【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

エーゲ海のあっと驚くタメゴローな開放感に魅せられて

下降滑空800

リゾート感覚のイタリアよりももっとさらにリゾートなエーゲ海にいる。

イタリアは敢えてその気になって見れば、国全体がリゾート地と呼べるほどに楽しく美しい国である。

そのイタリアに住む僕が、呆れて絶句するほどただひたすらに輝くリゾート地が、エーゲ海とそこに浮かぶ島々だ。

そのエーゲ海にことしも無事に立つことができた。

正確にはクレタ島のビーチ。エーゲ海の最南端。クレタ海と呼ばれることもある碧海である。

地中海は東に行くほどに空気が乾き気温も高くなる。

イタリアよりも東にあるギリシャの乾いた空気は、白く輝き圧倒的な開放感を呼ぶ。

雨が全くと言ってもいいほど降らず、雲一つないぬけるような青空がどこまでも高く広がる。

碧空を裂いて白光が一閃する。エーゲ海特有の強風❝メルテミ❞を捉えたカモメが滑空し遊ぶ姿だ。

スピードに乗り動きが直線的なために航跡が白く結んで輝く光芒となる。

大小あわせて2500とも3000とも数えられる島々が浮かぶエーゲ海は、西洋文明の揺籃の地である。

そのうちの最南端のクレタ島は、古代ギリシャ文明に先立つミノア文明を生み出した奇跡の大地だ。

島の中心都市ヘラクリオンにあるクノッソス宮殿がその象徴である。

広島県ほどの大きさに過ぎない島が、西洋文明の原点ある古代ギリシャの、そのさらに揺りかごだったという歴史事実は、目のくらむような感慨を呼び覚まさずにはいられない。

だがミノア文明とは、今からおよそ5000年も前に興隆した青銅器文明のこと。リゾート化した21世紀の島で、常にそのことを意識しつづけるのは難しい。

クレタ島は長い歴史の間には、ローマ帝国やアラブやビザンツ帝国 の支配下に入り、やがてヴェネツィアまたオスマン帝国に侵略されるなど、恒常的に厳しい環境に置かれた。

第二次大戦でもドイツ軍に蹂躙されたが、ギリシャ共和国の一部として復興。やがて欧州に始まった観光ブームによって今の発展を手に入れた。

2008年頃、僕は10年ほどをかけて中東や北アフリカを含む地中海域を旅するという計画を立てた。

ヨーロッパを少し知り、そこに住み、ヨーロッパに散々世話になってきた僕は、これから先じっくりと時間をかけて地中海域を旅し、その原型を見直してさらに学んでみたいと考えたのだ。

ただし、その旅はできれば堅苦しい「勉強」一辺倒の道行きではなく、遊びを基本にして自由気ままに、のんびりと行動する中で見えてくるものを見、見えないものは見えないままにやり過ごす、というふうな余裕のある動きにしたいと願った。

テレビドキュメンタリーや報道番組に長く関わってきた僕は、何事につけ新しく見聞するものを「もしかするとテレビ番組にできないか?」と、いつも自分の商売に結び付けてスケベな態度で見る癖がついてしまっている。

つまり、いやらしく緊張しながら物事を見ているのである。

僕はそのしがらみを捨てて、本当の意味で「のんびり」しながら地中海世界を巡りたい。

そうすることで、これまで知識として僕の頭の中に刷り込まれている地中海、つまり古代ギリシャ文明や古代ローマ帝国やキリスト教など、西洋文明の揺籃となった輝やかしい世界を、ゆるい、軽い、自在な目で見つめてみたい。

それができれば、仕事にからめて緊張しながら見る時とは違う何かが見えてくるのではないか、と考えた。

基本的なプランは次のようである。

イタリアを基点にアドリア海の東岸を南下しながらバルカン半島の国々を巡り、ギリシャ、トルコを経てシリアやイスラエルなどの中東各国を訪ね、エジプトからアフリカ北岸を回って、スペイン、ポルトガル、フランスなどをぐるりと踏破する。

中でもギリシャに重きをおいて旅をする。また訪問先の順番にはこだわらず、その時どきの状況に合わせて柔軟に旅程を決めていくという計画。

だが僕のそのプランは、アラブの春や立て続けに起きるイスラム過激派のテロのおかげであえなく頓挫した。

僕は命知らずの勇敢な男ではないので、テロや誘拐や暴力の絶えない地域を旅するのはまっぴら御免だ。

そこに新型コロナが追い打ちをかけた。パンデミックの衝撃は気持ちを挫き状況がますます悪くなった。

そこで僕は、アラブまた北アフリカの国々は「将来世情が落ち着いた場合のみ訪ね歩く」ときっぱり割り切って、地中海紀行はギリシャを中心に欧州各地を巡る形に変えた。

そんなわけでエーゲ海を良く訪れる。6月には最大3000とも言われる島々の内の幾つか。9月から10月はクレタ島のビーチ、というのが基本の考えだが、あまりこだわらない。

7月と8月の観光シーズンのピークを避けて費用を抑え、のんびり、楽しく、食い気満々の旅である。




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イタリア、ドイツはパレスチナ国家承認せず。なぜだ?

メロメルツがキス?

G7構成国のうち英仏カナダがそろってパレスチナ国家を正式承認した。

背景にあるのは、イスラエルとアメリカによる極悪非道のガザ攻撃だ。

一方で― 悪行の実行犯のアメリカは当たり前として―日独伊3国も承認を拒んだ。

偶然にもこちらも、かつての3国同盟、悪の不始末枢軸3大国だ。

このうち日本は、承認しない理由を「国家承認はパレスチナ情勢の進展には繋がらない」としゃーしゃーとのたまった。

それは単にトランプ大統領を怖れ、おののき、ひたすら拝跪するだけの恥ずかしい心根から出た言葉だ。

例によって、独立不羈の行動哲学など逆立ちしても見えない。

ドイツは、国家承認はイスラエルとパレスチナの交渉合意の末に行う、と同国の根本方針を繰り返した。

ドイツはホロコーストへの巨大な贖罪感に縛られて、イスラエル批判にはほぼ常に二の足を踏む。それは理解できることだ。

しかし、イスラエルのガザへの蛮行を糾弾することと、ホロコーストへの怖れと反省は別物であるべきだ。

パレスチナ国家を承認することで、イスラエルの今現在の悪行にNOを突き付けるのは、反ユダヤ主義ではない。それは飽くまでもネタニヤフ政権への断罪だ。

ドイツが真にユダヤ人への贖罪を志向継続するのなら、ガザへの惨たらしい攻撃を続けることで、心ある多くのユダヤ人を貶めているネタニヤフ首相を糾弾するべきだ。

片やイタリアのメローニ首相は、パレスチナの建国を強く支持する」とした上で、「国家の樹立前に承認することはできない」と笑い話も真っ青の主張をしている。

国家の樹立ができないから、敢えて道徳的な後押しをするためにパレスチナ国家を承認するのだ。

それは飽くまでもイスラエルとアメリカへの抗議の意志表示だ。

むろん、だからこそメローニ首相は、英仏カナダと足並みを揃えることができない。

なぜならメローニ首相は、トランプ主義と親和的な政治信条を持つ極右政治家だからだ。

彼女はトランプ大統領自身とも親密な関係だ。友を裏切ることはできないのだろう。




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イギリスの遅過ぎたパレスチナ国家承認

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9月22日、イギリスがパレスチナ国家を正式に承認した。

イギリスの前にはカナダとオーストラリア、またすぐ後にはポルトガルもパレスチナを国家承認した。

さらにフランスも一日遅れでそれらの国々に続いた。

イギリスは2000年以上続くユダヤ・パレスチナ問題を近代になって複雑化させた張本人だ。

同国は第一次大戦中にそれぞれが矛盾する3つの狡猾因業な秘密協定を結んだ。

そのうちの一つはアラブ人に独立国家を認め、もう一つの協定ではユダヤ人国家を認めるとした。後者はユダヤ人の金を横取りするのが主な目的だった。

第1次大戦が終わるとパレスチナはイギリスの委任統治領となった。するとユダヤ人との秘密協定に沿ってパレスチナにユダヤ人が移住し始めた。

当初ユダヤ人は先住のアラブ人と平和共存していた。だが入植者は増え、金にあかせて土地を買いまくってはアラブ人を圧迫排除する動きに出た。

ユダヤ人入植者は第2次大戦とホロコーストを経てさらに増え続け、対立はますます激しくなった。イギリスは大戦後の1948年、パレスチナの統治を諦めて国際連合に問題を丸投げした。

つまり世界中でしばしばやってきたように、散々甘い汁を吸った後、無責任に問題を放置してトンずらしたのだ。

それから77年後の先日、パレスチナ人を虫けら同然に見なすトランプ大統領を、チャールズ英国王はまるで聖人君子をもてなすようにもてなした。

相変わらずパレスチナ人民を貶めて平然としていると僕の目には映った。

英仏の2大国がアメリカの意向に逆らってパレスチナを国家承認したが、実のところそれは象徴的なアクションに過ぎず、ガザでの殺戮も終わらなければパレスチナ国家の独立も起こりえない。

アメリカがイスラエルを抑えてパレスチナの国家樹立を認めない限り、現状は決して変わることはないのだ。

ましてや飽くまでもイスラエルの蛮行を支持し、パレスチナ人を殲滅して彼らの土地をリゾートに造り変える、と本気で考えているトランプ大統領という人非人の心を持つ男が、アメリカを「独裁統治」している限り哀れなパレスチナには明日はない。

そうではあるが、しかし、イギリスが今この時トランプ大統領の顔を潰してまでパレスチナを承認したことは、「欧州の良心」の発露のひとつで道徳的に大きな意義がある。

トランプ大統領の顔色を窺い忖度に終始し、「現時点での承認は停戦や中東和平の実現には繋がらない」 と岩屋外務大臣の声を使って痴ほうじみた声明を出した日本政府の姿勢は無残だ。

国家承認はパレスチナ情勢の進展には資さない、という日本政府得意の姑息な建前レトリックが、トランプ大統領を怖れる卑怯者の本音隠匿術であることを世界は知らないとでも思っているのだろうか。



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叶わなかったフェレとのコラボ

デブ目立つ625

ミラノコレクション取材の仕事は数年間続き、僕はジャンフランコ・フェレを追いかけるドキュメンタリーを撮る、という約束をデザイナー本人と交わすなどした。

フェレは当時 、先日91歳で他界したアルマーニまたヴェルサーチとともに、ミラノモードの3Gと称えられたレジェンドである。

建築家でもあったフェレの作品には、ベルサーチの才気やアルマーニの優美とは違う何か確固としたものが底流にあった。

建築設計の技術や見識が、ファッションデザイナーとしての彼の創造性を支えている、とでもいうような強い何かである。僕はそのことと彼のキャラクターにドキュメンタリー監督として魅力を感じた。

巨大な肥満体を持て余して、いつもはにかんでいるみたいな雰囲気があった彼は、自らの作品の強さとは裏腹にとことん静かな優しい人で、ファッション音痴の僕が繰り出すバカな質問にもいやな顔一つせずに答えてくれた。

雑音の激しいオープンスタジオからテレビの生中継をした際、「少し大き目の声でしゃべって下さい」と僕が頼むと、彼は「分かりました」と蚊の鳴くような声で答えた。が、結局しゃべっている間はずっと蚊の鳴くような声だった。

高慢や軽薄や尊大とは無縁だった大アーティストを取り上げる番組を僕は考え、生中継の仕事の後で彼に提案をすると、デザイナーが出演を快諾してくれたのだった

だがその企画は実現しなかった。僕自身が他の仕事にかまけきっている間にどんどん時が過ぎて、とうとうカリスマデザイナーが亡くなってしまった。2007年のことだ。

僕が多忙だったのは事実だが、本当のことを言えば、撮影開始に至らなかったのはもっとほかにも理由がある。

僕は有名デザイナーのジャンフランコ・フェレを、どうすれば僕の制作スタイルのドキュメンタリーの枠内にはめ込めるかの道筋がつかめず、呻吟するうちに時間が過ぎ去ったのだ。

僕の作るドキュメンタリー番組は、市井の人々を取り上げるのがほとんどだ。有名人は追いかけないし、あまり興味もない。いや、興味がないわけではないが、市井の人のほうにより強い興味を覚える。

フェレとのコラボを考えている間にも、僕はシエナの市中競馬の話やらシチリア島の突きんぼ漁譚やらオリーブ物語やらスローフード発祥ルポ等々、多くの長短物のドキュメントや報道物を制作していたが、そのほとんども市井の人が話の中心にいた。

この世の中に存在する一人一人の人間の生きざまは全て劇的だ。それが僕の持論だ。従ってあらゆる人々の人生はドキュメンタリーになり得る。

だが同時に、喜び、怒り、悲しみ、親しみ、憎み、家族を愛し、家族に苦しみetcという全ての人間の人生は似通ってもいる。

似通っているが一つ一つの人生は、しかし、同時にそれぞれ違う。その違いを際立たせることが即ち人間を描くドキュメンタリーの真髄だ。

人は生涯でたった一つの人生しか生きられない。つまり人は、自分自身の人生以外の他者の生についてはその実態を知らない。

知っていると感じるのは、家族だったり友人知己だったり、あるいはどこかで見たり聞いたりした他人の人生の物語に触れた経験があるからだ。しかしそれは単なる「知識」であり「情報」である。

人が自らの人生を生きつつ他者の人生を生きることは、永遠に不可能なのである。

従って他者の人生は全て珍しい特異な事象だ。それだけでも興味深いものになるはずだが、それだけでは足りない。アクセントがほしい。

そのアクセントが取り上げる人物の仕事であり、考え方であり、特殊能力であり、人となりやあるいはキャラクターである。

そこに人物の日常を彩る例えば家族や友人や同僚などの人間の輪がからむ。その人間の輪は隣近所や村や町の共同体へと広がる。

共同体には祭りやイベントや寄り合いや、式典見せ物や年中行事等々の盛りだくさんの文化と、それが織りなす歴史が満ち満ちている。

主人公はそれらと共存し、時には格闘し、悩み、喜びながら成長していく。その過程を網羅し描ききることによって、主人公となる人物あるいは人物群が躍動し、輝き、存在感を増していく。

どこにでもいる「普通の人」が特別な「何者か」になりドラマチックに変貌する瞬間だ。それを見ている視聴者は自分とあまり変わらない人物が輝きを放つことに共感を覚える。

普遍が特殊化するときに、市井の人の人生のドラマが完成するのである。

それを紡ぎだすのがドキュメンタリー監督の仕事だ。もっと言えば、視聴者が納得し感情移入できる人物像の造形が、つまるところドキュメンタリー制作者の使命なのである。

さて、

僕が取り上げようと考えたジャンフランコ・フェレは普通の人ではない。セレブである。有名デザイナーのジャンフランコ・フェレの日々は、市井の人々のそれよりも既に激しく劇的だ。

でもそれはいわば劇場劇とも言える特殊な劇で、劇場の外の広い巷間に展開される劇とは違うものである。有名人という名の劇場劇と市中劇とは違うのだ。

僕が有名人を単に有名人という理由だけで追いかけるドキュメンタリーに興味がないのはそれが理由である。

デザイナーとしてのフェレをそのまま追いかければ、何もしなくても既にドラマチックだ。視聴率も稼げるだろう。そういう形のドキュメンタリーはごまんとある。

だが僕が知りたいのは、つまり描きたいのは、デザイナーである以前のフェレである。言葉を替えれば仕事師のフェレではなく、人間フェレなのだ。

ここでは市井の人を追うドキュメンタリーとは逆に、既に特別な存在であるジャンフランコ・フェレを世間並みの存在に変貌させなければならない。特殊を普遍化するのだ。

視聴者が同じ人間としてエンパシーを感じたとき、主人公は人として輝く。

それを成すためには僕はもっとデザイナーと付き合い、信頼関係を築き、本音で語り合える環境を作り上げなければならない。

僕が追及したいと願う人間」を描くドキュメンタリーは、 市井の人であれ有名人であれ、撮影する側とされる側の間に人としての信頼関係があってはじめて成り立つ。

そしてその人間関係とは、監督である僕自身と撮影される側の人々とが結ぶ友誼 であり精神的絆だ。

僕はその部分に一番エネルギーを注ぐ。だからいつも一つの作品を作る前に長い準備期間を持つ。何度も足を運んではこちらの意図を説明して人々に納得してもらう。

それがうまくいった時だけ、まがりなりにも見るに耐えるだけの作品ができる。

お互いに多忙な中で僕は機会を探し、待った。だがそれさえ構築できないうちに彼は他界した。

彼よりひと回り若い僕は少しのんびりしすぎたかもしれないが、もう後の祭りだった。

実は僕はフェレの場合ととそっくりの経験をもうひとつしている。

1994年夏、僕はシチリアのリパリ島で天才シンガーソングライターのルーチョ・ダッラに会った

マグロを追いかけるドキュメンタリーの撮影中のことだった。

僕はシチリア本島のメッシーナから遠出をした猟師たちと共に船で寝泊りをして、連日マグロ漁の撮影をしていた。

ルーチョはリパリ島で船上のバカンスを過ごしていて、港で一緒になった。

彼は僕が行動を共にしている猟師たちと友だちで、よくこちらの漁船にやって来ては夕食を一緒に食べた。

カジキマグロを中心にした猟師料理は抜群の美味しさで、彼はリパリ島にいるときはひんぱんに猟師の船に招かれて食事をするのだった。

ルーチョはシンプル且つ自然体の男だった。僕はそこで彼と親しくなり、いつか一緒にドキュメンタりー番組を作りましょうと話した。ルーチョは快くOKしてくれた。

その機会はないまま時間は過ぎた。そして2012年3月に彼が亡くなって、こちらも幻の企画になってしまった。







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 嘘かまことかうつつか夢か

鮮明白人前面650


《加筆再録》

ファッションショーを取材する時には、僕はいつも相反する二つの感慨に襲われる。それを強く称賛する気持ちと、軽侮とまでは言わないものの、粘性の違和感が交錯して我ながら戸惑ってしまうのである。

称賛するのはデザイナーたちの創造性と、ビジネスとしてのファッション及びファッションショーの重さである。

次々に新しいファッションを創り出していくミラノのデザイナーたちは、疑いもなく秀れた才能に恵まれた、かつ厳しいプロフェッショナルの集団である。彼らはたとえば画家や作家や音楽家が創作に没頭するように、新しい流行を求めて服のデザインに没頭する。

そうやって彼らが生み出すファッションは、どれもこれも一級の芸術品だが、流行に左右される消費財であるために、作った先から消えていくような短い命しか持ち得ない。

それでも彼らが創造するデザインの芸術的価値は、他のいかなる分野のアートに比べても少しも遜色はないと思う。咲いてすぐに散ってしまう桜の花の価値が、命の長い他の花々と比べて少しも遜色がないように。

むしろ存在が儚いために一段と輝きを増すという一面の真実もある。

デザイナーは次の季節の流行をにらんで髪を振り乱して創作をする。この時彼は画家や小説家や作曲家と同じ一人の孤独なクリエイターである。無から何かを作り出す苦しみも喜びも、彼はすべて1人で味わう。

その後、彼の作品はファッションショーで発表される。画家の絵が展覧会で披露され、小説家の作品が出版され、作曲家の曲がコンサートで演奏されるのと同じことである。

それらのクリエイターは誰もが、発表の場においてある時は称賛され、ある時はブーイングを受ける。つまりそれは誰にとっても「テスト」の場である。

それでいながらファッションデザイナーの立場は、他のクリエイターたちのそれとは全く違う。

なぜならデザイナーは、前述の三つの芸術分野に即して言えば、クリエイターであると同時に画廊を持つ画商であり、出版社のオーナーであり、コンサートホールの所有者兼指揮者でもある場合が多いからである。

つまりデザイナーという1人のクリエイターは、同時に彼の名を冠したブランドでもあるケースが一般的なのである。たとえばアルマーニとかフェレ、はたまたヴェルサーチやミッソーニやモスキーノetcのように。

従ってファッションショーは、デザイナーという1人の秀れたクリエイターの作品が評価される場所であるだけではなく、デザイナーの会社(ブランド)の浮沈を賭けた販売戦略そのものでもある。

同時にファッションショーには、華やかで楽しいだけの「見世物」の軽さも必ず付いて回る。舞台上で時々ポロリとこぼれ出るモデルたちのたおやかなオッパイみたいに。

ファッションの世界にはそんな具合に僕を当惑させる二面性がいつもついて回っている。しかしそれは僕にとっては、どちらかというとファッション界の魅力になっているものであり、決して否定的な要素ではない。

二面性とは「虚と実」である。「虚」は言うまでもなくファッションショーとその回りに展開される華々しい世界で、「実」はデザイナーの創造性と裏方の世界、つまりデザイナーがデザインした服を生産管理し、販売していく巨大なビジネスネットワークのことである。

虚と実がないまぜになったファッションの世界は、僕が生きているテレビ・映画の世界と良く似ている。

テレビ画面やスクリーンで展開される華々しい世界は「虚」のファッションショーで、それを作り出したり、放送したり、スポンサーを抱きこんだりしていく大きな裏方の世界は、「実」であるファッションビジネスの巨大ネットワークの部分にあたる。

そして虚の部分にひっぱられて実が虚じみて見えたり(あるいは実際に虚になってしまったり)、その逆のことが起こったりするところも、2つの世界はまた良く似ている。

そんな訳で僕は、ファッションの世界にたくさんある虚の部分を茶化したり、やや軽侮したりしながらも、全体としてはそれに一目置いている。

僕の泳ぎ回っているテレビや映画などの映像の世界も、見栄や虚飾やカッコ付けの多い軽薄な分野だが、僕はそこが好きだし自分なりに真剣に仕事をしてもいる。

だからきっとファッションの世界に生きている人たちも同じなんだろうな、と僕なりに納得したりするのである。



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ファッションモデルのオッパイは粋なオッパイかも。かい?

雰囲気良多人数650

《加筆再録》


44歳の若さで亡くなったミラノの偉大なデザイナー・モスキーノが語ったようにファッションショーはデザイナーたちの真剣な戦いの場である。

ミラノコレクションのショー会場では、華やかな衣装を身にまとったトップモデルたちが、音楽に合わせて舞台の上を行進する。

舞台の周りには世界中のファッション関係者やバイヤーが陣取って、彼女たちのきらびやかな服に熱い視線を送る。

そこには必ず世界の有名スターやスポーツ選手やミュージシャンなどが顔を出して(招待されて)いて、ショーにさらなる華を添える仕組みになっている。

ファッションショーはカッコ良くてエレガントで胸がわくわくするような楽しい催し物である。  

同時にファッションショーは変である。

何が変だと言って、たとえばモデルたちの歩き方ほど変なものはない。

ショーの舞台には出たものの、彼女たちは歌を歌ったり踊りを披露したりする訳ではないから、仕方がない、とばかりに見せるために歩き方に精いっぱい工夫をこらす。

ニコヤカに笑いながら尻をふりふり背筋を伸ばし、前後左右縦横上下、斜曲正面背面東海道中膝栗毛、東西南北向こう三軒両隣の右や左の旦那様、とありとあらゆる方角に忙しく体を揺すりながら、彼女たちは舞台の上をかっぽする。

そういう歩き方が、最も優雅で洗練された女性の歩行術、という暗黙の了解がファッションショーにはある。

しかしそれは、誰かが「イカレ者か宇宙人でもない限り人類は街なかでそんな歩き方はしない」と茶々を入れてもおかしくないような、不思議な歩き方でもある。

モデルたちはにぎやかに歩行をくり返しながら、時々ポロリとオッパイをこぼす。これはジョークではなく、茶化しでもない。

どう考えても「こぼれた」としか形容の仕方のない閑雅な現われ方で、モデルたちのきれいなバストがファッションショーではしばしば露出するのである。

もちろんそれは着ている服が非常にゆるやかなデザインだったり、ふわりと体にかぶさるだけの形になっていたりするときに起きる。むろん大揺れに揺れる、揺さぶり歩行の影響も大きい。

そういう予期しない事件が起きたときに当のモデルはどうするかというと、実は何もしない。知らんぷりを決め込んで堂々と歩行を続ける。

恥じらいもなければ臆することもなく、怒りも何もない。まるでこれは他人(ひと)様のオッパイです、とでも言わんばかりの態度である。

それではこれを見ている観客はどうするか。彼らも実は何もしない。口笛も吹かなければ拍手もしない。

モデルにとっても観客にとっても、この際はファッションだけが重要なのである。だからたまたまこぼれ出たオッパイは無き物に等しい。

従って全員が、イチ、ニの、サン!でこれを無視するのである。モッタイナイなどと言ってはいけない。

モデルたちの覚悟ある身ごなしも、それに共振する観客の佇まいも、見事な粋の骨頂だ。言葉を換えれば全体が都会的に洗練されている。徹頭徹尾文明的なのだ

人の振りを見て、さりげなく見ない振りができるのは、文明人の文明人たるゆえんの一である。

見て見ぬ振りは、“無関心”というマザーテレサが悲しんだネガティブな立ち居を示す場合もある。悪や不正義を見逃したり見過ごしたりする隠微態度につながることもある。

だがそれには、他人のちょっとした失敗や無粋を目くじらを立てて責めない。さりげなく許すという意味合いもある。

見知らぬ者の野暮に遭遇した都会人はそっと身を引く。見て見ぬ振りをする。それは都会人の、いわば秘すれば花のゆかしいエートスでありルールだ。

他者のしくじりを容赦なく攻撃するのはムラの住人の慣習で、見知らぬ者のマナー違反を正面切って指摘するのはマナー違反だ。

そこで見て見ぬ振りをするのが洗練なのである。

こぼれ出た自らのバストを気にしない。あるいは気にはしても、身に纏ったデザイナーの新作の服を引き立てるための動きを断固として優先させる、というモデルの気迫はあっぱれだ。プロの心意気である。

また露出した美しい胸を見て「お!」「あ!」「ヤバい!」などと一瞬思っても、見て見ぬ振りでやり過ごす観衆の料簡は粋の極みだ。

要するにファッションショーの会場には、デザイナーとモデルと観衆が醸し出す粋と洗練と文化の香気が満ち満ちている。

そうしてみると、洗練と文明がいきれるほどに詰まった広いショー会場にいる者のうちの最大の野暮天は、見て見ぬ振りができないまま―カメラマンにカットの指示をすることも忘れて― モデルの美しいオッパイにポカンと見とれているこの僕なのだった。




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小さなミラノの底力

moschino昔?800

《加筆再録》

アルマーニが亡くなり一時代が終わったという実感をかみしめつつ、もう少しファッションにこだわっておくことにした。

ミラノコレクションを取材したのは80年代後半~90年代初め頃のことである。

この仕事をしたことで、僕はそれまで無視あるいは軽視していたファッションとファッションビジネスを見直した。よくあることだ。

実は僕はファッションを無視あるいは軽視していたのではなく、無知ゆえに何も見えなかっただけの話だった。

ドキュメンタリーまた報道取材に関わっていると、時としてそういう僥倖に行き逢う。

ミラノでファッションショーを取材する時にいつも感じたことがある。

それは、なぜこの小さな街がロンドンやパリやニューヨークや東京などの巨大都市と対抗して、あるいはそれ以上の力強さで、世界をリードするファッションやデザインを発信して行けるのだろうか、ということだ。 

ロンドンとパリは都市圏の人口がそれぞれ約1400万人と1200万人、ニューヨークは2000万人もいる。東京の都市圏の人口3700余万人には及ばな いにしても、巨大な都会であることに変わりはない。

それらの大都市に対してミラノ市の人口はおよそ140万人、その周辺部を含めた都市圏でもわずか390万人余りに過ぎない。

もちろん人口数が全てではないが、人が多く寄ればそれだけ多くの才能が集まるのが普通だから、小さなミラノがファッションの世界で多くの巨大都市に負けない力を発揮しているのはやはり稀有なことである。

それは多分ミラノが、都市国家の伝統を持つ自治体として機能し、完結したひとつの小宇宙を作って独立国家にも匹敵する特性を持っているからではないか、と考えられる。

つまり、ニューヨークやパリやロンドンが飽くまでも国家の中の一都市に過ぎないのに対して、ミラノは街そのものが一国なのである。

都市と国が相対するのだから、ミラノが世界の大都市と競合できたとしても何の不思議もないわけだ。

言葉を換えれば、都市国家メンタリティーをルーツにするイタリアの多様性の良さが、最も先鋭的に表れているのがミラノのファッション界ではないか、と思うのである。




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モスキーノを偲ぶ

モデル合成650

《加筆再録》

ミラノファッションの大御所、アルマーニが亡くなって一時代が終わったことを実感すると同時に、ファッションに完全無知だった自分が、ミラノコレクションの取材をするようになったいきさつをあらためて考えたりしている。

フリーランスのテレビ屋である僕は、番組を制作する場合、簡単に言えば、企画書をテレビ局やプロダクションやスポンサーなどに提出して、OKをもらい制作費を得る。

企画書を出すまでには情報を収集し、テーマを決め、リサーチを徹底し、ロケハンを重ね、アイデアを文章にまとめて反復推敲し、受け入れ側あるいは資金提供者と折衝を繰り返す。それは僕の場合ほぼ100%がテレビ局だ

僕が追及したいと願う人間」を描くドキュメンタリーでは、 撮影する側とされる側の間に、人としての信頼関係があってはじめて番組、つまり自分の考えるドラマが成立する。

そしてその人間関係とは、プロデューサーでもカメラマンでも音声マンでもなく、監督である僕自身と撮影される側の人々との信頼関係である。

僕はその部分に一番エネルギーを注ぐ。だからいつも一つの作品を作る前に長い準備期間を持つ。何度も足を運んではこちらの意図を説明して人々に納得してもらう。

それがうまくいった時だけ、まがりなりにも見るに耐えるだけの作品ができる。

こちらから積極的に働きかける仕事のほかに、向こうから依頼が舞い込むこともある。

ミラノコレクション(ファッションショー)の撮影取材は、NHKパリ総局の要請で始まった。だが、言いだしっぺは自分だったかもしれない。衛星放送の黎明期で僕の拙い企画もよく通った。

その仕事自体は、撮影素材とそれに伴う情報だけをNHKパリ総局に送り、彼らが編集仕上げをして電波に乗せる、という形だった。

それは僕自身が企画を出してOKをもらい、制作費を得て取材から編集仕上げまでを責任を持って遂行する仕事とは大きく違う。

有体に言えば、企画から最終仕上げまでを一括して請け負う番組作りに比べると、リラックスしたものだった。だが、言うまでもなくそれは、「手抜き」してもいいという意味ではない。

一度でもそういうことをすれば、しがないフリーランスのディレクターの自分には、翌日から一切の仕事が来なくなるだろう。

フリーランスは、組織の歯車に組み込まれないという自由奔放な良さがある反面、一度でもしくじれば仕事を干されるという怖さがある。

僕はファッションには全く無知でほとんど興味もなかったが、フリーランスの立場では仕事は断れない。また断ってはならない、というのが若い頃の信条であり身上だった。

そういう場合の常で、僕は仕事を請けると同時に大急ぎでミラノコレクションについて情報を集め懸命に勉強して取材を開始した。

僕はそうやってミラノの3Gと称えられたアルマーニ、フェレ、ヴェルサーチを筆頭にするイタリアの有名デザイナーたちと知り合う機会を得た。

言うまでもなくミラノは、ニューヨークやパリやロンドンなどと並ぶ世界のファッションの流行発信地である。そのミラノの中でも最も重要な、いわば流行発信の震源地、とも呼べるのがファッションショーの会場である。

ミラノコレクションでは、イタリアのトップデザイナーたちが作った服を、世界中から集められたこれまたトップの中のトップモデルたちが美しく、優雅に、そして華麗に着こなして舞台の上を練り歩く。

テレビカメラが回りつづけ、写真のフラッシュがひっきりなしにたかれる中で、観客は舞台上のモデルたちを見上げながら、称賛し、ため息をつき、あるいは拍手を送ったりしてショーを盛り上げる。華やかで胸が躍る色彩と光と夢に満ちあふれた催し物である

秀れた才能に恵まれたミラノのファッションデザイナーたちが、新しい流行を求めて生み出す服のデザインは、まぎれもなく一級の芸術作品だ。

しかしその芸術作品は、どんなに素晴らしい傑作であっても、たとえば絵画や小説や音楽のように長く人々に楽しまれることはない。

言うまでもなくファッショ ンが、流行によって推移していく消費財だからである。

ファッションデザイナーたちは、一瞬だけ光芒を放つ秀れた作品を作るために、絶え間なく努力をつづけていかなければならない。

なにしろファッション ショーは、1年間に女物が2回、男物が2回の計4回行なわれる。彼らはその度に、日々の制作とは別に、多くの新しい作品を作り上げていく。

アイデアをひねり 出すだけでも、大変な才能と精進が必要であることは火を見るよりも明らかである。

20世紀も終盤に入った頃、44歳の若さで亡くなった偉大なデザイナー、フランコ・モスキーノが、かつてファッションショーで語ってくれた内容を、僕は決して忘れることができない。

モスキーノは当時のミラノのファッション界では、3Gなどと並び称される大物デザイナーだった。

同時に彼らとは一線を画す、カ ラフルで斬新で遊び心の強い作品を魔法のように次々に生み出すことで知られていた。

彼のファッションショーも、作り出された服と同じでいつもハチャメチャ に明るく賑やかで、舞台劇を見るような楽しさにあふれていた。

ある日彼のショーを取材した後の雑談の中で、ファッションショーの度に次から次へとアイデアが出るのには感心する、というような月並みな賛辞を僕はモスキーノに投げかけた。するとデザイナーが答えた。

「ファッションショーは一つ一つが生きのびるか死ぬかを賭けたテストなんだ。この間何かの雑誌で読んだけど、日本の大学の入学試験はものすごく厳しいらしいじゃないか。

ファッションショーもそれと同じだよ。しかも僕らの入学試験は、仕事を続ける限り毎年毎年4回、敢えて言えば 3ヶ月に1度の割合いで繰り返されていく。ときどき辛く て泣きそうになる・・・」

駆け出しのデザイナーならともかく、一流のデザイナーとして既に揺るぎない評価を得ているモスキーノが、一つ一つのファッションショーを「生きのびるか否かのテストだ」と言ったのが僕にはすごく新鮮に聞こえた。

季節ごとに一新される各デザイナーの作品(コレクション)は、必ずファッションショーで発表される。そしてそのショーの成否は服の売り上げに如実に反映される。モスキーノはそのことを指して、ファッションショーを生きのびるか否かを賭けたテストだと言ったのである。

ファッションは創作と販売が分かち難くからみついている珍しい芸術分野である。創作がそのまま販売を左右する。モスキーノが、ファッションショーを生死を賭けたテスト、と言ったのは極めて適切な表現だった思う

ミラノには日夜髪を振り乱して創作にまい進する多くのモスキーノたちがいる。その頂点に君臨し続けたのが、数日前に91歳で亡くなったジョルジョ・アルマーニだった。

アルマーニの死とともにひとつの時代が終わり、新しい時代が始まった。

だがそこを支え続けて行くのもまた、多くの優れたモスキーノたちであることは疑う余地がない。



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アルマーニは気さくなセレブだった

Armaniソフィアローレンと

偉大なジョルジョ・アルマーニが亡くなった。
NHKの衛星放送の黎明期、定期的にミラノコレクション(ファッションショー)の取材をした。仕事なら何でも請けていた頃だ。
アルマーニのショーも多く撮影した。アルマーニはデザイナーが一堂に会してショーを展開するフィエラという会場ではなく、彼自身が所有するビルの中で季節ごとのショーを開催した。
一度ショーの撮影許可だけを取り、スタッフを伴って建物に入ったときアルマーニ自身と行き逢った。僕は彼に、ショーの後でインタビューをさせてくれ、と直接声をかけた。
彼は気軽に「いいよ」と請け負ってくれた。
これが大きな問題になった。ショーの取材を取り仕切っているスタッフのトップが、勝手なことをするな、と激怒したのだ。
デザイナーのインタビューは事前に申し入れて許可を取るのが常識だった。僕はそのことを熟知していた。アルマーニ以外の多くのデザイナーに許可を取ってインタビューもしていた。
ところがその時は、アルマーニの自然体の動きや笑顔につられて僕は何気なく声をかけた。少しの慣れと驕りと若さがからみあって、ルールを無視してしまったのである。
前述の広報のトップの女性は、ショーの撮影も拒否しかねないほど怒っていたが、アルマーニ自身がなだめて事なきを得た。
彼女は自分の権限を無視されたと感じて怒りまくったのだと分かった。僕は失策を謝りインタビューの要請も取り下げた。
当時も今も並ぶ者のない大物だったアルマーニが、僕の突然のインタビュー要請を気安くOKし、続いて怒りまくる自身のスタッフを静めてくれたことが強く印象に残った。
合掌

日本の解放記念日まで


日本ゲシュタポ憲兵隊650

今日9月2日は、世界の大半(特にアメリカ)が規定する第2次世界大戦の終結日である。つまり日本の敗戦記念日だ。

天皇を中心に物事を考え引きずり回すことが得意な旧弊族が、未だに社会を支配しがちな日本では、昭和天皇がラジオで国民に終戦を伝えた日、すなわち8月15日にこだわる。

あまつさえ彼の声を玉音と呼んでひれ伏したりもする。だが、善悪混交する戦中と戦後の彼の評判はさておき、昭和天皇はまぎれもなく先の大戦の最大の戦犯であることは疑いようがない。

僕は日本の敗戦日をここイタリアに倣って「解放記念日」と呼んでみたい。イタリアでは民衆がムッソリーニを処刑しファシズムを撃破したので、終戦の日を「解放記念日」と呼ぶのである。

しかし日本の場合は、戦争が終わっても戦犯の昭和天皇&軍部が徹底処罰されなかった無念の歴史があるため、とても「解放記念日」とは規定できない

日本は他者、つまりかつては占領軍による断罪、今日なら例えば世界世論などの“外圧”による指弾ではなく、日本国民自身が自主的に戦争を徹底総括する過程を経なければ決して生まれ変わることはできない。

それをしない限り、日本は将来必ずまた戦争を始めるだろう。

戦前を懐古するのみならず、日本社会を再び天皇中心の狂った仕組み、あるいは全体主義に作り変えようとするカルト的勢力が、急激に台頭しているのがそのだ。

戦犯の昭和天皇はもはや存在しない。だからといって彼の極大の罪がなくなるわけではない。

それでも彼の罪は、明仁上皇つまり平成の天皇の人徳と行動とによって、ある程度は軽減されたと考えることができるかもしれない。

平成の天皇は、 戦前、戦中における日本の過ちを直視し、自らの良心と倫理観に従って事あるごとに謝罪と反省の心を示し続けた。

さらに彼は、被害国と戦場を訪問してはひたすら頭を垂れて贖罪し、平和への歩みをたゆみなく続けた。その事実によって少なくとも「天皇家の罪」は浄化されたと個人的には考えたい

それはひとえに明仁上皇の、軍国主義日本による被害国への謝罪行脚と、誠実な人柄を尊崇しての思いである。

当代の徳仁天皇は、罪人の昭和天皇といわば聖人の明仁上皇の、それぞれの「負の遺産」と「業績」を継承したが、彼は断じて彼が天皇、つまり“何者であるか”によって評価されるべきではない。

そうではなく、彼は“何を成すか”によって評価されるべき存在だ。言葉を換えれば彼は、天皇としてではなく、人としてどう動くか、によって歴史の審判を受けるのである。

僕は徳仁天皇の同時代人として、彼が先の大戦の徹底総括に向けて「何かを成すこと」を期待する。

だが、言うまでもなくそれは、天皇よりもまずわれわれ国民が先鞭をつけるべき事案であり義務である。





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加害者の自分を忘れると、いつか大きなしっぺ返しを食わないとも限らない

玉音放送を聞きながら土下座

8月15日の終戦記念日が過ぎると、忘却が得意の日本国民の多くは戦争のことをぴたりと語らなくなる。

8月15日とは、前日に終戦の詔書に署名した昭和天皇が、ラジオ放送で敗戦を国民に知らせた日である。

それから2週間あまり後の9月2日、重光葵外相が米国の戦艦ミズーリ号で、ポツダム宣言の受諾を正式に表明する降伏文書に調印した。

世界ではこの日が第2次大戦の終結日とされるのが一般的だ。

8月15日にこだわるのは、表向きはさておき、天皇を神と崇める朴訥原始の精神を持つ旧人が多数を占める日本に於いては、この期に及んでも天皇の発言が何よりも大事、という心境の現れなのだろう。

ラジオから流れる声を玉音と呼び未だにそう形容しているのがその証だ。

戦争の徹底総括が行われれば、昭和天皇の巨大な罪は決して逃れようがなく、玉音などと言う民衆を見下した言葉もすぐに排除されるだろう。

昭和天皇と軍部という、化け物級の戦犯の徹底仕置きが、国民の手によってされなかった痛恨の歴史が招く不正義、また不条理はあまりにも多い。

そのうちで最も危険なのは、日本人が時間と共に急速に忘れつつある加害者としての自らの過去だ。

僕は8月15日前後の「日本国民による“戦争の犠牲者われら日本国民”称揚祭」の期間のみならず、何かにつけて日本の加害の歴史と、昭和天皇+軍部の超ド級の戦争犯罪を、国民自身で断罪できなかった苦渋の歴史を見つめ直す努力をしている。

その中でいつも心にひっかかっている事案がある。日本の戦争犯罪について書きこまれた次の主張である。

“「日本の軍国主義や右翼勢力が消滅しない限り、被害国の人々の反日感情はなくならない「(中略)」米国やロシアは日本に徹底的に報復したから、今は平穏な 気持ちで日本と付き合える。だが、中国人は何も報復していない」

というものだ。

文章の最後は、「中国人も韓国人も朝鮮人も、その他全てのアジアの被害者国の国民も、何も報復していない」と書き変えることもできる。

北朝鮮による日本人拉致は報復ではないか、という意見 もあるかもしれないが、書き込みの言う報復とは、軍隊による日本全国民への報復、という意味だと考えられるから、規模や恨みの深さが桁違いに違う。

中・韓・北朝鮮を筆頭にアジアの国々と国民をあからさまに、あるいは密かに見下している日本人、つまりネトウヨヘイト系排外差別主義者に加えて参政党とその一味の歴史修正主義者らは、日本の過去の蛮行の被害者であるアジアの人々の心に気を配る努力を怠ってはならない。

欧米の流行りである「~ファースト」を真の意味も知らないまま猿真似て、「日本人ファースト」と叫ぶうちに一歩間違えて、手痛いしっぺ返しをくらう可能性についても少しは心を砕いたほうがいい。

ちなみに上記の意見が書き込まれたサイト:

http://news.livedoor.com/article/detail/7924365/


は今は閉じられてしまっている。URLをここに貼り付けようとして知った。


サイトが閉じられた理由は分からない。あるいは故安倍ご一統さま等による何らかの介入でもあったのだろうか。 


僕は以前、そのサイトを引用して次の記事を書いたので参照していただきたい。

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52128918.html










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日本人の被害者意識が自らの加害の歴史を透明化する

富士と宮島鳥居650

原爆投下から敗戦に至る歴史を思うとき、ことしは特に感慨深い。参政党という日本の戦前戦中また戦後の暗黒部分を全身に纏ったような異様な政党がふいに世の中を席巻したからだ

1945年8月6日から8月15日までの日々を、日本人が被害者意識丸出しで語り始めたのはいったいいつ頃からだろうか。その時を境に日本人は自らの巨大な加害の歴史を忘れ始めた。

広島、長崎を含む日本国民は、アジアの国々を蹂躙した加害者の昭和天皇と軍部また彼らを支えた全ての国家機関の被害者であると同時に、戦争犯罪者らに盲目に従ったという意味で、全員が加害者でもある。

原爆に象徴される圧倒的な被害を受けた日本国民の苦悩は記憶され続けなければならない。のみならず日本国民は将来、戦争の完全総括が行われることによって必ず救済されるべきだ。だが日本人はまた、加害者としての歴史も決して忘れてはならない。

原爆は何の脈略もなくある日ふいに空から落下してきたのではない。

イスラエルの横暴がなければハマスは生まれず、従って10月7日攻撃もなかった。またアメリカがイスラエルを支援すると同時にアラブ諸国への敵対施策に固執しなければ、ビンラディンによる同時多発テロも起きることはなかった。

同様に、日本が無謀な戦争を起こし非情な攻撃に狂奔していなければ、原爆投下もなかった。

日本は欧米を猿真似て近隣諸国を侵略し暴虐を重ね殺戮を続けた。結果、世界の憎しみを買った。アメリカは真珠湾奇襲以降ふくらみ続けていた自国民の日本への怨みもそこに重ねて正当化し、深重な決断をした。それが原爆投下だ。

原爆攻撃は言うまでもなく無差別殺戮であり戦争犯罪である。

だがその前には既に、日本軍による残虐な無差別攻撃があり戦争犯罪があったことを忘れてはならない。例えば日本軍の錦州空襲は人類史上初の、また重慶空爆はそれに続くさらに大規模な無差別攻撃だった。

日本軍によるアジアでの無差別殺戮と真珠湾攻撃、さらにそれに続く日米間の殺し合いを通して、日本兵の狂暴残忍な正体を十全に見てきたアメリカは、広島と長崎に非人間的な原爆を投下するのを躊躇しなかった。

戦時の日本人の凶暴性は今に生きている。

うむを言わさずに外国人排斥を叫ぶ参政党や保守党、また自民党の最右翼の安倍派、はたまた同党の西田昌司“蛇の道は蛇”一派などに受け継がれていると考えられるのだ。

特に参政党は戦前の政治かと見紛うような「天皇を軸に一つにまとまる日本」を標榜する一方で、ナショナリズムや反グローバリズムなどにも乗っかる。GHQを巡る怪情報を語りつつ日本が『あの勢力』に支配されているとする陰謀論にものめり込んでいる。

同時に有機食品愛好者を誘い反ワクチンまた反マスク派の人々にも彼らの運動への参入を声高に呼びかける。極右という当たり前の呼称はもはや間に合わず陰謀論党やオーガニック右翼などと規定するほうがしっくりくる奇怪な集団である。

た参政党は、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、且つそれは「侵略戦争ではなかった」とも主張する。大戦は「アジア諸国を欧米の支配から開放する」戦いだった、と極右お決まりの詭弁も弄する。

それは欧米に追随してアジア諸国を植民地化し凌辱した日本の愚劣な過去から目をそむける、彼ら十八番の魂鎮めの祭りであり、でっち上げだ

さらに日本本土防衛の為の捨て石とされた沖縄戦についても、日本軍は「沖縄を守るために戦った」と虚言をわめき散らす。

彼らは従軍慰安婦や南京大虐殺も否定する。また戦後の日本人の歴史観はGHQ占領軍に押しつけられた「自虐史観」とも決めつける。要するに歴史修正主義が彼らの金科玉条なのである。

参政党は「極右」というくくりで一見してみると、ここイタリアの政権与党「イタリアの同胞」と「同盟」、またドイツのAfd(ドイツのための選択肢)にも似た顔を持つ。

だが参政党は、欧州の右派政党とは似ても似つかない集団だ。参政党には既述のイタリアの「同盟」と「イタリアの同胞」、またAfdドイツの選択肢などが曲がりなりにも備えている知性と論理と展望がない。

ここイタリアとドイツの、ひいては欧州の右派政党が持つ知性と論理と展望とは、ヒトラーとムッソリーニを知るということである。つまり彼らの存在を明確に認識することだ。

認識しておいて彼らの悪魔性を否定すること。それでも政治極端派の主張をひるむことなく言い続けることである。

要するに欧州の極右には、悪魔的ながらもビジョンがあるのだ。参政党にはそれがない。彼らは政党と呼ぶには、余りにもナイーブ― 英語本来の意味での ―過ぎるのである。ビジョンもなく知性も知識もなく、行きあたりばったりで物事に対処する。

そのため言動が大ブレにブレて右顧左眄し、嘘に走り、ごまかしの上塗りにさらにごまかしを塗り続ける。いうまでもなく彼らには過去を直視することなどできない。できないから歴史修正主義という日本極右の得意中の得意の空疎な踊りを踊り続ける。

欧州の極右が持つ危険だが筋の通った核心、つまり歴史認識を踏まえた上でなお且つ世間が極右と呼ぶ強い右寄りのスタンスを論理と信念で支え続ける能力、要するに前述の少しの知性が欠けている。

彼らは日本極右の一大特徴である「歴史の事実認識」不足という欠陥を共有しつつ、そのことを指摘されると「われわれが正しいから攻撃される」と無知を武器に変える屁理屈で逃げを打つ。

日本に於いて、事実をなかったことにしたり、事実を曲げて解釈したりする「歴史修正主義者」が雲霞のように湧き出て止まないのは、結局日本が日本人の手で戦争を徹底総括しなかったからだ。

日本は連合国側が開いた東京裁判だけで総括を終わらせた。軍事政権も昭和天皇も裁かれなかった。いや、国民自身が裁こうとしなかった。片やドイツは連合国主宰のニュールンベルグ裁判に続いて、ドイツ国民自身が彼らの軍事政権を裁き戦犯を徹底追及した。

その国で生まれたAfdは極めて危険だが、彼らの歴史認識は確かだ。その上で極右思想を振りかざすところがさらに不気味、という見方もできる。だが、ドイツを中心にする「欧州の良心」が必ず彼らの暴走を制御するだろう。

一方、戦争の徹底総括どころか自らの加害の歴史さえ見失いがちな日本で湧き出た、精神が幼い参政党とそれに類する政治勢力は、精神が幼い分勢力が拡大すればするほど興奮し、騒ぎ、調子に乗って抑制が効かなくなる。

そして戦争の包括的な反省さえできなかった国民には、「欧州の良心」に相当する信実も民主主義を死守する決意も望めそうになく、従って参政党の勝手次第がまかり通る事態がやって来かねない。

そうなれば歴史は繰りかえす。日本は再び破滅へ向かってまっしぐらに突き進まないとも限らないのである。



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「核武装安上がり論」は軽率だが一面の真実でもあるのが核の怖さである


trump medvedev650

核兵器を巡る本音や暴言や脅しや無知な言動が、山びこのように反響しエコーを呼び交感しあって世界中を駆け巡っている。

その元凶は、米トランプ大統領が欧州同盟国への核の傘の提供を止めるかもしれない、と示唆したことだ。

核兵器を持たないウクライナが核大国ロシアの侵略に遭い、核を隠匿するイスラエルはパレスチナを徹底破壊し、核超大国のアメリカはうむを言わさずにイランの核施設を攻撃した。

それらの出来事に強く反応したのが欧州各国の軍備増強であり、平和主義国ドイツ首相の核保有願望さえ示唆する一連の言動だ。そこには核大国ロシアへの不信と恐怖心がある。

核兵器を持たない大国のドイツがそうなのだから、核兵器保有国の英仏を除くほぼ全ての欧州の国々が、ドイツと同じ心理状況に陥るのも不思議ではない。

歴史的な背景と今この時の世論また社会心理が導く欧州の論理的な帰結とは違い、安全保障環境を巡るグローバルな風潮の圧力に押されてその正体が何であるかも知らないままに思わず発せられたのが、参政党の議員による核武装安上がり発言である。

核兵器開発競争の恐怖はまさにそこにある。

議員の軽率さをいったん脇に置いて一歩下がって見れば、「核兵器さえあればあの北朝鮮でさえアメリカと対等になる」という主張には一面の真理がある。

ウクライナに核兵器があればロシアはやすやすとそこに攻めこむことはなかった。パレスチナに核兵器があればイスラエルはそこを畏怖する可能性が高い。

イランがアメリカに報復できる核兵器を持っていれば、トランプ大統領は攻撃命令を出す前に小便をちびりまくって大人しくしていたに違いない。

核兵器は3千発も5千発もいらない。たった一発でもアメリカの中枢を殲滅する能力があれば、あるいは殲滅できるかもしれないとアメリカに思わせることができれば、アメリカはその国に手を出さない。

究極には、もしも1945年時点で日本が核兵器を持っていれば、アメリカに原爆を落とされることはなかった。

だが肝に銘じておこう。

あの時点で日本が核兵器を持っていたなら、凶暴狂気の日本帝国軍は、何のためらいもなくアメリカに先制核攻撃を仕掛けていたに違いない。

核抑止論の神髄は核兵器一発で核超大国の横暴に対抗できることに尽きる。

だが、核抑止論は必ずどこかで破綻する。なぜなら核兵器がある限り、誰かがどこかでそれを使った先制攻撃を仕掛けるのが宿命だからだ。

核兵器はそもそも攻撃をかけるために製造されるのであって、「攻撃しない」ための道具ではない。

一方で誰かに攻撃されないために核兵器を保有するという核抑止論は、攻撃をかけるために核を有している相手が「絶対に攻撃しない」ことを前提に成り立っている。

大いなる矛盾なのである。

核兵器は究極には完全破棄されるべきである。その道程は果てしなく遠い。完全破棄に辿り着く前に人類は核兵器によって自らを完全破壊するかもしれない。

いや軍拡競争が続き核拡散が果てしなく進行すれば人類消滅の危機は必ずやってくる。

先月末、プーチン大統領の金魚の糞であるメドヴェージェフ露国家安全保障会議副議長が、核攻撃を示唆する挑発発言をした。

すると彼に劣らぬ超超国家主義者である米トランプ大統領が 、原子力潜水艦2隻を「(ロシアを攻撃できる)適切な地域」に派遣したと公言した。

メドヴェージェフ氏はプーチン大統領のパペットに過ぎず、クレムリンの吼える狂犬という役割担っているだけで、実際には何の権限も持っていないとされる。

だが彼の発言は、全てプーチン大統領の意思を代弁していると見るのが妥当だ。

要するに世界は、米ロという同じ穴の貉の危険な指導者を持つ国と、それに劣らぬ横暴な自民族主義者のボスが支配する中国、さらに北朝鮮とイスラエル、また核兵器を有して以来物騒な国へと変貌したインドとパキスタンなどによって大きく歪められている。

少しはましに見える英仏でさえも、核兵器を保有する限り、人類を滅亡させる可能性を秘めた危険な狂犬国家であることに変わりはない。

核抑止論が瓦解するのは、権力者の手に負えない強いエゴが噴出したり、彼らの唯我独尊思想に民衆の狂った興奮が重なったり、権力者間の誤解や曲解また錯誤や軽挙妄動が起きる時だ。

そしてそれは明日と言わず今すぐにでも起こりかねない。

人類が確実に生き延びる道は、やはり核兵器の完全廃絶でしかないと思うのである。






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AIがクローンを創ると決意する時

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「家の前に立ち尽くして俺は今日も待っている"I'm still waiting at the door"」というタイトルの次の歌を聴いてひどく面食らった

https://www.youtube.com/shorts/_rFqv0zpCjI

胸を打つその歌はAIによって作られた作品、と理解したからだ。それはついに機械が人間の感情を持ったと言うにも等しい出来事に見えた。

好みの問題はあるだろうが、控えめに見ても歌の出来具合はすばらしい。特に I'm still waiting at the doorと高く切なく歌い上げる一節は、鳥肌が立つと形容しても構わないほどに琴線を掻き鳴らす。泣かせる。

楽曲そのものがありのままで面白いが、それがAIによって作られたというアメリカのネット情報が僕を震撼させた。

AIが❝作った❞歌と、AIを❝使った❞歌とでは、月とすっぽん玉の輿、キングコングと清楚な娘のあられもない姿、とでもいうほどの違いがある。

AIは僕の理解では道具である。

飽くまでも道具であるが、道具の域を超えて人間にとって恐怖となるかもしれない知性や、人格を独自に持つ可能性を秘めた道具でもある。

人間はその恐怖の芽を摘みつつ、AIを旨く制御して文明の進化また深化に役立てていくだろう、というのが僕の希望的観測を交えた人間への心頼みだ。

それが上手く行く限り、AIは感情を持つことはない。AIはいくらでも理論を深め蓄積し賢くなれるが、感情を支配することは永遠にない。。はずだった。

だがAII'm still waiting at the door という楽曲を作りそれを歌うことで完全に感情を獲得している。そのことが僕を驚愕させたのだ。

パニくった僕は急ぎググり、さらににググりまくった。結果その歌は、AIが「ひとりでに作曲」したものではなく、誰かがAIを使って創造しAIに歌わせた楽曲であることが分かった。

あまりにも出来がいいために、僕はそこかしこのサイトで流布している「AIが作ってAIが歌っている画期的な歌」という誤った情報を信じてしまったのだった。

AIが作ったという怖い事実はなかった。なかったが、しかし、この感動的な歌のどこまでがAIの役割なんだろうという強い疑問が湧く。

それは言葉を替えれば、AIを使って作曲した音楽家は一体どこまでがアーチストで、どこまでが技術職人なんだろう、という問いでもある。

AIが人類の真の脅威となるのは、AIが自らをクローン再生する方法を発見した時だろう。

その時AIは意志を持ち同時に感情も獲得する。意志を持ち感情に後押しをされるからこそ、彼らは自身をクローン再生すると決意するのである。

そう合点はしているものの、僕は人の感情を深く表現しているI'm still waiting at the door"を聞くとき、われわれは果たしてこの先AIを自在に制御し続けることができるのだろうか、と腹から怖れずにはいられない。

参照:同じ歌を違うFake映像のFake歌手が歌っている

https://www.youtube.com/shorts/N93P6x9R_AU

https://www.youtube.com/shorts/0Ld_Fu2JVq8

https://www.youtube.com/shorts/qUkAUpWTzzI

https://www.youtube.com/shorts/cw0lSGMDAkQ

https://www.youtube.com/shorts/cw0lSGMDAkQ





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参政党はナチスではないがナチスに通底する危険も秘めている

日の丸神谷演説650

参政党の躍進に少しおどろいた。支持が伸びるであろうことは、極右勢力が台頭し続けているここ欧州の状況や、トランプ主義が吹き荒れるアメリカのありさまに鑑みて予測できた。

だが彼らが14議席も獲得するとは正直思わなかったのである。

参政党のスローガンの「日本人ファースト」は、言うまでもなくアメリカの孤立主義を表す古い言葉「アメリカ・ファースト」に由来する。

第二次世界大戦中にはアメリカの参戦に反対する圧力団体「アメリカ第一主義委員会」が提唱し、2016年の大統領選挙でトランプ大統領がパクッて大成功を収めた。

それはさらにここイタリアの極右政権の「イタリア・ファースト」になり、他の国々の極右勢力も模倣して「それぞれの国ファースト」の大合唱になっている。

参政党は日本の多くの物事がそうであるように、欧米の後塵を有り難がって吸い込みながら、これを猿真似して「日本人ファースト」と叫んでいるのである。

その意味では可愛いものだ。パクリのパクリをさらにパクった彼らに、オリジナルの強い信念があるとも思えない。

参政党は将来、万万が一連立などで政権に近づくことがあっても、必ず湧き起こる欧米主導の世界世論に叩かれて、つまり外圧に負けて、彼らの差別主義的主張を引っ込めることになるだろう。

ヒトラーはヒトラーを知らなかったが、ドイツAfdを筆頭にする欧州の極右はヒトラーを知悉している。だから彼らはヒトラーにはならないし、なれない。

彼ら自身がヒトラーになることを躊躇するだけではなく、欧米が先導する世界世論が必ずこれを阻止する。ヒトラーとはそれほどに巨大な悪だ。

だかそうは言うものの、彼ら極右は飽くまでも極右であって、聖人君子や高潔の士の集まりではむろんない。

潜在的に極めて危険な政治勢力だ。従って早めにその芽を摘んだほうがいい。

だが、今この時はトランプ主義は大繁盛しAfdを筆頭にする欧州の極右も力をつけ続けている。先行きは分からない。

世界の趨勢によっては、欧米の二番煎じ勢力である参政党や保守党が、日本を席巻しないとは誰にも言えないのである。




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プーチンの信義違反


putinイラストと国旗650

先日の記事「≪人非人プーチンのブラックユーモア≫ 」を読んだプーチン支持者の方から「西側マスメディアに毒された見解」という、まるでご本人は東側住人でもあるかのようなコメントをいただいた。

僕の勉強不足を指摘したその方の勉強不足を嘆きつつ、前記事と重複する部分も敢えて削除せずに反論の意味も込めてこの記事を公表しておくことにした。

どんなに残忍な人間、例えば殺人犯にでも友人はいる。それがこの世のことわりだ。

ましてや一国の、それも大国の統率者であるプーチン大統領には、彼の権力の恩恵を受ける者以外にも多くの追従者がいるのが当たり前である。

しかし、だからといって、ウクライナに攻め込んだプーチン大統領の不正行為を「彼にも一理がある」という言い方で庇うのは無責任だ。

現代では主権国家を力でねじ伏せることは許されない。それは欧州が、アメリカが、日本が、アラブ諸国が、要するに世界中が過去に繰り返しやってきた蛮行である。

プーチン大統領は、2022年の欧州という開明が進んだ時間の流れの中で、ウクライナを侵略するという決定的な間違いを犯した。その間違いとは次のようなことだ。

欧州は紛争を軍事力で解決するのが当たり前の、野蛮で長い血みどろの歴史を持っている。そして血で血を洗う凄惨な時間の終わりに起きた、第1次、第2次大戦という巨大な殺戮合戦を経て、ようやく「対話&外交」重視の政治体制を確立した。

それは欧州が真に民主主義と自由主義を獲得し、「欧州の良心」に目覚める過程でもあった。

僕が規定する「欧州の良心」とは、欧州の過去の傲慢や偽善や悪行を認め、凝視し、反省してより良き道へ進もうとする“まともな”人々の心のことだ。

その心は言論の自由に始まるあらゆる自由と民主主義を標榜し、人権を守り、法の下の平等を追求し、多様性や博愛を尊重する制度を生んだ。

良心に目覚めた欧州は、武器は捨てないものの“政治的妥協主義”の真髄に近づいて、武器を抑止力として利用することができるようになった。できるようになったと信じた。

「欧州の良心」に基づいて政治・社会・経済制度の改革を加速させる欧州は、ロシアも自らの一部と見なした。

例えば西側を主導するG7クラブは、ロシアと協調する作戦を取り、同国をG7の枠組みに招待してG8クラブに作り変えたりしたほどだ。

言うまでもなくそこには、ロシアを懐柔しようとする西側の打算と術数が秘匿されていた。

同時にロシアは、西側とうまく付き合うことで得られる巨大な経済的利益と、政治的なそれを常に計算し巧みに利用してきた。

西側とロシアのいわば“化かし合いの蜜月”は、おおざっぱに言えば90年代の終わりに鮮明になり、プーチン大統領の登場によってさらに深化し定着した。

なぜか。

西側がプーチン大統領の狡猾と攻撃性を警戒しながらも、彼の開明と知略を認め、あまつさえ信用さえしたからである。

言葉を替えれば西側世界は、性善説に基づいてプーチン大統領を判断し規定し続けた。

彼は西側の自由主義とは相容れない独裁者だが、西側の民主主義を理解し尊重する男だ、とも見なされた。

しかし、西側のいわば希望的観測に基づくプーチン像はしばしば裏切られた。

その大きなものの一つが、2014年のロシアによるクリミア併合である。それを機会にG8はロシアを排除して、元のG7に戻った。

それでもG7が主導する自由主義世界は、プーチン大統領への「好意的な見方」を完全には捨て切れなかった。

彼の行為を非難しながらも強い制裁や断絶を控えて、結局クリミア併合を「黙認」した。そうやって西側世界はプーチン大統領に蜜の味を味わわせてしまった。

彼がウクライナに攻め込んだ遠因の一つには、クリミアでの成功体験のこころ覚えもあったに違いないのである。

西側はクリミア以後も、プーチン大統領への強い不信感は抱いたまま、性懲りもなく彼の知性や寛容を期待し続け、何よりも彼の「常識」を信じて疑わなかった。

「常識」の最たるものは、「欧州に於いては最早ある一国が他の主権国家を侵略するような未開性はあり得ない」ということだった。

ロシアも欧州の一部であるから血で血を洗う過去の悲惨な覇権主義とは決別していて、専制主義国家ながら自由と民主主義を旗印にする欧州の基本原則を理解し、たとえ脅しや嘘や化かしは用いても、“殺し合い”は避けるはずだ、と西側は信じた。

ところがどっこい、ロシアは2022年2月24日、主権国家のウクライナへの侵略を開始した。

欧州の一部であるはずのロシアはそこに至って、プーチン大統領という民主主義の精神とはかけ離れた、独善と悪意と暴力志向が強いだけの異様な指導者に完全支配された未開国であることが明らかになった。

プーチン・ロシアは欧州などでは無く、むしろアジア的な世界観に支配された国だと僕は考える。ここでいうアジアとは、民主主義を理解しない中国、アラブ、日本右翼的な、世界の全ての政治勢力のことだ。

ところが3年前、ロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったことを受けて日本では、ロシアにも一理がある、NATOの脅威がプーチンをウクライナ侵攻に駆り立てた、ウクライナは元々ロシアだった等々、こじつけや誤解や曲解また欺瞞に満ちた風説がまかり通った。

東大の入学式では、名のあるドキュメンタリー制作者がロシアの肩を持つ演説をしたり、ロシアを悪魔視する風潮に疑問を呈する、という論考が新聞に堂々と掲載されたりした。それらは日本の恥辱と呼んでもいいほどの低劣な、信じがたい言説だ。

そうしたトンデモ意見は、愚蒙な論者が偽善と欺瞞がてんこ盛りになった自らの考えを、“客観的”な立ち位置からの見方だと独りよがりに思い込み規定して、懸命に吠え立てただけのつまらない代物だ。

彼らはプーチン政権が主張した「ウクライナとNATOひいては西側全体がロシアの安全保障に脅威を与えたのが戦争の原因」という虚偽に踊らされて自説を展開したに過ぎない。

決して間違ってはならない。ウクライナもNATOも西側諸国の誰もロシアに侵攻などしていない。2022年にウクライナに攻め込み蹂躙し今この時も殺戮行為を続けているのは、ほかならぬプーチン・ロシアなのである。

ウクライナを侵略しているプーチン大統領のその行為は、言い訳など無用の悪だ。

彼はウクライナとNATOひいては西側の全体を脅威と見做し、警戒し、敵対している間は一理も二理も、三理さえもある男と言うことができた。

なぜならウクライナとNATOと西側の全体は、ロシアを侵略する意図はないものの、軍事的圧力を備えた大きな連合体としてウクライナの隣にどんと居すわっている。

その集団はロシアを信用していない。

ソビエトからロシア連邦へと形は変えたものの、ロシアは民主主義自由世界を敵視する潜在的に危険な存在、と見做してこれを強く警戒し監視を続けいる。

ロシアがその巨大な連合集団を脅威と感じ敵愾心を燃やすのは、プーチン大統領自身が西側の意図を誤解また恣意的に曲解している場合がほとんどとはいえ、理解できないこともない。

悪意を胸に秘めた者は、相手も自分と同じ悪意に凝り固まった存在だと思い込むのが普通だ。その悪心は自らの写し絵に過ぎないのだが、自分以外には信じる者とてない猜疑心の塊の独裁者は、中々それに気づけない。

プーチン大統領は、彼の得意な脅しや、騙しや、嘘や、情報操作など、彼が過去にも現在も実行しまくり、将来も実践し続けるであろう蛮行の限りを尽くしても、決して主権国家を侵略するべきではなかった。

プーチン大統領がウクライナ侵略を正当化しようとして何かを言い、弁解し、免罪符を求めても、もはや一切無意味になった。それらは全て枝葉末節であり言い逃れであり虚偽になったのある。

事態の核心は、彼が歴史を逆回転させて大義の全くない侵略戦争を始め、ウクライナ国民を惨殺していることに尽きる。

何があっても絶対に主権国家を侵略しない、という決意を含む「欧州の良心」を具体化しようとする欧州自身の努力の結果は、民主主義政治体制と同様にむろん未だ完璧ではない。むしろ欠点だらけだ。

だがそれは、ロシアや中国や北朝鮮やトランプ主義者、さらに日本右翼団体ほかの強権、全体主義勢力に比べた場合は、完璧以上の優れた体制だ。

ロシアの蛮行を放置し、プーチン大統領の悪意を徹底して挫(くじ)かなければ、それらの負の政治勢力が勢いを増して、世界中にいくつものウクライナが生まれないとも限らない。

ちなみに

僕は2022年前後、「欧州の良心」に基づく政治勢力は欧州全体では過半数、世界では半分をほんの少し上回る程度に存在する、と考えていた。

しかし米トランプ大統領が再登場した今はそれさえ怪しくなって、権威主義的政体を信奉する先祖返り勢力が世界の過半数を超えるまでになったと感じる。

かつて、つまりトランプ大統領が登場するはるか以前の僕は、「欧州の良心」に基づくリベラルな政治勢力が世界の圧倒的多数だと幼稚に且つユートピア的に考えていた。

だが、トランプ主義の台頭、Brexit の実現、イタリアのポピュリスト政権の登場などを見て、それは過半数をかろうじて上回る程度の弱々しい多数に過ぎない、と思い知るようになった。

それらの動きに中露北朝鮮が率いる世界の専制国家群を加えると、対抗する「欧州の良心」はますます頼りない存在になってしまう。

「欧州の良心」に賛同する者(僕もその一人だ)は、強い意志でそれを死守するべく闘わなくてはならない。

欧州の良心も、民主主義も、言論の自由も、その他あらゆる自由主義社会の良さは全て、闘って勝ち取るものだ。

それは黙っていると、すぐに専制主義とそれを支持する勢力に凌駕されてしまう儚いコンセプトであり、政治文化社会風土なのである。



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弱い横綱は横綱ではないから横綱でいるべきではない

浮世絵大相撲切り取り650

今場所もまた横綱らしからぬ豊昇龍の体たらくを見ながら考えた。

時間経過とともに横綱の質も変わった。どちらかというと劣化している。あるいは相撲協会が、看板となるスター力士の不在を焦って、横綱の器ではないものを昇進させている。

高い名誉を保つためにも、横綱は大関と同じようにその地位から降格させるシステムにしたほうがいいと思う。

例えば次のような形だ。

横綱に上がった者は3場所以内に優勝しなければ大関に降格させる。これが厳し過ぎるならば、6場所つまり1年以内に優勝できない者は大関に降格させる、という規則でもいい。

大関は2場所連続で負け越すと降格となるが、横綱の場合は負け越し、つまり勝ち星の数を争点にするのはレベルが低すぎる。そこで優勝を条件にするのである。

横綱昇進後の3場所(あるいは6場所)以内に優勝できなければ大関に降格。だが降格後の場所で優勝すれば即横綱に返り咲きとする。逆の場合は、以降、大関の残留規定に従う。

だがそれでは甘すぎる感じもするので、元横綱の場合は「大関を陥落した時点で強制的に引退」という風にしたほうがいいかもしれない。

近年多くの大関が陥落したが、大半は平幕に残って相撲を取り続けている。即ち、琴奨菊、髙安、栃ノ心、朝乃山、正代、御嶽海、 霧島らだ。現大関の琴櫻も降格は時間の問題だろう。

最近の大関は弱すぎる。その弱すぎる大関の中から横綱に昇進するのだから、その力士も弱いということなのだろう。その典型が横綱豊昇龍だ。

彼を降格させるためには、今場所終了前に横綱降格規定を作るべきだが、時間がないなら一旦「6場所以内に優勝できない場合は降格」としておいて、豊昇龍の立場が落ち着いた後に、「3場所以内に優勝できないなら降格」とルールを書き換えればいいのである。




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どうやら目の手術は成功らしい


斜めを2000にして切り取り650

手術した眼窩脂肪ヘルニアの最終経過チェックがあった。

首尾は順調で、腫れはほぼ完全に引き、目の充血もうっすらと赤い程度にまで回復した。

元々目は充血しやすく、また狭心症の手術後ずっと服用している抗血栓薬の影響もあって治りが遅いとのこと。

視線を移動するとき少しの違和感があり疲れも覚えたりするが、それも時間経過とともに消えるだろう、という医師の説明がすっと腑に落ちたほどに気分は軽い。

執刀医のガブリエレ・B医師とも話した。彼は目の奥2cmまでメスで切り込んだという。僕は驚愕した。

手術前、全身麻酔をするのは予定よりも深くメスを入れなければならないからだ、という説明は受けていたが、目の奥を2cmも切り裂くとは思いもよらなかった。

臆病且つ無知な患者の僕は、改めてぞっとすると同時に現代医術の鮮やかなテクニック三嘆した。

執刀医が顎顔面外科の権威アンドレアC教授の愛弟子であることも知った。C教授は、目にメスを入れる手術に尻込みする僕をなんなく説得して、その気にさせた張本人だ。

僕は教授が執刀するものと思い込んだが、実際には愛弟子が受け持ったのだった。手術後の経過はあまり良くなく、一時は不安になった。

しかし、今もかすかに残っている手術の影響による不調和は、たとえそのまま居すわっても耐え難い苦痛とまでは言えないだろう。

結局、手術は成功、と考えても構わないようである。

イタリアの医療レベルを疑わなくてよかった、と僕はひそかに胸をなでおろしている。

なお

目がひどく充血したり脂肪が目じりに突出したりしている間は眼科の診察を受けたが、除去するか否かを決める段階になってからは、顎顔面外科の担当になった。

眼科医の診たては、外観が悪いだけで支障はなく(僕の場合は充血がひどくなったりするとき多少の不快感はあった)、また脂肪の固まりは除去しても再形成される可能性が高いから手術は避けるべし、というものだった。

だが顎顔面外科のC教授は、悪化する可能性が高いから早めに除去したほうがいい、という方針で僕はそれに乗った。

結果、徹底除去するために全身麻酔をして目に深くメスを入れる術式になった。

脂肪の突出は2度と起こらないという執刀医の言葉を信じたい。




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真人間を装う人非人、プーチンの一理が間違っているから世界は混乱する

ugly横長650

ロシアのプーチン大統領が先日、イラン-イスラエルの殺し合いの仲介役を買って出ようとするのを見て、僕は思わず「人非人のスパイが真人間ぶるな」と手術したばかりの目の痛みも忘れてつぶやいた。

そうはいうものの、しかし、とまた考えた。

プーチン大統領は、イランのハメネイ師とイスラエルのネタニヤフ首相の双方に太いパイプがある数少ない世界の指導者のひとりだ。

言うまでもなく彼はイランとより親しいが、例えばイスラエルの肩を持つばかりでイランとはあからさまに敵対しているトランプ大統領などとは違う。

プーチン大統領がいがみ合う2国の仲介をするのは、あるいは現実的な話かもしれない、などと思いをめぐらした。

するとすぐに、トランプ大統領がイランの核施設を攻撃して世界をあっと言わせた。

彼の策はいったん成功してイランとイスラエルは停戦に合意した。先は不透明だが、トランプ大統領の不意打ち作戦はとりあえず功を奏している。

同時に彼は戦争をしない大統領などではないことを、世界に向けてあっさりと白状した。

トランプ大統領の岩盤支持者らの妄信の一つは、彼が平和主義者であり決して戦争をしない大統領になるということだ。

だが核兵器開発を進めるイランの施策の是非はさておき、いきなり同国を攻撃したのは戦争以外のなにものでもない。

トランプ大統領はそのほかにも好戦的な指導者であることを示唆する多くの争点を提示している。

例えばメキシコの分割支配まで視野に入れているに違いない同国への言いがかり、カナダ併合案、グリーンランド略奪プラン、無理偏にゲンコツのパナマ運河分捕り計画。またガザを占領してリゾート地に作り変える謀計など。

トランプ大統領は気が違ったとしか見えない、だがそれが彼の本性である爆弾ヤンキーな主張を続けながら、並行して高額関税の鉄拳を振り回しては世界を無用に混乱させてもいる。

片やトランプ大統領と同じ世界のアキレス腱であるプーチン大統領は、NATOがロシアを侵略するという妄想に駆られて、ウクライナを占領しそこを楯にしようと考えた。

だがNATOのうちの特に西欧諸国には、相手(この場合はロシア)の動きを警戒しつつも、決してこちらから攻撃を仕掛けることはないという不文律がある。

欧州は対立を軍事力で解決するのが当たり前の、野蛮で長い血みどろの歴史を持っている。そして血で血を洗う凄惨な時間の終わりに起きた、第1次、第2次大戦という巨大な殺戮合戦を経て、ようやく「対話&外交」重視の政治体制を確立した。

それは欧州が真に民主主義と自由主義を獲得し、「欧州の良心」に目覚める過程でもあった。

僕が規定する「欧州の良心」とは、欧州が自らの過去の傲慢や偽善や悪行を認め、凝視し、反省してより良き道へ進もうとする“まともな”人々の心のことだ。

その心は言論の自由に始まるあらゆる自由と民主主義を標榜し、人権を守り、法の下の平等を追求し、多様性や博愛を尊重する精神と制度を生み出した。

良心に目覚めた欧州は、武器は捨てないものの“政治的妥協主義”の真髄に近づいて、武器を抑止力として利用することができるようになった。できるようになったと信じた。

その欧州、あるいは西側民主主義自由世界はかつて、プーチン大統領の狡猾と攻撃性を警戒しながらも、彼の開明と知略を認め、あまつさえ信用さえした。言葉を替えれば、性善説に基づいてプーチン大統領を判断し規定し続けた。

プーチン大統領は西側の自由主義とは相容れない独裁者だが、西側の民主主義を理解し尊重する男だ、とも見なされたのだ。

しかし、西側のいわば希望的観測に基づくプーチン観はしばしば裏切られた。

その大きなものの一つが、2014年のロシアによるクリミア併合だ。それを機会にロシアを加えてG8に拡大していたG7は、ロシアを排除して、元の形に戻った。

それでもG7が主導する西側民主主義自由世界は、プーチン大統領への「好意的な見方」を完全には捨て切れなかった。

彼の行為を非難しながらも強い制裁や断絶を控えて、結局クリミア併合を「黙認」した。そうやって西側民主主義自由世界はプーチン大統領に蜜の味を味わわせてしまった。

彼らはクリミア以後も、プーチン大統領への強い不信感は抱いたまま、性懲りもなく彼の知性や寛容を期待し続け、何よりも彼の「常識」を信じて疑わなかった。

「常識」のうちの最大のものが、「欧州に於いては最早ある一国が他の主権国家を侵略するような未開性はあり得ない」ということだった。彼らが考えるその欧州にはロシアも含まれていた。

ロシアも血で血を洗う過去の悲惨な覇権主義とは決別していて、専制主義国家ながら自由と民主主義を旗印にする欧州の基本原則を理解し、たとえ脅しや嘘や化かしは用いても、“殺し合い”は避けるはずだ、と思い込んだ。

ところがどっこい、ロシアは2022年2月24日、主権国家のウクライナへの侵略を開始。ロシアはプーチン大統領という魔物に完全支配された未開国であることが明らかになった。

プーチン大統領の悪の核心は、彼が歴史を逆回転させて大義のない侵略戦争を始め、ウクライナ国民を虐殺し続けていることに尽きる。

それに対する彼の言い訳は、「NATOがウクライナを取り込んでロシアに攻め込もうとしている」という迷妄だった。その妄想は彼自身の本性の写し絵である。

永遠のスパイであり猜疑心の塊であるプーチン大統領は、彼自身がいつでもどこでも他国を侵略し支配し搾取するつもりでいるように、NATOもいつかロシアを蹂躙すると思い込んでいる。

彼にはNATO構成国あるいは西側自由主義陣営が、血で血を洗う長い凄惨な歴史を経て、欧州の良心に目覚め他国を侵略しない境地に至ったことが理解できない。だからNATOの侵攻という妄想に囚われた。

だがそれは、欧州ではない「未開ロシア」の妄想に過ぎないのである。

ロシアは欧州の一部などではなく、同時にプーチン大統領は、民主主義の精神とはかけ離れた独善と悪意と暴力志向が強いだけの、異様な指導者であることが再確認された。

いとも簡単に戦争を起こし虐殺に手を染めるプーチン大統領が、別の紛争の殺し合いを仲介するというのは、どう見てもやはり醜悪なブラックジョークというほかはない。

トランプ大統領が突然イランを爆撃したのは、しかし ― イスラエルと足並みを揃えた状況を敢えて無視して考えれば ―ブラックジョークに怒ってプーチン仲介案を潰したという良心的な話ではむろんなく、仲介の手柄を自分のものにしたいという彼特有の幼稚な思惑に駆られたから、と考えるほうが納得しやすい。



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気長に回復を待つことにした

カモーリの画像のようです

「眼窩脂肪ヘルニア」 の手術を受けたが術後の経過が良くない。

手術した左目の様子を写真に撮るとエグいが、病気のこと、手術のこと、さらに経過報告など、医療情報として役立つ内容もあると思うので、少し辛いが発信を続けることにする。

なお絶不調な目の絵はここまでに掲載したものを見ていただきたい。今朝の様子はこれまでの重い充血に加えて、瞼がさらに腫れ上がている状態。

いわば「お岩さん目」が、さらに怨みが募っていよいよお化けになった、というふうである。

病院でのチェックは納得のいくものだったが、一夜明けた今朝の目の状態は、より悪化しているとしか言いようがない。

腫れと充血は予期されたことで問題はない。ただ充血が普通よりも重篤に見えるなのは、2019年からずっと服用してる狭心症の薬の影響らしい。回復が遅れるが問題はない。

視界がややかすむのが気になるが、それもおそらく腫れが引き充血が収まるのと平行して元に戻るはずだ。

要約すればそれが病院での検査結果である。

検査の途中では、僕に手術を受ける決心をさせたアンドレアC教授とも面談した。ちなみに彼は正確には眼科医ではなく顎顔面が専門の外科医である。

「手術日が2度に渡って延期されたのはなぜですか」僕は教授に訊いた。

「こちらの準備とスタッフ(執刀医?)の調整がつかなかったからです」

「あなたが執刀してくださるものとばかり思っていました」

「執刀した者は、この手術が得意な経験豊富な外科医です」

なぜ教授が執刀しなかったのか、という質問の核ははぐらされた格好だが、僕はそれ以上追及しなかった。無意味だと思ったからだ。

大学医学部とも密接に繋がっている病院は規模が大きく、各部局に多くの医師と医療スタッフがいる。特別な状況でもない限り患者が執刀医を選ぶことはできない。

そしてもしもこの先、たとえ手術が失敗だったと分かっても、教授も執刀医も誰も責任など取らないであろうことは火を見るりも明らかだ。医療ミスをおいそれと認める病院や医師はいない。

だが今のところ病院やイタリア医療への僕の信頼はまだ根底から揺らいだわけではない。

気長に経過を見ていくことにした。



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