【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

6月は国際的味覚の旬




梅雨でじめじめしている日本の感覚からはほど遠いだろうが、6月のイタリアは1年でもっとも美しい季節である。

もっと言えばヨーロッパが1番輝く季節である。

薔薇をはじめとする花々が咲き乱れ、木々の緑が増し、日差しが長くなって生きとし生けるものが目一杯に生を謳歌する。

それが6月である。

結婚また花嫁を讃える「ジューン・ブライド」という言葉もある。

ジューンは6月。ブライドは花嫁である。

「ジューン・ブライド」とは「6月の花嫁は幸せになる」という意味のこもる英語。

元々はギリシャ神話から出た古代ローマ神話のうちの、結婚の女神「JUNO(ユノーまたはジュノー)」に由来する。

6月はまたヨーロッパの大半の地域で、温室栽培ではない(つまり露地栽培の)果物や野菜が出回る季節のはじめでもある。

いや、それらは4月また5月頃から行き渡るのだが、本格的に、豊かに、途切れることなく市場に充満するはじめが6月なのである。

それは8月を越えて9月まで続き、10月になっても名残をとどめる。

それ以後は、温室栽培の品々の独壇場。つまり「季節はずれ」の野菜や果物が圧倒的に多くなる。

それらの野菜や果物はありがたくまたおいしくもあるが、ある日ふと季節はずれの不自然に気づいて、立ち止まることもないではないプロダクトたち。

そんなヨーロッパの、6月半ば現在のイタリアには、多くの旬の野菜や果物が流通している。

そのうちの一つが日本でベラボーに値段の高いサクランボである。

値の張るサクランボを食べるたびに思うことがある。

つまり、値段の高いものを人がおいしいと感じるのは、下品どころか、感情を備えた人間特有の崇高な性質ではないだろうか、と。

例えば僕は今が盛りのサクランボが大好きだが、イタリアで食べるサクランボは日本で食べるよりもはるかにおいしい。

日本とイタリアのサクランボの味は「物理的」にはあまり変わりがないのかも知れない。だが僕は明らかにイタリアのものがおいしいと感じる。

それはなぜか。

イタリアのサクランボはドカンと量が多いからである。

サクランボを大量に、口いっぱいにほおばっているとき、僕は日本ではあんなにも値段の高い高級品を、今はこんなにもいっぱい食べまくっている、という喜びで心の中のおいしさのボルテージが跳(は)ね上がっているのだ。

恐らくこれはイタリア人が感じているものよりも、ずっとずっと大きなおいしさに違いない。

なぜなら彼らは、サクランボの「物理的な」おいしさだけを感じていて、日本の山形あたりのサクランボの「超高級品」という実態を知らないから、従って「ああ、トクをしている」という気分が起こらない。

僕は日本を出て外国に暮らしているおかげで、時にはこういういわば「味の国際化」の恩恵を受けることがある。

しかし、これはいいことばかりとは限らない。

というのも僕は日本に帰ってサクランボを食べるとき、そのあまりの量の少なさに、ありがたみを覚えるどころか、なんだかケチくさい悲しみを感じ、もっとたくさん食わせろと怒って、おいしさのボルテージが下がってしまう。

このように、何事につけ国際化というものは良し悪しなのである。


アンダルシアの熱い初夏



スペイン、アンダルシアにいる。

先月、イタリアを発つ前に投稿予約をしておいたブログ記事「ミラノ万博が悩ましい」が、うまく自動投稿されているかどうかインターネットカフェで確認。

無事に投稿されていた。ちょっと嬉しい。

今後はこの機能も使うことにしよう。

インターネットカフェを通して、日本語環境のPCも利用できることが分かり、この記事を書いてみる。

さらに書けるなら、再び予約投稿用の話も。

ここアンダルシアではアラブ・ムスリム時代の痕跡を訪ね歩いている。

アラブのアンダルシア支配はおよそ800年にも渡った。

結果、多くの文化遺産が残された。

それらの圧倒的な美と過ぎ去った時間に深い感慨を覚える。

過ぎ去った時間への感慨とは、かつて高度な文明を謳歌したイスラム教徒たちが、今日では沈滞し、時には後退し、内戦や貧困や暗い社会不安の中で呻吟している現実の不思議また必然。

それはいつも思ってきたことであり、地中海周遊を決意した理由の一つでもある。

だが、今回はそこに過激派「イスラム国」へのこだわり大きくのしかかっている。

そこに考えを巡らせ続けながら、太陽海岸(costa del sol)で中休み。

宿を取った海の町でインターネットカフェを見つけたのである。

アンダルシアの内陸部では、殴りつけられるような日差しに圧倒された。

特にコルドバの街中で。

午後7時過ぎのその強烈な陽光を浴びて歩きながら、5月でこんなありさまなら7月、8月の盛夏時には一体どうなるのだろうと、恐怖感さえ覚えた。

コルドバの暑熱にはそれほどのインパクトがあった。

太陽海岸の日差しも強烈だ。しかし、内陸のコルドバほどの力はない。

ビーチパラソルの下の寝椅子に横たわって、読書をしている分にはむしろ爽快だ。

それでも暑熱に犯される。

そのときはひと泳ぎしてして涼しくなって、またパラソルの下で読書をする至福の時間を取り戻す。

ビーチで怠惰な時間を過ごすときには小説が一番嬉しい。

実話ドキュメント系の著作や情報本は、カバンに入れていてもまず手が出ない。

ビーチの光の中で想像力を飛翔させて遊ぶにはやはり虚構話が最適だ。

そこでの想像力は、正確には著者のものだから、読む方はその想像力に寄り添って共にあそぶということだが、そんな場合は実利を追うような内容の本はつまらない。

そうした本は仕事場兼の書斎で読む。

最近はインターネットでの検索読み込みもあって、小説世界で遊ぶ時間がだいぶ少なくなった。

だから、ビーチでの読者が余計に楽しい。

ここ最近は、そうした折に読む本は時代小説が多くなった。

たいていは司馬遼太郎と藤沢周平。

ときどき山本周五郎も、という風である。

多くの本好きな若者がそうであるように、僕も若いころには小説書きになりたいと思うこともあった。

ずいぶん多くの小説も読んだ。

だが、そのほとんどは最早もう一度読みたいと思わせる魅力を持たない。

若い時分にはあれほど熱中したのが嘘かと思えるほどに心が冷めているのが大半である。

特に、いわゆる純文学系の作品にはまったくと言って良いほど興味が湧かない。

2度も3度も読み返したくなるのが、僕の場合は前述の3作家なのである。

特に藤沢周平。

ここスペインのビーチで読んでいるのは「回天の門」。藤沢本の数少ない読み残しの一冊。

日本の奇跡、明治維新前夜の世情を描いている。

世界史には多くの奇跡が刻印された。

アラブのスペイン支配も奇跡であり、キリスト教徒によるスペイン奪還(レコンキスタ)も奇跡である。

この奇跡とはもちろん宗教的な意味ではない。瞠目すべき出来事、の意である。

明治維新は東洋の島国で起こった歴史事件だが、アラブ対スペイン、さらには「イスラム国」の台頭とそれにまつわる事変にも匹敵する瞠目である。

そういうことを考えながら、アンダルシアの青い空の下で濃い時間を過ごしている。


ミラノ万博が悩ましい


法廷で裁かれている被告人が、いきなり隠し持っていた拳銃を取り出して発砲し、弁護士や裁判官らを殺害するという、信じがたい事件がイタリアのミラノで起きたが、そこには少しの救いがあった。

犯人が金属探知機の備えられた通常の入り口を避けて、裁判官や弁護士や法廷職員が利用する金属探知機のない特別入り口に、偽造の身分証明証を示して侵入した、という事実があったからである。

ところが、事件の捜査が進むにつれて、当初の見解が誤りで犯人は金属探知機が設置された通常の入り口から侵入した可能性が出てきた。監視カメラの映像がそれらしい動きを捉えていた。

犯人が入り口を通ったとき金属探知機は警報音を発した。ところが警備員はそれを見逃した。犯人の直前に通った男にも警報音が鳴り、警備員はそのチェックに頭が一杯だった可能性があるのだという。

ミラノ裁判所は広大な建物で、荷物搬入用を含む合計6箇所の門口がある。人の出入りも多い。ゲート型探知機は犯人の次に通った男にも警報音を鳴らしたが、警備員は今度はきちんとチェックした。

忙しい動きの中で、拳銃を隠し持った犯人だけがたまたま検閲をすり抜けたということらしい。犯人が黙秘権を行使しているためビデオ映像で確認を取っているものの、画質が悪く捜査は難航している。

僕はそのニュースを知って、先日開幕したミラノ万博のセキュリティーを本気で心配し始めた。裁判所という重要な施設でさえ杜撰な警備システムがまかり通る街で、もしも過激派などの襲撃があった場合に対応できるのか、と気になるのである。

なにしろイタリアはこんな実話まで生み出してしまう国だ。以前にもそこかしこに書いたが、再びここにも記しておくことにする。

拳銃を上着のポケットに入れたまま忘れていた男が、ミラノの空港の金属探知機ゲートを何の問題もなく通過した。彼は飛行機に乗ってから拳銃に気づき、スチュワーデスにそれを預けようとした。

銃は合法的に取得、登録されたものだった。しかし、だからといって機内に持ちこんで良いというものではない。男の武器を見て乗客が騒いだ。

2001年の米同時多発テロ以降、イタリア中の空港はテロ対策で常時厳戒態勢下にある。すぐに手荷物検査の手抜きが糾弾され、安全対策本部のボスの首が飛んだ。これではテロの恐怖に対応できないという訳である。

それにも関わらずに再び発生した公共施設での警備の不始末。空港での出来事と瓜二つのミラノ裁判所の事件は、国や市など当局の警備システムが、ほとんど改善されていないことを示唆しているように見える。

イタリアではきちんと登録をすれば猟銃も拳銃も割と簡単に手に入る。昔から火器技術の発達した国だからごく自然だし、違和感もない。銃の有名ブランド「ベレッタ」もイタリアのものである。

ピストルを上着のポケットに入れてすっかり忘れてしまうような人間がいる事実が、イタリア社会における銃保有率の高さを物語っていると思うが、実はそれは欧米をはじめ世界では少しも珍しいものではない。

日本のように銃の保有を厳しく制限している国の方がむしろ珍しいくらいだ。狩猟の伝統と自衛権を重んじる哲学が銃の保持を許容している訳だが、戦乱や社会不安が人々を火器取得に走らせる国も世界には多い。

イタリアの銃保持率が普通程度に高いのは狩猟が盛んだからだ。同時に、アメリカほどではないにしろ、自衛の為に火器を所持する者はイタリアでも結構多い。その場合は猟銃よりも拳銃が一般的である。

ミラノ裁判所の銃撃犯も飛行機の男も、合法的に取得した拳銃を持っていた。またイタリアでは合法的なもの以外に、マフィア等の犯罪組織関連の不法な銃器保持も多いと見るのが妥当だろう。

それだけにこの国は、金属探知機などを備えた警備システムを誰よりも充実させて然るべきだが、ミラノ裁判所や空港での不祥事などを見る限り、とても自慢できる水準ではないように見える。

イタリアは米国で起こった同時多発テロ以来「イスラム国」やアルカイダなどの過激派組織から名指しでテロの脅迫を受け続けている。カ トリックの総本山・バチカンを擁し、重要な文化遺産も多いこの国は、宗教のみならず欧州文明も破壊したい、と渇望するイスラム過激派の格好の標的になっているのだ。

残虐非道な 「イスラム国」は、ローマを襲撃してバチカンを破壊する、とさえ公言している。彼らがその前にテロリストをミラノの万博会場に送り込む可能性がないとは言えない。万博会場の警備体制は厳しく、万全だとされている。必ず遺漏がないことを祈りたい。


フラメンコに会いたい



今年は6月も少しばたばたしそうなので、少し早めに地中海周遊へ。

地中海周遊あるいは漫遊のイメージは

1.イタリアを基点にアドリア海の東岸を南下する。

2.バルカン半島の国々を巡り、ギリシャ、トルコに遊ぶ

3.シリアやイスラエルなどの中東各国を訪ねる。

4.エジプトからアフリカ北岸を巡覧する。

5スペイン、ポルトガル、フランスなどをぐるりと踏破する 。

というようなもの。

それは気ままに旅をする、ま、漫遊のつもりである。

漫遊よりも少し気取って周遊とも呼んだり。

今回はスペインのアンダルシアを回る。

だからタイトルは「フラメンコに会いたい」。

スペインがアラブ支配下にあった時代の痕跡にも大いに興味がある。

書きそびれていることが例によってたくさんある。この旅でまた書けなくなりそうだ。

一応書きかけや投稿済み分をusbスティックで持ち歩くことにする。

旅先で書き上げたり加筆再録して公のブログ論壇に投稿するかもしれない。

考えを巡らせているのは、銃の重さ、イスラム教と過激派、生と性と死、辺野古、安全保障と日本と沖縄、言論の不自由、オッパイ主義、イワシの頭、・・etc、etc・・

またブログについても。

個人ブログと公の論壇の違い、齟齬、また同一性。ひっかかり。

アンダルシアについては、旅行後に書く計画。

FBに投稿するのは、僕の場合ブログと同じエネルギーを要することが分かってきたので、ブログのみにするつもり。

ブログ更新の自動告知のみで、あとは皆さんの投稿を時々覗く。

てなわけで、9月ではなく6月に会いましょう


地中海難民という「臭い物」にフタをしたいEUの人道主義また排外主義について



続く悲劇

アフリカ難民を満載した密航船が地中海で転覆し、800人以上の死者が出た事故にあわてたEU(欧州連合)は、先月23日に緊急首脳会議を開いて、イタリ ア沖でEUが実施している難民や移民の捜索、救援活動の予算を3倍に増額して年間約1億ユーロ(約130億円)にすると決めた。

地中海には貧困や圧政を逃れてヨーロッパに移住しようとするアラブ人やアフリカ人が押し寄せる。彼らが目指すのは主にイタリアである。アフリカに近いイタ リア最南端のランペドゥーサ島には、そうした難民が恒常的に流れ着く。今年は4月までに既に2万5千人以上人が上陸した。

また2002年から昨年2014年までの間に、イタリアに漂着した地中海難民は合計約46万人。これらの難民の全てがイタリアに留まるのではないが、 彼らの救助と保護、また行き先が決まるまでの間の全ての面倒を見るイタリアの財政的負担は大きく、月々平均7億円弱が費やされてきた。

EUの偽善とイタリアの良心

イタリアはそうした現実に悲鳴を上げたり怒ったり罵倒したりしながらも、海に溢れる難民にせっせと救助の手を差し伸べてきた。できれば難民を見たくないEUはそんなイタリアに苛立って、あの手この手で同国に難民の排斥を促してきた。

EUの難民対策の基本は、逃亡者が不法にEU領域に入ってこないよう国境を防衛すること。そのために同領域に不法に入ってくる者は保護されるべき難民ではなく、難民認定希望の不法入国者と見なされる。EUは漂流している難民を漁師らが勝手に救助することも禁じてきた。

そのために難民ボートがいてもすぐには救助活動に結びつかず、遭難などの悲劇が多発する。EUは海軍も出動するイタリア政府の救護活動にも難色を示し続け た。イタリアは2014年、EUの圧力に抗し切れずに同国海軍による救助活動の縮小を決断した。これが公海でのさらなる死者数の増加につながっていった。

アフリカとイタリアのランペドゥーサ島は距離的には確かに近い。だがその間に広がる海は決して穏やかではない。老朽船や小型船にすし詰めに詰め られて海を渡ろうとする難民は、頻繁に嵐や事故に遭遇して危険にさらされ、多くが命を落とす。800人以上の犠牲者が出た先日の転覆事故もそんな出来事の 一つだった。

EUは本気で重い腰を上げるのか

イタリア近海で難民が死亡する事故は日常茶飯事。2013年10月にも難民500人以上を乗せた船が同じ海域で出火、転覆して300人余が死亡した。一度の事故としては過去最大の犠牲者数だったため、当時は日本を含む世界中のメディアで大きく取り上げられた。

世論の強い批判にさらされたEUは、そのときも抜本的な難民救済策を取る、と国際社会に向けて表明した。しかし、目立った進展はないままに時間が経過し、再び多くの難民が一度に死亡する事故が起きた。そのことに対するEU自体の反省もあって、難民対策の改善が今ようやく進みつつある。

予算を3倍にすると決めたEUの動きは遅きに失した感も否めない。しかし、地中海での難民の救助や保護に1人奮闘してきたイタリア国内には、それを大きな 前進と評価する向きもある。何しろイタリアとアフリカの間の海では毎年多くの難民が命を落としている。

死亡者数は積もり積もって、2000年から2014年 までの合計は分かっているだけでも2万2千人以上にのぼる。だが実際には少なくともその3倍の人数が命を落としている可能性もある。難民は密かに国を出て、密かに船に乗り、誰にも知られずに海の藻くずと消えることも多いからだ。

「アフリカの北朝鮮」の悲劇

イタリアに漂着する難民は、中東とサブサハラを含むアフリカの全体からやって来るが、その中でも特筆に価するのがエリトリア人である。エリトリアはかつて イタリア王国の植民地だったこともあるアフリカ北東部の小国。「アフリカの北朝鮮」とも呼べる軍事国家だが、北朝鮮にも勝るすさまじい圧政がはびこっている。

エリトリアでは独裁者イサイアス・アフェウェルキ が君臨して恐怖政治を行っている。完全な国民皆兵制が導入されていて男女を問わず国民の全員が兵役義務を負う。しかも兵役期間は無期限で あり、軍隊の任務以外にも「ナショナルサービス」と呼ばれる勤労奉仕活動に従事させられる。それはつまり事実上の強制労働である。

圧政から逃れようとしてエリトリアからは毎月2000人以上の国民が逃亡している。そのうちの多くがリビア経由でイタリアに漂着するが、エリトリア人難民 の何割かは地中海で命を落とすのが常態になってしまっている。800人以上が犠牲になった先日の事故でも、そのうちの350人がエリトリア人だった。

横行する密航業者

イタリアに漂着する難民密航船はチュニジア発を除けば、最近はほとんどがリビアからやって来る。それはカダフィ政権時代からの慣わしでもあるが、現在はさらに状況が悪化している。カダフィ独裁政権が倒れた後、リビアは内戦状態に陥った。最近その隙を突いて過激派「イスラム国」が侵入し勢力を拡大させたために、リビアの政情不安はますます深まり混乱の極みに達している。

その混乱に乗じたのが難民を食い物にする人身売買組織とブローカーである。彼らは切羽詰った難民を中東やアフリカ全土から集めて密航船に乗せ、リビアの各 港からイタリアに向けて出発させるビジネスを行っている。それはカダフィ時代から存在する悪徳商売だが、リビアが無政府状態に陥った現在はさらに横行跋扈している。

その状況を見てイタリア政府の中にはリビアへの単独軍事介入を示唆する者さえ現れるようになった。リビアの各港を支配下において、難民を食い物にする人身売買のネットトワークやブローカーを破壊しようというのである。それは決して荒唐無稽な主張ではない。

イタリアは軍事面では世界的にほとんど目立たないが、それなりに無視できない軍事力を有する国である。それに加えてリビアはイタリアのかつての植民地だ。ある程度は勝手が分かる。その気になれば、リビアに侵攻して、イタリアに近い地中海沿岸の港を支配下に置くことは不可能ではない。その程度の軍事力は十二分にある。

課題は難民発生の元を断つこと

だが、それは現実的に難しいだろう。なぜならイタリアを含む西側諸国は近年中東に軍事介入をしてそのほとんどが失敗に終わっている。その上、中東諸国のみならず国際世論からもそのことを厳しく批判されてきた。欧米が「イスラム国」などの過激派に思い切った攻撃を仕掛けられないのも、そうした後ろ暗い過去があるからである。

欧米、特に欧州諸国が団結してリビアに軍事介入をすれば、人身売買まがいのビジネスにいそしむ密航ブローカーらを壊滅させ、且つ「イスラム国」などの過激 派を排してリビアに秩序をもたらすことができるかもしれない。その結果、地中海への難民の流入を止めることがあるいはできるかもしれない。しかしそれは対症療法的な効果しかもたらさない。問題の元を絶つ原因療法にはなり得ないのである。

リビアをどうにかするだけでは地中海の難民問題は何も解決しないのだ。地中海難民が増加の一途をたどる背景には、前述したようにアラブの春の混乱や内戦、 宗教問題や国家間の対立や自然災害などなど、アフリカと中東に特有の多くの問題が絡みつき入り乱れて存在している。そこを根本的に正さない限り難民問題は 決して解決できない。

移民・難民嫌いの者は彼らを助けて目的を達成するべき


解決の第一歩はそれらの国々に政情安定と経済発展がもたらされることである。それは彼らの自己責任によって成されるべきことだ。しかしそれだけでは全く不十分だ。不可能と言ってもいいだろう。そこには先進国の支援がどうしても必要なのである。

日本を含む世界の先進国には移民や難民を嫌う保守系の人々が相当数いる。難民と移民の規定は厳密には違うが、排外主義に凝り固まったそれらの人々に取ってはどちらも同じようにしか見えない。ここイタリアを含む欧州にもまた日本にも多いそれらの排外主義者たちは、国境を固めて難民・移民の流入を防げ、と叫ぶことが多い。

それは愚かな主張である。なぜなら腹を空かせたそれらの人々は、いくら国境を閉鎖しても壁を乗り越え、金網を破って侵入するからだ。飢餓に襲われている者を排斥することはできない。彼らは生きるために文字通り「必死」で国境に殺到し、そこを突破する。

それ故に本気で彼らを阻止したいなら、彼らと彼らの国を支援して人々がそれぞれの国で平穏に生きていけるようにしなければならない。従って、難民や移民を遠ざけておきたい、と願う排外主義者こそ誰よりも率先して、その目的達成の為に「難民・移民支援」にまい進するべきである。


「飛び石連休」という貧困


このテーマでは 過去に何度か書いたのだけれど、ゴールデンウイークにからめて今年もやっぱり書いておくことにした。休むことは大切だと思うからだ。特に働き過ぎの日本人にとっては、なおさら。

ゴールデンウイーク前に日本の友人と電話で話をしたところ、今年は4月29日の「昭和の日」を休んで翌30日(木)と5月1日(金)は出勤し、5月2日(土)から5月6日までが連休という人が多いのではないか、という知らせだった。

しかし、土曜日が休みにならない会社もあるから、5月3日から6日の間だけが連休という勤め人もかなりいるだろう、という悲しい話も聞かせてくれた。

悲しいというのは、人生はできれば休みが多い方が心豊かに生きられる、と信じている僕の勝手な感想である。特に長めの休暇は大切だ。

人間は働くために生きているのではない。生きるために働くのである。

そして生きている限りは、人間らしい生き方をするべきであり、人間らしい生き方をするためには休暇は大いに必要なものである。

夏休みがほとんど無いか、あっても数日程度の多くの日本のサラリーマンの皆さんを見るたびに、僕はそういう思いをさらに強くする。

バカンス大国ここイタリアには、飛び石連休の「飛び石」という発想がない。飛び石は全て繋げて連休にしてしまうのだ。

例えば今年の日本のゴールデンウイークがもしもイタリアにあったとするならば、連休の初めの4月29日の後の同30日(木)と5月1日(金)も、間違いなく休みになるだろう。

つまり、4月29日から5月6日までが全て休み、が当たり前。また恐らく4月29日の前の2日間、27日(月)と28日(火)も休みになる公算が高い。その場合は4月25日(土)から5月6日(水)までがどんと連休になるだろう。

それどころか、5月6日(水)と5月9日(土)の間の2日間(木、金)もついでに休みにして、4月25日から5月10日までのほぼ2週間を全て休む、という者がいても少しも不思議ではない。

飛び石、つまり断続または単発という発想ではなく、逆に連続にしてしまうのがイタリア人の休みに対する考え方である。それは「ポンテ(ponte)」=橋、または連繋と呼ばれる。休日を切り離すのではなく、つなげてしまうのである。

連休というぐらいだからもちろん日本にもその考え方はあるわけだが、その徹底振りが日本とイタリアでは大いに違う。勤勉な日本社会がまだまだ休暇に罪悪感を抱いてるらしいことは、今年の場合で言えば4月30日と5月1日の2日が休みにならなかった事実で分かるように思う。

いつも言うことだが、イタリア人は何かのきっかけや理由を見つけては「なんとしても休む」ことを願っている。休みという喜びを見出すことに大いなる生き甲斐を感じている。

そんな態度を「怠け者」と言下に切り捨てて悦に入っている日本人がたまにいる。が、彼らはイタリア的な磊落が孕む豊潤が理解できないのである。あるいは生活の質と量を履き違えているだけの心の貧者なのである。

休みを希求するのは人生を楽しむ達人たちの行動規範であり「人間賛歌」の表出である。それは、ただ働きずくめに働いているだけの日々の中では見えてこない。休暇が人の心身、特に「心」にもたらす重大は、休暇を取ることによってのみ真に理解できるように思う。

「イスラム国」の標的に定められているローマ



イタリア警察は先日、バチカンを攻撃しフランシスコ教皇を殺害する計画を立てていた疑いがある同国内のイスラム過激派組織を摘発し、破壊したと発表した。 組織はイタリアのサルデニア島を基点に本土でも活発に活動を続け、アルカイダのかつての最高指導者ウサマ・ビンラディンとも深くつながっていた。

イタリアは2001年の米国同時多発テロ以降、イスラム過激派の脅迫を受け続けている。イスラム過激派が目の敵にするキリスト教最大派のカトリックの総本山・バチカンを擁すると同時に、重要な文化遺産に満ち溢れているこの国は、宗教のみならず欧州文明も破壊したい、と渇望するテロ組織の格好の標的になっているのである。

そうした威嚇は主にアルカイダ系の組織によるものだが、これまでのところは目立った深刻な事件は起きていない。だが最近の「イスラム国」の恫喝は極めて現実的なものだと多くのイタリア人は感じている。「イスラム国」が他の欧州諸国で活発にテロを起こしている事実もさることながら、彼らがイタリアの隣国のリビアにまで侵入して勢力を伸ばしているからだ。

「イスラム国」は日本人人質の後藤健二さんを殺害した直後、イタリアから地中海を隔てて約175キロの距離にあるリビアの海岸で21人のキリスト教徒を殺害し、例によってその模様を撮影した恐怖映像をインターネット上に公開した。ビデオ映像には「今後はローマに向けて進撃する」という趣旨のメッセージが付 けられていた。

処刑場となったのはイタリアと向かい合うリビアの地中海沿岸である。対岸にはここイタリアがあり、首都ローマには何世紀にも渡ってイスラム教徒と対立してきたバチカンがある。「イスラム国」はバチカンに挑戦状を叩きつけたのである。彼らはローマを占領し、そこを足がかりにヨーロッパ全土を手中にする、という計画を持っている。

イタリアとバチカンに向けての「イスラム国」の恐嚇は、今回が初めてではない。彼らは既に昨年8月、フランシスコ教皇を殺害すると宣告し、同10 月には彼らの機関誌“Dabiq(ダビク)”の表紙に、「イスラム国」の黒旗がバチカンのサンピエトロ大聖堂の広場に翻る合成写真を載せて気勢をあげた。

「イスラム国」がローマに向けてただちに進軍を開始するとは考えにくい。しかし彼らは、シリアやイラクで訓練された「イスラム国」の戦士をイタリアに送り込む可能性が十二分にある。イタリアからも過激派組織に参加するアラブ移民系の若者が増えている。彼らが帰国して国内で破壊活動をする可能性は決して低くない。

だがそうした脅威はあらゆるヨーロッパのキリスト教国に当てはまる。米英独仏の欧米主要国に始まる全ての欧米諸国は、中東やパキスタンなどのイスラム教徒移民の子や孫が、「イスラム国」などの過激思想の影響を受けて自国に牙を剥く異様な風潮の高まりに危機感を抱いている。

イタリアもその例にもれないが、この国の場合は危険がさらに増している。なぜならイタリアには、隣国のリビアやチュニジアを介して中東難民が大量に流入し 続けている。「イスラム国は」、その膨大な数の難民の中に彼らの戦闘員を紛れ込ませてイタリアに送り込み、テロを起こす計画を持っているとされる。

イタリアにはリビアから近いランペデゥーサ島を中心に中東難民が日常的に流れ着き、その数は年々増え続けて昨年は これまでで最大の約17万人が漂着した。そこには難民を食い物にする人間運び屋、つまり密航業者が暗躍して、事態をさらに複雑にし問題の解決を困難にしている。

やっかいなことにイタリアにはもう一つの大きな問題があって、脅威をさらに募らせる。つまり巨大犯罪組織の存在である。マフィアを筆頭にするイタリアの犯罪組織は、北アフリカに勢力を伸ばしてリビア などを縄張りにしたいと考えている。彼らと「イスラム国」が手を結んで、リビアを占領しイタリア共和国を転覆させようと目論んでいる兆候もあるのだ。

リビアでは、NATOの空爆支援を受けた反政府勢力が、2011年にカダフィ独裁政権を倒して以来、主要都市と石油施設を巡って内戦が続いている。「イ スラム国」の威迫を受けて、イタリア政府はリビアの政治安定のために国連の介入を要請している。しかし混迷を深めるリビアに国連が介入する可能性はほとんどない。

先日、「イスラム国」の脅嚇にさらされておよそ60人のイタリア人ビジネスマンが同国を去って帰国した。リビアはかつてのイタリアの植民地である。旧宗主国のこの国からはリビアに巨額の投資が実行されていて、 2国間には石油関連事業を筆頭に大規模なビジネス権益が絡み合っている。しかし「イスラム国」の脅威は、人々がそれを諦めざるを得ないほど切実になっているのだ。

「イスラム国」はたとえイタリアに上陸しなくても、地中海に進撃して海賊行為を働くかたわら、漁船や、商船や、沿岸警備隊などを襲撃して船舶と乗組員を拉致し、例えば後藤さんと湯川さんの時と同様に彼らの首にナイフを突き付けて見せて、イタリア政府に巨額の身代金を要求するなどの脅迫をすることもできる。そこには極めて現実的な危険が迫っているのである。


赦(ゆる)す心が「イスラム国」を破壊する          ~先ず彼らを潰せ。そして赦せ~




僕は前稿でイエス・キリストが唱道した全き「赦(ゆる)しの心」だけが真に「イスラム国」を破壊できる、と書いた。

だが、われわれはイエス・キリストではない。イエス・キリストの説く赦しの心を理想としつつ、また彼のようでありたいと希求したとしても、われわれの大半は彼の域には到達できない。イエスの明示した世界が理想ならば、われわれの住むこの世界は現実である。

理想に向かって進まなければ理想は実現できない。また理想の存在を知りつつ、且つそこに到達したいと口では言いつつ、「当面は」現実的な解決を目指すというのは、つまり理想を捨てるということである。それは自己欺瞞であり、詭弁であり、偽善だ。

「イスラム国」を真に殲滅したいなら、イエス・キリストと同じ無条件の徹底した赦しの心が必要である。その心とそれに伴う行動だけが、憎しみの連鎖を断つことができる。だがそれは限りなく不可能に近い。

だからこそイエス・キリストは無条件の赦しを人間に要求する。無条件の赦しができるように自らを鼓舞し叱咤し努力せよ、というのがキリストの唱導するところであり宗教の教えだ。

僕はそうしたことを十二分に理解した上で、それでも次の解決策を提唱したい。あるいは世界がその方向に向かっているなら、その立場を追認したい。つまり「イスラム国」は破壊されるべきである。破壊され根絶された後に、はじめて赦されるべきである。

なぜなら彼らは間違っているからだ。彼らがカリフの導く理想国家を目指すのは良い。だがその為に彼らが持ち出した思想やその思想に基づく残虐な行動は許されるべきものではない。間違った思想と行動原理を振りかざして行う彼らの行為は悪であり危険なものだ。

例えば彼らは、何の罪も無い人質の首を斬って動画で晒しものにする、という残虐非道な行為を続けると同時に、イスラム教に改宗しない者は殺し、鞭打つ、と宣言する。また女性は教育を受けてはならず、全身を覆うブルカを着用し、働いてもならない。自由恋愛も禁止し、この禁を破った娘は父親や兄弟や親戚の男らが 名誉殺人と 称して殺しても構わない、などとも考える。

彼らはおよそ市民社会の理念とは相容れない思想信条を持ち、世界がこれまでに築き上げてきた価値観や文明や自由をことごとく否定する。それは洋の東西を問わず、近代的理念を信奉する者にはとうてい受け入れられない態度だ。

アラブ系ムスリム移民を多く抱えて、彼らとキリスト教徒との軋轢がもたらす社会分裂の進行を危惧する欧州の国々の中には、「イスラム国」との対話を模索するべきだという声も少なからずある。ここイタリアにも、フランスにも、またドイツにも。

しかし、今の「イスラム国」との対話が可能だとは僕は思わない。対話の前に先ず「イスラム国」を撃滅するべきだ、と考える。そうやって組織を破壊した後に、組織の残党がいて且つ必要があるならば、そこで彼らと対話を開始すればいいのだ。

破壊するとは、赦さないということである。従って破壊した後に赦して対話をする、というのは大いなる矛盾である。しかし危険や悪を先ず攻撃しておいて、その後に救済するという動きは、人類の歴史上は決して珍しいことではない。矛盾が救いとして作用することはしばしば起こる。

一例を挙げれば、ヒトラーとナチスが殲滅された後に、連合国がドイツに進攻して占領という名の対話を開始して、ドイツを今のまともな道に誘導したこと。あるいはアメリカが同じ大戦で日本の軍国主義を徹底的に破壊した後、戦後日本と「恫喝という名の対話」を続けて、ついにわが国に民主主義を根付かせてくれたことである。

「イスラム国」がもたらす惨禍は、実際のところその組織を徹底的に破壊する形でしか阻止できない。だから破壊するべきだ。だが「イスラム国」の組織と戦闘員を破壊し尽くしても、過激思想は根絶できない。過激思想は必ずまた甦る。あるいは生き続ける。

生き続ける過激思想はやがて誰かを取り込んでは拡大し、将来また新たな「イスラム国」が作り上げられる。人類は、「イスラム国」を破壊することで「イスラム国」を創造する、という自家撞着に陥って問題は永遠に続くことになる。

それでも「イスラム国」は殲滅されるべきだ。なぜなら、そうしなければ「イスラム国」は、人類が間違いと失敗と誤謬を繰り返しながら営々と築いてきた「近代的理念や価値観」を木っ端微塵に粉砕してしまいかねない。だから致し方ない。先ず彼らを駆逐して、それから赦し、対話をする道を模索するしかないのである。

大事なことは、破壊した後に必ず彼らに救いの手を差しのべることだ。つまり、根絶された「イスラム国」の戦士の子供や、家族や支援者の中に芽生える憎しみをやわらげ、和解を求めて一心に行動する。それが破壊した者の義務にならなければならない。その義務を必ず遂行すると確認した上でのみ、破壊者は行動を起こすべきだ。

破壊は憎しみと同義語でありイエスの絶対的な赦しの教えとは相容れない。しかし、それが世俗の問題解決法だ。世俗に生きるわれわれは、憎悪の連鎖に縛られて呻吟しながら、もしも可能ならば、イエスの理想に近づく努力をすれば良い。

だが、世界はそれだけであってはならない。地球上にはイエス・キリストと同じ心を持つ者がいる。あるいはイエス・キリストと同じ心を持たなければ存在価値のない者がいる。それが全ての宗教でありその指導者たちだ。彼らは全き赦しの心を持って「イスラム国」と対峙し、彼らが武器を置いて静かに眠りに就くように説得を続けるべきだ。

残念ながら、「イスラム国」の暴力に暴力で立ち向かう、人々の挑戦は避けられない。世界はこの先ますます騒乱に満ちたものになって行くはずだ。だからこそ、あらゆる宗教指導者は、手を携えて平和を希求し赦しに満ちた世界を標榜し続けるべきだ。中でも特にいがみ合うことの多いキリスト教とイスラム教の指導者たちは、他の誰よりもそれを推進する義務がある。

そうすれば、「イスラム国」が消滅した暁にはあるいは、理想と現実が共鳴しあう「究極の理想世界」が出現するかもしれない。


赦(ゆる)す心が「イスラム国」を破壊する             ~ただひたすらに彼らを赦せ~

僕はキリスト教徒ではない。信仰心が厚い人間でもない。それどころか、あらゆる宗教を「イワシの頭」と規定して受け入れ、尊重し恭敬する者である。従って 信心深いある種の人々にとっては僕は無神論者であり、しかも同時に僕自身も、自らをそのように規定することさえ憚らない人間である。

それなのに僕は先日、「イスラム国」が後藤健二さんの首にナイフを突き付けて殺害する忌まわしい映像を目の当たりにした時、魂が崩れ落ちるのでもあるかのような深い悲しみと、心髄の慟哭の中でひたすら次の言葉を思っていた。

 「主よ彼らを赦(ゆる)せ。彼らは自分たちが何をしているかを知らないのだから・・」

それはイエス・キリストが十字架上で死に行きながら、薄れゆく意識の中で今まさに自分を殺している者らを赦してほしい、と神に祈る言葉である。僕は「イス ラム国」の象徴であるおぞましい死刑執行人「*斬首魔ジョン」の動きを凝視しながら、その言葉を本当に繰り返し思ったのだ。

僕がその言葉を脳裏に浮かべたのは、断じて「イスラム国」を赦す気持ちからではない。それどころか、その時の僕の心中には「イスラム国」への憎悪と怨みと、今思い返せば恐らく「殺意」にも似た報復感情が、ふつふつと湧き起こり逆巻いていた、と告白しなければならない。

同時に僕は、人間の所業とは思えない彼らの行為がにわかには信じられず、彼らは自分たちが一体何をしているかを理解しないまま、行為に及んでいるに違いないと考えた。それはイエスの言葉の記憶からの連想だったが、たとえそうではなくとも、画面に映っている光景は、そんな風にでも考えなければ理解不可能な凄惨な図だった。

僕の思惑は、イエス・キリストの赦しの心とは違う精神作用から来るものだった。しかし今にして思えば、彼らのむごたらしい行為を「人間以前の心を持つ者だけが成せる仕業」とみなして、怒りの矛を収める心理があるいはそのとき既に働いていたのかもしれない。

ひとことで言えば彼らは野蛮な未開人なのであり、人間が同じ人間に対して残虐な行為を働いて憚らなかった時代の、険しい精神のままに生きている者どもである。自らが一体何をしているかがわからない者とは又、暴力の理不尽とおぞましさが分からない狂気に支配された者でもある。

人間以下の心性しか持たない人間に怒りをぶつけても仕方がない・・イエス・キリストの赦しの心とは似ても似つかないが、僕はそうやって「イスラム国」の信じ難い行為を何とかして理解しようと、無意識のうちに心中で葛藤していたのだ、と今になってまた思う。

しかし、そのときの僕には「イスラム国」を赦す心の余裕など微塵もなかった。それどころか彼らは殲滅されるべきだと考え、今もそう思っている。

僕のその赦さない心は、実は「イスラム国」の悪意と復讐心に満ちた心と何も変わらない。彼らの胸中深くにあるのは、「目には目を、歯には歯を~」という同害報復思想に拠るキリスト教と西洋文明への恨みだ。つまり彼らの中にあるのも僕と同じ赦さない心なのである。

憎しみには憎しみを、という復讐の連鎖を断ち切って「ひたすら赦せ」と説いたのがイエス・キリストである。そして「イスラム国」を真に根絶できるのは実は、キリストが唱道したその絶対の「赦し」だけである。その理由を次に書く。

2015年1月20日、「イスラム国」は日本人人質の後藤さんと湯川さんを跪かせた状態で2人の殺害を予告し、「*斬首魔ジョン」は、組織を代表して こう宣言した

“日本国の首相よ

お前は「イスラム国」から8500キロ以上離れた場所にいながら、自ら進んで(対「イスラム国」の)十字軍への参加を志願した。お前は我々の女性と子供たちを殺し、イスラム教徒の家々を破壊す るために、2億ドルを得意げに提供したのだ~”


彼はっきりと「安倍首相は我々の女性と子供たちを殺すために2億ドルを提供した」と明言したのだ。つまり彼らと違う立場から見れば「抹殺されるべき悪魔の集団 」である「イスラム国」の男たちにも、守るべき妻や母や姉妹や娘たちがいる。そして何よりも子供たちがいる。つまり家族がある・・それが生の実相だ。

「イスラム国」の組織を殲滅するとは、彼らが守ろうとしている家庭も同時に破壊するということだ。そして破壊された後の瓦礫の荒野には、彼らの子供たちと女性たちと彼らの慰安者たちが残る。彼らの思想も残る。そして残されたそれらの総体とは、つまり、飽くなき憎しみである。

彼らの憎しみは父や夫や兄を殺した敵への復讐心となって燃え盛り、連綿と受け継がれて行く。憎悪は新たな憎悪しか生まない。それを知っていたからこそイエス・キリストは、敵を赦せ、憎しみを破棄しろ、と自らの命を捨ててまで説いた。

ただひたすらに赦すことだけが、「イスラム国」を静かに、真に消滅させ得る唯一の手段なのである。



*「斬首魔ジョン」
(「イスラム国」のビデオ映像に登場する黒覆面の首切り屋をメディアは「聖戦士ジョン」と呼んでいる。これは報道においては私意や偏向を避ける目的で、報道対 象の自称をそのまま使う、という原則によっている。英語のジハディスト(Jihadist)・ジョンを聖戦士と訳しているのだ。し かし、僕のこの文章は報道記事ではない。僕の意見開陳の作文である。だから僕はおぞましい殺人者ジョンを、僕の感覚で斬首魔ジョン、あるいは首切り魔ジョ ンと規定し、そう呼称する)



赦(ゆる)す心が「イスラム国」を破壊する~先ず彼らを潰せ。そして赦せ~ につづく

ミラノ無法裁判所の西部劇



耳を疑うような事件が北イタリアのミラノで起きた。詐欺破産を巡る裁判の公判が開かれている法廷で、裁かれている被告人自身が突然拳銃を取り出して、弁護士と彼の共犯とされる別の被告らに発砲したのだ。

男はさらに別の階にある判事の部屋に押し入り、中にいた裁判官も銃撃して合わせて3人を殺害した。犯人はクラウディオ・ジャルディエロ被告人 、57歳。事業破産を巡って、詐欺に遭ったと思い込んだ詐欺師が、同僚や裁判官を逆恨みして犯行に及んだ、と判断してもよさそうである。

裁判所の通常の入り口は金属探知機などによるチェックが厳しい。そこで容疑者は偽の身分証明書を作成して、金属探知機が設置されていない弁護士や裁判所職 員専用の通用口に提示して侵入。合計13発の銃弾を放って、殺害した3人以外の傍聴席の人々にも 重症を負わせた。容疑者の拳銃は合法的に取得・登録されたものだった。

通常の入り口を避けて判事や弁護士専用の通用口から闖入したとはいえ、やはり法廷に入る際のセキュリティチェックが甘いと批判されても仕方 がないだろう。犯人が侵入した入り口の金属探知機は事件の数ヶ月前に撤去されていた。それならばなおさら身分証明書などのチェックが厳重になされるべきで あり、何よりも偽造が簡単にできるような身分証明書を発行するべきではない。

法を無視しあるいは敵視して、自らが正義の遂行人となり裁きを行う、というのは中世的な未開思考であり、西部劇も真っ青の無法の容認である。曲がりなりに も先進法治国家の一角をなしているはずの、この国で起こったのはお粗末の一言だ。やっぱりイタリアは何かが緩んでいる、バカだ阿呆だと揶揄されても文句は 言えないところだ。

こういう事件が起きたときには反応が二つに分かれる。一つは単なる偶然だと結論づけてたちまち忘れてしまうこと。もう一つは事件の背後や根っこに何か重大な原因が隠されていると考えて、それを見つけ出し、分析し、警鐘を鳴らして社会に注意を促すことである。

後者は、結果的にまさにただの偶然だった事件を大げさに言い立てて、社会不安を煽るなどの愚を冒す危険がある。しかし偶然に見える事件が、社会の深い疲弊 や疾病に根ざしていることを見逃してしまうよりは、はるかに有益である。そこで及ばずながら僕も、この事件の背後にあるかもしれない病原を少し考えてみた。

前代未聞の事件は「いつもの」イタリア社会のゆるみの顕現というよりも、イタリア社会を覆っている強い政治不信や、財政危機対策にまつわる国民の過重な経 済負担、その結果としての社会の困憊や国民の怒りなどが相まって、司法への不信感が募っているのが遠因ではないか、と思う。そして司法への不信感を形成している最大の要因は「不公平感」だ。

つまり国民は、司法が悪徳政治家や強欲な事業家などの社会悪を罰することなく見逃し続けていると感じているのだ。それどころか司法には、社会悪に正義の鉄槌を下すだけの能力や勇気がないのではないか、とさえ国民は考え始めていて、心中に強い不満を募らせている。

国庫を食い潰すだけの無能な政治家や、脱税・詐欺まがいの動きを繰り返して富を膨らませていく悪徳事業家らは、正直者がバカを見る、という怨嗟を国民に植え付け、司法もそうした「黒い権力」に味方をしている、という国民の巨大な不信感を背景に事件が具現した。その見方が正しいならば、容疑者は一般国民と同 じ被害者だとも考えられる。

そうではないケースも考えられる。それはイタリアの政財界に依然として大きな影響力を行使している、ベルルスコーニ氏に象徴される「勝ち組」の人々の罪過である。20年の間に3期9年余に渡って首相を経験したベルルスコーニ氏は、イタリアの財政破綻をもたらした張本人、というレッテルを貼ら れて失脚した。同時に彼は巨大なビジネス帝国を築いて富を独占し、あまつさえ脱税の罪で実刑判決を受けたりもしている灰色事業家だ。

勝ち組の筆頭でありながら、元首相は常に司法への批判を続けて、支持者の同意を求め司法不信の意識を植え付けようと躍起になってきた。法廷で銃を乱射した容疑者は、あるいは前述とは真逆のベルルスコーニ氏周辺の「勝ち組」の1人であるのかもしれない。一時は事業で成功していたのだからそうした可能性は高い。その場合には彼の犯罪は、富を得た者の思い上がりがさせた行為、とも言える。いずれに してもイタリア社会は病んでいるということだ。

そうした社会不安の行方の不透明さもさることながら、発砲事件はイタリアが抱えるもう一つの懸念にもスポットライトを当てた。つまりイスラム過激派による テロの可能性だ。イタリアはイスラム国やアルカイダなどの過激派組織から常に名指しでテロの警告を受けている。そのうちのアルカイダの威嚇はもう長い間続いているが、これといった深刻な事件はまだ起きていない。

しかし、最近のイスラム国による脅迫は真に迫っていて無視できないと多くのイタリア人は感じている。イスラム国は、キリスト教最大派のカトリックの総本 山・バチカンのあるローマを襲撃する、と公言している。彼らが即座にローマに進撃するとは考えにくい。しかしイスラム国が、シリアやイラクで訓練されたテ ロリストを首都に送り込む可能性は十二分にある。

そればかりではない。イタリアには内戦状態に陥っている隣国のリビアやチュニジアを介して、中東難民が大量に流入し続けている。それは2000年前後に本 格的に始まったが、漂着する難民の数は年々増えて、昨年はおよそ17万人にものぼった。イスラム国はその膨大な数の難民の中に彼らの戦闘員を紛れ込ませてイタリアに送り、テロを起こす計画を持っているとされる。

イタリアでは5月1日から半年間の予定でミラノ国際博覧会が始まり、それが終わるとバチカンによる「大聖年(Jubilee year)祭」が開始される。それは1年間という長丁場の催し物である。国際的にも注目を集めるそれらの催し物は、イスラム国の絶好のテロのターゲットになり得る。

そんな折にミラノの裁判所で驚きの銃撃事件が起きた。そこで暴露された杜撰な警備システムや、保安担当者らの軽いメンタリティーでは、過激派のテロを退けることはとうていできない、と多くの人々が気を揉み出したのも致し方ない。



復活祭のごちそう~子ヤギを食らう罪と快楽~

今日4月5日はキリスト教の「復活祭」である。イタリア語ではパスクア。英語のイースター。イエス・キリストが死後3日目に復活したことを祝う祭。

キリスト教の祭典としては、その賑やかさと、非キリスト教国を含む世界中で祝される祭礼、という意味で恐らくクリスマスが最大のものだろう。が、宗教的には復活祭が最も重要な行事である。

なぜならクリスマスはイエス・キリストの誕生を祝うイベントに過ぎないが、復活祭は磔(はりつけ)にされたキリストが、「死から甦る」奇跡を讃える日だからだ。

誕生は生あるものの誰にでも訪れた奇跡である。が、「死からの再生」という大奇跡は神の子であるキリストにしか起こり得ない。それを信じるか否かに関わらず、宗教的にどちらが重要な出来事であるかは明白である。

イエス・キリストの復活があったからこそキリスト教は完成した、とも言える。キリスト教をキリスト教たらしめているのが、復活祭・イースターなのである。

復活祭のメインの催しは、キリストが十字架を背負って刑場のゴルゴタの丘まで歩いた「via crucis(悲痛の道)」をなぞって、信者が当時の服装を身にまとって各地を練り歩くイベント。

同時に各家庭では復活祭特有のご馳走の嵐が吹き荒れる。中でも特徴的なのは、生まれたての子ヤギの肉を使ったカプレット料理。それにはグルメの国・イタリアの膳らしくヤギ独特の臭いが無く、且つ口にいれると柔らかく舌にからんでとても上品な味がする。

復活祭になぜヤギ料理なのかというと、イエス・キリストが贖罪のために神に捧げられる子ヒツジ、すなわち「神の子羊」だとみなされることから、復活祭に子 ヒツジを食べてイエス・キリストに感謝をする習慣ができた。子ヒツジの肉はやがてそれに似た子ヤギの肉にも広がっていった。

子やぎは癒し系の愛くるしい生き物である。よちよちと近寄ってきたり、無防備に人に体を預けたり、触れられても嫌がったりしないことが多い。目元も顔つきも姿の全体も実にかわいい。

そのせいかどうか、子ヤギ料理は日本では全く人気がない。ヤギ肉を食する習慣がある南の島の、粗大ゴミかと見紛うゴリ顔の男でさえ、イタリアの子ヤギ料理の話をすると皆一様に「????」という表情になって、挙句には「かわいそー」などとのたまう。

だがそれを言えば、子牛の肉や若鶏のから揚げや卵や小魚やいくらなども食べるのは言語道断、「かわいそー」ということになりかねない。食材としての動物は、悲しいことに幼いものほど美味という傾向もある。

人間が生きるとは殺すことだ。人は人間以外の多くの生物を殺して食べ、そのおかげで生きている。肉や魚を食べない菜食主義者の人々でさえ、植物という生物を殺して食べていることに変りはない。

人間が他の生き物の命を糧に、自らの命をつなぐ生き方は仕方のないことだ。も しもそれが悪であり犯罪であるなら、われわれ人間は一人残らず悪人であり罪人である。

乳飲み子でさえそうだ。なぜなら赤子は、生物を食べて生きる母親が与える母乳を頼りに生存している。従って、何かを殺して食べること自体を否定したり非難したりするのは無意味である。子ヤギとてその例にもれない

だが、人間とはまた強欲な存在でもある。ゼイタクのためにも人は生き物を殺す。たとえば究極のグルメとは、親牛の子宮に手を突っ込んで胎子を引っ張り出して、これを料理して食らう、というものである。それは実際に行われてきたことであり、今でも行われていると言われる。

子宮に手を突っ込んで胎子を引っ張り出す、というのは恐らく秘密を守るグルメたちの偽悪の装いか、それらの人々を憎む者たちの陰口だろう。実際には母牛を 屠刹して、胎子を取り出して料理するのではないか。胎子を食らうために母牛までも犠牲にする図は、彼らが自らの「裕福また成金振り」に自己満足を覚えたり、あるいはそれを喧伝したりするには格好の材料 だ。

そうした行為は糾弾されても仕方のないことだ。が、強欲も人間存在の重大な一構成要素だと認めれば、おのずと見えるものが違ってくる。つまり、そうした行為を容認するのは政治的正邪(ポリティカル・コレクトネス)に照らし合わせれば、邪である。だが人間を業に捉われた存在として見れば、なんら奇怪なことではない。

人間から業を取り去れば清浄無垢な何ものかが立ち現れるのだろう。だが、そんな存在はもう人間ではない。神に近い何ものかであり、人間の対極にあるものである。つまり理想という名の虚偽だ。

人間の良さは、業に縛られた存在である己を知り、己の罪深さを見つめて、それから少しでも解放されようと業にまみれて呻吟することである。

理想は実現できないからこそ理想なのである。あるいは実現することが限りなく不可能に近い難事だからこそ、理想なのである。従って理想に向かって懊悩する「プロセスそのもの」が、つまりは理想的な生き方ということなのではないか。

子ヤギといういたいけな生き物を殺して食べるのは、人間の業であり、業こそが人間存在の真実だ。大切なことはその真実を真っ向から見据えることだ。子ヤギを慈しむ心とそれを食肉処理して食らう性癖の間には何らの齟齬もない。

それを食らうも人間の正直であり、食わないと決意するのもまた人間の正直である。僕は一年に一度、イタリアにいる限りはイースターの子ヤギ料理を食べると決めた。

その罪と快楽の一部を示すURLを次に貼り付けて、食材となる子ヤギたちに深く感謝をしたい。

子ヤギレシピ⇒ https://www.google.co.jp/search?q=capretto+ricetta&hl=ja& amp;source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=H9UeVa_xN42p7Abi44CIBA&ved=0CAgQ_AUoAQ&biw=1152&bih=586
         ⇒「画像」へ
 

日伊往来がますます楽しい  


スクランブル交差点大ロング50%アダン手前浜






2年ぶりに一時帰国をした。

帰りのアリタリア機の中にマスクをしてごほごほ咳をしている人が何人もいた。

そこで風邪をうつされたらしく、喉が痛くなり鼻水がとまらず、体もだるく少しの発熱もあったので、3日ほどほぼずっと寝て過ごした。

おかげで時差ぼけをあまり感じないまま4日が過ぎた。僕は体質的に時差ぼけに弱い。時差ぼけもつらいが、風邪もつらいので、どっちにしても難儀な旅の終わりになった。

でも、久しぶりの日本は楽しかった。最近僕は日伊往来をひどく面白く感じる。その感じは年とともに大きくなっていて、ほとんどワクワクする気分である。

何が楽しいのかというと、日伊の違い、つまり文化や景色や人情や食事や空気の違いetc・・がひどく楽しく、かつ嬉しく、面白く、ときめくのだ。


50%中ヨリ50%岩浜






いつものように帰国後は、人ごみに紛れ込んだり、逆に人のいない場所で密かに過ごしたりした。

仕事以外では僕はいつもそうしてきた。大都会とド田舎が好きなのだ。

都会と田舎の落差は、日本とイタリアの違いほどの新鮮な喜びを僕にもたらす。


50%109夕刻引き105UP50%






都会では、たとえば渋谷の繁華街のど真ん中のホテルに部屋を取って、好きな時間に出かけて本屋を巡り、食べ、グッズ店や路地やデパ地下などを覗いてまた本屋に寄って、夜は居酒屋で食べて少し飲む。

田舎では、南の島の海で過ごす。島には大小があり、大は観光客などで結構にぎやかだが、小はまったくの隔絶社会、というところも多い。幸い僕はその中でもひどく辺鄙な小さな島で生まれ育った。


岩と浜50%50%波打ち際






その島の冬の海には誰もいない。白いビーチと水と景色が全て自分のものだ。そんなゼイタクを密かに謳歌する。

50%岩集合中ヨリ















海はしかし、常に少しの恐怖心とともにある。写真の岩は津波によってもたらされたものと言われる。それらはいつもそこにあった。でも昔は誰も津波のことなど考えもしなかった。

岩手前後方広がり50%















2011年3月11日を境に、景色が一変した。それらの岩が外海の深くから掻き出されて、巨大な波に乗って島に投げ上げられる様子が、誰の目にもはっきりと見えるようになった。

歴史の記憶と幻想がもたらす恐怖はしかし、幸いなことに、絶景の中に1人ひたっている実感がもたらす絶大な喜びを挫(くじ)くことはない。

%岩手前半分後方広がり50















日本では僕はそうやって、人海の中の孤独と無人の浜の孤独を交互に楽しむ。それは何ものにも替えがたい深い喜びである。

それなら僕は人嫌いなのか。

断じてそんなことはない。

僕は都会でも南の島でも友人知己と大いに交わり、飲み、食べ、談笑して飽くことがない。

でもそれが終わると、1人静かに孤独の海にたゆたうことをいとわない。むしろそれを希求する。

それは映像作りと書きものの関係に似ている。

映像は1人では作れない。僕というディレクターがいて、カメラマンがいる。音声マンがいて照明担当者がいる。それらの助手もいる。

スタジオ撮影の場合はさらに多くのスタッフがいる。ロケが終わると編集者がいて、最終仕上げにも多くのスタッフがかかわる。

映像は集団で作りあげるものである。

物を書く作業は、逆に1人ですべてをこなす。書斎に1人こもってもくもくと書き、調べ、読み、また書き進める。

社会的作業が映像制作。孤独な作業が執筆だ。

僕はその両方が大好きである。



サンレモ音楽祭とベニスカーニバル

例年2月頃、ここイタリアではサンレモ音楽祭やベニスカーニバルが開催される。両者ともその年によって日にちが多少ずれるが、ほぼ今頃が旬の大きなイベントである。

僕はベニスカーニバルを、主にテレビ番組向けにずい分と取材をした。プライベートでも訪ねた。祭自体も面白いが、ベニスという街に深く惹かれていて、カーニバルにかこつけては出かけてきたのだ。

サンレモ音楽祭は実際に見たことはない。ニューヨークの後にイタリアに移り住んで以来、同音楽祭を取材したいと思わないでもなかったが、企画書を書いた覚えがない。

テレビ番組を作るときは、自らで企画を書いてテレビ局や制作会社に売り込み、金を出してもらう。彼らが取材をしてくれと依頼してくることもあるが、僕の場合はほぼ9割程度が自分で企画を出す。

企画を出すとは、アイデアを具体的な形にして、且つ文章にしたためて金づるに提示するということである。つまり、アイデアを売るのだ。面白くなければ相手は間違っても金を出さない。だから必死だ。

サンレモ音楽祭には、テレビ屋の僕が必死になるだけの魅力がなかった。いや、60年以上も続いている音楽の祭典だ。魅力がないわけがない。僕が魅力を見出せなかったのだ。

魅力を感じなければ企画書など書けない。ドキュメンタリー監督とは番組の第一番目の視聴者のことである。視聴者は番組が面白くなければ見ない。言葉を変えれば、視聴者である監督は、自分が面白いと感じなければ決して企画書など書けない。

サンレモ音楽祭を面白いと思えなかった僕は企画書が書けず、また書く気もなく長い時間が過ぎた。サンレモ音楽祭を面白くないと感じるのは、昔その祭典の中継生放送を見てうんざりしたことが原因。

およそ4時間も続く歌の祭典は、似たような歌がえんえんと続く印象で、僕にはほとんど苦痛だった。しかもそれは、番組が1日で終わる例えば紅白歌合戦などとは違って、普通の場合5日間も続くのである。

カンツォーネといえば響きがいいが、要するにそれはイタリアの演歌のことである。僕は演歌も好きだが、中には陳腐な歌詞やメロディーがうっとうしいものも多い。カンツォーネもまさにそうだ。

似たような節回しや思い入れやメロディーが、陳腐な言葉とともに繰り出される状況は、好きな人にはたまらく嬉しいのだろうが、僕にはつらい。

カンツオーネが嫌い、ということではない。演歌同様に僕が好きなカンツオーネは多くある。傑作とはとても思えない歌を次々に聞かされるのが、陳腐な演歌のオンパレードに接しているみたいで疲れるのである。

これではいけないと思って、実は今年は、音楽祭のテレビ中継を全部見てやろうと気合を込め、番組初日の2月10日にテレビ桟敷に陣取った。でも最初の30分ほどでやはり挫けて投げ出した。

セットや雰囲気や構成は素晴らしいのだが、肝心の歌のコーナーでは僕はやっぱり退屈した。感動のない歌ばかりだった。でもいい歌は必ずあるのだ。だって優勝曲を筆頭に、これはという歌が毎年現れる。そこに行き着くまでが長過ぎるのである。

そこで優勝曲が決まる最終日の14日を頑張って見よう、と待ち構えていたのだがすっかり忘れた。後で知った優勝曲はやはりそれなりに面白かった。決勝戦を見るべきだったと後悔したが、もう後の祭りである。

そんな具合に僕の独断と偏見によって、サンレモ音楽祭はテレビ屋としての僕の興味の枠外に置かれてしまい、長時間のドキュメンタリーどころか短い報道番組にさえならなかった。

が、先のことはもちろん誰にも分からない。


「自己責任論」という無責任論



人質事件の途中総括はどこ?
イスラム国による邦人殺害事件は、人質交換に絡んでいたヨルダン人パイロットも犠牲になっていたことが明らかになって、ヨルダン国民の怒りが爆発した報復空爆が開始され、同時に日本人が今後もテロの脅威にさらされ続けるかもしれない不安と苛立ちを内包したまま、いったん節目を迎えた。

国際社会と組んだ日本の、イスラム国との戦いはこれからも続くことになるだろうが、惨劇を通して見えてきた多くの問題点は、途中総括として分析・検証し議論されるべきなのに、メディアに自粛心理とやらが働いて、いつの間にか安倍政権批判を控える風潮が醸成されているらしい。それは奇怪且つ危険な傾向だ。

そんな折の2月10日、政府は人質事件の検証委員会を立ち上げて初会合を開いた。ところが検証委の10人のメンバーは全員が政府関係者という笑い話。とんだ茶番だ。識者など外部の人間を入れないお粗末な仕組みには、安倍首相の責任を含む政府の瑕疵を隠したい意図が透けて見える。

太平の夢を破られた日本人
イスラム国による陰惨な犯罪は、たとえば東日本大震災のように、事件以前と以後では世界が全く違って見えるほどの衝撃と覚醒をわれわれに与えた。事件は多くの日本人が密かに胸中に抱く、自国が世界から隔絶されて「在る」という錯覚がもたらす安全神話、あるいは太平の夢を粉々に打ち砕いた。

今後も日本人をテロの標的にするというイスラム国の宣言を待つまでもなく、われわれは自らも常に世界の動乱のまっただ中にいるということを認識し、我が身を守りまた他の人々の身も守る手だてについて、国際社会と対話しつつ真剣に考えなければならない時がきた。

その時は実は、2003年のイラク戦争のあたりで既に始まっていた。しかし国際感覚ゼロの日本人は、それに気づかなかった、というのが正しい。イスラム国もその年に誕生した。正確には誕生が決定付けられた。アメリカのイラク攻撃で壊滅したフセイン独裁政権の残党がイスラム国の中核を成すからだ。

日本はその戦争に他の西側諸国連合とともに参加した。当時派遣された自衛隊は、後方支援に回っただけであり、莫大な金銭支援を含む日本の関与は飽くまでも人道支援だという日本の主張は、殴られた側の者たちにとっては身勝手な言い訳とも映る。人質殺害の遠因はそこにもあると言わなければならない。

安倍首相の責任の有無
想像を絶する残虐さで人質を殺害していくイスラム国は完全な悪である。組織は殲滅されるべきであり、遅かれ早かれ有志連合の厳しい追討を受けて壊滅するだろう。後藤さんと湯川さんの死の責任は全てそのイスラム国にある。そこをしっかりと確認した上で、2人の死の意味についてもう少し考えてみたい。

まず何よりも2人の日本人は殺されるべきではなかった。彼らを殺害した責任は、繰り返すが、徹頭徹尾イスラム国というモンスターにある。自己責任さえ問われたりする被害者の後藤さんと湯川さんはもちろん、中東訪問前と訪問途中での問題の対処法に失策があったのではないか、と指摘される安倍首相にも日本政府にも殺害の責任はない。

しかしながら、人質2人を『救えなかった』という大きな責任からは安倍首相も日本政府も決して逃れることはできない。なぜなら日本国政府つまり安倍首相には、日本人である後藤氏と湯川氏の生命を守る義務がある。それは彼らが「自己責任」でイスラム国の支配地域に渡航した事実とは別の、国民国家に於ける国民に対する国家の義務であり縛りの一つだ。

「自己責任」は遍在するが限りもある
自己責任は人が生きていく限り、いつでもどこでもいかなる言動にも付いてまわる。例えば1人の日本人が観光旅行でパリに出かけるのは、まさに「自己責任」である。しかしその人が旅先で運悪くテロに巻き込まれたら、果たしてそれも自己責任だろうか。そんなことはあるはずもない。

自己責任は文字通り「自己の決断」事項への責任であって、自らの意志ではない外部要因にまで求められるべきものではない。自己責任による行動の結果、予期しなかった事態に巻き込まれた者にさらなる自己責任を求めて糾弾するのは、無責任で理不尽な行為だ。

2人の日本人が危険な地域に渡航した自己責任は、より安全と考えられる地域に観光旅行に出た日本人の自己責任よりも、あるいは重いのかもしれない。軽率という考え方もあるだろう。しかし、それ以後に起きた事件に際しては彼らには自己責任はなく、日本政府の側に彼らを「救う責任」が生じるだけだ。

今回のイスラム国による人質事件の場合は、身代金を支払うことで将来新たなテロを呼ぶ危険がある。従って支払いを拒否するべきだ、という意見は真っ当な主張であり判断だった。しかし、2人がそこに渡航し拘束されたのは「自己責任」だから救助しないで放っておけ、と主張するのは飽くまでも間違いだ。

首相と政府は無責任思考に捉われていなかったか
後藤、湯川の両氏が危険地域にあえて渡航したことの責任は彼らにある。だがそのことを持って、テロリストに拘束された2人が「国家の保護の対象外になる」ということがあってはならない。国家はあらゆる方策を「可能な限りの範囲」で行使して2人を救う義務があるのだ。

国が手段を尽くして、それでも2人が殺害された場合は、これは致し方のないことだ。だがそれで2人を『救えなかった』国の責任が消えてなくなる訳ではない。国は、つまり安倍首相は、その意味で非難され糾弾されなければならない。間違いの原因を明らかにして、将来の指針とするためだ。それが開かれた国民国家のあり方だ。

国民国家の原理原則に照らし合わせてみて、そのように国と安倍首相には国民を『救えなかった』という落ち度が既にある。が、今回の事件ではそれに加えて、安倍首相と政権周辺が「後藤、湯川の2人には自己責任がある。だから助けなくても良い」と考え、あるいは暗黙に了解しあって、救出に向けての懸命の努力を怠った疑いがある。

そこまでの明確な意志表現はなくとも、多くの国民が表明した「自己責任論」という無責任論に影響されて、2人が拘束されたことが明らかになった時点で素早く動かなかった。救出作戦の初動に瑕疵があった、という懸念が非常に強い。もしもそれが事実であるならば、安倍首相は2重に非難されても仕方がない。

テロに屈しないのは当たり前、人命救助は義務
日本が中東を支援することは正義だしこのまま続けるべきだ。テロには屈しない、というスローガンも重要だし、そう言い続けてまたそのように行動するべきだ。だが、その裏で国民の生命を守るためにあらゆる手段を用いて必死で動くことが、一国の首相の最重要な仕事の一つだということは、繰り返し確認されなければならない。

憲法改正、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使容認に向けた法整備等々、安倍首相が画策し推し進めている全ての重要案件の大儀は、飽くまでも彼の考えによれば、最終的には常に「国民の生命と財産を守るため」にである。それらの分野では首相は渾身の力を込めて努力をしている。

その本人が人質になった2人の国民の生命を守るために全力で動かなかったとするなら、それは遺憾を通り越して危険な兆候でさえある。なぜなら首相は、対峙する事案によって立ち位置を変える、ダブルスタンダードで国の舵取りをしていることになるからだ。

政府が人質2人の救出に向けて本気で動いていなかったことを疑わせる最も大きな出来事は、2人を拘束しているイスラム国の目の前と言っても過言ではないエジプトで、首相が「イスラム国(ISIL)がもたらす脅威を少しでも食い止めるため、イスラム国(ISIL)と闘う周辺各国に総額で2億ドル程度支援します」と演説したことだ。

首相が得意気に行った演説を待っていたように、イスラム国は人質2人を盾に安倍首相と日本を脅迫し、最終的には後藤さんと湯川さんを虐殺した。言うまでもなくイスラム国は、その演説がなくても2人を殺害したかもしれない。だが名指しで非難されなかったなら彼らは、あるいは2人の命を奪わなかったかもしれないのだ。

本音と建前は外交・交渉の常識
イスラム国が日本人人質の動画を公開して脅迫を始める直前、同じくテロ組織に拘束されていたイタリア人の女性ボランティア2人が解放された。イタリア政府の公式の立場は、いつものように「身代金は払わない」「テロには屈しない」である。それは米英を除く欧米各国のスタンスと全く同じで、本音と建前を使い分けた宣言だ。

つまりイタリア政府は、2人の人質の解放と引き換えに1200万ドル(約14億円)をイスラム国に支払った、というのがほぼ「公然の秘密」なのだ。フランスとドイツを始めとする欧州各国も同様の動きをしている。それと同じことをしろとは言わないが、政府はそうした選択肢も含めたぎりぎりの外交・交渉を秘密裡に、真剣に、必死に行う義務がある。

2人の日本人の身代金として要求された2億ドルはいかにも高過ぎ、イスラム国が本気で身代金を求めたかどうかはっきりしない点もあることはある。しかし、安倍首相は「テロには屈しないし身代金も支払わない」という建前は崩すことなく、要求金額の値引き交渉を含むあらゆる手立てを使って、2人の人質を救う努力をするべきだったのだ。

その努力は、中東での切羽詰った状況の中だけではなく、湯川さんが拘束された昨年8月に始まり、後藤さんが拘束されて彼の家族に身代金(約10億円)の要求があった11月初めの時点で加速されるべきだった。政府は2人の拘束と身代金要求の事実も全て把握していたのだから。

そうやって中東訪問までの2ヶ月の間に、首相は、家族に要求された身代金を国が舞台裏で肩代わりして支払うか支払わないかの判断を含む、あらゆる救出法を真剣に模索して何らかの結論を得ておくべきだったのだ。彼はそれをしないいまま中東に行き、今度は2億ドルという途方もない額に跳ね上がった身代金を「公開」で要求される羽目に陥った。それら一連の動きからは次のようなことが見えてくる。

安倍首相は先ず「自己責任論」という無責任思考に捉われて初動を間違え、その誤謬を抱えたまま中東を訪問した。そこで軽率のそしりを免れない演説をした直後、イスラム国の脅迫に遭って仰天・動転しまくった。その証拠の一つが英国首相に向けて彼が「公言」した「身代金は支払わない」という余計な一言だ。そうやって本音と建前をしたたかに使い分ける外交能力の欠落がまたさらけ出され、遂には2人の邦人の殺害という最悪の事態がやってきた・・。

という推論は完全に的外れだろうか?


マタレッラ伊新大統領~反マフィア・反ベルルスコーニの旗手~


今年6月で90歳になるイタリア・ナポリターノ大統領が辞任したのを受けて、後継者を選ぶ大統領選が行われ、元国防相で憲法裁判所判事のセルジョ・マタレッラ氏が選ばれた。

国父とも慕われたナポリターノ大統領は、1期目7年の任期が終わろうとしていた2013年、政治混迷の中で議会に強く請われて2期目の大統領選に出馬し、当選した。

その時既に87歳だった同大統領は、政治混乱が収束した時点で辞任したいと明言し、議会も国民も納得した。絶大な人気を誇った老大統領は先日、約束通り任期途中で引退した。

マタレッラ新大統領は73歳。選挙では民主党所属のレンツィ首相の支持を受けて、国会議員と地方代表を合わせた総数1009票のうち665票を獲得した。予想以上の勝利は、反目するベルルスコーニ元首相のグループが切り崩されたからである。

マタレッラ大統領の誕生は、彼を強く支持したレンツィ首相の、初めての政治的な勝利と言っても過言ではない。なぜなら39歳という若さを売り物に政権を担ってきた同首相は、ここまでほとんど何の実績も残していないからである。

レンツィ首相は内部分裂の激しい民主党と、中道右派を含む連立与党の全てをマタレッラ支持で一つにまとめた。マッタレッラ氏は過去に何度もベルルスコーニ元首相と対立している。彼を支持することは即ち元首相への反目を意味する

元首相は脱税で有罪判決を受け、議員資格を失いながらも依然として政界に大きな影響力を行使している。レンツィ首相は、反ベルルスコーニ色の強いマタレッラ氏と組むことで元首相に打撃を与え、彼の影響力を削いだと考えられている。

マタレッラ新大統領は、イタリア・マフィアの本拠地シチリア島出身。彼の政治家人生は、そのマフィアとの関わり合いの中で始まり、決定付けられた。

マタレッラ家はシチリアのケネディ家とも称される名門政治家一族。父親のベルナルド・マタレッラは島の有力政治家であり、1950~60年代には閣僚も歴任した。また実兄のピエルサンティはシチリア州知事に登りつめた。

若き日のセルジョ・マタレッラは政治には興味がなく、学者としての道を歩んでいた。しかし1980年、大きな転機が訪れた。その2年前にシチリア州知事に選出されていた実兄のピエルサンティが、マフィアの襲撃を受けたのである。

州知事の兄はマフィアとの対決姿勢を鮮明にして活動していた。1980年1月6日、州知事が公顕祭(Epiphany :キリストの姿が公になったことを祝う祭り)のミサに出席するため家族と共に車に乗り込んだ時、マフィアの刺客が知事に向けて8発の銃弾を打ち込んだ。

たまたまその場に居合わせた弟のセルジョ・マタレッラは、救急車に乗り込んで虫の息の兄を膝に抱いたまま病院に向かった。兄の体とそれを掻き抱いている弟の体が鮮血にまみれ車中に血の海が広がった。

州知事は病院に着く前に死亡した。弟のセルジョはその日いっぱい、急報に接して次々に病院に駆けつける家族や友人知己の対応に追われた。そのときの彼の衣服は兄の血でぐっしょりと塗れたままだった。

その凄惨な経験がセルジョの人生を180度変えた。彼はマフィアの銃弾に倒れた兄の後を継いで政治家になる決断をした。心中にあるのはマフィアへの怒りと犯罪組織を合法的に殲滅するという決意だった。

寡黙で節度ある物腰が人々の尊敬を集めていた法学者セルジョ・マタレッラは、3年後に下院議員に初当選して政界入り。筋金入りの反マフィア政治家へと変貌 を遂げた。政治家になってからも彼の控えめな態度は変わらず、その慎重な物腰が逆に彼のしたたかさを際立たせる、とも評価される。

アンドレオッティ内閣で教育相を務めていた1990年、セルジョ・マタレッラはベルルスコーニ元首相所有の企業に大きく利すると見られた「メディア自由化法案」に猛烈に反対。抗議の為に教育相を辞任した。以来彼は反ベルルスコーニの旗手としての顔も持つことになった。

レンツィ首相はそのマタレッラ氏を担ぎ出すことで、反ベルルスコーニの旗印を鮮明にし、且つ勝利した。今後は首相と大統領が手を組んで改革を進めることになるだろう。そして恐らく彼らの行く手には、ベルルスコーニ元首相が常に立ちはだかることになる。

イタリア大統領は国会を解散し、総選挙を行い、首班指名をする権限がある。しかし政局が安定している場合、それらは儀礼的な役割に過ぎない。ところがそれ は政局が不安定化すると一転して強い権力になる。そしてイタリアは政治不安が頻繁に起こる国である。結果的に大統領は、重要な意味合いを持つ地位、というこ とになる。 

反マフィア、反ベルルスコーニのシンボルであるマタレッラ新大統領は、経験不足が露呈しつつある若きレンツィ首相の、起死回生に向けてのあるいは起爆剤 の役割を担う存在になるかもしれない。それは取りも直さず、2人がベルルスコーニ元首相の影響力を徹底排除する方向に動き出すことを意味している。


成るかチュニジアの民主化

50%父子引きチュニジア香炉引き50%

北イタリアのスーパーの一角でアラブ産陶器を売るチュニジア人父子


仏テロの次は日本人人質事件、と年明け早々展開の速い事件が続いている。筆の遅い僕はそれらについて書こうと思いながら時間が過ぎ、昨日はとうとうイスラム国に拘束されていた日本人の1人湯川遥菜さんが殺害されたとするニュースが世界中を駆け巡った。

イスラム過激派の蛮行が続いて、ここ欧州では無辜(むこ)なイスラム教徒や同移民への反感や偏見が増長している。過激派を糾弾することが一般のイスラム教 徒への憎しみにつながってはならない。しかし、イスラム教徒への同情が過激派への援護になるような事態もまた避けなければならない。

昨今は混乱の中で、あってはならないことが同時にあるいは次々に起こっている。いずれの主張や立場や言動にも一理があり且つ間違いがある、というのが真実 である。僕自身は基本的に揺らがないスタンスを持っている。つまり「表現の自由」とは過激なことも差別的なことも含めて何でも表現することを良しと する、ということである。

それはある種の人々には決して受け入れられない考え方である。信じる者にとっては絶対である神以外は、あらゆる事象は2面性を持っている。が、実は神そのものも2面性の矛盾からは逃れられない。なぜなら神を信じない者にとっては、それは絶対どころか存在さえしないものだから。

今世界を揺るがしている表現の自由や宗教風刺画やテロといった深刻な事案の特徴は、極めて折り合いのつけにくい2面性の共在だ。どこを切り取って見ても、あちらを立てればこちらが立たず、という状況になって妥協が難しい。

それでも妥協点を探りつづけ、折り合いの付け所を見つけようと努力するのが文明社会の鉄則だ。しかし、こと「表現の自由」に関する限りは、僕はあえて譲歩をすることなく、2面性のあちらとこちらに立つ者がお互いの主張を永遠に言い合い、同時に「言い合うことを認め合う」間柄でいれば良いのではないか、とも思う。

芸術表現においては、それは自明のことである。問題は政治的な観点での表現の自由だ。そこでは表現者を銃剣で殴殺する「ヒョウゲン」もあると考える、権力者を含むテロリストへの怖れから、表現の制限が言われる。つまり表現の自由がそこで死ぬ。

僕はあらゆるものの持つ2面性を認める。つまりそれは僕に真っ向から反対する人々の主張も尊重するということだ。本気でその態度を貫けば、表現を暴力で圧殺することはあり得ない。

もちろん言葉の暴力や風刺画の暴力など、表現にまつわる「不快」は常につきまとう。だがその「不快」は生きている限り、つまり銃剣によって抹殺されない限り、必ずどこかで解消可能なものだ。それこそ表現によって。

僕はそのことについて既にブログに書き出していて、この先もしばらくはそのテーマで記事を書いていくつもりだが、ここでは昨年末から書きそびれていることを急いで書いておくことにした。実はそれも「表現の自由あるいは不自由」に関する連続テーマの一環だ。

2014年12月21日、ジャスミン革命の地、チュニジアで大統領決戦投票が行われた。決選投票の約一ヶ月前に行われた大統領選には、27人が立候補し過半数を獲得した候補は出なかった。

そこで1位と2位に入ったカイドセブシ氏(87)と、人権活動家の暫定大統領マルキーズ氏(69)の間で決戦投票が行われ、前者が勝利した。

冒頭の写真は大統領選の直後、僕の住む北イタリアの村のスーパーの一角(市場)で、チュニジア製の陶器を売る同国出身の父子、モウラド(Mourad44)とシェディ(Chedy17)である。

父親のモウラドは、大統領選でカイドセブシ氏が勝ったことをとても喜んでいた。理由はカイドセブシ氏の方がよりCattivo(カッティーヴォ)だからだという。

Cattivoとはイタリア語で嫌な奴とか悪い奴とかを意味する。カイドセブシ氏を支持すると言いながら矛盾するような表現だが、モウラドは実はその言葉を「強い人格」という意味で使ったのである。

つまり2011年のジャスミン革命の後、政治経済ともに低迷・混乱している彼の母国チュニジアには、強いリーダー「Cattivoな政治家」が必要で、カイドセブシ氏こそ適任だという訳である。

モウラド一家は、イスラム過激派とは何の関係もない、それどころか無法なテロ組織を憎む、普通のイスラム教徒である。イタリアを含む欧州には、モウラド一家と同じ多くの罪の無いイスラム教徒が住んでいる。

モウラドと彼の家族の場合には、混乱が続くアラブ諸国の中で比較的民主化が進んだチュニジアからの移民、というのが少し毛並みが違う。チュニジアはアラブ世界の民主化のロールモデルになり得る可能性を依然として秘めている。

父子は母国で民主的な選挙が行われたことを喜び、勝利したカイドセブシ氏がうまく国をまとめてチュニジアに真の民主主義を根付かせてほしい、と熱心に話していた。

新大統領のカイドセブシ氏は87歳と高齢だが、彼が党首を務めるニダチュニス党は先に行われた議会選挙でも勝利を収めて、いよいよチュニジアの本格的な民主化へ向けて動き出すと期待されている。

チュニジアは憲法で大統領の権限を国防と外交に限定し、内政を首相に一任する形を取っている。権力が一箇所に集中して独裁性が高まることを阻止するためである。長い独裁政権の下で苦労した経験からの知恵である。

しかし、カイドセブシ氏のニダチュニス党は昨年10月の議会選挙でも勝利していて、首相と大統領の両ポストを握ることになるため、独裁化を危惧する声も上がっている。

仏テロから邦人人質事件など、イスラム過激派の動きが世界を震撼させる中、アラブ諸国内での過激派への対抗勢力としてもっとも期待されるのが、民主主義や民主国家の誕生である。

その先頭を行くのがチュニジアだ。アラブの春の動乱に見舞われている国々の中では、チュニジアの民主化がもっとも進んでいるとされているのである。

ところが、同国からは多数の若者が出国して、シリアとイラクにまたがる地域を拠点にするテロ軍団「イスラム国」に戦闘員として参加するなど、不穏な事態も多く発生している。

矛盾と不安と混乱が支配するチュニジア社会をまとめて、そこに民主主義を根付かせることができるなら、カイドセブシ氏はアラブ世界の救世主として歴史にその名を残す可能性も大いにある。

なぜなら、独裁政権を倒したチュニジアのジャスミン革命がアラブの春の呼び水となったように、今度はチュニジアの民主化が他のアラブ諸国の先導役となって、同地域に横行する独裁政権や過激派が一斉に排斥され、アラブ世界全体に真の民主化が訪れないとも限らないからだ。


シンゾー・アベ首相 where are you?

仏デモ引き見出し込み


写真はフランスの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」本社 襲撃事件と一連のテロに抗議して、パリで行われた大規模デモの模様を伝える、イタリアきっての高級紙「コリエレ・デッラ・セーラ」の一面である。

この写真と全く同じ絵や映像が、デモ当日の1月11日午後以降、世界中を駆け巡った。WEBなどにはより鮮明な写真が幾らでも載っているが、あえて新聞を接写した。

デモの模様は、イタリアのみならず欧州の大半のメディアで一面トップで大々的に報じられ、その映像はインターネットに親しむ者を含む多くの人々の脳裡に深々と浸透した。

それは繰り返し報道され、15日現在もそこかしこで掲載、放映されている。2015年1月11日は、テロが起きたその4日前の1月7日とともに、欧州をそして世界を揺るがした日として記憶され続けるだろう。

フランス全土では史上最大の370万人、パリだけでも推計200万人近くが参加したとされるデモには、世界約60の国や地域の代表も加わって行進した。

主催者のオランド仏大統領に賛同した主な顔ぶれは、英キャメロン首相、メルケル独首相、スペインのラホイ首相、イタリアのレンツィ首相等の欧州首脳。またイスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長も顔をそろえた。

そこに安倍首相の姿が見えないのが僕はとても残念である。もしも参加していたならば、安倍首相はきっとデモ最前列の中央、オランド大統領の近くに陣取るように要請されて、堂々と行進をしていただろう。

なぜならば、遠い極東の、重要国のトップである安倍首相の参加は、反テロで世界が結束する姿をさらに鮮明にするものであり、宣伝効果も絶大だからだ。

事件そのものや背景に関しては、新聞の宗教風刺画の是非をはじめ多くの論点があり、僕自身もまた意見を言うつもりでいる。

ここでは、反テロを強くアピールしたこの大舞台に、安倍首相が参加しなかったことの意味だけを少し考えてみたい。

安倍首相には誰よりも先にこのデモに参加してほしかった。いや日本国のイメージと首相自身のそれのためにも彼はぜひとも参加するべきだった。

そうすることによって彼は、極右に近いナショナリストや歴史修正主義者などと規定されて、国際社会から疑惑の目で見られている立場をあるいは改善させ得たかもしれない。

そうした非難がすぐに消えることはなくても、暴力と殺戮を指弾する国際社会への連帯を示した、としてポジティブな大きな評価を得たであろうことは疑いがない。

昨今の日本国自体の「政治的」立場は、国のトップの悪評によって日々脆弱化している。デモへの首相の顔出しは、ネガティブな今の状況にも資するものがあったはずだ。その意味では本当に残念なことだった。

僕は今回のデモの様子を幾つもの国際衛星放送やWEBで繰り返し見ながら(見せられながら)、2005年のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の葬儀の際に露呈した、日本政府の世界感覚からズレた言動をまた思い出してしまった。

歴史に大きな足跡を残したヨハネ・パウロ2世のローマでの葬儀には、欧州を始めとする世界各国の若者や信者が500万人も押し寄せた。

また極めて多くの国々の首脳や元首が馳せ参じたことも、強く記憶に残っている。参列国のリストを見ると、トップや元首を送り込んでいない国や地域を探すのが難しいくらいの壮大な式典だった。

当時小泉純一郎氏が首班だった日本政府は、教皇の葬儀が外交的にいかに重大な舞台であるかを微塵も理解しなかった。

首相あるいは皇室の誰かが出席してもおかしくない場面で、日本は外務副大臣を送ってお茶を濁し、世界の笑いものになった。が、当時の日本政府には世界に嘲笑されているという意識さえなかったのである。

安倍首相は「地球儀を俯瞰する外交」 を唱え、積極的平和主義を標榜して、就任から2年足らずの間に約50ヶ国もの国を訪問してきた。それと平行してテロとの戦いへの協力もしばしば明言してきた。

それでいながら、多くの国の首脳が一堂に会したパリでのデモ行進に不参加というのでは、反テロを表明する彼の真意がどこにあるのか、と疑われても仕方がないのではないか。

肝心な時に国内に留まって 、世界の誰の心にもほとんど届かない事件の犠牲者に対する哀悼や犯行非難声明を発するだけでは、歴史認識問題等で国際世論との大きなズレを指摘されて窮地に立たされている、安倍首相自身の評判を回復する手段の一つとしてはいかにも弱いといわざるを得ない。




本土はいつまで沖縄にたかるのか



僕も寄稿しているネット論壇「アゴラ」主催者の池田信夫氏が、またもや沖縄を貶める刺激的な記事を発表している。歯に衣着せぬ論はいつものように明快だが、違和感もあるのが正直なところだ。

僕の故郷は沖縄である。愛する故郷を愚弄されて黙っていられるか!という訳で反論を書かせていただく。故郷愛に目が曇ってあるいは論が過激になるかもしれない。その場合はあらかじめお許しを願っておきたい。

沖縄が本土に金をたかっている、というようなえげつない言い回しを相変わらずするのなら、本土は一体いつまで安全保障を沖縄にたかるのか、という視点での論議もなされるべきである。

米軍基地(専用施設)の74%を押し付けられている沖縄が、日本国全体の安全保障の大分を担っている事実を無視して、補助金云々の議論ばかりに終始するのはいかがなものか。

確かに沖縄の心とやらを持ち出して、沖縄を甘やかす極左翼的発想も問題だが、補助金の額ばかりを持ち出して県民を貶めるのは、構造的沖縄差別の発露だと見られても仕方がないのではないか。

そうした説にネトウヨ始めお定まりの右翼系の人々が乗っかって、沖縄に感謝するどころかこれを侮辱する構図はまことに見苦しい。彼ら自身のみならず、日本国の品位をさえ貶める行為である。

本土はもうこれ以上安全保障で沖縄にたかり続けることは許されない。基地問題の歪みの原因の一つは、日本国民のほとんどが「安全(保障)をタダ」かタダに近いものと思っているところにある。

世界から見たらそら怖ろしい幼稚性だ。ほとんど愚民に近い。安全保障をタダだと 思っているから多くの国民が、沖縄にたかりつつ逆に島が本土に金をたかっている、と鉄面皮で下卑た非難をする。

沖縄への補助金は、安全保障のための国防費の一部として提供されて当たり前だ。米軍基地は迷惑施設なのだから、原発の地元に補助金が行くのと同じ構図で何の問題もない。

言うまでもなく、その額が妥当かどうかという疑問はある。従って米軍が日本から完全に撤退した場合の、日本独自の防衛予算がどれ程の額になるかの議論がなされるべきだ。

そうすれば、米軍が駐留することによって国が得ている利益が弾き出され、そこから沖縄の国防負担分の金額がきっちりと導き出される。なぜ国はそれをやらないのか。

実はそんな計算は、とっくの昔に霞ヶ関の魑魅魍魎、つまり官僚どもがやっていることだ。国防には今も膨大な金が掛かっている。米軍が沖縄からまた日本国全体から撤退した場合には、その額は天文学的な数字になるだろう。核武装の可否さえ必ず議題にのぼるに違いない。それよりは沖縄に基地を押し付けておく方が安上がりなのだ。 だから国は沖縄に金を出し続けている。

権力にぴたりと寄り添う官僚と官僚組織は、口が裂けてもそのことは言わない。が、気を入れて探ればすぐに分かることだ。沖縄基地を巡る日本政府とアメリカ政府の姿勢を支え、助長し、且つ隠蔽すると同時に、その力の中核でさえある彼らこそ、構造的沖縄差別の震源とも呼べる存在だ。

戦後、日本は米国との友好関係に助けられて、国防費の支出を抑え、それが経済発展の推進に大きく貢献した。安全保障のただ乗りとまで言われた本土の裕福な状況はそこにも由来する。

その抑えた国防費の多くが、本土から切り離されたまま多大な米軍施設を押し付けられてきた沖縄の犠牲の上に成り立った。そこを忘れてはならないのではないか。言い古されたことだが、あえてここでも指摘しておきたい。

繰り返しになるが、そうした犠牲に対する補償は当然である。その額が妥当かどうかという議論は、前述したようにもちろんなされるべきだ。その上で額が過剰だという結論が出るならば、そのときに沖縄を責めても遅くはない。

同時に、沖縄の一部の人々が後生大事に抱え込んでいる被害者意識と、そこから生まれる本土への甘えは、池田さんが指摘するように最早許されるべきものではない。

本土に対等な扱いを要求するなら、沖縄自身も過去を忘れることなく、だが過去にこだわり過ぎずに、未来志向で経済的にも政治的にもさらに努力をしていくべきである。

さて、ここで池田説に賛同される皆さんに伺いたい。

沖縄の米軍基地の地元に降りる政府の補償金が、特別視されるほどに手厚いものなら、どうして全国の自治体は手を挙げて「ここに基地を持ってきてくれ」と言わないのだろうか?

日本の自治体は東京以外のほとんどが財政難で苦しんでいる。もらえる物なら、沖縄に落ちる補助金が喉から手が出るほど欲しい筈だ。ならば基地をそれぞれの地元に誘致して、補助金を獲得するべきである。

昨年1月の名護市長選挙と、年末の県知事選挙で出た辺野古移設NOの沖縄の民意とは、金よりも基地重圧のない土地を返してくれ、というものである。それは尊重されて然るべきだ。

補助金よりも貧しさの中の誇りを選んだ沖縄の民意が真実なら、普天間基地を招致したいと本土のどこかの自治体が手を挙げれば、沖縄は喜んでそれを受け入れるに違いない。

僕は沖縄にはある程度の米軍基地は必要だと考える。重要な戦略的位置にあることは否定できないし、年々凶暴化する中国への備えの意味でも重要だ。しかし現状は余りにも多過ぎる。

辺野古移設問題を語るときに忘れがちだが、沖縄には面積約20平方キロ、約3700メートルの2本の滑走路を持つ東アジア最大の嘉手納空軍基地を始め、本島の20%近い土地に米軍施設が居座っている

普天間基地はそのほんの一部に過ぎないのだ。補償金あるいは振興予算が、あたかも普天間基地の辺野古移転分のみ、という印象操作にも似た議論も間違っている。

最後に「沖縄県には辺野古移転を拒否する権利がない。日米地位協定で、米軍は日本のどこにでも基地をつくれるので、日本政府も沖縄県もそれを断れない 」という池田さんの指摘は正しい。

だがそれを唯々諾々として受け入れている日本政府はクズだ。日米地位協定は、米国が絶対で日本はそれに従う、という奴隷の発想から出たものだ。協定のおかげで米軍は沖縄で傍若無人に振舞う。沖縄はそのことにも激しく怒っている。

日本と同じ敗戦国、僕が住むここイタリアにも米軍基地はある。が、米軍が住民を無視して暴虐行為を働き許されることなど決してない。沖縄で米軍がしばしばそんな行動に出るのは、奴隷契約「日米地位協定」があるからだ。

日本政府は日米地位協定の見直しを米国に迫りつつ、選挙で示された沖縄の民意を真摯に受け止めるべきだ。自国の小さな一部である「たかが沖縄ごとき」の悲しみや苦しみさえ救えないなら、日本国にはもはや民主国家と呼ばれる資格などない。

また沖縄県民が、今やもう差別だ、と恒常的に口にするようにさえなってしまった基地の過重負担と、それを見て見ぬ振りをする国民の存在も、前述したように日本国の品位を深く貶めている。

日本国民はもうそろそろ偽善の仮面をかなぐり捨てて、沖縄の基地問題に真正直に向き合うべきである。なぜなら基地は安全保障の問題であり、安全保障は全ての国民の問題だからだ。


安倍首相への公開状 ~真正保守への脱皮を促す~



安倍晋三総理大臣

遅ればせながら、総選挙での大勝また長期政権への展望、まことにおめでとうございます。

長期政権への疑念

あらかじめ申し上げておきます。残念ながら私は安倍政権を支持する者ではありません。あなたが推し進めているアベノミクスは長い目で見た場合は方向性が間違っていると以前から思っていますし、歴史認識や安全保障を巡る政策にも違和感を覚えています。私はわが国の政治の安寧と発展を願いながらも、安倍政権の長期化には懸念を抱いている者です。

しかし、だからと言って、私は冒頭の賛辞を皮肉や揶揄で口にしたのではありません。突然解散を行ったあなたの政治屋(政治家ではありません)としての鋭い嗅覚とセンスと、低い投票率(投票に行かなかった国民は国民自身の咎なのであって、決してあなたの責任ではありません)とはいえ、国民の圧倒的な支持を得た事実に心から敬意を表し賞賛を申し上げています。

私は日本で大学を終えた直後に学業で英国に渡り、その後メディア関連の仕事で米国とイタリアに移り住みました。現在はここイタリアで、人々の日本意識と日々向き合い、同時にBBC、Al Jazeeraなどの英語圏の衛星放送やインターネット等を介して、グローバル世界の日本意識とも相対しています。同じ手法で日本の情報にも密に接しているのは言うまでもありません。

長い外国生活の全ての過程で、私は故国を眺めては時には批判をし、懐かしがり、誇りに思い、悲しみ、喜んだり呆れたりしながら生きてきました。ここでは私のそうした経験から見た安倍さんの「グローバル世界におけるイメージ」について考えてみようと思います。

イメージとは、火のないところに立つ煙のようなものです。つまり事実や、真実や、事象の形が曖昧なのに、煙の鮮明だけが目立つでき事です。従ってそれは虚偽やまやかしである場合が多々あります。しかし、また、火のないところに煙は立たない、とも言います。煙の向こう側には煙を出すだけの何かがあることもまた確実です。それは検証に値する現象なのです。

国際世論の見方

もはや言い古されたことかもしれませんが、あなたは国際社会から潜在的に危険な極右に近いナショナリストと見なされています。また同時に、現在の日本のタカ派の主要な関心事に鑑みて、歴史修正主義者とも規定されます。そうした見方は、私自身の見解ともぴたりと一致するものですが、私は同時にあなたは柔軟なプラグマティストであり、その意味では優れた政治家ではないかとも考えています。

あなたはかつて慰安婦にかかわる河野談話や村山談話の見直しを声高に主張していました。それは当然韓国や中国の反発を招くものでした。が、あなたは意に介しませんでした。あなたがそれを言わなくなったのは、欧米、特にアメリカ世論の反発があったからです。恐らくそれを不快と見なす米国政府からの圧力もあったのではないか、と私は見当をつけています。

それでもあなたは、もう一つの歴史認識の争点である靖国神社参拝を決行しました。アメリカはその前に、千鳥ケ淵戦没者墓苑が彼らが認める参拝所である、とさり気なくあなたにシグナルを送ったのですが、あなたは気づかなかったのか、あるいは確信犯的思い入れからなのか、あえて靖国神社を参拝したのでした。それは周知のように中韓は言うまでもなくアメリカをも怒らせてしまいました。

その後、あなたは何事もなかったかのように経済政策アベノミクスに集中する傍ら外遊を重ね、秘密保護法や集団的自衛権など、議論百出する事案を数を頼りに楽々と思い通りの方向に決めていきました。また沖縄の普天間基地移転問題では、地元の民意を無視する形で県知事を懐柔して、移転へ向けての布石を打ちました。全く見事な手腕だと思います。これらの論点についても私は大いに異議を持つ者ですが、長くなるので議論は別の機会に譲ります。

過去の言動や直近のそれに照らし合わせて、前述したように国際社会はあなたを姑息な国粋主義者、歴史修正主義者と規定し常に監視しています。あなたは建前と本音を使い分ける日本の文化や、熱し易く冷め易い国民の意識に助けられて、まるで以前の言動がなかったのでもあるかのように振る舞っていますが、敏感で疑り深く且つ執拗な国際世論は、あなたの正体を見抜いていて監視・追求の手を少しも緩めてはいません。

日本極右は中韓の味方

あなたに対する疑念は、あなたとあなたの周りの民族主義者らの願いとは全く裏腹に、特に中国と習近平国家主席に資しています。一党独裁国家、人権無視の野蛮国、覇権主義国家、そこに君臨する共産主義の巨魁・習近平等々のネガティブなイメージは、中国と対立する日本、という構図で語られる時には、以前とは違って「戦争被害国の中国」という印象が強調されて、同情さえ買う構図になってしまっています。

それは偏えにあなたの極右的言動と歴史修正主義者というイメージによって、相対的に中国の暗部が薄められたものです。直近の例をあげれば、APECであなたが習近平さんと握手を交わし、無視されて公衆の面前で恥をかいた時、私の知る限りの多くの知識人は、習さんの子供染みた態度はあなたの言動への反発、従って身から出た錆、という風な捉え方をしました。国際世論は中国と習主席の動きにも敏感でよく眉をひそめますが、昨今はあなたに対しての「眉のひそめ度」がはるかに大きいために、結果、中国の悪が見えにくくなるという事態が起こっているのです。

あなたとあなたの周囲の民族主義者らは、靖国参拝を正当化するとき「国の為に死んだ方々の御霊を慰めるのは日本人として当たり前のことだ。他国にとやかく 言われる筋合いはない」と実にもっともな反論をします。戦争で国の為に倒れた人々の霊を敬うのは、口に出して言うことさえばかばかしいほど、当たり前のこ とです。その考えは真っ当なものです。世界基準の心の在り方、と言っても差し支えないでしょう。もちろんその心は、あなたの靖国参拝に猛烈に反発している中韓でさえ同じです。

周知のように中韓は参拝そのものに噛み付いているのではなく、彼らに酷い不利益をもたらした軍国主義日本の象徴である「戦犯も祀られている靖国神社」参拝に反発しているだけです。そこで、ならば合祀を無くして分祀を、とか、新施設を建てるべき、云々の古くて常に新しい議論もここでは後回しにして、あなたが敢えてそこに参拝することの是非について意見を述べます。

御霊を崇め礼を尽くすのは前述したように人として当たり前のことです。また日本人の心情として、例え悪人でも死して仏になってしまえばこれを貶めない。従って戦犯とされる人々の霊も尊崇されて然るべき、という考え方にも一理ありま す。しかし残念ながら、戦犯と呼ばれる人々は軍国主義日本の代表であり象徴として規定されています。戦後世界は、日本やドイツを始めとする敗戦国とその他の国々との間に、そうした決め事を作成し合意することによって、憎しみと混乱と怨みを安らげて前進しよう、と誓い合い、実際に前進してきました。

日本のイメージを貶める行為

あなたは靖国参拝によって、買わなくても良い中韓の怒りを買い、アメリカを苛立たせ、国際社会に疑念を抱かせました。その行為はあなたの周りにいる極右やネトウヨの人々が、例えば私のような国際派の愛国者(私は自分をそう規定しています)を指して、国賊、反日、売国奴などと蛮声を挙げる、まさにそれらの形容詞そのものの通りの行動でした。あなたがやったことは、グローバルな視点では、日本の国益にとっては徹頭徹尾ネガティブな行為だったのです。

あなたが政権に就いて以来、日本の政治的なイメージや評判は悪化しています。この辺りの空気が、日本国内に住んで昨今の「右傾化した」熱い世論にまみれていると、国民の多くにとっても 中々見えにくい事態だと思います。鏡に顔を近づけ過ぎると自分の顔の輪郭がぼやけて見えにくくなります。国内にいると日本の世論の実際がぼやけ、しかもそれが全て正しいような錯覚に陥ります。なにしろ自分の顔さえ良く見えないのですから、グローバル世界の目線など見えるはずもありません。

かつて驕りと欲と無知から、進むべき道を間違えて侵略戦争に突入し、多くの犠牲を払って破滅した日本は、過去70年間、先の大戦の非道な行為を世界から責められ、また自らも責め立ててこれを反省し、ひたすら平和主義と友愛を信条に国を立て直してきました。戦後の瓦礫の中から立ち上がった日本は、一心に働き続けてついには経済大国にまでなりました。国際社会は日本の多大な努力と、国民の誠実で真摯な行動と高い民意を大いに賛辞するまでになったのでした。

日本に対する国際世論のあくまでもポジティブな意見は3年前、東日本大震災という巨大な不幸と引き換えに最高潮に達しました。即ち、東日本大震災における 被災者の方々の崇高な行動と、それを支えようとする日本国民の真摯な姿が世界中を感動の渦に巻き込んだのです。大災害を蒙りながらの苦しいパラドックスで はありますが、あの時ほど日本が世界で輝いた瞬間はありません。

ところがそうしたイメージは、あなたの愚かな行動によって崩壊しました。あなたは自らの政治的信条と国内で高まる民族主義のうねりに力を得て、自身の満足と、また人々の中韓への反発心を安んじるために靖国神社に参拝しました。その行為は、前述した通り、特に慰安婦問題に対するあなたの見解と相まって、中韓米のみならず国際世論をも困惑させました。中韓やアメリカだけが文句を言っているのでは決してない。親日国を含む国際社会の意見の大半は、あなたに風当たりの強いものであることをぜひ理解して下さい。

怒りにはひたすら真心と誠実で応えるのみ

あなたとあなたに近い国粋主義者は、日本の外の事象に対して鈍感で想像力を欠く傾向があります。そのため他人の立場を理解せず、理解しようと努力することもなく、また理解もできない。中韓の怒りが理解できないという人々のために次のリンク先を貼付します。
 http://news.livedoor.com/article/detail/7924365/

記事にある「日本の軍国主義や右翼勢力が消滅しない限り、被害国の人々の反日感情はなくならない~米国やロシアは日本に徹底的に報復したから、今は平穏な 気持ちで日本と付き合える。だが、中国人は何も報復していない」 という文章の最後は、「中国人も韓国人も朝鮮人も何も報復していない」と書き変えることもできます。北朝鮮による日本人拉致は報復ではないか、という意見 もあるかも知れませんが、ここでいう報復とは、軍隊による日本全国民への報復、という意味だと考えられますから規模や恨みの深さが桁違いに違います。

ほんの少しの想像力があれば、彼らの心情は立ち所に理解できます。しかし、隣国の人々の報復感情を怖れる必要は全くありません。われわれは軍国主義日本が 彼らに与えた被害を見つめて反省し、誠意を持って彼らに対していけば良いだけの話です。彼らの怒りは加害者であるわれわれ日本人の行動によってのみ収まりがつきます。

日本はこれまで同様、今後も自らの過ちを見つめ続けて謝罪するべきところは謝罪をし、中韓及び北朝鮮を始めとするアジアの国々を密かに、或いは公然と蔑視する愚にもつかない思い上がりを捨てて、隣人として、対等な国としてまた人として、誠実にまっすぐに付き合っていくべきです。そうすれば必ず彼らの傷は癒され憎しみは消えます。それは彼らが努力をするべきことではない。少なくともわれわれが彼らに「皆さんも過去を忘れる努力をしろ」と言ってはならない。われわれ日本人が努力するべきことなのです。

自虐史観だ、もう何度も謝った、謝ればまた金を要求される、反日、売国奴、などなど・・聞き飽きた罵声が聞こえてくるようです。それらは想像力を持たない者の野蛮な咆哮です。自らを貶めるという意味の自虐史観とは、実は逆に、そうした蛮声を挙げる人々が主張する歴史認識にほかなりません。なぜなら彼らは国粋主義的見解に基づいて歴史修正を試みますが、そうすることによって国際社会から糾弾される。それこそが自虐行為であり自虐史観以外の何ものでもないのです。

歴史を学ぶのではなく「歴史から学ぶ」べき

繰り返しになりますがあなたは以前、河野、村山談話への異議を表明し、これまた中韓だけに目が行く視野狭窄から従軍慰安婦問題では狭義の強制性はなかった、というKYな主張をして世界の顰蹙を買いました。よく言われることですが、信用を勝ち取るまでには途方もない努力と時間がかかり、それを失うのは一瞬 です。あなたはあの主張を表明したことで、自らの信用を一気に失墜させると同時に、世界の多くの人々の心中に日本国への疑惑を芽生えさせました。

世界は軍の強制性云々などには微塵も興味がありません。世界が関心を持っているのは、女性の人権と戦争犯罪です。国際世論は「慰安婦は戦時中に実際に存在していた。それは悪であり恥ずべき過去である」ということを確認したいだけなのです。従って、当時はそれが当たり前だった、だから今の感覚で非難するのはおかしい、などという主張は国際社会では決して受け入れられません。なぜなら国際世論が問題にしているのは、まさにその「今の感覚で見た慰安婦」なのですから。

もう一つ例を挙げれば、日本が中国を侵略し韓国を併合したのは、当時の世相や考え方では普通のことだった。欧米列強も同じことをしていた、などと主張してはならないのです。なぜならそれは「今の感覚」では悪だからです。人間は間違いを起こします。大事なことはその間違いに気づき、二度と同じ間違いを起こさないことです。学習したかどうかが論点なのです。

学習すれば反省に至り、再び同じ過ちを繰り返すまいという決意と行動が生まれます。歴史を学ぶとはそういうことです。歴史事実を調べ確認して満足しているだけでは意味がない。それは無味乾燥な学者的行動様式です。歴史の事実を調べて検証し、それが「今の感覚」ではどうなるのか、という視点まで論を進めることにこそ意味があります。それが真に歴史を学ぶことです。言葉を替えれば「歴史を学ぶ」のではなく、「歴史から学ぶ」ことが重要なのです。

引き籠りの暴力愛好家とは手を切れ


そういう意味では、例えばあなたの心情的な仲間である石原慎太郎さんなどは少しも学習していない。彼と彼の同類の人々は、世界から目をそむけたまま日本という一軒家に閉じこもって、壁に向かって怨嗟を叫んでいる者たちです。私は彼らを「引き籠りの暴力愛好家」と規定しています。そして私が極めて残念に思う のは、あなたが彼らと親和的な思想信条を持っていることです。あなたは一国の首相だけに少しは自制していますが、あなたの本性は石原さんと同じか又は極めて近いものに見える。

その石原さんは政界を引退すると表明し、先の選挙では、極右以外の何ものでもない頼母神氏を始めとする「次世代」の党の皆さんが、きっちりと有権者のノーの審判を受けました。彼らには極右やネトウヨなどの支持があっただけで、保守層の共感は無かったことが明白になったと思います。これは右傾化が進む日本の風潮の中にあって、極めて明るい出来事であると私は考えます。

あなたには国際世論を敏感に嗅ぎ取る能力があるようです。国粋主義的な言動を試みて、それが批判されるや否や、さっさと引っ込める事実がそのことを如実に示しています。それは日和見主義や右顧左眄の策士と同じである危険があります。が、同時に自らの思い込みを見直して正しい道を歩もうとする「形」も意味します。すぐにそうはならなくても、その振りを続けるうちに真実になる、ということは人の世では良くある話です。或いは嘘もつき続ければ本当になる、とも表現できます。

安倍さん、いかがでしょうか。長期政権への展望も開けたことですし、この際「引き籠りの暴力愛好家」らとはきっぱりと縁を切っ て、ナショナリストではなく『保守主義者』として日本の舵取りをしてはいただけないでしょうか。

保守がいて革新が同じ力で相対していれば、極右主義者や極左思想の持ち主が台頭して国際社会の顰蹙を買う事態は必ず避けられます。私はあなたの政権は支持しませんが、中韓にも絶えず対話をしようと呼びかけ(対話が途切れているのはあなたの極右的言動が元々の原因ではありますが)、経済を立て直して自信を喪失している日本国を甦らせよう、と懸命に政策を実行している姿には大いに共感します。この際ですから日本の過去の過ちと国際社会の実態にしっかりと目を据えていただいて、自らの言動に責任を持つ右顧左眄のない『真正保守』として、堂々と主張をされ行動されることを切に願います。

                                敬具

PS:まだ申し上げたいことがありますが、長い文章がさらに長くなってしまいますので割愛して、また別の機会にお便りを差し上げられれば、と思います。

無神論者がクリスマスに熱狂する理由(わけ)

ここイタリアを含む欧米諸国や世界中のキリスト教国は、クリスマス・シーズンのまっただ中にあって賑わっている。それだけではなく、日本や中国などに代表される非キリスト教国でも、人々はクリスマスを大いに楽しみ、祝う。

毎年、クリスマスのたびに思うことがある。つまり、今さらながら、西洋文明ってホントにすごいな、ということである。クリスマスは文明ではない。それは宗教にまつわる文化である。それでも、いや、だからこそ僕は、西洋文明の偉大に圧倒される思いになるのだ。

文化とは地域や民族から派生する、祭礼や教養や習慣や言語や美術や知恵等々の精神活動と生活全般のことである。それは一つ一つが特殊なものであり、多くの場合は閉鎖的でもあり、時にはその文化圏外の人間には理解不可能な「化け物」ようなものでさえある。

だからこそそれは「化け物の文(知性)」、つまり文化と呼称されるのだろう。

文化がなぜ化け物なのかというと、文化がその文化を共有する人々以外の人間にとっては、異(い)なるものであり、不可解なものであり、時には怖いものでさえあるからである。

そして人がある一つの文化を怖いと感じるのは、その人が対象になっている文化を知らないか、理解しようとしないか、あるいは理解できないからである。だから文化は容易に偏見や差別を呼び、その温床にもなる。

ところが文化の価値とはまさに、偏見や恐怖や差別さえ招いてしまう、それぞれの文化の特殊性そのものの中にある。特殊であることが文化の命なのである。従ってそれぞれの文化の間には優劣はない。あるのは違いだけである

そう考えてみると、地球上に文字通り無数にある文化のうちの、クリスマスという特殊な一文化が世界中に広まり、受け入れられ、楽しまれているのは稀有なことである。

それはたとえば、キリスト教国のクリスマスに匹敵する日本の宗教文化「盆」が、欧米やアフリカの国々でも祝福され、その時期になると盆踊りがパリやロンドンやニューヨークの広場で開かれて、世界中の人々が浴衣を着て大いに踊り、楽しむ、というくらいのもの凄い出来事なのである。

でもこれまでのところ、世界はそんなふうにはならず、キリスト教のクリスマスだけが一方的に日本にも、アジアにも、その他の国々にも受け入れられていった。なぜか。それはクリスマスという文化の背後に「西洋文明」という巨大な力が存在したからである。

文明とは字義通り「明るい文」のことであり、特殊性が命の文化とは対極にある普遍的な知性(文)のことである。言葉を替えれば、普遍性が文明の命である。誰もが希求するもの、便利なもの、喜ばしいもの、楽しい明るいものが文明なのである。

それは自動車や飛行機や電気やコンピュターなどのテクノロジーのことであり、利便のことであり、誰の役にも立ち、誰もが好きになる物事のことである。そして世界を席巻している西洋文明とは、まさにそういうものである。

一つ一つが特殊で、一つ一つが価値あるものである文化とは違って、文明には優劣がある。だから優れた文明には誰もが引き付けられ、これを取り入れようとする。より多くの人々が欲しがるものほど優れた文明である。

優れた文明は多くの場合、その文明を生み出した国や地域の文化も伴なって世界に展延していく。そのために便利な文明を手に入れた人々は、その文明に連れてやって来た、文明を生み出した国や地域の文化もまた優れたものとして、容易に受け入れる傾向がある。

たとえば日本人は「ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と言われた時代から、必死になって西洋文明を見習い、模倣し、ほぼ自家薬籠中のものにしてきた。その日本人が、仏教文化や神道文化に照らし合わせると異なものであり、不可解なものであるクリスマスを受け入れて、今や当たり前に祝うようになったのは一つの典型である。

西洋文明の恩恵にあずかった、日本以外の非キリスト教世界の人々も同じ道を辿った。彼らは優れた文明と共にやって来た、優劣では測れないクリスマスという「特殊な」文化もまた優れている、と自動的に見なした。あるいは錯覚した。

そうやってクリスマスは、無神論者を含む世界中の多くの人が祝い楽しむ行事になった。それって、いかにも凄いことだと思うが、どうだろうか。



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