【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2013年07月

ベニスを見てから死ね



ベニスロケに行ってきた。1日だけ。

今回のような短い撮影を計算に入れると、ベニスでの僕のロケは恐らく20回を超える。

ロケ以外の旅も加えると、僕はベニスを30回前後訪れている。その中には1人でふらりと行った道行きもある。僕はベニスがたまらなく好きである。

ベニスは街の全体が巨大な芸術作品と形容しても良い場所である。

その意味では、街じゅうが博物館のようなものだと言われる、ローマやフィレンツェよりもはるかに魅力的な街だ。

なぜなら博物館は芸術作品を集めて陳列する重要な場所ではあるが、博物館そのものは芸術作品ではない。

博物館、つまり街の全体も芸術作品であるベニスとは一線を画すのである。

ベニスは周知のように、何もない海中に人間が杭を打ちこみ石を積み上げて作った街である。 

そこには基本的に道路は存在しない。その代わりに運河や水路や航路が街じゅうに張り巡らされて、大小四百を越える石橋が架かっている。

水の都とは、また橋の都のことでもあるのだ。

ベニスの中心部には自動車は一台も存在せず、ゴンドラや水上バスやボートや船が人々の交通手段となる。

そこは車社会が出現する以前の都市の静寂と、人々の生活のリズムを追体験できる、世界で唯一の都会でもある。

道路の、いや、水路の両脇に浮かぶように建ち並んでいる建物群は、ベニス様式の洗練された古い建築物ばかり。

特にベニスの中心カナレグランデ、つまり大運河沿いの建物はその一つ一つが謂れのある建物群。全てが歴史的建造物。

それぞれの建物は、隅々にまで美と緊張が塗りこめられて大運河の全景を引き立て、それはひるがえって個別の建築物の美を高揚する、という稀有(けう)な街並みである。 

しかしこう書いてきても、ベニス独特の美しさと雰囲気はおそらく読む人には伝わらない。

 ローマなら、たとえばロンドンやプラハに比較して、人は何かを語ることができる。またフィレンツェならパリや京都に、あるいはミラノなら東京やニューヨークに比較して、人はやはり何かを語ることができる。

ベニスはなにものにも比較することができない、世界で唯一無二の都会なのである。

唯一無二の場所を知るには、人はそこに足を運ぶしか方法がない。

足を運べば、人は誰でもすぐに僕の拙(つたな)い文章などではとうてい表現し切れないベニスの美しさを知る。

ナポリを見てから死ね、と良く人は言う。

しかし、ナポリを見ることなく死んでもそれほど悔やむことはない。

ナポリはそこが西洋の街並みを持つ都市であることを別にすれば、雰囲気や景観や人々の心意気といったものが、たとえば大阪とか香港などにも似ている。

つまり、ナポリもまた世界のどこかの街と比較して語ることのできる場所なのである。

見るに越したことはないが、見なくても既に何かが分かる。

ベニスはそうはいかない。

ベニスを見ることなく死ぬのは、世界がこれほど狭くなった今を生きている人間としては、いかにも淋しい。

 


大相撲=ザ・日本グローバル化モデル



7月7日から21日までの2週間は大相撲観戦に結構時間をつぶした。ヨーロッパの日本衛星放送は、場所中は1日3回NHKの大相撲中継を流す。最初は朝9時(日本時間16時)から日本とのほぼ同時生中継。午後になってそれの録画再放送があり、さらに夜は幕内の全取組みを仕切りなしで短く見せる。相撲嫌いの人はうんざりするだろうが、相撲大好き人間の僕のような者には、一度見逃してもまた見るチャンスがあるのでありがたい。僕は朝の生中継(日本時間午後4時~6時)を録画しておいて、適当な時間に仕切り部分を飛ばし飛ばししながら観戦することが多い。

 

2013年の大相撲名古屋場所は、大関稀勢の里の綱取りへの期待が落胆に変わり、再び期待が膨らんで最後はしぼむ、という具合に稀勢の里に明け、稀勢の里に暮れた場所だった。僕は稀勢の里の綱取り期待騒ぎを端から冷めた目で眺めていた。なぜなら個人的には彼はまだ横綱の器ではないと考えているから。彼の強さには見ていて思わず「うむ」とうなってしまう芯の堅さがない。つまり横綱になる者の強靭さがない。それでも彼が終盤で2横綱を連続して破った時は、もしかして・・、と期待する気持ちも正直生まれた。だが、千秋楽で琴奨菊に負けた相撲を見たとたんに、やっぱり、と落胆し溜息をついた。恐らく日本中のほとんどの相撲ファンと同じように。

 

そんな具合に相撲ファンが一喜一憂したのは、稀勢の里が日本人だからである。だが実は僕は、相撲ファンに多い日本人横綱待望論にはあまり与しない。強くて魅力的な横綱なら国籍など気にならない、というのが正直な気持ちである。日本人横綱はもちろんだが、モンゴル勢に続く欧米人横綱も早く見たいと願っている。稀勢の里の動静に一喜一憂したのは、僕の場合は純粋に「新横綱誕生」の可能性への興味からだった。昨年、モンゴル人力士の日馬富士の綱取りの一部始終に一喜一憂したように。

 

元々スポーツとしての相撲そのものが好き、ということ以外に僕は最近は別の関心も抱いてテレビ観戦をしている。それは大相撲の世界が今後日本社会が決して避けては通れないであろう、グローバル化の見本として存在を主張している面白さである。少子高齢化、人口減少が加速する日本のグローバル化のモデルは英国、と僕は希望的観測を込めて勝手に考えているが、英国モデルを既に実現しているのが日本の中で最も保守的であるはずの大相撲界である。

 

日本は将来グローバル化を余儀なくされ、そこに向かって社会が変革して行かなければならないだろう。同時に日本はわが国独自の文化と伝統もしっかりと保持していかなければならない。その時重要なのは、外国からの移民や移住者がそれらの文化や伝統を「自発的」に受け入れ、愛し、わが物として心身で取り込んでくれることである。英国を始めとする欧米諸国に移り住んでいる移民の多くがそうであるように。

 

特に英国に入る移民は、人種混合に寛容な民主主義大国の文化や伝統を嬉々として学び、模倣し、受け入れている場合が殆どである、彼らはそれを尊敬し、憧れ、愛する。だから自発的にそれに染まって行こうとする。彼らのそうした態度が英国社会をさらに寛容な方向に導く。そんな理想的な形になっているのが多人種国家としての英国である。同じ島国で多少の共通点もある日本は、そこをロールモデルとするべきである。

 

将来日本に入ってくる移民に、日本の法律や規律、あるいは社会規則などを守ってもらうのは当然だが、彼らにわが国の文化や伝統を押し付けることはできない。強制してはならないのだ。日本に移り住み、日本国籍を取得した「元外国人」たちは、全員が彼らの文化を持ち伝統を有している。彼らはそれらの文化や伝統と共に日本に受け入れられた。従って彼らはそれらを保持し続ける権利がある。たとえそうではなくても、移民たちは自らの文化を捨てることはない。

 

同時に彼らは日本の文化や伝統を素晴らしいと心から感じない限り、決してそれを受け入れてわが物にしようとすることもない。強制してそうさせようとすれば、必ず反発を招くだろう。日本は日本独自の文化を守り、磨きをかけ、発展させて、移民の誰もがうらやみ感心して自ら進んでそれに染まりたがるようにしなければならない。実はそれは少しも難しいことではない。本来の伝統文化をきっちりと維持保存しながら、移民の増大に合わせて、少し変革するべきところを迷わずに変革する。それだけである。大相撲がその良い例だ。

 

大相撲は古い体質を維持しつづけ、それを批判されながらも少しづつ変革を遂げた。その最たるものが外国人への門戸開放だ。それは必要に迫られたものだったという見方も当然できる。が、もしも大相撲が外国人への門戸を開かず、あれこれと理由をつけて日本人力士の育成ばかりにこだわっていたなら、今頃は八百長疑惑その他の不祥事がなくても、間違いなく消滅の危機に瀕していたはずである。

 

ハングリーな若者たちが極端に少なくなった現在の日本では、古い厳しい大相撲の世界に飛び込んで立身出世をしたい、と考える者がいなくなるのは当然だ。好むと好まざるにかかわらず、大相撲が野心的な外国の若者の受け入れに向かうのは極めて自然な成り行きである。大相撲の今の発展は外国人力士の「移住」受け入れなくしてはありえなかった。

 

もっとも古い体質を持つ相撲界がグローバル化に成功した。これは奇跡だろうか?実はそれは少しも奇跡などではないのである。特殊にこだわることはしばしば普遍に結び着く。大相撲界の古い体質、つまり「日本的なもの」とは、日本の文化の意であり、それは特殊なものである。特殊なものは、自らが特殊であることを知りつつ、なお且つ特殊であり続けようと固執することで普遍性を獲得する場合が往々にしてある。あたかも一人の芸術家が自らの特殊性(才能つまり作品)に徹底的にこだわることによって、特殊性そのものが人々に受け入れられ、理解され、愛されて普遍化していくように。日本独特の「特殊な文化」である大相撲は、特殊であり続けることによって普遍性を獲得した、グローバル化の一つの典型的な見本なのである。
 

大相撲は外国人力士のために相撲文化や伝統を変えたりはしなかった。外国人力士たちが自らを「大相撲の文化や歴史に合わせた」のである。順応したのは大相撲ではなく力士たちだったのだ。将来移民が流入した時には、これと同じことが日本社会の全体でも起こらなければならない。最も保守的な相撲界でさえグローバル化に成功し、その割合はさらに進んでいる。相撲でさえそうだ、ましてやその他の日本社会においてをや、という風になるのが理想の形なのである。そうなれば日本は、将来いくら移民が増えても、自らのアイデンティティーを失う危険や恐怖にさらされることはない。

 

相撲ファンの間では日本人横綱待望論が根強い。では、角界ではどうだろうか。漏れ聞こえてくる相撲協会の幹部のコメントや相撲解説者などのそれには、多くのファンと同じように日本人横綱の誕生を願う趣旨の言葉が散りばめられている。でもそれらは、グローバル化の進んだ相撲界の「開けたマインド」を持つ彼らが、日本の主流である「閉鎖的なマインド」、つまり移民アレルギーを持つ相撲ファンや一般人向けに送るリップサービスのように僕には見える。

 

門戸を外国人に開放し、今や角界を支える横綱や大関はもちろん、多くの人気力士や有望力士も外国人が占める相撲界の人々にとっては、横綱の国籍などもはやどうでも良く、重要なことは横綱が横綱たる品格を持ってその地位に居座って欲しい、という一点に尽きるのではないか。そして、横綱の品格とは最も日本的な精神の発露のことであり、それはいみじくも「極めてグローバルな価値を有する日本文化」の一つにほかならないのである。

 

 

コンフェデ杯全敗より本田のミラン移籍の方が日本サッカーの一大事だ!



イタリアの強豪チームACミランが本気で本田圭佑の獲得を画策している。

ACミランは周知のようにユベントス、インテルと共にイタリアセリアAの御三家を形成する正真正銘の名門。国際タイトル獲得数はスペインのレアル・マドリードやバルセロナ、あるいはイングランドのマンチェスターUなど、錚々たる世界のビッグクラブを抑えて世界一を誇っている。

そのミランが本田圭佑を本心から追いかけている事態は、日本サッカーの進歩を端的に表すもので、例えばコンフェデ杯での日本代表の惨敗よりもはるかに大きな、象徴的な事件だと僕は思う。

コンフェデ杯で3連敗したのは、残念ながら日本代表チームの現在の実力に沿った結果であり、それはたやすく予想できたことだ。6月のコンフェデ杯出場チームの中で、唯一日本がほぼ確実に実力で勝っていたのは、FIFAのランキングなどとは全く関係なくタヒチだけだったと僕は思う。それは少 しも悲観するべきことではないし、事件でもない。

世界屈指のクラブチームであるACミランが本田を熱心に欲しがるのは、それだけで日本サッカーのレベルアップを示す喜ばしいことだと思えるが、それにも増して僕が大きな感慨を抱くのは、イタリアのメディアが本田圭佑を「FANTASISTA・ファンタジスタ」とさえ呼称している事実である。

ファンタジスタとは言うまでもなくイタリア語のファンタジア(英語:ファンタジー)、つまり想像力とか独創性から来た言葉で、オリジナリティーに富むトップ下の選手などを表す場合が多い。

サッカー選手のレベルを表す言葉としてイタリア語にはfuoriclasse(フゥオリクラッセ)、つまり「並外れの」とか「規格外の」あるいは「超一流の」というようなニュアンスの表現があるが、ファンタジスタはそのfuoriclasse(フゥオリクラッセ)の中でも特に優れた選手を形容する、最大最高の尊称なのである。

ファンタジスタには規定や条件はなく、ファンやメディアが自然にそれと見なして呼びかける言葉で、極めて少数の選りすぐりの選手だけに与えられる称号である。それがいかに特別な意味を持つ呼び方であるかは、次に示すファンタジスタたちの名前を見るだけでも十分ではないか。

最近のイタリア選手で言えば、ロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デルピエロ、フランチェスコ・トッティ、またFWではないがアンドレア・ピルロもそのうちの一人。さらに言えばバルセロナのイニエスタ、シャビ、レアル・マドリードのメスト・エジルなどなど。

マラドーナやジダンももちろんイタリア的な感覚ではファンタジスタだ。

イタリアのメディアが日本人選手にその称号を与えたのは本田が初めてである。中田英寿も中村俊輔も、イタリアでプレー中にはついにそう呼ばれることはなかった。

本田圭佑が彼らよりも優れた選手で、且つロベルト・バッジョやジダンやマラドーナにも匹敵する大物、と考えるのはさすがに早計だし意見の分かれるところだとは思うが、独創性や意外性に富む天才的な選手を表すファンタジスタという称号を、何事につけオリジナリティーや独自性を最重視する イタリアのメディアが彼に与えた事実に、僕は深い感慨を覚えるのである。日本サッカーも思えば遠くへ来たもんだ、という気分だ。

日本代表チームが世界でのし上って行くためには、多くの技術革新や戦術改正やメンタリティーの改革やサポーターの増大やサッカー文化の深化などなど、多岐に渡る進展が必要であるのは火を見るよりも明らかである。その中で最も欠けているのが、チームとしてのファンタジア力だと僕は思う。

ファンタジアとは前述してきたように、独創性、意外性、想像力、個性の強さなどといったメンタルなクオリティーのこと。言葉を替えれば「画一性の真反対にある全ての要素」である。そしてチームのファンタジア力とは実は、ピッチに立つ一人一人の選手のファンタジアの集大成である。

独自色や発想の奇抜やオリジナリティー、つまり「ファンタジア」を何よりも愛し高く評価する「独創の国」イタリアのメディアが、本田圭介を独創的なクオリティーを持つ選手、と認めている事実が僕はわが事のように嬉しい。

ファンタジスタ本田圭佑の誕生は、GKからFWまでの11人の全ての選手が、それぞれのファンタジアを身内に宿して世界に挑む「理想の日本代表チーム」誕生の兆し、と僕はあえて考えたいのである。

 


コンフェデ杯で見えたスペインの終わりの始まり



ブラジルVSスペインのコンフェデ杯決勝戦は、昨年の欧州杯決勝戦を見ているようだった。互いに譲らない緊迫した試合を予想したのに、フタを開けてみるとブラジルがスペインを圧倒する一方的な試合展開。昨年の欧州杯決勝戦で、逆にスペインがイタリアを蹴散らしたみたいに。

 

スペインはイタリアとの準決勝で、延長戦からPK決戦までの死闘を演じて疲れていたのだろうか?でもそれを言えば、スペインと同じ疲れを抱えながら、ウルグアイとの厳しい3位決定戦を制したイタリアはどうよ、ということになる。

 

来年のW杯もあることだし、早計は禁物だが、2008年以降世界サッカーを牛耳ってきたスペインの常勝サイクルは終わって、ブラジルがまた世界サッカーを席巻するのではないか、と感じさせるような試合内容だった。

 

スペインは2大車輪である中盤のイニエスタとシャビのうち、後者が動きを封じられて全く精彩がなかった。スペインの敗因は多くあるのだろうが、僕にはシャビが機能しない中盤で、スペインが「いつものように」はゲームを構築できなかったことが、一番の命取りだったように見える。

 

少しはイタリアのサッカーを見ている僕は、ここ数年まっしぐらに常勝街道を進んできたスペインとイタリアの力の差は何か、と考え続けてきたが、それは僕の独断と偏見では:「スペインには2人のピルロがいる」から、ということにつきる。

 

アンドレア・ピルロはイタリアチームの司令塔であり肝心要(かんじんかなめ)の偉大なプレーヤーである。2006年W杯のイタリア優勝の立役者も彼だ。

 

スペインにはそのピルロが2人いる。言うまでもなくイニエスタとシャビである。その事実が2チームの具体的な力の差だと僕は考えている。

 

以前は2人に加えて、少し実績は落ちるがファブレガスも計算に入れて3人のピルロがいると考えたことさえある。が、ファブレガスに関しては、イタリアのデ・ロッシが十分に対抗して、プラスマイナス0の力関係になると思うようになった。

 

「ピルロ度」がスペイン2対イタリア1では、逆立ちしてもイタリアには勝ち目はない。

 

その強いスペインをブラジルは粉砕した。スペインの正確無比で華麗なポゼッションサッカーは、イタリアやドイツを始めとする欧州の各チームに大きな影響を与え続けてきたが、それは明らかに南米チームにも波及していて、ブラジルは彼ら独特のセンスと力量でスペインサッカーの良さを自家薬籠中の 物にしていると感じた。

 

ブラジルが中盤でスペインのボール回しを寸断し、逆に自らのポゼッションに持ち替えて果敢に攻めまくったのは偶然ではないように思う。ブラジルはスペインを踏み台にして、彼らのお家芸であるパス廻しとドリブルに磨きをかけてさらにステップアップしている。

 

それは実はイタリア、ドイツ、イングランドなどのヨーロッパの強豪チームも同じ。陳腐な言い方だが、例えば次のようなことである。イタリアはスペインを模倣することでカテナッチョ(ディフェンス重視)の伝統を捨て、ドイツはスペインを意識することで組織重視の四角四面のプレースタイルを変え た。またイングランドはスペインに追随することで運動能力重視の縦パス一辺倒の陳腐な戦略を克服した・・とでもいうような。

 

スペインはここから来年のW杯までに、彼ら独特のポゼッションサッカーにさらに磨きをかけるか、別の戦略を組み込んで今のスタイルを変革しない限り、W杯で勝つのは難しいのではないか。

 

繰り返すが、なにしろブラジルと欧州の強豪チームを筆頭に、世界各国の代表チームがスペインのプレースタイルを常に意識しながら独自のやり方でスペインの方法を習熟しようと躍起になってきた。それには高い技術と能力が要る。そして、前述の強豪国にアルゼンチンやフランスなどを加えた国々に は、それだけの技術と能力があるのだ。

彼らはスペインサッカーを咀嚼して、あるいは咀嚼しようと懸命に努力をしながら、それぞれの伝統のプレースタイルの中に組み込んでは進化を続けている。

 

言葉を変えれば、スペインサッカーの敵はスペインサッカーそのものである。従ってスペインは、今以上に自らを進化させて行かない限り、最早世界の頂点には立ち続けることはできない。力の拮抗している世界のトップチームが、スペインと同等かそれに限りなく近い高みにまで成長しているのだから。

 

スペインは自らを鍛え上げ、精進し、世界のトップに上り詰めた。そうすることで世界サッカーに巨大な影響を与え、世界サッカーのレベルを押し上げた。そして、まさにその功績によって、王者としての自らの立場を危うくすることになった。変革し、前進し続ける世界サッカーの歴史の中では、王者の 在り方が常にそうであったように・・

 


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