【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

東京五輪に続け!と言い出したイタリア


2020年東京オリンピック決定の嬉しいニュースは、ここイタリアでも好感を持って伝えられています。

そればかりではなく、東京開催が決定した直後からその次の2024年のオリンピックをイタリアに招致しよう、という声まで挙がり始めました。

1964年、東京は60年のローマ大会に続いてオリンピックを開催しました。今度はローマが東京に続くべきだ、という訳ですね。

かつて祭典が相前後して2都市で開催された偶然もさることながら、五輪が東京に行くことを喜んでいる多くのイタリア国民は、それにあやかりたいという気分になっているのです。

現在の段階では、2024年の有力な開催都市候補がパリであることをイタリア国民も良く知っています。でもそれは飽くまでも噂であり、ローマが立候補すれば十分に勝機はあると感じているようです。

2024年のオリンピックで今から確実なのは、ヨーロッパの持ち回りになる、という点だけでしょうからそれはあながち不思議な考えではありません。

2016年開催地のリオデジャネイロは下馬評の高かったシカゴを破り、2020年開催地の東京は、開催都市決定直前まで有力と見られていたマドリードを押さえて勝ちました。

事前に強いと見られていた候補都市が開催地決定選挙で落選する確率は、五輪ではとても高いのです。従って2024年ローマ五輪の可能性は、多分パリと同程度に高い、と考えてもいいのでしょう。

2024年がパリになるなら100年振りの開催。従って節目という意味で優位にあるのかもしれない。しかし、パリは1924年の前に1900年にも開催地 になっています。そうすると3回目のパリと2回目のローマという観点では、数が少ないローマが優位にあるのかな、とも個人的には思います。

イタリアがオリンピック招致に傾く実利的な理由ももちろんあります。

今回東京と招致合戦を繰り広げたマドリードのスペインと同様に、イタリアは深刻な財政危機にからむ不況の中にあります。スペインがマドリードに五輪を呼び 込んで、特に若者のための仕事を創出しようと企図したように、イタリアもオリンピックを景気回復の起爆剤にしようと考え始めているのです。

実はローマは、今回日本が勝ち取った2020年五輪の招致を目指していたのですが、破産危機のまっただ中にあるイタリア政府が、大会の財政保証を拒否したために立候補を断念した、といういきさつがあります。昨年2月のことです。

あれから1年半余りが過ぎましたが、イタリアの財政危機は依然として深刻なままです。失業率も特に若者を中心に異常に高く、前述したように第二次大戦後では最大と言われる不況から脱出できずにいます。

それでも、いやだからこそ、オリンピックを招致しようと考える人々が増えてきたのです。1年半前に財政難を理由に諦めたくせに、なんと節操のない態度だと いう批判もありますが、五輪開催に前向きな人々は、同じく財政難の中で行なわれたロンドン五輪の成功を見、今回また不況を押して招致活動を展開して、見事に権利を勝ち取った日本の活動に刺激を受けたのです。

五輪大会は周知のように中国やブラジルなどの新興国での開催と、現在の日本や英国などの成熟国家での開催には大きな違いがあります。経済発展を続ける新興国は国威発揚を目指して五輪を活用しようと考え、それは概ね成功しています。1964年の東京五輪がそうでしたし、2008年の北京オリンピックもそうで す。

経済が発達した成熟国家であるイタリアは、同じ成熟国家であるギリシャが2004年アテネ五輪で経済的に失敗した厳しい現実を目の当たりにして、2020 年の大会招致に二の足を踏みました。しかし、繰り返しになりますが、その後に行なわれた英国ロンドン五輪の成功を見て再び心を動かされ、さらに今、東京の 明るい展望にあふれた招致運動を見て、これに大きく啓発されたのです。

国全体への経済効果、という観点からはその価値を疑問視されることも多いオリンピックですが、恐らく世界最大のイベントである五輪のもたらす文化的社会的な利益は計り知れない物があります。だからここまでの成熟各国家の開催前、開催、開催後の取り組みを参考にしながら計画を立てていけば、イタリア・ローマ が2024年開催を「経済的にも」成功に導くことは夢ではないように思います。

イタリアのそうした動きが、東京の見事な誘致活動の影響であることは本当に嬉しいことですし、そんな風に世界に影響を与えていること自体が、既に2020年東京五輪の大きな成果の一つとも言えるのではないでしょうか。

五輪招致を勝ち取った東京は、今この時から大会後の施設等の運営法や経済効率なども深く考慮しながら7年間の工事を進めて行くものと確信します。それは きっと東京に、また日本全体にポジテブな効果をもたらすでしょうし、そのことがまたイタリアの招致活動にも好影響をもたらすに違いない。

「2024年パリ五輪」というのも良い響ですが、フランスはこの国に比較した場合それほど経済的には逼迫していません。そこで一つここは「欧州財政危機からの脱出」という大きなテーマにもからめてパリには辞退してもらい、2024年のオリンピックを同危機の元凶国の一つであるイタリア・ローマで開催してほ しい、と考えるのは馬鹿げているでしょうか。

もし実現した場合、イタリアを第二の母国と考えている僕にとっては、2度の五輪が連続して「故国」で開かれることになるわけで、少し大げさに言えば、今から興奮して夜もろくに眠れない日々が続きそうです。

酔い心地



僕は酒が好きである。イタリアに住むようになってからは特にワインが好きになった。

 

そのワインを飲むとき、飲み仲間がイタリア人なら僕はほとんど酔わない。


イタリア人は酒に酔わない。酔うことを忌み嫌う。

 

一般におおらかで明るい彼らは酔っぱらいにも寛大そうに見えるが、現実はまったく逆だ。

 

そのためイタリア人と酒席を共にするときは、僕は彼らに嫌われないように意識して、酒にだらしない自分を律しようと緊張しまくる。だから酔わない。

 

ところが、相手が日本人だと同量の酒で僕はあっという間に酔っぱらってしまう。

 

日本人同士で飲むときは、たとえ酔っても許してもらえるという安心感というか、甘えがどこかにある。だから一気に酔っぱらってしまう。

 

飲んべえのずるさやだらしなさを棚に上げてあえて言えば、酒とは心のありようが大きくかかわる実にデリケートな代物である。

 

それでは緊張しながら飲むイタリアの酒はつまらないかというと、そんなことはない。

 

酔っぱらってはいけない、と自分に言いきかせながら飲むときには、酔いに一方的に身をまかせられない分、酒そのものの味を見極めようとする気持ちが自然に働く。

 

つまり、ただ酔うのではなく、ワインを楽しもうとする飲み方になる。

で、僕はそうやってワインの味を楽しんでいるうちに、やがて元の木阿弥の「日本風のいつものヨッパライ」になって、今夜もイタリアの友人たちのヒンシュクを買う羽目に陥ったりもするのである。


 

ファッションモデルのオッパイ



加筆再録

 


9月恒例のファッションショー「ミラノコレクション」の季節が今年も間もなくやって来る。テレビの取材でそこに出掛けることが良くある。

言うまでもなくミラノは、ニューヨークやパリと並ぶ世界のファッションの流行発信地である。そのミラノの中でも最も重要な、いわば流行発信の震源地、とでも呼べるのがファッションショーの会場である。そこで撮影をする時は僕はいつも相反する二つの感慨に襲われる。それを強く称賛する気持ちと軽侮する気持ちが交錯して我ながら困惑するのである。称賛するのはデザイナーたちの創造性と、ビジネスとしてのファッション及びファッションショーの重さである。

次々に新しいファッションを創り出していくミラノのデザイナーたちは、疑いもなく秀れた才能に恵まれた、かつ厳しいプロフェッショナルの集団である。彼らが生み出すファッションは、どれもこれも一級の芸術品と言っても良いものだが、流行に左右される消費財であるために、作った先から消えていくのでもあるかのような短い命しか持ち得ない。それでも彼らが創造するデザインの芸術的価値は、他のいかなる分野のアートに比べても少しも遜色はないと僕は思う。

 季節ごとに一新される各デザイナーの作品(コレクション)は、ファッションショーで発表され、しかもそのショーの成否が服の売り上げに如実に反映される。ファッションショーは、デザイナーという一人の秀れたクリエイターの作品が評価される場所であるだけではなく、デザイナーの会社(ブランド)の浮沈を賭けた販売戦略そのものでもある。

ビジネスの厳しい真剣勝負の場であるファッションショーでは、アルマーニやフェレやベルサーチ(デザイナーは亡くなったがブランドはフェレ共々健在である)といった、トップデザイナーたちが作った服を、これまた世界のトップの中のトップモデルたちが軽やかに、優雅に、あるいは華麗に着こなして舞台の上を練り歩く。

ショー舞台は客席の方に長く突き出ている。ちょうど歌舞伎の花道が客席の真ん中にどんと突き通された形である。ショー舞台のまわりの客席には、世界中からやって来たバイヤー(服の買い付け屋)やファッション好きの観客が陣取って、きらびやかな衣装に身を包んだモデルたちに熱い視線を送っている。そして客席には、必ずと言っていいほど世界的な映画スターやスポーツ選手やミュージシャンなどが顔を出して(招待されて)いて、ショーに花を添える仕組みになっている。

テレビカメラが回りつづけ写真のフラッシュがひっきりなしにたかれる中で、観客は舞台上のモデルたちを見上げながら、称賛の声を上げたりため息をついたり拍手を送ったりして、ショーを盛り上げる。実に華やかなものである。カッコ良くてエレガントで胸がわくわくするような色彩とスタイルと夢に満ちあふれた催し物である。

同時にファッションショーは変である。  

何が変だと言って、たとえばモデルたちの歩き方ほど変なものはない。ショーの舞台には出たものの、彼女たちは歌を歌ったり踊りを踊ったりする訳ではないから、仕方がない、とばかりに見せるために歩き方に精一杯工夫をこらす。ニコヤカに笑いながら尻をふりふり背筋を伸ばし、前後左右縦横上下、斜曲正面背面膝栗毛、東西南北向こう三軒両隣、右や左の旦那様、とありとあらゆる方角に忙しく体を揺すりながら、彼女たちは舞台の上をかっ歩するのである。そういう歩き方が、最も優雅で洗練された女性の歩行術だ、という暗黙の了解がファッションショーにはある。しかし、宇宙人か少しアタマの変な人間でもない限り人類は街なかでそんな歩き方はしない、と僕は思う。

モデルたちはにぎやかに歩行をくり返しながら、時々ポロリとオッパイをこぼす。これはジョークではない。どう考えても「こぼれた」としか形容の仕方のない現われ方で、モデルたちのきれいなバストがファッションショーではしばしば露出するのである。もちろんそれは着ている服が非常にゆるやかなデザインだったり、ふわりと体にかぶさるだけの形になっていたりするときに起きる。

そういう予期しない事件が起きたときに当のモデルはどうするかというと、実は何もしない。知らんぷりを決め込んで堂々と歩行を続ける。恥じらいもなければ臆することもなく、怒りも何もない。まるでこれは他人様のオッパイです、とでも言わんばかりの態度である。

それではこれを見ている観客はどうするか。彼らも実は何もしない。口笛も吹かなければ拍手もしない。モデルにとっても観客にとっても、この際はファッションだけが重要なのである。だからたまたまこぼれ出たオッパイは無き物に等しい。従って全員が、イチ、ニの、サン!でこれを無視するのである。モッタイナイというか何というか・・・

それはさておき、長身かつプロポーション抜群のモデルたちの着る服は、どれもこれもすばらしく輝いて見える。男の僕が見ても思わず、ウーム、とうなってしまうような素敵なデザインばかりである。何もかもが余りにも決まり過ぎているので、僕はふと心配になる。

(これらのきらびやかな服を、モデルのように長身とはいかないガニ股の、太目の、かつ短足で平鼻の、要するにフツーの人々が着たらどうなるか・・・。これはもう目も当てられない。想像するのも嫌だ。絶対に似合うはずがない!)と僕は想像をめぐらしては身もだえる。

そうしておいて、
(しかし・・・)
と僕はまた気を落ちつかせて考えてみる。

(ファッションショーとは、読んで字のごとく要するに「ショー」であり見世物である。従ってモデルたちが着ている服もショーのために作られたものであり、街なかでフツーの人たちが買う服は、またおのずから違うものであろう・・・)
と。

ところがこれは大間違いなのである。ファッションショーで発表されて話題になった服は飛ぶように売れる。というよりも、ファッションショーで見られなかった服は、たとえ有名デザイナーのそれでもほとんど売れないのが普通だ。だからこそファッションショーには世界中のバイヤーが群がるのであり、デザイナーにとってはショーが創造性とビジネスでの生き残りを賭けた厳しい試練の場となる。

それでは、というので僕はミラノの街に出て、通りを歩く女性たちをじっくりと観察してみる。しかし、いくら目を凝らして見てもファッションショーで見たあのめくるめくように美しい衣装は発見できない。衣装はかならずそこらに出回っているはずだが、一般の人が着ているためにショー会場で見た輝きがなくなって、少しもそれらしく見えないのだ。もちろんモデルのように変な歩き方をする女性もいない。ましてやオッパイをポロリの女性なんか逆立ちしても見当たらない。

単なる見世物かと思えばリアルなビジネスになり、それではその商品を街なかで見てみようとすると実態がない。面食らった僕は、そこでくやしまぎれに結論を下す。
(ファッションショーやファッションなんて要するにその程度のものだ。モデルのオッパイと同じで、あって無きがごとし。ごくごく軽いものなのだ・・・)
と。



ブログ疲れ?


Facebook疲れ、という現象があるそうだ。

 勢い込んでfacebookに投稿を繰り返し、検索し、連絡を取り合い、大いに楽しんだ後にやってくる倦怠感。

 何事につけ、最初の興奮や情熱が少し落ち着くと、興奮は慣れになり情熱はモノトーンに変わる。

 そこでやめてしまうと終りだが、気だるさを克服して再び楽しみを見出すと、その後は長つづきすることが多い。

 僕はFacebookに登録はしているものの、ほとんど利用していないので、興奮も疲れもない。

 ときどきログインして、友達たちの投稿ややり取りを覗いてみるだけである。

 その代わり、どうもブログ疲れのようなものを感じている。

 ブログを始めたばかりの頃は、身の回りにある全てが記事のネタだと思ったが、最近はあまりそんな風には感じない。

 身の回りの出来事や現象や事案は、けっこう繰り返しが多く、それを書いてもだから何なの?みたいな気分になっている。

 これはきっとブログ疲れに違いない。

 でも、投稿している公のブログには書き続けていて、こちらにはまだ疲れは覚えていない。

 時間があまり無いときは、この個人ブログの過去の記事を加筆転載したりもしているからかもしれない。

 それらの記事は、ここにも同時投稿しているから、この個人ブログは一応途切れてはいない。

 しかし、公のブログ記事の場合は、少し身構えて書いていることが多く、自分のブログに書くときの気安さがない。

 それはいいことなのかどうか。今後も試行錯誤を続けていくことになりそうだ。

  個人ブログと公のそれにも関連することだが、「です・ます」調と「だ・である」調の使い分けに今こだわっていて、一本の記事を「です・ます」調締めで書いた後、次の記事を「だ・である」調で書いてみたりしています。

書いてみたりしていますが、この文章の二重構造というか二面性は、けっこう重い意味があるのである。

 このことについては、いつかきちんと書くつもりなので、読んでいただきたいと思います。

 それが今の僕の願いである・・・』

 ね、上の書き方だけを見ても、日本語って不思議な言語だと感じるでしょう?

 


母たちの生き方





悟りとは「いつでもどんな状況でも平気で死ぬ」こと、という説がある。

死を恐れない悟りとは、暴力を孕んだいわば筋肉の悟りであり、勇者の悟りである。

一方「いつでもどんな状況でも平気で生きる」という悟りもある。

不幸や病気や悲しみのどん底にあっても、平然と生き続ける。

そんな悟りを開いた市井の一人が僕の母である。

子沢山だった母は、家族に愛情を注ぎつくして歳月を過ごし、88歳で病に倒れた。

それから4年間の厳しい闘病生活の間、母はひと言の愚痴もこぼさずに静かに生きて、最後は何も分からなくなって眠るように息を引き取った。

療養中も死ぬ時も、母は彼女が生き抜いた年月のように平穏そのものだった。
 
僕は母の温和な生き方に、本人もそれとは自覚しない強い気高い悟りを見たのである。

同時に僕はここイタリアの母、つまり妻の母親にも悟りを開いた人の平穏を見ている。

義母は数年前、子宮ガンを患い全摘出をした。その後、苛烈な化学療法を続けたが、副作用や恐怖や痛みなどの陰惨をおくびにも出さずに毎日を淡々と生きた。

治療が終わった後も義母は無事に日々を過ごして、今年で87歳。ほぼ母が病気で倒れた年齢に達した。

日本の最果ての小さな島で生まれ育った僕の母には、学歴も学問も知識もなかった。あったのは生きる知恵と家族への深い愛情だけである。

片やイタリアの母は、この国の上流階級に生まれてフィレンツェの聖心女学院に学び、常に時代の最先端を歩む女性の一人として人生を送ってきた。学問も知識も後ろ盾もある。

天と地ほども違う境涯を生きてきた二人は、母が知恵と愛によって、また義母は学識と理性によって「悟り」の境地に達したと僕は考えている。

僕の将来の人生の目標は、いつか二人の母親にならうことである。



「2014年W杯決勝で日伊が激突!」というシナリオは絵空事か?



日伊がW杯決勝で相まみえる、なんてことになればとても嬉しいことですが、ま、今の段階では常識的にはあり得ないでしょうね。たとえば日本野球とイタリア野球が対決すれば大人と子供の戦いになる、と思います。日本が大人でイタリアが子供。サッカーではその立場が逆転してしまうのが日伊の実力差ではないでしょうか。大人と子供という例えは少し大げさとしても、日伊の力の差はまだかなり大きい。なにしろ周知のようにイタリアは、ワールドカップをブラジルの5回に次ぐ4回も制している強豪国です。

 日本代表は確実に強くなった

 日本サッカーは強くなりました。時間の記憶が正確ではありませんが、今から20年かそこらほど前に日本代表チームがイタリアに遠征して、こちらのクラブチームのユベントスと対戦したことがあります。雨天の中で行なわれた試合はユベントスが端から日本代表チームを圧倒し続けました。そしてユベントスは3―0になった時点でふいに力を抜き、明らかに手加減を始めたことが分かりました。日本代表のあまりのか弱さに同情したのです。

 イタリア人は日本が好きですから、日本代表をそれ以上痛めつけたくなかったのだろうと思います。その時の日本代表チームはとても存在感が薄く、セリエAで一、二を争う強力軍団のユベントスの前では全くなす術がありませんでした。その圧倒的な力の差はあまりにも明白で、むしろすがすがしいくらいのものでした。

 当時に比べると、日本代表は相当に強くなりました。隔世の感があると言っても過言ではないように思います。日本代表はたとえば今年6月のコ ンフェデ杯では、負けはしたもののイタリア代表チームと互角に渡り合いました。それどころかほとんど勝利を収めるほどの勢いでした。また日本サッカーは多くのセリエA日本人プレーヤーも輩出しています。

 最近の大きなニュースとしては、世界屈指の強豪チームACミランが、本田圭佑選手を獲得しようと本気で動いていることです。さらに究極の嬉しい(僕にとっての)報告としては、その本田選手を辛口のイタリアのスポーツメディアが「ファンタジスタ」と規定していることです。「ファンタジスタ」は選手に対する最高の賞賛であり、日本人プレーヤーに対して初めて使われた称号です。サッカー大好き人間の僕のような者にとって は、そうしたことはなんとも誇らしい「事件」なのです。

 国民総体の後押しが足りない日本

 日本サッカーの進歩をわれわれは素直に喜ぶべきです。たかがサッカー、されど「たかがサッカー」。でもサッカーは楽しく素晴らしく嬉しい。楽しくて素晴らしくて嬉しいサッカーを、自家薬籠中のものにしつつある日本はもっと素晴らしい。しかし、喜びはそこまでです。

 日本のサッカーは「今のままでは」今後何十年、もしかすると何百年経ってもイタリアサッカーに追いつけない可能性があります。従ってW杯決勝戦での日伊激突は永遠にやって来ないかもしれない。悲観的なことを考えるのにはもちろん理由があります。

 最大の懸念は、サッカーに対する日本国民の心がまだまだ十分には熱くない、ということです。あるいは日本国民の心が真っ二つに割れている。 まるで不実な恋人のように、日本国民はサッカーだけに集中できずに常に二心を抱いています。二心のうちの一心は、そうです、野球です。野球が存在する限り日本国民の心は二つに割れ続けてサッカーだけに熱狂することがない。野球とサッカーの間で心が揺れているのが日本人です。

 たとえばサッカー狂を自認する僕でも、実は元々は野球少年です。中学校までは実際にプレーもしました。しかし後年、僕が熱心なファンだったプロ野球チームの老オーナーの傍若無人な言動や、彼の思い上がった精神に強い怒りを覚えて以来、そのチームが嫌いになりやがてプロ野球そのものにも距離感 を覚えるようになってしまいました。それでいながら僕は、今でも大リーグで活躍する日本人選手の動向に一喜一憂し、夏の高校野球には遠いイタリアから熱い視線を送り続けています。事ほど左様に野球は、その人気に陰りが見えてきたとはいえ、まだまだ多くの日本人の心を鷲づかみにしている、というのが現実ではないでしょうか。

 サッカー強国とは「サッカー狂国」のこと

 ヨーロッパではどの国に行っても、サッカーが国技と呼べるほどの人気がありますが、中でもサッカーに身も心も没頭している国はイギリスとイタリアとドイツだとよく言われます。 イギリスはサッカー発祥の地だから分かるとしても、血気盛んなラテン系のイタリア国民と、冷静沈着な北欧系のドイツ国民がサッカーにのめりこんでいる状況は、とても面白いところです

 イタリアとドイツは、ワールドカップの優勝回数がそれぞれ4回と3回と、ヨーロッパの中では他に抜きん出ています。やはり国民が腹からサッカーを愛していることが、両国の強さにつながっているのだとも考えられます。もっとも今挙げた3国のほかにもスペイン、フランス、オランダ、ポルトガル等々、ヨーロッパにはサッカーに熱狂し且つ実力もあるチームがごろごろしている訳ですが。

 豊かな国々のヨーロッパでさえそういう状況です。サッカーに耽溺することぐらいが人生の楽しみ、という貧しい国々も多いアフリカや南米では、人々の心がサッカーへの情熱で熱く燃え盛っているのは周知の通りです。そういう下地があって、南米ではブラジルやアルゼンチンやウルグアイなどのサッカー大国が生まれました。

 日本は国民の総体が心の半分を野球に奪われ続けている限り、いつまで経ってもそれら世界の「サッカー狂」の強豪国には追いつけないのではないか。日本代表チームのテクニックや戦術や精神力といったものは、今後どんどん進歩して世界の強豪国に並びあるいは追い越すこともあるでしょう。しかし、国民総出の後押しがなくてはW杯のような世界の大舞台では勝てない。「クラブチームのサポーターは12人目の選手」と良く言われますが、ナショナルチームへの国を挙げての熱い応援は、12人目どころか13人目、14人目、もしかすると15人目の選手分にも匹敵するほどの力があるのです。

イタリアはなぜ強いのか

 長い間イタリアのプロサッカーリーグ「セリエA」を取材し、観察し続けてきましたが、 そこで最も印象的なことを挙げるとすれば、やはりイタリアのサッカー人口の多さ、裾野の圧倒的な広さだと思います。しかもそれを見つめる国民の情熱が強烈。各地方の我が強く政治的にはまとまりのないのがイタリアという国ですが、サッカーを愛するという一点ではイタリア国民の心はぴたりと一つにまとまっています。それが日本とは比べ物にならないほどに深くて強固で広大なイタリアのサッカー文化を形成しています。

 周知の通りイタリアサッカーは、ディフェンスの堅さからカテナッチョと呼ばれて嫌われたりもします。実はそれはもう陳腐と言っても良いほどの古い見方で、ほとんど偏見の類いに属します。当たり前だけれど、イタリアのサッカーは守備も中盤も攻撃も強い。だからW 杯を4回も制したのです。ただ、たとえばブラジルやスペインなどの、攻撃的で華麗な且つ見ていて楽しいサッカーに比べると、やっぱり守備が強いな、という印象は拭えない。強烈な守備力は勝つためには重要な要素ですが、ディフェンスが前面に出過ぎると、勝ちに行くよりも「負けない」ゲーム運びに見え勝ちですから、その意味ではイタリアサッカーはいつも損をしています。

 もっとも僕はイタリアのプレースタイルを勝手に「玄人好み」と名付けていて、意外性に富んでいながら渋い、深みのあるゲーム展開をするのが特徴だと考えています。堅い守りから電撃的なカウンター攻撃を繰り出すのがイタリアの伝統的な攻撃パターン、とこれまたステレオタイプに考えられ勝ちです。しかし、実は近年はそれは、特にスペインのポゼッションサッカーにも影響されて、大きく変わっています。今やイタリア代表チームの持ち味とは、カウンター攻撃とパス回しでゴールエリアをうかがう戦法を、ざっくりと見て半々程度にまで織り込み血肉化している点だと言えます。

 イタリアのサッカーは変わったのです。相変わらずの鉄壁の守りが変革を見えにくくすることもありますが、攻撃的で華やかになっています。しかし、そういうプレースタイルを持つ世界の強豪チームは、ブラジルを筆頭にアルゼンチン、スペインなど多く存在します。だからイタリアチームが獲得した攻撃性や華やかさは、実際よりも色あせて見えるのです。

 コンフェデ杯日伊決戦では「日本が負けた」のではない

  ンフェデ杯の準決勝でイタリアはスペインに惜敗しました。また周知のように日本は初戦から3連敗して、一次リーグで姿を消しました。日本はコンフェデ杯では完敗したとして、特に国内のサッカーの専門家を中心にほとんどバッシングと言っても良いようなブーイングが起きましたが、本当にそれに相応しいようなブザマな敗退だったのでしょうか?僕は全くそうは思いま せん。

 2試合目のイタリア戦を見れば、日本が相当に力を付けつつあるチームであることは火を見るよりも明らかです。あの試合は「日本が負けた」のではありません。W杯4回制覇の勇者「イタリアが勝った」のです。これは言葉の遊びではありません。日本は実質勝っていたのですが、底力の強大な古豪イタ リアが「勝っている日本に」襲い掛かって、これを「無理やり負かした」のです。つまり現時点での彼我のありのままの力量差が出た、ということにほかなりません。

 言葉を変えれば、日本が弱いのではなく、イタリアがまだ依然として強い。2点のビハインドをひっくり返し、かつ素晴らしい動きでプレッシャーを掛け続けるザックジャパンを、イタリアは苦しみながらも退けた。そこにこそイタリアサッカーの実力があります。もしもあれがイタリアではなく、スペイン、ドイツ、ブラジル、アルゼンチンなどであったとしても、恐らく同じようなことが起こった可能性が高い。「ブラジルには初戦で3-0で負けている、寝言を言うな」と揚げ足を取らないで下さい。ここでは飽くまでも日本チームの「今現在」の実力を、敢えてイタリア戦にからめて語ろうと試みているだけです。

 日本はメキシコにも敗れて結局決勝トーナメント進出はなりませんでした。しかし僕はその事実をもって代表チームを否定する気には全くなりません。この前の記事にも書きましたが、コンフェデ杯出場8チームのうち、日本が確実に実力で勝っていたのはタヒチだけです。欧州と中南米のチームはもちろん、アフリカの強豪国ナイジェリアにも力負けしていた可能性が高い。言うまでもないことでしょうが、サッカーのアジア王者の実力は世界的にはまだまだ低いと考えるべきです。

 ザック批判ばかりでは日本は強くならない

   ンフェデ杯3連敗の厳しい結果を見て、日本ではザック監督へのバッシングも起こりましたね。このことにも僕は違和感を覚えました。3連敗の責任は、選手同様もちろん大いに監督にもあります。従って監督は批判されても良しとしなければならない。しかし、監督を替えればチームが突然強くなる、と言わんばかりの主張や分析は少しおかしいと思います。繰り返しますが敗戦の責任は監督にも多々あるので彼は批判されて然るべきです。しかしザック監督は、就任以来日本サッカーの向上のために大いに働いてきたこともまた事実だと思います。その証拠として世界一番乗りで2014年W杯出場を決めたことを挙げるだけでも十分でしょう。

 彼は世界屈指のサッカー指導者生産国であるイタリアにおいても、一目置かれている存在です。ミラン、インテル、ユベントスのイタリアセリエA御三家の監督にもなりました。イタリアには多くの優秀な指導者がいますが、セリエA御三家全ての監督を歴任したのは、ザック監督のほかには2002年W杯日韓開催時のイタリア代表監督であり、この国随一のサッカー指導者とも見なされているジョヴァンニ・トラッパトーニ監督がいるだけです。その事実は決して小さくありません。

 経験豊富な監督であるアルベルト・ザッケローニは、日本大表チームにヨーロッパの風を吹き込んでチームの底上げに成功した。それなのにコンフェデ杯での3敗を理由に彼を解雇するべきと、短絡的に主張するのはどうでしょうか。百歩譲ってザッケローニを解任したとして、それでは次は一体誰を監督にすれば日本チームは強くなるというのでしょうか?ペップ・グアルディオラ?ジョゼ・モウリーニョ?ビセンテ・デル・ボスケ?ブラジルのスコラーリ?あるいはマンチェスターUを長年率いたアレックス・ファーガソン?その誰でもありません。それらの世界的な「勝ち組」の監督が日本代表チームを率いても、日本が「突然」今以上に強くなることはないのです。

 監督がチームを変えるのではなく、チームが監督を変える

 分り易く極端な例で言います。たとえば中学生のサッカーチームにどんなに偉大な監督を据えてもW杯で優勝できるチームにはなりません。監督はいかに優れた者でも、チームの力量の中でしか戦術を立てることはできないのです。言葉を替えれば監督はチームを変えることはない。チームが監督を変えるのです。つまり、チームの力を見抜いて、自らをそれに合わせてチームの力を最大限に引き出すのが監督の仕事です。その作業の連続がやがてチームの力の底上げを招く。優れた監督は各クラブやナショナルチームを渡り歩くたびに、常にそうやってこれを指導しています。

 例えばスペイン代表チームを率いて目覚ましい戦果を挙げ続けているデル・ボスケ監督が、明日から日本代表監督に就任したとします。でも彼は、逆立ちしてもすぐさま日本代表チームをスペイン代表のように作り変えることはできません。彼はもちろんザッケローニ監督とは違う指導をするでしょう。が、それは飽くまでも日本代表のレベル内での改善や戦術転換や展開であって、日本代表チームが自らの限界を超えて突然違うチームに変身する訳ではないのです。ザック監督を更迭すれば、日本代表チームが魔法のように生まれ変わって、コンフェデ杯やW杯で快進撃をするだろう、とでも言いたげな主張はちょっとどうかと思います。

 チームが不振続きの場合、監督の首をすげ替えるのは世界のプロチームの常套手段です。それには戦略や方向性を含む全てのチームカラーを一気に変えてしまおうという意味と、チームに活を入れる、つまりショック療法で不振の連鎖を断ち切るという意味があります。従ってザッケローニ監督を解任するのはもちろん「あり」です。しかし、繰り返しになりますが、それによって日本チームが突然ブラジルやスペインのレベルにジャンプアップするのではないのです。

 日本代表は脱亜入欧を目指せ

 日本チームの最大の課題は、アジアという低レベルの土俵が主戦場である点です。強豪がひしめく南米や欧州の舞台に立つためには、そこで勝って国際大会への出場権を得るか、親善試合で世界のトップクラスと相まみえるかですが、国際大会へは常に出場できるとは限らず、また親善試合では本気の戦いは望めず、従ってレベルの向上には余りつながらない。そんなハンディキャップを背負っていますから、せめて監督ぐらいは世界の実情を知り世界に通じる「外国人」にした方がいいと思います。

 日本人監督の場合、いかに優れた指導者であっても、時どき「世界の感覚」に欠けるケースもあるように見受けられます。たとえ世界感覚を体得しているように見えても、やはり彼はアジアの島国である日本の土壌から完全に自由であることはできないのです。つまりそれは世界土俵では、島国的視野や思惑や感性に捉われて限界に見舞われやすいということを意味します。従って日本代表チームが「世界感覚」をしっかりと身に付けるまでは、欧州や南米など、サッカー文化が強固に根付いた国々の指導者を監督に迎え続けた方がいい、と考えるのです。

 そうやって代表チームが徐々に世界感覚を体得し、そこでプレーした選手やスタッフが恩恵を受けて彼らも世界的な感覚を身に付けて行き、やがて将来彼らの中から指 導者が生まれた時、日本は国際的にも堂々と渡り合える和製監督を獲得することになります。日本代表チームが強くなるとは、将来優れた監督が日本に続々と誕生することも意味しているのです。

 その場限りのチーム批判や監督バッシングは脇に置いて、長期的な視野に立ってサッカーの裾野をさらに広げること、つまり日本国民の心を分断している野球との競合に勝つこと。同時にアジアのさらに先に広がる「世界のサッカーの感覚」を育てること。これが日本サッカーを真に強くする秘訣だと考えます。その二つの課題を達成した上で、日本の特徴であるスピード、テクニック、組織力、運動力などにさらに磨きをかけて行けば、W杯の決勝で日本とイタリ アが激突!という血湧き肉踊るような夢の舞台の出現も、きっと夢ではなくなるものと僕は密かに期待しています。


ベルルスコーニ有罪判決が意味するもの


ベルルスコーニ元首相に実刑判決が下った。ついに彼の終りが始まった、と言いたいところだが、世紀の大政治喜劇役者の命脈はどっこいまだ断ち切られていないのかもしれない。

イタリア最高裁(破毀院)は、脱税事件で起訴されていたベルルスコーニ 氏に禁錮4年の有罪判決を言い渡した。また2審のミラノ高裁判決「禁錮4年、公職追放5年」のうち、公職追放は認めたが、その期間については支持せずに高 裁に差し戻した(6年に確定)。この意味するところは、元首相は今のところは上院議員の地位は剥奪されず、彼の政治活動の牙城である自由国民党党首の地位も守られる、と いうことである。

元首相は、高裁による公職追放期間の再審理後には上院議員の資格も確実 に失うことになった。だが90年台半ば以来、ほぼ20年の長きに渡ってイタリア政界を牛耳ってきた男は、大いなる知恵者であり寝業師でもある。今後も多く の訴訟事案を抱えている事情もあって、政財界はもちろん司法にも影響力を行使し続けたい彼は、死に物狂いで反撃に打って出ることになるだろう。事実最高裁 の判決が出た直後から、元首相と自由国民党の幹部は司法改革を要求し、それが成されなければ総選挙を実施するべき、と声高に主張し始めた。政界での生き残 りを賭けた元首相の揺さぶりが既に始まったのである。

ベルルスコーニ氏は数々のスキャンダルにまみれ、30余の裁判事例を抱 えながら、自らの政治力を有効に使って全てを有利に運んできたが、今回初めて最高裁で4年の実刑を言い渡された。しかしそれは、刑務所の過密収監状態を緩 和するために制定された恩赦法によって、禁錮1年に減刑された。70歳以上の罪人の禁錮刑は自宅軟禁または社会奉仕活動で代替することができ、元首相は 30日以内にどちらを選ぶかを決めることになる。

最高裁で断罪されたとは言うものの、元首相の「終りが始まった」と考えるのは早計だと思う。なぜなら公職追放期間が高裁に差し戻されて再審理となった事実が、ベルルスコーニ氏の「終りの始まり」を阻む可能性があると考えるからである。

この審理差し戻しこそ玉虫色の政治決着である。なぜなら元首相は下級審での審理が結審するまでは上院議員や自由国民党党首に留まることができる。最高裁の決定は、元首相をただちに公職から追放することで起きるであろう、政界の大混乱を避けたものである。

い政治混乱を経てようやく樹立されたイタリア民主党のレッタ現政権は、元首相の王国である自由国民党との連携で辛うじて命脈を保っている。イタリア危機が 叫ばれ、深刻な財政危機に伴う不況からの脱出の出口が全く見えない現在のこの国の状況では、少なくとも現政権の安泰は絶対に必要なものである。イタリア政 財界はもとより、EU連合構成国や米国などの水面下でのプレッシャーにも後押しされて、イタリア最高裁は苦肉の策で公職禁止期間の差し戻しを決定した。

それは僕などもある程度予測していた結果 あり、イタリア共和国にとっては極めて重要な判決である。ベルルスコーニ氏と彼が党首を務める自由国民党は、前述したように実刑判決を不服として司法改革 や総選挙の実施を求める声明を出すなどして既に神経戦を展開している。彼らは2審高裁の判決が出ると予想されている年末までの間に、巻き返しを狙って必死 に攻勢をかけ続けるだろう。その間は影響力の失墜を怖れて、政権を手放すというような無謀な真似は恐らくしない。むしろ懸命に連立政権の維持を模索するの ではないか。そしてそれこそが、最高裁による公職期間差し戻し審理の本旨なのである。

権中枢の民主党議員団の中には、有罪判決を受けた元首相を党首に戴く自由国民党との提携はただちに解消するべき、という主張も決して少なくない。しかし同 党のエンリコ・レッタ首相は、「イタリアの利益が最優先されなければならない。事態に過剰反応することなく冷静になるべき」、として自由国民との連立政権 の維持を表明し、政治混乱の再来を深く懸念するナポリターノ大統領も、「司法制度の尊重」を訴えながらレッタ首相の立場を支持している。

曾有の経済危機にさらされているイタリアは現在、政権崩壊や政治混乱を容認する余裕はまったくない。それは反目する各政党や国民、またレッタ首相や大統領 や、果てはベルルスコーニ元首相その人までが同じ気持ちである、と断言しても恐らく過言ではないと思う。むろん司法界も例外ではない。繰り返しになるが、 そうした政治状況の中で出たのが、最高裁の玉虫色の政治的判決なのである。

首相は高齢(76歳)を理由に刑務所には収監されず、自宅軟禁か社会奉仕活動で贖罪をすると見られる。最高裁の判決の前には、政界や司法への揺さぶりを意 識して「実刑判決が出るなら刑務所に入る」と公言したりしていたが、判決が出た今はそれについては口を閉ざしており、恐らく自宅軟禁の道を選択するのでは ないか。

ラノ高裁は公職追放期間を5年から3年に減刑すると見られているが、ここから年末までの間にベルルコーニ氏と自由国民が激しく攻勢に出れば、状況は幾らで も変化すると考えられる。なにしろ元首相と自由国民は、レッタ連立政権をいつでも空中分解されられる決定的なカードを手にしている。自由国民が政権を離脱 すると宣言すれば、レッタ内閣はたちまち瓦解するのである。

ルルスコーニ氏は、今現在は連立政権内に留まることが自身の利益になるとは知りつつも、政治的社会的な生き残りを賭けてありとあらゆる奇策や方策や陰謀を 繰り出すのだろう。そのうちには政権離脱、という常識的に見れば自身の立場に不利益な手法も含まれるに違いない。何をするか予見できないのが元首相の本領 だ。

したたかな政治家である彼は、イタリア財政危機の操縦を誤った責任を取らされての2年前の失脚や、2審高裁での有罪判決などを受けて政治生命を絶たれた、とみなされていたにも関わらず、今年2月の総選挙で民主党に肉薄する勝利を得て見事に復活した。

にとっては1年間の自宅軟禁や前科者の烙印などはどうということもないだろう。それよりも、ミラノ高裁での結審後に上院議員の地位を失う公職追放の方が大 きな痛手である。しかし、巨大な財力としたたかな政治臭覚が衰えない限り、再び逆境から立ち上がる可能性は充分にある。たとえばイタリアの政治環境を大き く揺るがしたネット党「五つ星運動」の党首ベッペ・グリッロ氏にならって、自らは国会議員になることなく党を支配して大きな影響力を行使し続けることもで きる。

ベルルスコーニ元首相の終りはまだ始まっていない可能性が大いにあるのである。

ベルルスコーニの終りの始まり?


2013年8月1日、イタリア最高裁(破毀院)でベルルスコーニ前首相の脱税事件への判決が言い渡される。

 可能性が3つある。

 1. 無罪放免

2. 判決の先延ばし(詳細部分の審理やり直し等の理由で)

3. 有罪

 1. の場合は言うまでもなくベルルスコーニ氏の大勝利。イタリア政局は安泰。

2. の場合は文字通り結論の先延ばし。少なくとも数ヶ月は政局安泰。

3. の場合はイタリア政界にビッグバン襲来。上を下への大騒ぎになって、レッタ連立政権が一気に崩壊する可能性が高くなる。

 イタリアのエンリコ・レッタ民主党政権は、ベルルスコーニ前首相が率いる中道右派の自由国民との連立で辛うじて命脈を保っている。左の民主党と右の自由国民は元々は天敵同士。面従腹背、同床異夢のアカンベー連盟である。何かあれば互いに足元を掬おうと身構えながら、内閣を構成している。

 そんな間柄だから、自由国民党首のベルルスコーニ氏が有罪判決を受けた場合、民主党内から激しい拒絶反応が出て連立解消、たちまち政権崩壊というシナリオが十分に考えられるのである。

 そうなるとイタリアは再び政治混乱に陥り、第二次大戦後最悪とも言われる大不況・財政危機がさらに深刻化して、それはEU・ヨーロッパ連合にも飛び火して行くだろう。それを避けるためにイタリア国内からも、また密かにEU各国からもイタリア最高裁に圧力がかかって、3.を避けてしかし流石に1.は余りにも見え透いていてマズイので、結局2.の玉虫色の判決に落ち着く・・・

 というのは、僕の勝手な憶測、妄想である。でも、それは結構イタリア的な政治手法であり大人の処世術でもあるのだ。三権分立の一角である司法に政治が介入するのはどの国でもありふれた現実だが、イタリアの場合はそのからくりを隠そうとしないところが特徴。だから面白い。何事につけ玉虫色の落としどころを追求するのはわが日本のお家芸だが、イタリアも中々捨てたものではないのである。

もしも

 1.になった場合は、僕は個人的には呆れ果て腹を立てると思うが、ベルルスコーニ氏の事件裁判は未成年者買春疑惑を筆頭にこの後も目白押しなので、どこかで何らかの鉄槌が下ることを期待したい。

 2.になった場合は、やっぱり・・・

 3. になった場合ベルルスコーニ氏には、4年の禁錮刑と5年間の公職追放命令が言い渡される。つまり彼はその瞬間に国会議員の地位から転がり落ち、しかも5年間は選挙に立候補できない。ただのヒトになる訳である。そのインパクトはここイタリアでは巨大なものになる。

 付記しておくと

4年の禁錮刑が確定した場合、3年が減刑されてベルルスコーニ氏は1年の禁錮刑に処される。しかし、70歳以上の罪人は刑務所には収監されず、一年間の社会奉仕活動か又は自宅監禁という形での贖罪ができる。76歳のベルルスコーニ氏はこれに該当するが、彼は有罪判決が出た場合、刑務所で罪を償う、と公言している。これはレッタ内閣や最高裁への牽制発言と考えられる。彼は自らが断罪された場合の社会的な衝撃を知悉していて、政界や司法に揺さぶりをかけているのである。

 また求刑5年間の公職追放令は、3年に短縮され且つそれは議会の承認を必要とする。

 

 

ベニスを見てから死ね



ベニスロケに行ってきた。1日だけ。

今回のような短い撮影を計算に入れると、ベニスでの僕のロケは恐らく20回を超える。

ロケ以外の旅も加えると、僕はベニスを30回前後訪れている。その中には1人でふらりと行った道行きもある。僕はベニスがたまらなく好きである。

ベニスは街の全体が巨大な芸術作品と形容しても良い場所である。

その意味では、街じゅうが博物館のようなものだと言われる、ローマやフィレンツェよりもはるかに魅力的な街だ。

なぜなら博物館は芸術作品を集めて陳列する重要な場所ではあるが、博物館そのものは芸術作品ではない。

博物館、つまり街の全体も芸術作品であるベニスとは一線を画すのである。

ベニスは周知のように、何もない海中に人間が杭を打ちこみ石を積み上げて作った街である。 

そこには基本的に道路は存在しない。その代わりに運河や水路や航路が街じゅうに張り巡らされて、大小四百を越える石橋が架かっている。

水の都とは、また橋の都のことでもあるのだ。

ベニスの中心部には自動車は一台も存在せず、ゴンドラや水上バスやボートや船が人々の交通手段となる。

そこは車社会が出現する以前の都市の静寂と、人々の生活のリズムを追体験できる、世界で唯一の都会でもある。

道路の、いや、水路の両脇に浮かぶように建ち並んでいる建物群は、ベニス様式の洗練された古い建築物ばかり。

特にベニスの中心カナレグランデ、つまり大運河沿いの建物はその一つ一つが謂れのある建物群。全てが歴史的建造物。

それぞれの建物は、隅々にまで美と緊張が塗りこめられて大運河の全景を引き立て、それはひるがえって個別の建築物の美を高揚する、という稀有(けう)な街並みである。 

しかしこう書いてきても、ベニス独特の美しさと雰囲気はおそらく読む人には伝わらない。

 ローマなら、たとえばロンドンやプラハに比較して、人は何かを語ることができる。またフィレンツェならパリや京都に、あるいはミラノなら東京やニューヨークに比較して、人はやはり何かを語ることができる。

ベニスはなにものにも比較することができない、世界で唯一無二の都会なのである。

唯一無二の場所を知るには、人はそこに足を運ぶしか方法がない。

足を運べば、人は誰でもすぐに僕の拙(つたな)い文章などではとうてい表現し切れないベニスの美しさを知る。

ナポリを見てから死ね、と良く人は言う。

しかし、ナポリを見ることなく死んでもそれほど悔やむことはない。

ナポリはそこが西洋の街並みを持つ都市であることを別にすれば、雰囲気や景観や人々の心意気といったものが、たとえば大阪とか香港などにも似ている。

つまり、ナポリもまた世界のどこかの街と比較して語ることのできる場所なのである。

見るに越したことはないが、見なくても既に何かが分かる。

ベニスはそうはいかない。

ベニスを見ることなく死ぬのは、世界がこれほど狭くなった今を生きている人間としては、いかにも淋しい。

 


大相撲=ザ・日本グローバル化モデル



7月7日から21日までの2週間は大相撲観戦に結構時間をつぶした。ヨーロッパの日本衛星放送は、場所中は1日3回NHKの大相撲中継を流す。最初は朝9時(日本時間16時)から日本とのほぼ同時生中継。午後になってそれの録画再放送があり、さらに夜は幕内の全取組みを仕切りなしで短く見せる。相撲嫌いの人はうんざりするだろうが、相撲大好き人間の僕のような者には、一度見逃してもまた見るチャンスがあるのでありがたい。僕は朝の生中継(日本時間午後4時~6時)を録画しておいて、適当な時間に仕切り部分を飛ばし飛ばししながら観戦することが多い。

 

2013年の大相撲名古屋場所は、大関稀勢の里の綱取りへの期待が落胆に変わり、再び期待が膨らんで最後はしぼむ、という具合に稀勢の里に明け、稀勢の里に暮れた場所だった。僕は稀勢の里の綱取り期待騒ぎを端から冷めた目で眺めていた。なぜなら個人的には彼はまだ横綱の器ではないと考えているから。彼の強さには見ていて思わず「うむ」とうなってしまう芯の堅さがない。つまり横綱になる者の強靭さがない。それでも彼が終盤で2横綱を連続して破った時は、もしかして・・、と期待する気持ちも正直生まれた。だが、千秋楽で琴奨菊に負けた相撲を見たとたんに、やっぱり、と落胆し溜息をついた。恐らく日本中のほとんどの相撲ファンと同じように。

 

そんな具合に相撲ファンが一喜一憂したのは、稀勢の里が日本人だからである。だが実は僕は、相撲ファンに多い日本人横綱待望論にはあまり与しない。強くて魅力的な横綱なら国籍など気にならない、というのが正直な気持ちである。日本人横綱はもちろんだが、モンゴル勢に続く欧米人横綱も早く見たいと願っている。稀勢の里の動静に一喜一憂したのは、僕の場合は純粋に「新横綱誕生」の可能性への興味からだった。昨年、モンゴル人力士の日馬富士の綱取りの一部始終に一喜一憂したように。

 

元々スポーツとしての相撲そのものが好き、ということ以外に僕は最近は別の関心も抱いてテレビ観戦をしている。それは大相撲の世界が今後日本社会が決して避けては通れないであろう、グローバル化の見本として存在を主張している面白さである。少子高齢化、人口減少が加速する日本のグローバル化のモデルは英国、と僕は希望的観測を込めて勝手に考えているが、英国モデルを既に実現しているのが日本の中で最も保守的であるはずの大相撲界である。

 

日本は将来グローバル化を余儀なくされ、そこに向かって社会が変革して行かなければならないだろう。同時に日本はわが国独自の文化と伝統もしっかりと保持していかなければならない。その時重要なのは、外国からの移民や移住者がそれらの文化や伝統を「自発的」に受け入れ、愛し、わが物として心身で取り込んでくれることである。英国を始めとする欧米諸国に移り住んでいる移民の多くがそうであるように。

 

特に英国に入る移民は、人種混合に寛容な民主主義大国の文化や伝統を嬉々として学び、模倣し、受け入れている場合が殆どである、彼らはそれを尊敬し、憧れ、愛する。だから自発的にそれに染まって行こうとする。彼らのそうした態度が英国社会をさらに寛容な方向に導く。そんな理想的な形になっているのが多人種国家としての英国である。同じ島国で多少の共通点もある日本は、そこをロールモデルとするべきである。

 

将来日本に入ってくる移民に、日本の法律や規律、あるいは社会規則などを守ってもらうのは当然だが、彼らにわが国の文化や伝統を押し付けることはできない。強制してはならないのだ。日本に移り住み、日本国籍を取得した「元外国人」たちは、全員が彼らの文化を持ち伝統を有している。彼らはそれらの文化や伝統と共に日本に受け入れられた。従って彼らはそれらを保持し続ける権利がある。たとえそうではなくても、移民たちは自らの文化を捨てることはない。

 

同時に彼らは日本の文化や伝統を素晴らしいと心から感じない限り、決してそれを受け入れてわが物にしようとすることもない。強制してそうさせようとすれば、必ず反発を招くだろう。日本は日本独自の文化を守り、磨きをかけ、発展させて、移民の誰もがうらやみ感心して自ら進んでそれに染まりたがるようにしなければならない。実はそれは少しも難しいことではない。本来の伝統文化をきっちりと維持保存しながら、移民の増大に合わせて、少し変革するべきところを迷わずに変革する。それだけである。大相撲がその良い例だ。

 

大相撲は古い体質を維持しつづけ、それを批判されながらも少しづつ変革を遂げた。その最たるものが外国人への門戸開放だ。それは必要に迫られたものだったという見方も当然できる。が、もしも大相撲が外国人への門戸を開かず、あれこれと理由をつけて日本人力士の育成ばかりにこだわっていたなら、今頃は八百長疑惑その他の不祥事がなくても、間違いなく消滅の危機に瀕していたはずである。

 

ハングリーな若者たちが極端に少なくなった現在の日本では、古い厳しい大相撲の世界に飛び込んで立身出世をしたい、と考える者がいなくなるのは当然だ。好むと好まざるにかかわらず、大相撲が野心的な外国の若者の受け入れに向かうのは極めて自然な成り行きである。大相撲の今の発展は外国人力士の「移住」受け入れなくしてはありえなかった。

 

もっとも古い体質を持つ相撲界がグローバル化に成功した。これは奇跡だろうか?実はそれは少しも奇跡などではないのである。特殊にこだわることはしばしば普遍に結び着く。大相撲界の古い体質、つまり「日本的なもの」とは、日本の文化の意であり、それは特殊なものである。特殊なものは、自らが特殊であることを知りつつ、なお且つ特殊であり続けようと固執することで普遍性を獲得する場合が往々にしてある。あたかも一人の芸術家が自らの特殊性(才能つまり作品)に徹底的にこだわることによって、特殊性そのものが人々に受け入れられ、理解され、愛されて普遍化していくように。日本独特の「特殊な文化」である大相撲は、特殊であり続けることによって普遍性を獲得した、グローバル化の一つの典型的な見本なのである。
 

大相撲は外国人力士のために相撲文化や伝統を変えたりはしなかった。外国人力士たちが自らを「大相撲の文化や歴史に合わせた」のである。順応したのは大相撲ではなく力士たちだったのだ。将来移民が流入した時には、これと同じことが日本社会の全体でも起こらなければならない。最も保守的な相撲界でさえグローバル化に成功し、その割合はさらに進んでいる。相撲でさえそうだ、ましてやその他の日本社会においてをや、という風になるのが理想の形なのである。そうなれば日本は、将来いくら移民が増えても、自らのアイデンティティーを失う危険や恐怖にさらされることはない。

 

相撲ファンの間では日本人横綱待望論が根強い。では、角界ではどうだろうか。漏れ聞こえてくる相撲協会の幹部のコメントや相撲解説者などのそれには、多くのファンと同じように日本人横綱の誕生を願う趣旨の言葉が散りばめられている。でもそれらは、グローバル化の進んだ相撲界の「開けたマインド」を持つ彼らが、日本の主流である「閉鎖的なマインド」、つまり移民アレルギーを持つ相撲ファンや一般人向けに送るリップサービスのように僕には見える。

 

門戸を外国人に開放し、今や角界を支える横綱や大関はもちろん、多くの人気力士や有望力士も外国人が占める相撲界の人々にとっては、横綱の国籍などもはやどうでも良く、重要なことは横綱が横綱たる品格を持ってその地位に居座って欲しい、という一点に尽きるのではないか。そして、横綱の品格とは最も日本的な精神の発露のことであり、それはいみじくも「極めてグローバルな価値を有する日本文化」の一つにほかならないのである。

 

 

コンフェデ杯全敗より本田のミラン移籍の方が日本サッカーの一大事だ!



イタリアの強豪チームACミランが本気で本田圭佑の獲得を画策している。

ACミランは周知のようにユベントス、インテルと共にイタリアセリアAの御三家を形成する正真正銘の名門。国際タイトル獲得数はスペインのレアル・マドリードやバルセロナ、あるいはイングランドのマンチェスターUなど、錚々たる世界のビッグクラブを抑えて世界一を誇っている。

そのミランが本田圭佑を本心から追いかけている事態は、日本サッカーの進歩を端的に表すもので、例えばコンフェデ杯での日本代表の惨敗よりもはるかに大きな、象徴的な事件だと僕は思う。

コンフェデ杯で3連敗したのは、残念ながら日本代表チームの現在の実力に沿った結果であり、それはたやすく予想できたことだ。6月のコンフェデ杯出場チームの中で、唯一日本がほぼ確実に実力で勝っていたのは、FIFAのランキングなどとは全く関係なくタヒチだけだったと僕は思う。それは少 しも悲観するべきことではないし、事件でもない。

世界屈指のクラブチームであるACミランが本田を熱心に欲しがるのは、それだけで日本サッカーのレベルアップを示す喜ばしいことだと思えるが、それにも増して僕が大きな感慨を抱くのは、イタリアのメディアが本田圭佑を「FANTASISTA・ファンタジスタ」とさえ呼称している事実である。

ファンタジスタとは言うまでもなくイタリア語のファンタジア(英語:ファンタジー)、つまり想像力とか独創性から来た言葉で、オリジナリティーに富むトップ下の選手などを表す場合が多い。

サッカー選手のレベルを表す言葉としてイタリア語にはfuoriclasse(フゥオリクラッセ)、つまり「並外れの」とか「規格外の」あるいは「超一流の」というようなニュアンスの表現があるが、ファンタジスタはそのfuoriclasse(フゥオリクラッセ)の中でも特に優れた選手を形容する、最大最高の尊称なのである。

ファンタジスタには規定や条件はなく、ファンやメディアが自然にそれと見なして呼びかける言葉で、極めて少数の選りすぐりの選手だけに与えられる称号である。それがいかに特別な意味を持つ呼び方であるかは、次に示すファンタジスタたちの名前を見るだけでも十分ではないか。

最近のイタリア選手で言えば、ロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デルピエロ、フランチェスコ・トッティ、またFWではないがアンドレア・ピルロもそのうちの一人。さらに言えばバルセロナのイニエスタ、シャビ、レアル・マドリードのメスト・エジルなどなど。

マラドーナやジダンももちろんイタリア的な感覚ではファンタジスタだ。

イタリアのメディアが日本人選手にその称号を与えたのは本田が初めてである。中田英寿も中村俊輔も、イタリアでプレー中にはついにそう呼ばれることはなかった。

本田圭佑が彼らよりも優れた選手で、且つロベルト・バッジョやジダンやマラドーナにも匹敵する大物、と考えるのはさすがに早計だし意見の分かれるところだとは思うが、独創性や意外性に富む天才的な選手を表すファンタジスタという称号を、何事につけオリジナリティーや独自性を最重視する イタリアのメディアが彼に与えた事実に、僕は深い感慨を覚えるのである。日本サッカーも思えば遠くへ来たもんだ、という気分だ。

日本代表チームが世界でのし上って行くためには、多くの技術革新や戦術改正やメンタリティーの改革やサポーターの増大やサッカー文化の深化などなど、多岐に渡る進展が必要であるのは火を見るよりも明らかである。その中で最も欠けているのが、チームとしてのファンタジア力だと僕は思う。

ファンタジアとは前述してきたように、独創性、意外性、想像力、個性の強さなどといったメンタルなクオリティーのこと。言葉を替えれば「画一性の真反対にある全ての要素」である。そしてチームのファンタジア力とは実は、ピッチに立つ一人一人の選手のファンタジアの集大成である。

独自色や発想の奇抜やオリジナリティー、つまり「ファンタジア」を何よりも愛し高く評価する「独創の国」イタリアのメディアが、本田圭介を独創的なクオリティーを持つ選手、と認めている事実が僕はわが事のように嬉しい。

ファンタジスタ本田圭佑の誕生は、GKからFWまでの11人の全ての選手が、それぞれのファンタジアを身内に宿して世界に挑む「理想の日本代表チーム」誕生の兆し、と僕はあえて考えたいのである。

 


コンフェデ杯で見えたスペインの終わりの始まり



ブラジルVSスペインのコンフェデ杯決勝戦は、昨年の欧州杯決勝戦を見ているようだった。互いに譲らない緊迫した試合を予想したのに、フタを開けてみるとブラジルがスペインを圧倒する一方的な試合展開。昨年の欧州杯決勝戦で、逆にスペインがイタリアを蹴散らしたみたいに。

 

スペインはイタリアとの準決勝で、延長戦からPK決戦までの死闘を演じて疲れていたのだろうか?でもそれを言えば、スペインと同じ疲れを抱えながら、ウルグアイとの厳しい3位決定戦を制したイタリアはどうよ、ということになる。

 

来年のW杯もあることだし、早計は禁物だが、2008年以降世界サッカーを牛耳ってきたスペインの常勝サイクルは終わって、ブラジルがまた世界サッカーを席巻するのではないか、と感じさせるような試合内容だった。

 

スペインは2大車輪である中盤のイニエスタとシャビのうち、後者が動きを封じられて全く精彩がなかった。スペインの敗因は多くあるのだろうが、僕にはシャビが機能しない中盤で、スペインが「いつものように」はゲームを構築できなかったことが、一番の命取りだったように見える。

 

少しはイタリアのサッカーを見ている僕は、ここ数年まっしぐらに常勝街道を進んできたスペインとイタリアの力の差は何か、と考え続けてきたが、それは僕の独断と偏見では:「スペインには2人のピルロがいる」から、ということにつきる。

 

アンドレア・ピルロはイタリアチームの司令塔であり肝心要(かんじんかなめ)の偉大なプレーヤーである。2006年W杯のイタリア優勝の立役者も彼だ。

 

スペインにはそのピルロが2人いる。言うまでもなくイニエスタとシャビである。その事実が2チームの具体的な力の差だと僕は考えている。

 

以前は2人に加えて、少し実績は落ちるがファブレガスも計算に入れて3人のピルロがいると考えたことさえある。が、ファブレガスに関しては、イタリアのデ・ロッシが十分に対抗して、プラスマイナス0の力関係になると思うようになった。

 

「ピルロ度」がスペイン2対イタリア1では、逆立ちしてもイタリアには勝ち目はない。

 

その強いスペインをブラジルは粉砕した。スペインの正確無比で華麗なポゼッションサッカーは、イタリアやドイツを始めとする欧州の各チームに大きな影響を与え続けてきたが、それは明らかに南米チームにも波及していて、ブラジルは彼ら独特のセンスと力量でスペインサッカーの良さを自家薬籠中の 物にしていると感じた。

 

ブラジルが中盤でスペインのボール回しを寸断し、逆に自らのポゼッションに持ち替えて果敢に攻めまくったのは偶然ではないように思う。ブラジルはスペインを踏み台にして、彼らのお家芸であるパス廻しとドリブルに磨きをかけてさらにステップアップしている。

 

それは実はイタリア、ドイツ、イングランドなどのヨーロッパの強豪チームも同じ。陳腐な言い方だが、例えば次のようなことである。イタリアはスペインを模倣することでカテナッチョ(ディフェンス重視)の伝統を捨て、ドイツはスペインを意識することで組織重視の四角四面のプレースタイルを変え た。またイングランドはスペインに追随することで運動能力重視の縦パス一辺倒の陳腐な戦略を克服した・・とでもいうような。

 

スペインはここから来年のW杯までに、彼ら独特のポゼッションサッカーにさらに磨きをかけるか、別の戦略を組み込んで今のスタイルを変革しない限り、W杯で勝つのは難しいのではないか。

 

繰り返すが、なにしろブラジルと欧州の強豪チームを筆頭に、世界各国の代表チームがスペインのプレースタイルを常に意識しながら独自のやり方でスペインの方法を習熟しようと躍起になってきた。それには高い技術と能力が要る。そして、前述の強豪国にアルゼンチンやフランスなどを加えた国々に は、それだけの技術と能力があるのだ。

彼らはスペインサッカーを咀嚼して、あるいは咀嚼しようと懸命に努力をしながら、それぞれの伝統のプレースタイルの中に組み込んでは進化を続けている。

 

言葉を変えれば、スペインサッカーの敵はスペインサッカーそのものである。従ってスペインは、今以上に自らを進化させて行かない限り、最早世界の頂点には立ち続けることはできない。力の拮抗している世界のトップチームが、スペインと同等かそれに限りなく近い高みにまで成長しているのだから。

 

スペインは自らを鍛え上げ、精進し、世界のトップに上り詰めた。そうすることで世界サッカーに巨大な影響を与え、世界サッカーのレベルを押し上げた。そして、まさにその功績によって、王者としての自らの立場を危うくすることになった。変革し、前進し続ける世界サッカーの歴史の中では、王者の 在り方が常にそうであったように・・

 


雨、のち雨・・所により、時どき・・雨



4月、5月と日本の梅雨も顔負けの雨が降りつづいた北イタリア。

 

6月に入って、いざ夏本番、と身構えているのに中々そうはならず、もう水無月も終わりになる。

 

昨晩もかなり激しい雨降りになった。

 

今日昼過ぎになっても、中庭に大きな水溜りが幾つも残っている。

 

イタリアの6月らしい日差しがかっと照りつけたのは数日だけ。あとは雨、また曇り、そして大小の降雨・・

 

おどろいたことに、僕は今年、菜園への水遣りをここまで3回か4回しかやっていない。

 

4月にはサラダ菜をはじめ多くの種まきをするが、今年は雨続きでできなかった。

 

5月になってようやく、こうしてはいられないと、雨を押して菜園に入った。

 

以後、気温は上がらないものの、野菜はそれなりに順調に育った。水遣りの必要もほとんどないまま。

 

僕は菜園にできるだけ多くの野菜を少量づつ作っている。

 

食べることもそうだが、多種類の野菜を作るのが楽しいのだ。

 

水遣りの仕事も、草取りも、楽しい。

 

今年はその水遣りの手間が省けている。

 

じゃ、楽しくないのかというと・・

やっぱ、楽しいに決まってんじゃン。

 

仕事が一つ減って・・・




コンフェデ杯スペイン戦を運命論者の如く待つイタリア


今夜のコンフェデ杯準決勝戦を待つイタリア現地からひと言。

イタリアはいたって静かです。理由が幾つかあります。もっとも大きな理由は、今のスペインにはイタリアはまだ勝てないだろう、という国民多数の悟りのような思い込み。

もう一つの理由は、コンフェデ杯をそれほど重要視していないこと。楽しんで見てはいるが、W杯や欧州選手権とは格が違う、というこれまた国民的コンセンサスのようなムード。

頼みの綱の一人、フォワードのマリオ・バロテッリが負傷で戦線離脱してしまったこと。この事実は対スペインへ戦へ向けての無力感をさらに増大させています。

こう書いてくると、イタリア中が暗い悲壮感におおわれて沈んでいるように聞こえるかもしれませんが、楽しんで見てはいる、と前述したように決してそういうことはなく、いわばサッカー強豪国の余裕のようなものを感じさせる前向きの諦観、みたいな不思議な雰囲気なのです。

僕はテレビ屋ですので、これまでセリエAを中心にイタリアのサッカーの取材もずいぶんやってきました。そこでつくづく感じるのは、イタリアのサッカーの強さとは「イタリア国民のサッカーへの思い入れ」そのものに他ならない、ということです。

選手の能力の高さやチームの組織力や指導者の力量の偉大、などももちろん強さの秘訣ですが、そうしたことは国民のサッカーへの思い入れの深さによって支えられ育てられたもので、それはひるがえって国民のサッカーへの情熱をさらに掻き立て、めぐり巡って選手やチームや指導者のレベルをさらに押 し上げて行く、という悪循環ならぬ良循環を形成しています。

言葉を変えれば、イタリア国民はサッカーを実に良く知っています。イタリア国民の一人一人はサッカーの監督、という彼らのディープな思い込みをイタリア人自身が揶揄った言葉がありますが、事ほど左様に彼らはサッカーにうるさい。

サッカーをこよなく愛するイタリア人は、当然我を無くすほどに熱く燃えることも多々あります。同時にそれを熟知する彼らは、事態を冷静に観察して理性的に構えていることもまた多いのです。

今夜の対スペインとの準決勝を待つ彼らの態度がまさにそれです。イタリア国民は今現在のイタリアのサッカーが、2006年のW杯制覇をピー クに停滞期に入っていることを良く知っています。同時にスペインのサッカーが、恐らく来年のW杯くらいまでは世界最強であり続けるのではないか、とも感じています。

もっともこの点に関しては異論もあり、2010年のW杯を挟んで欧州選手権を史上初めて連覇したスペインは、そろそろ常勝サイクルの終わりを迎えつつあるのではないか、と考える人々も増えています。

ただ多くのイタリア人は、スペインが後退してもそれに取って代わるのがイタリアだとは少しも思っていません。それは多分ブラジルであり、ドイツであり、あるいはアルゼンチンあたりではないか、と思っているふしがあります。つまり今のイタリアは、世界の強豪国の中では最も下位にいる、と冷静に 分析しているのです。

スペインのデル・ボスケ監督は、準決勝でイタリアと対戦することが決まった時「私のキャリアの中で初めて決勝戦を行なった後で準決勝を戦うことになる」という趣旨のことを言いました。イタリア戦が事実上の決勝戦だという訳です。

彼は恐らく選手の気持ちを引き締める目的でそう発言したのでしょうが、W杯をブラジルの5回に次いで4回も制覇しているイタリアは「腐っても鯛」、という気持ちもまたきっと抱いているのでしょう。

ボスケ監督の言葉はここイタリアでも大きく報道されましたが、サッカーにまつわる心理作戦にも慣れている人々は、彼の言葉をスペインチーム自身への戒めと捉えて、ぬか喜びをするようなことはありませんでした。このあたりが、ラテン人らしく熱く燃えながら同時に冷めてもいる、イタリアのサッ カーファンのすごいところだと感じます。

個人的なことを言いますと、わが日本が敗退してしまった今は、僕はイタリアを応援しています。しかし、サッカー大好き人間としては、決勝戦でスペインとブラジルの激突を見てみたい気もします。周知のように華麗なパス回しを誇るスペインのプレースタイルは、欧州各国はもとより南米の強豪国にも 強い影響を与えています。イタリアやドイツなどの古豪は、その戦術を彼ら独自のやり方で取り込んで進化を遂げつつあります。ブラジルが、その本家のスペインにどう挑むのか、来年のW杯を前にやっぱり見てみたい。

もしもイタリアがスペインに勝てば、決勝でブラジルも下してあっさり優勝するかもしれません。イタリアというのは不思議なチームで、不利な状況に置かれたり、やっとのことで予選を勝ち進むような苦しい展開が続くと底力を出します。昨年の欧州選手権でも優勝候補のスペインやドイツの影に隠れ て、ほとんど注目されていなかったのですが、結局ドイツも破って決勝戦まで駒を進めました。

今年のコンフェデ杯もそうです。今この時まで進んだ段階でも、スペインとブラジルにはとても歯が立たないような印象があります。こういう時のイタリアは要注意だと思います。

再び個人的には、たとえ決勝戦まで行ってもイタリアには優勝してほしくない。なぜならそこで勝てば、イタリアは「コンフェデ杯優勝チームは W杯に勝てない」というジンクスをきっと継承するように思うのです。これがスペインやブラジルなら、コンフェデ杯を制して来年のW杯も優勝するだけの「余力」がある、と僕は感じます。言葉を変えれば、スペインとブラジルはそれだけ今現在のイタリアの力を凌駕しているように思います。

日本ではコンフェデ杯で3連敗したザックジャパンと監督自身への批判が高まっているようですね。残念です。次回はサッカー文化、という観点から日伊のサッカーについて意見を述べてみたいと思います。僕はサッカーの専門家ではありませんが、サッカーを愛する気持ちと、仕事体験の中で見てきたイ タリアサッカーの面白さや不思議をおどろく気持ちは誰にも負けないつもりでいます。

 

ベルルスコーニ有罪判決



2013年6月24日、ついにと言うか、やはりと言うか、ベルルスコーニ元首相に少女買春容疑と職権乱用容疑で禁固7年の有罪判決が下った。同時に終身の公職禁止命令も出た。

 

元首相は上告すると見られるので刑は確定せず、三審制を取るイタリアでは今後長い期間に渡って裁判が続くと考えられる。

 

だが禁固7年の有罪判決は、検察の求刑6年を上回る厳しい内容。元首相の立場は苦しくなった。

 

そればかりではない。ベルルスコーニ元首相は、所有会社「メディアセット」の巨額脱税事件でも、二審で禁固4年、公職禁止5年の有罪判決を受けている。

 

今秋にも最高裁判断が出ると予想されるが、そこで上告を退けられれば、その件では刑が確定。国会議員を辞職しなければならない。

 

そうなれば彼は、自らの巨大な政治力を使って影響を及ぼすことができなくなる。

 

元首相の終わりの始まりが視野に入ってきたのかもしれない。

 

 

崖っぷちに立つ五つ星運動



お笑い芸人ベッペ・グリッロ氏が率いるイタリアの「五つ星運動」は、今年2月の総選挙で大躍進を遂げて、イタリア政界に旋風を巻き起こした。2大政党の民主党とベルルスコーニ元首相の率いる自由国民を抑えて、単一政党としてはトップの票数を獲得したのだ。

 

五つ星運動はそれ以来イタリアの政治混迷を演出してきた。が、ここに来て停滞、あるいは後退、ひょっとすると消滅の危機に瀕している。

 

五つ星運動は、既成政党や政治家の腐敗をインターネットを駆使して痛烈に批判する手法で、国民の不満を吸い上げて大きく勢力を伸ばした。先の選挙では国民の25%もの支持を得た同党は、もはや単なる抗議運動ではなく、イタリアの政治を大きく動かす勢力になった筈だった。

 

ところが彼らは、総選挙を制した中道左派連合(民主党中心)の政権参加要請を拒否して、飽くまでも単独で政権獲得を目指すとして独立独歩の道を選んだ。それは大きな誤算だった。

 

というのも、単独会派では政権を樹立できない民主党は、犬猿の中の中道右派の自由国民と連立を組むことを余儀なくされた。そうやって五つ星運動は、彼らが目指した「ベルルスコーニ元首相打倒」の目標とは全く相反する形で、同氏が率いる自由国民の政権参加を許してしまった。

 

その後五つ星運動への支持率はジリ貧状態を続けてきたが、先日の地方選挙で500の選挙区のうちわずか2箇所を制しただけの惨敗を喫した。

 

敗北の責任を巡って運動内部に亀裂が走った。総選挙で当選した国会議員の一部が党首のグリッロ氏の独断専横的な運営に反旗を翻したのだ。

 

彼はメンバーを独断で除籍したり、メディアとの接触を厳しく禁じたり、組織の内実を秘匿したりと、まるでカルト団体のボスかと見紛うばかりの横暴な側面も持つ。

 

五つ星運動は、党首グリッロ氏の無責任に見える言動や、不透明な党運営や政策などが明るみになるに連れて、多くのイタリア国民の深い困惑を呼んでいる。しかし前述したように、元々はインターネットを駆使して、イタリアの既存の政党や政治家を厳しく断罪し、同時にそれによってグローバルなコミュニケーション・ネットワークを構築して、将来は世界政府まで樹立しよう、という若々しい理想を掲げている団体である。

 

イタリアの既成政党や政治家の腐敗は目を覆うばかりである。浄化は一向に進んでいない。もしも五つ星運動がこのまま衰退、あるいは消滅してしまえば、イタリアの政治堕落の改善はまた置き去りにされるだろう。それは非常に残念なこと言わなければならない。

 

 

ボーイング787に期待すること



前のエントリーで主張したこととは矛盾するようだが、僕はボーイング787には大きな期待も寄せている。

 

それは言うまでもなく、ボーイング社が787型機のバッテリー発火の真の原因を探り当てて、根本的な改善をすることである。

 

それが行なわれた後、日本航空か全日空のどちらかが787を投入して、ぜひミラノ-東京便を復活させてほしい、とも実は僕は密かに願っている。

 

日本航空は2010年10月、長年運航してきたミラノ-成田便を閉鎖した。放漫経営のツケを回したのである。

 

僕は長い間JALのミラノ-成田直行便に乗って帰国し、またイタリアに戻ることを繰り返してきた。日本航空が同路線を撤退した後は、常にアリタリア航空の直行便を利用している。しかし、正直なところ、日本の航空会社の便に乗りたい。

 

ボーイング777によるアリタリア航空便のサービスは悪くはないのだが、日本航空のきめ細かいサービスを知っている者には、やっぱりちょっと物足りないように思う。

 

日本航空が撤退してからのアリタリア航空のミラノ-成田便は、同社のドル箱路線の一つになっている。常に満席状態と言っても過言ではないのだ。

 

日本航空は経営破綻から立ち直って黒字を出すまでになっているようだが、それは公的資金を使って、いわば誰でも収益を出せる路線だけに集中して運航をしたからで、赤字路線や収益の少ない路線を経営努力で黒字にしたり、利益を大きくするなどの頑張りがあったわけではないように見える。

 

企業なのだから、もちろんそれは誰にも文句を言われる筋合いのないりっぱな動きである。利益を出さなければ企業とは言えないのだから。

 

経営を立て直した日本航空は、今度は真の企業努力をして、ミラノー東京便を復活させてほしい。もちろん全日空でも構わない。

 

同路線は前述したようにアリタリア航空のドル箱ルートになっている。

 

日本航空か全日空が参入すれば、客を奪い合うことになって今のアリタリアのようにほぼ全便が楽に満席になる(ように見える)、ということにはならないだろう。

 

しかし、日本の航空会社には「もてなしの心」に満ちた世界に冠たるサービスのノウハウがある。それを効率良く活かしながら燃費の良いボーイング787を投入すれば、必ず利益の出る路線になるのではないか。

 

ミラノ-成田便の場合、僕が自ら何度も搭乗して見た限り、9割以上の客が日本人である。もしも日本の会社が直行便を運航していたなら、彼らの多くもそれを利用したいと感じるのではないだろうか。

 

企業の論理とは別の意味でも、僕はやはり日本の航空会社の参入を期待したい。

 

と言うのも同路線の復活は、ちょっと大げさに言えば国威発揚の機会になると考えるから。

 

外国の空港に自国の航空機が駐機している姿は、やっぱりちょっと誇らしいし、それは外国の人々の目にも印象深く映る。日本が元気を無くしている今こそ特に、そうしたささやかな「元気の元」も大切なのではないか。

 

そんなポジティブな事態が、ミラノ-東京路線に限らず世界中の空港に招来することを期待する意味でも、ボーイング787のバッテリー問題が一刻も早く根本解決に至ることを願いたい。


雨、のち雨・・



6月になっても、北イタリアには初夏どころか、春もまだ訪れない。

 

気温はさすがに冬ではないのだから、春はやって来ているのだが、ほぼ連日雨で朝晩は肌寒い。

 

寒い日も多い。

 

初夏は明らかにまだ訪れていない。

 

荒々しい気候変化がイタリアの季節の特徴だから、初夏はもうやって来ることはなく、やがて一気に盛夏になるのだろう。

 

それは今月中旬というのが気象予報。

 

そこでは盛夏が訪れるとは言わず、雨模様の天気が終わる、と表現されている。雨天が消えると同時に日差しがカッと照りつけるようになるのだろう。

 

それにしてもこれだけ雨が降れば農作物にも悪影響があるのではないか。作物の根が腐ったり・・

 

そう思いたくなるほどの異常な雨降りがつづいているのだ。

 

農家に聞いてみたら、雨はいくら降っても良いのだという。雨降りが気温の低下をもたらしていて、それが悪なのだそうだ。

 

気温が低いために作物の成長が阻害される・・なるほど、そう言われてみれば、僕の菜園の野菜たちの育ちも遅い。

 

芽を出してはみたが、寒いので毎日毎日身をすくめている、という感じ。

 

そして、再びそう言われてみれば、激しい雨が降った後でも、少し日が差すと土の表面は一気に乾燥する。

 

やはりこの国の空気は、日本とは比べ物にならないくらいに乾いているのだ、と実感する。

 

今年は日本の梅雨以上の雨が降り続いている。が、カビなども見たことがない・・

それは少し嬉しいことである。

ボーイング787運航再開のブラックユーモア



バッテリーが発火するという大きな障害を抱えて、運航停止になっていた全日空のボーイング787が、故障の根本原因の究明ができていないにも関わらず、来月の予定を前倒しして5月26日に運航を再開した。

 

友人のマウロ・Aはアリタリア航空のボーイング777型機の機長、つまり飛行機の専門家である。日本にも頻繁に飛ぶ。そのマウロにボーイング787の運航再開をどう思うかと聞いた。

「787はいい飛行機だよ。でも777はもっと素晴らしい。だって
20年近くも実際に飛んでいて、バッテリーには何の問題もないんだから」

彼は言って方目をつぶって見せ、仕上げにニャリと笑った。

 

マウロはボーイング777をこよなく愛し、誇りにし、全幅の信頼を寄せている。その事実を差し引いても、僕は787を否定的に見ている彼の意見に今のところは賛成だ。僕自身も777に乗って何度も日本とイタリアを往復し、先日はスペインからペルーまでの往復も777に世話になった。ボーイン グ747、つまり「ジャンボ」が空から消えつつある今は、飛行機での長旅をすることが多い僕にとっては、777が一番親しみのある航空機だ。777を始めとして他に多くの選択肢があるのに、どうしてわざわざナンカヘンな787に乗らなければならないのだろう?

 

今年1月の787のバッテリー事故のあと、ボーイング社は故障の原因究明を懸命に行なったが結局分からず、可能性のある80通りのケースを想定して、これに対応する形での改善策を米FAA・連邦航空局に提示して了承された。それを受けて運輸省は3月26日、日本航空と全日空に運行再開を正式に許可した。その後バッテリーのシステムの改修作業と試験飛行などが行なわれ、全日空と日本航空は安全が確保されたとして、6月1日からの運行再開を決定 していた。全日空はそれを前倒しして、今月26日に運航を再開したのである。

 

米FAA・連邦航空局はたとえば、「なぜバッテリーが発火するか」が不明でも、ボーイング社は「たとえバッテリーが発火しても大丈夫」と考えられる程に十分な策を施した、と判断したに違いない。同社はさらに「運航中の飛行機が墜落する確率」と同じ程度かそれよりも低い数字にまで、バッテリーの 発火の確率や故障の可能性を抑えているのだと考えられる。いや、そうでなければならない。故障原因が究明されていないのに、敢えて運航再開に踏み切るには、そうした考えられる限りの建設的な論点をクリアし、改良した上で結論を出したのだろう。その内容がFAAに支持された。FAAは厳しい 審査で知られる役所だから、ボーイング社が提示した不具合の解決策はきっと十分に安全なのだろう。FAAの判断を受けて、これまた厳しい審査で知られる欧州航空安全局(EASA)も787の運航再開を認めた。だから、やっぱりきっと787は安全だと考えたい。

 

一方、首を傾げたくなることもたくさんある。いや首を傾げたくなることばかりだ。だからこの記事を書いているわけだけれど。

 

先ずFAAは、ボーイング社の提出した80項目に渡る改良・修正案を受け入れて、バッテリーは何重にも安全装置を施されるから、大事故は起きないとしたが、根本の原因が分からないのになぜそう断言できるのだろうか。また一体どうやってそのことを保障するのだろうか。80項目とは、想定でき るあらゆる原因を挙げて、これに対処できるようにした。つまり80の改善策のうちのどれかが有効に働くだろうという、いわば「希望的観測」的対策である。それって「ヘタなテッポも数撃ちゃ当たる」と同じで、目くら滅法に策を施しただけ、というふうには考えられないのだろうか。

 

バッテリーの主な改善策というのも不思議だ。それは発火した補助動力装置(APU)用バッテリーやメーンバッテリーの電池(セル)を絶縁テープでぐるぐる巻きに囲み、監視装置で電圧の管理を強化した上で、全体を排煙機能つきの密閉容器に入れるというものである。バッテリーが再び発火して も、それは箱の中でがんがん燃えるだけで外には燃え移りません、というわけである。

 

燃える(発火した)ことが問題なのに、それを防止するのではなく、再び燃えるようなことがあったら火を箱の中に密閉しますとは、つまり「臭い物にフタ」をするということである。また煙は機外に吐き出され、炎も箱の中に閉じ込められて機体は無事ですと言われても、箱の中で燃えているバッテリー は死んでいるか少なくとも機能不全に陥っているはずで、そのバッテリーに頼っている、さらなる機体の機能の一部も、同じ状態になるに違いない。

 

それにも関わらずボーイング社もFAAも、

「故障しない保証はないが、大事故はない。だから心配するな」

と主張しているわけだ。でも、心配するよ、それは。なんにも頼るもののない空の上で、飛行機が火事になったら、あるいはバッテリーが発火して火事になりそうになったら、はたまたそういう可能性があるかもしれない、と考えたりしながら座席に座っていても少しも楽しくないわけで。

 

飛行機に乗るのならば100%の安全やゼロリスクというのはもちろんあり得ない。しかし、故障の原因は分からないが「故障は封じ込めたから安心しろ」というのは、たとえば新品のPCを買ったところ中にウイルスが潜んでいて、でもそのウイルスは今のところは眠ったままで、しかもこのまま永遠に目を覚まさない可能性があるから安心してPCを使え、とメーカーに言われているようなものだ。そんなもの、可能性やら確率やらつべこべ言っているひまがあったら、さっさとウイルスを取り除いてくれよ、というのが人情というものではないだろうか。

 

ボーイング787は昨年末の時点で、世界各国の航空会社から800機以上の受注を受けていて、日本の2社を筆頭に既に50機以上が納入されている。早く運航を再開して安全をアピールしないと、運航を停止されていた50機にまつわる損失だけじゃなくて、受注を受けている分にも納入の遅れや最悪 の場合注文取消しなども起きて、膨大な損失につながりかねない。そこでボーイング社は、なり振り構わずに運航再開へ向けてのロビー活動を激しく行なったのではないか。結局、まず運航再開ありき、だったのではないかと疑いたくもなる。

 

驚いたのは、日本での運航再開の第一便に218人もの乗客が搭乗したことだ。臆病な僕にはとても考えられない。全日空副社長も操縦室の予備席に乗ったそうだから、218人の乗客はもしかすると全員がサクラだったんじゃなかろうか。あるいは乗客の誰も787がトラブルを抱えている飛行機である ことを知らなかった。あるいは全員がスリル大好き人間だった・・

 

冗談はさておき、搭乗客はきっと、米FAAも日本の運輸省も航空会社も皆安全と言っているのだから安全だ、と考えたのだろう。あるいは不安はあるものの、ま、皆が乗るのだから自分も乗ろうと考えた。またきっと仕事や私事の都合でその便に乗らざるを得なかった、という人もいるのだろう。そして 騒がれたあとの飛行機に乗って安全を確かめたい、という勇気ある者もいたのだろう。人は皆それぞれだ。

 

多くの人間は-特に僕のように臆病でバカな人間は-理論や理屈では動かない。感情で動くものだ。その感情が「ボーイング787には気をつけろ」と言っている。そこで僕は、自分はもちろんだが、良く旅をする大学生の息子にも、今後は飛行機に乗るときは、それがボーイング787ではないことを必 ず確認してから利用するように、と強くアドバイスした。他の家族や友人知己にも。だって777を始めとして、幾らでも787の代替航空機があるのだから、故障の原因が究明されて事態が明確になるまでは、無理して787に乗る必要はないのではないか。

 

目的地には永遠に到着しないより、遅れて到着したほうがいい。遅れたことで、たとえば仕事なら信用をなくしたり、罵倒されたり、首になったりすることもあるだろう。でもそうしたことも全て「生きていればこそ」の物種だ。気にすることなんかなにもない。

 

 

ちょっと気が抜けた大相撲5月場所



大相撲夏(5月)場所は白鵬の10回目の全勝優勝で終わった。


白鵬はこれで通算25回目の優勝。朝青龍の記録に並んだ。


史上3番目。


あとは千代の富士の31回と大鵬の32回があるだけだ。


白鵬は現在28歳。最低でも32歳程度までは相撲を取ると考えると、怪我などの不測の事態でもない限り、大鵬の記録を破りそうな勢いである。


ちなみに全勝優勝10回は、自身の記録を更新して史上最多。

これに次ぐのは双葉山と大鵬の8回。

優勝回数は同じでも、朝青龍の全勝優勝は白鵬の半分の5回に過ぎない。


また連勝記録は千秋楽時点で30になったが、これは4回目。大鵬の記録と並んだ。


雰囲気としては、白鵬が今後破れないかもしれない記録は、双葉山の69連勝だけになったようだ。


白鵬は2010年の九州場所で63連勝までいったが、2日目に稀勢の里に敗れた。


69連勝とは現在の6場所制では、最低必ず4場所連続で15戦全勝をしなければならないことを意味する。

わ~オっ・・疲っかれるだろうなぁ・・


白鵬は2010年の九州場所前、4場所連続で全勝優勝をしていた。今後そんな離れ業を繰り返すのはさすがに厳しいのではないか。でも、彼ならナセバナルのかも。


など、など・・


大横綱白鵬の素晴らしい成績を眺めるのはそれなりに楽しいのだが、僕は今場所は個人的には正直盛り上がらなかった。


理由は簡単。日馬富士が前半で崩れたことが僕の興味を削いだのだ。


ハチャメチャ横綱の日馬富士は、先場所クンロク(9勝6敗)で終わった分、今場所は奮起してあの魅惑的な弾丸ぶちかましを次々に披露して盛り上げてくれるかと思ったら、コロコロ負けやがって・・バカヤロ。


ツー訳で僕は早々と興味をなくしたのでした。ナンダカンダ言いながら僕は日馬富士が好きなのかな・・


白鵬は感嘆的だが、なんだか完璧過ぎて、ウ~ム・・


日馬富士は弱いくせに日本語も下手くそ。離婚して日本人と再婚しろ・・


国技の大相撲の外国人力士は、日本の真髄を理解するために、せめてきちんとした日本人女性と結婚するべき、というのが僕の独断と偏見による持論。


日本女性がいつも側にいれば日本語も必ず上達する。日本の心の深みも次第に分っていく。それは国技大相撲に対する力士の義務だ。


バルトもそう。できれば日本人女性を娶ってほしい。


白鵬と同じく日本人女性と結婚した琴欧州は嬉しいが、彼に大関以上の地位を期待してももうダメかなぁ・・


一度会って一緒にご飯を食べた(たまたま食堂で)こともある好青年の稀勢の里は迫力不足。


琴奨菊は大関昇進の頃こそ期待したが、今の体たらくを見るともうどうでも良くて・・


密かに期待している鶴竜はいつまで経っても化けず・・


テメーら、いい加減にしろ~、こら
~!!!!!~~~~。。。。

 

 

 

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