FIFA(国際サッカー連盟)は、W杯のイタリアVSウルグアイ戦でイタリアDFのキエッリーニに噛み付いたウルグアイのFWスアレスに対して、代表戦9試合の出場停止と4カ月のサッカー活動の禁 止、さらに罰金10万スイスフラン(約1100万円)を科した。
この処分によってスアレスはW杯の残り試合に出場することはできなくなった。FIFA はさらに同選手に対し、W杯スタジアムへの入場とチームとの接触も禁止した。また処罰は来年のコパ・アメリカ(南米選手権)にも及ぶため、スアレスは同大会にも出場 できなくなった。
4カ月に渡って一切のサッカー活動を禁じられたスアレスは、10月末まで所属先のイングランド・リヴァプールでのトレーニングにも参加できない。
またチャンピオンズリーグの最初の3試合も出場禁止になるばかりではなく、プレミアリーグも開幕から9試合はピッチに立てない。
サッカーは肉体が激しくぶつかり合う競技である。その中で頭突キやマワシ蹴リやヒジ撃チやケタグリなどの反則も起きる。しかし、相手に噛み付くという反則
はあまり聞かない。僕が知る限りはスアレスだけが犯している悪行だ。サッカー以外でならボクシングのマイク・タイソンが、イベンダー・ホリフィールド
の耳を噛み切った恐るべき「事件」があるが。
スアレスの噛み付きは今回が初めてではない。オランダ・アヤックス時代にも一度、現在所属しているイングランド・プレミアリーグでも相手選手に噛み付い
て、出場停止などの重い処分を受けている。そして先日、W杯の大舞台でもまた違反行為をやってしまった。2度あることは3度あるということなのか。3度目
の正直で、もうこれで終わり、ということになるのか・・
展開の速いサッカーの試合中に相手に噛み付くなんて、僕には相当に滑稽感の伴う行為に思えるが、当人のスアレスにとっては笑い話どころか、きっと深刻な心の闇的な原因によってもたらされる反応なのだろう。
噛み付きは小児科学によって説明される。本能的、自己防衛的に子供が見せる行為で、ほとんどの場合は成長と共に消えていく現象であり無害である。しかし、家庭環境が難しかったり成長過程で何らかのトラウマがあったりすると、突発的に噛み付きの衝動が出てしまうことがある。
スアレスは子供の頃に家庭環境が難しかったことが原因でトラウマになり、大試合などで極度の緊張を強いられたりカッとなったりすると、自分を抑えられずに噛み付きの衝動が表れるのではないか、とスポーツ心理学の専門家は分析している。
つまり、スアレスの吸血鬼的行為はほとんど病気なのである。FIFAは彼に処罰を下すだけではなく、心理セラピーなどの治療に専念するよう促すべきだ。
もっともスアレスは実は、既に治療を受けたりもしてはいるらしい。でもドラキュラ伯爵みたいな行為を続けているところを見ると、きっとあんまり効果がない
のだろう。
噛み付き行為は被害者にとって深刻な結果をもたらすことも多い。というのも人間の口の中には200近いとも言われる種類のバクテリアが棲みついていて、噛んだときにそれらが相手に作用して感染症を起こすことも少なくない。噛まれて痛い、というだけでは済まないのだ。
昔「♪あなたが噛んだ、小指が痛い♪~」という歌が流行ったが、あれは恋人との小指の思い出で胸が痛いという意味ではなく、あなたに噛まれて私の小指は感染症になった、一体どうしてくれるのよ、という女性の怒りの歌だったのである。
それはさておき、世界トップクラスのストライカーであるスアレスが噛み付き行為に走ったのは、イタリアのDFであるキエッリーニが彼をきっちりと抑え続けたからである。
カテナッチョ(かんぬき)と陰口をたたかれる程に伝統的に守備の強いイタリアチームには、優れたDFが多く輩出する。キエッリーニは現在のイタリアのDF
の中では恐らく最も強い選手。スアレスは強力なディフェンダーに行く手を阻まれ続けて、ついに気がおかしくなったのである。
噛み付き行為とスアレスへの批判ばかりが先行して、スアレスを抑え込んだキエッリーニの力量を褒める者が誰もいないのでここで言及しておくことにした。
ところで、そのキエッリーニは試合後は早々とスアレスの行為を許すと宣言し、FIFAの処罰については重過ぎると批判している。そればかりではなく、彼は世界中の非難を浴びているスアレスの家族の立場を慮って、彼への攻撃を止めるべきだとさえ主張している。
僕はスアレスに対しては正直キエッリーニほど優しい気持ちにはなれない。ほぼ病気に近い行為だから強く非難もしない。しかし、彼がピッチ上で審判の処罰を逃れたことには怒りを感じる。あれは明らかにレッドカードものの反則だった。
スアレスは即退場になるべきだったのだ。それをしなかったのは、W杯開幕戦で西村主審がブラジルにPKを与えた誤審にも匹敵するレフェリーの失策だ。
スアレスが退場になっていれば試合の流れは確実に変わっていただろう。審判の行過ぎたアクションで退場者が出て、10人で戦っていたイタリアは、スアレスのレッドカードで同じく10人態勢になったはずのウルグアイに襲い掛かって、ゴールを決めていたかもしれない。
たとえそうはならなくとも、スアレスの大反則の直後の失点は発生せず、引き分けで一次リーグを突破していた・・
と、まぁ、イタリアサッカーのファンとしては思いたくもなるわけなのである。