【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

安倍首相への公開状~謝罪は屈辱の対義語である~



安倍晋三総理大臣

先日発表された戦後70年談話は、各方面への配慮がうかがえる周到な計算に満ちたものでした。それはあなたの当初の思惑とは違う、先鋭且つ挑発的なものではなく、全体として見れば各国が外交上は余り文句を言えない常識的な内容になっています。ひっかかるのは、謝罪が間接的な表現になったことと、未来の日本人は謝罪を続ける必要はない、としたところでしょう。そこにはあなたの本心がてんこ盛りになっていて、中韓との真の和解がまた遠のいたことを知らせてくれます。中韓との和解が完成しない限り、世界との「真の和解」もあり得ません。

各国政府とメディアの反応

中韓は、「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「おわび」といういわゆる「4つのキーワード」がすべて入っているため不満ながらも強い批判をせず、アメリカに至っては談話を評価する姿勢さえ示しています。他の国々は静観という ふうですね。「私の謝罪」という形を避けたあなたの狡知な表現は、中韓でさえ表立って批判はできないものの、だからと言って彼らとの和解が進む形での談話内容でもなかったのは明らかです。

アメリカは、日韓両国の最大の友好国ながら、国益のためには冷徹な決断を下すことを少しもためらいません。近い将来日本を巻き込んで、少なくともアジア太 平洋地域で展開する米軍事費用の多くを負担させたい彼らは、それに向けてどうしても必要な日本の安保法案の成立を後押ししなければならない。だから談話にケチをつけてあなたの立場を弱くしたくない。かくて中韓、特に韓国の不満に寄り添うよりも、あなたの主張を「取り敢えず」は評価するというポーズを取りました。

米政府の見解とは対照的にアメリカのメディアは、ここ欧州のほとんどのメディアと足並みをそろえるように、あなたの談話内容に厳しい見方をしています。私はほぼそうしたメデァアの主張に賛同していますが、これは私が欧州に住んで「西洋かぶれ」になっているからではなく、歴史を直視したい1人の日本人としての立ち位置から眺めて、どうしてもそうなるのだ、ということを先ず強く主張させていただきます。

期待はずれ

私はあなたが談話を発表する前、あなたが世界をあっと言わせるような内容を開示してくれるかもしれない、と敢えて数字に示せば1%程度の確率で期待しました。それというのもあなたが、世論の反発と中韓米その他の国々の牽制発言に不安を覚えて、当初の独りよがりな声明内容から、侵略やお詫びや痛切な反省等々の言葉を盛り込んだものに変えるらしい、という憶測が流れていたからです。

私はあなたがそこからさらに大きく踏み出して、国内の右派も左派も中韓も、また他の世界の国々をも驚かせる内容の談話を発表する可能性が全くないとは言えない、と密かに思ったのです。それは基本的に村山談話を全面的に踏襲して、さらにあなたがあなた自身の強い言葉と表現で、心からの謝罪を改めてする、というものでした。 あり得ない? いえ、あり得ないように見えるからこそ、私は殊更にそう考えてみたのです。

世界から歴史修正主義者のレッテルを貼られているあなたが、180度転回して歴代のどの首相よりも深いお詫びをすることで、中韓を始めとする国々を驚かせ 納得させる、つまり最終的でトータルで完全な謝罪を完遂するかもしれない、と私は心の片隅で本気で期待しました。もしそうなればあなたが談話で言及した
「将来の日本人が最早謝る必要のない」環境がすぐさま作り出されていたことでしょう。

ドイツの謝罪と再生

それは私ひとりの中で生まれた根拠のない妄想ではなく、日本と似た戦争体験を持つドイツが、戦後あざやかに暗い過去を克服して行った歴史の歩みに鑑みて、『あるい は・・』と思いついたものでした。1970年、ドイツがまだ戦争犯罪の後遺症で苦しんでいた頃、当時のウイリー・ブラント首相はポーランドのゲットー英雄 記念碑の前で献花をしたあと、おもむろに大地に跪(ひざまず)いて黙祷し世界を驚かせました。それを政治家のポーズとして捉えることもできますが、彼は「そこに立っているだ けでは十分ではないと感じ自然に跪いた」と追って述懐しました。その後の歴史は、彼の行為が偽善ではなく勇気あるものだった、として讃えています。

彼の真摯な行為は最大の被害者だったユダヤ人やポーランド人を始め、世界中の人々の憤懣を氷解させました。しかし、ドイツ国内の保守派は首相の行為をやり 過ぎだ、屈辱行為だとして糾弾しました。彼らは、跪く行為が敗北であり屈服であるという、暴力や戦闘行為に関連付けた考え方をしたのでした。しかしな がらブラント首相の行動は、前述したように、屈服や屈辱の表明ではなく、ドイツが世界から許されて先の大戦の汚濁の中から立ち上がり、再び誇りと尊厳を取 り戻すきっかけを作ったのです。

ドイツの保守派が歴史の事実を受け入れて改心し生まれ変わるまでには、それからさらに時間が必要でした。ブラント首相の跪座から15年が経った1985 年、つまり第2次対戦の終結からちょうど40年後、当時のヴァイツゼッカー独大統領は、終戦記念の議会演説で「歴史を変えたり、なかったりすることはできない」「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目になる」という表現で、ドイツの戦争責任やホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と率直に向き合うよう国民に求めて、世界を感動させました。

戦後40年の節目に行われたその講話で、さらに大統領は「非人間的な行為を記憶しようとしない者は再び同じ危険に陥る」「戦争が終わった5月8日は“敗戦の日”ではなく、ナチスの暴力支配からドイツ国民が自由になった“解放の日”である」とも断言しました。ブラント首相の謝罪をさらに推し進めた大統領の良心の叫びは、ついに国内の保守派の人々をも突き動かし、ドイツは歴史を真正面から見つめて揺らがない国へと変貌して行きました。ドイツの戦後はそこで終わり、未来へ向けての新しい歩みが始まったのです。

終わらない日本の戦後

ドイツのブラント首相の行為は、村山元首相の戦後総括談話になぞらえることができます(跪く機会もまたその必要もありませんでしたが)。私はあなたがもし かすると、ヴァイツゼッカー独大統領の役割を果たしてくれるのではないかと密かに期待したのです。そういう話の流れなら村山談話をほぼそのまま踏襲した 2005年の小泉談話がある、という人もいるでしょう。しかし、それでは物足りません。もっと劇的なインパクトのある談話でなくては、先の大戦の巨大な罪とその後の歴史認識の迷走を帳消しにして、日本を甦らせる力はありません。

現に小泉談話のあとも、韓国は解決済の事案を持ち出して日本を責め、中国も同じ動きを見せてきました。もっとも彼らの怒りは、徹底した謝罪をした筈の日本 政府内で、これを否定したり或いはないがしろにするネトウヨ閣僚や議員などが続出することから来ています。閣僚どころか日本のトップであるあなた自身が、 そのあたりのゴロツキのネトウヨよろしく「侵略の定義はない」「教義の強制性はなかった」などと、欺瞞を正当化するための瑣末を相変わらず口にするのです から、彼らの不信感が募るのも無理はありません。

それに加えてあなたは、中韓に限らず多くの国々が疑問を持つ靖国参拝を強行するなど、歴代内閣の「真摯な謝罪」を台無しにする行為を行ってきました(その 意味では小泉さんも同罪です)。それらは日本国内で歴史認識の筋道が未だ確立されず、故にその共有も全く存在しない現状を露呈するものにほかなりません。そのために中韓はもちろん国際世論の大半が、日本の反省と謝罪は無条件に信用できるものではない、と今もなお判断し続けています。

日中韓の兄弟DNA

あなたは、「私が謝るのではなく、歴代政権が謝ったことを認める」という言い回しで、中韓を敵視する排外民族主義者や極右政治家群や歴史修正主義者やネトウヨ 等々に仁義を切ったわけですが、そうすることであなた自身も中韓だけが視界に映る視野狭窄に陥っていることを白状しています。私はそこがいつも不思議でなりません。

先の大戦の総括に議論が及ぶ場合には、たとえ対象が中韓であっても、背後にその他の「世界の全て」が控え、監視していることを決して忘れてはなりません。そこで形成される国際世論は、前述のあなたの言い回し、つまり安手の建前論に誤魔化されるほど馬鹿ではありません。そういうやり方は世界的にはひと言で片付けられてお終いです。即ち「姑息」な論法と。

あなたの支持母体である民族主義者や反動右翼やネトウヨの皆さんは、世界から目を逸らしたまま日本という一軒家にこもって、壁に向かって常に怨嗟を叫び続けています。私が「引き籠りの暴力愛好家」と規定している彼らの視界に辛うじて入っている外の世界は、隣の、彼らにとっての「劣等国」の中韓のみです。

彼らは同類の者同士でつるんで、隣国の「劣等国民」を罵倒しては自己満足に浸ります。実はそれと同じことを、まさに中韓の一部の人々もやっています。あちらのネトウヨの皆さんです。反日をあおる中韓のそれらの人々と、日本のネトウヨ民族主義者の皆さんは、実は同じアジアのDNAで強く結ばれた血縁の濃い兄弟です。心が狭く、未開で、無知で、ネチネチと細部にこだわり、怒りっぽい。

中韓のネトウヨの皆さんが怨みつらみに絡めとられて、こめかみの血管を膨らませて日本を罵倒すれば、日本のネトウヨの皆さんは、南京虐殺の被害者数を執拗に問題にし、慰安婦に軍が関わったことを示す証拠はないと重箱の隅をほじくっては得意になり、果ては侵略の定義はない、などとかつての日本軍の蛮行をなんとか否定しようと試みる。瑣末にこだわる粘着質のそうした性根は日中韓で共通しています。

和解こそ未来志向の原点

戦後処理と和解には1-法的処理、2-謝罪、3-和解の3段階があるとされます。そのプロセスは加害者側が真摯に誠実にこれを執行するときにのみ完遂します。例えば韓国との間の法的処理は、1965年の日韓基本条約等で既に完成しています。それを無視した言い分には冷静に対応し、なお埒が開かない場合には、事案を国際法廷に持ち込む可能性も考えつつ、しかし飽くまでも和解を目指している間柄ですから剣呑な動きは最終手段にして、そこでもできる限り話し合いによる解決を模索して行くべきです。

ネトウヨ民族主義者の皆さんは、何度謝罪すればいいのだ、とすぐに目を剥いて蛮声を挙げます。その答えは単純です。つまり、和解が成立するまでは何度でも謝るのです。あるいはそのつもりで相手と対するのです。こちらに真心があるなら謝罪は必ず受け入れられます。確かに中韓共に日本に対して頑なに過ぎて、和解は遠いと見えることもあります。だが、日本はつい最近まで中韓とも完全和解に向けた歩みを続けていました。

それを停滞させたのは、日本側の事情に限って言えば、安倍首相、あなた自身の言動です。今からでも遅くありません。あなたが真に歴史に名を刻みたいなら、あなたの支持母体である多くの保守派やネトウヨの皆さんなどの反発を覚悟で、これまでの政策を一度方向転換し、アジアの隣国との真の和解を最優先事項にするべきです。その上で、憲法改正を含むあなた本来の政策を真正面から推し進めれば、あなたは先の大戦の亡霊のしがらみから遂に日本国民を解き放した名宰相として、必ず歴史に名を残すことでしょう。

敬具

イタリア・シエナの広場を疾駆する美しき裸馬たち


イタリア中部の街シエナは、フィレンツェから50キロほど南にある中世の美しい街である。そこでは毎年夏、パリオという名の競馬が行なわれる。街を構成する「コントラーダ」と呼ばれる17の町内会のうち、くじ引き等で選ばれた10の町内会の馬が競い合う。毎年7月と8月の2回行われ、明日8月16日が今年最後のパリオの日である。

パリオはただの競馬ではない。街の中心にある石畳のカンポ広場を馬場にして、10頭の裸馬が全速力で駆け抜けるすさまじい競技である。なぜすさまじいのかというと、レースが行なわれるカンポ広場が本来競馬などとはまったく関係のない、人間が人間のためだけに創造した、都市空間の最高傑作と言っても良い場所だからである。

カ ンポ広場は、イタリアでも1、2を争う美観を持つとたたえられている。1000年近い歴史を持つその広場は、都市国家として繁栄したシエナの歴史と文化の 象徴として、常にもてはやされてきた。シエナが独立国家としての使命を終えて以降は、イタリア共和国を代表する文化遺産の一つとしてますます高い評価 を受けるようになった。
 
パ リオで走る10頭の荒馬は、カンポ広場の平穏と洗練を蹂躙しようとでもするかのように狂奔する。狂奔して広場の急カーブを曲がり 切れずに壁に激突したり、狭いコースからはじき出されて広場の石柱に叩きつけられたり、混雑の中でぶつかり合って転倒したりする。負傷したり時には死ぬ馬も出る。

カンポ広場を3周するパリオの所要時間は、1分10秒からせいぜい1分20秒程度。熾烈で劇的でエキサイティングな勝負が展開される。が、それにも増して激烈なのが、このイベントにかけるシエナの人々の情熱とエネルギーである。それぞれが4日間つづく7月と8月のパリオの期間中、人々は文字通り寝食を忘れて祭りに没頭する。

シエナで広場を疾駆する現在の形のパリオが始まったのは1644年である。しかしその起源はもっと古く、牛を使ったパリオや直線コースの道路を走るパリオなどが、13世紀の半ば頃から行なわれていたとされる。もっと古いという説もある。

パリオでは優勝することだけが名誉である。2位以下は全く何の意味も持たず一様に「敗退」として片づけられる。従ってパリオに出場する10の町内会「コントラーダ」は、ひたすら優勝を目指して戦う・・・と言いたいところだが、実は違う。

それぞれの町内会「コントラーダ」にはかならず天敵とも言うべき相手があって、各「コントラーダ」はその天敵の勝ちをはばむために、自らが優勝するのに使うエネルギー以上のものを注ぎこむ。

天敵のコントラーダ同志の争いや憎しみ合いや駆け引きの様子は、部外者にはほとんど理解ができないほどに直截で露骨で、かつ真摯そのものである。天敵同志のこの徹底した憎しみ合いが、シエナのパリオを面白くする最も大きな要因になっている。

パリ オの期間中のシエナは、敵対するコントラーダ同志の誹謗中傷合戦はもとより、殴り合いのケンカまで起こる。毎年7月と8月の2回、それぞれ4日間に渡って人々はお互いにそうすることを許し合っている。そこで日頃の欲求不満や怒りを爆発させるからなのだろう、シエナはイタリアで最も犯罪の少ない街とさえ言われている。

長い歴史を持つパリオは、現在存続の危機にさらされている。2011年7月のパリオに出走した馬の1頭が、広場の壁に激突して死んだ。動物愛護者や緑の党の支持者などがこれに噛み付いた。実 はそのこと自体は今に始まったことではなく、パリオを動物虐待だとして糾弾する人々はかなり以前からいた。

2011年の場合は事情が違った。当時ベルルスコーニ内閣の観光大臣だったミケーラ・ブランビッラ女史が、声を張り上げて反パリオ運動を主導したのである。動物愛護家で菜食主義者の大臣は、かねてからシエナのパリオを敵視してきた。事故を機に彼女はパリオの廃止を強く主張し、その流れは今も続いている。

僕はかつてこのパリオを題材に一時間半に及ぶ長丁場のドキュメンタリーを制作したことがある。6~7年にも渡るリサーチ準備期間と、半年近い撮影期間を費やした。幸い番組はうまく行った。僕は今もパリオに関心を持ち続け、番組終了後の通例で、撮影をはじめとする全ての制作期間中に出会ったシエナの人々とも連絡を取り合う。その経験から言いたいことがある。

パリオで出走馬が負傷したり、時には死んだりする事故が起こるのは事実である。だがシエナの人々を動物虐待者と呼ぶのは当たらないのではないかと思う。なぜなら馬のケガや死を誰よりも悼(いた)んで泣くのは、まさにシエナの民衆にほかならないからである。街の人々は馬を深く愛し、親しみ、苦楽を共にして何世紀にも渡って祭りを盛り上げてきた。

彼らは馬を守る努力も絶えず続けている。石畳の広場という危険な馬場に適合した馬だけを選出し、獣医の厳しい監視を導入し、馬場の急カーブにマットレスを敷き詰め、最終的には激しい走りをするサラブレッドをパリオの出走馬から外すなど、など。それでも残念ながら事故は絶えない。

しかし、だからと言って歴史遺産以外のなにものでもない伝統の祭りを、馬の事故死という表面事象だけを見て葬り去ろうするのは、あまりにも独善的に過ぎるのではないか。今日も世界中の競馬場で馬はケガをし、死ぬこともある。それも全て動物虐待なのだろうか?

最後に不思議なことに、ブランビッラ元大臣を含むパリオの動物虐待を指摘する人々は、馬に乗る騎手の命の危険性については一切言及しない。また僕が知る限り、元大臣を含む多くの反パリオ活動家の皆さんは、パリオ開催中のシエナの街に入ったことがない。つまり彼らは、パリオについては、馬の事故死以外は何も知らないように見える。

安倍首相の戦後70年談話に期待する



14日に発表される予定の安倍首相の戦後70年談話は、当初の独りよがりで勇ましい内容のものから、侵略やおわびや反省という言葉を盛り込んだ内容になるのではないか、と推測されている。そうした言葉を入れるのは、戦争を防ぐ備えを造営していく心構えの一環として当たり前だと思う。またそれは唯我独尊思考をゴリ押しして、世界の顰蹙を買うよりもましなものだが、世論に押されて言葉を変えるだけの嘘ではないことを祈りたい。

安倍首相は、米国務省の東アジア統括国務次官補ラッセル氏が7月21日、
「日本が過去70年間に渡って、地域の平和や国際秩序、世界の経済や文化に貢献してきたりっぱな業績についても談話に盛り込んで欲しい」という言葉などにも意を強くして、過去への反省やおわびを軽視、あるいは無視したミーイズム盛りだくさんの談話を考えていた節がある。

だが国務次官補のラッセル氏は同じ文脈の中でまた、「戦後70年談話には
“侵略”や“おわび”に言及した 過去の首相のように、第2次世界大戦に対する日本政府や国民の思いと、それを実践してきた反省の気持ちが盛り込まれるべきだ」とも語っていたのだ。安倍首相はその部分を黙殺しようとしたのだろうか。もしそうならば、再び「姑息」と批判されても仕方がない。

安倍首相の戦後70年談話を巡っては、有識者会議が8月5日の報告書で“侵略”を明記し、8月10日に政権幹部が“おわび”に言及すると漏らすと、稲田朋美政調会長は逆に “おわび”はいらないとの考えを示した。続いて公明党の山口那津男代表が記者 会見で“侵略”や“おわび”の文言を盛り込んだ 歴代談話を踏襲するべきと再び釘を刺すなど、歴史認識がガタガタにぶれまくる国の醜態をさらし続けている。

安倍首相の戦後70年談話は、いうまでもなく村山政権の戦後50年、および小泉政権の戦後60年談話に続くものだが、そこの内容を踏まえるのは当然として、僕は今年1月に亡くなったドイツのヴァイツゼッカー元大統領の、戦後40年談話とも比較して見ていこうと考えている。

ドイツの良心という異名も持つヴァイツゼッカー元大統領は、数々の名演説で知られている。特に有名なのは「歴史を変えたり、なかったりすることはできない」「過去に目を閉ざす者は、現在に対しても盲目になる」という表現で、ドイツの戦争責任やホロコースト(ユダヤ人大虐殺)と率直に向き合うよう国民に求めた、1985年5月8日の議会演説である。

戦後40年の節目に行われたその講話で、さらに元大統領は「非人間的な行為を記憶しようとしない者は再び同じ危険に陥る」「戦争が終わった5月8日は“敗戦の日”ではなく、ナチスの暴力支配からドイツ国民が自由になった“解放の日”である」とも断言した。僕はそれにちなんで、8月15日は“日本の敗戦の日”ではなく、軍国主義の暴力支配から日本国民が自由になった“解放の日”である、と言いたい。

戦後のドイツは、過去の清算と反省なしに国際社会への復帰はできず、近隣諸国との和解も遠かった。元大統領の熱い訴えがドイツ国民の良心を呼び覚まし、過去を直視して揺らがない道筋がつくられると同時に、世界中が感銘を受けてドイツを許した。そうやって戦後ドイツは、国際社会の信頼を回復し今日に至っている。

元大統領の戦後40年講話が極めて重要なのは、良く指摘されるように、「彼が誰も気づいていないことを言ったからではない。敗戦から40年が経ったその時点のドイツにおいてさえ、なお多くの国民が知りたくないと思っていたこと、だが国民が必ず知らなければならないまさに“そのこと”を語った」からである。

ドイツと似た過去を持つ日本。間もなく発表される安倍首相による戦後70年の談話。中身がやはり気になる。安倍首相は地元の山口県で12日、「日本はこの70年間、先の大戦に対する深い反省のもと平和を守り、アジアの繁栄のために力を尽くしてきた。平和国家としての日本の歩みは今後も変わらない」と強調し「日本は今後も勝ち得た信頼のもとに世界に貢献していかねばな らない」とも述べたという。

ところが安倍首相は、数々の極右的言動によって「日本が勝ち得た世界の信頼」を多く揺るがしてきた張本人でもある。また失礼ながら安倍さんとワイツゼッカーさんでは人間の器も違う。その結果、歴史認識まで違う。それでも、戦後40年でドイツ社会を一変させたワイツゼッカーさんにあやかって、安倍さんが日本国民と近隣諸国と世界を感銘させる立派な談話を発表し、国際社会から「歴史修正主義者」と規定されている自らの不徳を一蹴するよう腹から期待したい。


安倍昭恵・首相夫人への公開状 

Aike一面引き50%

安倍昭恵さま

掲載しました写真は、申し上げるまでもなくあなたがミラノ万博会場においてスピーチをなさった際のものです。イタリアきっての高級紙である「 CORRIERE DELLA SERA」が「万博訪問中の日本首相夫人が伝統に挑戦」というタイトルで一面トップ(見出しのトップはギリシャ問題ですが、あなたの大きな写真が先ず目に飛び込んでくる、という意味では間違いなく一面トップのニュースと言っても構わないでしょう)で取り上げられました。

先に進む前に、私はこの文章のタイトルを付けるのに少し戸惑ったことを告白しておきたいと思います。普通なら「安倍総理(首相)夫人への公開状」というふうにでも言えば済むことですが、イタリア紙の記事の内容は、あなたが夫である安倍首相の影に留まることをやめて、自らも主張し行動する人間でありたいと、外国の、ミラノの万博会場で公式に表明したというものです。簡単に言えば自立宣言です。そのあなたのお気持ちを考慮して、私は首相夫人ではなく、あなたの名前を頭におくのが礼儀だと考えました。

あなたがお辞儀をしている図は、一瞬「なにかを謝っている?」とおどろかされるものでしたが、よく見ると頭を下げつつ微笑んでいるのが分かって、ますます不思議な気がしました。急いて記事を読み、私はなぜこのエピソードがトップ記事扱いになったかを即座に理解して、今度は少々気分が明るくなりました。私はご主人の安倍総理にはなにかと苦言を呈している者ですが、あなたにはエールを送りたく、こうして公開書簡を書かせていただくことにしました。

記事の趣旨は、ミラノ万博会場の公式挨拶の場で「日本の女性の地位は変わらなくてはならない。私はこれまで批判を怖れて言いたいことを言わずに来たが、今後は自分の意見をきちんと表明して行く」とあなたが明確に述べて、男尊女卑の風が色濃く残る日本の伝統(文意からは因習というニュアンスが強い)に挑む決意を表明したというものです。

あなたがそう話したとき、(日本人の男性?)通訳は明らかに動揺しイタリア語への翻訳をためらったそうですね。形式と儀式を重んじる日本社会では、伝統を少しでも踏み外した言動はすぐに傲慢で挑発的なものとみなされやすい。あなたは日本の宰相夫人が公の場では決して言わないはずの「自らの意見」を優雅な、しかし決意に満ちたやり方で表明した、と記事は続けています。

ファーストレディのあなたが公の場で挨拶をした際に、日本的に普通にお辞儀をした瞬間を写真に捉えて、これを象徴的に使った新聞の意図は明らかです。 あなたは頭を下げつつかすかに微笑んでいる。日本女性らしく男性社会に恭順の意を示しながら、あなたはひそかにそれに挑む決意を示して笑っている、と新聞は言いたいのです。イタリア随一の新聞は、そうやってさりげなく日本の問題点と希望とをひと息に描いてみせました。見事な手法だと思います。さらに言えば実はそこには、人々が深々と一礼を交わす日本文化へのイタリア人の賞賛や友好心も入り混じって示されています。

古代ローマ帝国の典儀の記憶を持ち、カトリック教会の厳格な礼式なども知るイタリア人は、日本人のほぼ古代的と形容してもよい辞儀の習慣を、それほど奇異なものとは考えていません。それどころか、彼らが獲得した近代的かつ陳腐な握手の風俗と比較して、ほとんど美しいとさえ考えている節があります。米つきバッタのようにぺこぺこする図はみっともないものですが、深々と一度頭を下げる光景は、きっと古代のDNAを持つ彼らの琴線に触れるのだと私は思います。

記事はまたこうも述べます。「Akie Abeは夫の安倍首相と政治的スタンスが違うことでも知られている。例えば彼女は原発には反対で、緊張関係にある中韓に対してはもっと柔軟な態度で臨むべき、という考えを持っている。彼女は万博の公式の場に屹立して、まるでラッパが鳴り響くように威勢よく自己解放宣言をした。夫から「家庭内野党」と呼ばれている彼女は、果たして沼のように淀んだ、女嫌いの日本の権力機構に風穴を開けることができるだろうか、云々。

あなたの高らかな主張が、親日国イタリアの最有力紙の一面に堂々と取り上げられた背景には、実は重要な伏線があります。 「CORRIERE DELLA SERA」は昨年9月の国際面に安部首相夫妻と習近平主席夫妻が連れ添う写真を並列掲載して「日中、妻たちの雪解け」というタイトルで、昭恵夫人とポン・ リーユアン習主席夫人が、いがみ合う夫らの中を取り持てるように友誼を結ぼうとしている、という趣旨の記事を掲載しました。

50%安倍・習夫妻 並列ヨリ

その記事ではあなたの「融通のきかない夫たちは捨て置いて、2人でいろいろ話し合いましょう」と習夫人に呼びかける知的で開明的な動きが強調されています。あなたは相手の 習夫人を「確固とした自分のスタイルを持ち、親しみ易く、且つオーラがある女性」と最大限の賛辞で評した、と記事は続けます。相手を持ち上げるあなたの 言動はあなた自身のオーラを上げこそすれ決して悪い印象は与えません。私があなたに好感を抱くのもそれが理由の一つです。

あなたはそこでも原発再稼動に反対し、消費税の引き上げにも反対している。税金を上 げる前に国の無駄使いを先ずカットするべき、と明言したとも書かれています。「CORRIERE DELLA SERA」はこれまで安倍首相に対して、あからさまではありませんが、ゆるい批判的な姿勢をとってきました。ただ多くの欧米メディアと同じく、首相を「右翼」「ナショナリスト」などと呼ぶことには少しも躊躇しませんが。同紙はナショナリストと規定された安倍首相への対立軸としてあなたを認識している節があります。

イタリア人の、日本国や日本人や日本の文化などに対する尊敬や賞賛の念は強く、今も揺るぎません。が、あなたの夫の歴史修正主義的言動 を始めとするひどく右寄りの言動によって、日本の政治的立場は急速に悪化を続け、同紙もそのように報道してきました。あなたが原発や歴史認識問題等で夫の安倍首相に異議を唱えている、と報じることで「CORRIERE DELLA SERA」はさりげなく安倍首相を批判している、と捉えることもできます。

そのスタンスは保ちつつ同紙はしかし、「家庭においては安倍首相が自らの政治的立場に反対の夫人にも理解を示す開明的な男」の一面を持つ、とそれとなく示唆するなど、相変わらず日本贔屓の視点も失わないのです。要するに私の解釈ではこの記事は、あなたの勇気を讃える形で安倍首相にちくりと針を刺しつつ綴られた、日本への応援歌なのです。

私は2重の意味であなたに関するこの記事を嬉しく思っています。あなたが公けの場であたかも日本女性を代表するように堂々と自立宣言をしたこと。またあなたが夫よりもリベラルな考えを持っていて、しかもそれを表出することを怖れていない点です。あなたは政治家ではありませんから権力には近寄れませんが、家庭内でぜひ安倍首相の右カーブ一辺倒の政治姿勢に待ったをかけていただきたい。そうすれば安倍首相の政治スタンスは、もしかすると今よりもより中道方向に軌道修正されて望ましいものになるかもしれません。

あるいはいっそのことあなた自身が政界入りして、総理を目指すのはどうでしょうか。その際には、国際社会から目をつけられて国の評判まで落としつつある安倍首相には引退を願うことになります。アメリカのクリントン夫妻にならって、元トップの夫は総理を目指すあなたの後押しをする、という形が理想ですね。

実際にそんなことが起こったならば、真っ先にあなたの前に立ちはだかって邪魔をするのは、女性嫌いの右翼政治家群や反動官僚やネトウヨなど、安倍首相の現在の支持母体そのものでしょう。もしもそれらを打ち破ってあなたが首相にまで登りつめるなら、わが国は女性の完全解放に向けて一気に走り出すばかりではなく、世界でも1、2を争う模範国家として人々の賞賛と憧憬を集め続けること請け合いだと思います。

日本人のお辞儀に魅せられたイタリア人だぞ



先ごろミラノ万博会場を訪れた安倍首相夫人の昭恵さんは、公式の挨拶の場で「これからは1人の人間として言いたいことを言っていく」と宣言して人々を驚かせた。伝統的な日本の宰相夫人としては異例の発言だったからだ。

そのエピソードは、もっとさらに驚くべきことに、イタリアきってのクオリティーペーパー「CORRIERE DELLA SERA」の一面に大きな写真入りで掲載された。

Aike一面引き50%

その内容や掲載の意味については次に書くことにして、ここでは使われた写真について少し言及しておきたい。

お辞儀をしている写真を不適切と考える人もいるかもしれないが、僕にはこの絵は日本に好意的な図柄にしか見えない。というのもイタリア人は、深々と一礼する日本文化に親和的な印象を抱いている、というのが僕の持論だからである。

イタリア人は近代的な握手の習慣を獲得して以来、辞儀などの厳格な所作の風儀を失ったが、古代ローマ帝国の典儀の記憶やカトリック教会の礼式の影響などもあり、日本人の古代的な風俗をそれほど奇異なものとは感じていない。

米つきバッタのようにぺこぺこと小刻みに頭を下げる姿は軽蔑されるが、深々と頭を下げる日本人の習慣は最近、日本文化が急速に世界に知れ渡っていく過程で徐々に認識され、異質ながら比興な慣行として注視されるようになった。

そうした風潮の中でもイタリア人は特に、日本人が深く一礼をする姿を好意的に見ている、と僕は感じるのである。それは同じ西洋文化圏のうちの、イギリスやアメリカに実際に暮らした経験からの、僕の「感じ」である。

お辞儀は恐らく、前述のローマ帝国やキリスト教などにまつわる「古代のDNA」を持つ彼らの琴線に触れるのだと思う。お辞儀に対する彼らの反応は前述のイギリスやアメリカの人々のそれとは明らかに違うのだ。

最近はそれに加えて、イタリアの名門サッカークラブに所属する長友佑都選手が、ゴールを決めたり好プレーの後で、チームメートに「皆んなのおかげです。ありがとう」と深く一礼するパフォーマンスが注目を集めて、お辞儀はイタリアでさらに有名になった。

長友お辞儀記事選手長友ザネッティお辞儀、見守る






実は僕もずっと以前から、友人知己に向けて深く一礼するパフォーマンスを続けてきた。イタリアでは握手をしたり、男女が頬と頬を合わせる(男同士でも)などの形で親しみを表すが、「日本ではこうします」と言いながら深く一礼するのだ。それはいつも笑いを誘って受けた。

長友選手によって多くのお辞儀ファンができたのは、喜ばしい限りである。でもお辞儀パフォーマンスは、長友選手よりずっと長くイタリアに住んでいる、彼よりもよほど年上の、チョーおやじのこの僕が先に始めたのだぞ。

そういう流れの中で昨年、不祥事発覚で辞任した小渕優子経済産業大臣の「深々とコーベを垂れる」絵が、またまた「CORRIERE DELLA SERA」の一面を飾った。不祥事で謝罪する図なのだが、イタリア人はやはりその不思議な古代的光景に魅せられているのだと思う

70%小渕ヨリ

だから「CORRIERE DELLA SERA」紙は、はるか遠い極東の日本国の一大臣が、不祥事を犯して謝罪する際の、彼らにとっては驚嘆すべき「深いお辞儀」の絵をわざわざ一面トップに掲載したのだ。断じて不祥事そのものを重視したのではない。だってその手の不祥事なんてイタリアでは日常茶飯に起こっていることだもの。

そんなどうでもいい事件(少なくともイタリア随一の新聞の一面に大きな写真付きで掲載されるほどのニュースバリーがあるとは思えない)を深刻に受け止めて、深々とコーベを垂れて謝る日本人はやっぱり、チョーすごい。すばらしい。美しい。云々という人々の思いが表れたのが、このイタリアきっての新聞の一面トップの盛大な絵柄なのである。

最後に、安倍首相夫人の昭恵さんがお辞儀をしている相手は、「CORRIERE DELLA SERA」にとっては、昭恵さんが挑もうとしている日本の男尊女卑社会だ、というのが僕の解釈である。

お辞儀をしつつ彼女が、見方によっては含みのある微笑みを浮かべているのは、日本の伝統を尊重しながら且つ未来に向けても飛び立とうとする、一人の女性の象徴的な姿である。

「CORRIERE DELLA SERA」は、日本という古代的メンタリティーを持つ国家の首相夫人が、公の場で挨拶をした際に、普通に日本的にお辞儀をした瞬間を捉えて、これを象徴的に使いつつ日本の問題点と希望とを淡々と描いてみせる、とても興味深い記事をものにしたのである。

そのことについては前述したように次回記事に書こうと思う。




沖縄2紙の潰し方おしえます

百田尚樹さま

私は前回記事で、沖縄2紙が百田尚樹さんに潰されない方法について書きましたので、賛否両論を併記するという言論報道の基本にたち返って(少し意味が違うかもしれませんが)、今回は百田さんが沖縄2紙を潰す方法について書きます。

沖縄2紙を潰すには、あなたと自民党勉強会の議員の皆さんが考えるようにスポンサーを脅したり、イスラム過激派がシャルリー・エブドに殴り込みをかけてジャーナリストを射殺したような、物騒な、でも言論弾圧者が大好きなやり方をする必要はありません。

もっと穏やかで、まっとうで、当事者の沖縄2紙以外は誰も文句を言えないやり方があります。それはあなたと勉強会の議員の皆さんが、偏向報道とまで断じて批判する、沖縄2紙の執拗で厳しい主張や、キャンペーンの「大元」を断つことです。

つまり、普天間基地をなくすことですね。従って同時に辺野古移設もなくなることです。どうしても普天間基地を温存したいのであれば、次に良い方法は普天間基地を沖縄県外に移すことです。

それが成されれば、沖縄2紙は、そのレゾンデートルの全てといっても過言ではない、辺野古移設反対一色のキャンペーンを張ることができなくなります。そうなれば沖縄県民の地元紙への興味も失せて、沖縄2紙はたちまち潰れること請け合いです。

沖縄2紙を潰せ、と言ったのは百田尚樹さんですが、その言葉が導き出された場は自民党本部内の勉強会においてですから、それは会に出席した議員の皆さん全員の言葉といっても良いでしょう。

そこで百田さんに提案します。どうでしょう、あなたのおトモダチである勉強会の議員の皆さんと共に、辺野古移設を断念するように安倍首相に強く働きかけて、怒る沖縄の2紙をあっさりと潰してみませんか。

そうなれば沖縄の民意も政治も静まり、人々は本来の穏やかで明るい、遊び心もよく解する、南国の心やさしい民衆へと回帰して行くことでしょう。

それは同時に「沖縄の2紙は嫌いだが沖縄は好き」だとおっしゃるあなたが、もっとさらに好きになる、適度にリベラルで保守気質も他府県同様に十分にある、従前の沖縄に戻ることも意味します

最後にあなたが執筆をやめるかも知れない、と聞いて私はとても寂しいと感じています。私はあなたの作品をまだ読んだことがありませんが、ベストセラーをお書きになっていると知り、本好きな者の一人としてぜひ読んでみたいと思っていたところでした。

あなたは過去にも引退を宣言して撤回したりしているそうですから、ま、「沖縄2紙を潰せ」発言と似たギャグの部類なのかも知れませんね。同じギャグでも中身の重さが極端に違いますが。

いずれにしましても、できれば執筆をお続けになり、前回記事で述べたように沖縄2紙へのバッシングを続けて「2紙を強く」するか、逆に普天間基地を反故にする運動を展開して「2紙を潰す」活動にまい進するかしていただきたい。

そうした行為は作家を引退してももちろんできますが、有名人ではなくなったあなたの営為は、選挙に落ちて「ただの人」になった政治家の挙止同様、ほとんど誰にも相手にされないでしょう。

ですから、筆を折る、などと百田さんらしくない気弱なことをおっしゃらずに、作家活動のかたわらぜひ沖縄2紙を潰す、あるいは強くするための活動を続けて、われわれ一般大衆を楽しませて下さい。


沖縄2紙への公開状 ~百田尚樹さんに潰されない方法おしえます~

何よりも先ず、作家の百田尚樹さんに「潰してやりたい」と名指しで言われた2貴紙「琉球新報」と「沖縄タイムス」に、「おめでとう」と心からの祝福を申し上げたいと思います。

と言いますのも、貴紙が「潰されない」ためには、百田氏のような声の大きな方々にどんどん批判され、罵倒され、憎まれ口をたたかれ続けることが重要だからです。

百田氏のおかげで貴2紙は今回、全国区の話題になりました。つまり注目されたのです。注目されること、話題にされることこそが、失礼ながら「弱小な地方紙」である貴2紙が生き延びるための最強の武器です。

百田氏は恐らく冗談で「沖縄の2誌を潰すべき」と言ったのだと思います。その後、反響のあまりの大きさに驚き、苛立って「本気で潰したい」と再び口走ったのでしょう。

冗談も「頭に浮かんだ意思」ですから、百田さんは本気をギャグにして表現したわけです。そこまではよくある話ですが、冗談の中身が言論弾圧を想起させる重大な内容だったためにどんどん炎上していきました。ことはジョークではなくなってしまったのです。

それは貴紙にとってラッキーな出来事でした。というのも貴紙を潰したい百田さんは、勇み足で逆に貴紙の存在感を高めてしまい、「潰すのが難しい」方向に事態を誘導して行くこと、と同じ行為をする羽目に陥ったからです。

国民が注目しているものを潰すのは容易ではありません。圧力をかけるのも難しくなります。黙っていれば、あるいは百田さんのお友ダチのネトウヨ議員の皆さんが裏から手を回して、「広告主を脅す」方法などもあったのに、もうそれもできなくなりましたね。

貴2紙はどうか今のままのやり方で紙面作りにまい進して、百田氏やネトウヨや沖縄嫌いの政治家や官僚などから、さらに激しくバッシングを受けて下さい。彼らのバッシングこそが貴紙の生存の糧です。

ただし、万人承知のように日本には「出る杭は打たれる」という、画一主義と大勢順応主義を端的に表す、且つ狭量と抑圧と因習にまみれたイヤな諺もあります。どうぞ気をつけてください。

中途半端に「出た杭」は打たれますが、「出過ぎた」杭は打たれません。「出過ぎた」杭は強者だからです。卑怯者の大衆は強者を攻撃しません。また攻撃されても強者は潰れません。ですから必ず「出過ぎた」杭を目指してください。

今回の百田さん絡みの話題は特別でしょうが、インターネットなどでは貴2紙はネトウヨやその周辺を中心に、けっこう彼らの罵倒ネタになるように見受けられます。これも喜ぶべきことです。無視されては貴2紙の存在意義がなくなるのですから。

国内観光地の人気番付けでは、沖縄は北海道と京都に次いで3番目が定番ですが、新聞という意味ではどうでしょうか。私が知る限りでは貴2紙がダントツに話題になりやすい。

北海道や京都その他の地方紙が、全国の目を引くような事態はあまり起こらないように感じます。基地問題を始め沖縄は良きにつけ悪しきにつけ何かと話題になるため、新聞もそうなるのでしょう。

貴2紙の報道は偏向しているという批判や罵倒が多いようですが、特に基地問題に関しては声を挙げることをひるんではなりません。なぜなら沖縄への基地集中は許される範囲を超えているからです。

日本国47都道府県の一つとして、日本国憲法によってあらゆる権利と地位が平等に保障されているはずの沖縄県には、日本国の一部とは認められないほどの理不尽が押し付けられている。そこで基地の一部、つまりせめて普天間基地を沖縄以外の地に持って行け、というのはまっとうな主張です

何も恐れることはありません。ぜひ激しく声を出しつづけてネトウヨや百田氏のような皆さんの罵声を、これでもかこれでもか、というほどに引き出して下さい。最後には必ずまっとうな主張が勝利します。

それには「日本がまっとうな国ならば」というただし書きがつきますが、そのただし書きを信じて、目標達成までは決して「潰されない」ように、よく知恵を絞ってある限りの罵詈雑言を集め、受け留めて行って下さい。

さてここで、釈迦に説法を承知で、「潰されない」どころか貴2紙がさらに「強くなる」方法を提案させていただきます。それは百田氏に代表される敵の数よりもさらに多くの、味方やファンを増やすことです。

そのためには、大いなるパラドックスですが、百田氏らが主張する「貴2紙の報道が偏向している」論に誠実に応え、反証し、反論していくことです。元より報道に真の不偏不党、中立などありません

しかし、だからといって、不偏不党、中立であろうとする努力を怠ってはなりません。ましてやある事案に対して複数の見解がある場合に、一つの立場のみを報道して反対論を含む他の見解を封殺することなどは、断じてあってはなりません。

そうした報道姿勢を貫くことが、味方やファンを増やす唯一の道です。そのようにして得た味方やファンに加えて、貴2紙を蛇蝎のように嫌うさらに多くの「百田尚樹氏とネトウヨ仲間たち」を増やせば、貴紙の多大なる発展はもう約束されたようなものです。

最後に、貴2紙へのエールを送りましたので、できれば次回は百田さんとネトウヨ議員の皆さんに向けて「沖縄2紙を潰す方法」を披露しようと思います。反対論も明記するのが公平な議論の基本ですから。


ギリシャ危機は金持ちクラブ内の強欲な収奪合戦に過ぎない


【加筆再録】

ギリシャ危機が続いている。国民投票の中身を無視したようなギリシャのチプラス首相の財政改革案を巡って、EU首脳は12日から13日にかけて夜を徹しての討議を重ねた。

結果、ギリシャへの金融支援の「協議を開始する」ことで合意。金融支援をすると決めたのではなく、支援に向けての「話し合いを始めると決めた」だけだが、危機はひとまず回避されたようだ。

ギリシャ危機の根は深く、一歩間違えばEU(欧州連合)のみならず世界経済を混乱に陥れ、それは政治混乱を招いて世界動乱へ・・というシナリオも可能性としては必ずあり得ることだ。

だが実は、たとえそうなったとしても、「だから? なに?」というのが僕の腹の底の、さらにその底での思いである。

僕 は決して運命論者ではない。経済を無視する夢想家でもなければアナキストでも皮肉屋でもない。ましてや悲観論者などでは断じてない。

それどころか、楽観論者でありたいと願い、その努力もしているつもりの人間だが、いまだに手放しの大いなる楽観論者にはなれずにいる凡人である。

その中途半端な凡人の目で見てみても、ギリシャ危機がもたらすかもしれない欧州恐慌や世界恐慌など、実は大したことではないのだ。

仮にギリシャが財政破綻したとする。

それは事件だが、ギリシャの人々は翌日から食うに困るわけではない。生活は苦しくなるだろうが、世界の最貧国や地域の人々のように飢えて死んで行くのでは決してない。

それどころか、依然としてこの地上で最も豊かな欧米世界の一員として、それなりの生活水準を維持していくだろう。ギリシャの今の、そして将来の貧しさなんて、ヨーロッパ内や米国や日本などと比較しての貧しさでしかない。

昨今、その豊かさが大いに強調されて報道されたりする、中国の大多数の国民と比較してさえ、まだまだ雲の上と断言してもいい「貧しさ」だ。それって、断じて貧しさなんかじゃない。

ギリシャの破綻が、さらにポルトガル、スペイン、イタリアなどの欧州諸国に波及したとする。

それもまた大いなる事件だが、人々はやはり飢え死にしたりはしない。生活の質が少し悪くなるだけだ。あるいはかなり悪くなるだけだ。

危機にあおられて、同時不況に見舞われるであろう世界の富裕国、つまり日米欧各国や豪州なども皆同じ。今のところそれらの国々は、依然として豊かであり続けるだろう。

最近の騒ぎは ― そして僕も少しそれに便乗してブログに書いたりあちこちで発言したりしているが ― 日米欧を中心とする世界の金持ちが集まる、ま、いわば「証券取引所」内だけでの話、と矮小化してみても、当たらずとも遠からずというところではないか。

たとえギリシャが破綻し、南欧諸国の経済が頓挫し、欧州全体の恐慌が世界に波及しても、今の世界の「豊かさの」序列がとつぜん転回して、天地がひっくり返るのではない。

それらの出来事は、この先何年、何十年、知恵があれば場合によっては何百年、あるいは何千年かをかけてゆっくりと、しかし確実に衰退し、没落し、落下していく日米欧を中心とする富裕国家間に走る激震、一瞬のパニックでしかないのである。

地震は過ぎ、パニックは収まる。

そして富裕国家は被害を修復し、傷を癒やし、また立ち上がって、立場を逆転しようとして背後に大きく迫るいわゆる振興国の経済追撃の足音を聞きながら、それでも今の地位は守りつつ破滅に向かっての着実な歩みを続けるだろう。

各国経済はグローバル化している。従って富裕先進国のダメージは新興国にも及び、さらに弱者の貧困世界をも席巻するに違いない。

つまり、《ギリシャや欧州の失速→世界恐慌》の図式の中で真に苦しむのは、今も昔もまた将来のその時も同じ、世界の貧しい国の人々でしかないのである。

それにしても

たとえ世界恐慌が起ころうとも、今この時でさえ餓死者が出る世界中の貧困地帯に、それ以上の悲惨が待っているとも思えない。

底を打った彼らの極貧は、もはや下には向かうことはなく、富裕国の落下と入れ替わりに上昇あるのみではないのだろうか。

たとえそこに途方もない時間がかかろうとも……。

そうやって見てみれば、世界経済には何も悲観するべきことはないように思える。全てがなるようになる。

なるようにしかならない世界は、なるようにしかならないのだから、きっとそれ自体がまっとうである。

ならばそれを悲観してみても始まらない。流れのままに、世界も、ギリシャも欧州も日本も、また人間も、流れていけばいいのである。


ギリシャ危機の責任はEUにもある



EU(欧州連合)などによる財政緊縮策に、国民投票で【ノー】と言って世界をおどろかせたギリシャは、一転してEUに歩み寄る姿勢を見せて新たな構造改革案をESM(欧州安定化機構)に提出。今日明日中にもEUとの合意が成立するかもしれない。

借金を頼りに身の丈以上の生活をして、首が回らなくなったところで「節約をしろ」と債権者に責められ、「節約はいやだ。でも借金は棒引きにしてくれ。そのほうがあんたのためにも良い」と、EUに対して開き直ったのがギリシャの【ノー】の意味だった。

そこで当のEUや世界の多くの人々は、図々しい、怠け者、恥知らず、盗人たけだけしいなど、など、とギリシャを罵倒している。そこには一面の真実がある。金を借りたら返す。それが当たり前の人の道だからだ。

しかしそうした主張には、貸した者にも責任がある、という片面の真実が抜けている。金の貸し借りでは、借りた方の100%の責任に加えて、貸した側にも一つの蓋然性をしっかりと認識しておかなければならない、という意味でのやはり100%の責任があると考えるべきである。

つまり、債権者は金を貸したのだからそれを返済してもらうのが当然のことながら、借りた側がそれを返済しない、あるいは返済「できない」可能性がある、ということをはっきりと認識しておかなければならない。

ギリシャ危機、つまりギリシャの国庫の粉飾決算が明らかになった2010年以降、EU、ECB(欧州中央銀行)、IMF(世 界通貨基金)のいわゆるトロイカは、同国が財政破綻するかもしれない現実を熟知しながら、ギリ シャに金を貸し続けた 。見返りを期待したからだ。

EUは「いや、見返りを期待したからではない。EUの一員であるギリシャを援助したかったからだ」と言うだろう。それはきっと本心だ。だがその本心は、金に縛られた現実を金ではない何か、つまり「心」に置き換えてモノゴトを語る、全き偽善以外の何ものでもない。

財政破綻が明らかになってからは、ギリシャも緊縮政策を実施してギリシャなりに頑張った。ギリシャ人は怠け者、と決め付ける単細胞の人々は、ギリシャが頑張ったなどとは決して認めようと しないだろう。しかしギリシャも頑張ったのだ。

ギリシャ国民の頑張りが見えづらいのは、ギリシャ人は怠け者という悪意ある先入観と、ドイツを筆頭にする成金国の主張ばかりがメディアに充満していたからだ。それに加えて-- 実はこれがもっとも重要なのだが-- 緊縮策によるギリシャ経済の疲弊があったから、ますます彼らの頑張りが見えにくくなった。

それをいいことに、ギリシャ自身が頑張らないから財政難が少しも改善しない、と前述の成金たちはさらに執拗に主張しまくった。だが、そうではなく、彼らが債務の減免をしないでギリシャだけに節約を押し付け続けたから、同国の財政危機は一向に改善しなかったのだ。

2010年に財政赤字の隠蔽が明るみに出たことを機に、いわゆるギリシャ危機が始まった。以来EUはギ リシャに厳しい緊縮財政策を要求した。ギリシャは懸命に、忠実にこれを履行した。これが真実だ。繰り返す、ギリシャはギリシャなりのやり方で懸命に、忠実にこれを履行したのだ。 EU、特にドイツはそのことを忘れている。

経済成長を無視した緊縮財政は、十中八九その国の経済を悪化させる。借金の返済のためにひたすら節約をし続ける家計には消費活 動をする余裕はない。だから経済は沈滞する。沈滞する経済は税金も払えない。なのに国は払えない税金を無理に徴収する。だからさらに経済が落ち込むという 悪循環に陥る。それがギリシャの状況だったのだ。

EUの要求を達成しようと緊縮策を懸命に実行した結果、ギリシャの名目のGDPは、2011年から昨年までの3年間で約14%も減少した。当たり前だ。増税と緊縮策が同時進行したのだから経済が転ばない方がおかしい。それにもかかわらずにドイツを柱とするEUは、彼らが規定する「怠け者」のギリシャに、もっと節約し ろ、年金をカットしろ、増税もしろ、そうやって財政を立て直せと言い続けた。

彼らは言うばかりではなく、その間に実際に資金も投入し続けた。何のために?借金返済のために。つまり、EUが投入した資金は借金の返済金として「EUに舞い戻り」、ギリシャ社会にはほとんど流通しなかった。ギリシャ社会は節約のみによって辛うじて生きながらえてきた。その証拠が大きな経済減速だ。

両者ともに何かがおかしいとは気づきつつも「何とかなるだろう」と自らに言い続けた。そうやって破綻がきた。破綻がきたら、債務者ギリシャに節約緊縮を求めるのは当然だが、貸した側も債権放棄、つまり借金の棒引きを含む大きな痛みを受け入れないと問題は解決しない。

特にドイツは、通貨統合によって得た巨大な利益の一部をギリシャに還元するべきだ。その状況が受け入れられないのなら、1953年にギリシャを含む欧州各国 が、戦争で疲弊したドイツを救済するために、借金を棒引きにした親切を思い出すべきである。「怠け者の貧しい」ギリシャはかつて、「ケチで大金持ち」のドイツの借金をチャラにしてやった歴史があるのだ。

もう一度強調しておきたい。ギリシャ危機を招いたのはギリシャ自身である。だが、ギリシャの「放漫財政」が明らかになって以降のさらなる危機、あるいは「一向に改善しない」ギリシャ問題の責任は、ドイツに代表されるEUにもある。EUは国民投票の後でギリシャが示してきた妥協案を受け入れて、2010年時点で拒否したギリシャ負債の大幅免除を実施するべきだ。既に溺れているギリシャを、お前だけがもっと頑張れと強要するのは「死ね」と言っているようなものだ。

ギリシャとEUが互いの主張ばかりに固執すると、ギリシャのみならず両者が沈没しかねない。それは経済のみならず大きな政治危機を招く恐れがある。つまり生活の苦しいギリシャにはロシアと中国が近づいて欧州の分断を狙う。欧州が分断されると、中東へのEUの圧力が弱くなって「イスラム国」などの勢いが増してさらなる混乱が起きる。

ロシアと中国は、反欧米のスタンスから中東の混乱を容認し、それを是正しようと動く欧米はさらに疲弊していく。欧米と立場を同じくする日本もそれに引きずられていく、という最悪のシナリオが待ち受けている可能性がある。ギリシャ問題は遥かな遠い国の出来事ではなく、世界の多くの事案と同じように日本にも関係する重要課題であることは、いまさら僕がここで言うまでもない。


百田尚樹氏+自民勉強会+イスラム過激派、また表現の自由と不自由と

思い上がり

百田尚樹氏が「沖縄の新聞をつぶすべき」と発言して問題になっている。氏は冗談だったと釈明し、後で「やっぱり本気でつぶすべき」と言ったそうだが、思い 直した言い訳であることが見え見えの分、そちらの方がもっとずっとジョークに聞こえる。それはジョークだから何かと大騒ぎをするべき事案ではないのかもしれない。彼のそのジョークよりも重いのは国会議員らが発したという「マスコミを懲らしめろ」論だ。

しかし、百田氏の失言(?)を冗談として受け流しつつ、僕はまたこうも考えている。人は考えないことはジョークにしない。それがジョークであろうがなかろうが、頭の中にその考えが浮かばなければ言葉にはならない。つまり彼が発した言葉は必ず彼が頭の中で考えていることである。今回の発言の経緯と内容を見た場合、その考えの中身と、中身が形成された背景は重要なことである。従ってそれは検証に値する。そこで、検証してここに意見を書いておくことにした。

百田氏の発言には今の日本国の世論や政治や空気の様相が色濃く染み出しているように見える。勉強会の議員の「広告を無くしてマスコミを懲らしめろ」発言も同様だ。強権的ともいえる安倍政権の周囲にいる彼らが「われわれには言論弾圧をする力もある」と、頭のどこかで思っている本音がポロリと口をついて出たものだろう。

彼らの言動は、彼らがそれを意識したかどうかに関わりなく、世界が長い時間と多くの犠牲を払って獲得し、定着させようと日々呻吟している表現の自由の理念に挑み、それを阻もうとする意図が秘匿されたものだと断定されても仕方がない。思い上がりもここに極まれり、というところである。おいそれと見逃すわけにはいかない、というのが正直な感想だ。

表現の自由の全き自由と不自由と

表現の自由とは、差別や偏見や憎しみや恨みや嫌悪や侮蔑等々の汚濁言語を含む、あらゆる表現を公に発表する自由のことである。言葉を換えれば表現の自由の原理原則とは、言論等の表現に一切のタガをはめないこと、それが表現である限り何を言っても描いても主張しても良い、とまず頑々として認めることである。

言論の自由が保障された社会では、例えばSNSの匿名のコメント欄におけるヘイトコメントや罵詈雑言でさえ許される。それらはもちろんSNS管理者によって削除されるなどの処置が取られるかもしれない。が、原理原則ではそれらも発表が許されなければならない。そうやって「何でも構わない」と表現を許すことによっ て、トンデモ思想や思い上がりやネトウヨの罵倒やグンコクナチズムなどもどんどん表に出てくる。

そうした汚れた言論が出たとき、これに反発する「自由な言論」、つまりそれらに対する罵詈雑言を含む反論や支持論や分析や議論がどの程度出るかによって、その社会の自由や平等や民主主義の程度が明らかになるのである。百田氏と勉強会の議員の言論に対して議論百出しているのは、今まさにそれが行われているからである。それは何を意味しているのかというと、要するに「表現や言論の自由とは何を言って構わないということだが、そこには責任が付いて回って誰もそれからは逃れられない」ということである。

言葉を換えれば、表現の自由には限界がある、ということだ。「表現の自由の限界」は、表現の自由そのもののように不可侵の、いわば不磨の大典とでもいうべき理念ではない。表現の自由の限界はそれぞれの国の民度や社会の成熟度や文化文明の質などによって違いが出てくるものだ。 一言でいえば、人々の良識によって言論への牽制や規制が成されるのが表現の自由の限界であり、それは「表現する者の責任」と同義語である。

議論対議論

たとえば百田氏のケースでは、彼が「沖縄の2紙はつぶすべき」と発言したのは、表現の自由を行使したのであって、それ自体は何の問題もない。しかし、その中身について今僕がこうして批判的な文章を書いているのと同様に、多くの人々も彼の発言に疑念を投げかけている。同時に氏の発言の中身を正当と捉え支持 し、擁護する人々もまたいる。そうした舌戦に対してもまたさらに反論し、あるいは支持する者が出て、議論の輪が広がっていく。

それらの言い合いは、百田氏が彼への批判に反論する言葉も含めて、全て表現の自由の行使である。それは歓迎するべきことだ。議論が深まることによって、表 現の自由が興隆し、その議論の高まりの中で表現の自由の「限界」もまた洗練されて行くのである。いわく他者を貶めない、罵倒しない、侮辱しない、差別しない、POLITICAL CORRECTNESS(政治的正邪)を意識して発言する・・など。など。

罵詈雑言を含むあらゆる表現が噴出するのを見て、さらに多くの人々がこれに賛同し、あるいは反対し、感動し、憤り、悩んだりしながら表現の自由を最大限に 利用して意見を述べる。そのプロセスの中で表現の自由に対する規制が自然に生まれる、というのが文明社会における言論の望ましいあり方である。その規制を法規制として正式整備するかどうかは、再び議論を尽くしてそれぞれの国が決めていくことになる。

糾弾される理由

民間人である百田氏は、表現の自由の権利を行使して何でも言う自由がある。従って沖縄の2紙をつぶせと言おうが、皆でぜひ購読しようと主張しようが彼の勝手だ。勉強会の議員の発言も、何でも言って良いという表現の自由の原理原則の前ではそうだ。それにもかかわらずに彼らが批判されなければならないのはなぜか。それは言うまでもなく、彼らが権力者だからである。

日本国憲法に定められた表現の自由とは、国民が政府を批判する自由を含む「国民の表現の自由」のことである。国家は国民のその表現の自由を守らなければならない。憲法が国家権力を縛るとはそういうことである。安倍政権にぴたり と寄り添っている勉強会の議員らは国家権力の一角を成す権力者である。権力者だから、彼らのマスコミ懲らしめ論は威圧となって当事者に重くのしかかる。言論弾圧と同じ効果がある。だから彼らは指弾されなければならない。なぜなら彼らには国民の表現の自由を守る「義務」があるからである。彼らの言動は本末転倒なのだ。

今回の場合、百田氏もそれらの権力者と共にいる同じ穴のムジナ、のようなものだから糾弾されても仕方がない。というか、糾弾されるべきである。同時に彼は民間人なのだから、言論の自由によって擁護されるべき存在でもある。だから百田氏擁護論がそこかしこから出ている風潮は健全なことだ。しかし、勉強会の議員らの場合は、彼らが権力者である事実から100%アウト。ひたすら論難の対象になるばかりであり、また論難しなければならない。。

話が飛ぶようだが、実は彼らの言動は、今年1月に起きたフランスの言論弾圧事件、つまりイスラム過激派がムハンマドへの皮肉が気に食わないからと、自動小銃でシャルリー・エブドの表現者を射殺した事件をさえ連想させる重大事である。気に食わないからと銃撃することと、気に食わないからと権力でつぶしたり懲らしめたりすることの間にはいささかの距離もない。彼らはもちろん脅しを実行してはいない。が、事の本質は同じなのである。

もっと言えば、例えばネトウヨと呼ばれる人々は安倍政権を支持する者がほとんどだと思うが、権力が勢いに乗って言論統制まで行くと、彼らネトウヨの“罵詈雑言を言う自由”も必ず弾圧される。なぜなら彼らの罵詈雑言が「自由な言論」だからだ。権力による言論弾圧とはそういうものである。しかし、もしも一般の人々が、他人を誹謗中傷する書き込みやメーッセージに反論をし圧力をかけても、それは言論弾圧ではない。それは言論の自由に守られた市民が、言論の自由の権利を行使して、同じく言論の自由に守られたネトウヨの言論を社会悪と見なしてこれを排除しようとする、極めて健全な行為なのである。

その過程で世論は行き過ぎて、ある個人や団体や事案を叩き過ぎる状況も起こりうる。しかし、言論の自由が保証されている限り、、そのことに対する反論や指摘や擁護をする「自由な言論」がまた必ず起こって、行き過ぎは修正される。それが言論の自由を守る社会の意義であり最大の良さだ。

沖縄保守新聞を読みたい

最後に、百田氏が沖縄の地元紙が左翼に偏向していると考えるなら、「つぶさなくてはいけない」などと物騒なことを言う前に、トモダチのネトウヨ議員の皆さんや安倍さんなどと組んで、保守主義を標榜する「中立公正」な新聞を彼の地で発行したらどうだろうか。

沖縄では地元2紙が圧倒的なシェアを誇っていて、全国紙はほとんど読まれていないという。そのあたりも2紙が偏向していると批判される原因の一つだろうが、全国紙が沖縄で読まれない、つまり売れないのは、それが面白くないから、ということもあるのではないか。

地方紙の価値はひたすら地元に寄り添うところにこそある。沖縄地元で売れている新聞は地元の感覚では面白い、少なくとも「つまらなくない」ということだ。 右や左というイデオロギーが支持されているからではなく、地元にとってもっとも関心のあるニュースや情報が受けているだけの話だろう。つまり沖縄の新 聞が世論をリードしているのではなく、沖縄の世論に引きずられる形で新聞が存在している、というのがより現実に近いのではないか。

新聞はもちろん世論をリードすることもある。新聞が報道を続けるので、大衆がその意志に引きずられる可能性もある、というのもまた真実だ。だがそれが全てだと考えるのは笑止だ。先ず新聞ありき、ではなく人々の要望を体現して新聞が生まれるのだ。従って新聞は人々の民度レベルに即してしか存在できない。これは新聞に限らずあらゆるメディアがそうであり、一国の政府もまったく同じだ。もしも政府やメ ディアがバカならば、それは国民がバカだからである。

バカでもなく偏向もしていない百田氏と仲間の皆さんが発行する沖縄保守新聞を、僕は本気で、ぜひ読んでみ たい、と思う 。ただし、あえて確認しておくが、沖縄「右翼」新聞ではなく、あくまでも沖縄「保守」新聞である。

アンダルシア&「イスラム国」を書きかけていたのに・・



【アンダルシアに「イスラム国」を重ねて見れば】というタイトルで、今のところの
「イスラム国」への思いを書いて前に進もうとあがいている。

あがいているのは、「イスラム国」とイスラム教とアラブ系移民の総体が、極めてネガティブなイメージで自分の中に形成されているからである。

「イスラム国」は悪であり破壊されるべきだ、というのが僕の考えである。だがイスラム教とアラブ系移民はそれとは別だ、というのもまた僕の思いである。

従って3者がすべてネガティブに見えるのは、「イスラム国」の負のイメージに引きづられてのことに違いないと考え、その証拠をけんめいに探しつづけている。

それが僕の「あがき」の正体である。

書けないので、日記的に軽く書き流せることどもを少し書いたりしていた。

しかし、ふっ切れた。

今のままの思いをいったんそのまま書いてこうと決めてPCを開いたところ、作家の百田尚樹氏が沖縄の新聞をつぶせ、と言ったという記事がそこかしこのサイトで大きく取り上げられていた。

面白いので、まずそのことについて書くことにした。

アンダルシア&「イスラム国」は普遍的(特に時間軸が)だが、百田氏のエピソードは明らかに辺野古にからむもので、その意味では普遍的ながら、同時にエピソードである分すぐに立ち消えそうにも見える。

なので、僕も「今」議論に参入することにして、「イスラム国」とアンダルシアの話はその後に回すことにする。

時事問題とそれ以外のテーマの書き方で僕はずっと悩んでいる。

僕は時事問題に対応して素早く記事を書くことが中々できない。新聞記者ではないのだからそれでいい、と自分に言い聞かせつつも、ブログという日記風媒体が好きでそれを利用しているな身としては、忸怩たる思いがいつもするのも事実。

プロのテレビ屋としては僕は、時事問題を「報道番組」、また普遍的なテーマを
「ドキュメンタリー」として制作してきた。

なので、ドキュメンタリー監督である僕は、書くときも「ドキュメンタリー」のつもりで時事問題を掘り下げる、「テーマ中心主義」で書き進めようとは思っている。

でも、しかし、やっぱ時事問題にも報道的にテキパキと対応できたらいいな、というのも本音・・かな。


アンダルシアにみる歴史の「たられば」



スペイン・アンダルシアを旅して、思うことが多々ある。

それらのことを書こうとし、書きつつあるのだが、中々書き進むことができない。

言ってみれば、一行書いては数時間立ち止まる、というふうである。

考え、検証するべきことが多すぎる。

特に、アラブ文明と欧州文明の相克と調和。

両者は相克あるいは反発しているだけのように見えるが、実は調和し切磋琢磨した部分も多い。

そうした歴史事実の証拠や証明がアンダルシアには満ちあふれている。

僕は以前「《ヨーロッパとは何か》と問うとき、それはギリシャ文明と古代ローマ帝国とキリスト教を根源に持つ壮大な歴史文明、という答え方ができる」と書いた。

それは基本的には間違いがないと思うが、実はそこには見たい者だけに見える歴史の大きな「たら、れば」も隠されている。

歴史考察に「たら、れば」は禁物、というのは周知の道理である。だがそれは歴史学者向けの戒めであって、歴史好きや空想好きが勝手に想像して遊ぶ分には何の問題もない。

僕も歴史学者ではないので勝手に想像の中で遊んでみたりする。

ヨーロッパの心髄であるギリシャ文明と古代ローマ帝国とキリスト教のうち、キリスト教が抜け落ちて、そこにイスラム教が据えられていたら現在の世界はどうなっていただろうか。

しかもそれは僕の勝手な虚構イメージではなく、歴史的に大いにあり得たことなのである。

新説や異説をあえて無視して、従来からある分かりやすい仕分けに基づいて話をすすめれば、西ローマ帝国が滅亡した後ヨーロッパはいわゆる暗黒の中世に入ってあらゆるものが沈滞した。

沈滞が言い過ぎなら、少なくとも文化・文明知に大きな進展はなかった。

それは15世紀半ばの東ローマ帝国滅亡まで続く。

キリスト教の厳しい戒律支配の下で、ヨーロッパはギリシャ及び古代ローマ文化文明の否定と破壊を進めた。

そうやって欧州はおよそ1000年にも渡って渋滞する。

中世ヨーロッパの鬱積を尻目に、アラブ世界は大発展を遂げる。

ヨーロッパが立ち往生していたまっただ中の8世紀頃から、アラブ世界は欧州とは逆に古代ギリシャを中心とする知の遺産をアラビア語に翻訳し貪欲に取り込んで行った。

それはイスラム文化の発展に大いに寄与した。そうやってアラブ世界は当時、ヨーロッパをはるかに凌駕する科学や医学や建築工学等々の技術を確立した。

そうした知の遺産はルネッサンスで目覚めたヨーロッパに引き継がれ、イスラム世界の衰退が訪れた。

ヨーロッパ優勢の歴史は続き、やがて産業革命が起こって欧州文明の優位性はゆるぎなないものとなって、現在に至っている。

アラブ世界とヨーロッパの地位が逆転した頃、もしもボタンの掛け違いがあったなら、アラブの優勢は続き、われわれは今頃イスラム教が司るアラブ文明の大いなる恩恵にあずかっていた。

われわれが今、大いに西洋文明の恩恵にあずかっているように・・・

というような妄想にもひたりつつ、「イスラム国」にも留意しつつ、アンダルシアについて少し書いていくつもりでいる。


6月は国際的味覚の旬




梅雨でじめじめしている日本の感覚からはほど遠いだろうが、6月のイタリアは1年でもっとも美しい季節である。

もっと言えばヨーロッパが1番輝く季節である。

薔薇をはじめとする花々が咲き乱れ、木々の緑が増し、日差しが長くなって生きとし生けるものが目一杯に生を謳歌する。

それが6月である。

結婚また花嫁を讃える「ジューン・ブライド」という言葉もある。

ジューンは6月。ブライドは花嫁である。

「ジューン・ブライド」とは「6月の花嫁は幸せになる」という意味のこもる英語。

元々はギリシャ神話から出た古代ローマ神話のうちの、結婚の女神「JUNO(ユノーまたはジュノー)」に由来する。

6月はまたヨーロッパの大半の地域で、温室栽培ではない(つまり露地栽培の)果物や野菜が出回る季節のはじめでもある。

いや、それらは4月また5月頃から行き渡るのだが、本格的に、豊かに、途切れることなく市場に充満するはじめが6月なのである。

それは8月を越えて9月まで続き、10月になっても名残をとどめる。

それ以後は、温室栽培の品々の独壇場。つまり「季節はずれ」の野菜や果物が圧倒的に多くなる。

それらの野菜や果物はありがたくまたおいしくもあるが、ある日ふと季節はずれの不自然に気づいて、立ち止まることもないではないプロダクトたち。

そんなヨーロッパの、6月半ば現在のイタリアには、多くの旬の野菜や果物が流通している。

そのうちの一つが日本でベラボーに値段の高いサクランボである。

値の張るサクランボを食べるたびに思うことがある。

つまり、値段の高いものを人がおいしいと感じるのは、下品どころか、感情を備えた人間特有の崇高な性質ではないだろうか、と。

例えば僕は今が盛りのサクランボが大好きだが、イタリアで食べるサクランボは日本で食べるよりもはるかにおいしい。

日本とイタリアのサクランボの味は「物理的」にはあまり変わりがないのかも知れない。だが僕は明らかにイタリアのものがおいしいと感じる。

それはなぜか。

イタリアのサクランボはドカンと量が多いからである。

サクランボを大量に、口いっぱいにほおばっているとき、僕は日本ではあんなにも値段の高い高級品を、今はこんなにもいっぱい食べまくっている、という喜びで心の中のおいしさのボルテージが跳(は)ね上がっているのだ。

恐らくこれはイタリア人が感じているものよりも、ずっとずっと大きなおいしさに違いない。

なぜなら彼らは、サクランボの「物理的な」おいしさだけを感じていて、日本の山形あたりのサクランボの「超高級品」という実態を知らないから、従って「ああ、トクをしている」という気分が起こらない。

僕は日本を出て外国に暮らしているおかげで、時にはこういういわば「味の国際化」の恩恵を受けることがある。

しかし、これはいいことばかりとは限らない。

というのも僕は日本に帰ってサクランボを食べるとき、そのあまりの量の少なさに、ありがたみを覚えるどころか、なんだかケチくさい悲しみを感じ、もっとたくさん食わせろと怒って、おいしさのボルテージが下がってしまう。

このように、何事につけ国際化というものは良し悪しなのである。


アンダルシアの熱い初夏



スペイン、アンダルシアにいる。

先月、イタリアを発つ前に投稿予約をしておいたブログ記事「ミラノ万博が悩ましい」が、うまく自動投稿されているかどうかインターネットカフェで確認。

無事に投稿されていた。ちょっと嬉しい。

今後はこの機能も使うことにしよう。

インターネットカフェを通して、日本語環境のPCも利用できることが分かり、この記事を書いてみる。

さらに書けるなら、再び予約投稿用の話も。

ここアンダルシアではアラブ・ムスリム時代の痕跡を訪ね歩いている。

アラブのアンダルシア支配はおよそ800年にも渡った。

結果、多くの文化遺産が残された。

それらの圧倒的な美と過ぎ去った時間に深い感慨を覚える。

過ぎ去った時間への感慨とは、かつて高度な文明を謳歌したイスラム教徒たちが、今日では沈滞し、時には後退し、内戦や貧困や暗い社会不安の中で呻吟している現実の不思議また必然。

それはいつも思ってきたことであり、地中海周遊を決意した理由の一つでもある。

だが、今回はそこに過激派「イスラム国」へのこだわり大きくのしかかっている。

そこに考えを巡らせ続けながら、太陽海岸(costa del sol)で中休み。

宿を取った海の町でインターネットカフェを見つけたのである。

アンダルシアの内陸部では、殴りつけられるような日差しに圧倒された。

特にコルドバの街中で。

午後7時過ぎのその強烈な陽光を浴びて歩きながら、5月でこんなありさまなら7月、8月の盛夏時には一体どうなるのだろうと、恐怖感さえ覚えた。

コルドバの暑熱にはそれほどのインパクトがあった。

太陽海岸の日差しも強烈だ。しかし、内陸のコルドバほどの力はない。

ビーチパラソルの下の寝椅子に横たわって、読書をしている分にはむしろ爽快だ。

それでも暑熱に犯される。

そのときはひと泳ぎしてして涼しくなって、またパラソルの下で読書をする至福の時間を取り戻す。

ビーチで怠惰な時間を過ごすときには小説が一番嬉しい。

実話ドキュメント系の著作や情報本は、カバンに入れていてもまず手が出ない。

ビーチの光の中で想像力を飛翔させて遊ぶにはやはり虚構話が最適だ。

そこでの想像力は、正確には著者のものだから、読む方はその想像力に寄り添って共にあそぶということだが、そんな場合は実利を追うような内容の本はつまらない。

そうした本は仕事場兼の書斎で読む。

最近はインターネットでの検索読み込みもあって、小説世界で遊ぶ時間がだいぶ少なくなった。

だから、ビーチでの読者が余計に楽しい。

ここ最近は、そうした折に読む本は時代小説が多くなった。

たいていは司馬遼太郎と藤沢周平。

ときどき山本周五郎も、という風である。

多くの本好きな若者がそうであるように、僕も若いころには小説書きになりたいと思うこともあった。

ずいぶん多くの小説も読んだ。

だが、そのほとんどは最早もう一度読みたいと思わせる魅力を持たない。

若い時分にはあれほど熱中したのが嘘かと思えるほどに心が冷めているのが大半である。

特に、いわゆる純文学系の作品にはまったくと言って良いほど興味が湧かない。

2度も3度も読み返したくなるのが、僕の場合は前述の3作家なのである。

特に藤沢周平。

ここスペインのビーチで読んでいるのは「回天の門」。藤沢本の数少ない読み残しの一冊。

日本の奇跡、明治維新前夜の世情を描いている。

世界史には多くの奇跡が刻印された。

アラブのスペイン支配も奇跡であり、キリスト教徒によるスペイン奪還(レコンキスタ)も奇跡である。

この奇跡とはもちろん宗教的な意味ではない。瞠目すべき出来事、の意である。

明治維新は東洋の島国で起こった歴史事件だが、アラブ対スペイン、さらには「イスラム国」の台頭とそれにまつわる事変にも匹敵する瞠目である。

そういうことを考えながら、アンダルシアの青い空の下で濃い時間を過ごしている。


ミラノ万博が悩ましい


法廷で裁かれている被告人が、いきなり隠し持っていた拳銃を取り出して発砲し、弁護士や裁判官らを殺害するという、信じがたい事件がイタリアのミラノで起きたが、そこには少しの救いがあった。

犯人が金属探知機の備えられた通常の入り口を避けて、裁判官や弁護士や法廷職員が利用する金属探知機のない特別入り口に、偽造の身分証明証を示して侵入した、という事実があったからである。

ところが、事件の捜査が進むにつれて、当初の見解が誤りで犯人は金属探知機が設置された通常の入り口から侵入した可能性が出てきた。監視カメラの映像がそれらしい動きを捉えていた。

犯人が入り口を通ったとき金属探知機は警報音を発した。ところが警備員はそれを見逃した。犯人の直前に通った男にも警報音が鳴り、警備員はそのチェックに頭が一杯だった可能性があるのだという。

ミラノ裁判所は広大な建物で、荷物搬入用を含む合計6箇所の門口がある。人の出入りも多い。ゲート型探知機は犯人の次に通った男にも警報音を鳴らしたが、警備員は今度はきちんとチェックした。

忙しい動きの中で、拳銃を隠し持った犯人だけがたまたま検閲をすり抜けたということらしい。犯人が黙秘権を行使しているためビデオ映像で確認を取っているものの、画質が悪く捜査は難航している。

僕はそのニュースを知って、先日開幕したミラノ万博のセキュリティーを本気で心配し始めた。裁判所という重要な施設でさえ杜撰な警備システムがまかり通る街で、もしも過激派などの襲撃があった場合に対応できるのか、と気になるのである。

なにしろイタリアはこんな実話まで生み出してしまう国だ。以前にもそこかしこに書いたが、再びここにも記しておくことにする。

拳銃を上着のポケットに入れたまま忘れていた男が、ミラノの空港の金属探知機ゲートを何の問題もなく通過した。彼は飛行機に乗ってから拳銃に気づき、スチュワーデスにそれを預けようとした。

銃は合法的に取得、登録されたものだった。しかし、だからといって機内に持ちこんで良いというものではない。男の武器を見て乗客が騒いだ。

2001年の米同時多発テロ以降、イタリア中の空港はテロ対策で常時厳戒態勢下にある。すぐに手荷物検査の手抜きが糾弾され、安全対策本部のボスの首が飛んだ。これではテロの恐怖に対応できないという訳である。

それにも関わらずに再び発生した公共施設での警備の不始末。空港での出来事と瓜二つのミラノ裁判所の事件は、国や市など当局の警備システムが、ほとんど改善されていないことを示唆しているように見える。

イタリアではきちんと登録をすれば猟銃も拳銃も割と簡単に手に入る。昔から火器技術の発達した国だからごく自然だし、違和感もない。銃の有名ブランド「ベレッタ」もイタリアのものである。

ピストルを上着のポケットに入れてすっかり忘れてしまうような人間がいる事実が、イタリア社会における銃保有率の高さを物語っていると思うが、実はそれは欧米をはじめ世界では少しも珍しいものではない。

日本のように銃の保有を厳しく制限している国の方がむしろ珍しいくらいだ。狩猟の伝統と自衛権を重んじる哲学が銃の保持を許容している訳だが、戦乱や社会不安が人々を火器取得に走らせる国も世界には多い。

イタリアの銃保持率が普通程度に高いのは狩猟が盛んだからだ。同時に、アメリカほどではないにしろ、自衛の為に火器を所持する者はイタリアでも結構多い。その場合は猟銃よりも拳銃が一般的である。

ミラノ裁判所の銃撃犯も飛行機の男も、合法的に取得した拳銃を持っていた。またイタリアでは合法的なもの以外に、マフィア等の犯罪組織関連の不法な銃器保持も多いと見るのが妥当だろう。

それだけにこの国は、金属探知機などを備えた警備システムを誰よりも充実させて然るべきだが、ミラノ裁判所や空港での不祥事などを見る限り、とても自慢できる水準ではないように見える。

イタリアは米国で起こった同時多発テロ以来「イスラム国」やアルカイダなどの過激派組織から名指しでテロの脅迫を受け続けている。カ トリックの総本山・バチカンを擁し、重要な文化遺産も多いこの国は、宗教のみならず欧州文明も破壊したい、と渇望するイスラム過激派の格好の標的になっているのだ。

残虐非道な 「イスラム国」は、ローマを襲撃してバチカンを破壊する、とさえ公言している。彼らがその前にテロリストをミラノの万博会場に送り込む可能性がないとは言えない。万博会場の警備体制は厳しく、万全だとされている。必ず遺漏がないことを祈りたい。


フラメンコに会いたい



今年は6月も少しばたばたしそうなので、少し早めに地中海周遊へ。

地中海周遊あるいは漫遊のイメージは

1.イタリアを基点にアドリア海の東岸を南下する。

2.バルカン半島の国々を巡り、ギリシャ、トルコに遊ぶ

3.シリアやイスラエルなどの中東各国を訪ねる。

4.エジプトからアフリカ北岸を巡覧する。

5スペイン、ポルトガル、フランスなどをぐるりと踏破する 。

というようなもの。

それは気ままに旅をする、ま、漫遊のつもりである。

漫遊よりも少し気取って周遊とも呼んだり。

今回はスペインのアンダルシアを回る。

だからタイトルは「フラメンコに会いたい」。

スペインがアラブ支配下にあった時代の痕跡にも大いに興味がある。

書きそびれていることが例によってたくさんある。この旅でまた書けなくなりそうだ。

一応書きかけや投稿済み分をusbスティックで持ち歩くことにする。

旅先で書き上げたり加筆再録して公のブログ論壇に投稿するかもしれない。

考えを巡らせているのは、銃の重さ、イスラム教と過激派、生と性と死、辺野古、安全保障と日本と沖縄、言論の不自由、オッパイ主義、イワシの頭、・・etc、etc・・

またブログについても。

個人ブログと公の論壇の違い、齟齬、また同一性。ひっかかり。

アンダルシアについては、旅行後に書く計画。

FBに投稿するのは、僕の場合ブログと同じエネルギーを要することが分かってきたので、ブログのみにするつもり。

ブログ更新の自動告知のみで、あとは皆さんの投稿を時々覗く。

てなわけで、9月ではなく6月に会いましょう


地中海難民という「臭い物」にフタをしたいEUの人道主義また排外主義について



続く悲劇

アフリカ難民を満載した密航船が地中海で転覆し、800人以上の死者が出た事故にあわてたEU(欧州連合)は、先月23日に緊急首脳会議を開いて、イタリ ア沖でEUが実施している難民や移民の捜索、救援活動の予算を3倍に増額して年間約1億ユーロ(約130億円)にすると決めた。

地中海には貧困や圧政を逃れてヨーロッパに移住しようとするアラブ人やアフリカ人が押し寄せる。彼らが目指すのは主にイタリアである。アフリカに近いイタ リア最南端のランペドゥーサ島には、そうした難民が恒常的に流れ着く。今年は4月までに既に2万5千人以上人が上陸した。

また2002年から昨年2014年までの間に、イタリアに漂着した地中海難民は合計約46万人。これらの難民の全てがイタリアに留まるのではないが、 彼らの救助と保護、また行き先が決まるまでの間の全ての面倒を見るイタリアの財政的負担は大きく、月々平均7億円弱が費やされてきた。

EUの偽善とイタリアの良心

イタリアはそうした現実に悲鳴を上げたり怒ったり罵倒したりしながらも、海に溢れる難民にせっせと救助の手を差し伸べてきた。できれば難民を見たくないEUはそんなイタリアに苛立って、あの手この手で同国に難民の排斥を促してきた。

EUの難民対策の基本は、逃亡者が不法にEU領域に入ってこないよう国境を防衛すること。そのために同領域に不法に入ってくる者は保護されるべき難民ではなく、難民認定希望の不法入国者と見なされる。EUは漂流している難民を漁師らが勝手に救助することも禁じてきた。

そのために難民ボートがいてもすぐには救助活動に結びつかず、遭難などの悲劇が多発する。EUは海軍も出動するイタリア政府の救護活動にも難色を示し続け た。イタリアは2014年、EUの圧力に抗し切れずに同国海軍による救助活動の縮小を決断した。これが公海でのさらなる死者数の増加につながっていった。

アフリカとイタリアのランペドゥーサ島は距離的には確かに近い。だがその間に広がる海は決して穏やかではない。老朽船や小型船にすし詰めに詰め られて海を渡ろうとする難民は、頻繁に嵐や事故に遭遇して危険にさらされ、多くが命を落とす。800人以上の犠牲者が出た先日の転覆事故もそんな出来事の 一つだった。

EUは本気で重い腰を上げるのか

イタリア近海で難民が死亡する事故は日常茶飯事。2013年10月にも難民500人以上を乗せた船が同じ海域で出火、転覆して300人余が死亡した。一度の事故としては過去最大の犠牲者数だったため、当時は日本を含む世界中のメディアで大きく取り上げられた。

世論の強い批判にさらされたEUは、そのときも抜本的な難民救済策を取る、と国際社会に向けて表明した。しかし、目立った進展はないままに時間が経過し、再び多くの難民が一度に死亡する事故が起きた。そのことに対するEU自体の反省もあって、難民対策の改善が今ようやく進みつつある。

予算を3倍にすると決めたEUの動きは遅きに失した感も否めない。しかし、地中海での難民の救助や保護に1人奮闘してきたイタリア国内には、それを大きな 前進と評価する向きもある。何しろイタリアとアフリカの間の海では毎年多くの難民が命を落としている。

死亡者数は積もり積もって、2000年から2014年 までの合計は分かっているだけでも2万2千人以上にのぼる。だが実際には少なくともその3倍の人数が命を落としている可能性もある。難民は密かに国を出て、密かに船に乗り、誰にも知られずに海の藻くずと消えることも多いからだ。

「アフリカの北朝鮮」の悲劇

イタリアに漂着する難民は、中東とサブサハラを含むアフリカの全体からやって来るが、その中でも特筆に価するのがエリトリア人である。エリトリアはかつて イタリア王国の植民地だったこともあるアフリカ北東部の小国。「アフリカの北朝鮮」とも呼べる軍事国家だが、北朝鮮にも勝るすさまじい圧政がはびこっている。

エリトリアでは独裁者イサイアス・アフェウェルキ が君臨して恐怖政治を行っている。完全な国民皆兵制が導入されていて男女を問わず国民の全員が兵役義務を負う。しかも兵役期間は無期限で あり、軍隊の任務以外にも「ナショナルサービス」と呼ばれる勤労奉仕活動に従事させられる。それはつまり事実上の強制労働である。

圧政から逃れようとしてエリトリアからは毎月2000人以上の国民が逃亡している。そのうちの多くがリビア経由でイタリアに漂着するが、エリトリア人難民 の何割かは地中海で命を落とすのが常態になってしまっている。800人以上が犠牲になった先日の事故でも、そのうちの350人がエリトリア人だった。

横行する密航業者

イタリアに漂着する難民密航船はチュニジア発を除けば、最近はほとんどがリビアからやって来る。それはカダフィ政権時代からの慣わしでもあるが、現在はさらに状況が悪化している。カダフィ独裁政権が倒れた後、リビアは内戦状態に陥った。最近その隙を突いて過激派「イスラム国」が侵入し勢力を拡大させたために、リビアの政情不安はますます深まり混乱の極みに達している。

その混乱に乗じたのが難民を食い物にする人身売買組織とブローカーである。彼らは切羽詰った難民を中東やアフリカ全土から集めて密航船に乗せ、リビアの各 港からイタリアに向けて出発させるビジネスを行っている。それはカダフィ時代から存在する悪徳商売だが、リビアが無政府状態に陥った現在はさらに横行跋扈している。

その状況を見てイタリア政府の中にはリビアへの単独軍事介入を示唆する者さえ現れるようになった。リビアの各港を支配下において、難民を食い物にする人身売買のネットトワークやブローカーを破壊しようというのである。それは決して荒唐無稽な主張ではない。

イタリアは軍事面では世界的にほとんど目立たないが、それなりに無視できない軍事力を有する国である。それに加えてリビアはイタリアのかつての植民地だ。ある程度は勝手が分かる。その気になれば、リビアに侵攻して、イタリアに近い地中海沿岸の港を支配下に置くことは不可能ではない。その程度の軍事力は十二分にある。

課題は難民発生の元を断つこと

だが、それは現実的に難しいだろう。なぜならイタリアを含む西側諸国は近年中東に軍事介入をしてそのほとんどが失敗に終わっている。その上、中東諸国のみならず国際世論からもそのことを厳しく批判されてきた。欧米が「イスラム国」などの過激派に思い切った攻撃を仕掛けられないのも、そうした後ろ暗い過去があるからである。

欧米、特に欧州諸国が団結してリビアに軍事介入をすれば、人身売買まがいのビジネスにいそしむ密航ブローカーらを壊滅させ、且つ「イスラム国」などの過激 派を排してリビアに秩序をもたらすことができるかもしれない。その結果、地中海への難民の流入を止めることがあるいはできるかもしれない。しかしそれは対症療法的な効果しかもたらさない。問題の元を絶つ原因療法にはなり得ないのである。

リビアをどうにかするだけでは地中海の難民問題は何も解決しないのだ。地中海難民が増加の一途をたどる背景には、前述したようにアラブの春の混乱や内戦、 宗教問題や国家間の対立や自然災害などなど、アフリカと中東に特有の多くの問題が絡みつき入り乱れて存在している。そこを根本的に正さない限り難民問題は 決して解決できない。

移民・難民嫌いの者は彼らを助けて目的を達成するべき


解決の第一歩はそれらの国々に政情安定と経済発展がもたらされることである。それは彼らの自己責任によって成されるべきことだ。しかしそれだけでは全く不十分だ。不可能と言ってもいいだろう。そこには先進国の支援がどうしても必要なのである。

日本を含む世界の先進国には移民や難民を嫌う保守系の人々が相当数いる。難民と移民の規定は厳密には違うが、排外主義に凝り固まったそれらの人々に取ってはどちらも同じようにしか見えない。ここイタリアを含む欧州にもまた日本にも多いそれらの排外主義者たちは、国境を固めて難民・移民の流入を防げ、と叫ぶことが多い。

それは愚かな主張である。なぜなら腹を空かせたそれらの人々は、いくら国境を閉鎖しても壁を乗り越え、金網を破って侵入するからだ。飢餓に襲われている者を排斥することはできない。彼らは生きるために文字通り「必死」で国境に殺到し、そこを突破する。

それ故に本気で彼らを阻止したいなら、彼らと彼らの国を支援して人々がそれぞれの国で平穏に生きていけるようにしなければならない。従って、難民や移民を遠ざけておきたい、と願う排外主義者こそ誰よりも率先して、その目的達成の為に「難民・移民支援」にまい進するべきである。


「飛び石連休」という貧困


このテーマでは 過去に何度か書いたのだけれど、ゴールデンウイークにからめて今年もやっぱり書いておくことにした。休むことは大切だと思うからだ。特に働き過ぎの日本人にとっては、なおさら。

ゴールデンウイーク前に日本の友人と電話で話をしたところ、今年は4月29日の「昭和の日」を休んで翌30日(木)と5月1日(金)は出勤し、5月2日(土)から5月6日までが連休という人が多いのではないか、という知らせだった。

しかし、土曜日が休みにならない会社もあるから、5月3日から6日の間だけが連休という勤め人もかなりいるだろう、という悲しい話も聞かせてくれた。

悲しいというのは、人生はできれば休みが多い方が心豊かに生きられる、と信じている僕の勝手な感想である。特に長めの休暇は大切だ。

人間は働くために生きているのではない。生きるために働くのである。

そして生きている限りは、人間らしい生き方をするべきであり、人間らしい生き方をするためには休暇は大いに必要なものである。

夏休みがほとんど無いか、あっても数日程度の多くの日本のサラリーマンの皆さんを見るたびに、僕はそういう思いをさらに強くする。

バカンス大国ここイタリアには、飛び石連休の「飛び石」という発想がない。飛び石は全て繋げて連休にしてしまうのだ。

例えば今年の日本のゴールデンウイークがもしもイタリアにあったとするならば、連休の初めの4月29日の後の同30日(木)と5月1日(金)も、間違いなく休みになるだろう。

つまり、4月29日から5月6日までが全て休み、が当たり前。また恐らく4月29日の前の2日間、27日(月)と28日(火)も休みになる公算が高い。その場合は4月25日(土)から5月6日(水)までがどんと連休になるだろう。

それどころか、5月6日(水)と5月9日(土)の間の2日間(木、金)もついでに休みにして、4月25日から5月10日までのほぼ2週間を全て休む、という者がいても少しも不思議ではない。

飛び石、つまり断続または単発という発想ではなく、逆に連続にしてしまうのがイタリア人の休みに対する考え方である。それは「ポンテ(ponte)」=橋、または連繋と呼ばれる。休日を切り離すのではなく、つなげてしまうのである。

連休というぐらいだからもちろん日本にもその考え方はあるわけだが、その徹底振りが日本とイタリアでは大いに違う。勤勉な日本社会がまだまだ休暇に罪悪感を抱いてるらしいことは、今年の場合で言えば4月30日と5月1日の2日が休みにならなかった事実で分かるように思う。

いつも言うことだが、イタリア人は何かのきっかけや理由を見つけては「なんとしても休む」ことを願っている。休みという喜びを見出すことに大いなる生き甲斐を感じている。

そんな態度を「怠け者」と言下に切り捨てて悦に入っている日本人がたまにいる。が、彼らはイタリア的な磊落が孕む豊潤が理解できないのである。あるいは生活の質と量を履き違えているだけの心の貧者なのである。

休みを希求するのは人生を楽しむ達人たちの行動規範であり「人間賛歌」の表出である。それは、ただ働きずくめに働いているだけの日々の中では見えてこない。休暇が人の心身、特に「心」にもたらす重大は、休暇を取ることによってのみ真に理解できるように思う。

「イスラム国」の標的に定められているローマ



イタリア警察は先日、バチカンを攻撃しフランシスコ教皇を殺害する計画を立てていた疑いがある同国内のイスラム過激派組織を摘発し、破壊したと発表した。 組織はイタリアのサルデニア島を基点に本土でも活発に活動を続け、アルカイダのかつての最高指導者ウサマ・ビンラディンとも深くつながっていた。

イタリアは2001年の米国同時多発テロ以降、イスラム過激派の脅迫を受け続けている。イスラム過激派が目の敵にするキリスト教最大派のカトリックの総本山・バチカンを擁すると同時に、重要な文化遺産に満ち溢れているこの国は、宗教のみならず欧州文明も破壊したい、と渇望するテロ組織の格好の標的になっているのである。

そうした威嚇は主にアルカイダ系の組織によるものだが、これまでのところは目立った深刻な事件は起きていない。だが最近の「イスラム国」の恫喝は極めて現実的なものだと多くのイタリア人は感じている。「イスラム国」が他の欧州諸国で活発にテロを起こしている事実もさることながら、彼らがイタリアの隣国のリビアにまで侵入して勢力を伸ばしているからだ。

「イスラム国」は日本人人質の後藤健二さんを殺害した直後、イタリアから地中海を隔てて約175キロの距離にあるリビアの海岸で21人のキリスト教徒を殺害し、例によってその模様を撮影した恐怖映像をインターネット上に公開した。ビデオ映像には「今後はローマに向けて進撃する」という趣旨のメッセージが付 けられていた。

処刑場となったのはイタリアと向かい合うリビアの地中海沿岸である。対岸にはここイタリアがあり、首都ローマには何世紀にも渡ってイスラム教徒と対立してきたバチカンがある。「イスラム国」はバチカンに挑戦状を叩きつけたのである。彼らはローマを占領し、そこを足がかりにヨーロッパ全土を手中にする、という計画を持っている。

イタリアとバチカンに向けての「イスラム国」の恐嚇は、今回が初めてではない。彼らは既に昨年8月、フランシスコ教皇を殺害すると宣告し、同10 月には彼らの機関誌“Dabiq(ダビク)”の表紙に、「イスラム国」の黒旗がバチカンのサンピエトロ大聖堂の広場に翻る合成写真を載せて気勢をあげた。

「イスラム国」がローマに向けてただちに進軍を開始するとは考えにくい。しかし彼らは、シリアやイラクで訓練された「イスラム国」の戦士をイタリアに送り込む可能性が十二分にある。イタリアからも過激派組織に参加するアラブ移民系の若者が増えている。彼らが帰国して国内で破壊活動をする可能性は決して低くない。

だがそうした脅威はあらゆるヨーロッパのキリスト教国に当てはまる。米英独仏の欧米主要国に始まる全ての欧米諸国は、中東やパキスタンなどのイスラム教徒移民の子や孫が、「イスラム国」などの過激思想の影響を受けて自国に牙を剥く異様な風潮の高まりに危機感を抱いている。

イタリアもその例にもれないが、この国の場合は危険がさらに増している。なぜならイタリアには、隣国のリビアやチュニジアを介して中東難民が大量に流入し 続けている。「イスラム国は」、その膨大な数の難民の中に彼らの戦闘員を紛れ込ませてイタリアに送り込み、テロを起こす計画を持っているとされる。

イタリアにはリビアから近いランペデゥーサ島を中心に中東難民が日常的に流れ着き、その数は年々増え続けて昨年は これまでで最大の約17万人が漂着した。そこには難民を食い物にする人間運び屋、つまり密航業者が暗躍して、事態をさらに複雑にし問題の解決を困難にしている。

やっかいなことにイタリアにはもう一つの大きな問題があって、脅威をさらに募らせる。つまり巨大犯罪組織の存在である。マフィアを筆頭にするイタリアの犯罪組織は、北アフリカに勢力を伸ばしてリビア などを縄張りにしたいと考えている。彼らと「イスラム国」が手を結んで、リビアを占領しイタリア共和国を転覆させようと目論んでいる兆候もあるのだ。

リビアでは、NATOの空爆支援を受けた反政府勢力が、2011年にカダフィ独裁政権を倒して以来、主要都市と石油施設を巡って内戦が続いている。「イ スラム国」の威迫を受けて、イタリア政府はリビアの政治安定のために国連の介入を要請している。しかし混迷を深めるリビアに国連が介入する可能性はほとんどない。

先日、「イスラム国」の脅嚇にさらされておよそ60人のイタリア人ビジネスマンが同国を去って帰国した。リビアはかつてのイタリアの植民地である。旧宗主国のこの国からはリビアに巨額の投資が実行されていて、 2国間には石油関連事業を筆頭に大規模なビジネス権益が絡み合っている。しかし「イスラム国」の脅威は、人々がそれを諦めざるを得ないほど切実になっているのだ。

「イスラム国」はたとえイタリアに上陸しなくても、地中海に進撃して海賊行為を働くかたわら、漁船や、商船や、沿岸警備隊などを襲撃して船舶と乗組員を拉致し、例えば後藤さんと湯川さんの時と同様に彼らの首にナイフを突き付けて見せて、イタリア政府に巨額の身代金を要求するなどの脅迫をすることもできる。そこには極めて現実的な危険が迫っているのである。


赦(ゆる)す心が「イスラム国」を破壊する          ~先ず彼らを潰せ。そして赦せ~




僕は前稿でイエス・キリストが唱道した全き「赦(ゆる)しの心」だけが真に「イスラム国」を破壊できる、と書いた。

だが、われわれはイエス・キリストではない。イエス・キリストの説く赦しの心を理想としつつ、また彼のようでありたいと希求したとしても、われわれの大半は彼の域には到達できない。イエスの明示した世界が理想ならば、われわれの住むこの世界は現実である。

理想に向かって進まなければ理想は実現できない。また理想の存在を知りつつ、且つそこに到達したいと口では言いつつ、「当面は」現実的な解決を目指すというのは、つまり理想を捨てるということである。それは自己欺瞞であり、詭弁であり、偽善だ。

「イスラム国」を真に殲滅したいなら、イエス・キリストと同じ無条件の徹底した赦しの心が必要である。その心とそれに伴う行動だけが、憎しみの連鎖を断つことができる。だがそれは限りなく不可能に近い。

だからこそイエス・キリストは無条件の赦しを人間に要求する。無条件の赦しができるように自らを鼓舞し叱咤し努力せよ、というのがキリストの唱導するところであり宗教の教えだ。

僕はそうしたことを十二分に理解した上で、それでも次の解決策を提唱したい。あるいは世界がその方向に向かっているなら、その立場を追認したい。つまり「イスラム国」は破壊されるべきである。破壊され根絶された後に、はじめて赦されるべきである。

なぜなら彼らは間違っているからだ。彼らがカリフの導く理想国家を目指すのは良い。だがその為に彼らが持ち出した思想やその思想に基づく残虐な行動は許されるべきものではない。間違った思想と行動原理を振りかざして行う彼らの行為は悪であり危険なものだ。

例えば彼らは、何の罪も無い人質の首を斬って動画で晒しものにする、という残虐非道な行為を続けると同時に、イスラム教に改宗しない者は殺し、鞭打つ、と宣言する。また女性は教育を受けてはならず、全身を覆うブルカを着用し、働いてもならない。自由恋愛も禁止し、この禁を破った娘は父親や兄弟や親戚の男らが 名誉殺人と 称して殺しても構わない、などとも考える。

彼らはおよそ市民社会の理念とは相容れない思想信条を持ち、世界がこれまでに築き上げてきた価値観や文明や自由をことごとく否定する。それは洋の東西を問わず、近代的理念を信奉する者にはとうてい受け入れられない態度だ。

アラブ系ムスリム移民を多く抱えて、彼らとキリスト教徒との軋轢がもたらす社会分裂の進行を危惧する欧州の国々の中には、「イスラム国」との対話を模索するべきだという声も少なからずある。ここイタリアにも、フランスにも、またドイツにも。

しかし、今の「イスラム国」との対話が可能だとは僕は思わない。対話の前に先ず「イスラム国」を撃滅するべきだ、と考える。そうやって組織を破壊した後に、組織の残党がいて且つ必要があるならば、そこで彼らと対話を開始すればいいのだ。

破壊するとは、赦さないということである。従って破壊した後に赦して対話をする、というのは大いなる矛盾である。しかし危険や悪を先ず攻撃しておいて、その後に救済するという動きは、人類の歴史上は決して珍しいことではない。矛盾が救いとして作用することはしばしば起こる。

一例を挙げれば、ヒトラーとナチスが殲滅された後に、連合国がドイツに進攻して占領という名の対話を開始して、ドイツを今のまともな道に誘導したこと。あるいはアメリカが同じ大戦で日本の軍国主義を徹底的に破壊した後、戦後日本と「恫喝という名の対話」を続けて、ついにわが国に民主主義を根付かせてくれたことである。

「イスラム国」がもたらす惨禍は、実際のところその組織を徹底的に破壊する形でしか阻止できない。だから破壊するべきだ。だが「イスラム国」の組織と戦闘員を破壊し尽くしても、過激思想は根絶できない。過激思想は必ずまた甦る。あるいは生き続ける。

生き続ける過激思想はやがて誰かを取り込んでは拡大し、将来また新たな「イスラム国」が作り上げられる。人類は、「イスラム国」を破壊することで「イスラム国」を創造する、という自家撞着に陥って問題は永遠に続くことになる。

それでも「イスラム国」は殲滅されるべきだ。なぜなら、そうしなければ「イスラム国」は、人類が間違いと失敗と誤謬を繰り返しながら営々と築いてきた「近代的理念や価値観」を木っ端微塵に粉砕してしまいかねない。だから致し方ない。先ず彼らを駆逐して、それから赦し、対話をする道を模索するしかないのである。

大事なことは、破壊した後に必ず彼らに救いの手を差しのべることだ。つまり、根絶された「イスラム国」の戦士の子供や、家族や支援者の中に芽生える憎しみをやわらげ、和解を求めて一心に行動する。それが破壊した者の義務にならなければならない。その義務を必ず遂行すると確認した上でのみ、破壊者は行動を起こすべきだ。

破壊は憎しみと同義語でありイエスの絶対的な赦しの教えとは相容れない。しかし、それが世俗の問題解決法だ。世俗に生きるわれわれは、憎悪の連鎖に縛られて呻吟しながら、もしも可能ならば、イエスの理想に近づく努力をすれば良い。

だが、世界はそれだけであってはならない。地球上にはイエス・キリストと同じ心を持つ者がいる。あるいはイエス・キリストと同じ心を持たなければ存在価値のない者がいる。それが全ての宗教でありその指導者たちだ。彼らは全き赦しの心を持って「イスラム国」と対峙し、彼らが武器を置いて静かに眠りに就くように説得を続けるべきだ。

残念ながら、「イスラム国」の暴力に暴力で立ち向かう、人々の挑戦は避けられない。世界はこの先ますます騒乱に満ちたものになって行くはずだ。だからこそ、あらゆる宗教指導者は、手を携えて平和を希求し赦しに満ちた世界を標榜し続けるべきだ。中でも特にいがみ合うことの多いキリスト教とイスラム教の指導者たちは、他の誰よりもそれを推進する義務がある。

そうすれば、「イスラム国」が消滅した暁にはあるいは、理想と現実が共鳴しあう「究極の理想世界」が出現するかもしれない。


記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

なかそね則

カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ