【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

イタリア初の女性首相の精悍

三色旗真ん中メロン650

イタリアではベルルスコーニ元首相が6月12日に死去した直後から、彼も参与していたメローニ政権の先行きを危ぶむ声が多く聞かれた。

86歳だったベルルスコーニ元首相はキングメーカーを自認し、周りからは政権の肝煎りとしての役割も期待された。

メローニ政権は首相自身が党首を務める「イタリアの同胞」と故ベルルスコーニ氏が党首だった「フォルツァ・イタリア」、またサルビーニ副首相兼インフラ相が党首の「同盟」の3党連立政権だ。

連立を組む3党はいずれも保守政党。イタリアでは中道右派と規定される。だがその中で中道の呼び方に見合うのは、元首相の「フォルツァ・イタリア」のみである。

メローニ首相率いる議会第1党の「イタリアの同胞」は、ファシスト党の流れを汲む極右政党。政権第2党の「同盟も極右と呼ばれることが多い超保守勢力だ。

「フォルツァ・イタリア」も極右2党に迫るほどの保守派だが、ベルルスコーニ元首相を筆頭に親EU(欧州連合)で結束しているところが2党とは違う。

メローニ首相はベルルスコーニ政権で閣僚を務めたこともある親ベルルスコーニ派。「同盟」のサルビーニ党首も、過去に4期、計9年余も首相を務めたベルルスコーニ氏に一目置いている、という関係だった。

ベルルスコーニ元首相が政権の調整役、という役割を負っても不思議ではなかったのである。

政権の副首相兼インフラ大臣でもあるサルビーニ「同盟」党首は、野心家で何かと独善的に動く傾向があり、過去の政権内でも問題を起こすことが多かった。

そのためベルルスコーニ元首相の死去を受けて、サルビーニ副首相兼インフラ相が俄かに勢いづいて動乱の狼煙をあげるのではないか、と危惧された。

それは杞憂ではなかった。サルビーニ氏は先日、来たる欧州議会選挙ではフランス極右の国民連合と、ドイツ極右の「ドイツのための選択肢」とも共闘するべき、と主張し始めたのだ。

するとすぐに「フォルツァ・イタリア」の実質党首で外相のタイヤーニ氏が、極右の2党とは手を結ぶべきではない、と反論。連立政権内での軋みが表面化した。

「フォルツァ・イタリア」はベルルスコーニ党首の死後、ナンバー2のタイヤーニ外相(兼副首相)が党を率いているが、彼にはベルルスコーニ元首相ほどのカリスマや求心力はない。

それでも政権内ではタイヤーニ外相の存在は軽くない。彼とサルビーニ氏の対立は、一歩間違えば政権崩壊への道筋にもなりかねない重いものだ。

メローニ首相は、前述の欧州最強の極右勢力との共闘については今のところ沈黙している。

彼女は選挙前、サルビーニ氏以上の激しさで極右的な主張を展開した。だが総選挙を制して首班になってからは、激烈な言動を控えて聡叡になった。

ある意味で一国のトップにふさわしい言動を続けて、風格さえ漂わせるようになったのだ。

メローニ首相にはもはやベルルコーニ元首相のような仲介役は政権内に要らないのかもしれない。独自にサルビーニ氏をあしらう法を編み出したのではないか、と見えるほど落ち着いている。

彼女がこの先、サルビーニ“仁義なき戦い”大臣をうまく制御できるようになれば、連立政権は長続きするだろう。

だがその逆であるならば、イタリア初の女性首相の栄光は終わって、早晩イタリア共和国の「いつもの」政治不安の季節が訪れるに違いない。





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プーチンの終わりが始まった

ビニールの中の2人の顔650

ならず者のプリゴジンが、ならず者のプーチンを倒して世界を救うかも、と淡い期待を抱かせたもののあえなく沈没した。

ロシアの民間傭兵組織・ワグネルの反乱は24時間足らずで鎮圧された。毒を持って毒を制すなんてそう簡単にはいかないものだ。

プりゴジンは「7月1日にワグネルがロシア政府によって強制的に解体され消滅するのを防ぐために反乱を起こした。プーチン政権を転覆させるのが目的ではなかった」と言い訳した。

だが当たり前に考えれば、ワグネルのプリゴジンはもう死体になったも同然だと見るべきだろう。

プーチンに武力で対抗しようとして事実上敗れ、プーチンの犬のルカシェンコの庇護の下に入ったのである。プーチンは思い通りに、いくらでも彼をなぶることができるのではないか。

殺すにも幾通りかのやり方がありそうだ。

先ず密かに殺す。スパイのプーチン得意のお遊びだ。殺しておいて知らんぷりをし、殺害現場を見られても証拠を突きつけられても、鉄面皮に関係ないとシラを切り通す

おおっぴらに処刑する。今回の場合などは裏切り者を消しただけ、と大威張りで主張することも可能だ。意外と気楽にやり切るかもしれない。

殺害する場合はどんな手段にしろ、邪魔者を排除するという直接の利益のほかに、プーチン大統領に敵対する者たちへの見せしめ効果もある。

飼い殺しにするやり方もあるだろう。飼っておいていざという時には再び戦闘の最前線に送る、汚い仕事を強制的にやらせる、などの道がある。

殺すとプリゴジンが殉教者に祭り上げられてプーチンに具合が悪い事態になるかもしれない。だが長期的にはほとんど何も問題はないだろう。

逆に殺さなければプーチンの権威がますます削がれて危険を招く可能性が高まる。プーチンはやはりプリゴジンを殺すと見るべきだろう。

だがその前に、プリゴジンと親しくワグネルの反乱計画を事前に知っていた、とされるロシア軍のスロビキン副司令官が逮捕されたと各メディアが伝えている。

プーチンは「ロシアに背中から斬りつけた“裏切り者”」として、先ずスロビキン副司令官を粛清すると決めたらしい。

最大の裏切り者であるプリゴジンではなく、スロビキン副司令官を先に断罪するのは、プーチンがプリゴジンに弱みを握られていることの証だろう。

弱みとは、彼を排除することで、ワグネルの隊員や同調者らの反感を買うことや、先に触れたようにプリゴジンが神格化される可能性などを含む。

それでも彼は、スロビキンを排除したあとにはプリゴジンにも手を伸ばして殺害しようとするのではないか。

このまま何もしないでプリゴジンがベラルーシで生存し続けることを許せば、プーチンの権威はさらに地に落ちる。

そうなれば、遅かれ早かれプーチン自身も失墜し排除されるのは確実だ。

つまり、何がどう転ぼうと、プーチンの終わりは既に始まっている。




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漁師の命と百姓の政治


The Prank 漁650                    ©ザ・プランクス

                         

                     

菜園を耕して分かったことの一つは、野菜は土が育ててくれる、という真理である。

土作りを怠らず、草を摘み、水や肥料を与え、虫を駆除し、風雪から保護するなどして働きつづければ、作物は大きく育ち収穫は飛躍的に伸びる。

しかし、種をまいてあとは放っておいても、大地は最小限の作物を育ててくれるのである。

百姓はそうやって自然の恵みを受け、恵みを食べて命をつなぐ。百姓は大地に命を守られている。

大地が働いてくれる分、百姓には時間の余裕がある。余った時間に百姓は三々五々集まる。するとそこには政治が生まれる。

1人では政治はできない。2人でも政治は生まれない。2人の男は殺し合うか助け合うだけだ。

百姓が3人以上集まると、そこに政治が動き出し人事が発生する。政治は原初、百姓のものだった。政治家の多くが今も百姓面をしているのは、おそらく偶然ではないのである。

漁師の生は百姓とは違う。漁師は日常的に命を賭して生きる糧を得る。

漁師は船で漁に出る。近場に魚がいなければ彼は沖に漕ぎ進める。そこも不漁なら彼はさらに沖合いを目指す。

彼は家族の空腹をいやすために、魚影を探してひたすら遠くに船を動かす。

ふいに嵐や突風や大波が襲う。逃げ遅れた漁師はそこで命を落とす。

古来、海の男たちはそうやって死と隣り合わせの生業で家族を養い、実際に死んでいった。彼らの心情が、土とともに暮らす百姓よりもすさみ、且つ刹那的になりがちなのはそれが理由である。

船底の板1枚を経ただけの地獄と格闘する、漁師の生き様は劇的である。劇的なものは歌になりやすい。演歌のテーマが往々にして漁師であるのは、故なきことではない。

現代の漁師は馬力のある高速船を手にしたがる。格好つけや美意識のためではない。沖で危険が迫ったとき、一目散に港に逃げ帰るためである。

また高速船には他者を出し抜いて速く漁場に着いて、漁獲高を伸ばす、という効用もある。

そうやって現代の漁師の生は死から少し遠ざかり、欲が少し増して昔風の「荒ぶる純朴な生き様」は薄れた。

水産業全体が「獲る漁業」から養殖中心の「育てる漁業」に変貌しつつあることも、往時の漁師の流儀が廃れる原因になった。

今日の漁師の仕事の多くは、近海に定位置を確保してそこで「獲物を育てる」漁法に変わった。百姓が田畑で働く姿に似てきたのだ。

それでも漁師の歌は作られる。北海の嵐に向かって漕ぎ出す漁師の生き様は、男の冒険心をくすぐって止まない。

人の想像力がある限り、演歌の中の荒ぶる漁師は永遠なのである。




「怪物」より怪物的に面白い「アバウト・シュミット」  

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 映画「怪物」の退屈にうんざりした直後、イタリアへと飛ぶ飛行機の中で、たまたまジャック・ニコルソン主演の米映画「アバウト・シュミット」を観た。

面白く心を揺さぶられる内容だった。映画の良さを再確認した。そこで先日批判した「怪物」との決定的な違いについて書いておくことにした。

ジャック・ニコルソン演じるウォーレン・シュミットは、一流保険会社からの定年退職をきっかけに自身の人生を見つめなおす環境に置かれる。

妻のヘレンと2人で悠々自適の生活のはずが、仕事のない日常は退屈で不満だらけ。ストレスがたまっていく。

わずかな救いは、アフリカの貧しい子供を救うプロジェクトに参加してささやかな寄付をし、手紙を通して6歳の男の子の養父となっていることだった。

そんな中、妻が突然亡くなり、遠くに住む一人娘とはたまにしか会えない。ひとりで悶々と暮らすうちに、死んだ妻が親友と浮気していたことを知り彼の心はすさむ。

彼は妻と2人で行くはずだったキャンピングカーを運転して、ひとりで自分探しの旅に出る。孤独と挫折を経験しながら、シュミットは次第に人生の意味を学んでいく。

最後には、自身が養父になっているアフリカの少年とのつながりも、美しい人生のひと駒であることを悟って、はらはらと涙をこぼす、という展開である。

「アバウト・シュミット」は、派手なアクションや麻薬や陰謀や殺人や戦闘シーン等々の活劇が無いヒューマンドラマである。その意味では「怪物」の系譜の映画だ。

「アバウト・シュミット」が「怪物」と決定的に違うのは、出だしは少したるい展開だが時間経過と共にストーリーが俄然面白くなる点だ。

「怪物」は逆に始まりが興味深く、時間経過と共に話は重くわかりづらくなる。思い入れたっぷりの展開がうっとうしい。

「アバウト・シュミット」では、観る者は観劇の途中で余計なことは何も考えずにストーリーに引き込まれて行く。そして笑い、ホロりとさせられ、感動する。

あげくには「観劇後に」いろいろと考えさせられる。優れた映画の典型的な作用である

片や「怪物」では、観客はストーリーを追いかけるのに苦労し理解しようと考え続け、ついには「映画館で」疲れ果ててしまう。

つまらない映画を観る観客がたどる典型的な道筋である。

実を言えば僕は「アバウト・シュミット」という映画の存在を知らなかった。

日本からイタリアまでの長いフライトに疲れてビデオ画面をいじくるうちに、ジャック・ニコルソンらしい画面が目に入った。

僕はジャック・ニコルソンのファンだ。「アバウト・シュミット」が21年も前の作品だとは気づかず、俳優が今も若いことをかすかに喜びながらストーリーに引き込まれて行った。

映画が2002年の制作で、ジャック・ニコルソンが先日死去したイタリアのベルルスコーニ元首相とほぼ同じ年齢の86歳と知ったのは、イタリアに戻ってネット検索をした時である。

僕は名優のファンだが彼の年齢には無頓着だった。もはや86歳と知って少し寂しくなった。

同時に21年の歳月を経ても色あせない「アバウト・シュミット」の名画振りを思い、改めて感慨に浸った。



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ベルルスコーニの置き土産

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2023年6月12日、人生と政治生命の黄昏に立たされても鈍い光沢を放ち不死身にさえ見えたベルルスコーニ元イタリア首相が死去した。

脱税、少女買春、利害衝突とそれを否定する法改悪、数々の人種・女性・宗教差別発言、外交失言、下卑たジョークの連発、などなど、彼は彼を支持する無知な大衆が喜ぶ言動と、逆に彼を嫌悪する左派インテリがいよいよ激昂する、物言いや行動を無意識にまた多くの場合はわざと繰り返した。

そのために彼の周りでは騒ぎが大きくなり、ポピュリストしての彼の面目が躍動するというふうになった。

ベルルスコーニ元首相は道化師のように振舞ったが、常にカリスマ性を伴っていた。彼は一代で富を築いた自分を国民の保護者として喧伝し、国家の縛りに対抗して誰もが自分のように豊かになれる、と言い続けた。

彼はまたポリティカルコレクトネス(政治的正義主義)とエリートと徴税官と共産主義を嫌う大衆の心を知り尽くしていて、自分こそそれらの悪から国民を守る男だ、と彼の支配するメディアを通して繰り返し主張した。

それからほぼ30年後にはアメリカに彼とそっくりの男が現れた。それがドナルド・トランプ第45代米大統領だ。

彼と前後して出たブラジルのボルソナロ前大統領、トルコのエルドアン大統領、ハンガリーのオルバン首相、果てはBrexitを推進した英国右翼勢力までもがベルルスコーニ元首相のポピュリズムを後追いした。

美徳は模倣されにくいが、不徳はすぐに模倣される現実世界のあり方そのままだ。悪貨は良貨を駆逐するのである。

ちなみにそれらのポピュリストとは毛並みが違うものの、ベルルスコーニ元首相の負の遺産と親和的という意味で、安倍元首相やプーチン大統領などもベルルスコーニ氏のポピュリズムの影響下で蠢く存在だ。

世界のポピュリストに影響を与えたベルルスコーニ元首相は同時に、それらの政治家とはまったく異なる顔も持つ。それが彼の徹頭徹尾の明朗である

トランプ前大統領との比較で見てみる。

ベルルスコーニ元首相は、トランプ前大統領のように剥き出しで、露骨で無残な人種偏見や、宗教差別やイスラムフォビア(嫌悪)や移民排斥、また女性やマイノリティー蔑視の思想を執拗に開陳したりすることはなかった。或いはひたすら人々の憎悪を煽り不寛容を助長する声高なヘイト言論も決してやらなかった。

言うまでもなく彼には、オバマ大統領を日焼けしている、と評した愚劣で鈍感で粗悪なジョークや、数々の失言や放言も多い。前述のようにたくさんの差別発言もしている。また元首相は日本を含む世界の国々で-欧州の国々では特に-強く批判され嫌悪される存在でもあった。

僕はそのことをよく承知している。それでいながら僕は、彼がトランプ米前大統領に比べると良心的であり、知的(!)でさえあり、背中に歴史の重みが張り付いているのが見える存在、つまり「トランプ主義のあまりの露骨を潔しとはしない欧州人」の一人、であったことを微塵も疑わない。

言葉をさらに押し進めて表現を探れば、ベルルスコーニ元首相にはいわば欧州の“慎み”とも呼ぶべき抑制的な行動原理が備わっていた、と僕には見える。再び言うが彼のバカげたジョークは、人種差別や宗教偏見や女性蔑視やデリカシーの欠落などの負の要素に満ち満ちている。

だが、そこには本物の憎しみはなく、いわば子供っぽい無知や無神経に基づく放言、といった類の他愛のないものであるように僕は感じる。誤解を恐れずに敢えて言い替えれば、それらは実に「イタリア人的」な放言や失言なのだ。

あるいはイタリア人的な「悪ノリし過ぎ」から来る発言といっても良い。元首相は基本的にはコミュニケーション能力に優れた楽しい面白い人だった。彼は自分のその能力を知っていて、時々調子に乗ってトンデモ発言や問題発言に走る。しかしそれらは深刻な根を持たない、いわば子供メンタリティーからほとばしる軽はずみな言葉の数々だ。

いつまでたってもマンマ(おっかさん)に見守られ、抱かれていたいイタリア野郎,つまり「コドモ大人」の一人である「シルビオ(元首相の名前)ちゃん」ならではの、おバカ発言だったのだ。

トランプ氏にはベルルスコーニ元首相にあるそうした無邪気や抑制がまるで無く、憎しみや差別や不寛容が直截に、容赦なく、剥き出しのまま体から飛び出して対象を攻撃する、というふうに見える。

トランプ前大統領の咆哮と扇動に似たアクションを見せた歴史上の人物は、ヒトラーと彼に類する独裁者や専制君主や圧制者などの、人道に対する大罪を犯した指導者とその取り巻きの連中だけである。トランプ前大統領の怖さと危険と醜悪はまさにそこにある。

最後にベルルスコーニ元首相は、大国とはいえ世界への影響力が小さいイタリア共和国のトップに過ぎなかった。だが、トランプ前大統領は世界最強国のリーダーである。拠って立つ位置や意味が全く異なる。世界への影響力も、イタリア首相のそれとは比べるのが空しいほどに計り知れない。

その観点からは、繰り返しになるが、トランプ前大統領のほうがずっと危険な要素を持っていた。

ベルルスコーニ元首相が亡くなって世界からひとつの危険と茶目が消えた。だが彼が発明して世界に拡散した危険は、トランプ氏が再び米大統領に返り咲く可能性を筆頭に、ポピュリズムの奔流となってそこら中に満ち溢れている。




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怪物的な「怪物」の退屈

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鳴り物入りで上映が始まり進行している映画「怪物」を、帰伊直前の慌ただしい中で観た。

退屈そのものの内容に、時間を奪われた思いで少し腹を立てた。

カンヌ映画祭で脚本賞を受賞したのは何かの間違いではないか、と疑う気持ちにさえなった。

だがしかし、むしろ思わせぶりの内容だからこそ映画祭での受賞となったのだろう、と思い直した。

映画祭や賞や専門家は、大衆受けするエンタメよりも“ゲージュツ的難解”を備えたような作品を評価したがるものだ。

映画の初めは興味津々に進む。今ホットなテーマであるイジメの話と見えたのだ。

イジメではないか、と学校にねじ込む女主人公と対応する校長らとのやり取りの場面は、深く面白くなるであろう映画の内容を予感させた。

だが期待は裏切られる。

イジメられているらしい子供の担任の教師が見せる矛盾や、時間経過と共に― 作者の意図するところとは逆に― 子供たちの存在が軽く且つ鬱陶しさばかりが募っていく展開に食傷した。

映画の構成は重層的である。イジメとLGBTQと人間の二面性が絡みあって描かれる。謎解きのような魅力も垣間見える。

時間を遡及する際に、過去のシーンの切り返しの絵を使って退屈感を殺そうとする試みも好ましい。

嵐のシーンの細部の絵作りもリアリティーがある。

ところがそれらの努力が、全体のストーリー展開のつまらなさ故に全て帳消しとなって、ひたすらあくびを嚙み殺さなければならない時間が過ぎた。一昔前芸術追従映画を観るようだった。

映画は映画人が、芸術一辺倒のコンセプトでそれを塗り潰して、独りよがりの表現を続けたために凋落した。

言葉を換えれば、映画エリートによる映画エリートのための映画作りに没頭して、大衆を置き去りにしたことで映画産業は死に体になった。

それは映画の歴史を作ってきた日仏伊英独で特に顕著だった。その欺瞞から辛うじて距離を置くことができたのは、アメリカのハリウッドだけだった。

映画は一連の娯楽芸術が歩んできた、そして今も歩み続けている歴史の陥穽にすっぽりと落ち込んだ。

こういうことだ。

映画が初めて世に出たとき、世界の演劇人はそれをせせら笑った。安い下卑た娯楽で、芸術性は皆無と軽侮した。

だが間もなく映画はエンタメの世界を席巻し、その芸術性は高く評価された。

言葉を換えれば、大衆に熱狂的に受け入れられた。だが演劇人は、「劇場こそ真の芸術の場」と独りよがりに言い続け固執して、演劇も劇場も急速に衰退した。

やがてテレビが台頭した。すると映画人は、かつての演劇人と同じ轍を踏んでテレビを見下し、我こそは芸術の牙城、と独り合点してエリート主義に走り、大衆から乖離して既述の如く死に体になった。

そして我が世の春を謳歌していた娯楽の王様テレビは、今やインターネットに脅かされて青息吐息の状況に追いやられようとしている。

それらの歴史の変遷は全て、娯楽芸術が大衆に受け入れられ、やがてそっぽを向かれて行く時間の流れの記録だ。

大衆に理解できない娯楽芸術は芸術ではない。それは芸術あるいは創作という名の理論であり論考であり学問であり理屈であり理知また試論の類である。つまり芸術ならぬ「ゲージュツ」なのだ。

気難しい創作ゲージュツを理解するには知識や学問や知見や専門情報、またウンチクがいる。

だが「寅さん」や「スーパーマン」や「ジョーズ」や「ゴッドファーザー」や「7人の侍」等を愛する“大衆”は、そんな重い首木など知らない。

彼らは映画を楽しみに映画館に行くのだ。「映画を思考する」ためではない。大衆に受けるとは、作品の娯楽性、つまりここでは娯楽芸術性のバロメーターが高い、ということである。

「怪物」はそこからは遠い映画だ。

映画祭での受賞を喧伝し、作者や出演者の地頭の良さをいかに言い立てても、つまらないものはつまらない。

追い立てられて映画館に走り、裏切られて嘆いても時すでに遅し。支払った入場料はもう返ってこない。



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ベルルスコーニの功と影と罪と罰

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醜聞まみれの大衆迎合政治芸人、ベルルスコーニ元イタリア首相が死去した。6月12日のことである。

元首相は土建屋から身を起してテレビ、広告界に進出。イタリアの公共放送RAIに対抗するほど大きな3局の民放を武器に、ほぼあらゆる業界で事業を展開して席巻。押しも押されぬ金満家になった。

そして1994年、ビジネスで得た財力を背景に政界に進出した。進出するや否や自らの党・フォルツァイタリア(Forza Italia)が総選挙で第1党に躍進。党首の彼は首相になった。

その後、浮き沈みを繰り返しながら4期ほぼ9年に渡って首相を務めた。

彼の政治キャリアについては、訃報記事用にあらかじめ用意されていたものを含め多くの報道がある。

そこで僕は彼の履歴説明はここで止めて、日本人を含む多くの世界世論がもっとも不思議に思う点について述べておきたい。

つまりイタリア国民はなぜデタラメな行跡に満ちた元首相を許し、支持し続けたのか、という疑問である。その答えの多くは、世界中のメディアが言及しないひとつの真実にある。

つまり彼、シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相は、稀代の「人たらし」だったのである。日本で言うなら豊臣秀吉、田中角栄の系譜に連なる人心掌握術に長けた政治家、それがベルルスコーニ元首相だった。

こぼれるような笑顔、ユーモアを交えた軽快な語り口、説得力あふれるシンプルな論理、誠実(!)そのものにさえ見える丁寧な物腰、多様性重視の基本理念、徹頭徹尾の明るさと人なつっこさ、などなど・・・元首相は決して人をそらさない話術を駆使して会う者をひきつけ、たちまち彼のファンにしてしまった。

彼のそうした対話法は意識して繰り出されるのではなく、自然に身内から表出された。彼は生まれながらにして偉大なコミュニケーション能力を持つ人物だったのだ。人心掌握術とは、要するにコミュニケーション能力のことだから、元首相が人々を虜にしてしまうのは少しも不思議なことではなかった。

ここイタリアには、人を判断するうえで「シンパーティコ」「アンティパーティコ」という言葉がある。

これは直訳すると「面白い人」「面白くない人」という意味である。

面白いか面白くないかの基準は、要するに「おしゃべり」かそうでないかということだ。

コミュニケーション能力に長けたベルルスコーニ元首相は、既述のようにこの点でも人後に落ちないおしゃべりだった。「シンパーティコ」のカタマリのような男だったのだ。

さらに言おう。

イタリア的メンタリティーのひとつに、ある一つのことが秀でていればそれを徹底して高く評価し理解しようとするモメンタムがある。

極端に言えばこの国の人々は、全科目の平均点が80点の秀才よりも、一科目の成績が100点で残りの科目はゼロの子供の方が好ましい、と考える。

そして どんな子供でも必ず一つや二つは100点の部分があるから、その100点の部分を120点にも150点にものばしてやるのが教育の役割だと信じ、またそれを実践している節がある。

たとえば算数の成績がゼロで体育の得意な子がいるならば、親も兄弟も先生も知人も親戚も誰もが、その子の体育の成績をほめちぎり心から高く評価して、体育の力をもっともっと高めるように努力しなさい、と子供を鼓舞する。

日本人ならばこういう場合、体育を少しおさえて算数の成績をせめて30点くらいに引き上げなさい、と言いたくなるところだと思うが、イタリア人はあまりそういう発想をしない。要するに良くいう“個性重視の教育”の典型なのである。

イタリア人は長所をさらに良くのばすことで、欠点は帳消しになると信じているようだ。だから何事につけ欠点をあげつらってそれを改善しようとする動きは、いつも 二の次三の次になってしまう。

ベルルスコーニ元首相への評価もそのメンタリティーと無関係ではない。

醜聞まみれのデタラメな元首相をイタリア人が許し続けたのは、行状は阿呆だが一代で巨財を築いた能力と、人当たりの良い親しみやすい性格が彼を評価する場合には何よりも大事、という視点が優先されるからだ。

ネガティブよりもポジティブが大事なのである。もっと深い理由もある。

「人間は間違いを犯す。間違いを犯したものはその代償を支払うべきであり、また間違いを決して忘れてはならない。だがそれは赦されるべきだ」というのが絶対愛と並び立つカトリックの巨大な教えである。

ほとんどがカトリック教徒であるイタリア国民は、ベルルスコーニ元首相の悪行や嫌疑や嘘や醜聞にうんざりしながらも、どこかで彼を赦す心理に傾く者が多い。「罪を忘れず、だがこれを赦す」のである。

彼らは厳罰よりも慈悲を好み、峻烈な指弾よりも逃げ道を備えたゆるめの罰則を重視する。イタリア社会が時として散漫に見え且つイタリア国民が優しいのはまさにそれが理由だ。

そうやってカトリック教徒である寛大な人々の多くが彼を死ぬまで赦し続けた。つまり消極的に支持した。あるいは罪を見て見ぬ振りをした。

結果、軽挙妄動の塊のような元首相がいつまでも政治生命を保ち続けることになった。

元首相は寛大な国民に赦されながら、彼のコミュニケーション力も遺憾なく発揮した。

相まみえる者は言うまでもなく、彼の富の基盤であるイタリアの3大民放局を始めとする巨大情報ネットワークを使って、実際には顔を合わせない人々、つまり視聴者にまで拡大行使してきた。

イタリアのメディア王とも呼ばれた彼は、政権の座にある時も在野の時も、頻繁にテレビに顔を出して発言し、討論に加わり、主張し続けた。有罪確定判決を受けた後でさえ、彼はあらゆる手段を使って自らの無罪と政治メッセージを申し立てた。

だがそうした彼の雄弁や明朗には、負の陰もつきまとっていた。ポジティブはネガティブと常に表裏一体である。即ち、こぼれるような笑顔とは軽薄のことであり、ユーモアを交えた軽快な口調とは際限のないお喋りのことであり、シンプルで分りやすい論理とは大衆迎合のポピュリズムのことでもあった。

また誠実そのものにさえ見える丁寧な物腰とは偽善や隠蔽を意味し、多様性重視の基本理念は往々にして利己主義やカオスにもつながる。さらに言えば、徹頭徹尾の明るさと人なつっこさは、徹頭徹尾のバカさだったり鈍感や無思慮の換言である場合も少なくない。

そうしたネガティブな側面に、彼の拝金主義や多くの差別発言また人種差別的暴言失言、少女買春、脱税、危険なメディア独占等々の悪行を加えて見れば、恐らくそれは、イタリア国民以外の世界中の多くの人々が抱いている、ベルルスコーニ元首相の印象とぴたりと一致するのではないか。



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「いかに死ぬか」とは「いかに生きるか」という問いである

生と死と両手650

2023年6月9日、イタリア・ベネト州の保健当局および生命倫理委員会は、末期がんの78歳女性が申請していた自殺幇助の嘆願書を承認した。

一定の条件下では自殺幇助は訴追の対象外、とする憲法裁判所の判決に沿ったもので、史上4人目のケースである。

イタリアでは基本的に安楽死は認められていない。

憲法裁判所の裁定や生命倫理委員会の決定は、今のところは飽くまでもいわば例外規定だ。それがゆるぎない法律となるには国民投票を経なければならない。

自殺幇助には5年から12年の禁固刑が科される。そのため毎年約200人前後ものイタリア国民が、自殺幇助を許容している隣国のスイスに安楽死を求めて旅をする。

そのうちのおよそ6割は実際にスイスで安楽死すると言われる。

安楽死に対するイタリア社会の抵抗は強い。そこにはバチカンを抱える特殊事情がある。自殺は堕胎や避妊などと同様に、ローマ教会にとってはタブーだ。その影響力は無視できない。

安楽死は命を救うことが至上命題である医療現場に、矛盾と良心の呵責と不安をもたらす。イタリアではそこにさらにカトリック教会の圧力が加わる。

医者をはじめとする医療従事者は、救命という彼らの職業倫理に加えて、自殺を否定し飽くまでも生を賛美するカトリック教の教義にも影響され、安楽死に強い抵抗感を持つようになる。

安楽死を推進する人々に対しては、キリスト教系の小政党などからも「死の文化」を奨励するものだ、という批判が湧き起こる。

またカトリックの総本山であるバチカンは、自殺幇助は「本質が悪魔的な行為」として、飽くまでも声高に論難する。

それらは極めて健全な主張だ。生を徹頭徹尾肯定することは、宗教者のいわば使命であり義務だ。彼らが意図的に命を縮める安楽死を認めるのは大いなる矛盾だ。

安楽死を怖れ否定するのは、しかし、宗教者や医療従事者のみならず、ほぼ全ての人々に当てはまる尋常な在り方だろう。

生は必ず尊重され、飽くまでも生き延びることが人の存在意義でなければならない。

従って、例え何があっても、人は生きられるところまで生き、医学は人の「生きたい」という意思に寄り添って、延命措置を含むあらゆる手段を尽くして人命を救うべきである。

その原理原則を医療の中心に断断固として据え置いた上で、患者による安楽死への揺るぎない渇求が繰り返し確認された場合のみ、安楽死は認められるべきと考える。

安楽死は、命の炎が消え行くままに任せる尊厳死とは違い、本人または他者が意図的に命を絶つ行為である。

その意味では尊厳死よりもより罪深いコンセプトであり、より広範な論議がなされるべき命題と言えるかもしれない。

僕は安楽死及び尊厳死に賛成する。いわゆる「死の自己決定権」を支持し、安楽死・尊厳死は公的に認められるべきと考える。

回復不可能な病や耐え難い苦痛にさらされた不運な人々が、「自らの明確な意志」に基づいて安楽死を願い、それをはっきりと表明し、そのあとに安楽死を実行する状況が訪れた時には、粛然と実行されるべきではないか。

安楽死を容認するときの危険は、「自らの明確な意志」を示すことができない者、たとえば認知症患者や意識不明者あるいは知的障害者などを、本人の同意がないままに安楽死させることである。

そうした場合には、介護拒否や介護疲れ、経済問題、人間関係のもつれ等々の理由で行われる「殺人」になる可能性がある。親や肉親の財産あるいは金ほしさに安楽死を画策するようなことも必ず起こるだろう。

あってはならない事態を限りなくゼロにする方策を模索しながら-繰り返しになるが-回復不可能な病や耐え難い苦痛にさらされた不運な人々が、「自らの明確な意志」に基づいて安楽死を願うならば、これを受け入れるべきである。

実を言えば安楽死や尊厳死というものは存在しない。死は死にゆく者にとっても家族にとっても常に苦痛であり、悲しみであり、ネガティブなものだ。

あるべき生は幸福な生、つまり「安楽生」と、誇りある生つまり「尊厳生」である。

不治の病や限度を超えた苦痛などの不幸に見舞われ、且つ人間としての尊厳を全うできない生は、つまるところ「安楽生」と「尊厳生」の対極にある状態である。

人は 「安楽生」または「尊厳生」を取り戻す権利がある。

それを取り戻す唯一の方法が死であるならば、人はそれを受け入れても非難されるべきではない。

死がなければ生は完結しない。つまり、死は疑いもなく生の一部だ。

全ての生は死を包括している。むろん「安楽生」も「尊厳生」も同様である。





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未だ「足るを知る」を知らず

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浮世の流れに無理に逆らえば息が詰まる。

始まったものは必ず終わる。

生まれたものはいつかは死ぬ。

無常がこの世の中の摂理である

変わることを受け入れなければ生は地獄になる。

なぜなら変わらないと意地を張れば、足ることを知らなくなる。

足るを知らなければ生は欲望の連続に陥ってひたすら苦しくなる。

それは生きる地獄である。

流転変遷が人生の定めだ。

全てが生まれ、全てが変わる、という条理を受け入れれば生は楽になる。たのしくなる。

たのしまずとも、ともあれ苦しくはなくなるだろう。

菜園で野菜たちと戯れながら僕はよくそんなことを思う。

それはつまり未だ「足るを知る」境地を知らず、悩み葛藤している自分がいるからである。

それと同時に、老いてなお「足るを知る」ことなくもがいている人を見て、自らの先行きの反面教師にしよう、などと目論むからである。

その目論みもまた生の地獄である。

なぜなら、もがく老人を反面教師にするとは、それらの人々を見下し、憎むことにほかならない。

そして憎しみこそが地獄へ誘い水の最たるものである。



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イタリア共和国記念日の快

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毎年6月2日はイタリアの共和国記念日。祝日である。

第2次大戦後の1946年6月2日、イタリアでは国民投票により王国が否定されて、現在の「イタリア共和国」が誕生した。

イタリアが真に近代国家に生まれ変わった日である。

そのおよそ1年前の1945年4月25日、イタリアはナチスドイツとその傀儡だった自国のファシズム政権を放逐した。

日独伊三国同盟で結ばれていたドイツとイタリアは、大戦中の1943年に仲たがいしイタリアはドイツに宣戦布告。完全に敵同士になっていた。

ナチスドイツとその操り人形と化していたムッソーリーニに立ち向かったのは、イタリアのレジスタンスである。

イタリアのレジスタンス運動は自由主義者・共産主義者・カトリック教徒・社会主義者の四者で構成された。

それはつまりファシストと、それ以外の全てのイタリア人の戦い、と形容しても過言ではない広がりだった。

既述のように彼らは1945年4月25日、ムッソーリーニとナチスを完全撃滅した。むろんそこには連合軍の後押しがあった。

世界の主な民主主義国は、日本やイギリスなどを除いて共和国体制を取っている。

民主主義国には共和制が最もふさわしい。

共和制は民主主義と同様にベストの政治体制ではない。あくまでもベターな仕組みだ。

しかし、民主主義と同じように、われわれは今のところ共和制を凌駕する政治制度を知らない。

ベストを知らない以上、ベターが即ちベストだ。

それはここイタリア、またフランスの共和制のことであり、ドイツ連邦やアメリカ合衆国などの制度のことだ。

その制度は「全ての人間は平等に造られている」 という人間存在の真理の上に造られている。

民主主義を標榜するするそれらの共和国では、主権は国民にあり、その国民によって選ばれた代表によって行使される政治システムが死守されている。

多くの場合、大統領は元首も兼ねる。

真の民主主義体制では、国家元首を含むあらゆる公職は主権を有する国民の選挙によって選ばれ決定されるべきだ。

つまり国のあらゆる権力や制度は、米独仏伊などのように国民の意志によって創設されるべきだ。

その意味では王を頂く英国と天皇制を維持する日本の民主主義は歪だ。

予め人の上に人を創出しているその仕組みは、いわば精神の解放を伴わない不熟な民主主義という見方もできる。

世界には共和国と称し且つ民主主義を標榜しながら、実態は独裁主義にほかならない国々、例えば中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国なども存在する。

共和国と民主国家は同じ概念ではない。そこを踏まえた上で、「共和国」を飽くまでも国民の意志に基づく政治が行われる「民主主義体制の共和国、という意味で論じてみた。

G7の光と影と日本メディアのディメンシア

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C7広島サミットを連日大々的に且つ事細かに伝える日本のメディアの熱狂を面妖な思いで眺めきた

ここイタリアもG7メンバー国だがメディアは至って冷静に伝え、ほとんど盛り上がることはない。

イタリア初の女性首相の晴れの舞台でもあるというのに少しも騒がず、金持ち国の集会の模様を淡々と報道した。

それはイタリアメディアのG7へのいつもの対応だ。そしてその姿勢は他のG7メンバー国のメディアも同じだ。

国際的には影の薄い日本の畢生の大舞台を、日本のメディアがこれでもかとばかりに盛んに報道するのは理解できる。しかも今回は日本が晴れの議長国だ。

だが外から見れば空騒ぎ以外のなにものでもない日本の熱狂は、見ていてやはり少し気恥ずかしい。

ここイタリアは国際政治の場では、日本同様に影響力が薄い弱小国だ。だがメディアは、たとえG7が自国開催だったとしても日本のメディアの如くはしゃぐことはまずない。

イタリアは国際的なイベントに慣れている。政治力はさておき、芸術、歴史、文化などで世界に一目おかれる存在でもある。スポーツもサッカーをはじめ世界のトップクラスの国である。

政府も国民も内外のあらゆる国際的なイベントに慣れて親しんでいて、世界の果てのような東洋の島国ニッポンの抱える孤独や、焦りや、悲哀とは縁遠い。

前述したようにイタリアは憲政史上初の女性首相を誕生させた。そのこと自体も喜ばしいことだが、メローニ首相が国際的なイベントに出席するという慶事にも至って冷静だった。

イタリアは同時期に、北部のエミリアロマーニャ州が豪雨に見舞われ、やがてそれは死者も出大災害に発展した。

メローニ首相にはG7出席を取りやめる選択もあった。が、ロシアが仕掛けたウクライナへの戦争を、G7国が結束して糾弾する姿勢をあらためて示す意味合いからも、敢えて日本に向かった。

このあたりの事情は内政問題を抱えて苦慮するアメリカのバイデン大統領が、もしかするとG7への出席を見合わせるかもしれない、と危惧された事情によく似ている。

日本のメディアは米大統領の問題については連日大きく取り上げたが、僕が知る限りメローニ首相の苦悩についてはひと言も言及しなかった。

あたり前である。G7構成国とはいうもののイタリアは、先に触れたように、日本と同じく国際政治の場ではミソッカスの卑小国だ。誰も気にかけたりはしない。

そのことを象徴的に表していた事案がもう一つある。

岸田首相が広島で開催されるG7という事実を最大限に利用して、核廃絶に向けて活発に動き各国首脳を説得したと喧伝した。

だがそれは日本以外の国々ではほとんど注目されなかった。

この部分でも大騒ぎをしたのは、政権に忖度する日本のメディアのみだった。

アメリカの核の傘の下で安全保障をむさぼり、核廃絶を目指す核兵器禁止条約 にさえ参加していない日本が、唯一の被爆国であることだけを理由に核廃絶を叫んでも、口先だけの詭弁と国際社会に見破られていて全く説得力はない。

G7国が岸田首相の空疎な核廃絶プログラムなるものに署名したのは、同盟国への思いやりであり外交辞令に過ぎない。

核のない世界が誰にとっても望ましいのは言わずと知れたことだ。だが現実には核保有国がありそれを目指す国も多いのが実情だ。

G7内の核兵器保有国でさえただちに核兵器を捨てる気など毛頭ない。それどころか核兵器禁止条約に反対さえする。

日本政府はそうしたこともを踏まえて現実を冷厳に見つめつつ廃棄へ向けての筋道を明らかにするべきだ。

被爆国だからという感情的な主張や、米の核の傘の下にいる事実を直視しないまやかし、また本音とは裏腹に見える核廃絶論などを全身全霊を傾けて修正しない限り、日本の主張には国際社会の誰も耳を貸さない。

そうではあるが、しかし、G7は民主主義国の集まりであり、中露が率いる専制国家群に対抗する唯一の強力な枠組み、という意味で依然として重要だと思う。

特に今このときは、ロシアのウクライナ侵略に対して、一枚岩でウクライナを支援する態勢を取っていることは目覚ましい。

2017年のG7イタリアサミットを受けて、僕はそれをおわコンと規定しさっさと廃止するべき、と主張した

だが、ロシアと中国がさらに専制主義を強め、G7に取って代わるのが筋と考えられたG20が、自由と民主主義を死守する体制ではないことが明らかになりつつある現在は、やはり存続していくことがふさわしいと考える。




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ルツェルンの退屈

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スイスのルツェルンとロカルノを仕事で回った。

ルツェルンは大分前にやはり仕事で訪ねているが、その時の記憶が自分の中にほとんど残っていないと気づいた。

一方、イタリア語圏にあるロカルノには、これまでにも仕事場のあるミラノから息抜きのためによく通った。

山国のスイスは言うまでもなく美しい国である。が、地中海や、強い太陽の光や、ローマ、ベニス、フィレンツェ、ナポリ、パレルモなどに代表される歴史都市を懐に抱いているイタリアはそれ以上に美しい、と僕は感じている。

ならばなぜわざわざ外国のスイスに息抜きに行くのかというと、ミラノの仕事場から近いという理由もさることながら、「そこがスイスだから」僕は喜んで気晴らしに向かった、というのが答えである。

スイスは町並が整然としていて小奇麗で清潔な上に、人を含めた全体の雰囲気が穏やかである。

僕はロカルノの湖畔の街頭カフェやリゾートホテルのバー、またうっそうとした木々の緑におおわれた街はずれのビアガーデンなどでのんびりする。

イタリア語圏だから、ロカルノではミラノにいる時とまったく変わらない言葉で人々とやりとりをする。

ところがそこには、イタリアにいる時の、人も自分もいつも躁状態で叫び合っているかのような騒々しさや高揚がない。雰囲気が静かで落ち着く。 

その気分を味わうためだけに、僕はあえて国境を越えてスイスに行くのである。

要するに僕は、肉やパスタのようにこってりとしたイタリアの喧騒が大好きだが、時々それに飽きて、漬物やお茶漬けみたいにあっさりとしたスイスの平穏の中に浸るのも好きなのである。

今回訪ねたルツェルンはイタリア語圏ではない。ドイツ語圏の都会である。だからという訳ではないが、ルツェルンはイタリア語圏のロカルノに比較すると少し雰囲気が重い。

言葉を替えればルツェルンは、同じスイスの街でもロカルノよりもっとさらに「スイス的」である。つまり整然として機能的で清潔。人々は今でも山の民の心を持っていて純朴で正直で優しい。

だが、まさにそれらの事実が僕には少し退屈に感じられた。やはり僕は中世的なイタリアの街々の古色や曖昧や猥雑や紛糾が好きである。

ロカルノの街はスイスの一部でありながら、イタリア文化の息吹が底辺に感じられるために、僕は心が落ち着くのだと今更ながら知った。

それでもやっぱりロカルノは骨の隋までスイスである。

そのことを一抹の寂しさと共に最も強烈に感じたのは、レストランで頼んだスパゲティ・アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノのパスタが茹ですぎて伸びきっている事実だった。

コシのないパスタ麺を平然と皿に盛るのは、腐りかけた魚肉を刺身と称してテーブルに置くのと同程度の不手際だ。

僕は文字通りひと口だけ食べてフォークを置いた。あまりの不味さにがっかりして写真を撮ることさえ忘れた。

その店は、しかし、一日中食事を提供している観光客相手のレストランだったことは付け加えておきたい。

イタリア的な店は普通、15時までには昼の営業を終えて休憩し19時ころに再び店を開ける。

要するにそこは、イタリアレストランを装った無国籍のスイス料理店だったのである。



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奇跡の正体

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萌えたつ新芽や花の盛りに始まる季節の移ろいは奇跡である。

のみならず海の雄大と神秘、川の清清しさなど、自然のあらゆる営みが奇跡だ。

それらを“当たり前”と思うか“奇跡”と思うかで、人生は天と地ほども違うものになる。

奇跡は大仰な姿をしているのではない。奇跡はすぐそこにある。ありきたりで事もないと見えるものの多くが奇跡なのだ。

わが家の庭のバラは一年に3回咲くものと、2回だけ花開くつるバラに分けられる。つるバラは古い壁を這って上にのびる。

ことしは1回目のバラの開花が4月にあり、5月初めにピークを過ぎた。ちょうどそこに雨が降り続いて一気になえた。

普段はバラの盛りの美しさを愛でるばかりだが、ふとしぼむ花々にスマホのレンズを向けてみた。

するとそこにも花々の鮮烈な生の営みがあった。

命の限りに咲き誇るバラの花は華麗である。

片や盛りを過ぎてしなだれていく同じ花のわびしさもまた艶だと知った。

崩れてゆく花が劇的に美しいのは、芽生え花開き朽ちてゆくプロセス、つまり花があるがままにある姿が奇跡だからである。




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アナクロな儀式は時には演歌のようにとてつもなく面白くないこともない

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テレビ中継される英国王戴冠式の模様を少しうんざりしながら最後まで見た。

うんざりしたのは、儀式の多くが昨年9月に執り行われたエリザベス女王の国葬の二番煎じだったからである。

女王の国葬は見ごたえのある一大ショーだった。

かつての大英帝国の威信と豊穣が顕現されたのでもあるかのような壮大な式典は、エリザベス2世という類まれな名君の足跡を偲ぶにふさわしいと実感できた。

僕はBBCの生中継をそれなりに感心しつつ最後まで見た。しかし、荘厳だが虚飾にも満ちた典礼には、半年後に再び見たくなるほどの求心力はない。

それでも衛星生放送される戴冠式を見続けたのは、祭礼の虚飾と不毛に心をわしづかみにされていたからだ。

国王とカミラ王妃が王冠を頭に載せて立ち上がったときは、僕は真に心で笑った。首狩り族の王が骸骨のネックレスを付けて得意がる姿と重なったからだ。

チャールズ国王も、あえて言えば日本の天皇も、彼らが何者であるかは問題ではない。新しくその地位に就いた彼らが今後「何をするか」が厳しく問われるべきだ。

民主主義大国と呼ばれる英国に君主が存在するのは奇妙だ。それでも象徴的存在の国王が政治に鼻を突っ込むことはないので民主制は担保される。

だが真の民主主義とは、国家元首を含むあらゆる公職が選挙によって選ばれることだとするならば、立憲君主制の国々は擬似民主主義国家とも規定できる。

民主主義の真髄が国民に深く理解されている英国では、例えば日本などとは違って君主制を悪用して専制政治を行おうとする者はまず出ないだろう。

英国の民主主義は君主制によって脆弱化することはない。だが、むろん同時に、それが民主主義のさらなる躍進をもたらすこともまたない。

英国の王室は日本の皇室同様に長期的には消滅する宿命だ。

暴力によって王や皇帝や君主になった者は、それ以後の時間を同じ身分で過ごした後は、確実に退かなければならない。なぜなら「始まったものは必ず終わる」のが地上の定めだ。

彼ら権力者とて例外ではあり得ない。

また王家や王族に生まれた者が、必然的にその他の家の出身者よりも上位の存在になることはない。あたかもそうなっているのは、権力機構が編み出した統治のための欺瞞である。

天は人の上に人を作らない。生まれながらにして人の上位にいる者は存在しない。それがこの世界の真理だ。

そうはいうものの、しかし、英国王室の存在意義は大きい。

なぜならそれには世界中から観光客を呼び込む人寄せパンダの側面があるからだ。イギリス観光の目玉のひとつは王室なのである。

英国政府は王室にまつわる行事、例えば戴冠式や葬儀や結婚式などに莫大な国家予算を使う。

それを税金のムダ使いと批判する者がいるが、それは間違いだ。彼らが存在することによる見返りは、金銭面だけでも巨大だ

世界の注目を集め、実際に世界中から観光客を呼び込むほどの魅力を持つ英王室は、いわばイギリスのディズニーランドだ。

ディズニーランドも、しかし、たまに行くから面白い。昨年見たばかりの英王室のディズニィランドショーを、半年後にまた見ても先に触れたように感動は薄い。

それが僕にとってのチャールズ国王の戴冠式だった。




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マスクを神聖視する羊群の危うさ

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5月8日を興味津々に待っている。正確には5月8日以降の日本の光景。

5月8日はいうまでもなくコロナが日本でも季節性インフルエンザとみなされる日だ。それに伴って人々がついにマスクを手放すかどうか、僕は深い関心を抱いて眺めている。

マスク着用が個人裁量にゆだねられても人々はマスクを外さなかった。ちょうど帰国中だった僕はそれを自分の目でつぶさに見た。

異様な光景を見たままにそう形容すると、ほとんど侮辱されたのでもあるかのように反論する人もいた。だが異様なものは異様だ。

鏡に顔を近づけ過ぎると自分の顔がぼやけて見えなくなる。日本国内にいてあたりの同胞を見回すと同じ作用が起きやすい。距離が近過ぎて客観的な観察ができなくなるのだ

政府が3月13日以降マスクの着用は個人の自由、と発表したにもかかわらず日本国民のほとんどはそれを外すことがなかった。その事実を軽視するべきではない。

人々がマスクを外さないのは、①周りがそうしているので自分も従ういわゆる同調圧力、②真にコロナ感染が怖い、③花粉症対策のため、などの理由が考えられる。

このうちの花粉症対策という理由はうなずける。日本人のおよそ4人に1人が花粉症とされる。それどころか国民の約半数が花粉症という統計さえある

そうしたことを理由に日本人がマスクを外さないのは花粉症対策のためと主張する人も多い。

だがそれは最大およそ5割の日本人が花粉症としても、残りのほぼ5割もの国民がマスクに固執している理由の説明にはならない。

また雨の日や夜間は花粉が飛ばない事実なども、マスクに拘泥する現象のミステリー度に拍車をかける。

日本にはインフルエンザに罹ったときなどに割と気軽にマスクを着ける習慣がある。習慣は文化だ。マスク文化がコロナという怖い病気の流行によって極端に強まった、という考え方もできるだろう。

文化とは地域や民族から派生する、言語や習慣や知恵や哲学や教養や美術や祭礼等々の精神活動と生活全般のことである。

それは一つ一つが特殊なものであり、多くの場合は閉鎖的でもあり、時にはその文化圏外の人間には理解不可能な「化け物」ようなものでさえある。

文化がなぜ化け物なのかというと、文化がその文化を共有する人々以外の人間にとっては、異(い)なるものであり、不可解なものであり、時には怖いものでさえあるからだ。

そして人がある一つの文化を怖いと感じるのは、その人が対象になっている文化を知らないか、理解しようとしないか、あるいは理解できないからである。だから文化は容易に偏見や差別を呼び、その温床にもなる。

ところが文化の価値とはまさに、偏見や恐怖や差別さえ招いてしまう、それぞれの文化の特殊性そのものの中にある。普遍性が命の文明とは対照的に、特殊であることが文化の命である。

そう考えてみると、日本人がいつまでもマスクにこだわること、つまり日本の文化のひとつを異端視することは当たらない。

ところが僕は日本人である。日本の文化には親しんでいて理解もしている。その僕の目にさえいつまでもマスクを外さない人々が多い景色は異様に見えるのだ。

異様に見えるのは、その主な原因が花粉症対策というよりも同調圧力にあると疑われるからである。同調圧力そのものも異様だが、それに屈する国民が多い現実はさらに異様であり危険、というのが僕の気掛かりだ。

同調圧力は多様性の敵対概念だ。同調圧力の強い社会は排他性が強く偏見や差別が横行しやすい。またひとたび何かが起こると、人々が雪崩を打って一方向に動く傾向も強い。

片や多様性のある社会では、政治や世論が一方に偏り過ぎて画一主義に陥り全体主義に走ろうとする時、まさに多様な民意や政治力やエネルギーが働いてそれの暴走を回避する。

日本社会の画一性は古くて新しい問題である。日本国民の無個性な大勢順応主義は、間接的に第2次大戦勃発の原因になったと見ることさえ可能だ。

いまこの時は、ロシアのウクライナ侵攻によって引き起こされた欧州の危機感が日本にも伝播して、中国を念頭に軍拡が急速に進もうとしている。

そこには正当な理由がある。だが、まかり間違えば政治が暴走し再び軍国主義が勢いを増す事態にもなりかねない。それを阻止するのが社会の多様性だ。

おびただしい数のマスクが、人々の動きに伴って中空を舞う駅や通りの光景を目の当たりにして、僕は少なからぬ不安を覚えていた。

5月8日以降もしっかり見守ろうと思う。




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危ういのは神道ではなく国家神道である

伊勢内宮入口鳥居650

僕は2023年4月、神社仏閣を次々に訪問参拝しながら宗教と神社神道(以下:純粋神道と呼ぶ)と国家神道に思いを巡らしていた。すると僕の旅が終わってほぼ一週間後の4月21日、高市早苗経済安全保障担当大臣が靖国神社に参拝した。

その出来事は、神道にまつわる僕の物思いを象徴的に示す性格を持っている。そこで高市氏の動きに言及しつつ神道と国家神道について意見を述べておくことにした。

高市大臣は毎年、春と秋の例大祭の期間中や8月15日の「終戦の日」に、靖国神社に参拝するという。従って今回の動きもいつもの彼女の習いと捉えて聞き流すこともできる。

しかし彼女は不遜にも放送法を曲解して、自らと仲間に批判的なメディアを弾劾しようと企てた疑惑にまみれている人物だ。

批判が沸き起こっている今この時は、物議を醸すことの多い靖国参拝を控えるのがあるべき姿だと思うが、高市氏は相変わらずの“仁義なき戦い”精神で靖国神社を訪問した。

彼女はその理由を「国策に殉じた方々の御霊に尊崇の念をもって哀悼のまことをささげる」ため、と靖国を訪れる保守系政治家の常套句を用いて説明した。

戦争で斃れた人々に哀悼の意を表するのは、思想の左右には関係なく人として当たり前の行為だ。だが彼女は国務大臣である。国を代表する公人だ。公人は常に国益を念頭に置きつつ国際情勢にも配慮して行動しなければならない。

戦争犯罪者も祀る靖国神社への参拝は、軍国主義日本を想起させるとして周辺国の反発を呼び、且つ国際社会も眉をひそめることが多いネガティブな事案だ。つまり国益に反するのが実情である。

神社は古来の日本人の心の拠りどころとして人々に賛美され親しまれている分には、何も問題はない。それどころか美しい施設であり伝統であり理念である。

だが人々の敬仰心を利用して国粋主義を煽り、純粋神道を歪曲して国家神道と成し、天皇を隠れ蓑に暴威を振るった軍国主義者の末裔が存在する限り、危険な施設でもあり続ける。

日本ではついに第2次大戦の徹底総括が行われないまま長い時間が過ぎてしまった。そのため軍国主義の心根を秘匿した勢力が徐々に意を強くしつつある。一歩間違えば国家神道に類する欺瞞が再び席巻しかねない。

具体的にはネトウヨ系政治・文化・財界人や安倍元首相追随者群また極右主義者などが、かつては彼らの抑圧者だったアメリカが口をつぐみ勝ちなのを幸いに、俄然勢いを増しているのが日本の今の姿だ。

そこに最近、ロシアによるウクライナ侵略が想起させる中国の覇権主義の暴走と台湾有事の可能性への怖れ、という新たなトレンドが加わった。人々のその怖れは真っ当なものだ。

だが大戦への総括どころか、歴史修正主義者ばかりが勢いを増すようにさえ見える状況はやはり危なっかしい。そして高市早苗氏は歴史修正主義勢力の旗手だった安倍元首相の追随者だ。

彼女が世間の批判の嵐に抗う形で靖国参拝を強行したのは、右派の支持を集めて自らの政治家生命の危機を乗り越えたい思惑があるようにも見える。

だが同時にその行為は、ファシスト気質の彼女が秘匿ファシストまた民族主義者などの歴史修正主義者に、国家神道の正当性を訴え確認する意味合いがあると捉えることもできる。

繰り返しになるが、神社も神道も古来の人々の純真素朴な信仰心を受け止めてそこにある限り美しいコンセプトだ。その心情も、心情に裏打ちされた建築スタイルも、装飾も儀式も全て目覚ましい。

だがそれが軍国主義者やファシストやナショナリストらの尊崇施設になり思想の拠り所になったとたんに、大いにキナ臭くなるのもまた真実だ。

高市早苗経済安全保障担当大臣の靖国参拝は、そのほかの右派政治家の参拝と同様に、まさにその負の兆しが透けて見える象徴的な動きだった。

僕は先日、伊勢神宮、出雲大社、厳島神社、太宰府天満宮、伏見稲荷などの神殿を訪ね歩いた。

過去には靖国神社、明治神宮、金刀比羅宮なども参拝し、全国各地の神社や杜や祠堂や地蔵また御嶽、位牌堂 、御霊屋等々も訪ね歩いている。

僕がそこで敢えて見ようとするのは、主にキリスト教の対抗軸としての教義や思想や実存根拠、またその信義や哲学である。

僕はキリスト教徒ではないがイエス・キリストを尊崇し仏陀を敬仰する者だ。同時に国家神道ではない純粋神道や凡霊説、さらにはイスラム教やユダヤ教も尊重する。

僕はあらゆる宗教を受け入れる自らのその立ち位置を規定して、「仏教系の無神論者」と称している。言葉を替えれば、僕は「仏教系の無神論者」という宗教の信者なのである。

全ての宗教を善しとする立場は、ある限りの「宗門の信者」に拒絶される可能性がある。

なぜなら一神教にしても多神教にしても、自らの信ずるものが絶対の真実であり無謬の存在だと思い込めば、それを受容しない者は彼らにとっては全て無神論者だろうからだ。

ところでなぜ僕がキリスト教や神道系ではなく「仏教系の無神論者」なのかというと、僕自身の中に仏教的な思想や習慣や記憶や日々の動静の心因となるものなどが、他の教派のそれよりも深く存在している、と感じるからである。

さらに言えば、仏教にはドグマ(教義)が存在する分、思索の基準が明確になりやすい。

一方ドグマが存在せず、本殿のご神体を秘匿して信者の畏怖心を煽る神道の在り方は、神社そのものの構造と共に僕の中の疑心を呼び起こすことがないでもない。

それでも日本人としての僕は、本来の純粋神道の精神に親しみを覚え尊重する。同時にそれを歪曲して国家神道と成し、その周りで狡知にうごめいては国民を支配しようとする勢力を嫌悪し、それに抗う側に立つ。

換言すれば高市早苗氏は、僕と同じく純粋神道の伝統が充満する日本社会に生まれ育ちながら、それを全く違う解釈で規定し実践する類の人物と見える。

具体的に言えば高市氏は僕の目には、純真素朴な神道の精髄を曲げて国家神道に作り変え、危険な政治道具に祭り上げようとする勢力の指導者のひとりと映るのである。

2023年4月21日の高市早苗経済安全保障担当大臣の靖国神社参拝に先立って、多くの社殿を訪ね歩いていた僕の中に錯綜していたのは、純粋神道への郷愁と国家神道への嫌悪感だった。




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ジョルジャ・メローニの幸運

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メローニ首相に反ファシズム宣言をしろと呼びかける「元ファシスト」のジャンフランコ・フィニ氏

今日4月25日は、イタリアの終戦記念日である。ここでは解放記念日と呼ばれる。

イタリアの終戦はムッソリーニのファシズムとナチスドイツからの解放でもあった。だから終戦ではなく「解放」記念日なのである。

日独伊三国同盟で結ばれていたドイツとイタリアは大戦中の1943年に仲たがいした。日独伊3国同盟はその時点で事実上崩壊し、独伊は敵同士になった。

イタリアは日独と歩調を合わせて第2次世界大戦を戦ったが、途中で状況が変わってナチスドイツに立ち向かう勢力になったのである。

言葉を替えればイタリアは、開戦後しばらくはナチスと同じ穴のムジナだったが、途中でナチスの圧迫に苦しむ被害者になっていった。

ナチスドイツへの民衆の抵抗運動は、1943年から2年後の終戦まで激化の一途をたどり、それに伴ってナチスによるイタリア国民への弾圧も加速していった。

1945年4月、ドイツの傀儡政権・北イタリアのサロー共和国が崩壊。4月25日にはレジスタンスの拠点だったミラノも解放されて、イタリアはナチスドイツを放逐した。

日独伊三国同盟で破綻したイタリアが日独と違ったのは、民衆が蜂起してファシズムを倒したことだ。それは決して偶然ではない。

ローマ帝国を有し、その崩壊後は都市国家ごとの多様性を重視してきたイタリアの「民主主義」が勝利したのである。むろんそこには連合軍の後押しがあったのは言うまでもない。

イタリア共和国の最大最良の特徴は「多様性」である。

多様性は時には「混乱」や「不安定」と表裏一体のコンセプトだ。イタリアが第2次大戦中一貫して混乱の様相を呈しながらも、民衆の蜂起によってファシズムとナチズムを放逐したのはすばらしい歴史だ。

イタリアは大戦後、一貫してファシズムとナチズムからの「解放」の日を誇り盛大に祝ってきた。

ことしの終戦記念日は、しかし、いつもとは少し違う。極右とさえ呼ばれる政党が連立を組んで政権を維持しているからだ。

イタリア初の女性トップ・ジョルジャ・メローニ首相は、ファシスト党の流れを汲むイタリアの同胞の党首だ。

彼女は国内外のリベラル勢力からファシズムと完全決別するように迫られているが、未だに明確には声明を出していない。

それは危険な兆候に見えなくもない。だが僕は日本の右翼勢力ほどにはイタリアの右翼政権を危惧しない。なぜなら彼らは陰に籠った日本右翼とは違い自らの立ち位置を明確に示して政治活動を行うからだ。

またイタリアの政治状況は、第2次大戦の徹底総括をしないために戦争責任が曖昧になり、その結果過去の軍国主義の亡霊が跋扈してやまない日本とは大きく違う。

極右と呼ばれるイタリアの政治勢力は、危険ではあるもののただちにかつてのファシストと同じ存在、と決めつけることはできない。なぜなら彼らもファシトの悪を十分に知っているからだ。

だからこそ彼らは自身を極右と呼ぶことを避ける。極右はファシストに限りなく近いコンセプトだ。

第2次大戦の阿鼻地獄を知悉している彼らが、かつてのファシストやナチスや軍国主義日本などと同じ破滅への道程に、おいそれとはまり込むとは思えない。

だが、それらの政治勢力を放っておくとやがて拡大成長して社会に強い影響を及ぼす。あまつさえ人々を次々に取り込んでさらに膨張する。

膨張するのは、新規の同調者が増えると同時に、それまで潜行していた彼らの同類の者がカミングアウトしていくからである。

トランプ大統領が誕生したことによって、それまで秘匿されていたアメリカの反動右翼勢力が一気に姿を現したのが典型的な例だ。

彼らの思想行動が政治的奔流となった暁には、日独伊のかつての極右パワーがそうであったように急速に社会を押しつぶしていく。

そして奔流は世界の主流となってついには戦争へと突入する。そこに至るまでには、弾圧や暴力や破壊や混乱が跋扈するのはうまでもない。

したがって極右モメンタムは抑さえ込まれなければならない。激流となって制御不能になる前に、その芽が摘み取られるべきである。

イタリア初の女性首相メローニ氏は、ガラスの天井を打ち破った功績に続いて、イタリア右派がファシズムと決別する歴史的な宣言を出す機会も与えられている。

その幸運を捉え行使するかどうかで、彼女の歴史における立ち位置は大きく違うものになるだろう。



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菜園に爛漫の野菜草が輝く時

南窓開け庭650

日本から戻ると北イタリアも春爛漫の景色に変貌していた。

菜園にも命がみなぎっている。

命は野菜と雑草のせめぎあいである。

風が冷たかった3月、菜園の至るところにサラダ用野菜の混合種や春菊、またチンゲンサイや葱などの種をびっしりとまいた。

菜園は有機農法で耕しているため雑草が繁茂し虫がわく。

種下ろしをした野菜たちは根がおだやかで育ちやすく、しかも除去が簡単だ。

土中深くまで根を張るしつこい、処理に困る、つる草や宿根草などとは大違いである。

ことしは野菜作りが始まる3月から4月にかけて日本に帰るので、雑草抑えのつもりもあって前述の野菜たねを満遍なく播種したのだった。

雑草に勝って大きく伸びている野菜もあれば、怖れるように小さく芽を出し青草に辺りを覆われているものもある。

よく育っているものは収穫して食べていくが、雑草に圧されて萎縮している芽はと共に除き、跡に不断草に始まる温野菜用野菜や根菜、また果菜や花菜の苗を植えつける。

畑では種を蒔いて後は放っておいても最低限の作物が育つ。

文字通りの自然の恵みだ。

僕は菜園を細かく手入れする野菜作りではない。作業をしたいのは山々だが時間がない。除草などもほとんどしないまま放っておくことが多い。

雑草は取り除かないと次々に花をつけ種を撒き散らして大きくはびこる。

それは分かっているが、じっくりと土に向き合う時間がないので、ミニ耕運機をひんぱんに畑に入れて鋤いてしまうことが多い。

ことしは特に耕運機の出番が多くなりそうである。

それは栽培法や土作りという意味では邪道かもしれないが、それでけっこう除草がうまく行き作物も育つ。

自然は怠け者の野菜作りにも惜しみなく恵みを与える。

母なる大地の面目躍如である。



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宮島で祝う復活祭もまた良し

宮島4月10日大鳥居縦ヨリ650

イタリア語で言うパスクア(復活祭・イースター)を今年は宮島で過ごした。パスクアはイエス・キリストの復活を寿ぐキリスト教最大の祭りである。

カトリックの総本山を抱くイタリアでは特に盛大に祝う。

キリスト教の祭典としては、その賑やかさと、非キリスト教国を含む世界でも祝される祭礼、という意味で恐らくクリスマスが最大のものだろう。が、宗教的には復活祭が最も重要な行事である。

なぜならクリスマスはイエス・キリストの生誕を祝うイベントに過ぎないが、復活祭は磔(はりつけ)にされたキリストが、「死から甦る」奇跡を讃える日だからだ。

誕生は生あるものの誰にでも訪れる奇跡である。が、「死からの再生」という大奇跡は神の子であるキリストにしか起こり得ない。それを信じるか否かに関わらず、宗教的にどちらが重要な出来事であるかは明白である。

イエス・キリストの復活があったからこそキリスト教は完成した、とも言える。キリスト教をキリスト教たらしめているのが、復活祭なのである。

今回帰国では僕は神社仏閣を主に訪ね歩いている。

厳島神社で迎えた復活祭は感慨深かった、と言いたいところだが、僕は何事もなかったように時間を過ごした。実際に何事も起こらなかった。

仏教系無神論者」を自認する僕はあらゆる宗教を受け入れる。教会で合掌して祈ることもあれば、十字は切らないながらも寺でイエス・キリストを思うことも辞さない。無論神殿でも。

ことしの復活祭では僕はそれさえもしないで、厳島神社の明るい景色とスタイルと美意識に酔いしれた。

宗教についてあれこれ思いを巡らすよりも、日本独自の文化をありのままに享けとめ喜ぼうと努力したのである。

その努力は幸いに上手くいった。



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旅模様

永平寺格子越し650

東京から金沢に行き、日本海沿岸沿いに西に進んで下関から九州を一周する。次に博多から山陽道、京都を経由して東京へという旅の途中である。

ほぼ全線をJRで巡り、順不同だが計画通りに進んでいる。

東京の前に故郷の沖縄にも飛んだので、四国を除く東京以西のほぼ全土を訪ねていることになる。

四国、信越、北陸、東北なども過去に仕事で巡っている。従って僕が知らない日本は今のところ北海道だけになった。

今回は欧州でよくやるリーチ旅。換言すれば食べ歩きを兼ねた名所巡りのつもりだった。

そう言いつつ、しかし、神社訪問に主な関心を置きながら歩いている。

僕は自らを「仏教系の無神論者」と規定している。

そのことを再確認するのも今回旅の目的のひとつである。





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