【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2014年09月

書きそびれている事ども

書こうと思いつつ優先順位が理由でまだ書けず、あるいは他の事案で忙しくて執筆そのものができずに後回しにしている時事ネタは多い。僕にとってはそれらは「書きそびれた」過去形のテーマではなく、現在進行形の事柄である。過去形のトピックも現在進行形の話題もできれば将来どこかで掘り下げて言及したいと思う。その意味合いで例によってここに箇条書きにしておくことにした。

ベルルスコーニ
少女買春疑惑で意外にも無罪になった元首相。裁判はまだ続くが鼻息は荒い。相変わらず悪運も強く、離婚した妻に支払った慰謝料の3割に当たる約50億円が、支払い過ぎと裁判所に認められて返還された。慰謝料は別居中の3年間分の金額。全体では年約34億円X生涯という途方もない金額。元首相は一括払いを望んでいて元妻側と交渉中らしい。

堕船長スケッティーノ

豪華客船コンコルディア号を遭難させた上、真っ先に船から逃げ出したトンデモ船長フランチェスコ・スケッティーノが、ローマ大学でなんと危機管理とはなんぞや、なんてテーマで講演をした。呼ぶほうも呼ぶほうだが、のこのこと出かけて行くスケッティーノ元船長も相当のKY鉄面皮だ。それよりもあれだけの事件を起こした男が、裁判進行中に自由に動き回っているのは、どういうことなのだろう。イタリアの仕組みは時々良く分からない。

ヤラ事件
13歳の少女ヤラ・ガンビラジオが強姦目的だった男に殺害された。多くの人々の人生をむちゃくちゃにした複雑怪奇な人間模様が次々に明るみになる中、犯人(DNA鑑定では100%犯人とされる)のマッシモジュゼッペ・ボセッティは犯行を否定したまま収監されている。

殺害された少女の下着とレギングに付着していた血液からDNA鑑定がなされ、それは15年も前に死んだ男の息子のものと分かった。しかし彼の実の息子たちは事件とは関係がないことが証明された。男が不倫によって産ませた息子がいるのではないか、という推測から警察による母親探しが始まった。無謀にも見えた捜索は奇跡的に功を奏して犯人に行き着いた。推理小説もマッ青のとてつもないドラマは今も進行中。

トト・リイナの暴力
1993年に逮捕・収監されているトト・リイナが、最近獄中で知人の囚人に語ったとされる内容がリークされて、新聞などで堂々と記事にされている。そこで彼は現在のマフィアのボスと見なされている逃亡潜伏中のマッテオ・メッシーナ・デナーロについて語る。いわく「奴は金儲けのことばかり考えて国家への挑戦を忘れている。死ぬべきだ」。また反マファイ活動の急先鋒であるチョッティ神父についても「奴はマフィア以上にマフィアだ。殺してやる」などと語っているとされる。

当局が獄中のリイナを監視し盗聴もしているであろうことは当たり前として、その内容を外にリークするのは何が狙いなのだろうか。トト・リイナは獄中にあってもマフィア組織を牛耳っていると人々に信じさせるため?そうすることでリイナへの恐怖心を新たに植え付け、かつ同時にマッテオ・メッシーナデナーロの威を削ぐため?あるいは単純にボスのマッテオ・メッシーナ・デナーロの逮捕が近いことを知らせる前触れ?マフィアの大物の逮捕が近づくと、 逮捕されるべき男に関する不思議な話題が突然出現するケースが多いのだ。

以前シチリア島の中心都市パレルモで、メッシーナ・デナーロ の顔を建物の壁に描いた落書きが出現して大きなニュースになった。壁の 似顔絵はメッシーナ・デナーロの逮捕が近いことの現われなのではないか、と僕はその時に密かに思ったが、何事もなくそのまま時間が過ぎて彼の行方は杳として知れない。そして、今またリイナの口を通して彼の話題が表に出た・今度こそもしかすると・・・

フランシスコ教皇に伸びる魔手?
フランシスコ教皇暗殺計画の噂が絶えない。バチカンの改革に熱心な教皇は、クーリア(バチカン内の保守官僚組織)に怨まれて暗殺されかねない、という話は以前からあったが、ここへきて中東の過激派組織「イスラム国」による脅威が現実化している。イスラム国は元々キリスト教徒への憎悪を隠そうともしなかったが、フランシスコ教皇が「イスラム国に対する国際社会の戦いは合法的」と武力行使を容認する趣旨の発言をしたために、テロリストの激しい反発を買うことになった。

イスラム国はイラクなどで訓練を積ませた欧州出身のメンバーをイタリアに送って、教皇の暗殺を画策しているとされる。イスラム国には、アラブ系移民を中心とする多くの欧州人の若者が参加している。彼らはそれぞれの母国に戻って、ヨーロッパ内でのテロ工作に従事する計画だという。教皇暗殺もその一環だと言われている。不穏な空気が欧州を包み始めている。

祝:スコットランド英国残留


スコットランドの英国からの独立が回避された。

僕はそのことを喜ぶ。

スコットランドの独立は全く同地のためにならず、英国のためにもならず、さらには世界のためにもならない、と僕は思ってきた。

スコットランドの人々の愛国心あるいは強い郷土愛は良く分かる。それはとても大切なものだ。

だがそれだけを頼りに独立することは、必ずしも良いことばかりではない。

貧しく弱い国家が誕生する可能性が高いからだ。

スコットランド自体が貧しく弱くなり、同時にそれは英国をも貧しく弱くする。

英国が貧しく弱くなれば、世界は民主主義大国の一角を失うことになる。

少なくとも民主主義大国イギリスの威信が弱まることになる。

ロシアや中国や北朝鮮やシリアやイスラム国等々、多くの民主主義の敵国や敵対思想が世界にのさばっている現在、民主主義の旗手たる英国にはぜひとも頑張ってほしい。

同じ民主主義国とはいえ、その成熟度や内容が心細いイタリアや日本にとっても、英国はとても重要な手本だ。

英国が、英国のまま留まることになるスコットランドの選択を、僕はとても喜ぶ。

英国よりももっと英国みたいなイタリアの夏



イギリスの詩人バイロンは「英国の冬は7月に終り、8月に再び始まる」とうたった。

それは北国の長い冬を皮肉る形で、母国のはかない、光の乏しい、寂しい夏を嘆いた詩である。

イギリスを含む北欧の夏はそれほどに短く、陽光は弱い。

南国生まれの僕は、若い頃ロンドンに足掛け5年住んだが、長い冬と短い夏が連続する気候に中(あ)てられて少し健康を害したほどである。

イギリスを始めとする北欧の人々は暑い夏の輝きに飢えている。

ここ南欧のイタリアの夏は、それら北の住人達が激しく憧れる地中海域の光に溢れている。

ところが今年は寒い雨の日が続き、ほぼ9月半ばの今も雨天の多い気温の低い日が続いている。

おかしな夏の予感は6月終わりから7月初めに行ったチュニジアでもあった。

シチリア海峡をはさんでわずか150キロほどの距離にあるチュニジアは、イタリアから最も近い北アフリカのアラブ国。

元はフランスの植民地だが、その前はローマ帝国の版図の中にあった。

歴史的事情と、シチリア島に近いという地理的事情が相まって、同国にはイタリア人バカンス客が多く渡る。

1980年代に、イタリアにしては長い4年間の政権維持を果たした社会党のベッティーノ・クラクシは、汚職事件の関連で失脚してチュニジアに亡命。その後イタリアに帰ることはなく同地で客死した。

似たようなエピソードはイタリアには多い。イタリア人はチュニジアが好きなのである。

そんなわけでイタリアーチュニジア間には多くの飛行便があり船も行き交う。

そのうちの一つを利用して僕もチュニジアに渡ったのだが、アフリカのビーチにしては連日涼しい日が続いた。

いや、日なたに出ると斬りつけるような強烈な光が襲うのだが、日陰では涼しく夜もしのぎやすい日々だった。

つまりシチリア海峡の向こう側のイタリアの気候は、北アフリカの海岸でも感知できたのだ。

今にして思えば、それは冷夏の予感に満ちていた。

イタリアの夏は、普通の場合、8月半ば頃に終りが始まる。

テンポラーレ(雷雨を伴なう暴風)が頻繁に起こって暑気を吹き飛ばして行き、8月の末にもなると涼しさを通り越して肌寒い日さえある。

今年はそれが7月から始まった、という風である。

まるでイギリスの夏みたいに。

いや、少し違う。

今年のイタリアの夏は、英国よりももっと英国的な、肌寒い寂しい夏だ。

というか、夏だった・・

今の空気はもう明らかに秋である。山や海のリゾート地が期待した好天の9月は恐らく巡り来ないだろう。

で、そういう天気が嫌いかというと、実はそうでもない。

というか、日日是好日、雨は雨、冷夏は冷夏で、それなりに面白いと思う。

もちろん農家や観光地は大変な目に遭っていて気の毒なのだが・・・




「アサヒの春」は「アラブの春」を越えられるか~朝日新聞の出直しに期待する~



朝日新聞への激しいバッシングが続いている。慰安婦報道の誤りを認めながらも謝罪しない同紙の態度はいかがなものかと感じつつ、それでもネットを中心とする日本のメディアが、まるで申し合わせたように朝日新聞全面否定とも見える論陣を張っている事態にも疑問を覚える。例によって誰もが「反~(ナントカ)」キャンペーンの全体主義に呑み込まれてしまい、皆で渡れば怖くない、ならぬ「皆で叩けば怖くない」とばかりに、大勢順応・迎合主義を大いに発揮して朝日新聞バッシングにひた走っている様子を、少々うんざりしながら国外から観察している者である。

慰安婦問題に関連して、池上彰氏の批判コラムを同紙が掲載拒否したことで炎上に油が注がれてしまい、天下の朝日新聞もいよいよ再起不能地点まで落ちたと見えた。恐らくあの頃は多くの人が僕と同じ思いだったのではないか。ところが社内外からの強い批判を受けて、朝日新聞は一転して池上氏のコラムを掲載した。周知の通りそこには、池上氏と読者への謝罪文も並んで発表され、池上氏自身の「過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」という論語の一節を引用したコメントも同時に紹介された。

慰安婦問題で誤報を続け、それを知りつつも訂正や検証をせず、やがてネットや他のメディアでの批判が高まると、ついに誤りを認めて記事を削除するとしながらも、謝罪はおろかそれを深く検証する作業も怠ってきた朝日新聞の態度は極めて残念である。このことは今後必ず総括されるべきだし、そうすることによってのみ朝日新聞は自浄能力があることを社内外に知らしめて、そこから信頼回復への道筋が見えてくるだろう。いったん没にした池上氏のコラムを掲載しただけでは、朝日新聞の問題は何も解決しないと考える。

それでも朝日新聞が、一度拒否した池上彰氏のコラムを掲載したことは、同紙の再生の可能性が見えたものとして評価したい。ただしそれには条件がある。慰安婦報道の全ての問題や、池上コラムをいったん没にして手の平を返したように掲載に踏み切ったいきさつ、それへの検証、将来へ向けての報道姿勢の修正あるいは体質改善の計画、また決意などをきちんと示すことである。さらに同紙バッシングへの反論があるなら、そのことも含めて全面的に紙上で論を展開しつつ、世界に向けてもそれらの情報を明確に発信していくこと、等である。

朝日新聞が、戦後の日本の良識を代表する日刊紙の一つであり続けたのは、疑いようもない事実だ。従軍慰安婦報道を巡る騒動のせいで、もはやそれは過去形になりつつはある。が、前述のことを丁寧に進めて行くなら、同紙は今まで以上に認められ名誉回復も成る可能性がある。朝日新聞の対面にあるメディアの、ナショナリズムを煽るような主張は、ナショナリズムがその名の通り国内でのみ支持される他者(他国)を無視したコンセプトであるだけに、世界には受け入れられない。リベラルを旗印とする朝日新聞にはぜひとも失地回復をして出直してほしい。

謝罪拒否やコラム掲載拒否などに代表される、今回の騒動への朝日新聞の対処の仕方(或いは対処拒否)は、独善的で醜悪なものだった。報道機関としての良心や誠実のかけらも見えない不遜な態度は、自己保身のみを優先させる呆れた行動から生まれた。しかし幸いにもそんな闇の中にさえ、希望は存在することが明らかになった。それが朝日新聞の現役記者による内部告発とも呼べるツイッター発信だ。その中には意見自体が問題視されるものもあったが、彼らが意図したのは自社の決定をSNSを使って糾弾するということであり、その動きはジャスミン革命に端を発したアラブの春を彷彿とさせる。

チュニジアのジャスミン革命は、一青年が政府への抗議の為に焼身自殺を遂げた事実が、SNSによって一気に国中に知れ渡って若者を中心とする国民の怒りを誘ったことから始まった。それは近隣のイスラム教国家に次々に波及してアラブの春を呼んだ。そこで重大かつ唯一の武器になったのがツイートやfacebookなどのSNSだった。自社を告発する朝日記者のツィートが、池上コラムの掲載見送りを一気に反転させる原因の一つになった事実は、まさにアラブの春の記憶を呼び起こす。SNSの大勝利と言っても構わないのではないか。

ところでもしも彼らの抗議が、発信と同時に外部にも拡散していくツイートという手段ではなく、口頭や文書等による従来の社内告発ならどうなっていただろうか。それらはきっと潰されて間違っても表に出ることはなかっただろう。朝日新聞は現場の心ある多くの記者のおかげで、崖っぷちで踏みとどまったと言える。だが、そこからの脱出はまだ成されていない。朝日新聞の失った信頼と、同時に沸き起こった読者の怒りは大きい。朝日新聞は信頼回復を目指してがむしゃらに行動するべきである。

しかし、同紙の活動は日本人の信頼を取り戻すだけで終ってはならない。朝日新聞は自らが行う総括の全容を世界に向けても発信するべきだが、肝心なことはそれを同紙自身が保有する英語版などの紙面でやってはならない、ということである。なぜならそんなものは、日本以外の世界の誰も読まないからだ。世界のメディアにおける朝日新聞の存在は、残念ながら重箱の隅の残り物程度の重みさえ持たない。そこで従軍慰安婦報道の間違いを検証し削除し自己批判をしても、世界的にはほとんど意味はないのである。

ならばどうするか。

例えば従軍慰安婦問題追求の急先鋒であるNYタイムズなどの世界の大手メデァアに、自らの報道の間違いを認め、検証し、それを削除否定する論を発表するのである。同じメディアである世界の主要紙に寄稿するのは、朝日新聞にとっては大きな屈辱に違いない。しかし、そうすることによって、同紙は世界の信頼や賞賛までも得る可能性がある。そればかりではない。その暁には朝日新聞は、慰安婦騒動で傷つけられた日本国民への贖罪も果たすことになる。

話が飛ぶようだが、ロシアのプーチン大統領は昨年9月、米国のシリアへの軍事介入を牽制する公開書簡をNYタイムズに寄稿し、それによって国際世論を自らに引き寄せて、その結果ライバルのオバマ大統領よりも優位に立つ契機を作る、という離れ業をやってのけた。世界規模で影響力のあるメディアにはそれほどの力がある。朝日新聞は怖れずにプーチン大統領の例などに倣うべきである。

その際は同紙が強い親近感を持つ韓国国民に対しても、誤報によって同国民をミスリードした事態を報告し、謝罪するべきである。そうすることによって、韓国の反日キャンペーンは拠り所を失うことになり、日韓関係の改善へ向けて同国の政治や世論が動き出す「きっかけ」が生まれるかもしれない。従軍慰安婦報道によって、現在のねじれた日韓関係の原因の一つを作り出してしまった朝日新聞には、両国の関係改善の空気が醸成されるように最大限の努力をする義務もある。


渋谷君への手紙 2014・9・1日



渋谷君

いつもながらのブログ記事へのコメント、感謝します。

前回記事『バチカンは反「イスラム国」一色の全体主義に巻き込まれてはならない』に関して言えば、君の読みは珍しく浅いと僕は感じています。僕の作文の拙さを脇に置いても、君はきっと忙し過ぎて記事をゆっくり吟味する時間がなかったのでしょう。

僕は「イスラム国」のやり方には 強い怒りを覚えていて、ブログの表題である反「イスラム国」側、つまり国際世論の趨勢である「全体主義」側にいます。従って、もちろんクルド人勢力に武器 の供与を決めたドイツとイタリアも支持しています。その観点からは、矛盾するようですが、ローマ教皇の戦争容認発言さえ支持したいほどです。

ちなみに僕がここで言う「全体主義」とは、イスラム国の戦士以外の世界中の人々が、彼らを糾弾する側に回っている状況を指していますが、それは良いことで あると同時に「誰もが同じ方向を向いている」という事実そのこと自体は、異様で危険な兆候であるかもしれない、というニュアンスで使っています。

欧米に代表される世界は「イスラム国」を糾弾する側に回り、武力闘争も辞さないことを表明し、また実際に米国は空爆を開始しています。僕はそのことにも賛 成です。政治・経済・軍事その他の「俗事に関わる世間」は、一丸となって「イスラム国」に挑みかかっている。そして俗人である僕はそのことに全面賛同して います。

しかし、宗教界は俗事に関わる世間と同じであってはならない、というのが僕の持論です。彼らは戦争には絶対反対と言いつづけ、対話によって平和を追求しな さい、と「俗世間」に向かって主張するべきなのです。つまりそれは理想です。理想は常に現実と乖離しています。だからこその理想なんですね。次に少しその ことにこだわります。

例えば核兵器廃絶というのは理想です。しかし、現実世界は核兵器によって平和が保たれている、という一面も有しています。あるいは原発全面廃止。これも理 想です。しかし、現実にはそれが必要とされる経済状況があります。現実主義者の俗人である僕は、それらの理想に憧れながらも、今現在の社会状況に鑑みて 「現実的選択」もまた重要だ、という風に考えてしまいます。

ところで、俗世間の大半の現実主義者たちは、現実的ではない、という理由でしばしば理想を嘲笑います。彼ら現実主義者たちは往々にして権力者であり、金持 ちであり、蛮声を上げたがる者であり、俗世間での成功者である場合が殆どです。彼らは俗世間でのその成功や名声を盾に、したり顔で理想を斬り捨てることが 良くあります。

俗人である僕は現実主義者でもあるわけですが、僕は権力者でもなく、金持ちでもなく、成功者でもありません。しかし、「イスラム国」を弾劾する側にいて、 それを潰すべきだと口にし、ブログ等で同じ主張をしたりもしている「蛮声を上げる者」の1人である、とは自覚しています。しかし、ただそれだけではない、と も僕はまた自負しているのです。

つまり、僕は理想を嘲笑ったりなどしません。前述したようにむしろ理想を尊重し、憧憬し、常に擁護しています。そして暴虐を繰り返すイスラム国とさえ「対 話をする」べき、というのはまさしくその理想の一つです。しかし、しつこいようだけれども、現実主義者である僕にはそれは受け入れられない。彼らの行為は 余りにも常軌を逸してい て武力によって鎮圧するしかない、と思うのです。

そこでバチカンに代表される宗教界にその理想の希求を委ねる、というのが僕の言いたいところです。バチカン、つまりフランシスコ教皇が実質的に「イスラ ム国との戦争を支持する」という旨の発言をしたのは、ローマ教会の因習と偽善を指弾する彼の改革の道筋の一つと考えることもできます。つまり「悪」である イスラム国は武力で抑えても良い、と本音を語ったわけです。

このことにも現実主義者としての僕は賛成します。でも彼はそれを言ってはならないのです。なぜなら彼は飽くまでも理想を探求する宗教者であってほしいから です。彼に良く似ている故ヨハネ・パウロ2世は、徹底して戦争反対と言いつづけました。彼は2003年にイラクを攻撃した米国と、当時のブッシュ大統領へ の不快感を隠そうともしませんでした。バチカンは必ずそうあるべきです。

誰もが戦争賛成の世論は狂っています。いや、イスラム国への武力行使に関しては正しい。でもそうではない、という理想を誰かが言いつづけなければならな い。 それなのにフランシスコ教皇は逆の動きをした。それは間違いだと僕は思うのです。彼は内心「戦争容認」であってもそれを口にしてはならない。ヨハネ・パウ ロ2世の遺産を引き継いで「戦争は絶対反対」と言い続けるべきです。

キリスト教徒の教皇が、ムスリムの「イスラム国」への武力行使を認めるのは、十字軍と同じとは言わないまでも、それの再来をさえ連想させかねないまずい言 動ではないでしょうか。血みどろの戦いを続けた歴史を持つキリスト教徒とイスラム教徒。2宗教の信者は争いを避けて平和を希求する義務がある。それは近 年、特にキリスト教側が努力実践してきた道筋です。フランシスコ教皇はその道を進むべきだと僕は主張したいのです。

君は宗教と現実の俗世界を分けて考えている僕を誤解しているようです。また、銀行員として海外勤務も多くこなしてきたにも関わらず、ここしばらくは日 本国内での勤務がほとんどの君には、ローマ教皇の強い存在感や世界宗教間の対立あるいは緊張、また欧米と中東諸国のいがみ合いの構図などが、実感として肌 身にまとわり着く僕の住むこの欧州の状況は、中々理解できないのだろうと推測します。

世界12億人の信者が崇拝し影響を受けるのがローマ教皇の言動です。イスラム国の悪事を伝えるニュースには、これよりもさらに多い20億人ものキリスト教 徒 が一斉に反応します。歴史的に決して平穏な仲ではなかったカトリックやプロテスタントを始めとして、キリスト教徒は全体としては一枚岩とはとても言えない 存在でした。しかし、事がイスラム国に及ぶと、世界中のキリスト教徒はがっちりと手を結びお互いに賛同します。

ムスリムは彼らキリスト教徒の普遍的な敵であり続け、今も敵対しています。ただでもキリスト教徒はイスラム教徒を嫌い、逆もまた真なりです。かてて加えて イスラム国は、クルド人と共にイラク国内のキリスト教徒をピンポイントで狙い、攻撃し、虐殺しています。欧米のそして世界中のキリスト教徒がこの事態に憤 激しない筈はありません。またたとえキリスト教徒ではなくても、世界中の人々がイスラム国の残虐非道なアクションに嫌悪を覚えているのは、日本国内のセン チメントを指摘するだけでも十分過ぎるほど十分でしょう。

これが僕の立ち位置です。僕がイスラム国を擁護し、フランシスコ教皇を批判しているというあなたの指摘は間違っています。僕はイスラム国の非道な行為を指 弾します。またフランシスコ教皇の勇気ある多くの改革推進と彼の哲学と人柄を尊敬します。イスラム国のアクションを否定する彼の言動も支持しま す。しかし、彼は断じて「戦争容認」発言などをしてはなりません。例えば「戦争はNOだ。しかしイスラム国の残虐行為は許されるべきではない」などと言う べきなのです。

フランシスコ教皇は、実はそんなニュアンスの発言もしています。しかし、それは「実質的な戦争容認発言」の後で記者に真意を追及されて、苦し紛れに口にし た言葉でした。少なくとも苦し紛れに見える、居心地の悪そうな奇怪な印象のやり取りの中での発言でした。当然それはインパクトが弱く、より驚きの強い「イ スラム国と国際社会の戦争は合法」とした主張だけが、1人歩きを始めてしまったのでした。

その発言は、今のところはイスラム国を非難している、宗教上の彼らの同胞である多くの同じムスリムたちが、将来どこかで一斉に反発しかねない危険を孕んでい ます。つまり、 かつての十字軍とムスリムの戦いに似た争いに発展しかねない。負の歴史の再燃につながる可能性も秘めた極めて重い意味を持つのが、フランシスコ教皇の、僕 に言わせれば大いなる「失言」に他ならないと考えているのです。 』



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