【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

新聞同時投稿コラム

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           コロナ地獄に咲く花

 欧州最大のCovid-19被害国であるイタリアは現在も苦境のまっただ中にいる。死者数、感染者数を始めとするさまざまな数字がイタリアの窮状を示しているが、中でもすさまじいのが医療現場の医師の殉職数。4月26日現在、150人にものぼる。
 感染爆発によって医療機器が不足し、医師の防護服どころかマスクや手袋さえも不足する事態が続いた。現在は落ち着きつつあるが、それでも一日平均1~2人の医師が新型コロナ感染症で亡くなっている。
 イタリアの感染爆心地である北部ロンバルディア州は、医療崩壊に陥ったほぼ一ヶ月前、300人の退職医師のボランティアを緊急募集した。するとすぐに募集人員の25倍以上にあたる約8000人の引退医師が名乗りを挙げた。年老いた彼らは平穏な年金生活を捨てて、高齢者を襲うことが多いCovid-19の医療の現場に、むろん危険を百も承知で敢然と立ち戻っていった。
 イタリア最大の産業はボランティア、という箴言がある。イタリア国民はボランティア活動に熱心だ。猫も杓子もという感じで、せっせと社会奉仕活動にいそしむ。彼ら善男善女の無償行為を賃金に換算すれば、莫大な額になる。まさにイタリア最大の産業である。
 ボランティア精神はCovid-19恐慌の中でも自在に発揮されている。救急車の運転手ほかの救命隊員や、市民保護局付けのおびただしい数の救難・救護ボランティア、困窮家庭への物資配達や救援、介護ボランティアなども大活躍している。8000人もの老医師が、ウイルスとの戦いの前線に行く、と果敢に決意する心のあり方も根っこは同じだ。
 それらのエピソードが示しているイタリア人の博愛と寛容と勇気と忍耐の精神の強さに、僕はあらためて深い感動を覚えずにはいられない。



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ファシズムなら新型コロナウイルスをあっさりと始末する。ついでに民衆も。



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新型コロナウイルスによる米国の死者が5万890人、イタリアのそれが2万5千969人となった今日4月25日は、イタリアの終戦記念日。ここでは解放記念日と呼ばれる。イタリアの終戦はナチスドイツからの解放でもあった。だから終戦ではなく「解放」記念日なのである。

日独伊三国同盟で結ばれていたドイツとイタリアは、大戦中の1943年に仲たがいが決定的になった。同年7月25日にはクーデターでヒトラーの朋友ムッソリーニが失脚して、イタリア単独での連合国側との休戦や講和が模索された。

しかし9月には幽閉されていたムッソリーニをドイツ軍が救出し、彼を首班とする傀儡政権「イタリア社会共和国」をナチスが北イタリアに成立させて、第2のイタリアファシズム政権として戦闘をつづけさせた。

それに対して同年10月3日、南部に後退していたイタリア王国はドイツに宣戦布告。以後イタリアではドイツの支配下にあった北部と南部の間で激しい内戦が展開された。そこで活躍したのがパルチザンと呼ばれるイタリアのレジスタンス運動である。

レジスタンスといえば、第2次大戦下のフランスでの、反独・反全体主義運動がよく知られているが、イタリアにおいては開戦当初からムッソリーニのファシズム政権へのレジスタンス運動が起こり、それは後には激しい反独運動を巻き込んで拡大した。

ファシスト傀儡政権とそれを操るナチスドイツへの民衆の抵抗運動は、1943年から2年後の終戦まで激化の一途をたどり、それに伴ってナチスドイツによるイタリア国民への弾圧も加速していった。

だがナチスドイツは連合軍の進攻もあってイタリアでも徐々に落魄していく。大戦末期の1945年4月21日には、パルチザンの要衝だったボローニャ市がドイツ軍から解放され、23日にはジェノバからもナチスが追放された。

そして4月25日、ついに全国レジスタンス運動の本拠地だったミラノが解放され、工業都市の象徴であるトリノからもナチスドイツ軍が駆逐された。

その3日後にはナチスに操られて民衆を弾圧してきたムッソリーニが射殺され、遺体は彼の生存説の横行を避けるために、ミラノのロレート広場でさらしものにされた。

同年6月2日、国民投票によってイタリア共和国の成立が承認され、1947年には憲法が成立した。新生イタリア共和国は1949年、4月25日をイタリア解放またレジスタンス(パルチザン)運動の勝利を記念する日と定めた。

イタリアは日独と歩調を合わせて第2次世界大戦を戦ったが、途中で状況が変わってナチスドイツに立ち向かう勢力になった。言葉を替えればイタリアは、開戦後しばらくはナチスと同じ穴のムジナだったが、途中でナチスの圧迫に苦しむ被害者になっていったのである。

日独伊三国同盟で破綻したイタリアが日独と違ったのは、民衆が蜂起してファシズムを倒したことだ。それは決して偶然ではない。ローマ帝国を有し、その崩壊後は都市国家ごとの多様性を重視してきたイタリアの「民主主義」が勝利したのである。むろんそこに連合軍の巨大な後押しがあったのは言うまでもない。

イタリア共和国の最大最良の特徴は「多様性」である。多様性は時には「混乱」や「不安定」と表裏一体のコンセプトだ。イタリアが第2次大戦中一貫して混乱の様相を呈しながらも、民衆の蜂起によってファシズムとナチズムを放逐したのはすばらしい歴史だ。

それから75年後の今、イタリアは民主主義世界の先頭に立って、新型コロナウイルスとの戦いを繰り広げている。それに先立って一党独裁国家の中国は、邪魔な国民を排除-あるいはもしかすると抹殺さえして-都合の悪い情報を隠蔽し、思い通りに民衆を圧迫する方法でウイルスと対峙した。

自由主義世界のうちの民主主義国家のイタリアは、国民との対話を続け、情報を徹底開示し、国民の協力を得つつ都市封鎖を実践して、どうやら感染封じ込めに成功しつつある。イタリアの成功はスペイン、フランスにも波及し、今日現在は厳しい状況にあるイギリスやアメリカも間もなく追いつくだろう。

もともと症状の軽いドイツをはじめとする北欧諸国は、イタリアよりも明確な形で現われた封じ込めの効果を逃さず、ロックダウンを緩和してさらに先に進もうとしている。日本も感染爆発や医療崩壊をうまく回避できれば、経済をはじめとする全てが速やかに復調していくだろう。

イタリアの終戦は先に触れたようにナチズムからの解放だった。同時にそれはナチズムと強く結託していたファシズムを打倒した瞬間でもあった。ナチズムやファシズムは、民衆への圧制や虐待や弾圧によって即座に全土を封鎖分断し、新型コロナウイルスでさえも思いのままに封じ込めることだろう。一党独裁国家・中国が武漢でやったように。

ナチズムやファシズム、また日本軍国主義や一党独裁体制下では、人民は虫けらと同じだ。だから人々を思いのままに縛り上げ抑圧し抹殺して、都市封鎖でも何でも自在に断行しウイルスの封じ込めができる。だが民主主義国家ではそれはできない。やってもならない。

民主主義国の政府は国民と対話し、情報開示を完遂しながら国民の自由意志と権利を死守する。その上で必要ならば「自らの責任」においてロックダウンのような苛烈な規制を国民に課する。時には「自主規制」と称して責任を国民に押し付ける歪形ロックダウンもあるが、それとて独裁方式よりはましだ。

民主主義国家でも規制はかけるが、それは例えば中国が武漢でやったような有無を言わせずに力で抑え込むものではなく、法の支配の原則に基づく民主的な方策だ。罰則もかけるが、それらも全て民主主義の手続きを経て国民との合意に基づいて科されるものだ。

独裁国家や専制体制の国々が、強権を用いて人々を圧迫し、よってウイルスの感染も阻止する様を見て、独裁や専制も悪くないと考える者が必ずいる。だがそれは間違っている。世界はナチズムやファシズム、また軍国主義や独裁や専制による辛酸をさんざん味わい苦しんだ後に、これを打倒して今の民主主義と開明と自由を獲得した。

われわれはその開かれた仕組みによってパンデミックを克服し、例えば一党独裁国家中国よりも優れた体制の下にあることを証明しなければならない。それでなければ、第二次大戦前までと同じ暴虐と抑圧と恐怖が支配する暗黒の世界に逆戻りしかねない。

中国におけるパンデミックは、警察国家としての同国の性格をより強化するのに役立った、という論考がある。それは恐らく正しい。全ての民主主義国家は、繰り返しになるが、中国とは対極にある開明と自由を基にパンデミックを克服するべきである。例えば75年前の今日、イタリアがナチズムとファシズムを放逐して自由を獲得したように。



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Covid-19を斬る~イタリアの回復が始まったようだ


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イタリアの新型コロナ感染者の実数が、パンデミック開始以来はじめてマイナスに転じた。感染者の実数とは、累計の総感染者数から死者数と治癒者数を差し引いたものである。

2020年4月20日時点の感染者実数は108237。前日の数字は108257。前日比20人減である。これまでの地獄絵を思えばこれは画期的な数字であり出来事だ。

死者数は454。もちろんむごたらしい数字だが、多いときには連日800人前後が亡くなり死者の総計が2万5千人にも迫ろうとするイタリアの現実では、これもまた朗報だ。

治癒した患者数は増え、集中医療室の患者数は減っている。いずれも確実なトレンドらしくなってきた。新規感染者の減少傾向が確実になれば、Covid-19禍が一旦収束する道が見えてきたと考えてもいいだろう。

言うまでもなく、治療法が見つかりワクチンが開発されるまでは全く安心はできない。それでも病気の勢いが弱くなる様子を見て、全土封鎖・ロックダウンを緩和しようという動きも出てきた。

イタリアの経済は破壊され、生活困窮者が溢れ、学校閉鎖による子供と親のストレスは膨張し、不幸が国中を覆って文化社会生活はズタズタになっている。

だがそれらの苦難は、新型コロナウイルスの撃滅のために避けては通れない犠牲だった。いや、過去形ではなく犠牲生活は今も続き、今後もおそらく続く。地獄を経験したイタリア国民はそのことにもまた勘づいている。

それでも、いやそれだからこそ、ロックダウンの期限が一旦切れる5月3日を境に、規制を一部緩めようという考えが出てきた。絶えず最大級の警戒を続けながら徐々に束縛を解くのは、おそらく必要なことだ。

それでなければ、苛烈なロックダウン策で死にかけているイタリアの経済が、正真正銘の死を迎えかねない。今の世の中ではイタリアの国家経済の死とは、イタリア共和国そのものの完全消滅と同義語といっても過言ではない。

不運は往々にして幸運とセットになっている。イタリアはこの危機のおかげで、自らに難局を乗り切る才幹があることを再確認した。ふいに世界最悪のCovid-19被害地に陥りながら、不屈の精神と勇気と連帯で絶望の淵から立ち上がりかけている。

国民は当初、事の重大さがなかなか理解できずに移動禁止令を無視して出歩いたり、集会や宴会やイベントを催したり、井戸端会議やカフェでの語らいやバーやレストランでの集いまた歓楽を諦めようとはしなかった。

だが彼らは、急速に厳重なロックダウンの必要性を認識した。言葉を替えれば、Covid-19の毒牙が人々を容赦なく恐怖のどん底に突き落とした。人々は戸惑いつつも全土封鎖の辛苦を受け入れ始めた。

国の規制や禁止や抑圧に激しく反発する自由奔放な人々が、移動の禁止を受け入れ、外出を控え、自宅待機の訳合いを十分以上に理解してじっと耐えるようになった。

人々は家に籠もって、連日連夜展開されるCovid-19と医療現場の戦士たちの壮絶な戦いを、テレビ画面で目の当たりにした。戦士は医師であり看護師であり病院のライフラインを支える技師であり清掃員などの末端の労働者だった。

壮絶な戦いの中で、4月20日現在138名の医師がCovid-19の毒牙にかかって斃れ、30名余りの看護師が殉職した。またパンデミックの最初からイタリア全国で休みなく働き続けている薬剤師の中からも、12人の犠牲者が出ている。

医療崩壊がもっとも凄まじかったロンバルディア州が、300人の退職医師のボランティアを緊急募集した際には、アナウンスから24時間以内に定員の25倍以上にあたる8000人もの引退医師が名乗りを上げた。

年老いた彼らは安穏な年金生活を捨てて、高齢者を襲うことが多い新型コロナウイルスが猛威を振るう医療の現場に、むろん危険を百も承知で敢然と立ち戻っていった。

それだけに限らない。救急車の運転手ほかの救難隊員や、市民保護局付けのおびただしい数の救命・救護ボランティア、困窮家庭への物資配達や救援、救助また介護ボランティアなども大活躍し今も活躍している。

イタリア最大の産業はボランティア、という箴言がある。イタリア国民はボランティア活動に熱心だ。猫も杓子もという感じで、せっせとボランティア活動にいそしむ。博愛や慈善活動を奨励するローマ・カトリック教会の存在も大きいのだろう。奉仕活動をする善男善女の仕事を賃金に換算すれば、莫大な額になる。まさにイタリア最大の産業である。

そのボランティア精神がCovid-19恐慌の中でも自在に発揮されている。普段からボランティア活動に一生懸命な人々は、感染のリスクを恐れながらも人助けに動かずにはいられない。8000人もの老医師が、ウイルスとの戦いの前線に行く、と果敢に決意する心のあり方も根っこは同じだ。

イタリアに居を定めている外国人の僕は、それらのエピソードが如実に示しているイタリア人の博愛の精神の強さと、寛容と忍耐と優しい心の強靭に、あらためて目を瞠(みは)らずにはいられない。そうやってかねてから強いこの国への僕の愛着と、敬愛と、歓喜はもっとさらに深まり強度を増している。

あとは今のところは、故国日本のコロナ禍の状況が、厳しい中でもイタリアほかの欧州各国またアメリカのような感染爆発に至ることなく、何とか地獄絵の世界を避ける方向に推移して行ってくれれば言うことはない。そうなることを心から祈るばかりである。


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似て非なる日本とスウェーデンの未来は同じ?



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Covid-19対策で厳しいロックダウンを敷く欧州各国や、アメリカ、インド、イランなどとは一線を画して、国民を縛らないゆるい施策を取るスウェーデンと日本を、同列に見る日本人が少なからずいるようだ。

だがそれは大きな心得違いだ。スウェーデンと日本は今のところは、厳しいロックダウン策を取っていないという意味で、偶然にも確かに似ていなくもない。しかしその中身は全く別物だ。

スウェーデンの施策は、成熟した民主主義に基づいて国民と政府がお互いに何をしていてまた何をすべきかを明確に理解し合いながら動くスキームだ。そこには事態の成り行き次第で即座にロックダウンに切り換え替えるという合意がある。

一方日本の緊急事態宣言は、イタリアほかの国々が採用しているロックダウン策を、日本独特のヌエ的な手法で骨抜きにして、「自粛」という一見民主的だが実は強制以外の何ものでもない権謀を国民に押し付ける措置。

自粛には「同調圧力」という日本社会独特の刑罰が伴っている。それは歴史的には村八分とも呼ばれてきた社会的仕置きだ。その点を除けば緊急事態宣言の内容はロックダウンと何も変わらない。

翻って スウェーデンは、学校閉鎖もしない、大小の各種イベントも禁止しない、国民に自宅待機も呼びかけない等々、世界の趨勢に真っ向から立ち向かう政策方針を取っている。それにはれっきとした合理的な根拠がある。

早くから自宅待機を強要すれば、ちょうど感染流行が最高潮に達したころに、「自主隔離疲れ」を覚えた人々が一斉に表に出てしまう危険がある。大規模イベントや集会を禁止しないのは、それらが行われる広い空間では、自宅や個人集会の狭い空間で家族や友人同士が感染し合う可能性よりもリスクが低いから。

また学校を閉鎖するのも無意味。なぜなら子供がかかりやすい季節性のインフルエンザの場合は学校閉鎖が効果的だが、新型コロナは高齢者を襲うケースが多く子供の発症リスクは低い、など、など、科学的な知見に基づいて実行している。

それらの見識とスキームは、実は以前にイギリスで生まれた。同国のボリス・ジョンソン首相は、イギリスがまだパンデミックの入り口にいたころ、その施策を実行に移そうとして国民の猛烈な反発に遭い、早々と諦めてロックダウン策に方向転換した。

同じ方針が人口が少なく且つ民度の高いスウェーデンでは受け入れられた。政府と国民がいわば大人と大人の強い信頼関係で結ばれ、手を取り合い、感染拡大を抑えるために責任を持って行動する戦略が採用されているのだ。

つまり国民と政府が政治的合意の下にロックダウンを避けているもので、既述のように必要ならいつでもロックダウンに移行できる態勢だ。安倍首相が国会の場で「日本はロックダウンはしない」と明言した、「行き当たりばったり」術に見えなくもない方策とは意味が違うのである。

ところが同時に、両国はまた似ているところもある。つまりここまでの状況では、スウェーデンも日本も結局、イタリアが先鞭をつけたロックダウン策を導入しなければ感染拡大を阻止できなくなるのではないか、との見方も出始めているのである。



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建前「緊急事態宣言」が本音「ロックダウン」に変わるならば

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7都府県が対象だった「緊急事態宣言」が4月16日、7都府県から全国に拡大された。僕は「緊急事態宣言」はいわば建前であり、本音はロックダウンだと捉えている。

ただし、そのロックダウンの罰則は日本独特の同調圧力を利用した村八分。そこがイタリア発・欧州各国またアメリカなどのロックダウンとは違う。

その観点から7都府県に限定した「緊急事態宣言」は意味を成さないと思っていた。なぜなら北部地域に限定したイタリアのロックダウンも効果が薄かったからだ。

ロックダウン域から規制の薄い地域へ逃亡する不心得者が必ずいる。またそうではなくても規制をかけた地域とそうでない地域の人々の仕事などでの往来が絶えないのが原因だ。

案の定、「緊急事態宣言」は全国に拡大された。イタリアのロックダウンがそうであったように。全国への拡大は正しい方向だと思う。

それによって日本の感染拡大が抑え込まれることを祈りたい。そうなればここイタリアに始まり、スペイン、フランス、イギリス、アメリカ、また世界各地をなぶっているCovid19の毒牙も極小になるだろう。

だが、そうならないケースも考えておいたほうがいい。つまり、「自粛」を頼りにする日本式ロックダウン、即ち「緊急事態宣言」がうまく作用しない場合だ。

その時は、世界各地で実行されている罰則さえ伴う「正真正銘」のロックダウンへの移行を余儀なくされるだろう。そこでは経済のさらなる破壊と国民の大きな犠牲が不可避だ。

同時に日本政府も、自らの責任を曖昧にしたまま国民だけに「自粛という犠牲」を強いる、「緊急事態宣言」の守護神という都合のいい立場ではいられなくなる。

禁止や罰則を国民に強いることで、日本政府はそこから出る結果に全て責任を持ち、壊滅した経済の再生や社会秩序の護持、そして何よりも国民の安全保障のために死に物狂いで取り組まなければならない。

ロックダウン策を取る場合は日本は、先ず一部地域を封鎖して徐々に拡大するのではなく、一気に全国を封鎖したほうがいい。なぜなら全国一律にしなければ、そこでもまた7都府県を対象にした「緊急事態宣言」の時と同じ瑕疵が必ず露呈するからだ。

そのことを含めて、ほとんど全てのアイデアと対策と実行法は、ここイタリアまた欧州各国、さらにアメリカが既に発明している。それは日本が「緊急事態宣言」そのものと、そこに至るまでの試行錯誤の過程で遺憾なくパクった通りだ。

日本政府は、もしもロックダウンをしなければならないような不運に見舞われた場合は、今度こそそれは施策の本家本元の欧州に倣ったものであることを隠さず、正直に国民に相対し、重い責任を全て背負い直して、決死の覚悟でウイルスに立ち向かっていくべきだ。



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ズレているのはこちらかも知れないが言わずにはいられない


白黒ギャー!


4月15日、「3月に日本を訪れた外国人観光客は93%減少したという“衝撃の統計”が発表された」とのNHKの報道に、言葉の遊びではなく、僕は腹から2重の「衝撃」を受けた。

一つは、コロナがはびこるこの期におよんでもまだ「7%」もの観光客がいるという衝撃。

一つは外国人観光客の93%の減少を「衝撃」と捉える、NHKのズレた感覚への衝撃。

観光客はもはやゼロが当たり前だ。従ってそれは衝撃などではない。

イタリアを見ろ。スペインを見ろ。フランスを見ろ。アメリカを見ろ。

NHKは世界を通り一遍に報道するのではなく、そこの真実にももっと目を凝らすべきだ。

そしてそれを国民に伝えて、時としていまだに島の洞窟の中で騒いでいるようにも見えるある種の人々を外に連れ出し、現代の空気に触れさせ、蒙昧な鎖国主義を解き、地球住民になるようにしっかり先導してやるべきだ。

そうすれば、それらの人々と同じ土俵上にいる日本政府も、あるいは中世世界のような精神構造から抜け出して、「今」を生きられるようになるかもしれない。

だが今頃になっても「観光客が93%“も”減った」と騒ぐNHKは、世界が見えないそれらある種の人々と同次元にいるようで、なんとも心もとない。



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Covid19の今を斬る~いつまでも死なない老人も死ぬ不幸



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イタリアのCovid-19の死者が突出して多いのはなぜか、という質問を10人前後の皆さんからいただいた。ひとことで言えば今のところ、イタリアが高齢化社会だから、というのがその答えだ。

新型コロナウイルスは高齢者を多く攻撃し、重症化させ、死に至らしめる。そしてイタリアは欧州随一の高齢化社会であるため、必然的に死者が多くなるという理屈。今のところは専門家の間でさえそれ以上に納得のいく説明はなされていない。

その答えを最も良く知るはずの現場の医療関係者は、医療崩壊が深刻な状況の中で患者を救うための必死の仕事を続けていて、今はとてもそのことの説明や、分析や、もしかすると告発などに時間を割く余裕はない、というのが現実だろうと思う。

正確な答えは、パンデミックが終息し彼らが統計学ほか幅広い分野の専門家等も交えて分析・考察を行えるようになったときに、必ず明らかにされることだろう。

そうはいうものの、今このときに考えられる答えはあるのでそれを再び書いておくことにした。それは多くの情報とパンデミックの経緯と数値と、加えて現地にいることで得られる知見に基づいた、僕なりの分析によって導き出したものである。従って正確ではない可能性があることをあらかじめ断っておきたい。

専門知識と経験、また事実とエビデンスに基づいた学術的な考察は、いま述べたように近い将来きちんと導き出されることと思う。そうされなければならないほどに、イタリアのCovid-19の死者数は異様に大きいものに見える。

イタリアは欧州随一の老人大国。高齢者が多いのがCovid-19死亡率の高さにつながっている、というのが先に触れたように当のイタリアを含む欧州での通説である。65歳以上の者が全人口に占める割合、いわゆる高齢化率はイタリアでは23パーセントを超えている。ちなみに死亡者がイタリア並みに多い米国は16パーセントである。

イタリアでの被害が拡大したもうひとつの理由は、若者が祖父母などの高齢者と頻繁に交流する文化があること、という考察もある。だがそれは感染拡大の理由にはなっても、なぜ死者が多いのかの説明にはならないと思う。むろん感染が多いから死者も多い、という理屈は成り立つが。

イタリアの死者が多いのは高齢化社会のせい、という説はむろん正しい。だがそれだけが正解ではないと思う。感染者が爆発的に増えて医療は重症者を十分にケアできていない、というのもきわめて重要なポイントではないか。

Covid-19にまつわるイタリアの劇的な変化は2月22日に始まった。巨大津波のようなオーバーシュート(感染爆発)に襲われたのだ。ふいに足元をすくわれ、体勢を立て直す暇もないまま、さらにそれの波状攻撃を受けてにっちもさっちもいかなくなった。患者の数があまりにも多く、感染爆心地の北部イタリアの医療体制はパンクした。

別名、医療崩壊という名の恐慌に陥った医療の現場では、治療が全く行き届かず患者がバタバタと死んでいった。火事場騒ぎの中で、患者の生死を分けるトリアージなどもほとんどためらいなく進行して行った。いや敢えてトリアージを行うまでもなく、重症者は次々に死亡した。

患者が十分な治療を受けられない状況が急激にそして長く出現した。ピークの頃は患者の出現、入院、治療、死亡までの平均時間がたった8日間だったことでも明らかだ。さらに医師の感染、死亡もこれまでで116名と異様に多い。そのこともまた医療崩壊の惨劇を如実に物語っている。

日本の医療専門家や評論家の中には、イタリアがほぼ医療崩壊に陥った事態を、医療レベルが低いから、としたり顔で指摘する者が少なくない。彼らは日本式画一主義あるいは大勢順応・迎合主義にでっぷりと浸っていて、その毒に侵された目と頭脳でしか物が見えず考えられない。

そのため地域の多様性に富むイタリアの実情も自らの土俵に呼び込んで、「画一的」思考で判断しイタリアの医療レベルは低いと断じる。だが多様性が持ち味のイタリア社会には-その是非は別にして-平均的事案が少なく、突出しているものと劣悪なものが並存している。医療分野もその例に洩れない。

イタリア最大のCovid-19被災地である北部ロンバルディア州は、欧州全体でもトップクラスのGDPや生活水準を誇る場所である。従ってそういう場所は当然、医療レベルもトップクラスのものを備える。ロンバルディア州の医療レベルは欧州でもきわめて高いのだ。

そのロンバルディア州の高レベルの医療体制が、感染爆発であっさりと崩壊した。医療レベルが低かったからではなく、感染爆発の勢いがあまりに強烈だったからである。感染者の数が急激に増え、それに連れて高齢者が主体の重症者も激増した。そうやって遺体の山が築かれていった。

イタリアの医療レベルを全体で均らすと、中南部が弱い分確かにドイツなどの北欧よりは低いかもしれない。だが、ロンバルディア州を頂点にピエモンテ、ヴェネト、エミリアロマーニャなどの北部大規模州と周辺の小規模州は、ドイツほかの国々の医療レベルに引けをとらない質がある。

医療レベルの高いイタリアの北部州でさえ、新型コロナウイルスに自在に蹂躙された、というのが僕の論点である。感染爆発が中南部で起こっていたなら、イタリアの惨状は、さらにもっと辛いものなっていただろう。日本の知ったかぶり論者らは、イタリアを案ずるよりも足元の日本の今の医療態勢を憂慮して、政府の対応に物申すなどの役立つ言動をしたほうがいいのではないか。


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covid19を斬る~「復活祭」復活までの隠忍


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イタリアのロックダウン(全土封鎖)は予定では今日(4月13日)までだったが、あっさりと5月3日までに延長された。当然過ぎるほど当然の成り行きである。

イタリアの1日あたりのCovid19死者は減少傾向にある。それでも昨日(4月12日)の死者数は431人にのぼる。新たな感染者数も1984人出た。少しづつ減ってはいるものの、ICU(集中治療室)患者も依然として3343人いる。

そんな中で、ちょうど1ヵ月に渡って続けられてきた新型コロナウイルス対策のガードをゆるめるのは、ほとんど狂気のさたというものだろう。それでも規制を緩和しろと主張する者はいる。

最たるものは財界人である。ロックダウンによって、ただでも絶好調とは言えなかったイタリア経済は青息吐息だ。失業者も巷に満ちている。

収入の道を絶たれた多くの貧しい人々からも、助けを請う悲痛な叫びがあがり始めている。また街中などの狭いアパートやマンションに閉じ込められた人々も、「苦しい」と訴え出した。

だが今の状況では誰もがただひたすら耐えるしかないだろう。経済は最小限の歯車は回り続けている。弱者の人々への救済策も一応打ち出されている。外出は状況が改善され次第徐々に許されるだろう。

新型コロナウイルスは既存の経済社会の仕組みを根底から揺さぶり、人々の慣習や常識や幸福を破壊し続けている。われわれは変化を受け入れ、耐え、生き方を修正することでウイルスの脅威に対抗するしかない。

中でも今このときに全ての人々に求められているのは、忍耐である。苦境に耐え続ければ、苦境が常態となって耐えやすくなる。だから厳しい規制が少しづつ延長されるのは良いことだ。

もちろんそれが永遠に続いて良いわけではない。むしろ逆だ。窮乏生活を一刻も早く終わらせるために、今を耐えるのである。そう信じて耐えなければ、何人も耐えられない。われわれはそんな正念場の時間の中にいる。

昨日、4月12日は「復活祭」だった。イエス・キリストが、死から3日後に甦(よみがえ)る奇蹟をたたえる、キリスト教最大の祭りである。

日本などの非キリスト教世界でも祝われるクリスマスは、イエス・キリストの誕生を寿ぐ祭典。いうまでもなく盛大なイベントだ。だがキリスト教最大の祭りではない。

誕生と死はイエス・キリストのみならず誰にでも訪れる。だが死後3日で甦生する大奇蹟は、イエス・キリストにしか訪れない。クリスマスと復活祭のどちらが重要かは火を見るよりも明らかである。

復活祭も新型コロナウイルスの前に屈服させられた。フランシスコ教皇は信者のいない無人の教会で祈り、人々は家に押し込められたままテレビ画面でその孤独な姿を見た。

家族や友人やゆかりの人々が集って、にぎやかに食べ、飲み、歓談する復活祭の宴も姿を消した。むろん食卓を飾る復活祭特有の子ヤギや子羊料理もほぼ同じ運命になった。

そして復活祭2日目の今日は「小復活祭-パスクエッタ」と呼ばれる「春を讃える」祝日。人々は野山にピクニックに出かけて爛漫の春を満喫する習慣がある。

今年はその楽しみも峻厳な外出禁止令に阻まれて完全に消滅した。僕の住まうロンバルディア州の片田舎の村には、無人の田園地帯が芽吹き始めた緑に覆われて粛然と広がっているばかりである。



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緊急事態宣言の内容はイタリアのロックダウンのコピペです


長鼻安倍似?


日本政府の新型コロナウイルス対策、特に緊急事態宣言とその直後の対応に関連して、安倍首相信奉者の読者の方からまたメッセージがあった。

「安倍首相も彼のブレーンもよくやっている。Covid-19への理解も疫学的な知見も素人の自分には全て目からウロコ体験だ。あなた(仲宗根)はそこがよく分かっていないようだ」という趣旨の便りである。

いうまでもなくこのブログの直近記事“緊急事態宣言はノーテンキな茹でガエル論だ”を読んでのコメントだ。

僕は今回は彼に宛てて次のような趣旨の長い返事を書いた。それは公開にする意味があると思うので敢えてここに転載することにした。



緊急事態宣言の中身は、罰則を含む法律や条例による縛りがないという点以外は、全てイタリアのロックダウンひいては欧州各国のロックダウンの模倣です。

そのことを説明する前に、日本が行っている感染拡大阻止法について言及します。日本は感染爆発(オーバーシュート)を回避するために懸命にクラスター(小規模集団感染)潰しを行っています。それもまた欧州が必死でやっている(やってきた)ことの後追いです。感染爆発を抑えることで、イタリアやスペインで起きている医療崩壊を回避しようとしているわけです。

イタリアもスペインもむろんクラスター潰しに動きました。イタリアは2月21日から23日にかけて起きた突然の感染爆発によってそれが不可能になりました。一方フランスは当初は確実に0号患者(疫学調査上の最初の感染者)を見つけては、クラスターを確実に潰していきました。それはドイツ他の欧州の国々も同じ。

イタリアの不運は、そもそも最初のクラスターの0号患者さえ特定できなかったことです。0号患者はイタリアに溢れている中国人であった可能性がありますが、ここではそのことは論じません。クラスター発見の直後に感染爆発が起き、続いてスペイン、やがてフランスも同じ道をたどります。同様にドイツ、イギリス、やがてアメリカと、欧米の国々の「イタリア化」は急速に進みますが、ドイツほかの北米諸国は医療崩壊にまでは至っていません。

それは元々の医療体制の堅牢さにも原因がありますが、イタリアの状況をつぶさに観察し分析し、また当のイタリアとの情報共有も堅持しながら、懸命に感染爆発を「遅らせて」きたから達成できたことです。日本は欧州の対応を模倣してクラスター潰しを丹念に行い、2020年4月10日現在、なんとか持ちこたえています。だが、危険域に入ったため緊急事態宣言を出した、というのが今の状況です。

その緊急事態宣言のあり方をめぐって私は批判的に捉え、あなたはそうではない。そしてその旨また連絡をいただいたので、私はあなたの思い込みや誤解を解くためにこうして反論を書いています。それは公の議論にする価値があると私は判断しましたので、この文章は後ほどSNSにても発信することをお知らせしておきます。

ロックダウンは敢えて単純化して言えば、公衆衛生または疫学上の考え方である「全ての国民が人との接触を8割減らせば感染拡大を抑止できる」というセオリーに基づいて実行されます。8割の国民が家に籠もって残りの2割の国民がライフラインの維持や医療の遂行、食料の生産、輸入、搬送、販売、などを担う、というふうに考えてもいいでしょう。

また公共交通機関、薬店、情報関連業務(販売店を含む新聞、テレビ・ラジオ・インターネットなど)、銀行等々もライフラインの一部とみなして営業を継続させます。そしてそれらの仕事に従事する者も、また8割の国民のうちの必要不可欠な理由(食料買い入れ、病気など)で移動をする者も、政府発行の移動許可書を常に携帯する(イタリア、フランスなど)。

疫学あるいは公衆衛生では8割という数字には重要な意味があるようです。たとえば新型コロナウイルスがほしいままにはびこって感染が止め処もなく広がるとします。それは永久に続くことはなく、全人口の最大およそ8割が感染すると人々の体内に免疫ができる。つまり新型コロナウイルスでさえ危険な死病ではなくなる。

英国のボリス・ジョンソン首相はこの知見を元に、ウイルスの拡散を放っておいても構わない、という趣旨の発言をして国民の猛烈な怒りを買いました。それは政治的には許されない動きですが、科学的には意義のあることなのです。欧州にはそうした知見や知識や哲学があります。

欧米では中国の実態も精査して、独自の歴史と経験と知見に基づく規範を立てて、先ずイタリアがロックダウンとそれに関連する政策を果敢に進めました。むろん今この時も進めています。そして-繰り返しになりますが-イタリアのデータは独仏スペインに始まる他の国々に共有され、彼らは時間差でイタリアの状況が自国にも及ぶことを見越して準備を進めました。

Covid-19とのイタリアの戦いの成否が、他の国々の基本戦略にも影響しますから誰もが固唾を呑んで見守りました。同時に自国での感染爆発に備えて動いてもいました。しかしイタリアの格闘の成否が明確になる前に、感染爆発はスペイン、フランス、ドイツへと飛び火し周辺の小国スイス、オーストリア、ベルギー等々を巻き込んでいきました。

殺人ウイルスとの間の戦渦は、欧州大陸とドーバー海峡をはさんで孤立しているイギリスにも伝播しました。そして欧州と社会・文化・政治・経済の各分野が密接に交錯しているアメリカにも拡散し、むろんその他の多くの世界の国々も抱き込んでひたすら拡大しています。

そうした大きなうねりの中で、情報や政策やデータや知見が幅広く共有され分析され修正され実行されているのが、欧米対Covid-19の戦いです。欧米は古代ギリシャに始まり、ローマ帝国によって基礎ができて以来発達し続けた公衆衛生、特に疫病の知見を最大限に活かして殺人ウイルスと闘っています。

欧州の知見はむろん十分ではありません。疫病や感染症への理解は中世には抑圧され、ルネサンスの開明のおかげで再び躍進しますが、人々は14世紀と17世紀のペストや20世紀のスペイン風邪など、感染症の大流行の前にはほとんど無力でした。それでも知識と経験は蓄積されていったのです。

長い歴史に裏打ちされた知見を武器に、新型コロナウイルスと闘う欧州の戦略を、日本はいつものように遠くから監視し学習し知見として急速に取り込みました。それは政府の専門家会議や大学また現場の医療専門家らが、頻繁にテレビに出演して発言する中で明らかになっていきました。

その構図は、4月7日の緊急事態宣言の際の安倍首相と諮問委員会の尾身茂会長の記者会見で、さらに明確になりました。つまりそこで開陳された知見やデータや政策の骨子は、既に欧米、特に欧州で実行されたものばかりなのです。日本はそれをなぞっているに過ぎません。

だがここで、日本はまた欧米の猿真似をしておいしいところだけを盗んでいる、という古くて新しく且つ心の狭い議論は止しましょう。日本がかつて欧米の進んだ科学や文明や哲学やあまつさえ文化の恩恵さえ受け、これを模倣してはオリジナリティーの欠如を非難され続けたのは歴史的事実です。が、日本は今では多くの分野で世界の最先端に立って、世界を引っ張っているのもまた事実です。

欧米各国は多くが陸続きで、社会は人種の坩堝(るつぼ)とも言える構成になっています。そこでは人の往来や混血や混交が激しいために疫病が多く、それに対応する研究や治療や予防その他の対策も前述の如く発達しました。

島国で人の往来や混交の少ない日本は、感染症や疫学的知見では欧米に遠く及ばない。従ってそこで欧米と情報を共有するのは良いことです。日本はそうすることで将来は必ず独自の施策や対策法を見出し、それは翻って欧米また世界の国々の益にもなることが確実だと考えるからです。

そのように欧米と日本は新型コロナウイルスとの戦いでは同じ土俵上にいます。むろん今日現在の日本の感染状況は欧米に比べてまだ緩やかです。だが遅かれ早かれ欧米の水準に達すると考えられていますし、そうならない場合でも欧米の経験と知見を活用してのCovid19対策が功を奏したことは間違いありません。要するに日本のCovid19対策の内容は何もかもがデジャヴ(既視)の出来事なのです。

唯一の違いは、新型コロナウイルス対策として打ち出された安倍首相の緊急事態宣言が、私が何度も指摘しあなたがそれに反論している「刑罰を伴うロックダウンではなく、国民の“自粛”に頼る日本独特の不思議な方策」だという点です。、私の目にはそれは、中途半端な内容のいわば似非ロックダウンというふうに見えます。

むろん日本には日本のやり方があって良い。法律や条令で強制するのではなく、日本社会の「同調圧力」に頼るやり方が、本当に感染抑止に資するなるのならば-その悪弊を容認する姿勢は醜悪であるとしても-それはそれで構わない。背に腹は変えられない、という思いです。

それでもやはり、できるならば政府が一切の責任を負う、罰則さえも伴うほどの厳格なロックダウンを実行して、できるだけ速やかにウイルス感染の抑止に動くべき、と思います。特に緊急事態宣言の後、同調圧力を利用するという責任逃れに加えて、多くの決定また決断を7つの都府県の知事に丸投げしたようにも見える、新たな無責任体質も問題だと思います。

もしもそれが例えばここイタリアで起こったならば、地方の首長は権限の委譲を大喜びで受け止めて、早速独自の施策を実行しては我が道を行くところです。だが日本文化の一大特徴である「大勢順応・迎合メンタリティー」は、むろん各都府県の知事らの中にもあって、こちらはこちらで政府の指示がほしいと哀訴するばかり。私の目には中央政府も地方自治体も、どっちもどっちの優柔不断体質と映ります。

そういう状況に鑑みれば、やはり安倍首相と権力機構がきちんと責任を取って、明確に国民に指針を示すロックダウンを果敢に行うべき、と思うのです。それはここ欧州で明らかなように経済を破壊し、国民に窮乏を押し付け、社会のあらゆる明朗を消し去る極めて憂鬱な施策です。だがそれをすれば、失われた社会の活気は近い将来必ず戻ってきます。逆にそれをしなければ、多くの国民の命が失われ社会は半永久的に暗闇の中に留まる可能性も高い、と腹から憂慮します。



以上




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緊急事態宣言はノーテンキな茹でガエル論だ




茹でガエル切り取り無拡張


この直前のエントリー“「緊急事態宣言」という名の日本式ロックダウン”に関して安倍首相ファンの読者から「ロックダウンでも日本には日本のやり方がある。海外の真似をする必要はない」とのいつものご立腹コメントをいただいた。

もっともな主張だ。この方はいつもきちんと名前を名乗って僕の記事への反論を寄せてくれる。安倍首相の熱烈な支持者なので、たいてい“安倍最高”バイアスのかかった意見だ。が、それはそれで全く構わない。むしろそうあるべきだ。

僕は僕で、安倍首相の全てに反対ではないが、政治的には彼を支持しない。従って-公に意見を開陳する以上必ず客観的であろうと努力はしているつもりだが-僕の見方にも僕のスタンスに立ったバイアスがかかっている可能性がある。いや、必ずバイアスはかかっているだろう。

僕はたいていの場合、反論やお叱りをいただくその読者の方にも以上のような前置きを伝えた後で、さらに自分なりの反論をさせていただく。だが今回は、ブログ上に反論を書かせていただく、と伝えただけでご本人への直接の便りは控えた。理由は単純。申し訳ないが時間がない。

さて、

昨日発せられた緊急事態宣言は、刑罰の伴わない一部地域のロックダウンである、と僕は規定した。なぜそう規定するのかといえば、法律や条令による罰則はないものの、そこには罰則に値するかあるいはそれ以上の強い刑罰が科されていると考えるからだ。それは日本社会特有の同調圧力による社会的制裁、いわば村八分だ。

日本政府や都道府県は、その気になればここイタリアを始めとする多くの欧米諸国がやっているように、刑罰の伴う法律や条例を定めて、緊急事態宣言即ちロックダウンを実行に移すこともできる。だがそれをしない。いま触れたようそれに匹敵するかそれ以上に厳しい制裁ルールが日本社会にはあるからだ。

それは政権や都道府県や官憲にとっては、幾重にも都合のいい日本社会のあり方なのだ。法律や条令を持ち出せば、権力側に責任が生じる。外出や仕事や営業を禁止すれば補償もしなければならない。国民から訴えられる可能性だってある。

現に緊急事態宣言発令後にテレビのインタビューを受けた居酒屋のオーナーは、補償があるなら自粛して店を閉めるが、補償がなければ生活していけないから店を開け続ける、と宣言した。それは多くの自営業者や飲食業者、事業者や中小企業や小規模ビジネスオーナーらの偽らざる心境だろう。

政府の正式規制による閉店や閉鎖なら、お上は責任を負って彼らを補償しなければならない。だが、それらの人々の自発的な自己規制つまり「自粛」なら、人々の自発的な仕事停止や閉店や工場閉鎖だから、政府は法律的な責任を負わない。

責任は負わないが慈悲深い権力は、彼ら困窮民に救いの手を差し伸べる。それが今行われようとしている経済政策だ。30万円を配り、百万円単位の援助を事業者に施す。政府の法的義務としてではなくいわば「慈悲」として、また「情け」として。法による罰則を伴なうロックダウンと言わずに、飽くまでも国民の自粛を期待する「緊急事態宣言」だと言い張る背景には、そういう思惑も透けて見える。

一方、ここイタリアを含む欧米各国が行っているロックダウンは、国家の責任と明確な意志によって国民の移動を制限あるいは禁止し、食料生産とその搬送と販売、またライフラインを維持するのに必須な業種以外の営業を規制または禁止する措置だ。それは国民への抑圧ではなく、国民の安全保障のための国家の責任としての行為だ。だから確固とした法律や条令で国家の責任を明らかにして、これを国民に守らせるのである。

一方日本政府のやっていることは、相も変わらず、未開社会にも似た人々の同調圧力を利用しての既述の姑息な手段だ。法律や条令によって自らの責任を明らかにした上で、国民の利益のために必死に動くべきなのに、責任を放棄したままで責任を取る施策と同じ効果が挙がる、日本社会の旧弊を利用した方法を取っている。

権力が利用している同調圧力、ムラ社会メンタリティーは、近代国家ならむしろ法律によって規制するべき醜悪な文化だ。それは差別や偏見や排外主義の温床にもなる悪弊だ。それを利用するとはつまり差別や偏見や不寛容や排外主義を鼓舞し標榜するにも等しい、許しがたい行為である。

国民の自由意志を尊重することは、民主主義国家の規範の一丁目一番地だ。またそれを持つ国家の縄墨に答えるだけの民度がある国民もすばらしい。だが、国家が責任を逃れるために、たとえそのつもりはなくとも、結果として責任逃れになるような行動を起こすようでは、Covid19の類の未曾有の危機の前ではあまりにも危険が多すぎる。

今日も日本から入るリアルタイムの衛星放送では、政府の側の専門家と称される人々が、国民に8割の人的接触を減らしてほしい、とテレビ画面を通して訴えている。だがそうではないのだ。人々の8割の人的接触を減らすために、政府は責任をもって法的な禁止措置を取り、そのうえでさらに国民に「お願い」をするのが筋なのだ。

まるで他人事でもあるかのような様態で国民に「頑張ろう」「成否はわれわれの覚悟にかかっている」等々と呼びかけるのは、この期に及んで全家庭にマスク2枚づつを配布する政策と同じ程度に、いやそれ以上に無責任で無意味でほとんど噴飯ものにも見える愚策だ。

7都道府県が自主規制要請の対象になったことを受けて、長野県の軽井沢、伊豆諸島や小笠原など東京都の島嶼部、沖縄県の離島などに避難民が押し寄せているとも聞く。そうしたことも罰則を伴なう移動禁止令などを出してブレーキをかけないと、やがて制御不能に陥る。

ロックダウンとは、住民が住まう自治体からの出入を完全に禁止することだ。従ってたとえば東京や大阪の住民が、軽井沢や伊豆諸島や沖縄などの「今のところの安全地帯」への避難、逃亡ができなくなる。また封鎖ラインをうまく抜けて目的地に着いたとしても、今度はそこから出られなくなるため、人々の逃亡・移動意欲が殺がれる、という仕組みでもある。

むろん事は観光地やリゾート地だけの問題ではない。国民の自主的な規制や禁止のみに任せておけば、新型コロナウイルスを身内に宿した人々が全国を動き回って、思いのままにそれをばら撒く悪夢のような事態がやって来かねない。

もう既に遅い懸念さえある。国はやはり可及的速やかに緊急事態宣言を日本全土に適用し、罰則も含むロックダウンなり非常事態宣言なりに切り替えて、断乎とした態度で人の移動を規制また禁止してウイルスの拡散を抑制するべきではないか、と考える。


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「緊急事態宣言」という名の日本式ロックダウン



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衛星生放送で日本から送られてきた緊急事態宣言の内容をぱっと見た印象をひとことで言えば、それは罰則を伴わない一部地域のロックダウンである。

安倍首相はロックダウンではない、と強調しているが、発令されたのは罰則の代わりに国民の「同調圧力」を行政が利用するロックダウン以外のなにものでもない。

国民の同調圧力とは、大半の国民が自発的に国や都道府県の自粛要請を受け入れ、それをしないものを反乱者、または戦時中の古い言い回しなどに従えば非国民などと指弾して、社会から排除する衆寡敵せずの圧力のことである。

言葉を替えれば、何事につけ主体的な意見を持たず、「赤信号、皆で渡れば怖くない」とばかりに大勢の後ろに回ってこれに付き従う者、つまり大半の日本国民の行動パターンであリメンタリティーである。僕はそれを「大勢順応・迎合主義」と定義している。

政府は日本社会のその悪弊あるいはムラ気質を利用しつつ、自主的に行動を規制するという建前が、実は強制以外のなにものでもないことを、見て見ぬ振りをしている。いつものことだ。

だがそうはいうものの、緊急事態宣言が新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるならこれに越したことはない。日本社会のムラ精神は宿弊そのものの不快な存在だが、今はCovid19の殲滅が全てに優先する。

また、戦前・戦中の国家による国民の監視と統制の歴史と、それを完全には総括していない日本の民主主義の脆弱を慮った場合には、強制を伴わないロックダウンは歓迎するべき事態、という見方もできる。

しかしながら7都道府県に限定した緊急事態宣言あるいは「日本式ロックダウン」は、おそらく十分ではないだろう。経済をできる限り停滞させることなく新型コロナも抑止する、という野望はここイタリアに始まる欧州各国とアメリカが必死で目指しているものだ。が、誰一人として成功していない。

安倍政権が至難の目標を掲げて国を引導しようとするのは頼もしいことだ。しかし、経済を構成する多くの事業や事業者や労働者が「自粛する」とは、裏を返せば人々が活動を「自主的に」継続して外出をしては動き回ることを意味し、それはウイルス感染拡大の大きなリスクを伴う行為であることを忘れるべきではない。

日本はここまで確かに感染拡大のスピードをうまくコントロールしているようにもみえる。オーバーシュートつまり突然の感染爆発が起きていないのがその説明だ。だがもしも感染爆発が起きて事態が制御不能になったときには、安倍首相は、今このときに強制力を伴った正しい意味のロックダウンを行わなかった責任を負わされる羽目になるのかもしれない。


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Covid19の今を斬る~この期に及んでの権力の不正直Ⅱ



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緊急事態宣言を出し渋る日本政府の態度は、偶然にも数週間前のイギリスや今のスウェーデンに似通っている。違いはイギリスとスウェーデンが、民主主義の鉄則と確固とした意志と理論と科学に基づいて動いているのに対して、日本は行き当たりばったりに漂っているように見える、ということだ。

こういうことを言うと、欧米への劣等感への裏返して欧米に反感を持ち、従って欧米の精神や政治手法などを評価する言動にもすぐにかっとなって、反日、国賊、などとわめきつつ欧米のあら探しと日本擁護に躍起になる者が必ず出る。

そこであらかじめ言っておくが、これは何でもかんでも欧米が一番と思い込む「西洋かぶれ」論ではなく、また「日本人であることだけが唯一の誇り」主義者を糾弾する話でもない。日本がなにかと追従しがちな、欧米と日本そのものを客観的に見比べる試みに過ぎない。

イギリスはCovid19への対応策として当初、学校閉鎖もしない、大小の各種イベントも禁止しない、国民に自宅待機も呼びかけない等々、世界の趨勢に真っ向から立ち向かう政策方針を宣言していた。

早くから自宅待機を強要すれば、ちょうど感染流行が最高潮に達したころに、「自主隔離疲れ」を覚えた人々が一斉に表に出てしまう危険がある。それを避けようという計算がそこにはある。

またイベントや集会を禁止することは、その混乱やコストの割には感染予防の効果が薄い。さらに大規模集会やイベントが行われる広い空間では、自宅や個人集会の狭い空間で家族や友人知人同士が感染し合う可能性よりもリスクが低い。

学校を閉鎖するのも無意味だ。なぜなら子供がかかりやすい季節性のインフルエンザなら学校閉鎖が効果的だが、新型コロナは高齢者を襲うケースが多く子供の発症リスクは低い。だがこの場合、学校に通い続けることで子供から大人への感染リスクは高まる。

一方で、学校に行かずに自宅に留まり続ける子供の世話のために、医療スタッフが身動きできなくなる事態を回避することができる。感染大流行時に医療現場のスタッフが足りなくなれば、医療崩壊にもつながる重大案件だ。

さらに多くの高齢者は既に隔離されているケースが多い。従って年老いた人々をあらためて自宅待機をさせることのメリットはあまりない。それよりも家族や友人知己など、親しい人から彼らを引き離すことで、余計な孤独感を押し付けて健康を害するなどのリスクのほうが、よっぽど不利益。

新型コロナウイルスがはびこれば、やがて国民の中に免疫ができていく。ウイルスは今後何年も繰り返し出現する可能性がある。そうなった場合には、国民に免疫を付けておくことがより重要である。

ジョンソン首相は科学者らの提言を受けて、上記の政策を実行に移しかけた。だがすぐに彼のウイルス対策は「国民の命を危険にさらす」と別の多数の科学者らが反対。特に感染拡大を管理すれば国内人口のウイルスに対する免疫が高まる、との主張が反感を買った。

ジョンソン首相は結局、政治的圧力に耐え切れずに全面降伏。自由主義社会では先ずイタリアが先鞭をつけ、スペイン、独仏そして後にはアメリカなども採用した厳しいロックダウン策を取るようになった。

イギリスのあとにはスエウェーデンが似たような策を採っている。人口が少なく且つ民度の高いスウェーデンでは、政府と国民がいわば大人と大人の強い信頼関係で結ばれていて、お互いが手を取り合い感染拡大を抑えるために責任を持って行動する。

つまり政治的合意の下にロックダウンを避けているもので、必要ならいつでもロックダウンに移行できる態勢を取っている。イギリスが試みようとした「最終的には国民に免疫を付けさせること」も視野に入れた積極的な「放置」策ではなく、感染を防止することを目標にロックダウンを拒否する、消極的な「放置」策ともいえるやり方である。

安倍首相は、国会の場で「日本ではフランスのようなロックダウンはない」と断言した。では実際に感染爆発が起きてイタリアを始めとする欧州各国やアメリカのような危機が来たらどうするつもりなのだろうか。規制をかけずにそのまま感染を拡大させるのだろうか?

それは先刻触れたようにイギリスがやろうとしてできず、今はスウェーデンが似たような対応をしている。が、日本とスウェーデンでは民度の違いなどもあるからやはりそれはできるはずもなく、たとえできたとしても政治的な圧力ですぐにつぶされるだろう。イギリスのジョンソン首相がつぶされたように。

そうなると結局、いま日本が取るべき道は、①ロックダウンをかける。②ロックダウンをせずにウイルスがはびこるままにする。③安倍首相だけが知っているあっと驚くようなウイルス殲滅策を持ち出す、である。

このうち③はマスク散布というブラックジョーク以外はあるはずもなく、ウイルスがはびこるままに放置する②は政治的にできない。すると①のありきたりのロックダウンしか手はない。それなのに彼はそれを認めずのらりくらりと時間をつぶしている。それはやはり日本伝統の権力の「不正直」さがなせる業であるように見えるのである。



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Covid19を斬る~封鎖一ヶ月目の数合わせ



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全土のロックダウン(封鎖)が4週間目に入って初の週末。イタリアは新型コロンナウイルスとの凄惨な戦いを続けながら、かすかな希望の光を見出しては自らを鼓舞しようとしている。

4月4日の土曜日にもそれは見つかった。イタリア全国の集中治療室患者数が、前日の金曜日の4068人から74人減って3994人になったのだ。
Covid19パニックが始まって以来、初の減少である。

同じ日の死亡者は681人。感染者数も2886人増えた。一日あたりの死亡者数も、感染者数も“いつものように”相変わらず高い。死亡者の総計は15362人となって依然として世界最悪だ。

集中治療患者が減少したのは朗報だが、一日あたりの感染者数がマイナスに転じない限り本当の福音とは言えないのではないか。

解放された集中治療室の74床のうち55床は、僕の住むここロンバルディア州のものである。今も世界最悪のCovid19被害地と呼んで構わないだろう同州では、日々の感染者も恒常的に増え続け、死亡者も昨日だけで345人に及んだ。トンネルの向こうの光はまだ見えない。

ロンバルディア州にある僕の住む村の窮状も改善していない。4月5日現在、人口1万1千人のうち91人が感染し、19人が死亡。回復した患者30人。隣町の県都ブレシヤ市の被害状況も相変わらず悲惨で、僕らの友人知己の家族だけでも死亡者は10人を超える。

なお、先日来ここで言及している集団感染現場、エリート族のパーティー関連では、宴会を主催した76歳の男性を含む4人が亡くなり、入院した者と自宅監禁者のほとんどは無事回復した。パーティーの規模は70~80人程度だったらしい。

ここロンバルディア州を筆頭にイタリア全土が惨劇の只中にある。ところが週末になって、厳しい封鎖規制にあえぐ人々の不満と忍耐が破裂。ルールを無視して外出をする者が国中に溢れた。最も厳しい状況にあるロンバルディア州においてさえ。

これが独裁国家中国と民主主義国家イタリアの違いである。民主主義国家では住民を力で自宅に監禁することはできない。刑罰や罰金には限界がある。住民の意識改革のみが死神ウイルスを駆逐する力を持つ。だが道のりは平坦ではない。

感染者の数が世界最悪の312076人となったアメリカ、前日から感染者が6969人増えて総数がついにイタリアを上回ってしまったスペイン、続いて中国の上を行くドイツ、フランスなど、欧米各国の苦境は日毎に募るばかりだ。

Covid19との壮絶な戦いを繰り広げる民主主義国家の全てが、最初に被害を蒙ったイタリアのやり方を真似てロックダウン(全土封鎖)を行っている。それは実は中国が武漢で採用した戦法だ。大きな違いは前述のように、中国が人権無視の抑圧策を何の問題もなく取れるのに対して、民主主義体勢の欧米諸国はそれができない。

先を行くイタリアの形勢は、これも既述のように良く言えば一進一退、悪く言えば民度の低い住民が、多くの人々の努力を台無しにするような行動をやめない体たらく。全く予断を許さない。死神ウイルスとの戦いは、どうやら民主主義と愚民との戦いの様相を帯びてきた。もしかすると真に怖いのは新型コロナではなく、民主主義国内にうごめくそれらの愚民であるのかもしれない。

そしてこうして書きつつ、日本の現況を見れば、ここ欧州の愚民に匹敵する不埒な輩は、国民を守るために大胆迅速な決定を出して新型ウイルスに対抗しようとしない、政府の中にいるように見える。事ここに至っては、国民を守るとは経済を守ることではなく、国民の健康を守ることなのに。。



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Covid19の今を斬る~この期に及んでの権力の不正直

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新型コロナウイルス関連では毎日のように世界記録が樹立される。4月2日には大きなものが2つ出た。

一つ、世界の感染者数がはじめて100万人に達した。この記録は今こそ驚きだが、1ヶ月もすればかわいい懐かしい数字に見え、1年もするとバカバカしく低い数字に見えるほどに、感染者が世界中で溢れかえっている可能性がある。

一つ、アメリカの1日あたりの死亡者が1169人となって、スペインの前日の世界記録932をあっさりと破った。この項目ではイタリアがダントツのトップで毎日のように記録を塗り替えてきたが、数日来スペインがイタリアの地位を奪って記録更新を競う勢いになっていた。

今後はアメリカが1日あたりの死者数の記録を伸ばし続けそうだ。アメリカもいつかはどこかの国に抜かれるのだろうが、その頃には世界はどれほどの傷を負っているのだろうか。世界がまだ生きていれば、の話だけれど。。

イタリアの全土封鎖・ロックダウンはほぼ3週間になった。一方日本は、感染者数が3000人の大台を超えた今日も、十年一日のごとく感染爆発の瀬戸際にいると言い、医療崩壊の危険が迫っていると壊れたレコードのように反復し続けている。

安倍首相をはじめとする政府の権力中枢の頭の中はいったいどうなっているのだろう。もはや非常事態宣言を出して新型ウイルスの猛攻に備えるべきなのに、感染拡大防止をめざして全世帯に布マスク2枚を配布するという、今となってはほとんどブラックジョークにしか見えない策を大真面目で言い出す始末だ。

そのことに関しては、文章を練っていてはとても間に合わないと感じるので、僕はSNSでとりあえず次のように発信した。

お~いニッポン!お前はいったいどこにいるんだぁ~?火星か?地球か?火星にいるなら今のまま行け。地球にいるなら地球人のやり方で新型コロナに対峙しろ~

ロックダウンも視野に入ったと明確に国民に告げつつ厳重な外出禁止令を発動しろ~経済のロスは取り返せるが、国民の命は取り返せないぞ~

マスク散布は以前なら上等な政策だった可能性があるが、今となってはベニヤ板の壁で巨大津波を止めるようなものだ~

コロナをやっつける独創的なアイデアがあるならいいが、ないのならさっさと非常事態宣言を出して殺人コロナと戦え~~~

僕の正直な思いだ。この週末も東京や大阪を始めとする自治体が外出を自粛してほしいと住民に呼びかけている。が、悠長な外出自粛ではなく、少なくとも東京だけでも外出禁止令を出して死に物狂いで感染拡大を抑え込みにいくべきだ。ぐだぐだと理由をつけては決定を先延ばしにしている場合ではない。

まだオーバーシュートに至っていない、という言い訳は許されない。ここイタリアの惨劇に始まる欧州の苦境と、それに続くアメリカの危難が目に入らないのだろうか。そこから教訓を見出して大至急行動を起こすべきなのに、安倍首相と政権はぐずぐずしている。信じがたい光景である。

近代日本の権力機構はしばしば、あるいは常に国民に対して不正直に振舞ってきた。典型的な例が第二次大戦を招いた愚劣な統帥機関だ。彼らは不正直のカタマリのような行動規範によってあっさりと国を滅ぼした。

それ以前の権力も「国民への正直」とは程遠いところで国を統治した。江戸幕府の権力中枢は論語の「民は由らしむべし 知らしむべからず」に拠って、しかも本来の意味を意図的に曲解して「バカな人民には理由など知らせず、一方的に法に従わせればよい」という方針で臨んだ。

権力の思い上がった在り方は、お上を畏怖する従順な羊的人民の存在もあって、明治維新を経て第二次大戦の巨大な世直しを見ても変わらなかった。いや、民主主義の仮面を付けて一見変わったようには見えた。だが本質は変わっていない。

そうした権力の不正直が、本音と建前を使い分ける文化と相まってしばしば露呈するのが、日本の政治の一大特徴である。安倍政権が新型コロナウイルスがもたらす兇変の足音を聞きながら、優柔不断にも見える動きで非常事態宣言への決断を先延ばしにしているのがその典型だ。

政権は不正直と思い上がりに絡めとられて政策を誤っている。子供だましにも等しい姑息な主張や理由付けや詭弁を弄して、世界が第二次世界大戦以来の未曾有の危機と捉えて果断に動くのを尻目に、素早く行動することを躊躇っている。それは取り返しのつかない事態を招く可能性もある。


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イタリアの決死の戦いは続く


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4月1日、イタリアの新型ウイルス感染者の一日あたりの増加数が、上限に達して安定期に入った可能性が高くなった。だがあくまでも安定期なのであり、終息に向かい始めたというのはまだ全く当たらないと考えるべきだろう。

イタリアの4月1日のCovid19死亡者は727人だった。これは1日当たりの死亡者数としては3月26日以来最低の数字である。

依然として高い数字には違いないが、減少傾向にはある。死者数はここまでに入院している高齢の患者が多数いるため、残念ながらしばらくは高い数字で推移するだろう。

ここまでのイタリアの感染者の総計は110574人。全死者数:13155と回復者数:16847を引いた実質感染者数は80572人である。

感染状況が安定期に入ったらしいという国民保健局の報告を受けて、イタリア政府は外出禁止令を緩めて、親が付き添っての子供の散歩を認める、と達しを出した。するとタリア中が騒然となった。

自宅に閉じ込められて苦痛を強いられている人々の間には歓声が上がった。特に子供のいる家庭は喜んだ。学校閉鎖で自宅に詰め込まれた子供も面倒を見る親もストレスが高まっているのだ。

一方で激しい非難も沸き起こった。Covidi19被害に苦しむロンバルディア州を中心とする北部各州は、いま規制を緩めればここまでの努力が水の泡になるとして、政府の告示を「無意味で無責任、且つ狂気の沙汰」とまで呼んで激しく反発したのだ。

北部各州の抗議は健全なものだ。たとえ感染状況が真に安定期に入っているとしても、イタリアのCovid19禍の現状は依然として無残極まりないものだ。ここで厳しい移動規制に象徴される警戒措置を解くのは危険が多すぎる。

北部の州知事らの激しい糾弾にさらされたイタリア政府は、あっさりと間違いを認めた。翌日(4月1日)には早速方針を転回して、コンテ首相は全土の封鎖を4月13日まで継続する、とテレビ演説で表明した。

4月13日まで、としたことには理由がある。4月12日はキリスト教最大の祭り、復活祭(イースター)である。復活祭当日は家族や友人またゆかりの人々が集って大食事会を開く。

復活祭の食事会では子ヤギや子羊の肉が供される。ことしは恐らくそれらの肉の消費も大きく落ち込むことだろう。

新型コロナウイルスは多くの人の命を奪う代わりに、たくさんの子ヤギと子羊のそれを救うという、残虐と慈悲が交錯するドラマも演出しそうだ。

復活祭の翌日の13日は小復活祭(パスクエッタ)と呼ばれる休日。その日は多くの人々が、やはり家族や友人などと共に野山に出てピクニックを楽しむ習慣がある。

コンテ政権は祭りの両日の人の集まりを規制することで、感染拡大を防止しようと考えているのである。政府は同時に、あたかも4月14日に全土の封鎖が解除されるかのようなもの言いをしているが、今の状況では規制はその後も継続される、と見るのが妥当だろう。

いずれにしてもイタリアの封鎖・隔離策は、状況を確認しながら最長7月いっぱいまで継続される、と以前から決められている。それはつまり、7月以前の全面解除もある代わりに、期限の後も規制が続く可能性がある、ということなのである。



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日本は即刻、イタリアの轍を踏まない準備に走るべき

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新型コロナウイルスをめぐるイタリアの苦境について新聞に次のように書いた。

新型コロナウイルスに急襲されたイタリアは国家の存亡を賭けて厳しい戦いを強いられている。

突然の危機は2020年2月21日から23日にかけて起こった。北イタリアの小さな町でクラスター(小規模の感染者集団)の存在が明らかになり、それは患者が入院した病院での院内感染も伴っていた。

クラスターはすぐに爆発的感染流行いわゆるオーバーシュートを招いた。オーバーシュートはその後止め処もなく発生し、イタリアは中国の武漢にも勝るとも劣らないCovid-19地獄に陥った。

2月21日までのイタリアは、武漢からの中国人旅行者夫婦と同地から帰国したイタリア人男性ひとり、合計3人の感染者をローマでうまく隔離し、世界に先駆けて中国便を全面禁止にするなど、新型コロナウイルスとの戦いでは余裕しゃくしゃくと言ってもいい状況にあった。

当時はクルーズ船を含めて80名前後の感染者を抱えていた日本の方がイタリアよりもはるかに深刻な状況に見えたのである。イタリアの不運の一つは、疫学調査上「0号患者」と呼ばれる感染者集団内の最初の人物を特定できなかったことだった。

当時の状況では0号患者は中国への渡航暦のある者でなくてはならない。だがクラスター内の最初の患者は中国へ行ったことがない。彼は0号患者の次の患者、つまり「第1号患者」に過ぎなかった。

0号患者は当時も今もイタリアに多い中国人ビジネスマンや移民、また中国本土からの観光客だった可能性がある。姿の見えないその0号患者は、第1号患者と同様に、あるいはそれ以上の規模でウイルスを撒き散らした可能性がある。それは将来必ず明らかにされなければならない課題だ。

だが今は、悪化し続ける感染地獄から抜け出すのがイタリア最大、喫緊の問題であることは言うまでもない。



日本の医療専門家や評論家の中には、イタリアがほぼ医療崩壊に陥った事態を、医療レベルが低いから、としたり顔で指摘する者が少なくない。

彼らは日本式画一主義あるいは大勢順応・迎合主義にでっぷりと浸っていて、その毒に侵された目とドタマでしか物が見えず考えられない。

そこで多様性に富む-別の言葉で言えば残念ながら地域格差の大きな-イタリアの実情も自らの土俵に呼び込んで、「画一的」思考で判断しイタリアの医療レベルは低いと断じる。

彼らのつまらなく平板な曇った目には、個性や多様性というものが映らず、ドイツもイギリスもフランスもそしてイタリアもみな一緒くたにして「紋切り型」に論じる。

彼らは北イタリアのロンバルディア州が、欧州全体でもトップクラスのGDPや生活水準を誇る場所であることさえ知らない。従ってそういう場所は当然、医療レベルもトップクラスのものを備える、ということもまた知らない。

さらに言えば、多様性が持ち味のイタリア社会には-その是非は別にして-平均的事案が少なく、突出しているものと劣悪なものが並存している。医療分野もその例に洩れない。

ロンバルディア州の医療レベルが突出したものであり、残念ながら南部のそれなどが、北部に比べた場合は劣悪な部類に色分けされる。

ロンバルディア州の高レベルの医療体制が崩壊したのは、感染爆発による患者の数があまりにも多く、特に高齢者が主体の重症者が劇的に増えて、収容能力をあっさりと超えたのが最大の原因だ。

日本の医療レベルはロンバルディア州のそれに匹敵する。その日本の首都の東京の、3月30日現在の感染症指定医療機関のCovid-19重症者受け入れ病床数はたったの140だ。その140も元々の118床から急遽増やしたばかりだ。

東京都は、近隣各県とも協力して500床まで確保できる体制になった、と主張しているが、僕が新聞に書いたような事態、つまり2月21日から23日にかけて、ここイタリアのロンバルディア州で起きたような突然の感染爆発が起きたらどうするのか?

118床を140床にし、500床はなんとかできるかもしれない、などと悠長なことを言っていてはならないのだ。国を挙げて即刻緊急病床を増やすべきだ。東京都は将来は4000床を目指す、とも表明している。だが将来ではなく今すぐに備えるべきだ。ロンバルディア州の、つまり「イタリアの轍を踏まないための準備に走れ」とはそういう意味だ。

オリンピックの開催が来年7月と決まったことを受けて、日本ではまたそれへの関心が高まったようにも見える。だが今はそれどころではないのだ。Covid19が猛威を振るえばオリンピックの開催などまたどこかへ吹き飛ばされてしまう。今はそこに注ぐ気力と金を緊急医療設備の拡充に投入するべきだ。

欧州ではスペインがイタリアの轍を踏み、フランスもそれに続きつつある。両国ともにイタリアの惨状を目の当たりにしながら急ぎ準備を進めたが間に合わなかった。日本は欧州の事例を参考に、大急ぎで体制を整えるべきだ。日本にはその能力がある。

イタリアの他の地域は、ロンバルディア州の医療現場の困窮を見ながらも同州を助けることができなかった。ロンバルディア州に似た医療体制を持つ北部の各州、つまりヴェネト、ピエモンテ、エミリアロマーニャ州などが、ロンバルディア州に続いてCovid-19の猛攻にさらされたからだ。中南部の各州は北部への援助どころか、次は確実に彼らを襲うであろう新型ウイルスの脅威に備えるだけで手がいっぱいだった。今日現在もそうだ。

経済力も組織力もある日本は、まず首都圏に東京都が目指す4000床を備え、さらに多くの病床を確保するべく行動を起こしたほうがいい。そうしておいて、東京以外の危険地域、たとえば大阪や東海や福岡などで感染爆発による緊急事態が発生したときは、直ちに首都圏に準備されている病床を送り込むのである。その同じ体制で北海道から沖縄までをカバーできるようにする。

そしてもしも幸いにもそれらの準備が無駄に終わったなら、つまり日本が無事に危機を脱した場合は、それらの医療機器またノウハウを世界の困窮地域に提供する。豊かな日本にはその能力があるし義務もある。中国が、おそらく自らの失態を糊塗する目的もあって、世界の国々を支援しているのとは違い、日本からの誠心誠意の援助は世界を感動させ、日本への信頼と尊敬もさらに高まるに違いない。


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COVID-19の今を斬る~ 中国は有罪?無罪?

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イタリア時間2020年3月30日午前9時現在、世界の新型コロナウイルス感染者数は722289人。感染者数の多い順にアメリカ142502人、イタリア97689人、中国82149人。

以下スペイン、ドイツ、フランス、イラン、イギリスと続き、オランダとベルギーも
1万人を超えて、感染者数9661人の韓国を上回った。

僕はイタリアの新聞corriere della seraが転載するジョンズ・ホプキンズ大学発信の掲示板をリアルタイムで追いかけているが、いつも気になることがある。それが中国に関する数字である。

周知のように新型コロナウイルスは中国の武漢が発祥地とされる。中国はそれを否定し、あまつさえウイルスは米軍が武漢に持ち込んだ、とさえ主張している。

何が真実で何が虚偽であるかは歴史が証明するだろうが、個人的には僕は中国独裁政権の主張をあまり信用しない。だがそれは同時に、アメリカの言い分を鵜呑みにすることも意味しない。

特にトランプ大統領になってからのアメリカの政権の主張は、時として一党独裁国中国、独裁国北朝鮮、変形独裁国ロシアなどのそれと同じ程度に歪んで見えることも少なくない。

それでも、また「お山のトランプ大将」への不信感とは関わりなく、新型コロナウイルスに関する中国の主張や発表する数字は、眉に唾をつけて見るべき、と自分に言い聞かせている。

それは僕が、中国独裁政権の本来の隠蔽体質と、新型コロナウイルス情報を歪曲した初期の彼らの動きを懐疑的に見ているからだ。なのでそれは、いわば中国の身から出た錆だ。

中国の一党独裁政権が昨年12月からことし1月にかけて、新型コロナウイルスの感染情報を隠蔽せず。また面子にもこだわることなく初期の段階でウイルスを抑え込んでいれば、パンデミックはあるいは避けられたかもしれないのだ。

今となっては、むろん世界は中国も共にパンデミックの収束を目指して一致団結しなければならない。中国の生き残りとそれ以外の世界の生き残りとは同じ運命だ。だがそれは-もしも中国にパンデミックの責任があるなら-彼らがその責任を取らなくても構わないということを意味しない。

冒頭に記した2020年3月30日午前9時現在の中国の感染者総数82149人から、死者数と回復者数を差し引くと、同日現在の中国の実質のCovid19患者は2960人である。

中国の死者数は、最大被害地の湖北省の3186人と、河南省22人、 黒竜江省13人、北京市8人、 山東省7人、安徽省と海南省と河北省がそれぞれ6人、さらに上海5人、香港4人に加えて、数の少ないほかの9州の合計32人を足した3285人。治癒した者は75904人である。

実質の感染者2960人という数字は、イタリア、スペインに始まる欧州各国とアメリカの感染者数の多さに衝撃を受けている目には極めて少なく見える。新型コロナウイルスを制圧したと主張する中国の言い分が、かなりの信憑性を帯びて聞こえるほどだ。

だが同時に、中国では新たな感染者も毎日確実に出ている。それだけを見てもウイルスの完全制覇は成っていない、と言うべきではないか。それよりも何よりも、中国が発表する数字はいったいどこまで信用できるのか。基本的な疑義への答えがないのが歯がゆい。

中国の感染者数も、死亡者数も、回復した者の数も全て正確ではないという声がある。それどころか全て仕組まれた嘘だという声さえ聞こえる。特に死亡者の数は発表の数字よりもはるかに多い、という見方は根強いのだ。いったいなにが真実なのだろう。

習近平主席率いる共産党政権は、自らは病気から回復したとして、あるいは病気だがそれを押して人々の手助けをしたい、と恩を着せつつ世界の多くの国に救援物資を送っている。今日現在の世界最大の新型コロナウイルス被害国、イタリアに対してもだ。

イタリアには五つ星運動という中国寄りの政党がある。その五つ星運動は現在の連立政権の一翼を担っている。五つ星運動は一帯一路への支持も表明し、協力を具体化して進める旨の覚書を中国との間に交わすようにゴリ押しをした。そして昨年3月、ついにそれを実現させた経緯がある。

イタリアが新型コロナウイルスの流行で大きな痛手を蒙っている今このとき、中国は五つ星運動所属のディマイオ外相を介して、この国に医療スタッフやマスクなどの救援物資を送り込んだりしている。人の良いイタリア人の中には、ウイルスを撒き散らしたかもしれない中国への怒りを忘れて、習近平政権に感謝する者さえ出てきた。

イタリアでは爆発的感染流行が立て続けに発生して、もっとも医療環境の充実した北部の、そして北部の中でもさらに豊かなロンバルディア州が、あっという間に医療崩壊にまで追い込まれて苦しんでいる。地獄並みの惨状に陥っているイタリアにとって、たとえそれが誰であれ援助の手はむろんありがたいものだ。

だが中国がもしも世界的なコロナウイルス禍に責任があるなら―再び再三でも繰り返して指摘しておくが―その重大な責任をうやむやにしたまま、何食わぬ顔で援助国の役割を演じるのは許されるべきことではない。

イタリアほかの国々の困窮を尻目に、中国はウイルスの抑え込みに成功しつつある、とも主張している。事実なら喜ばしいことだ。だが習近平主席が武漢を訪れた後には、それまで新規感染者の数が減っていたのに、ふいに増加に転じたという報告もある。例によって隠蔽工作が成されているのなら、それもまた許しがたいことだ。

世界では感染が広まるにつれて、アジア系の人々への差別や偏見が強くなり、暴力にまで発展するケースも出ている。中国人と見た目が違わない日本人も差別されたりしている。その意味ではわれわれ日本人と中国人は同じ運命を背負っている。手を取り合って差別や偏見と戦わなければならない。

だがそのこととパンデミックを呼び込んだ責任とはあくまでも別の議論だ。そして最後にこのことも繰り返して言っておきたい。つまりそれらの論難は、世界がパンデミックをもたらした巨大責任は中国にある、と世界が確認した場合にのみ成立し、且つ糾弾の矛先は中国の権力機構だけに向けられるべきだ。なぜなら中国人民の多くもまた一党独裁政権とcovid-19の被害者にほかならない、と考えるからである。




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ふいに奈落へ

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新型コロナウイルスに急襲されたイタリアは国家の存亡を賭けて厳しい戦いを強いられている。

突然の危機は2020年2月21日から23日にかけて起こった。北イタリアの小さな町でクラスター(小規模の感染者集団)の存在が明らかになり、それは患者が入院した病院での院内感染も伴っていた。

クラスターはすぐに爆発的感染流行いわゆるオーバーシュートを招いた。オーバーシュートはその後止め処もなく発生し、イタリアは中国の武漢にも勝るとも劣らないCovid-19地獄に陥った。

2月21日までのイタリアは、武漢からの中国人旅行者夫婦と同地から帰国したイタリア人男性ひとり、合計3人の感染者をローマでうまく隔離し、世界に先駆けて中国便を全面禁止にするなど、新型コロナウイルスとの戦いでは余裕しゃくしゃくと言ってもいい状況にあった。

当時はクルーズ船を含めて80名前後の感染者を抱えていた日本の方がイタリアよりもはるかに深刻な状況に見えたのである。

イタリアの不運の一つは、疫学調査上「0号患者」と呼ばれる感染者集団内の最初の人物を特定できなかったことだった。

当時の状況では0号患者は中国への渡航暦のある者でなくてはならない。だがクラスター内の最初の患者は中国へ行ったことがない。彼は0号患者の次の感者、つまり「第1号患者」に過ぎなかった。

0号患者は当時も今もイタリアに多い中国人ビジネスマンや移民や観光客だった可能性がある。姿の見えないその0号患者は、第1号患者と同様に、あるいはそれ以上の規模でウイルスを撒き散らした可能性がある。それは将来必ず明らかにされなければならない課題だ。

だが今は、悪化し続ける感染地獄から抜け出すのがイタリア最大、喫緊の問題であることは言うまでもない。



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Covid19の今を斬る~死も遺書も全て生の一部



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イタリア時間2020年3月29(日曜日)AM8:00現在、イタリアの感染者数は92472人。死者と回復者を除いた実質の感染者は70065人。

イタリアを抜き中国も引き離して感染者数が伸び続けるアメリカの数字は124665人。一方日本の感染者は、NHKの統計で1767人。感染者は確実に増えているが、爆発的感染拡大は起きていない。

このまま漸増状態が続けば、日本は完全に健康ではないがイタリアを筆頭にする欧米の重症国とは一線を画した「病人」であり続けられるかもしれない。医療崩壊に結びつきかねない突然のオーバーシュートを回避できるなら、日本は完全な勝利者、と言ってもいいだろう。

そうなれば喜ばしいことだが、果たしてそううまくいくのか、イタリアの行く末とともに懸念は尽きない。

英国「インペリアル・カレッジ・ロンドン」の感染症の専門家チームは3月26日、世界のCovid19の死者はことしだけで最悪4000万人、最低でも130万人に達する可能性があると発表した。予測とはいえ、おどろくべき数字だ。
Covid19禍が陰惨を極めるイタリア・ロンバルディア州に住む僕には、実感とまではいかないがかなりの真実味を持って胸に響く。

昨日(2020年3月28日)PM18時現在のイタリアのCovid19死亡者は、世界最大の10023名。世界全体の死亡者30857人のほぼ三分の一にもあたる。イタリアの死亡者のうちほぼ6割の5944人が僕と同じロンバルディア州の住人である。さらに言えば、ロンバルディア州の12県のうち、僕の住むブレシャ県は州内2番目に死亡者が多い。また僕の住民票がある人口1万1千の村では、これまでに68人が感染し14人が死亡。治癒した患者も24人いる。

僕の住む村は4つの集落で構成されている。僕はそのうち役場や銀行や軍警察などがある中心集落に住んでいる。今のところ村の知り合いの中に感染者はいないようだ。ただし、3年前まで僕の「かかりつけ医(ホームドクター)」だったジーノ・ファゾリ先生がCovid19で亡くなった。イタリアの医療はホーム・ドクター制度を採っていて、住民の全てには必ず1人のかかりつけ医がいる。

村から車で20分弱の距離にあるブレッシャ県の中心都市ブレッシャ市には、息子2人と多くの友人知己が住んでいる。厳しい移動規制があるため、息子2人とは今は会えない。彼ら兄弟もお互いに行き来できない状況。そんなふうだからむろん僕らは友人知己にも会えない。ただし、電話やSNSによる連絡は取りすぎるくらいに取っている。妻の携帯電話は連絡の取りすぎが原因なのかどうか故障してしまったほどだ。だが、全ての店が閉まっているため修理にも出せない。新品を買うこともままならない。

ブレッシャ市には多くの友人知己がいる。そのうちのかなりの数の人々が新型コロナウイルスに感染してしまった。死亡者も日一日と増え続けている。そうした状況を踏まえて僕は、あるいは書置きになるかもしれないというぐらいのつもりでこのブログを書いていくことにした。全世界の死者の数がことしだけで130万人から4000万人にのぼる可能性がある、という前述の英国の専門家チームの警告が、僕に心境の変化をもたらしている。

生きている限り、遺書といい死と口にするのは、あるいは大げさにすぎるかもしれない。だが身近で多くの友人知己が罹病し、住まいのあるロンバルディア州が世界一のCovid19感染地獄に陥っているなかで、ちょうど1年前に狭心症の治療を受けもはや60歳代にも突入した僕が、絶対にCovid19に襲われることはない、と考えるのはほとんど狂気のさただ。

だが、そうはいうものの、こうして記事を書きつつ僕が死の恐怖を感じているのかといえば、それはまったくない。仕事場の窓から見える田園風景は平和な静寂に満ちている。もしかすると静寂は、死のウイルスの息吹ということなのかもしれない。が、今のところは僕の心は完全に穏やかだ。それでも先行きは分からない。

手始めに、次のエントリーあたりでイタリア全土が封鎖された中での具体的な生活の様子を書いてみようと思う。イタリアの切羽詰った状況が日本に飛び火するようなことがあれば、もしかすると、このブログを読んでくれている日本の読者の皆さんの役に立つかも知れないから。むろん、飛び火しなければそれに越したことはないけれど。またそうであることを願いつつ。

イタリアの一日あたりの感染者数は4日連続で減少したあと増加に転じ、昨日はまた減少した。かねてから予測されていた通り、もしかするとやはり感染のピークが来たのかもしれない。それは朗報だ。だがもしそうなっても、実はそれはここロンバルディア州を中心とする「北イタリアのみ」の朗報かもしれない。

それというのもイタリアのウイルス禍は、たとえ北部が治まる日が来ても、中南部、特に南イタリアでの感染拡大が深く懸念されるからだ。南部イタリアの医療体制は北部に比べると十分とは言いがたい。Covid19はイタリアで最も進んだロンバルディア州の医療組織でさえ縦横に破壊した。南イタリアでさらなる感染拡大が続けば、全土を巻き込んだCovid19地獄はとどまるとところを知らずに進行する可能性がある。


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COVID-19の今を斬る~独裁への挑戦



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アメリカの新型コロナウイルス感染者の数が、イタリアのそれを追い抜くのは時間の問題と考え、ブログにもそう書いたりしていたら、早くも今日同国は、イタリアどころか中国も追い越して世界最大の感染国になってしまった。もっともイタリアの総感染者数も中国を上回ってしまったが。

危機的な状況にもかかわらず、かのトランプ御大は「4月12日のイースター(復活祭)までにアメリカは新型コロナウイルスから解放されるだろう」と表明した。楽観的な態度は悪いことではないと思うが、今のこの状況でのその発言は「あんた、ドタマ大丈夫?」と訊いてみたくなる。ホントに不思議な人だ。

3月22日の日曜日から水曜日までの4日間、連続して1日当たりの感染者の数が減っていたイタリアの統計が26日、逆転してまた増加に転じた。死者数も相変わらず多い。僕の身近での事態の悪化も続いている。友人の兄のドクターがCovid19を発症して集中治療室に収容された。彼は退職したばかりだったが、志願して医療の前線に戻っていた。友人夫婦と2人の子供も感染したのではないか、という大きな懸念が出てきた。

イタリアでは医療スタッフの感染も深刻だ。3月26日現在、なんと39人もの医師がCovid19によって死亡している。イタリア政府は6日前、退職して年金生活に入っている医師に呼びかけて300人のボランティア・スタッフを緊急募集した。ほぼ医療崩壊に陥っているロンバルディア州ほかの被災地に送り込むためだ。すると24時間以内に定員の25倍以上にあたる約8000人が名乗り出た。

彼らはむろん今このときに医療現場へ戻ることの危険を百も承知している。その上で集中医療機器どころか医療スタッフのマスクさえ足りない絶望的な環境の中で、人命救助のために自らの命さえも危険にさらしている現役の同僚を助けようと立ち上がったのだ。ロンバルディア州に代表されるイタリアの医療前線の過酷な状況は、日本などの知ったかぶり評論家がしたり顔で言いたがる医療レベルの高低の問題ではない。爆発的感染拡大のあまりの速さと、巨大津波並みの威力に体制が全く対応できなかったのだ。

ロンバルディア州の、従ってイタリアの困難はそのままスペインに受け継がれている。スペインはイタリアの惨状を目の当たりにして準備を進めていたはずなのに、自家の火事を防ぐことができずにいる。なぜか。いま言及したようにCovid19の拡散パワーと攻撃力があまりにも凄まじいからだ。そして欧州ではスペインに続いてフランスもウイルスの激しい打撃に苛まれつつある。大西洋を隔ててアメリカも欧州と同じ運命をたどりそうだ。

イタリアは民主主義世界では初めて、独裁国家中国の施策に肉薄するほどの苛烈な規制を国民に強いてCovid19に立ち向かっている。欧州各国もまた世界の多くの国もそれに追従する形でパンデミックに対峙しようとしている。だが前線のイタリアの作戦の成否はまだ分からない。昨日まで見えていたかすかな勝利の兆しが、今日はまた消えるという厳しい戦いが続いている。

民主主義国家のイタリアは、独裁国家の中国のように力で国民を抑え込むことはできない。イタリア国民の中には事態が切迫した今になっても、国の移動規制や各種管制を無視して、自由を求めて勝手に動き回る者が後を絶たない。イタリア警察は全土の封鎖が始まって以降の2週間でおよそ250万人の市民をチェックし、そのうちの11万人を法令違反で検挙した。また、感染爆心地の北部を逃れて、南イタリアへと違法に移動して行った者も多い。

独裁国家の強権に匹敵する民主国家の力とは、民意である。民意は政権と対話をし政権を動かす。そして民意は高い民度の総意であればあるほどより大きな力になる。現在のイタリアのような非常事態下で身勝手に動き回るのが、いわゆる民意の低い国民である。独裁国家なら彼らを力で抑えつけてルールに従わせるか抹殺してしまう。民主主義国家ではそれをしない。辛抱強く彼らを説得し教育して民意を上げる努力をする。

今イタリアを始めとする欧米各国が取り組んでいるのは、Covid19への挑戦に名を借りた民主主義の再認識と確認であり、そして何よりもその再評価でもある。それができなければ自由主義世界は、Covid19を抑え込んだと豪語する一党独裁国・中国の前に跪くことになるのかもしれない。


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