イタリアの民放局のうち最大の5チャンネルは、毎朝6時から8時までトップ(見出し)ページと銘打った報道番組を流す。これは15分にまとめたニュースや生活情報などを繰り返して放送するもので、前日までと今日これからの世界や国内の社会情勢が、ある程度分かる形になっている。そうしておいて、同局はトップページのうちの重要なものを、午前8時からの通常ニュース番組で深く掘り下げて放送する。40分のその番組は週7日間休みなく放送され、土日の週末は50分に延長される。
東日本大震災発生以来、5チャンネルのトップページは毎日欠かさずに日本の情勢を伝えてきたが、今日(29日)、初めて、原発事故を含む震災関連の話題がそこから外された。8時からの通常ニュースでは、さすがに福島第一原発の危険な現状については言及したものの、トップページでは触れなかったのである。
このことは前にも言ったように、被災地や日本にとっては良い面と残念な面がある。良い面とは被災地に少なくともこれまで以上の新たな不幸が起きていないことを示唆すること。残念な面は人々が早くも被災地のことを忘れ始めた現実を暗示することである。放射能の問題が悪化しなければ、人々の多くは急速に大震災のことを忘れていくだろう。そして、やはりどちらかといえば、イタリアに限らず海外のメディアが次第に大震災のことを忘れてくれる方が、被災地や日本にとってはいいことに違いない。
でも、依然として危機的な状況が続く福島原発問題は、再び5チャンネルのトップページに大々的に取り上げられる可能性が残っている。もしそうなった時は、恐らく日本を見る世界のムードが変わる。今の同情や友愛や支援や好意ばかりではなく、放射能汚染を食い止められなかった日本政府や東京電力への批判が巻き起こり、それは当然日本国民に対する世界の見方にも影響を及ぼす可能性がある。そうならないことを心から願いたい。
東日本大震災に替わるイタリアの各メディアのトップニュースは、イタリア南端のランペドゥーサ島に押し寄せる中東(北アフリカ)難民。島の人口を上回る流民が上陸し続け、ついに島民が悲鳴を上げて難民排斥に立ち上がった。この問題はイタリア一国で解決できるものではなく、やがてEU(欧州連合)全体が協力して対処することになるだろう。特にリビアへの共同軍事介入を断行しているEU主要国は見て見ぬ振りはできない。
難民、リビア問題に続くイタリアのもう一つのトップニュースは、横領容疑などでミラノ地裁の予備審問に出廷したベルルコーニ首相の動向。先だって未成年者買春容疑で起訴された同首相は、2003年6月にも汚職事件の公判で裁判所に出廷している。
イタリアは多国籍軍に多くの基地を提供してリビアへの軍事介入に深く関わっているが、NATO内では意志決定会議で蚊帳の外に置かれ、米英仏独だけが衛星会議を開いて話し合う事態が起きたりしている。イタリア政府は「無視されたわけではない」などと負け惜しみを言っているが、これは僕などに言わせると、元々イタリアが世界の主要国の中ではマイナーな国であることを差し引いても、スキャンダルまみれのダメ男をトップに戴く国を、人々が信用していないことの証にしか見えない。
そうこうしているうちに、日本からの合唱団が北イタリアを訪れ、僕の住む村にもやって来るという。それには僕らの一家も関わることになる。実はそれは大分前から計画されていたイベントだが、大震災が起こった今、当然キャンセルまたは延期されたものだと僕は信じ込んでいたから驚いた。
白状すると、僕は計画が予定通りに実施されることに、驚きを通り越して腹立ちにも近い困惑さえ覚えた。そこで主催者である村役場(コムーネ)の担当者に連絡を入れた。少し抗議をしたい気分だった。
日本から遠いイタリアにいる僕と妻でさえ、震災被災地の皆さんの辛酸を想うとき、文字通り何もできないながら、いや何もできないからこそ、以前から計画を立てていた旅行を心苦しく思って中止するような場合に、日本から合唱団がやってくるなんてどういうことなんだろうと思った。
でも話を聞くと、合唱団はどうやら中学生程度の子供達が中心のグループらしい。それで僕は少し心が静まった。それどころか少し明るい気分にさえなった。
いつまでも沈み込んでいるわけにはいかない。どこかで誰もが前を向いて歩き出さなければならない。子供達がその先頭に立つのはいいことではないかと思い直した。