【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

COVID-19の今を斬る~ロンバルディア州の医療レベル


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新型コロナウイルスの巨大な被害国ここイタリアは言うに及ばず、世界中の国々のウイルス対策や言動や数字や立ち位置や心理状況がめまぐるしく変わって、それらを把握するのに文章ではとても追いつかないので箇条書きにしていってみることにした。いわば、これまで記してきた「書きそびれている事ども」のCovid-19版である。


2020年3月26日未明、僕の身近の89歳の女性がまた1人Covid19で亡くなった。友人の叔母である。ブレシャ市に住む彼女は、病院での治療を受けることができないまま自宅で亡くなった。病床の空きが全くなかったのである。同様の事態がイタリア、ロンバルディア州では頻繁に起きている。なお彼女はこのブログで言及しているパーティーにまつわる集団感染とは関係がない。

2月以降に亡くなった高齢者の大半は新型コロナウイルスの被害者だと見られ、僕らの友人知己の家族にも何件かのケースが実在する。中にはどうせ亡くなるのだから最後の思い出を汚したくない、としてウイルス検査を拒否しようとしたり、故人のウイルス検査が陽性だったとしてもその事実を公表しないケースなどもある。

だが、ウイルス検査を拒否することはほとんどの場合許されない。なぜなら亡くなる人がCovid19の患者なら、周囲にウイルスを感染させた可能性がある。だから当局はうむを言わさずに検査を実施する。従って通常の原因での死亡とされても、家族がそう告知するからに過ぎないケースも多い。

イタリアの一日当たりの感染者数が、わずかだが4日連続で減少している。専門家の一部にはイタリアの感染のピークがやってきたと見る者もいる。WHOも3月24日、イタリアの感染のピークが今週中にやってくるかもしれない、との声明を出している。だが死者の数は相変わらず多く、総計7000人を超えてからもやはり大きく増え続けている。

それでも-楽観視は全くできないが-イタリアが長い暗いトンネルを抜けつつあるかもしれない、というかすかな望みがある。独裁国家・中国のやり方をさえ連想させるイタリアの厳しい隔離・封鎖措置が、ウイルス拡散に歯止めをかけCovid19を抑え込めるかどうかは、当のイタリアは言うまでもなく世界全体にとっても重大な意味を持つ。なぜなら欧米の大半の国々を始めとする世界各国が、イタリアのやり方を踏襲してウイルスとの壮絶な戦いを進めているからだ。

2020年3月26日AM11時(伊時間)現在:イタリアの総感染者数は74386人。そこから死亡者と回復した患者の数を引くと実質の感染者は57521人である。一方アメリカの総感染者数は69197人。死亡者と回復した患者の合計はおよそ1268人。実質の感染者は67929人となって既にイタリアを大幅に上回っている。3月26日のイタリアの統計は7時間後のPM18時に出る。そこでは感染者数は大きくなるのが確実だ。それでも、イタリアの窮状と比較してさえアメリカの状況の悪化は酷いと分かる。

欧州では相変わらずイタリアが最悪の被害地だが、実は惨状はロンバルディア州を中心とする北イタリアに集中していて、中南部地域はまだまだ平穏だ。それは北イタリアにとっては大いなる不幸だが、イタリア全体として見れば「不幸中の幸い」とも形容できる状況だ。それというのも、繰り返し述べてきた通り、ロンバルディア州を筆頭にする北イタリアの各州の医療レベルは欧米の中でもトップクラスの質がある。日本の評論家などの中には、イタリアとドイツの感染者数と死者の割合を比較して、イタリアの医療の質は劣る、と知ったかぶりを言う者もぼちぼち出てきたが、彼らの言い分はいま述べたように知ったかぶりに過ぎない。ちなみに極端に数字の違うドイツではなく、たとえばフランスと比較してみればいい。

イタリアの死者が多いのは、高齢化社会という理由のほかに、感染者が爆発的に増えて重症者を十分にケアできないことが最大の理由だ。医療のレベルが低いからではなく、感染爆発があまりにも急速で巨大だったために集中医療病床が足りなくなったのだ。もちろん病床の多寡も医療レベルを計る要素の一つだろうが、イタリアを、いや、ロンバルディア州を襲った新型コロナウイルスの猛攻撃は、まるで津波にも似て医療現場をしたたかに傷めつけ破壊した。もしそれがより医療レベルの低い中南部で起こっていたなら、イタリアの惨状は、さらにもっと目を覆うばかりになっていただろう。

そして不幸なことに、北イタリアの重圧は近い将来、中南部、中でも南部イタリアに移っていく可能性がある。それというのも北イタリアに住む多くの南部イタリア出身者が、こぞって実家に向けて移動してしまったからだ。彼らは移動禁止措置を無視して動いた。おそらく多くの新型コロナウイルスと共に。たとえ北イタリアがCovid19危機を抜け出しても、残念ながらイタリアのそれはさらに長く続く可能性もあるのである。



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COVID-19の今を斬る~東京感染爆発前夜



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新型コロナウイルスの最大被害国(もはや中国を上回ったと言っていいだろう)ここイタリアは言うに及ばず、世界中の国々のウイルス対策や言動や数字や立ち位置や心理状況がめまぐるしく変わって、それらを把握するのに文章ではとても追いつかないので箇条書きにしていってみることにした。いわば、これまで記してきた「書きそびれている事ども」のCovid-19版である。

2020年3月25日PM14時現在のイタリアの感染者数は:69176人。死者6820人。

感染者数が間もなくイタリアを上回ると見られる米国は55238人。以下、スペイン47610、独34009、イラン27017、仏22637、スイス10456、韓国9137、英8167。つづいて感染者が多い順にオランダ、オーストリア、ベルギー、ポルトガル、ノルウェーとなるが、ここでの最後尾のポルトガルとノルウェーの感染者数でさえ、それぞれ2995人と2902人とほぼ3000人にのぼる。

この時点での日本の感染者数は1193人。東京の一日の増加が41人と過去最高になった。小池都知事はオーバーシュート(爆発的感染流行)への懸念を口にしたが、懸念ではなくもう始まっていると見るべきだ。ところがメディアと国民の多くは延期が決まったオリンピックを慨嘆するのに頭がいっぱいで、その差し迫った巨大危機への緊張感が、あるべきと思われる程度には感じられない。全くの島国、井の中の蛙状態に見える。そういうところは完全に鎖国メンタリティーの不思議国。やっぱりひとりだけ世界の外にいるようだ。

NHKの9時のニュースのレポーターは、Covid19対策として首都が封鎖されるかもしれないというニュースへの反応を街中で聞く際、相手に思い切り顔を近づけてインタビューしている。何人もの相手に。そして相手も全くその距離を気にしていない。誰かが感染していたら、お互いにバケツ一杯分ほどのウイルスを吸い込むかもしれないのに。イタリアのテレビ記者が遠く離れた位置からインタビューをし、音声マンが長いアームの先にマイクを付けて音を拾う様子を見せてやりたい。むろん皆マスク姿で。危機意識が完全に欠落しているのだ。怖いの一言に尽きる。感染爆発が起きたら、心理的準備ができていない日本はいったん恐慌に陥って、収拾のつかない見苦しい事態になりはしないかと気が気でない。むろん僕の全くの杞憂ならこんな嬉しいことはないのだけれど。。。

欧州で真っ先に、またもっとも厳しい移動制限を伴うロックダウンを実践しているイタリアは、感染者や死者の増加が止まない現実を受けて、さらに規制を強化した。移動制限規則に違反した者は、最高5年の禁固刑か3000ユーロ(約36万円)の罰金へと引き上げた。これまではそれぞれ約200ユーロと禁固3ヶ月だった。だが実は、イタリアの一日あたりの感染者数はここ数日ほんのわずかながら減少傾向にある。それが感染拡散ピーク後のトレンドなのかどうかはまだ分からないが。。。



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イタリア式ウイルス拡散法の悲哀、そして希望 



揺れる3ローソク


2020年3月23日午後4時現在、アメリカの新コロナウイルス感染者数は35225人。僕はほんの一昨日、アメリカの感染者総数が19624人だった時点で「アメリカも恐らく今日中には2万人を過ぎてイランを追い越す勢 い」と書いた。

ところがもはや感染者の数は3万人も軽く上回って、ひょっとすると2、3日中には中国以外ではもっとも感染者が多いイタリアさえ追い越しそうな熾烈さだ。だが数日中には感染のピークを迎えるという見方もあるイタリアも、依然として厳しい情勢であることに変わりはない。

この直前のエントリーで、僕の周囲に聞こえるCovid19にまつわる噂や僕の懸念の真偽をいつか伝えられたら伝えたい、と書いた。早くもその時が来たので報告したい。

先ず、僕への取材を通して一気に親しくなったR.V記者の消息。僕の直感通りやはり新型コロナウイルスに感染、Covid19を発症して緊急入院していた。ブレシャ市で漫画と版画を専門に活動している息子たちの人的つながりの中に、彼の同僚の若い記者がいて意外にも早く情報が入った。

幸い彼の容体も回復に向かっているとのこと。安心した。僕より少し若い50歳代終わりあたりの男だから、Covid19 と闘う患者の中では「若者」の部類に入る。容体が改善しているならもう大丈夫だろう。基礎疾患がない限り「これまでのところ」、Covid19患者は60歳~70歳代の者でも安全圏にいるとされる。死亡するイタリアの患者の多くは依然として、80歳代以上のかつ基礎疾患を持つ病人なのである。

次は集団感染の噂がどうやら事実らしいと判明した話だ。表ざたになる可能性はとても低いので「事実らしい」としか言えない。

イタリア最大の、ということはつまり欧州最大の新型コロナウイルス感染地域は、ミラノが州都のロンバルディア州である。ロンバルディア州には12の県がある。その中でも感染者数や死者が多いのは隣接する2つの県、ベルガモ県とブレシャ県である。そして僕の住む村は後者に属する。

ブレシャの県都は、州内で人口がミラノに次いで多いブレシャ市。そこは県内でもっとも感染者が多い。そのブレシャ市で、いわゆる上流階級の人々のパーティーがあり、そこで集団感染が発生した。時期はロンバルディア州内の小さな町でイタリア初の集団感染が発覚し、たちまちオーバーシュートつまり爆発的感染流行へとつながっていった、カーニバルの前後。

当時はまだ隔離・封鎖や移動制限は施行されていなかったが、75歳以上の高齢者は外出を控え、住民もできるだけ集団での行事や行動を控えるように、との注意喚起がしきりになされていた。やがて爆発的感染流行が始まり、イタリアはもちろん欧州でも初のCovid19死亡者が出た。それはすぐに3人に増え、ベニスカーニバルほかのビッグイベントが打ち切られるなど、新型コロナウイルスに急襲されたイタリアにはふいに暗黒の時間が流れ始めていた。

世の中の自粛ムードを尻目に、むしろそういう時期だからこそ明るく過ごそう、というポジティブな空気も満ちる中、ブレシャのいわゆるエスタブリッシュメント階級内で趣向を凝らした驕奢な行事が進行した。そして集団感染が発生した。実はそのグループを僕はよく知っている。メンバーの中には友人も多い。

僕は妻と共に、あるいは妻の縁で、そのグループの大パーティーによく招待される。いや、招待された。しかし、よりシンプルな生活スタイルが信条の僕ら夫婦は、もう大分前から大きな集まりへの顔出しを遠慮している。それでも年齢の近い友人同士の集まりには相変わらず招ばれる。それが小人数の気の合う人々の集いなら僕ら夫婦はできるだけ出席する。招待されて拒否し続けるのは、招待されて返礼(招待)しないのと同じ程度に礼を失する。

そうした社交界の興味は古い家柄の出の妻に向けられているもので、本来は僕とはあまり関係がない。それでも夫婦で顔を出さねばならず、顔を出したら出したで僕は少し疲れを覚えざるを得ない。幸い妻も、ブレシャ社交界では重要な家の一つの跡取りでありながら、大きな行事の雰囲気にはあまり興味がなく、僕らの意見はそこで一致する。そういう性格だからこそ彼女は、一介の日本人の僕と長く連れ添ってくれているのだと思う。

そうはいうものの、前述の親しい友人らを介して僕らは、街に歴然として存在するが目立たない、且つ閉じられた世界とも相変わらずつながりを持っている。集団感染の情報は、グループの構成員の間から口伝えに漏れてきた。峻厳な移動規制が敷かれていることもあって、人々は最近は皆家に閉じこもっている。そんな中、妻が主に女性同士で電話連絡をしては噂話に花を咲かせるうちに少しづつ漏洩してきたのだ。

ここまでに分かっているだけでも9人の感染者がいる。漏れ聞くところではひとりが重症で3人が加療中。2人が退院して残る3人が自宅隔離ということだ。しかしパーティーに出なかった友人らの印象では、感染者はまだかなりいそうな雰囲気らしい。幸いこれまでのところは死者は出ていない。ただし参加者のひとりの父親(90歳代)が、Covid19で亡くなったという情報がある。おそらく参加した息子から感染したのではないか。

イタリアのCovid19禍は深刻になるばかりでまだ全く先が見えない。そこには感染爆発の元凶の一つとなった第一号患者への対応の誤りがあるが、その後の事態の悪化は、イタリア人の社交好きな性格とそれを遺憾なく発揮しての生活スタイルや社会慣習にも大きな原因がある。

感染爆発が進行しても、人々はカフェやバールやレストランに集って歓談することをやめず、広場や公園や家の中でも三々五々集まっては社交を繰り広げた。そうした流れの延長線上にあるのがここまで書いている、ブレシャ県の上流階級の人々の盛大なパーティーだ。

ブレシャの事案とは別に、社会のあらゆる階級の社交行事は、厳しい移動制限や封鎖が強要された後も-特に始まりの頃には-多くあったに違いない。事実僕の住む村のカフェやバールでも、ルールに従わない人々が集っては歓談している姿が多く見られた。そうやって感染爆発は単発的ではなくほぼ間断なく起きて、今の地獄絵巻が出現したと考えられる。

しかし、楽天的が過ぎるほどに社交好きなイタリア人も、感染者の増大が止まず死者の数が中国のそれを軽く超えてさらに増え続ける現実に、さすがに重大な危機感を抱くようになった。今日この時点の統計では、イタリア国民の96%が政府の厳しい隔離政策を支持し、全国民のCovid19との戦いの本気度は最高潮に達したように見える。

一党独裁国家、中国の施策にも似た苛烈な監禁策を、民主主義国家の中でもさらに国民の自由希求意識の強いイタリアで実行できるとは、当のイタリア人をはじめ欧米諸国民は誰も考えていなかった。しかしイタリアは-まだ4%の反乱者はいるものの-それをほぼ完全実行つつある。取り組みの結果が出るのはまだ先だろうが、そこには希望の光が点り出している。点り出していると信じたい。

新型コロナウイルスとの壮絶な戦いにイタリアが勝てば、イタリアと同様の施策を敷いて進み始めた欧州各国やアメリカなどの先行きにも明かりが見えるようになる。それらの国々では、厳しい移動制限を国民が守らないなど、戦いの初期の頃のイタリアで見られた事態とそっくり同じ問題も起きている。またその点ではいま述べたようにイタリアも依然として完璧ではない。が、欧米各国はこぞって隔離・封鎖の度合いを強化してCovid19に対抗しようとしている。そうするしかないのである。そうしなければ破滅なのだから。



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新型コロナウイルスの悪意の息遣いが聞こえる

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2020年3月21日現在(イタリアの数字は前日PM18時発表)、イタリアの新型ウイルス感染者数は47021人。既に中国を上回った死者数は予想通り増え続けて4032人。

どちらの数字も感染ピークが期待 されている3月25日前後までは伸び続けるだろうから言及するのが空しくさえある。あまつさえ感染ピークの日にちは、飽くまでも予想できる最善の展開、という枕詞付きだから先行きは心もとない。

それでももう少し数字にこだわる。感染者数2万余のスペインに続いてほぼ2万人に達したドイツの感染者総数がイランを上回り、アメリカも恐らく今日中には2万人を過ぎてイランを追い越す勢いだ。また3月19日に韓国を上回ったフランスも患者数はとうに1万人を凌いで増え続けている。

そうした危機的状況を受けてEU(欧州連合)のデア・ライエン欧州委員会委員長は、加盟各国は新型コロナウイルス対策のためなら幾らでも財政支出をしていい。EUはそれを支持し必要なら援助もする、とテレビ演説で異例の声明を出して、苦境の真っただ中にあるイタリア国民を感動させ、EU加盟各国民を勇気付けた。

欧州委員会委員長に就任したばかりの彼女はここまで、先日首相になって初めてのテレビ演説で「団結してCovid19と闘おう」と国民に呼びかけた独メルケル首相を髣髴とさせるリーダーシップを発揮している。メルケル首相の退陣による欧州政治の穴をあるいは埋めてくれるかもしれない。

閑話休題

現在イタリア最大の、ということはつまり欧州最大の新型コロナウイルス感染地域であるロンバルディア州の住人である僕は、まずイタリア初の州の封鎖に見舞われ、封鎖が全土に拡大されたことで、あれよという間に住まいのある人口1万1千人の村に閉じ込められた。

その後も事態は悪化して、僕の村のあるブレッシャ県は隣のベルガモ県と共に、ロンバルディア州の中でも最大最悪のCovid19被害地域になった。もはや中国武漢の人々もマッサオの不運ではないかとさえ思う。ブレシャ県は3月21日現在、人口約127万人中4.648が感染し人口約111万のベルガモ県はブレシャ県を上回る数の感染者を抱えてあえいでいる。
  
新型コロナウイルスの脅威はひたひたと僕の身近にも寄せて包囲網ができあがり、これまでのところ友人知己のうちのかなりの人数がウイルスに感染したことが分かってきた。3つの衝撃的なケースと、もう一つ自分にとってひどく気になる逸話がある。

ここでは3つの衝撃的なケースのうち個人的に感慨深い2つのケースと、確認ができないが懸念しているエピソードを先ず書いておこうと思う。

一つはここまでの唯一の死亡例でかつ僕の住む村での出来事。つい先ごろ定年退職した僕の「かかりつけ医(ホームドクター)」のジーノ・ファゾリ先生が亡くなった。イタリアの医療はホーム・ドクター制度を採っていて、住民は誰もが必ず一人のかかりつけ医の世話になる。

先生はあらゆるボランティアをすることで有名な人で、先日もわが家の庭でバーベキューをした際に招待したが、アフリカ移民の人たちの健康チェックに手を貸すボランティアで忙しく、顔を出せないと知らせてきた。

ファゾリ先生はボランティア活動の間にウイルスに感染し入院後に亡くなった。年齢は70歳台半ばだったから、Covid19の犠牲者としては比較的若い。何らかの持病があったようだ。一週間ほど前までの統計では、イタリアのCovid19犠牲者の平均年齢はおよそ81歳。ほとんどが基礎疾患を持つ患者だ。

2例目も驚きだ。ブレシャ県ブレシャ市には国内でも有数の公立病院がある。そこに次いで大きなキリスト教系病院の最高医務責任者W・G医師もCovid19に罹患した。彼の妻ローズと僕の妻はアフリカ支援団体にからんだ縁で親しい。その関係でW・G医師と僕も知り合いである。

50歳代とCovid19患者としてはかなり若いW・G医師は、幸い退院して回復しつつある。とはいうものの、亡くなったファゾリ先生といいW・G先生といい、医者が新型コロナウイルスに感染して死亡したり重症化したりするのが珍しくない状況が、イタリアの今の深い苦悩を如実に示しているように思う。

3つ目は最近知り合い親しくなった友人の消息だ。

新型コロナウイルスの影も形も見えなかった12月半ば、ミラノに本拠を置くイタリア随一の新聞Corriera della seraの地方版から僕を取材したいという連絡があった。ここ2、3年遠い昔にアメリカで賞をもらったドキュメンタリーが蒸し返されることが続いたので、またそのことかと思った。少しうんざりした、というのが本音だった。

ところが古い作品の話ではなく、ロンバルディア州のブレシャ県内に住む、プロフェッショナルの外国人を紹介するコーナーがありそこで僕の人物紹介をしたい、と記者は電話口で言った。断る理由もないので取材を受けた。

僕の住まい兼仕事場まで足を運んでくれたのは、元イタリア公共放送局RAIの記者で、北イタリアのリゾート地イゼオ湖畔の街の市長も勤めた名のある人。人物も素晴らしい。取材を通してすっかり意気投合し、後日の再会も約束した。

記事の掲載は3月11日になった、と連絡が入った。ずいぶん遅くなったのはCovid19騒ぎのせいらしい。発行された新聞を見て少しおどろいた。丸々1ページを使ってかつ何枚もの写真と共に、僕のことが紹介されているのだ。過去に新聞に取材をされた経験はあるが、1ページいっぱいに書かれた経験はない。

アメリカで賞をもらったときでさえ、もっとも大きく書かれたのは日本の地方新聞に写真付きで紙面の4分の一ほどのスペースだった。全国紙にも紹介されたが本人への直接の取材はなく、僕の名前と受賞の事実を記しただけのベタ記事(?)だったのだ。それなものだから、1ページ全てを使った報道に目をみはった。

時期が時期なので、僕はWEBで送られてきた記事の写真を新聞が手に入らないであろう友人らに送ったきりで、その後は記事については口をつぐんでいる。だが実は、記事の作り方が面白いので、コロナ騒ぎが収まった暁にはそれをブログなどで紹介しようとは思っている。

3月11日、発行された新聞に目を通したあとで記者に電話を入れた。礼を言おうと思ったのだ。ところが通じず、夜まで待っても折り返しの電話もない。珍しいことだった。律儀な人で連絡を欠いたことがない。だが、彼の多忙を気にしてこちらからのしつこい連絡は控えた。

翌日、記事を読んだ妻の従兄弟のフランチェスコからコメントの連絡が入った。よい記事だと繰り返し褒めたあとで彼は「記者のR.Vとは彼が市長時代に仕事をしたこともありよく知っている。よろしく伝えてほしい」と締めくくった。フランチェスコは大学の教授だった人である。

僕はそれを言い訳に再び記者のR.Vに連絡を入れた。ただし電話ではなくSNSのメッセージで。「従兄弟のフランチェスコがよろしく、とのことです」。すると返事が来た。「ありがとう。私からもよろしく、とお伝えください。健康面でちょっと問題を抱えました」。

僕の脳裏にほぼ反射的に「ウイルス感染」の大文字が浮かんだ。彼は仕事柄、また市長さえ務めた社交的な性格も手伝って人付き合いが多い。時節柄リスクは高いに違いない。また電話に出ず、メッセージで病名を言わずに敢えて「健康面で問題を抱えた」と記したのが不吉に映る。僕はとても確認の連絡を入れる勇気がないまま、どこかから情報が入ってくるのをじっと待っている。

実はもう一点情報を集めている事案がある。やはり新型コロナウイルスにまつわるものだ。そしてこちらも真偽を確認中の逸話だ。真偽のどちらに転ぶにせよ、次の機会に報告しようと思う。できればR.V記者に関する僕の懸念の真偽も共に。


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「イタリアCovid19危機」見舞いに答える

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イタリアの対COVID-19戦の惨状を気遣って、日本から多くの見舞い電話やメールまたSNSメッセージなどをいただいている。

僕は一つひとつに丁重にお礼を述べた後に必ず「日本もイタリアと同じ程度に心配だ。どうぞお気をつけて」と付け加えている。

すると、きょとん、とした顔が見えるような言い方で「日本は心配は心配ですが、イタリアほどではない」というニュアンスの返答が来ることが多い。

イタリアの、特に僕の住むロンバルディア州の感染者数や死者数、また感染拡大のスピードなどのすさまじさは、言うまでもなく日本の比ではない。

僕の身の回りは一見平穏だが、大病院に始まる医療施設は地獄の様相を呈している。それは臨場感を伴う映像とともに主要TV局などをはじめとするメディアによって、これでもかとばかりに報道され続けている。

僕はそれに加えてインターネットで情報を収集し、衛星放送でリアルタイムに日本の状況を見、BBCその他の英語放送で欧米また世界の動きを逐一追っている。

そんな中で気になるのが、日本政府の「情報ぼかし」にも似た言動が醸し出す「もやもや感」だ。情報ぼかしは主に、オリンピックをどうしても開催したい思いから始まったようだ。

典型的な例の一つが、集団感染を敢えて「クラスター」と言い換える姑息さだ。その言葉は政府の代弁者の専門家がNHKに出演して突然言い出した。僕はCovid19問題が表に出て以降、衛星生中継でNHKの夜7時と9時のニュースを欠かさず見てきたのでそのことにすぐに気づいた。

「集団感染」と言えばひどく生々しく、善良無垢な国民のうちには恐怖感を覚える者も多いに違いない。だからわざわざ「クラスター(cluster)」という疫学上の「感染者集団」を表す英語を用いることを思いついたのではないか。

日本語は実に便利だ。外来語を使えば物事の本質をぼかす効果があるケースが多い。たとえば「性交」という日本語をセックスと言い換えれば、生々しさ感が薄れる。同じく「集団感染」を聞きなれないクラスターと言い換えれば、一息つくような安心感が出る。

僕にはその言い換えは、神頼みにも似た無責任な心理状況の顕現に見える。だが新型ウイルスとの戦いも、その結果に左右されるオリンピック開催も、神頼みや希望的観測やゴマカシでは決して勝ち取ることはできない。

多くの労力と金と時間と人々の願いを注ぎ込んで準備をしてきたオリンピックを、万難を排して開催したい気持ちは理解できることだ。だがコロナ問題で世界の状況は一変した。日本もその世界の一部なのだが、例によって世界の情勢に追(つ)いていけず、ズレた言動と施策に固執しているように見える。

何度でも言うが、オリンピックを開催する時は「日本一国だけが新型コロナウイルスから自由」ではなく、「世界が新型コロナウイルスから自由」でなければならないのだ。日本はその単純な方程式さえ読み解けないようだ。あるいは読み解けない振りをしている。

日本の感染者数が本当に少ないのならば喜ばしいことだ。だがそれがウイルス検査数の少なさから出ている結果なら、やっぱりどうしても危険だと思うのだ。そのこともまた繰り返して言っておきたい。

日本政府の高官や御用学者などが好きな言い方を用いれば、イタリアは2月21日にクラスターに見舞われ(クラスターの存在が明らかになり)2月22日~23日にかけてオーバーシュート(爆発的感染拡大)が起き、今も起きつづけている。

2月21日までのイタリアは、武漢からの中国人旅行者夫婦と同地から帰国したイタリア人男性ひとり、合計3人の感染者をうまく隔離し、世界に先駆けて中国便を全面禁止にするなど、余裕しゃくしゃくと言っても過言ではない状況にあった。当時の日本の感染者は、クルーズ船を含めて80名前後でイタリアよりもはるかに深刻に見えた。

だがイタリアの状況は一変して、誰もが知るように地獄絵的な状況になり、日本は一見、感染拡大を抑え込んで安全圏にいるように見える。再び言う。それがまぎれもない真実ならこれに越したことはない。だが僕は今日も、2通の見舞いメッセージへのお礼文に「イタリアはとんでもないことになっています。でも日本もとても心配です」と書き加えずにはいられなかった。


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日本とイタリアは同じ船に乗っている



指ハートの中の太陽


イタリア最大のCovid 19被害地、ロンバルディア州ベルガモ県の道路を昨夕、荷台を幌で覆った10台近い軍用トラックが列を作って通った。

荷台に積み込まれた荷物は全てCovid19被害者の遺体である。ベルガモ県内の墓地も火葬場も受け入れ限界を超えたため、隣接のエミリアロマーニャ州まで運んで火葬されることになったのだ。

Covid19によるイタリアの死者は3月19日AM6時現在、前日から475人増えて2978人。1日あたりの死亡者数はまたもや新記録となった。霊柩車では間に合わず、民間トラックには文字通り荷が重過ぎる任務なので、イタリア陸軍の出動となったのだ。

イタリアの惨状は、もはや欧州全体のそれになりつつある。イタリアに続いてスペイン、ドイツ、フランスの主要国が厳重な移動制限・封鎖体制を敷いた。

また小国のスイスの感染者数も激増。それに続いて、感染者数の多い順にオランダ、オーストリア、ノルウエー、ベルギー、スウェーデン、デンマークが危機に陥り、最小のデンマークの被害者数も1115人と節目の1000人を越えた。

また、EU(欧州連合)を離脱したばかりの英国は、「例によって」唯我独尊の精神を発揮して、まずイタリアが、そして前述の独仏スペインなどに始まる国々が、イタリアをなぞった施策を実行していくのを尻目に、学校閉鎖もしない、大小の各種イベントも禁止しない、国民に自宅待機も呼びかけない等々の方針を宣言してきた。

強気の英国のジョンソン首相を、気でも違ったのではないかと批判する声が多い中、僕はそれらの方針を打ち出した英国の「科学的また論理的」な思考法を舌を巻く思いで見つめ、ひそかに応援もし、日々監視してきた。

僕には英国のやり方が正しい、と自信を持って言うことはできない。またイタリアほかの国々も英国に倣うべき、とも思わない。だが、英国にはわが道を進んでいってほしい、とは思っている。なぜなら厳しい封鎖・移動制限策を取る欧州大陸各国が、Covid19の撃滅に成功するかどうかは誰にも分からない。

一方、英国の独自路線は、イタリアほかの国々が犯した、あるいは犯しているかもしれない失敗や不備を徹底的に研究分析して打ち出されたものだ。学校閉鎖をしないのは新型コロナウイルスがインフルエンザと違って子供を直撃しないからであり、イベントを禁止しないのは外の広いスペースよりも自宅などの狭い空間の方がウイルスに感染しやすいという分析であり、自宅待機を呼びかけないのは、感染がピークに達する頃に、人々が自宅監禁に疲れて外に繰り出す危険を考慮した結果だ。

冷静且つ論理的な分析には説得力がある。むろんそれを実行に移すのは困難だ。ウイルスが人から人へ爆発的に伝播していく現実を前に、人混みに入るな、自宅待機をしろ、と国民に呼びかけずにいるのは政治的にほぼ不可能にさえ見える。だが、ジョンソン首相はそれをしようとした。

その勇気は見上げたものだ。また、英国のやり方は、もしかすると欧州大陸各国の施策が失敗に終わる悪夢が到来したときに、人類を救う希望になるのかもしれない。生物多様性ではないが人の多様な行動は、従って国家間の多様なあり方も、決して悪いことではないのだ。

言うまでもなく英国は、欧州大陸の流儀が正しい、と将来証明されたときには、手ひどいしっぺ返しをこうむることになる。そうなったときには、EUを核にする欧州は必ず英国に救いの手を差し伸べるだろう。逆に英国は、繰り返しになるが、欧州大陸を救う道筋を示しているのかもしれないのだ。

と、そんな具合に思いを巡らしてきたが、ジョンソン首相が18日、英国全土の公立学校を20日から閉鎖し、私立の学校も政府の決定に従うようにと勧告した。首相はついに政治的な圧力に耐え切れなくなったのだろう。多くの人々が、ようやく英国もまともになった、と胸をなでおろしているのが見えるようだ。だがそれが朗報であるかどうかは、今は誰にも分からない。僕は個人的には残念な思いを禁じ得ない。

僕はイタリアの感染爆心地、ロンバルディア州内に住んでいるため、Covid19に関してはイタリアの様子を主体にこのブログで報告を続けているが、今書いたように英国ほかの世界の国々や日本の状況も逐一追いかけている。僕はひとことで言えば、日本の様子がイタリアと全く同程度に心配だ。情報隠蔽という言葉はさすがに当たらないだろうが、日本は意図的かそうでないかに関わりなく、情報をぼかしているようでひどく違和感がある。

日本のウイルス感染者数が少ないのは-実際にそうであることを祈っているが-やはりウイルス検査の数が少ないことが大きな理由なのではないか。イタリア、また欧州各国並みに検査を増やせば、感染者数が急激に多くなるということは本当にないのだろうか。

世界の混乱と緊張を真摯かつ的確に感じ理解することができない日本の政治家らが、この期に及んでもオリンピックの開催に固執して、世界の感覚とは相容れない空気の読めない言動に終始しているのは、中止に伴う莫大な経済損失に目がくらむからだろうが、もうそろそろ誤魔化しは終わりにするべきだ。

欧州のような急激な感染爆発はないものの、じわじわと感染が増えている現実は隠れた感染が進行していることを意味してはいないのか。突然の大規模流行、いわゆるオーバーシュートの危険はないのか。日本政府はせめて、“オリンピックは「延期」もやむなし”と内外に宣言して、Covid19の日本社会における真実を解き明かし、国民の健康を守るために死に物狂いで動くべきではないのか。

オリンピックは日本一国だけではなく、世界がコロナウイルスから解放されていなければ開催できない。また逆に世界がコロナウイルスを撃滅しても、日本が遅れてそれの餌食になるようなら、開催など夢のまた夢だ。それどころか国民の大半が、今現在のイタリア・ロンバルディア州民のような苦悩の中に突き落とされないとも限らない。

日本とイタリアは敵対国ではない。従って両国の関係を呉越同舟という言葉でくくることはできない。また両国の感染状況も今のところ天と地ほどの違いがある。だが僕の目に映る日本とイタリアは、新型コロナウイルスとの戦いという観点では、同じ船に乗り同じ運命に身をゆだねている、いわば「日伊同舟」の存在にしか見えない。


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コロナウイルスとドタバタ踊る時間



Virus緑イメージ650


イタリアのCovid19危機は深まるばかりである。死者数、患者数ともにほぼ連日、一日あたりの増加数の記録を更新するような有り様だ。

嘘か実か中国の状況が改善するらしい中、3月17日AM6時現在、スペインの感染者数がほぼ10000人となり、韓国を抜いてイタリアに次ぐ欧州第2位の汚染国になった。またドイツ、フランス、そしてついにスイスも感染大国になってしまった。

イタリアの苛烈な隔離・封鎖策がもしも正しいものであるなら、その効果は2週間ほど後に現れるとされる。従って今は状況が悪化してもひたすら我慢して待つしかない。

ウイルス禍はひたひたと僕の身近にも寄せて、友人知己が感染し亡くなる者まで出た。そのことはまた後で書くが、ここでは今日未明に起きた「事件」と昨日のそれを記しておきたい。

ごく普通のエピソードが、異常な時間の流れの中では違ったものに見えたり感じられたりすることの典型、と思うからだ。ちなみに、もしかすると映画の一場面のような挿話に見えるかもしれない語りも全て実話だ。

今朝AM4時過ぎ、家の周囲に張り巡らされている侵入・警戒警報がけたたましく鳴り響いた。飛び起きて、おののく妻を庇いつつ安全な部屋に移動した。僕はそこを勝手に避難所と呼んでいる。わが家は落ちぶれ貴族の古い館で、過去に盗賊に押し入られたりした歴史を持つ。

現在は警備システムで固められていて、警報は警備会社と軍警察に直結し数分後には武装した警備員が駆けつけてくれる。それまで家の者は安全な一室で待機する。

家の内側と外に向けて大きく鳴り響く侵入・警戒アラームは、ひんぱんとは言えないが年に何回か作動する。幸いにこれまでは大事には至っていない。

悪天候時に家の古い扉や窓が強風で押し開けられたり、物が飛来してシステムに触れたり、鳥などの生き物がぶつかったり、家族の誰かが家のどこかを閉め忘れたり、逆にアラームを解除せずに窓や扉を開けた場合などに容赦なく咆哮する。いつも不快で不安な音だが、今朝のそれは取りわけて忌まわしく感じられた。

普段はそれほどでもない恐怖感が僕の全身を鷲づかみにしていたのだ。臆病な妻は今にも泣き出しそうだ。いつものことだが明らかに緊張感が違っていた。数日来、新型コロナウイルスに翻弄されている心労が、妻にもまた僕にも悪い影響を及ぼしていた。

僕の頭の中をすばやくよぎったのは、いま振り返って説明すれば「ウイルスの恐怖で混乱し萎縮している世の中の弱みに付け込んで賊が押し入ってきた!」という思いだった。それはいかにも現実味を帯びていた。普段は覚えない恐怖を僕が覚えたのはそれが理由だった。

アラームが鳴る度に怯える妻と違って、僕がいつも割りと平常心でいるのは、決して僕が勇敢な男だからではない。僕は警報システムと警備員の能力を信頼し、頑丈に作られている避難部屋の安全に自信を持っているのだ。

事態は次のように動く。

警報のスイッチが入って、けたたましい非常ベルが鳴る。すると、即座にと言ってもいい速さで固定電話が鳴る。
受話器を取ると警備員の声が「どうしました?」と訊いてくる。
「分からない。安全な部屋に移動する。誰か送ってくれ」とこちらが答える。
「暗証番号は?」とすぐに向こうが問う。こちらが暗証番号を言うと電話の相手は畳みかける。
「あなたはどなたですか?」。こちらが名前を言うと、
「分かりました。すぐに向かいます」とつづく。
警備員は電話に出るのは僕か妻でなければならないと知っている。だから暗証番号に加えて名前も訊く。電話に出たのが屋内に侵入した賊ではないことを繰り返し確認するのだ。

時間が少しずれたり、こちらの都合で固定電話に出られなかったりすると、彼らは僕の携帯電話に連絡を入れてくる。その時には僕は十中八九妻を連れて避難部屋にいる。そこに待機していると、数分も経たないうちに再び僕の携帯電話に連絡が入る。「いま着きました。これから見回ります」と警備員は言う。彼らは拳銃を頼りに家周りを点検し、最後に庭に入ってくる。門扉の合い鍵を持っているのだ。

僕は警備員の懐中電灯の明かりを確認して庭に出る。彼らとともに、だが彼らが先に立って、僕らは階下の家の扉を開け、裏庭に回って一帯を点検する。安全が確認されたところで、警備員は出動証明書に必要事項を書き込んで僕に渡す。そして帰っていく。

そうした一連の動きが過去に何度も繰り返され、手続きが確実に実行されてきた。警備員はいつも落ち着いていて且つ勇敢だ。闘争や銃撃に自信を持っていることがひと目で分かる。僕は彼らを信頼し、そのために警報が鳴っても、妻とは違ってあまり慌てることがないのである。

今朝も手順は正確に実行された。だが一点だけ違った。僕は避難部屋の一角に厳重に仕舞ってある猟銃を手に庭に出たのだ。普通はそういうことはしない。なぜなら彼らが家の周りを点検した時点で何事もないのなら、ほぼ100%安全が確認されたと分かるからだ。

彼らはその後に庭に入ってくる。僕は懐中電灯と、せいぜい携帯電話などを持って警備員に会いに行く。裏庭を確認するのは念のためだ。裏庭は彼らが既に周回した道順に隣接しているが、内部からも点検してさらに安心したいのだ。

そんな慣習にもかかわらず、僕は今回は猟銃を持って庭に出た。不安だったのだ。そこでも新型コロナウイルスの脅威が明らかに心理を圧迫していた。猟銃はもちろん合法的に手に入れた登録済みのものだ。狩猟が目的ではなく、銃の扱いを習うために手に入れた。が、自衛の目的も完全にないとは言えない。それでも普通は猟銃を持ち出すことはしない。

朝4時前後の闇の中で覚えた恐怖感は、今この文章を書いている昼前の明るみの中では少しも感じない。むしろ強い恐れを抱いたのが異様に思えるほどだ。だがそういうことがごく容易に起きる現実が、Covid19に呪われた今のイタリア社会を如実に物語っているように思う。

アラームが作動したのは、妻が普段は閉まっている幾つかの窓を昼間のうちに開け放って風通しをして、そのまま忘れたからだった。彼女がそうしたのは新型コロナウイルスを意識してのことだ。ウイルスは風通しを良くしたほうが増殖しにくい、と聞いていたのだという。開いている窓から飛び込んだ蝙蝠か梟か何かにアラームが反応したのだろう。あたりにはごく小型の蝙蝠や梟が出没する。昼間は鷹も飛び交う。ブドウ園が有機栽培に変わってから野生動物の数は一段と増えたようだ。

昨日はもうひとつの“事件”もあった。

昼過ぎにふいにインターネットが使えなくなった。それもまた珍しいことではない。わが家では古い電話回線を使っているため、モデムやPCの状態とは関係のない支障もよく起きる。なにしろ光ファイバーが最近導入されたが、それは道路の向こうまでのサービスに留まっていて、自家までは入って来ないという情けない状況だ。

しかし、わが家には2つの回線がある。自宅と僕の仕事場兼書斎に引かれた2回線だ。全く違う系統のラインなので、一方が使えなくなっても片方は大丈夫、という場合がほとんどだ。ところが昨日は両方の回線が落ちた。その事実にひどく打ちひしがれた。その場の状況も不安だったが、この先コロナウイルス騒ぎがさらに沸騰して、インターネットが使えなくなるのではないか、という妄想がふいに脳裏に浮かんだのだ。

それは電気が停まってテレビが消える連想を呼んだ。そこからまた連想がはたらいて、わが家にはラジオがないことに思い至った。CDプレーヤーとセットになっているラジオを、下の息子が持ち出して行ったのだ。もう数年も前のことだ。そうすると非常事態に陥ったとき、わが家には情報入手の手段がない、と思いはどんどん進んだ。

恐慌に落ちそうな気持ちを抑えて、日本のNTTにあたるテレコム(TIM)に電話をした。女性オペレーターが出て、今日からテレワーク中だという。もちろんCovid19絡みだ。こちらの状況を詳しく説明し、2つある回線の両方が使えなくなったのは初めてだ、と締めくくってから、試しに言ってみた。「まさかウイルスの影響じゃないでしょうね」。

声から若い女性と想像できる電話の相手は、ふいに絶句した。怖がる息遣いが聞こえてくるような異様な雰囲気。反省して「冗談ですよ」言いつつ声に出して笑った。すると相手も明らかにほっとした気配の笑いを返し「分かっています」と照れたような声を出した。

彼女は遠隔操作でいろいろ試みた後、回線やモデムには何も問題はないようだから、一度コンピュターをOFFにしてみてくれと言う。言われた通りにすると、あっさりとインターネットが回復した。

次に同じ家屋内にある自宅の回線もチェックしましょうと告げられて、仕事場から自宅に移動してコンピュターの前に腰を下ろした。つながったままの携帯電話を耳に押し当てながらインターネットを起動した。するとオペレーターの操作を待つまでもなくラインは既に回復していた。

女性オペレーターの的確な対応に何度も礼を言い、ウイルスにくれぐれもお気をつけて、と念を押して電話を切った。

ここ2週間ほどの間にイタリア社会の何かが壊れて、あることないことの全てが新型コロナウイルスの悪意に操作されているのでもあるかのような、不快な現象が見え隠れしないでもない。気をつけないとまずい、と僕はしきりに自分に言い聞かせているところである。。


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心折れる週末を生きる 



A4ヒキと中ヒキ400づつを合成


イタリア全土に苛烈な移動制限に象徴される重い隔離・封鎖・監禁令が出されて初の週末を迎えた。

土曜日の昨日は、朝早い時間は一見なんの変哲もない週末の始まりに見えた。が、9時頃から「不要不急の外出を控えてください。自宅に留まって週末を過ごしてください」と繰り返しスピーカーで呼びかける役場の広報車が通った。

今日は3月15日。日曜日。朝6時現在のイタリアの新型コロナウイルス感染者数は:
前日から3497人増えて21157人。死者の数は1441人、回復した者が1996人。

治癒者が死者の数を上回っているのがわずかな光明だが、感染爆心地のここロンバルディア州では医療崩壊が間近に迫っている。いや、もう始まったと言うほうが正しいのかもしれない。病院に運び込まれるCovid19患者の数が収容能力の限界に達しているのだ。

朝5時半起床。シャワーを浴びて朝食の後、イタリア随一とされる新聞Corriere della Sera の電子版が伝える、AM6時のCovid19関連リアルタイム状況をチェック。それが上記の数字だ。

その直後、思いついて家の南窓からA4高速道路の交通量を確認した。それが冒頭に掲載した2枚の写真である。同じポイントをヒキとヨリで切り取っている。

A4高速はミラノとベネチアを結ぶ自動車道。イタリアで最も重要な高速道とされる。1日24時間常に交通量が多い。文字通り片時の休みもなく大小の車が高速で行き交っている。

窓を開けて耳を澄ますと、A4高速を疾駆する車の音が重なって風の口笛のように響く。ガラス窓を閉めるとその音は聞こえなくなる。わが家から高速道路まではそういう距離である。

A4高速はミラノを経てトリノからフランスまたスイスへと通じ、ロミオとジュリエットの街ベローナを介してオーストリアへと伸びる。そこからドイツ他の北欧各国につながる。

またベネチアからはスロベニアを横断して東欧全域へと伸びていく。A4自動車道はイタリア経済の担い手である北部イタリアと、欧州全体を結ぶ経済の大動脈なのである。

イタリアの高速道路網の中では、太陽道とも呼ばれるA1高速が最もよく知られている。それはミラノからローマに直結し、さらにナポリほかの南イタリアへと伸びるもう一つの大動脈。

A1自動車道は、南下するに連れて輝きと熱気を増していく陽光を追いかける、いわばバカンス・ロード。だから“太陽道”なのである。

わが家はミラノとベニスの間のミラノ寄りにある。高台になっていて、写真のように窓から東西に走るA4高速道が見える。晴れた日には地平線の彼方にアペニン山脈の山々を望むこともできる。

冒頭にある右の写真中央、2軒の家の間の向こうに見える明るい四角の箱は、A4高速道を左のベネチア方向から右のミラノ方向に向けて進む大型トラック。まだ夜が明けきらないため荷台を電気で飾りつけて走っている。

トラックの姿は5分近く待ってようやく捉えることができた。普段なら5分の間には、たとえ真夜中や早朝でも数え切れないほどの車両が高速で駆け抜ける。

ところが、今朝はほとんど車の姿が見えなかった。それは日曜日の早朝という時間帯のせいだけではない。イタリア全土が新型コロナウイルスに直撃されて呻吟し息をひそめているからだ。

わが家の北の窓によると、スキーリゾートのあるカンピオーネ山がすぐ近くに迫り、遠方には前アルプス(アルプスへと伸びる北イタリアの連山)の山々の峰が望める。

またわが家の西の角には僕の仕事場兼書斎がある。そこの窓に寄ると自家のブドウ園が真下に見え、それは集落の家々の連なりを経て他家の広い何枚ものブドウ園へと伸展していく。

広大なブドウ園の連なりの中を練ってのびる道路上には、今この文章を書き進めている午前11時現在、車の往来がない。ましてや人影など文字通り皆無だ。

窓から見えている村の集落内にも10人余りのCovid19患者がいる。そしてその先のミラノ方向に広がるロンバルディア州の全体は、いつ起きてもおかしくない医療崩壊の恐怖と死の影におびえている。

むろん窓から眺める村の集落もロンバルディア州の一部なのだが、表面はまるで平和ボケに浸る幸せな田園地帯、とでも形容したくなるような穏やかな景色だ。

週末なのに僕の心は全く弾まない。弾むどころか沈うつそのものだ。それでも先刻、ほんの少しほっとする知らせがあった。

自己申告の外出許可証(外出趣意書)を携行すれば、住民票のある村以外の場所での買い物も可能だ、と友人がSNSで知らせてきたのだ。

厳しい移動制限下では、基本的には自分の住まう自治体内での買い物が原則だが、スーパーマケットで食料などを購入する場合は、少し離れた地域でも許されるとのこと。

僕は自分の村の集落内にあるスーパーでの買出しを、少し重荷に感じていたからほっとした。そこは店内スペースが狭い上に品揃えも薄い。僕がほしい鮮魚などは扱ってさえいない。

だが品揃えの貧弱は実はそれほど問題ではない。気になるのは店の規模だ。田舎とはいえ村里の内に建つ店は土地が狭く、従って店舗も小さい。中では買い物客が押し合いへし合い動く、という印象がある。

普段ならその状況は、家族的で友好的、というふうに捉えることもできるだろう。が、コロナウイルスが猛威を振るう現状では少し気が引ける。移動管制下の今は、店内に入る時は「列を作って1人づつ順番に進む」というルールはあるものの、できれば人混みは避けたい、というのが人情である。

そんなわけで、やや下賎で且つしみったれた根性だと我ながらいやにならないでもないが、郊外の広々としたスーパーで買い物ができるらしい知らせが嬉しい。買い物とはほとんどの場合食料の買出しだ。今のところはその予定はないが、重苦しい空気の中でのささやかな朗報、と感じ入っている。


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銃声の聞こえない戦争 



ハトつかもうとする手


イタリアの新型コロナウイルス感染者数は3月11日、ついに1万人超えの節目を経て、さらに増加を続けている。ロンバルディア州ほか北部の一部地域に限られていた移動制限などの厳しい隔離・封鎖措置は、全土に拡大施行された。

3月9日、僕はこのブログ
「封鎖地域内に閉じ込められたとはいうものの、僕の暮らしにはそれほどの変化はなく、隔離されたという実感もない。それはおそらく封鎖域がイタリアでも最大級の、且つ人口も1000万人以上になる、ロンバルディア州の全体であることが理由なのだろう。一昨日初めて感染者が出て、今日までに3人に増えた僕の住まう小さな村がその対象であったなら、きっと強い窒息感に見舞われていたことだろう」

と書いた。

ところが個人の移動制限を柱とする規制は翌10日から徐々に強められ、またたく間にイタリア全土に適応されることになった。住民はそれぞれの住まう自治体(日本の市町村)内に留まることを義務付けられた。仕事や病気やその他の緊急事態が理由の移動は許されるが、移動許可証を携帯しなければならない。僕はあっという間に自分の住まう小さな村に閉じ込められることになったのである。

第2次世界大戦以来ともいわれる厳格な規制措置 の内容は、 まず今述べたうむを言わさない厳重な移動管制。結婚式や葬式を含む全ての集会の禁止。カフェ、バール、レストラン、美容院、また日常必需品店以外のあらゆる店の完全閉鎖。

一方、営業できるのは薬店、スーパー、食料品店。ほかにはガソリンスタンド、自動車修理工、キオスク(新聞売店)、タバコ屋、銀行など。またバスや列車などの公共交通機関はストップしない。さらに配管工など日常生活を支える職人も活動を許される。

タバコ屋が開くのが不思議だ。その措置は税収を失いたくない国の思惑の表れかもしれない。あるいはまた、どうせ不可解なコロナウイルスに殺される命なら、せめて正体が明らかなニコチンで国民を殺してやろうという国家の親心かも、と嗤いたい気がしないでもない。

全ての国民は住まいのある自治体(市町村)内での移動のみが許される。たとえ隣の町や村であっても訪問は許されず、必要不可欠な場合のみ許可証(自己申請)持参で通行できる。必要不可欠な場合とは、仕事や病気や事故などにまつわる移動のこと。

要するに全ての国民は、不要不急の外出をせず基本的に自宅に留まれ、ということである。違反した者は3ヶ月の禁固刑、または重い罰金が科される。今のところ前述の禁止条項に当てはまらない業種での就労は認める、としているが状況によってはさらなる締め付けが予想される。

僕は今回の規制のおかげで、普段買い物に出かける5軒のスーパーの全てが、自分の住む村ではなく隣接する自治体内にあることを初めて知った。仕事でもプライベートでも遠出をすることが多く、足元の村のことをほとんど知らなかったのだ。それらの店は全て車で10分以内の距離にあり、規模が大きく品揃えも豊富だ。

今後は村内のスーパーで買い物をしなくてはならない。人口1万1千の村の領域はそれほど狭くはなく、スーパーもいくつかある。だがどの店も規模が小さく、鮮魚をはじめ多くの品が置かれていない。それが僕の足が遠のく主な理由だったが、これからはそこだけが頼れる場所になってしまった。今は我慢するしか方法がない。

買出しの不便を除けば、しかし、僕は移動制限ほかの封鎖措置にそれほどの不自由は感じない。仕事も家でできるもの以外は全てキャンセルするか延期にした。それは僕の都合のみならず、相手の都合もからんでの成り行きである。なにしろ誰もが厳しい隔離・封鎖、また規制の中に置かれている。お互い様なのだ。

今日3月13日AM6時現在のイタリアの総感染者数は15113。このうち1016人が亡くなり1258人が治癒した。従って感染者の実数は12839人である。この数字は中国以外ではイランや韓国を抜いて最も高く、感染者が激増しているフランス、スペイン、ドイツなどに比較してもまだ圧倒的に多い人数である。

そうしたシビアな現実を前にしては、峻厳な首かせも致し方ないと考える。不便だがおそらくそれらは必要な規制だ。予防措置や防衛手段や安全保障策は、過剰すぎるぐらいのほうがちょうど良い。なぜなら危機が過ぎた後で「大げさだったね」「バカだったね」と皆で笑い合うほうが、その時になって泣くよりも1億倍も望ましいからだ。

さらに言えば、それは保険と同じで、必要になった時にあわてて入ろうとしても、もう既に遅いのである。



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イタリアの危険度



則イラスト鼻毛up300


デマの元になりかねないような言動はしたくないが、少し気になることがある。

イタリア時間3月12日AM6時現在の新型コロナウイルス感染者数は12462人である。一方中国のそれは80932人。

そこでのイタリアの人口は約6千万人。中国の人口は約14億人。つまりイタリアの約23倍である。

すると人口比で単純に中国のあるべき感染者数をかぞえると、イタリアの23倍の約28万7千人でなくてはならない。だが実際には前述の80932人。

片やイタリアのあるべき感染者数は約3464人。だが実際には12462人もいる。

イタリアはもしかして、中国をはるかに上回る危険の中にいるのではないか。

国内の格差の問題や医療の質、また全体を均らしたときの両国の富の真の実力等々を考慮に入れれば、上の数字はあまり意味を持たないのかもしれない。

またこういう数字の比較が疫学的に意味があるのかどうかは知らない。

それでもイタリアのCovid-19の死亡者が多い不思議と同じように、気が滅入る数字の並びにも見えて仕方がない。


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Covid-19との戦い~イタリアの初動は間違っていたのか


「COVID-19」注射pixabayフリーimage600



《3月初旬執筆記事》

イタリアの感染者が極端に多いのは、ウイルス検査が厳しく実施されているという面もあるが、いずれにしても感染者が多いことには変わりはない。今後欧州の国々で検査が多数行われれば、感染者の数も増えることは必至だろう。

イタリアには世界に先駆けて中国便をシャットアウトした政府の果断な処置を、パフォーマンスを重視しただけの失策、と批判する声もある。それよりも第1号患者を隔離する処置こそ優先されるべきだった、と批判者は言う。それは第1号患者が多くの人にウイルスを移してしまったことへの不満が言わしめる言葉だが、決して間違ってはいない。

とはいうものの、中国便を即座に排除していなければ、イタリアの状況はさらに悪いものになっていただろう。少なくともその措置そのものが悪影響を及ぼした事実はない。第1号患者を隔離しなかったのは、中国便の全面禁止措置とはまた別の論点だ。

批判者はまた、第1号患者が引き起こした集団感染が明らかになるや否や彼の住む町と周辺地域をイタリア政府が直ちに封鎖し、学校や図書館などの公共施設も閉鎖かつレストランやカフェなどの営業も禁止あるいは規制するなどした、スピーディな動きにも不満をもらす。

集団感染が起きたこと自体が、失策だというのだ。だが38歳の第1号患者には中国への渡航歴はなく、従って新型コロナウイルス感染者とは見なされず、普通のインフルエンザ患者として扱われて感染が拡大した。

そのこと自体は決してほめられるべきことではない。が、当時イタリアでは、中国人旅行者夫婦と武漢から帰国したイタリア人若者1人の合計3人が感染確認されているに過ぎず、しかも彼らは集団感染が起きた北イタリアの町からは遠い首都ローマで隔離、治療を受けていた。

そうした状況の中で、後に第1号のCOVID-19患者と判明する38歳の男がインフルエンザらしい症状で入院した。そして不幸にも無防備だった医療スタッフに彼から新型コロナウイルスが移った。のみならず彼は入院以前に既に、彼の妻を含む身近な人々にもウイルスを移してしまっていた。

後に「巨大事件」の始まりだったことが明らかになる北イタリアの小さな町のエピソードと経緯(いきさつ)を、病院のひいては政府の失策と決め付けるのは筋違い、と僕には見える。ジュゼッペ・コンテ政権が、11の自治体を速やかに丸ごと封鎖して戒厳令並みの厳しい監視下に置いたのは、決して間違いではない。

間違いは中国の「一帯一路」構想への政権の対応であり、それは医療や危機管理ではなく政治判断の誤りである。たとえ遠回しにしろ封鎖隔離を批判するのは、その厳しい管制下でじっと我慢をし、今も我慢を続けている5万人の住民への侮辱、とさえ言える。

いわば不可抗力とも言える、第1号患者を発端とする集団感染の拡大とは別に、初動に大きな間違いがあったとすれば、第1号患者にウイルスを移した0号患者がついに発見できなかったことだろう。彼は前者と共に、あるいは彼以上の勢いで人々を感染させた可能性もある。

また、第一号患者のほかに、当時イタリア中に多くいた中国人観光客やビジネスマン、また文化・観光イベント関連の多くの中国人スタッフの中にウイルスに感染した人々がいて、そこからも同時に感染が広まった可能性もある。それらの見えない感染者は全て0号患者である。少なくとも0号患者と同じミステリアスな存在である。

爆発的な感染が次々と発生している今となっては、真の0号患者を含むそれらの「0号患者たち」を確定することはもはや不可能だろう。将来の研究ではあるいは明らかにされるのかもしれないが。ともあれ今この時は、もはや0号患者は重要ではなく、感染爆発の阻止が最大の課題であることは言うまでもない。

不動こそ今イタリアにあるべき行動である


祈りPixabay650pic


2020年3月10日AM6時現在、イタリアのCovid19患者は前日より1797人増えて合計9172人に。また死者の総計は463人。

ロンバルディア州が事実上封鎖された3月8日から9日にかけては、1日の死者数が133人にも上って欧米のメディアが大きく取り上げる事態になった。

9日から今日にかけての増加数は97人。依然として死者の数は多く、死亡率も異様に高い。が、ともあれ、1日あたりの増加は133という数字よりは低くなった。133人増がピークであったことを祈りたい。

イタリアのCovid19の死者のほとんどは、これまでのところ基礎疾患のある高齢者だ。死亡者数が多いのは、イタリアが欧州随一の高齢化社会だから、という説明がなされる。

その説は今のところ、当のイタリアを含む欧州内のほぼ定説になっている。だが僕は、個人的には違和感を禁じ得ない。死者の数が余りにも多い。それは将来考察されるべき事案ではないかと思う。

高齢者を含むCovid19の患者は、封鎖・隔離されたロンバルディア州を主体に増え続けて、医療体制の崩壊さえ懸念される危機に陥っている。

国と州は退職して年金生活に入っている医師に現場復帰を呼びかけ、看護学生などを含む医療関係者やボランティアの動員も進めている。

崩壊の危機にあるロンバルディア州の医療のレベルは、英国のBBCなどが「世界レベル」と形容するのを待つまでもなく、他の欧米先進国や日本などと同様に高い。北部のほとんどの州もそうだ。もっともそれは、残念ながら、南に行くほど下がるのだが。

ロンバルディア州ほかの地域が封鎖され、イタリア全体も非常事態の体制下にありながら感染拡大が止まないのは、多くの国民が移動や外出を控えないことも大きな原因の一つだ。

イタリアで先月、真っ先に封鎖されたロンバルディア州ほかの11の自治体の住民で、警察と軍の検問をくぐり抜けて夫婦2人でスキーに行ったケースや、南部の家族を訪ね歩いたりした者などがいる。

彼らは訪問先でCovid19を発症するなどして悪行が表に出たが、その前に移動中や立ち寄り先などでウイルスをばら撒いた可能性が高い。似たような悪行で表面化していないケースも必ずあるだろうから、事態は深刻である。

社交好きで活動的な国民性もウイルスの拡散に寄与していると考えられる。老若男女がそうだが、特にたとえば男性高齢者などは、バールと呼ばれるカフェに集まってワインを飲みつつ日がな一日カード遊びに興じる。

そうでない者は広場や公園に蝟集して、政治を語り噂話に没頭する。イタリア国民は女性に限らず男も極めておしゃべりで、井戸端会議が大好きなのだ。

外出をして社交にいそしみ活発に動き回るこの国の習俗は、人に会うときに握手をしハグをしまた互いに頬にキスをする習慣などと同様に、完全に歯止めをかけるのは難しい。加えてお上や権威の命令に従うことを善しとしない民族性もあるからなおさらである。

イタリアのみならず欧州全体でも初のCovid19の犠牲者となった78歳のイタリア人男性が先月、バールでの集いの間にウイルスに感染したと見られているのも象徴的な例のひとつだ。

また封鎖の検問を逃れて他州にスキーに行った、前述の夫婦のCovid19患者もイタリア的といえばイタリア的だ。「高齢者」と報道されているその夫婦は、家でじっとしていることに耐えられずにスキーリゾートへと逃亡したのである。

ロンバルディア州が封鎖される直前に、急ぎ感染者の少ない南部の実家に逃れた人々も多い。封鎖された後も抜け道を探って移動する者が続出しているという報道もある。彼らが無自覚にウイルスを拡散していないとは言えない。

そうした無責任で利己的な行動は、何もイタリア人だけの特権ではない。人間全ての性というものだ。が、時として自制心が欠落しているのではないか、といぶかるほどに自由奔放なイタリア人的メンタリティも、Covid19危機を増長させているのではないか、と僕は恐れる。

権威や権力を嫌い、規制や規則に縛られることを善しとせず、ちゃらんぽらんにも見える明るさで活発に行動するイタリア人はすばらしい、と僕は思い、だからこの国に住まうことを愛してもいる。だが今は、彼らに息をひそめてじっとしていてほしい、と願うばかりである。


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コロナウイルスは花を枯らさない

木蓮&アルプス中ヒキ各540を合成を又600に


2020年3月8日AM8時現在のイタリアのCovid19死亡者は233人。感染者の総数は5883人に上る。それは韓国に次ぐ世界3番目の数字。だが死亡者数は韓国よりも多い。

感染の拡大が止まないことを受けてイタリア政府は、ロンバルディア州全体とその近隣の北部の州、14県の封鎖・隔離を決定した。

合計約1600万人の住民が4月3日まで居住地域からの移動を禁止され、違反者には3ヶ月の禁固刑が科されることになった。

ロンバルディア州内に住む僕も州境を超えての移動ができなくなった。

住民の移動制限ばかりではなく、封鎖地域内では全ての学校(大学を含む)、体育館、プール、博物館、スキー場、ナイトクラブ等々が閉鎖され、結婚式や葬式を始めとするあらゆる宗教儀式も禁止。

レストランや喫茶店などは午前6時から午後6時まで営業してもよいが、客席は最低1メートル以上離して設置しなければならない。

とはいうものの、住民はできるだけ自宅に留まり、特に75歳以上の高齢者や65歳以上の病弱者は外出を控えること、と強く要請されている。

高齢者が敢えて名指しで注意を喚起されるのは、イタリアのCovid19死亡者が群を抜いて多く、しかもそのほとんどが老人であること。またイタリアが欧州で最も高齢化の進んだ社会である現実があるからだ。

封鎖地域内に閉じ込められたとはいうものの、僕の暮らしにはそれほどの変化はなく、隔離されたという実感もない。

それはおそらく封鎖域がイタリアでも最大級の、且つ人口も1000万人以上になる、ロンバルディア州の全体であることが理由なのだろう。

一昨日初めて感染者が出て、今日までに3人に増えた僕の住まう小さな村がその対象であったなら、きっと強い窒息感に見舞われていたことだろう。

加えて実は僕は、2月から3月にかけて日本に帰る予定だった。そのために今の時期のスケジュールはほぼ空白になっていて、移動計画などもない。だから余計にプレッシャーを感じない。

しかしながら普通に働き活動している人々にとっては、移動制限を始めとするさまざまな日常生活の規制は、大きな犠牲を強いられるものだろう。

はからずも今日3月8日は女性の日。イタリアでは女性に黄色いミモザの花を贈って祝う。だがCovid19騒ぎでどこもかしこもそれどころではない様相。

それでも春の息吹はあたりに充満していて、日差しもけっこうまぶしく暖かい。ブドウ園に隣接するわが家の庭にも、ピンクの木蓮の花が咲いている。

また窓から望む前アルプスの山々(南アルプスへと続くイタリア北部の連山)も、頂はまだ雪に覆われているものの、木蓮に注ぐ暖光と同じ光に包まれて、春の精気を発散させている。

コロナウイルスは花を枯らすことはできない。季節の行く手を阻む力もない。それどころか、輝かしい春の陽光に焼き尽くされて、あるいは消滅してしまうかもしれない。

たとえ消滅しなくても、花の香と季節の活気を味方につけた人々の知恵が、必ずそれを撃滅することだろう。撃滅すると信じて隔離封鎖の不便を受け入れていこうと思う。


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正念場か、イタリア



校長文章挿入のウイルス写真


2020年3月5日AM7時現在、イタリアの新コロナウイルス感染者は3089人。COVID-19による死亡者は107人に上昇。 これは過去24時間で28人が新たに死亡し587人の新規感染が確認されたことを意味する。

ここ数日は感染者は毎日およそ500人単位で増え続け死者の数も多い。どちらも不安な傾向だが、実は治癒した人もこれまでに276人と増えてはいる。少しの朗報か。

感染はついに僕の住まう人口約1万1千人の村(※1)にも及んで、昨日村で初めてのCovid-19患者が出た。いつかこうなるかもと予想していたから、やっぱり、という思いと、まだ信じられないという思いとが交錯する暗うつな心境を持て余している。

僕の住む村から封鎖されているロンバルディア州の感染爆心地までは、直線距離で50キロメートル余り。すぐそこと形容してもいい近さだが、ここまで普段通りの生活をしてきているため緊迫感はなかった。だが居住地の村に患者が出たことで少し状況が変わり始めた。

村での感染者発生のニュースを追いかけるように、封鎖されている北部の11自治体に課されているルールを全国にも適用する、とイタリア政府が決定した。そのせいで事態の深刻さをあらためて思い知らされた気分もある。

全国に適用するルールとは即ち、大学を含む全ての学校の閉鎖、図書館や博物館などに始まる公共施設の公開規制や閉鎖、イベントや集会の禁止、レストランやカフェやバーなどの閉鎖または営業短縮など、など。

また人との挨拶の際に握手やハグや頬へのキスを避けるように、という要請も政令に盛り込まれた。さらに人と会う時には1メートル以上の距離を置き、75歳以上の高齢者や持病のある65歳以上の人は外出を控えること、ともしている。

少しばかげたように見える条項まであるそのガイドラインは、COVID-19に取り憑かれたイタリアの必死の思いがてんこ盛りにされているようで、少々悲しい。だが、人々は真剣に実行しようとしているような雰囲気だ。

昨日、スーパーを巡って買出しをした。店はどこも平穏そのものだった。「感染爆発」と僕が形容している集団感染明らかになった直後の24日にも同じような行動をした。その時は幾つかの店の精肉売り場に異変があった。製品棚が空だったのだ。

それは週末の感染爆発騒ぎに不安を覚えた人々のパニック買いの結果のようだった。が、よく考えてみるとこの国には、金曜夜から日曜日の間に食料を食べ尽くした人々が、週明けの月曜日にどっと買い物に出る習慣がある。だから肉売り場の異変はその習俗も重なっての現象だったのではないか、と静かな店内を見回していまさらながら思ったりした。

ついでに県庁所在地の街まで足を伸ばした。車で20分ほどの距離だ。中華食材店で豆腐を買おうと思ったのだ。だが豆腐はなかった。新鮮な豆腐は火曜日と金曜日にミラノから運ばれる。しかし金曜日もまた前日の火曜日も配達がなかったとのこと。むろんCOVID-19が原因だ。

店は閑散としていたが、以外にもイタリア人買い物客が2,3人いた。中華食料品店はあまり込み合うことがないので静寂は気にならなかったが、店員が皆マスクをしているのが印象的だった。イタリアも他の欧米諸国と同じで人々がマスクを付ける習慣はない。COVID-19騒動でさすがにそれを付ける人は増えたが、基本的に異物扱いで敬遠される。

店員の中国人たちは、多人数の客に接するので防御のためマスクを付けているのだろうが、普段とは違って胡散臭く感じたのは、こちらの心理の微妙な波立ちのせいだろう。ちなみに僕を含む客は誰もマスクを付けていなかった。

じわじわとあたりの空気が淀んでいくようないやな気配がイタリア中に漂い始めている。COVID-19はまだ得体が知れずワクチンもない。それがいやな気配の正体だが、冷静にしていれば近い将来必ず平穏が戻るに違いない。だが人々の不安は消えない。

不安感があたりに暗いものを呼び寄せている。そうした中、人々の心に明かりを灯すような出来事もあった。COVID-19の蔓延を受けて休校となったミラノの高校の校長が、社会の現状を過去のペスト流行時の恐怖になぞらえ、デマに振り回されることなく冷静に行動するように、と学校のホームページを介して全校生徒に語りかけて感動を呼んでいるのだ。

ペストは繰り返し欧州を襲った疫病である。14世紀の流行では欧州の人口のおよそ半分(3割~6割と学説に幅がある)が死滅し、世界で1億人が死亡したとされる。イタリアでは人口の8割が死んだ地方さえある。校長先生は、ペストに襲われた17世紀のミラノの混乱とパニックと恐怖を描いた小説を引き合いに出して、デマや妄想や集団狂気に惑わされることなく、普通に日々を送りなさいと生徒に伝えている。

校長はまた、現代の医学は14世紀や17世紀とは格段に違って進歩している。それを信じて休校のあいだ理性と秩序に基づいた生活を送り、読書をし、また機会があれば散歩に出かけて日々を楽しみなさいと言う。それでなければペスト(即ちCOVID-19)が私たちを打ち負かしてしまうかもしれません、とも訴えた。

今イタリアに、また日本に、そして世界に求められているのは、まさにこの校長の主張する「デマに惑わされず冷静に普通に社会生活を送ること」である。それができれば、さらなる感染の拡大でさえ、恐るる足らず、と構えていられるのに。。と確信を持って思うのはおそらく僕だけではないだろう。


※1:イタリアには市町村という名称はなく、自治体は全てComune(コムーネ=コミューン)と呼ばれる。ローマやミラノなどの大都市も人口数百人の小さな集落も全て同格のComune(自治体)である。僕は自分の住まう田園地帯のComuneを勝手に「村」と規定している。



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自主規制



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2020年3月4日AM7時現在、イタリアの新コロナウイルス感染者は2502人。COVID-19による死亡者数は79に上昇。 これは過去24時間で27人が新たに死亡し400人以上の新規感染が確認されたことを意味する。

回復した者も160人いる。従って感染者実数は2263人。またイタリアでは現在までに25800余人がウイルス検査を受けた。つまりそのうちの約10%が陽性だったことになる。

感染者のうちおよそ1000人は症状が軽いか無症状で、家庭内に留まり自主的隔離している。平行して1034人が入院。229人が集中治療を受けている。

イタリア政府は完全封鎖されている北イタリアの11の自治体に課されてきた規律を、今後一ヶ月間全国の自治体に一律にに義務付けるかどうかを検討していると発表した。

僕はこのブログを含むSNS上で、イタリアのCOVID-19関連情報を発信してきた。その際、新型コロナウイルスに対する不安を象徴的に表すような絵を敢えて使ってきた。

それはウイルス禍が速やかに消え去ることを信じつつ、恐怖に押し潰されないように殊更にそれを笑い飛ばす、という意味合いを込めての投稿だった。

だが日伊を含む多くの国々での感染拡大は止まず、むしろ加速する状況である。残念ながら犠牲者も増え続けている。そうした中では僕の記事の絵の意図が伝わり難くなっていると感じる。

それどころか、見方によってはあるいはそれを不謹慎と感じる人もいるかも知れない。そこで将来COVID-19が克服されて世の中が明るく平穏になるまで、行過ぎたように見える絵をいったん削除しようと思う。

了解をお願いします。


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止まらないイタリアの武漢化


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2020年3月1日AM8時現在のイタリアの新型ウイルス感染者は1128人。このうち死者は29人。多くは基礎疾患のある高齢者である。また治癒した者は50人。なお感染者1128人にはこれらの治癒者も含まれる。

治癒した人々を除いてもイタリアの感染者数は千人を越えた。相変わらず中国、韓国に次いで世界3番目の感染者数だ。

また、数字は週末初めのデータなので、日曜日の今日の実際の感染者数はさらに増えていると考えられる。

ちなみに同時点での世界中の全ての感染者数は86983人。このうち中国本土の感染者数は79824人、韓国が3526人、日本はクルーズ船関連を除いて241人である。

イタリアの新型コロナウイルス感染者数は、2月21日から22日にかけて、それまでのわずか3人から229人へと爆増した。北部ロンバルディア州の小さな町で集団感染らしいケースが発生したのだ。

イタリア政府は即座に町とその周辺自治体を封鎖した。警察と軍隊が出動してのシビアな動きである。非常事態を通り越して戒厳令の様相さえ呈していた。

イタリア政府はそれ以前の先月末、中国での新型ウイルス感染爆発が明らかになるや否や、世界でいの一番に中国便を全面禁止にした。その動きは中国を激怒させると同時に世界を驚かせた。

その素早い決断は、主としてパンデミックへの恐怖からなされたものだった。イタリアの果敢な措置は、ウイルスをシャットアウトするのに有効なものに見えた。ところがそのときには既に遅く、イタリアには中国発の新型ウイルスが多く侵入していた、という状況であったように見える。

それがロンアバルディア州での感染爆発になった。そればかりではない。厳しい封鎖措置で同地域からの感染拡大は阻止されているはずなのに、感染は場所を選ばずに広がっている。そのことがウイルスの以前からの深い侵入また浸透を表していると言えなくはないか。

なぜ欧州の多くの国の中でイタリアがあっけなくcovid-19の巣窟になってしまったかを考えると、僕はどうしてもイタリア政府の失策を指摘せざるを得ない。

イタリア政府は2019年3月、低迷する経済へのテコ入れを主な理由に中国の「一帯一路」への支持を表明。さらに一歩踏み込んで、G7国として初めて中国政府と連携する旨の覚書を交わした。

「一帯一路」構想に対するEUやアメリカなどの警戒感に不安を抱いていた習近平政権は欣喜雀躍。イタリアとの友好を急速に且つ強力に推し進めた。結果、中伊の関係は深まりヒトとモノの往来が急増した。

イタリアは欧州の他の観光大国をあっさり追い抜いて、中国でもっとも人気の高いヨーロッパの訪問先となり、中国人観光客も急激に増えた。その結果イタリアは、フランス、スペイン、イギリスなどの観光人気国を尻目に、Covid-19にも深く愛される国になってしまった。。

今のところ僕のこだわるところを指摘する論者はイタリアにはいない。あえて言えば、ミラノの生体医療専門家が、新型コロナウイルスは遅くとも1月半ば頃にはタリアに侵入していた可能性が高い、と主張していることぐらいだ。

さらにそのことに関連して、新型コロナウイルスは中国では昨年の12月ではなく、夏の終わりから秋口にはすでに蔓延していたかもしれない、と言い出す医療専門家もいる。たとえそうだとしても、恐らく中国は永久にそれを認めることはないだろうが。。

だがイタリアに新型コロナウイルスが早い時期から侵入していたかどうかについては、今後調査研究が深まる過程で明らかにされる可能性がある。いうまでもなく今重要なことは感染拡大の終息であって、ウイルスの襲来時間の解明ではないけれど。

イタリアにウイルス感染が拡大した不幸は、あるいは単純にイタリアが安全対策を怠ったことが理由なのかもしれない。あっと驚くような優れた部分と、間の抜けただらしない面を併せ持つのが、イタリアという不思議の国である。

世界で初めて中国便をシャットアウトする危機管理能力の高さを示す一方で、破れた網で新型コロナウイルスを一網打尽にしようとするような、杜撰な防御策があるいは実行されたのかもしれない。その答えは遠くない未来に必ず明らかになるだろう。



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0号患者違い



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イタリア北部の11の自治体が封鎖される原因となった集団感染の0号患者について誤報があったので訂正しておきたい。

2月22日のエントリー「イタリアの落とし穴」で僕は:

“最近中国から帰国した38歳のイタリア人男性が新型コロナウイルスに感染していた。男性の妊娠中の妻も感染。また男性が所属しているスポーツクラブのメンバーにも感染していることが次々に明らかになっている”
と書いた。

そこで言及した38歳のイタリア人男性とは、いわゆる0号患者(インデックス・ケースindex case)のことだった。だが正確には彼は、集団内の最初の患者である0号患者ではなく、第1号患者。

38歳の男性は中国に行ったことはなく、彼が発病前に会っていた友人の男が上海を訪ねていた。するとその友人の男が最初の患者、つまり0号患者と見られたのだが、ウイルス検査は陰性と判明。そのため38歳の男性がどこでどのように感染したのか分からないまま、感染拡大が続いている、というのが今現在の状況である。

なお当初の情報では、38歳の男性は武漢を旅した、となっていたがそれは友人が訪ねた上海の間違いだったようだ。ふいに感染者が続出した混乱の中で、世界恐慌の震源地である武漢の名がごく自然に独り歩きをした、ということなのだろう。

なお、0号患者である可能性がある上海帰りの友人が、陰性と判断された後も繰り返し検査を受けたがどうかは不明。ウイルス検査には間違いが多いという情報がある。日本のクルーズ船の乗客の検査でも、最初の検査は陰性で2回目に陽性と出たケースがあったのではないか。

イタリアの医療のレベルは高く、十分に信頼に値する。またペストなどの伝染病と戦ってきた歴史もあり、他の欧州の先進国と同様に疫病の調査、予防、治療にも熟達している。従って0号患者かもしれない上海帰りの友人の扱いに抜かりはなかったとは思う。が、少し気にならないでもない。


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パニクらないパニック



イラスト白黒ぎゃ~


2020年2月25日(伊時間)現在、イタリアの新型コロナウイルス感染者数は231。死者7人。全員が高齢者で基礎疾患があった。今のところ感染は北部イタリアに集中している。大部分がミラノが州都のロンバルディア州と、ベニスが州都のヴェネト州。

ロンバルディア州の10の自治体とヴェネト州の一つの自治体は封鎖されている。封鎖とはそれらの自治体の出入り口に重武装の警察の検問が設けられて、ヒトとモノの動きを規制すること。軍隊もスタンバイしている。要するに地域限定の戒厳令、と考えれば分かりやすい。

封鎖地域内では学校や図書館を含む全ての公共施設が閉鎖され、レストランやバールなどの歓楽施設も原則ほぼ閉まる。開いているのは食料品店や薬店などの生活必需品を扱う店のみ。薬店などは逆に強制開店させられている場合がほとんど。

その状況はメディアによって逐一報道される。そのために封鎖地域に近い市町村でも静かに恐慌が起きる。僕の住まうあたりも「感染爆心地」から遠くないため、パニックになっていると言うのはまだ当たらないが、完全に穏やかでもない。

その証拠は友人知己との話の中などに出てくる恐怖感の表出の多さ。またスーパーマーケットなどの状況。

昨日、食料の買出しに出た。いつものようにわざと昼食時を選んだ。買い物客がぐんと少なくなるからだ。店の様子は普段と何も変わらなかった。ところが精肉売り場に異変が起きていた。

製品棚が空っぽなのである。店員に聞くと午前中に大勢の客が押し寄せて売り切れになったのだという。

3軒のスーパーを巡って興味深いことを発見した。3軒のうち2軒は安売り店なのだが、その2軒の品薄が激しかった。

残る1軒は普通の値段(安売りを“売り”にしていないという意味で)の店で、そこも普段に比べて品薄の印象はあったが、棚が空っぽという売り場はなかった。

それはもしかすると、貧しい人ほど不安におちいりやすい、ということの証かもしれない、とふと思った。ネガティブな世情の犠牲になりやすいのはいつも弱者だ。だから急ぎ防御の動きに出た、ということなのかもしれない。

僕は金持ちではないがひどく貧しいわけでもない。普段安売りスーパーに足を運ぶのは、もちろん値段の魅力もあるが、自分が基本的に好奇心の強い人間だからだ。

僕はTVドキュメンタリーの制作やリサーチ、またプライベートの旅などでイタリア中を巡り歩くが、どこに行っても真っ先に市場に足を運ぶ。市場を覗くのが好きなのだ。そこには地域の人々の暮らしの息吹が満ちあふれている。それを感じるのが好きなのである。

スーパーマーケットを巡り歩くのも基本的には同じ動機からだ。日常生活の場での行動だから旅行中の気持ちと純粋に同じではないが、僕を突き動かしているのは人々の暮らしへの関心であり好奇心である。

さて、

「感染爆心地」の近くに住んでいると言いながら、のんびりと状況を読んだり自己分析などをしているのは、事態が切迫していないことの証である。できればこの心のゆとりを保ったまま感染終息の声を聞きたいものだが。。


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戒厳令も敷けるのが真の民主主義かも



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2020年2月23日19:00現在、イタリアの「COVID-19」患者数 は152に増加。北部のロンバルディア、ヴェネト、ピエモンテ、エミリア・ロマーニャ州と、中部のラッツィオの5州が感染地域である。

このうち最も感染者が多いのはミラノが州都のロンバルディア州。

ロンバルディア州とヴェネト州、ピエモンテ州の3州は、保育園から大学までの全ての学校を閉鎖し、公私に渡る集会や催し物、プロサッカーを筆頭にするあらゆるスポーツイベント、各種コンテストや祭り等々を当面の間は禁止とした。

ミラノのスカラ座を始めとする劇場や映画館、各種娯楽・歓楽施設も閉鎖する。また2月25日まで続くはずだったベニスカーニバルも即座に打ち切りとなった。

またカフェやバールやパブやワインバーなどの営業は午後6時までに。ただしレストランは今のところは規制しない。だが状況によっては、明日にでも全ての店の閉鎖命令が出ることだろう。

厳しいように見えるそれらの措置は、過去にペスト流行の悪夢などを経験しているイタリアの基準では実はゆるい類の規制だ。

今回、突然ウイルス流行の爆心地となったロンバルディア州の10の自治体と、欧州初の死亡者が出たヴェネト州の1つの自治体は、人の出入りを含む一切の活動が禁止・封鎖された。

合計人口が5万人になるそれら11の自治体は、24時間態勢で警察の監視を受け軍隊もスタンバイする。つまりそこは、ほぼ戒厳令下に置かれることになったのである。

ほぼ戒厳令下に置かれているのは、僕の住まいから遠くない地域である。僕はロンバルディア州の住人なのだ。

そればかりではない。もうひとつの戒厳令発動地であるヴェネト州も、ロンバルディア州の隣接地だ。ウイルス話は他人事ではないのである

さて、ここからはウイルスパニックにまつわるこぼれ話。

事態が悪化すれば、僕の住む村のあたりもたちまち“ほぼ”戒厳令下の状況に置かれる可能性が出てきた。そこで念のために明日にでも食料の買出しに出よう、と先刻妻と話し合った。

ミラノから近く、僕もよく息抜きのためにひんぱんに訪ねるスイスは、イタリア人通勤者を締め出さない、と表明した。

スイスにはまだコロナウイルス感染者は出ていない。ところがイタリアのウイルス感染爆心地のロンバルディア州からは、多くのイタリア人が国境を越えてスイスに仕事に向かう。

だからスイス政府は、イタリアの不安をやわらげようとして、わざわざそうコメントを出した。

一方、南部イタリアのナポリ湾に浮かぶ有名リゾート地のイスキア島は、北部のロンバルディア州人とヴェネト州人、また中国人の入島を拒否する、とわざわざ宣言した。

ナポリもイスキア島も大好きな、且つロンバルディア州住民で中国人にも親近感を持つアジア人の僕は、イスキア島の怖い主張に心が萎えた。

スイスとはずいぶん違うなぁ、と少し悲しくもなった。

新型コロナウイルス「COVID-19」」は厄介である。実にうっとうしく恐怖である。だがもうひとつの真実も決して忘れてはならない。

「COVID-19」」は、今この時も世界中で蔓延しているインフルエンザに比べたら、より小さな脅威である。インフルエンザの方がはるかに巨大な殺人疾患だ。

それでも「COVID-19」が大問題であるのは、治療法が分からずワクチンもないからだ。またその状況でウイルスが突然変異して、人類の制御力の及ばない死のパワーを獲得する可能性があるからだ。

要するにわれわれは、ウイルスの正体が分からないからそれを恐れるのであり、また恐れなければならない。それは真っ当な態度だ。

だがイスキア島の態度は真っ当ではない。なぜなら島は、正体が分からないウイルスと正体が明らかな北部イタリア人と中国人を、敢えて一緒くたにして全て「分からないもの」と見なしているからだ。

分からないものだから、島は北部イタリア人と中国人を差別するのである。それは間違っている。

だが残念ながら、ウイルス・パニックは今後、世界中でイスキア島の誤謬と同じ現象や動きやトレンドをひんぱんに引き起こす可能性が高い。

その意味では「COVID-19」の真の恐怖は死の恐怖ではなく、それの蔓延によって人々の差別意識があらわになる現実かもしれないのである。


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バタフライ・エフェクト



卵の恐怖


これは個人ブログである。そこは事実や事件の正確な報告よりも「自分の意見を吐露する場」であるべき、あるいは事実や事件を「考察する」ツールであるべき、というのが僕の持論だ。

事実や事件の、速くて大量の情報は大手メディアに任せるべきであり、ブログなどSNSでの個人の情報発信者が、大手メディアを真似てニュース報道をしようとするのは間違っている

しかしながら、新型コロナウイルス関連のイタリアの情報は少ないように見えるので、僕もニュースを意識しての発信も試みることにした。

ただし時間経過と共に僕の報告の内容が変わったり、間違いが出てきたりする可能性があることをあらかじめご了解いただきたい。感染者の正確な数や感染の経緯など、情報が錯綜している部分がとても多いからだ。

「COVID-19」にまつわるイタリアの状況はめまぐるしく変化している。言葉を替えればウイルスの感染が急速に拡大している。

イタリア時間の今朝早く僕は、北部イタリアでふいに「COVID-19」患者が続出し、初の死者が出たと発信した。それからほぼ9時間後の今、2人目の犠牲者が出たことを報告しなければならない。

初めの死亡者は78歳の男性。今回の犠牲者は75歳の女性である。男性は感染経路が判然としない町の住人。女性は、38歳の男性を起点に広がっているミラノ近郊の感染被害者グループの一人である。

ちなみに亡くなった2人は、イタリアのみならず欧州初のヨーロッパ人の死者である。ヨーロッパで初めての「COVID-19」犠牲者は、先週フランスで死亡した80歳の中国人男性だ。人種差別意識からではなく、多くの欧州の患者が中国人である(あった)事実を伝えるために、敢えて記しておきたい。

ついでに言えば、2月21日以前の全てのイタリアの感染者はわずか3人。2人がイタリア旅行中の中国人。1人は武漢から帰国したイタリア人だった。

ところが、今日ここまでに感染者は40人近くにまで激増し、全員がイタリア人である。感染は中国人の枠を超えて、明確に欧州地元の住人の間に広がっている。少なくとも2020年2月22日夕方現在のイタリアではそうだ。

僕は今、住まいからそう遠くない地域で感染が拡大している現実にこれまでにない危機感を覚えると同時に、イタリア政府が昨年、中国と「一帯一路」連携への覚書を交わした因果を深い感慨と共に繰り返し思っている。

イタリア政府は低迷する経済へのテコ入れを主な理由に、反対するEUを押し切り国益を優先しつつ、独立独歩の精神にも恥じないやり方で中国と覚書を交わした。結果、中国との関係が深まりヒトとモノの往来が急増した。

それが今このときのイタリアの不幸を呼んでいるのではないか、としきりに思う。

イタリアは中国で新型コロナウイルスの感染拡大が明らかになるや否や、中国政府の猛反発を意に介することなく台湾、香港、マカオを含む中国便を、世界で真っ先に全面禁止措置にした。

その果断なアクションは恐らく間違っていない。

だが、そのときはすでに遅く、中国発の新型ウイルスは、イタリア-中国間の大量のモノとヒトの交流にまぎれてこの国に達してしまっていた。。。

いささか感傷的ながら、僕はどうしてもそんな物思いから抜け出せずにいる。




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