【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2013年09月

イタリア人がベルルスコーニを許す理由(わけ)




イタリア最高裁は先月初め、脱税事件で起訴されていたベルルスコーニ元首相に禁錮4年の有罪判決と公職追放を言い渡しました。以来彼は、国会での上院議員資格剥奪審議(採決)を待つ身になっています。公職追放は議会の承認を必要とするのです。

国会で公職追放命令が追認されれば、元首相は上院議員の地位を失って、彼の政治家生命はほほ終わり、従って政治的な影響力もなくなると考えられます。そのことを知悉しているベルルスコーニ氏は、自らが党首を務め且つ自身の政治活動の牙城でもある自由国民(PDL)党を介して、連立政権の相手である民主党と同党のレッタ首相に、彼の上院議員追放決議に賛成票を投じないようあらゆる圧力を用いて直接間接に揺さぶりをかけています。

自らが救助されない場合は、自由国民が連立を解消して、政権基盤が極めて脆弱なレッタ内閣を一気に崩壊させる、と脅しをかけているのです。深刻な財政危機と不況のただ中にあるイタリアは、そこから脱出するために安定した政権を是が非でも必要としています。元首相は国家の非常事態を逆手にとって、自らの利益にしようと画策を続けている訳です。盗人猛々しいとはまさにこのことを言うのではないでしょうか。

元首相は少女買春容疑等を含む数々の醜聞や訴訟事案を抱えながら、過去約20年に渡ってイタリア政界を牛耳り、首相在任期間は4期9年余に及びました。

今回の言わば「居直り」とも取れる行動を持ち出すまでもなく、他の先進民主主義国ならありえないようなデタラメな言動・行跡に満ちた彼を、なぜイタリア国民は許し、支持し続けるのか、という疑問が国際社会では良く提起されます。その答えは、世界中のメディアがほとんど語ろうとしない、一つの単純な事実の中にあります。

つまり彼、シルヴィオ・ベルルスコーニ元イタリア首相は、稀代の「人たらし」なのです。日本で言うなら豊臣秀吉、田中角栄の系譜に連なる人心掌握術に長けた政治家、それがベルルスコーニ元首相です。

こぼれるような笑顔、ユーモアを交えた軽快な語り口、説得力あふれるシンプルな論理、誠実(!)そのものにさえ見える丁寧な物腰、多様性重視の基本理念、徹頭徹尾の明るさと人なつっこさ、などなど・・・元首相は決して人をそらさない話術を駆使して会う者をひきつけ、たちまち彼のファンにしてしまいます。

彼のそうした対話法は意識して繰り出されるのではなく、自然に身内から表出されます。彼は生まれながらにして偉大なコミュニケーション能力を持つ人物なのです。人心掌握術とは、要するにコミュニケーション能力のことですから、元首相が人々を虜にしてしまうのは少しも不思議なことではありません。

彼はそのコミュニケーション力を相まみえる者は言うまでもなく、彼の富の基盤であるイタリアの3大民放局を始めとする巨大情報ネットワークを使って、実際には顔を合わせない人々、つまり視聴者にまで拡大行使してきました。

イタリアのメディア王とも呼ばれる彼は、政権の座にある時も在野の時も、飽くことなく実に頻繁にテレビに顔を出して発言し、討論に加わり、主張し続けてきました。有罪確定判決を受けた今も、彼はあらゆる手段を使って自らの無罪と政治メッセージを申し立てています。

だがそうした彼の雄弁や明朗には、負の陰もつきまとっています。ポジティブはネガティブと常に表裏一体なのです。即ち、こぼれるような笑顔とは軽薄のことであり、ユーモアを交えた軽快な口調とは際限のないお喋りのことであり、シンプルで分りやすい論理とは大衆迎合のポピュリズムのことでもあります。

また誠実そのものにさえ見える丁寧な物腰とは偽善や隠蔽を意味し、多様性重視の基本理念は往々にして利己主義やカオスにもつながります。さらに言えば、徹頭徹尾の明るさと人なつっこさは、徹頭徹尾のバカさだったり鈍感や無思慮の換言である場合も少なくありません。

そうしたネガティブな側面に、彼の拝金主義や多くの差別発言また人種差別的暴言失言、少女買春、脱税、危険なメディア独占等々の悪行を加えて見れば、恐らくそれは、イタリア国民以外の世界中の多くの人々が抱いている、ベルルスコーニ元首相の印象とぴたりと一致するのではないでしょうか。

元首相の人たらしの神通力は、幾つもの裁判沙汰の末に“ついに”有罪が確定した今回の出来事で一気に縮小し、彼の命運ももはや尽きたように見えます。しかし、まだまだ彼のカリスマ性に呪縛されているイタリア国民は多くいます。隠然たる影響力を持つ彼の巨大メディア王国やそれに関連するビジネスネットワークも健在です。彼はそれらを使って、今後も人心掌握の為になりふり構わない動きを続けることでしょう。

稀代の「人たらし」は実はまた世紀の寝業師政治家でもあります。政治力と巨大な財力を使った彼の今後の工作によっては、ベルルスコーニ元首相がイタリア政界に君臨し続け、事態が紛糾する可能性も依然として高いと言わなければなりません。そして、もしもこの期に及んでもイタリア国民がそれを許すようなら、残念ながらイタリア共和国の民度は著しく低いものである、とも断定しなければならないと思います。


東京五輪に続け!と言い出したイタリア


2020年東京オリンピック決定の嬉しいニュースは、ここイタリアでも好感を持って伝えられています。

そればかりではなく、東京開催が決定した直後からその次の2024年のオリンピックをイタリアに招致しよう、という声まで挙がり始めました。

1964年、東京は60年のローマ大会に続いてオリンピックを開催しました。今度はローマが東京に続くべきだ、という訳ですね。

かつて祭典が相前後して2都市で開催された偶然もさることながら、五輪が東京に行くことを喜んでいる多くのイタリア国民は、それにあやかりたいという気分になっているのです。

現在の段階では、2024年の有力な開催都市候補がパリであることをイタリア国民も良く知っています。でもそれは飽くまでも噂であり、ローマが立候補すれば十分に勝機はあると感じているようです。

2024年のオリンピックで今から確実なのは、ヨーロッパの持ち回りになる、という点だけでしょうからそれはあながち不思議な考えではありません。

2016年開催地のリオデジャネイロは下馬評の高かったシカゴを破り、2020年開催地の東京は、開催都市決定直前まで有力と見られていたマドリードを押さえて勝ちました。

事前に強いと見られていた候補都市が開催地決定選挙で落選する確率は、五輪ではとても高いのです。従って2024年ローマ五輪の可能性は、多分パリと同程度に高い、と考えてもいいのでしょう。

2024年がパリになるなら100年振りの開催。従って節目という意味で優位にあるのかもしれない。しかし、パリは1924年の前に1900年にも開催地 になっています。そうすると3回目のパリと2回目のローマという観点では、数が少ないローマが優位にあるのかな、とも個人的には思います。

イタリアがオリンピック招致に傾く実利的な理由ももちろんあります。

今回東京と招致合戦を繰り広げたマドリードのスペインと同様に、イタリアは深刻な財政危機にからむ不況の中にあります。スペインがマドリードに五輪を呼び 込んで、特に若者のための仕事を創出しようと企図したように、イタリアもオリンピックを景気回復の起爆剤にしようと考え始めているのです。

実はローマは、今回日本が勝ち取った2020年五輪の招致を目指していたのですが、破産危機のまっただ中にあるイタリア政府が、大会の財政保証を拒否したために立候補を断念した、といういきさつがあります。昨年2月のことです。

あれから1年半余りが過ぎましたが、イタリアの財政危機は依然として深刻なままです。失業率も特に若者を中心に異常に高く、前述したように第二次大戦後では最大と言われる不況から脱出できずにいます。

それでも、いやだからこそ、オリンピックを招致しようと考える人々が増えてきたのです。1年半前に財政難を理由に諦めたくせに、なんと節操のない態度だと いう批判もありますが、五輪開催に前向きな人々は、同じく財政難の中で行なわれたロンドン五輪の成功を見、今回また不況を押して招致活動を展開して、見事に権利を勝ち取った日本の活動に刺激を受けたのです。

五輪大会は周知のように中国やブラジルなどの新興国での開催と、現在の日本や英国などの成熟国家での開催には大きな違いがあります。経済発展を続ける新興国は国威発揚を目指して五輪を活用しようと考え、それは概ね成功しています。1964年の東京五輪がそうでしたし、2008年の北京オリンピックもそうで す。

経済が発達した成熟国家であるイタリアは、同じ成熟国家であるギリシャが2004年アテネ五輪で経済的に失敗した厳しい現実を目の当たりにして、2020 年の大会招致に二の足を踏みました。しかし、繰り返しになりますが、その後に行なわれた英国ロンドン五輪の成功を見て再び心を動かされ、さらに今、東京の 明るい展望にあふれた招致運動を見て、これに大きく啓発されたのです。

国全体への経済効果、という観点からはその価値を疑問視されることも多いオリンピックですが、恐らく世界最大のイベントである五輪のもたらす文化的社会的な利益は計り知れない物があります。だからここまでの成熟各国家の開催前、開催、開催後の取り組みを参考にしながら計画を立てていけば、イタリア・ローマ が2024年開催を「経済的にも」成功に導くことは夢ではないように思います。

イタリアのそうした動きが、東京の見事な誘致活動の影響であることは本当に嬉しいことですし、そんな風に世界に影響を与えていること自体が、既に2020年東京五輪の大きな成果の一つとも言えるのではないでしょうか。

五輪招致を勝ち取った東京は、今この時から大会後の施設等の運営法や経済効率なども深く考慮しながら7年間の工事を進めて行くものと確信します。それは きっと東京に、また日本全体にポジテブな効果をもたらすでしょうし、そのことがまたイタリアの招致活動にも好影響をもたらすに違いない。

「2024年パリ五輪」というのも良い響ですが、フランスはこの国に比較した場合それほど経済的には逼迫していません。そこで一つここは「欧州財政危機からの脱出」という大きなテーマにもからめてパリには辞退してもらい、2024年のオリンピックを同危機の元凶国の一つであるイタリア・ローマで開催してほ しい、と考えるのは馬鹿げているでしょうか。

もし実現した場合、イタリアを第二の母国と考えている僕にとっては、2度の五輪が連続して「故国」で開かれることになるわけで、少し大げさに言えば、今から興奮して夜もろくに眠れない日々が続きそうです。

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