、それは教会そのものであり教会の聖職者であり集まっている信者である。

だが幸いにもこれまでのところ彼らも僕を拒んだりはしたことはない。拒むどころか、むしろ歓迎してくれる。僕が敵ではないことを知っているからだ。僕は僕で彼らを尊重し、心から親しみ、友好な関係を保っている。

僕はキリスト教徒ではないが、全員がキリスト教徒である家族と共にイタリアで生きている。従ってこの国に住んでいる限りは、一年を通して身近にあるキリスト教のあらゆる儀式や祭礼には可能な範囲で参加しようと考え、またそのように実践してきた。

人はどう思うか分からないが、僕はキリスト教の、イタリア語で言ういわゆる「Simpatizzante(シンパティザンテ)」だと自覚している。言葉を変えれば僕は、キリスト教の支持者、同調者、あるいはファンなのである。

もっと正確に言えば、信者を含むキリスト教の構成要素全体のファンである。同時に僕は、仏陀と自然とイエス・キリストの「信者」である。その状態を指して僕は自分のことをよく「仏教系無神論者」と規定し、そう呼ぶ。

なぜキリスト教系や神道系ではなく「仏教系」無神論者なのかといえば、僕の中に仏教的な思想や習慣や記憶や日々の動静の心因となるものなどが、他の教派のそれよりも深く存在している、と感じるからである。

すると、それって先祖崇拝のことですか? という質問が素早く飛んで来る。だが僕は先祖崇拝者ではない。先祖は無論尊重する。それはキリスト教会や聖職者や信者を僕が尊重するように先祖も尊重する、という意味である。

あるいは神社仏閣と僧侶と神官、またそこにいる信徒や氏子らの全ての信者を尊重するように先祖を尊重する、という意味だ。僕にとっては先祖は、親しく敬慕する概念ではあるものの、信仰の対象ではない。

僕が信仰するのはイエス・キリストであり仏陀であり自然の全体だ。教会や神社仏閣は、それらを独自に解釈し規定して実践する施設である。教会はイエス・キリストを解釈し規定し実践する。また寺は仏陀を、神社は神々を解釈し規定し実践する。

それらの実践施設は人々が作ったものだ。だから人々を尊重する僕はそれらの施設や仕組みも尊重する。しかしそれらはイエス・キリストや仏陀や自然そのものではない。僕が信奉するのは人々が解釈する対象自体なのだ。

そういう意味では僕は、全ての「宗門の信者」に拒絶される可能性があるとも考えている。だが前述したようにイエスも、また釈迦も自然も僕を拒絶しない。

僕だけに限らない。彼らは何ものをも拒絶しない。究極の寛容であり愛であり赦しであるのがイエスであり釈迦であり自然である。だから僕はそれらに帰依するのである。

言葉を変えれば僕は、全ての宗教を尊重しながら「イエス・キリストを信じるキリスト教徒」であり「全ての宗教を尊重しながら釈迦を信奉する仏教徒」である。同時に全ての宗教を尊重しながら「自然あるいは八百万神を崇拝する者」つまり「国家神道ではない本来の神道」の信徒でもあるのだ。

それはさらに言葉を変えれば「無神論者」と言うにも等しい。一神教にしても多神教にしても、自らの信ずるものが絶対の真実であり無謬の存在だ、と思い込めば、それを受容しない者は彼らにとっては全て無神論者だろう。

僕はそういう意味での無神論者であり、無神論者とはつまり「無神論」という宗教の信者だと考えている。そして無神論という宗教の信者とは、別の表現を用いれば「あらゆる宗教を肯定し受け入れる者」、ということにほかならない。


ことしは教会ではなく書斎で同じことに思いをめぐらせている。


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イギリスが新型コロナ対策をドタキャンした理由(わけ)


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イギリスが昨日(12月19日)までの新型コロナ対策を突然変更して、クリスマス期間中も厳しい移動規制をかけ続けると発表した。

感染力の強い変異したウイルウが発見されたからだ。

変異種のウイルスは、伝染力が従来の種より最大で70%以上強い可能性がある。一方で従来の種と比べて重症化率や致死率が高いという確証はない、ともされる。

20日から導入される厳しい規制では、不急不要の外出が禁止され、生活必需品を扱う店以外は全て営業停止となる。19日までは小売店や美容室などの営業は許されていた。

またイギリス政府はこれまで、12月23~27日のクリスマス休暇中は最大3世帯まで集うことを許可するとしていた。だが、これも覆して移動規制が強化された地域では集まりを禁止すると発表した。

僕はジョンソン政権の出し抜けな方向転換におどろいた。欧州各国がクリスマスから年末年始にかけて規制を強化する中、イギリスだけは逆に規制をゆるめるとしていたからだ。

その決定は異端者のジョンソン首相の意向に沿っていた。

政府方針に対してイギリスの医学会は、クリスマス前後の5日間に制限を緩和するのではなく、強化する必要があると指摘。政府は多くの命を犠牲にする過ちを犯そうとしている。制限強化を発表したドイツ、イタリア、オランダなどにならうべき、と強く警告をしていた。

野党やロンドンのカーン市長らも警告に賛同しジョンソン首相の翻意を求めていた。

激しい反対運動に対してジョンソン首相は、クリスマスの集いを禁止したり、違法化はしたくない。政府があらゆるケースを見越して法律を定めることはできない、などと主張して飽くまでも規制緩和にこだわった。

新型コロナの感染拡大阻止を目指す先進民主主義国の共通の悩みの一つは、厳しい移動規制やロックダウンを導入することで、人々の個人の自由を強く抑圧しなければならない現実である。

個人の自由は民主主義社会の最重要な構成概念の一つだ。ジョンソン首相は、ジレンマを押して個人の自由を抑圧する厳しい規制を打ち出す世界の指導者を尻目に、民主主義社会の根幹を成す要素を死守しようとしているようにも見える。

だが一方で、彼がパンデミックの始まりの頃にこだわった集団免疫の考えや、米トランプ大統領ばりの経済至上主義やコロナ軽視の自らの信条を秘匿して、個人の自由の守護神を装っているだけなのではないか、という疑惑も呼び起こさないではない。

国民に人気があると見えるジョンソン首相のコアな支持者は、つまるところトランプ大統領の岩盤支持者にも親和的な英国の保守層であり、反知性主義的心情も強いと考えられるBrexit賛成派である。

ジョンソン首相は彼らの親玉的存在だ。彼が打ち出す新型コロナ対策が時として異様に見えるのは、それらがトランプ大統領の施策にも似た色合いを帯びているからである。

彼はそれを嫌う欧州の良心に気づいている。だから往々にしてその生地を包隠しようとする。その態度が彼をさらに異様に見せる、というふうである。

そんなジョンソン首相が、頑なにこだわってきたクリスマスの規制緩和を撤回する気になったのは、引き金となった変異種のウイルスの正体が、あるいは見た目以上に険悪な性質のものであることを意味しているのかもしれない。

万が一そうであるなら、ウイルスは当のイギリスが世界に先駆けて国民に接種を行っている、新型コロナワクチンを無効にする能力を秘めている可能性もある。ある意味ではジョンソン首相の二枚舌や仮面性よりもはるかに怖い事態である。



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コロナ色のクリスマスが見える

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2020年12月17日現在、イタリアの新型コロナの累計死者数は6万6千537人。欧州最悪である。

死者数は長くイギリスがトップだったが、12月13日にイタリアがイギリスを超えた。

なお累計の感染者数では依然としてフランスが最も多い246万5千126人。2位はイギリスの191万8千736人。3位はイタリアで188万8千144人。続いてスペインの177万3千290人。

イタリアの1日当たりの感染者数はいわば高止まり状態。連日1万5千人前後から1万9千人の間で推移している。

イタリアの死者数は相変わらず多い。感染者数が減少傾向にあった12月3日、突然993人もの死亡者が出て過去最悪を更新した。

その後はさすがに減少して1日あたり500人前後で推移しているが、12月10日にはまたふいに887人が死亡するなど、凄惨な状況は変わらない。

なぜイタリアの死者数は多いのか、という疑問への解答はまだ出ない。十年一日のごとく「イタリアが欧州一の高齢化社会」だから、という答えが繰り返されるのみである。

答えはおそらく今後何年もかけて、分析・研究がなされた後に明らかになるだろう。それまでは、死者数が劇的に減らないのならば、せめて頭打ちになることを願うのみである。

良い兆候もある。ICU(集中治療室)の患者数が着実に減り続けていることである。治癒した者と亡くなった患者が多い、とも言えるが ICU全体の数字が減少しているのは朗報だろう。

イタリアの状況は、例えば日本などに比べたら惨状以外の何ものでもないが、欧州の中では増しなほうだ。あるいは普通程度に悪い環境。

いま厳しいのはドイツであるように見える。優等生のドイツは、新型コロナに苦しんでいるとはいえ、欧州の主要国の中では、また欧州全体の中でも、常に症状が軽かった。

だがここに来て事態が深刻化している。ドイツは先月から行ってきた部分的ロックダウンが功を奏していないことを認めて、12月16日から規制をさらに強化し来月10日まで続ける。

例えば小売店の営業は全て禁止。公共の場での飲酒も禁止。学校も閉鎖される。メルケル首相は規制強化前の12月9日、より過酷なロックダウンを受け入れてくれるよう、ほとんど涙ながらに国民に訴えた。

12月11日には、ドイツの1日の感染者は過去最多のほぼ3万人にのぼり、死者も過去最多の589人を数えた。それらの数字はさらに悪化の一途をたどっている。

フランスは感染が急拡大した10月末、罰金を伴う厳しいロックダウン措置を導入した。12月半ばまでに感染拡大を抑えて、国民にクリスマス休暇を楽しんでもらおうという思惑があった。

それに向けてフランス政府は具体的な数値目標を立てた。12月15日までに1日の感染者数を5千人程度、ICU患者数を2千500~3千人程度に抑える、というものだった。

感染拡大は徐々に静まり、11月28日からは小売店の屋内での営業再開を許可。また12月15日からは外出禁止を緩和して、朝6時から20時までは外出自由、それ以外の夜間だけ外出禁止とした。

しかし、前述の数値目標のうち、12月15日までにICU患者数を2千500~3千人程度に抑えるという目標は達成したものの、感染者を5千人程度に減らす計画は失敗して、1万人程度に留まった。そのため16日から予定していた 映画館、劇場、美術館などの再開は見送られた。

第1波の全土ロックダウンで経済を徹底的に破壊されたイタリアは、再びのロックダウンを回避すると同時に、クリスマス休暇明けに襲うことが容易に予想される第3波にも神経を尖らせている。

そこでクリスマスイブの12月24日から年明け、あるいはさらに先まで、週末と祝日には飲食店の営業を禁止し商業施設も閉鎖する。また不要不急の移動を禁止し、これまで行われてきた夜間外出禁止措置も延長する。

そうした施策を察知した国民の中には、規制が強化される12月24日までに帰省して、家族と共にクリスマスと年末年始を過ごそうともくろむ者が出始めている。そうした不届き者の多くは、ほぼ常に南を目指して動く。

イタリアのクリスマスも、欧州の他の国々のクリスマスも、重苦しい雰囲気の中で過ぎることが確実だ。が、多くの人々は騒がず怨まずに休暇を耐え過ごして、1月から始まるワクチン接種に希望を見出そうとしているようだ。


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パオロ・ロッシはマラドーナではないがマラドーナにも似た名選手だった

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12月9日、1982年のW杯イタリア優勝の立役者だったパオロ・ロッシが亡くなった。イタリアでは11月25日に逝ったマラドーナに重ねて彼の死を悼む人々も多い。

ロッシはすばらしいプレイヤーだった。人格的にも優れていた。引退後は特に穏やかに過ごし他者を慮る態度に終始して人々に慕われた。

ハチャメチャで破滅型でもあったマラドーナとは正反対の性格のようにも見えるが、彼らは他人の悪口を言わないと称えられたところも似ていた。

2人のプレイヤーの最大の共通点は、しかし、第12回と第13回のワールドカップのタイトルをほとんど1人でそれぞれの祖国、イタリアとアルゼンチンにもたらしたという点だ。

2人の共通点はただそこだけと言ってもあながち間違いではない。なぜならマラドーナはペレと並んで史上最強のプレイヤーと目される存在であり、ロッシは「多くの」名選手のひとりに過ぎない。

ロッシを名選手とは見なさない人々も多い。僕もその一人である。いやそれどころか、誤解を恐れずに言えば、僕はある意味ではロッシを平凡なプレーヤーだとさえ考える者だ。

ロッシはロッシ本人がかつて自らを規定したように「単独でディフェンスラインを突破するのではなく、前線のすぐ近くに動きを限定して、味方の助けを借りて得点する」タイプの選手である。

それは良く言えば、チームプレイを重んじる利己的ではないプレイヤーということである。また悪く言えば、ファンタジー(創造性)に欠けたオフサイドライン上の点取り屋、ということだ。

イタリアにはつい最近まで彼に似た、そして彼よりも力量が上の点取り屋がいた。現在セリエAベネヴェントの監督を務めるフィリッポ・インザーギである。

インザーギのイタリア1部リーグセリアAでの総得点は145、イタリア代表戦での得点は25。一方ロッシはセリアAでの総得点111、イタリア代表戦での得点は20だ。

ところが人気や評価の点では、ロッシはインザーギにはるかに勝る。それはひとえにロッシが1982年のワールドカップで大活躍をしたからである。

少し古くまた唐突な例だが、プロ野球の長島が、注目度の高い試合で大活躍をすることが多かったために、成績で勝る王よりも人気が高かったことにも似ている。

誤解のないように言っておきたい。ロッシもインザーギも疑いなくイタリアサッカー史上に残る名フォワードだ。が、ロッシはW杯で大活躍をしインザーギはそれほどでもない。それが2人の運命を分けていると思う。

さてここからは個人的な見解である。僕にとってはロッシもインザーギも魅力的な選手ではない。彼らはゲームを構築し演出しそして得点までするファンタジスタ(創造的フォワード)ではない。

オフサイドライン上にいて、相手の一瞬の隙を突いてゴール前に飛び出し、抜け目なくゴールを奪うタイプのストライカーである。

彼らは異様に鋭いゴールへの嗅覚を備えていて常に的確な場所にいる。こぼれ玉にも素早く反応し太ももや膝や踵はもちろん、いざとなれば肩や腰を使ってでも泥臭くボールを押し込む。

それは言うまでもなくひとつの大きな才能である。少年サッカーにおいてさえ、相手ゴール前の修羅場で自在に動いてボールをネットに押し込むのは至難の業だ。

ましてや相手は、世界でも最強と指摘されることが多いイタリアの守備陣形である。そこで一瞬の間にマーカーをかわし、相手の視野から消えてゴールを決めるのは天才的な力量だ。

それでも、彼ら以上に魅惑的なのが、マラドーナでありメッシでありバッジョでありデルピエロなど、などの、ファンタジスタ(創造的フォワード)なのである。

これはロッシを貶めるために言うのではない。彼はマラドーナと並んで、一つのワールドカップをほぼひとりで制したほどの優れたプレイヤーだ。

同時に、マラドーナとは違って点取り屋に徹しただけの、あるいは点取り屋に徹する以外には生きる術がない名選手だった、と言いたいのである。

合掌



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地獄から見上げてみれば


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12月6日、イタリアの新型コロナの死者の累計は節目の6万人を超えた。欧州ではイギリスの6万千42人に次いで多い数字である。

イタリアの死者のうち40%近い2万2千252人は、パンデミックの始まりから常に最悪の被害地域であり続けている、ミラノが州都のロンバルディア州の犠牲者。

2番目に犠牲者が多いのはボローニャが州都のエミリアロマーニャ州の5805人(10,4%)。以下トリノが州都のピエモンテ州5556人(10%)、ヴェネツィアが州都のヴェネト州3899人(7%)、首都ローマが州都のラツィオ州2525人(4,5%)などと続く。フィレンツェが州都のトスカーナ州、ナポリが州都のカンパーニア州、ジェノバが州都のリグーリア州などの死者も多い。

僕の住むブレッシャ県は、イタリアで最もコロナ被害が大きいロンバルディア州の12県のうちの一つ。第1波では隣のベルガモ県と並んで感染爆心地になった。僕の周囲でも親戚を含む多くの人々が犠牲になった。

今進行している第2波でも、ロンバルディア州が相変わらずイタリア最悪のコロナ被害地だが、感染爆心地は州都ミラノ市とミラノ県に移っている。むろんブレッシャ県の状況も決して良好ではない。

イタリアのコロナ死者の平均年齢は80歳。死者のうち50歳以下の人は657人。全体のたった1%強に過ぎない。また死者の97%が何らかの持病あるいは基礎疾患を持つ。

僕は死者の平均年齢の80歳にはまだ遠いが、50歳はとっくに通り過ぎて且つ基礎疾患を持つ男。パンデミックのちょうど1年前に狭心症のカテーテル治療を受けたのだ。従ってコロナに感染すると重症化する危険が高いと考えられる。

還暦も過ぎたので、死ぬのはしょうがない、という死ぬ覚悟ならぬ「死を認める」心構えはできているつもりだが、コロナで死ぬのはシャクにさわる。死は予測できないから死ぬ覚悟に似た志も芽生えるのではないか。避けることができて、且つ死の予測もできるコロナで死ぬのは納得がいかない、と強く感じる。

2週間前には同期の友人がコロナで亡くなった。彼は長く糖尿病を患っていた。既述の如くこれまでにも親戚や友人・知人がコロナで逝った。だが全員が70歳代後半から90歳代の人々だった。年齢の近い友人の死は、なぜかこれまでよりも凶悪な相貌を帯びて見える。

僕はパンデミックの初めから、世界最悪のコロナ被害地の一つであるイタリアの、感染爆心地のさらに中心付近にいて、身近の恐怖を実感しつつ世界の恐慌も監視し続けてきた。その僕の目には、最近の日本がコロナに翻弄され過ぎているように見える。

コロナはむろん怖れなければならない。感染を阻止し、国の、従って国民の生命線である経済も死守しなければならない。それが世界共通の目標だ。ところがイタリアは、第1波で医療崩壊の地獄を味わい、全土ロックダウンで経済を完膚なきまでに打ち砕かれた。

そのイタリアに比べたら日本の状況は天国だ。欧州のほとんどの国に比べても幸運の女神に愛されている国だ。アメリカほかの国々に比べても、やっぱり日本のコロナ状況は良好だ。むろんそれがふいに暗転する可能性はゼロではない。

だが日本が、イタリアを始めとする欧州各国の、第1波時並みの阿鼻叫喚に陥る可能性は極めて低い。万万が一そんな事態が訪れても、日本は例えばイタリアや欧州各国を手本に難局を切り抜ければいいだけの話だ。

ここ最近僕は、あらゆる機会を捉えて「日本よ落ち着け」と言い続けている。言わずにはいられない。コロナに対するときの日本の大いなる周章また狼狽は、おどろきを通り越して、僕に少し物悲しい気分さえもたらすのである。




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コロナ死者が多くてもイタリアはもはやパニくらない


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イタリアの日ごとの新型コロナ感染者数は減少傾向にある。

ところが12月3日、1日の死者が過去最多を更新して993人にものぼった。

これまでの記録は第1波のロックダウン中の969人。3月27日のことだった。

新法令

死者が激増した同じ日、イタリア政府は、新型コロナ対策として新たな法令を発動した。

それによるとクリスマス直前の12月21日から1月6日までは、州をまたいだ移動は禁止。

また夜10時から翌朝5時までの外出も引き続き禁止とする。

さらにクリスマス当日と翌日、また元日には住まいのある自治体から外に出てはならない。

ただし、いずれのケースでも、仕事や医療また緊急事態が理由の移動は許される。

レストランは、赤、オレンジ、黄色の3段階の警戒レベルのうち、最も低い黄色の地域にある店だけ午後6時まで営業できる。

大晦日から新年をホテルで過ごす場合、食事はルームサービスのみ許される。

スキーリゾートは来年1月6日まで閉鎖。1月7日より営業が可能、など。など。

パニくらないイタリア

イタリアの累計の新型コロナ死亡者は、12月3日現在5万8千38人。

欧州ではイギリスの6万210人に次いで多い。

欧州で死者が節目の5万人を超えているのは、イギリス、イタリア、そしてフランスの5万4千231人。スペインの死者数ももうすぐ5万人クラブに入る勢いである。

イタリアの1日あたりのコロナ感染者数は、例えば日本に比べると、依然としてぞっとするほどに多い。重症者も、従って死者も然りである。

なぜイタリアのコロナ死亡者は多いのか。答えは相変わらずイタリアが欧州一の高齢化社会だから、という陳腐なものだ。一種のミステリーである。

もやもやした心情を抱きつつも、人々は落ち着いている。第1波のコロナ地獄と全土のロックダウンを経験して、イタリア国民はコロナとの共存法をある程度獲得し、さらに獲得しつつある。

イタリアが最も賑やかになるクリスマスシーズンを控えめに過ごして、休暇後の感染爆発を回避しようとする政府の方針は、ほとんど国民的合意といってもかまわないように見える。

そうした社会情勢は、2回目のロックダウンを敷いて感染拡大をいったん制御し、クリスマスを前に一息ついているフランス、イギリス、スペインなども同じ。

欧州主要国の中ではドイツだけがロックダウンを延長しているが、それはドイツ的慎重の顕現で、同国のコロナ状況は依然として英仏伊西よりも良好である。


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「ベンチのマラドーナ」が泣いている



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偉大なマラドーナが逝ってしまった。ふいにいなくなってしまうところが悲しく、だがさわやかでもある、いかにもマラドーナらしいサヨナラの仕方であるようにも思える。

サッカー少年だった僕が、「ベンチのペレ」と呼ばれて相手チームの少年たちを震え上がらせていたころ、マラドーナはまだマラドーナではなかった。ディエゴ・アルマンド・マラドーナという僕よりも少し幼い少年だった。

マラドーナがアルゼンチンで頭角をあらわし、むくりと立ち上がって膨張したころ、僕は既にサッカーのプレーはあきらめて、サッカー理論や情報に興味を持つだけの頭でっかちのサッカーファンに成り果てていた。

テレビドキュメンタリーの監督として仕事をするようになってから、僕はニューヨークに移動し、2年後にそこを離れてイタリアに移住した。それはちょうどマラドーナがアルゼンチンを率いてワールドカップを制した時期に重なっていた。

1986年のワールドカップを僕はニューヨークで見た。決勝戦に際して僕は、同僚のアメリカ人TVディレクターらをはじめとするプロダクションスタッフと遊びで賭けをした。アメリカ人は当時も今もサッカーを知らない。誰もが前評判の高いサッカー強国のドイツが有利とみてそこに金を賭けた。

僕とプエルトリコ出身の音声マンだけがアルゼンチンに賭けた。ヒスパニックの音声マンは同じヒスパニックのアルゼンチンに好感を持ったのだ。僕はアルゼンチンではなくマラドーナの勢いに賭けた。確信に近い思いがあった。

結果は誰もが知る内容になった。マラドーナは、対イングランド戦での「神の手ゴール」と「5人抜きゴール」の勢いに乗ったまま、アルゼンチンを世界の頂点に導いた。マラドーナの人気は、頂点を越えて宇宙の高みにまで突出していった。一方僕は騒ぎのおこぼれにあずかって、かなりの額の賭けの配当金を手に入れた。

同年から翌年にかけて、僕は仕事の拠点をニューヨークからイタリア、ミラノに移した。ワールドカップを沸かせたマラドーナもイタリアにいた。彼はその2年前からイタリア、ナポリでプレーをしていた。ナポリが所属するプロサッカーリーグのセリエAは、当時世界最高峰のリーグとみなされていた。

例えて言えば、現在隆盛を極めているスペインリーグやイギリスのプレミアリーグなどにひしめいているサッカーのスター選手が、当時はひとり残らずイタリアに移籍するような状況が生まれていた。その典型例がマラドーナだったのである。

時間は少し前後するが、絶頂を極めた80年代から90年代のセリエAにはマラドーナのほかにブラジルのジーコ、カレカ、ロナウド、フランスのプラティニ、オランダのファン・バステン、フリット、アルゼンチンのバティストゥータ、ドイツのマテウス、イギリスのガスコインなどなど、スパースターや有名選手や名選手がキラ星のごとく張り合っていた。

そこにバッジョ、デルピエロ、トッティ、マンチーニ、バレージ、マルディーニ等々の優れたイタリア人プレーヤーたちが加わってしのぎを削った。僕はそんな中、イタリアのサッカーを日本に紹介する番組や報道取材、また雑誌記事などの媒体絡みの仕事などでもセリエAにかかわる幸運に恵まれた。

マラドーナは常に燦然と輝いていた。僕が自分のサッカーの能力を紹介するフレーズ「僕はベンチのペレと呼ばれた」、を「ロッカールームのマラドーナと呼ばれた」と言い変えたりするのは、そのころからである。それはやがて「僕はベンチのマラドーナと呼ばれた」へと確定的に変わった。

「ベンチのマラドーナ」とは言うまでもなく補欠という意味だ。そのジョークはイタリア人に受けた。受けるのが楽しくて言い続けるうちに、それは僕の定番フレーズになった。サッカー少年の僕はベンチを暖めるだけの実力しかなかったが、少年時代の悔しさは、マラドーナのおかげで良い思い出へと変容していった。

閑話休題

マラドーナはよくペレと並び称される。ペレは偉大な選手だが、僕にとってはいわば「非現実」の存在とも言えるプレーヤーである。僕は彼と同じ世代を生きた(サッカーをした)ことはなく、彼のプレーも実際に見たことはない。だがマラドーナは同年代人であり、彼のプレーも僕は何度か間近に見た。

巨大なマラドーナは、プレースタイルのみならずその人となりも人々に愛された。彼はピッチでは、よく言われるような「神の子」ではなく、神同然の存在だった。が、一度ピッチの外に出るとひどく人間くさい存在に変わった。気さくでおおらかでハチャメチャ。人生をめいっぱい楽しんだ。

楽しみが極まって彼は麻薬に手を出しアルコールにも溺れた。そんな人としての弱さがマラドーナをさらに魅力的にした。天才プレーヤーの彼は間違いを犯しやすい脆弱な性質だった。ゆえにファンはなおいっそう彼を愛した。

その愛された偉大なマラドーナが逝ってしまった。2020年は猖獗を極める新型コロナとともに、あるいはもう2度とは現れない「サッカーの神」が去った年として、歴史に永遠に刻み込まれるのかもしれない。

マラドーナは繰り返し、もしかすると永遠に、ペレと名を競う。が、人としての魅力ではマラドーナはペレをはるかに凌駕する。また今現在のサッカー界に君臨する2人の巨人、クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシは、技量において恐らくマラドーナを超える。数字がそれを物語っている。

だが彼ら2人も人間的魅力という点ではマラドーナにははるかに及ばない。マラドーナの寛容と繊細とハチャメチャと人間的もろさ、という面白味を彼らは持たないのである。マラドーナはまさに前代未聞、空前絶後に見える偉大なサッカー選手であり、同時に魅惑的な人格だった。

合掌。



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日本よ、少しは落ち着いたらどうだ



ムンク叫び800


2020年11月18日、イタリア時間の昼間、午後1時に日本とのリアルタイムで流れるNHKの夜9時のニュースが、「新型コロナの一日あたりの感染者数が過去最大の2201人!」とまるでこの世の終わりのような勢いで報道していた。

東京の一日あたりの感染者も493人の新記録。重症者も39人と多い。全国では276人。感染拡大が止まらない。医療現場は逼迫の一途をたどっている!等々と不安と恐怖のオンパレードである。

僕はそのニュースを見ながら正直うんざりした。日本の平和と、平和を恐慌に見立てるNHKの軽さと嘘っぽさにだ。それは日本の軽さであり嘘っぽさだ。日本があってNHKがあるのだから。決してその逆ではない。

同じ日のイタリアの一日あたりの新規感染者数は32191人。日本のほぼ15倍である。スペイン、フランス、イギリスなども似たリ寄ったり。ドイツでさえ一日で26231人の新規感染者を数えた。

むろん死亡者も多く、重症の患者も日本とは比較にならないほどにおびただしい。医療現場も多くの国で逼迫しているのは言うまでもない。

欧州では連日そういう状況が続いている。各国はロックダウンやそれに近い厳しい行動規制を敷いて感染拡大を食い止めようと必死になっている。そしてその多くが、それなりの成果を収めている。

成果とは、感染拡大を劇的に抑えているという意味では断じてない。欧州が第1波の恐怖と絶望の時間を経て、感染拡大と共存する方法を日々学びながら、それをいわば自家薬籠中の物としつつある、という意味である。

欧州どころか世界でも最も悲惨な第1波の洗礼を受けたイタリアでさえ、第2波の恐慌を冷静に受け止めてこれに立ち向かっている。

イタリアよりも強い第2波に襲われてきたフランス、スペイン、イギリス等も果敢にパンデミックに対峙し、恐れ怒りつつも断じてパニックには陥っていない。

なのに日本の体たらくはどうだろう。世界、特に爆発的な感染拡大が続く欧米などに比べたらどうということもない数字に慌て、悲鳴を上げ、錯乱している。

日本はコロナ禍中の世界の国々の中では、経済も医療も社会状況も依然として良好な幸運な国だ。少しはそのことを思って気を落ち着け、状況を見極めつつ行動する努力をするべきだ。

一見した限りでは、ここまで運に恵まれ続けたとしか思えない日本のコロナ状況が、ふいに激変する可能性はゼロではない。従って油断は禁物だ。

だが、ほんの少しの状況の悪化に、脱兎の群れの如くパニくる日本は少し見苦しい。メディアも政府も国民も冷静になって、感染を抑えつつ経済も回す知恵をさらに磨いたほうがいい。

幸いコロナワクチンも開発されつつある。それが日本を含む非開発国にまで行き渡るのはまだ先のことだろう。だが恐らくそれは流通する。

それまではー繰り返しになるがーメディアも政府も国民も、日本がうまくやっていることをしっかり認識して、ここイタリアを含む欧州同様に威厳を持ってパンデミックに対峙して行ってほしい。



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ワクチンは善意ではなく銭(ゼニ)で出来ている 

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米製薬会社ファイザーが先日、新型コロナウイルスのワクチン開発に成功、と発表した。臨床試験には4万3千538人が参加。9割以上に効果があった。画期的な内容である。さらに一歩進んで公式に承認されれば、ファイザーのCEO(最高経営責任者)が自画自賛したように「過去100年のうちの世界最大の医学的進歩」とも言える出来事に違いない。

ファイザーワクチンの大規模最終治験では、94人が新型コロナウイルスに感染した。治験では医師も被験者も分からない形で本物の薬と偽の薬を投与して結果を見る。そのうちの90%以上が偽薬を投与されたグループだった。一方、本物(ワクチン)を投与されたグループの感染は10%未満で、効果が確認された。

だがワクチンははまだ完璧なものではない。大規模な臨床試験のうち新型コロナ検査で陽性と出た94人の結果のみに基づいている。例えば重篤な症状に陥る高齢者にも効くのか、ワクチンを接種して獲得される免疫はどれくらいの期間有効なのか、など分からないことも多い。また同ワクチンは摂氏80度以下の超低温で保管しなければならない、という問題もある。

ファイザー社の発表を慎重に見守る世界の専門家は、ワクチンを最終評価するためには特に安全性に関する情報など、もっと多くの踏み込んだデータが必要だと指摘している。それでも、ワクチンの効果は50%を超えれば成功、とされる中で90%を越える効果を示したファイザー・ワクチンは、大きな朗報であることは疑いがない。

ワクチンに関しては懐疑的な意見も多い。それどころか接種を徹底的に忌諱する人々も少なくない。拙速な開発や効果を疑うという真っ当な反対論もあるが、根拠のないデマや陰謀論に影響された狂信的な思い込みや行動も目立つ。後者の人々を科学の言葉で納得させるのはほとんど不可能に近い。だが彼らを無知蒙昧だとして切り捨てればワクチンの社会的な効果は半減する。

ワクチンはウイルスを改変したり弱体化させて作るのが従来のやり方である。それは接種された者が病気になる危険などを伴うこともあって、細心の注意を払い用心の上に用心を重ねた厳しい治験を経て完成する。早くても1年~2年は時間がかかるのが当たり前だ。時間がかかるばかりではなく、ワクチンは開発ができないケースも非常に多い。

ワクチンそのものの医学的科学的な内容の複雑に加えて、開発に伴う「政治」と「経済」がからんだ思惑が錯綜して事態が紛糾し、ついには開発が頓挫したりする。ワクチンはビジネスだ。しかも開発に莫大な金がかかるビジネスである。市場が小さすぎたり対象になる病気が終息して、開発後に市場そのものが無くなったりすればビジネスは成り立たない。ワクチンを扱う事業家は常にそのことを見据えて投資をしている。

人類はこれまでに多くの感染症に襲われて犠牲者の山を築いてきた。その都度ワクチンを開発して対抗した。が、われわれがこれまでにワクチンで完全に根絶できた感染症はたった一つ、天然痘だけだ。しかもそれは200年もの時間をかけて成された。それ以外のありとあらゆる恐ろしい病、例えば結核やポリオやおたふくかぜや破傷風等々は根絶されてはいない。それらに対するワクチンを開発して予防し共存しているのである。ワクチンには人類の叡智が詰まっている。

同時にワクチンは-繰り返しになるが-良い意味でも悪い意味でもビジネスに大きく左右されている。儲からないワクチンはワクチンではないのだ。あるいは儲からないワクチンは、ほとんどの場合この世に生み出されることはないのである。ワクチンは国や社会の善意や慈悲で作り出されるのではない。銭(ゼニ)がそれを誕生させるのだ。

そのことを裏付ける最近の出来事が、2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年の MERS(中東呼吸器症候群)だ。世界はかつて、恐怖に彩られたそれらの感染症に立ち向かうワクチンを手に入れようとして、急ぎ行動を開始した。だが開発は途中で頓挫した。感染の流行が収束して患者が減り市場が小さくなったからだ。つまりワクチンを開発しても儲からないないことが分かったからだ。そういう例は過去にいくらでもある。

しかし新型コロナの場合には事情が全く違う。ワクチン開発能力の高い欧米を始めとする世界の全体で、爆発的に感染が拡大し被害が深刻になっている。ワクチンが開発されればその需要は巨大だ。だから莫大な投資が次々になされている。また被害が世界規模であるため、各国の研究機関や開発事業体などが競って連携を深めてもいる。各政府の後押しも強く民間からの協力も多い。マイクロソフトのビルゲイツ氏などが私財をワクチン開発に提供したりしているのがその典型だ。

また中国やロシアなどの一党独裁国家や変形独裁国家では、統治者が自らの生き残りを賭けて必死でワクチン開発を行っている。国民の生殺与奪権を握り、たとえその一部を殺しても糾弾されない彼らは、安全が保障されていない開発途中のワクチンでさえ人々に接種して結果を出そうとする。それはワクチンの副作用で人が死んでも、隠蔽し否定するなどして問題化しない国だからできることだ。

欧米を始めとする自由主義圏では、空前絶後と形容してもかまわない規模の資金が集まるおかげで、ワクチン開発は急ピッチで進んでいる。また容赦のない被害拡大という切羽詰まった現実や、パンデミックに屈してはならないないと決意する人々の、いわば人間としての誇りも大きく後押しをして、ワクチン開発のスピードはひたすら増し続けているのだ。

そうしたもろもろの要素がかみ合って、かつてない高速で誕生しつつあるのが冒頭で言及した米ファイザーのワクチンである。それは英オクスフォード大学が開発中のワクチンや米モデルナ社のワクチン「mRNA-1273」、また同じく米ジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンなどの激しい追い上げを受けている。それとは別に世界全体では160とも170ともいわれる開発中のワクチンがある。そのうち約40種類は臨床試験に入っていて、いよいよ開発速度が増すという効果が起きている。

ワクチンはその有効性と安全性を、接種量や接種期間また投与する道筋などの重要事案を3段階に分けて繰り返し確認し、最終的に大規模集団においても確実に有効性と安全性があると認められたときにのみ生産が許される。最終治験では数千人~数万人が対象にされることも珍しくない。大きなコストも掛かる。ハードルも高い。有望とされたワクチンがこの段階でボツになることも多い。

従って90%あまりの効果が認められたとするファーザー社のワクチンが、正式に承認される前にダメ出しをされる可能性も依然としてある。だがそうなっても、他の開発中のワクチンが承認を目指して次々に名乗りを上げると思う。こと新型コロナワクチンに関する限り、不信の基になりかねない「高速度の開発」が、逆に信頼するに足る要因であるように僕には見える。ワクチンがビジネスで、そのビジネスに莫大な額の投資が行われているからだ。資金が潤沢であれば、コストの掛かる安全性追求の治験や研究もしっかり行われる。

ビジネスだから信用できない、という考えももちろんあり得る。だが巨大資金を基に衆人環視の上で進めれられている新型コロナワクチンの開発事業は、隠し立てや嘘の演出が極めて難しいように見える。その上に、医薬品を認可・監督する米国ほかの国々の政府機関が、安全性と効果を厳しく審査する。それらの監督局はロシアや中国などとは違って実績と信用をしっかりと保持している。

ワクチンに反対する人々の中には、ワクチンを管轄するのがまさに政府機関だからこそ信用できない、と叫ぶ人々がいる。人の感情に思いを馳せた時、そこには必ず一理がある。だがほとんどの場合彼らの主張には科学的な根拠がない。ワクチン開発もコロナ感染予防もその撲滅も全て、飽くまでも科学に基づいて行われるべきだ。従って僕はそれらの人々とは一線を画する。

ワクチンの効能に疑問を持ち、且つ安全性に大きな不安を持つ人々は、世界中で増え続けている。それらの人々のうちの陰謀説などにとらわれている勢力は、科学を無視して荒唐無稽な主張をする米トランプ大統領や追随するQアノンなどを髣髴とさせないこともない。ここイタリアにもそこに近い激しい活動をする人々がいる。それが「“No Vax(ノー・ヴァクス)” 」だ。

イタリアのNo Vax 運動は2017年以降、全てのワクチンに反対を唱えて強い影響力を持つようになった。 それはイタリアの左右のポピュリスト政党、五つ星運動と同盟の主導で勢力を拡大した。きっかけはほぼ4年前、イタリア政府が全ての子供に10種類のワクチンを接種する義務を課そうとしたことにある。

ワクチンの「不自然性」を主張するひとつまみの過激な集団が政府への反対を唱えた。そこに反体制」を標榜するポピュリスト政党の五つ星運動と同盟が飛びついて運動の火に油を注いだ。火はたちまち燃え盛り勢いづいた。2018年の総選挙では、五つ星運動と同盟が躍進して両党による連立政権が発足。No Vaxはますます隆盛した。そうやってワクチン反対運動は激化の一途をたどった。

そこに新型コロナが出現した。「No Vax」はそれまでの主張を踏襲拡大して、新型コロナウイルス・ワクチンにも断固反対と叫び始めた。彼らの論点は、アメリカのQアノンなどカルト集団の見解にも似た荒唐無稽な内容が少なくない。科学的な見地からは笑止なものだといわざるを得ない。だがそれを狂信的に信じ込むことで、活動家は彼ら自身を鼓舞しわめき騒いで社会全般に無視できない影響をもたらしている。

言うまでもなくワクチンには問題がないわけではない。だがワクチンを凌駕するほどの感染症への特効薬をわれわれ人類ははまだ見出していない。ワクチンを拒否するのは個人の自由だ。だがそれらの人々は、自身が例えば新型コロナウイルスに感染したときに泰然としてそれを受け入れ、「助けてくれ~!」などとわめき散らさず恐れることもなく、むろん病院や医師などを煩わすこともなく、自宅待機をして「“自然に”病気を治すか死ぬ」道を選ぶ覚悟が本当にできているのだろうか?

それができていないなら、ワクチンの開発や流通の邪魔をするような過激な言動をするべきではない、と考えるが、果たしてどうなのだろう。病気になったとき、「助けてくれ!」と激しく喚き狂うのは、得てしてそういう人々であるような気がしないでもないのだが。。。



※この記事の脱稿直後、米モデルナ社の新型コロナワクチンが、ファイザー社のワクチンを上回る94、5%の予防効果があった、と発表された。それがライバルに遅れまいと焦るモデルナ社の性急な動きではなく、ワクチンの真実の効果の表明であることを祈りたいと思う。


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ギリシャ・エーゲ海の島々の食日記~番外編



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ギリシャ・エーゲ海の島々の中でも最大、且つ最南端のクレタ島は、肉料理が豊富である。島でありながら肉料理が発達したのは、アラブ人の襲撃を恐れた古代の人々が海から遠い内陸部に住まいを定めたからだ。

ドデカネス諸島のうちの小さなレロス島では、豊富な魚介料理に出会った。その中では日本の刺身に影響された「刺身マリネ」の一生懸命さが印象的だった。

島が大きいほど肉料理が発達しているように見えるのは、陸地が広い分野生の動物も多い、というのが理由なのだろう。狩の獲物が増えればレシピも多様化する。

また家畜の場合でも、土地が潤沢なほど牧草や飼料が充溢するから飼育が盛んに行われる。そうやってまたレシピが充実する、という当たり前の状況もあるに違いない。

数年前に滞在した同じギリシャのロードス島には、肉料理と魚介料理がほぼ似通った割合で存在し、レシピも盛りだくさんで、味もとても良かった。

ロードス島はギリシャ国内4番目の広さの島。大きくもなく小さくもない規模。あるいは大きいとも小さいとも言える島。そのせいで料理も肉と魚が満載、というところか。

10年程度をかけて中東や北アフリカを含む地中海域を旅する、という僕の計画はイスラム過激派のテロのおかげで頓挫した。そこに新型コロナが加わってさらに状況が悪くなった。

僕は命知らずの勇気ある男ではないので、テロや誘拐や暴力の絶えない地域を旅するのは御免である。また新型コロナ禍中での旅もぞっとしない。

だが来年以降は、たとえコロナワクチンが開発されなくても少しづつ旅を再開しようと思う。ここまでの体験で、感染防止策を徹底すれば旅先でも大丈夫ではないか、と考えるようになっている。

しかし、ワクチンがない場合には、僕の地中海紀行は来年以降もギリシャを中心に回る腹づもり。アラブまた北アフリカの国々は、「将来機会がある場合のみ訪ね歩く」ときっぱり割り切っている。

その際の食の探訪のひとつは、アラブ圏で大いに楽しもうと考えていた、ヤギ&子ヤギまた羊肉料理をしっかりとメジャーに据えて、食べ歩くことである。

これまでにトルコでもギリシャのクレタ島でもドデカネス諸島でも、はたまたスペインのカナリア諸島でも、ヤギ&羊料理は目に付く限り食べ、目に付かない場合も探して食べ歩いた。

また、テロが横行していなかった頃のチュニジアでも同じ料理を求めた。そうした中での驚きは、なんと言っても昨年のクレタ島。ヤギ&羊肉料理の豊富と美味しさに魅了された。

そこで食べられるのは家畜化された普通のヤギ&羊肉。その一方でクレタ島には、クリクリと呼ばれる原始的な野生ヤギが生息していて、島のシンボルとして大切にされている。

クリクリ種の野生ヤギは絶滅危惧種。保護されていて食べることはおろか捕獲も厳禁だが、島人にはクリクリヤギへの特別な思い入れがあるようだ。

クレタ島は四国の半分弱ほどの大きさの島。見方にもよるだろうが決して小さくはない。そこでの僕のこれまでのヤギ料理食べ歩きは、島の第2の都市ハニア郊外にあるリゾートの周辺域のみだ。

そこだけでも多様で目覚ましいヤギ&羊肉料理に出会った。島全体を巡り歩けばさらに豊かなレシピに出会えるに違いない。

世界には一生かけても訪ねきれない素敵な場所がゴマンとある。そこも旅したいが、クレタ島のヤギ料理探訪も中々捨てがたいのである。


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ファイザー・ワクチンの陽&陰


ボトルズUP


世界6カ国の4万3500人余を対象に臨床試験が行われ、90%以上の感染防止効果があったとされる米ファイザー・ワクチンは、大きな喜びを世界中にもたらしている。

だがそれはまだ完璧なものではない。大規模な臨床試験のうち新型コロナ検査で陽性と出た94人の結果のみに基づいていて、例えば重篤な症状に陥る高齢者にも有効かどうかは分かっていない。

ファイザー社の発表を慎重に見守る世界の専門家は、ワクチンを最終評価するためには特に安全性に関する情報など、もっと踏み込んだデータが必要だと指摘している。

ワクチンを接種して獲得される免疫がどれくらいの期間有効なのかもまだ明らかになっていない。また同ワクチンは摂氏80度以下の超低温で保管しなければならないという、流通面での難しさを予見させる障害もある。

それでも、ワクチンの効果は50%を超えれば成功とされる中で、90%を越える効果を示したファイザー・ワクチンは大きな朗報であることは疑いがない。

米国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長はそのことを評価して、実に並外れた数字。ファイザー・ワクチンはわれわれのこの先の行動に大きな影響を及ぼす、とコメントしている。

ファイザー・ワクチンの福音は欧州でも歓迎されている。だがそれが公式に承認されたとしても、一般に行き渡るのは来年以降になるのは間違いない。欧州は当面は、怒涛の勢いで拡大する新型コロンの脅威に対抗しなければならない。

欧州のコロナ感染拡大第2波の状況は、例えて言えばフランスが沈没、スペインとイギリスが座礁、イタリアとドイツが暴風で操船不可能、という具合である。人口の少ないその他の国々も、それらの大国と同じ困難に直面している。

全土をコロナ感染の警戒度の高い順にレッド、オレンジ、イエローに区分して規制をかけているイタリアは、リグリア、トスカーナ、アブルッツォ、バジリカータ、ウンブリアの5州をイエローからより危険度の高いオレンジに指定した。

他の国々の状況もイタリアと似たり寄ったりだ。新型コロナ第2波は欧州全体を呑み込んで荒れ狂い、寒気の進行と共に悪化し続けている。人々はファイザー・ワクチンに続くさらなるワクチンの登場のみならず、その早い流通を焦がれる思いで待っている。


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欧州コロナ第2波通信~ロックダウン泣き笑い

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11月6日のイタリアの新規感染者は37809人。死者は446人。1日あたりの感染者数は2月-5月の第1波と第2波を通して最大。検査数の増大によって新規感染者の数も第1波より大幅に増えているが、死者数は3月27日の最大919人よりは少ない。

だが感染拡大も死者数も、そしてICU(集中治療室)患者数も確実に増え続けている。イタリアの第2波の状況はフランス、スペイン、イギリスなどに比べるとまだ比較的平穏だが、危機感は日ごとに強まっている。

イタリアは11月6日からコロナの感染状況によって、全国20州を危険度の高い順にレッド(赤)、オレンジ、イエロー(黄)の3カテゴリーに色分けし、それぞれに適合した準則を導入した。最も危険度の高いレッド・ゾーンの4州では、1日を通して住民の移動が規制されるなど、第1波時とほぼ同じ厳しいロックダウン措置が実施されている。

次に危険度の高いオレンジ・ゾーンの2州と、比較的状況が穏やかなイエロー・ゾーンの14州でも、夜10時から翌朝5時まで外出が禁止され、博物館、映画館、劇場、スポーツジムやプール等は閉鎖。ショッピングモールに始まる大型商業施設も週末の営業が禁止されるなど、準ロックダウン的な規制がかけられた。

イタリアは社会経済活動の継続と感染拡大抑止との間で大きく揺れ動いている。3月-5月の過酷な全土ロックダウンによって感染拡大を押さえ込んだが、その代償として経済に大きな打撃を受けた。政府も財界も国民の大半も、その二の舞を演じたくない点で一致している。

同時に、第1波では一日あたりの最大感染者数が6557人(3月21日)だったのが、第2波では10月半ばに1万人を超え、11月6日には3万7千809人となった。第1波時よりも検査体制が拡充したとはいえ、感染爆発が連日続いている、と言っても過言ではない状況である。

イタリアは、このまま経済活動を続けるべきという声と、全土ロックダウンに踏み切るべきという声が高まって国論が二分されている。かつては飽くまでも全面的なロックダウン支持者だった僕は、今では感染拡大を抑える最大の努力をしつつ経済活動も続けるべき、と考えるようになった。

ロックダウンのイタリア経済への打撃は見るに耐えないほどに大きなものだった。それは現在も続いている。それでも少しの回復軌道に乗りつつあった。ここで再びのロックダウンに踏み切れば、イタリア経済は今後何年にも渡ってさらに低迷するだろう。それは避けるべきではないかと思う。

欧州各国は大なり小なりイタリアと同じジレンマを抱えている。欧州大陸の52カ国の感染者の合計は11月5日現在、中南米の1140万人よりも多い1160万人。死者は29万3千人にのぼる。そんな中、どの国も感染拡大抑止と社会経済活動の両立を目指して必死に対策を講じている。

レストランやカフェなどの飲食店の閉鎖や営業規制、日常必需品店以外の小売店の閉鎖や営業短縮、また劇場や映画館や美術館などの娯楽文化施設やスポーツジムなどの閉鎖に加えて、各国が国民に課している管制は例えば次の如くである。

ギリシャは11月7日、ロックダウン開始。小学校と保育所以外の学校は閉鎖。許可証を持参の場合のみ外出可能。

スペインはほぼ全土で住民の移動制限。国民は居住区以外の地域への移動ができない。首都のマドリード地区は週末に他の自治体との行き来を制限。

ポルトガルは国土の大半で、仕事、通学、食料購入以外での外出を自粛するように要請。

フランスは10月30日からロックダウンに入っている。日常必需品を扱う店以外の小売店は閉鎖。外出をする際は自己申告の外出許可証の携帯が求められる。

チェコは夜9時以降の外出禁止。全ての店は午後8時閉店。また日曜日は営業禁止。スロバキア、スロベニア、キプロス、ルクセンブルグは夜間外出禁止。コソボは65歳以上が外出禁止。ポーランドは映画館などの娯楽施設とほとんどのショッピングセンターが閉鎖。

 オーストリアは夜8時から翌朝6時まで外出禁止。有名な劇場など娯楽施設は閉鎖。誕生パーティーやクリスマスのマーケットなども厳禁となった。

スイスはジュネーブと近郊の非日常品店は閉鎖。ほとんどのバーやレストランの夜間営業は禁止。多人数での邂逅も制限されている。

ドイツは11月2日から、テイクアウトサービス以外の飲食店の営業を禁止し、娯楽施設も閉鎖。同時に観光目的でのホテル宿泊も厳禁した。

人口比率での感染者と死者が極めて多いベルギーは、10月19日から夜間外出禁止。ロックダウンが導入されて飲食店や小売店は閉鎖。テレワークが義務付けられている。しかし、昼間の外出は許されている。

デンマークはいわゆるロックダウンの厳しい処置は取らないが、ユトランド半島 地域での移動の自粛を住民に求めている。変異したコロナウイルスがミンクから人に移ったことを受けての処置。

ノルウエーは欧州で最もコロナ感染が抑えられている国の一つだが、国民に最大限の自宅待機と他者との接触の回避を強く呼びかけている。ノルウエーはロックダウンをかけずにコロナ危機を乗り切ることを目指している。

スウェーデンは相変わらず独自のコロナ対策を推進している。国民は他者との接触や屋内での活動を避け、できるだけ公共の乗り物を利用しないように要請されている。それには法的根拠があるが、違反しても罰せられることはない。また全ての国民はテレワークを推奨され大きなパーティーや集会を控えるように呼びかけられている。

アイルランドは10月22日、第2波の欧州で一番初めにロックダウンを開始。学校は閉鎖しないが、必要危急の用事以外での外出は禁止。

英国のイングランドは、ウエールズと北アイルランドを追いかけて11月5日からロックダウン開始。学校は閉鎖されないが、パブなどを含む全ての飲食店が営業禁止。テイクアウトのみが許される。

など。


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欧州コロナ第2波通信~信号機型ロックダウン


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3月-4月の厳しいロックダウン効果によって、夏の間のイタリアのコロナ感染は抑えられていた。が、9月から徐々に増えて11月4日の新規感染者は30550人。死者は352人。累計の死者数は39764人となった。

それを受けてイタリアは、ロックダウン導入で先行するフランス、ドイツ、イギリスなどに続いて、11月6日から少なくとも12月5日まで再び厳しい規制をかけることになった。

ただし今回は全土一斉のロックダウンではなく、症状のある人や病院のベッドなどの割合また占有率などを勘案して、全国20州を赤、オレンジ、黄色の3段階の警戒レベルに分け、それぞれに見合った管制をする。

全国一律の規制は:

22時から翌朝5時まで外出禁止。高校はオンライン授業のみ。10月26日から閉鎖されている博物館、映画館、劇場、スポーツジムやプールなどに続いて、各種遊戯場や店も閉鎖。またショッピングモールなどの大型商業施設は週末の営業を禁止。

さらにスクールバスを除くバスなどの公共の乗り物は乗車率50%未満で運転。仕事や通院など必要危急の場合以外は、国民はできる限り公共の乗り物を利用しないよう強く要請。公務員や一般会社職員はできるだけリモートワークに徹底する。

最高警戒レベルのレッドゾーンは:

相変わらず感染者が多いロンバルディア州に加えて、ピエモンテ、ヴァレダオスタ、カラブリアの計4州。レッドゾーンでは生活必需品店以外の小売店やマーケットは全て閉鎖。住民票のある自治体から他の自治体への移動禁止。

また住民は自宅近くでの運動のみ許される。レッドゾーン内の規制は、春に実施された全国一律の外出制限とほぼ同じ厳しい措置である。ただし、第1波時のロックダウンとは違って、理容室や美容室の営業は認められる。

レッドゾーン内の中学校2年生と3年生の授業はオンラインのみで行う。小学生と中学1年生の授業は学校で行われるが、子供たちは着席中も必ずマスクを付ける。これまでは座席間の距離が保たれていれば、着席中はマスクをはずしても構わなかった。

南部プーリア州やシチリア州などは、レッドゾーンに次いで危険度の高い「オレンジ色」。残りの14州と北部のトレント県、及びボルザノ県は最も危険度の低い黄色に色分けされた。色分けは感染状況によって15日ごとに見直される。

(なお、黄色は元々緑色になるはずだったが、緑色だと「安全地帯」を連想させる恐れがあるとして、警戒や慎重の意識を喚起する黄色に変更された)

新型コロナに呪われたロンバルディア州は再びロックダウンにかけられた。第1波ではロンバルディア州の12の県の中でも、特に僕の住まうブレシャ県とベルガモ県が感染爆心地になった。今回は州都のあるミラノ県の感染拡大が最もひどい。

イタリア政府は経済破壊につながる全土のロックダウンをなんとしても避けたい考え。だが見通しは暗い。感染拡大が止まず死亡者が急増すれば、全土一斉ロックダウンへの圧力が強まるだろう。だがそうなってからでは、感染拡大に急ブレーキをかける、という意味では遅い。

結局イタリアは、全土のロックダウンは導入せず、相当数の犠牲者を受け入れながら経済も動かす、良く言えば中庸の、悪く言えばどっちつかずの道を探るのではないか。感染拡大や死者増も容認する、というのは恐怖のシナリオだが、第1波時の地獄を経験している分、人々は落ち着いているようにも見えないこともない。



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コロナ禍中の盆も盆 



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今日11月2日はイタリアの盆である。「死者の日」という奇妙な名で呼ばれるが、日本の盆のように家族が集まって亡くなった人々を偲ぶ祭りの日。

「死者の日」の前日は「諸聖人の日」。さらにその前日、10月31日は「ハロウィン」である。ハロウィンとは「全ての聖人(諸聖人)の日の前夜」のことである。

「ハロウィン」「諸聖人の日」「死者の日」の三者は、全てのキリスト教徒ではなく“多くのキリスト教徒“にとっては、ひとかたまりの祭りである。次の理由による。

ハロウィンは元々キリスト教の祝祭ではなく古代ケルト人の祭り。それがキリスト教に取り込まれた。カトリック教会では今もハロウィンを宗教儀式(祭り)とは考えない。

一方、米英をはじめとする英語圏の国々では「ハロウィン」は重要な宗教儀式(祭り)。プロテスタントだからだ。プロテスタントは聖人を認めない。だから緒聖人の日を祝うこともない。

ところが「死者の日」はプロテスタントも祝う。カトリックを批判して宗教改革を進めたマルティン・ルターが祭りを否定しなかったからである。

つまりひとことで言えば、「ハロウィン」はキリスト教のうちでもプロテスタントが主に祝う。「諸聖人の日」はカトリック教徒が重視する。

「死者の日」には人々は墓地に詣でる。あらゆる宗教儀式が教会と聖職者を介して行われるのがカトリック教だが、この日ばかりは人々は墓地に出向いて直接に霊魂と向かい合うのである。

イタリアは他のほとんどの欧州諸国と同じように新型コロナ第2波に呑み込まれつつある。そのせいで墓参りをする人々が普段よりも少ないと見られている。

今日の「死者の日」は、カトリックもプロテスタントも寿ぐ。激しい選挙戦が展開されているアメリカに例えて言えば、分断の象徴が「ハロウィン」と「緒聖人の日」。融和の象徴が「死者の日」である。

「死者の日」は霊魂を迎える祭りであり、死者と生者が互いを偲びつつ静かに交流する機会。且つカトリックもプロスタントも祝う。つまり二重の意味で融和の祝祭なのである。

急速に悪化しつつあるコロナ禍と、明日が投票日の米大統領選の険しい動きを逐一追いかけるうちに、アメリカに融和は訪れるのだろうか、ととりとめもなくまたこじつけのように思ったりもしている。



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サヨナラとらんぷ



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米大統領選でトランプ候補が敗北後に亡命するシナリオがある。

全国平均の世論調査では一貫してバイデン候補にリードされているトランプ候補は、激戦州に狙いを定めて活発なキャンペーンを張り、バイデン候補を追い上げているとされる。

それどころかオハイオ州などでは、逆転リードに入ったなどという報道も盛んに行き交っている。2016年の選挙と同じく、相手にリードを許しているとされるトランプ候補が当選する可能性は、依然として十分にある。

一方、戦いに敗れて「ただのヒト」になった場合には、トランプ大統領は逮捕、起訴、刑務所入りという憂き目を見るかもしれない。それを怖れて彼はロシアに亡命するのではないか、とも噂されている。見方によってはいかにもありそうなシナリオである。

彼は4年の在任中にさまざまな罪を犯した、と多くの批判者は考えている。例えば実の娘や娘婿を大統領補佐官や上級顧問の政府要職に登用したりした公私混同、あるいは権力の乱用。大統領の地位を使っての自らの事業への利益誘導。KKK、 プラウドボーイズ、ミリシア などの極右・狂信的集団への暴力行為の扇動など。

また大統領に就任する以前に犯した女性差別&性暴力、あるいは強姦。政治資金の流用。一貫しての巨額脱税。また国内の分断と騒乱を鼓舞し世界にヘイト、差別、暴力賛美などのトランプ主義を撒き散らした、人道に対する罪(Crime against humanity)などを指摘する者さえいる。

それらは全て疑惑の域を出ていない。疑惑は彼が大統領であることで、疑惑のままに留まって精査が避けられてきた。しかし、いったん彼が権力の座から引きずり下ろされた場合には、たちまち調査や分析や捜査が始まって、彼は窮地に陥るかもしれない。だから彼は亡命する、というのである。

僕が知る限り「トランプ亡命」のテーマを正面きって取り上げる大手メディアはない。だがSNSやエンターテインメント界またロシアなどのテレビでは盛んに取り上げられてきた題材だ。トランプ大統領自身も演説で「もしもバイデンに負けたらアメリカを去る」と半ば冗談めかして述べたことがある。

人は頭に浮かばない思念を口にしたりジョークにすることはない。考えたことのみがヒトの言葉になるのだ。そのことに鑑みれば彼は明らかに、少なくとも一度は「亡命」ということを考えてみたのである。考えから行動までの距離はさまざまだが、時として極端に近いこともある。

またトランプ候補が選挙に敗北した場合には、体の芯まで憎悪と差別と不寛容に染まった彼の支持者の「トランプ主義者」らが、敗北を認めずに暴動に走る可能性がある、とも危惧されている。そうした疑惑や怖れや憂慮を紡ぎ出した、というただそれだけでもトランプ大統領は厳しく指弾されて然るべきだ。なぜなら彼は超大国アメリカのれっきとした大統領だから。

トランプ亡命説よりもさらに現実味を帯びた不穏な噂もある。すなわちトランプ陣営が、郵便投票の不正を持ち出して敗北を認めずに訴訟に持ち込み、憲法の規定を都合よく利用して選挙の勝利を宣言する、という信じがたい成り行きだ。トランプ大統領が郵便投票は不正につながる危険がある、と根拠のない主張を繰り返したのは、そこへ向けての伏線だと多くの人が知っている。

トランプ大統領が再選されれば、アメリカの混迷と卑小化と醜悪化と衰退はさらに進行し、国内の分断と差別と偏向と格差が広がって、アメリカは再び立ち上がれなくなるほどの打撃をこうむるかもしれない。そうならないためにも彼が大差で負けて姑息な動きができないようになれば良い。

さらに良いのは、バイデン候補が地すべり的な勝利を収めてトランプ大統領が亡命することだ。そう願うのは最早憎しみでも政治的思惑でもない。世紀のエンターテイナーとしてのドナルド・トランプさんが繰り広げるドタバタ亡命劇を見てみたい、という野次馬根性からの思いである。



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イタリア第2波、ロックダウンか否か


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新型コロナウイルス感染拡大を受けて、フランス、ドイツに続きイギリスも11月5日から12月2日までロックダウンに入る(を導入する)ことになった。

レストランやパブやバー、美容室やスポーツジムなど社会生活の維持に必要不可欠ではない施設や店舗は全て閉鎖。

またフランスやドイツと同様に学校や大学や公園は閉鎖しない。ことし春に実施したロックダウンではそれらの施設も閉じられた。

外出が許されるのは 食料品の買い出し、在宅勤務ができない場合の通勤、通院や病気の治療、通学など。住民は不要不急の外出を控えて自宅待機するよう強く求められている。

だが、ロックダウンが導入されるのはイングランドのみ。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは、各自治政府が独自の行動制限をかける。

そこがイギリスのロックダウンの限界のように見える。イングランドと各自治体との往来や各自治体間の人と物の行き交いが禁止されなければ、ウイルスの拡散を防ぐのは難しいのではないか。

イタリアは3月-4月のロックダウンでは、州や県はいうまでもなく住民票のある自治体から他の自治体への移動さえ厳しく禁止した。結果、感染拡大が収まった。

そのイタリアは、再びロックダウンを敷くか否かで国論が割れている。イタリアの第2波は、第1波時に導入した厳しいロックダウンが功を奏して、欧州の主要国の中では低く抑えられてきた。

だがここにきてイタリアの感染拡大も急速に進み、10月26日から映画館や劇場、スポーツジムやプールが全面閉鎖。レストラン、カフェ、バールなどの飲食店の営業も午後6時までに制限された。

それでも一日あたりの新規感染者の数は、ほぼ連日ロックダウン解除後の新記録を塗り替え続けている。それを受けて直ちにロックダウンに踏み切れ、という声と反対のそれが錯綜している。

イタリア政府は今のところ、凄まじい経済破壊を伴うロックダウンを避けたい意向だ。春の感染爆発時には、先行するイタリアを眺めながら英仏西などの国々がロックダウンをためらった。

その結果、5月-6月のロックダウン解除後にはそれらの3国はすばやく第2波の襲撃に見舞われ、イタリアは平和を保ってきた。現在はイタリアがロックダウンを躊躇している。立場が逆転したのだ。

イタリア国内には感染爆発はもはや制御不可能になった、とう批判さえある。コンテ首相は週明けの早い時期に次のコロナ対策を打ち出す予定である。

そこで再びロックダウンが導入されるかどうかは不明だが、もし導入される場合は、先行している国々と同様に学校などの閉鎖はしない、春よりもゆるいロックダウンになるのではないか。

また、経済への甚大な打撃を避けるために、第1回目よりも多くの会社や事業や工場等の操業を認め、その他の規制も緩和する対策になるのではないかと思う。

それによって感染拡大が劇的に抑えられるかどうかは誰にも分からない。いや、恐らく抑えることはできず、よくても感染拡大の速度を弱める程度の効果しかないだろう。

それでも規制を強化しないよりは強化するほうが増し、という風に見える。経済活動にブレーキはかかるだろうが、イタリアは3月-4月の惨劇を繰り返す訳にはいかないと思う。


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ロックダウンのジレンマ


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10月28日、フランスとドイツがほぼ同時に全土のロックダウンを発表した。

フランスは10月30日から12月1日まで国民の移動を厳しく制限する。国民は食料などの生活必需品を購入したり病気治療などの場合に限り、証明書を持参したした上で外出が許される。それ以外は自宅待機しなければならない。ただし、在宅勤務が不可能なケースでは出勤が認められる。レストランやカフェほかの飲食店また生活必需品を扱わない全ての店は閉鎖。一方で学校
は通常通りに授業が行われる。

ドイツのロックダウンは11月2日から一ヶ月間実施。フランスよりはゆるやかな規制が課せられる。それでもレストランほかの飲食店、映画館や劇場またスポーツジムやプールなどが全て閉鎖される。国民は不要不急の外出や旅行を自粛し、ホテルの宿泊は仕事で出張する場合に限り許される。サッカーなどのプロスポーツは無観客でのみ開催。学校はフランス同様に閉鎖しない。従業員50人以下の企業には、昨年11月の売上高の75%を一律に支給する、というのがいかにもドイツらしい。

2国の措置は爆発的に増える新型コロナの感染を抑えるためであることは言うまでもないが、ここからほぼ一ヶ月の辛苦を経てクリスマスが控える12月に規制を解除したい、という思いが込められている。ほとんどがキリスト教国である欧州にとっては、クリスマスは経済的にも文化的また社会的にも、さらには心理的にも極めて重大なイベントだ。そこではなんとしてもロックダウンを避けたいのである。

2国の措置は同時に、3月のロックダウンよりもゆるやかだ。ましてや世界一厳しかった3月-4月のイタリアのロックダウンに比べるとさらに生ぬるい。各国がロックダウンを解除した後の、6月から9月頃にかけての欧州のコロナ状況を振り返ると、イタリアの厳格なロックダウンのみが感染拡大を抑止できていたことが分かる。

従ってイタリアと比べた場合の、フランスとドイツのいわば「準ロックダウン」がどれほどの効果をもたらすかは未知数である。それでも行動を起こさなければ独仏両国の感染爆発は制御不能になる、とメルケル首相とマクロン大統領は判断した。そのこと自体はむろん正しい見解であるように見える。

第1波で奈落に落ち、過酷なロックダウンによって危機を脱したイタリアも、独仏英またスペインなどの後を追いかけて再び感染拡大の危険にさらされている。イタリア政府は娯楽施設の閉鎖とレストランほかの飲食店の営業を午後6時までに制限するなどの対策を取っているが、そうした措置への抗議デモと同時にさらなる規制強化を求める声も強まっている。

どちらの主張にも理がある。働かなければ生活が成り立たないという真実と、規制をかけなければ感染拡大が止まない、という真実がぶつかりあっている。経済社会活動が完全にストップするロックダウンを避けながら感染も抑制するためには、つまり-少なくとも有効なワクチンと治療薬が開発されるまでの間は-ある程度の経済社会活動の停滞と相当数の感染および犠牲者を受け入れる道しかない、ということなのかもしれない。



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イタリアの暴力とアメリカ政治に通底するもの

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イタリア政府は10月25日、翌26日(月)からレストランや飲み屋などの営業を午後6時までに制限し、映画館や劇場またスポーツジムやプールその他の人の集まる事業所を少なくとも11月24日まで閉鎖すると宣言した。

これを受けて10月26日、飲食店が閉まる午後6時丁度を期して、北部のミラノやトリノ、首都ローマ、南部のナポリなどの大都市を中心に抗議デモが発生した。そのうちの一部は暴力を伴う激しいものになった。トリノではグッチやルイ・ヴィトンなどの有名店が破壊された。

抗議デモはレストランや飲み屋のオーナーや従業員また彼らに同情する人々によるものだった。ところが平和的な彼らのデモはふいに暴力的になった。警察によると破壊行為を含む暴動を主導したのは、イタリア極右中の極右政党「新しきイタリア」のメンバーや組織犯罪集団の「カモラ」。

組織されたそれらのグループに、不満分子の外国人や犯罪者またアナキストなどが加わって暴力化。火炎瓶が投げられ、爆竹が炸裂し、火のついた発炎筒から色つきの煙が吹き上がる騒ぎになった。便乗した者らは前述の高級店などの押し入った。

再び警察の発表によると、極右政党「新しきイタリア」は政府の新型コロナ対策に反対する抗議活動を計画実践しており、10月24日にもローマで暴力デモを行った。ナポリでの暴動は同地を根城にする犯罪結社「カモラ」が扇動したが、そこにも「新しきイタリア」がかかわった可能性がある。

新型コロナパンデミックを軽視し、感染防止のための規制策よりも経済活動を優先させろ、と叫ぶのは米トランプ大統領でありその信奉者たちである。彼らの言動やアクションはブラジルを巻き込み欧州にも伝播している。イギリスでもフランスでもドイツでもどこでも、コロナ感染防止策に異議を唱えるのは、主として極右のトランプ主義者らである。

極右勢力「新しきイタリア」が抗議デモを組織するのも、世界中を混濁させている米トランプ主義に煽られた結果だ。犯罪組織の「カモラ」やその他の暴徒は、世界的な政治潮流の恩恵やおこぼれに与ろうと群がったに過ぎない。

突飛に見えるかもしれないが、世界はよくも悪しくも-そしてトランプ主義がはびこる限りひたすら悪しき局面で-しっかりと結びつき絡み合い影響しあっている。言うまでもなく影響力は、超大国アメリカの権勢をバックに押し出されるトランプ主義のほうが圧倒的に強い。アメリカの動静が世界各地に波及するのだ。

その伝でいくと例えば、フランスのマクロン大統領が表現の自由を抹殺しようと試みるテロリストを糾弾するのを見て、トルコのエルドアン大統領が「マクロンは精神を患っている」、と脳みそを患っている未開人そのままのコメントを口にするのも、世界の一部を席巻するトランプ主義とコロナ禍が結びついた一大悪風の影響なのかもしれない。


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