【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2015年01月

成るかチュニジアの民主化

50%父子引きチュニジア香炉引き50%

北イタリアのスーパーの一角でアラブ産陶器を売るチュニジア人父子


仏テロの次は日本人人質事件、と年明け早々展開の速い事件が続いている。筆の遅い僕はそれらについて書こうと思いながら時間が過ぎ、昨日はとうとうイスラム国に拘束されていた日本人の1人湯川遥菜さんが殺害されたとするニュースが世界中を駆け巡った。

イスラム過激派の蛮行が続いて、ここ欧州では無辜(むこ)なイスラム教徒や同移民への反感や偏見が増長している。過激派を糾弾することが一般のイスラム教 徒への憎しみにつながってはならない。しかし、イスラム教徒への同情が過激派への援護になるような事態もまた避けなければならない。

昨今は混乱の中で、あってはならないことが同時にあるいは次々に起こっている。いずれの主張や立場や言動にも一理があり且つ間違いがある、というのが真実 である。僕自身は基本的に揺らがないスタンスを持っている。つまり「表現の自由」とは過激なことも差別的なことも含めて何でも表現することを良しと する、ということである。

それはある種の人々には決して受け入れられない考え方である。信じる者にとっては絶対である神以外は、あらゆる事象は2面性を持っている。が、実は神そのものも2面性の矛盾からは逃れられない。なぜなら神を信じない者にとっては、それは絶対どころか存在さえしないものだから。

今世界を揺るがしている表現の自由や宗教風刺画やテロといった深刻な事案の特徴は、極めて折り合いのつけにくい2面性の共在だ。どこを切り取って見ても、あちらを立てればこちらが立たず、という状況になって妥協が難しい。

それでも妥協点を探りつづけ、折り合いの付け所を見つけようと努力するのが文明社会の鉄則だ。しかし、こと「表現の自由」に関する限りは、僕はあえて譲歩をすることなく、2面性のあちらとこちらに立つ者がお互いの主張を永遠に言い合い、同時に「言い合うことを認め合う」間柄でいれば良いのではないか、とも思う。

芸術表現においては、それは自明のことである。問題は政治的な観点での表現の自由だ。そこでは表現者を銃剣で殴殺する「ヒョウゲン」もあると考える、権力者を含むテロリストへの怖れから、表現の制限が言われる。つまり表現の自由がそこで死ぬ。

僕はあらゆるものの持つ2面性を認める。つまりそれは僕に真っ向から反対する人々の主張も尊重するということだ。本気でその態度を貫けば、表現を暴力で圧殺することはあり得ない。

もちろん言葉の暴力や風刺画の暴力など、表現にまつわる「不快」は常につきまとう。だがその「不快」は生きている限り、つまり銃剣によって抹殺されない限り、必ずどこかで解消可能なものだ。それこそ表現によって。

僕はそのことについて既にブログに書き出していて、この先もしばらくはそのテーマで記事を書いていくつもりだが、ここでは昨年末から書きそびれていることを急いで書いておくことにした。実はそれも「表現の自由あるいは不自由」に関する連続テーマの一環だ。

2014年12月21日、ジャスミン革命の地、チュニジアで大統領決戦投票が行われた。決選投票の約一ヶ月前に行われた大統領選には、27人が立候補し過半数を獲得した候補は出なかった。

そこで1位と2位に入ったカイドセブシ氏(87)と、人権活動家の暫定大統領マルキーズ氏(69)の間で決戦投票が行われ、前者が勝利した。

冒頭の写真は大統領選の直後、僕の住む北イタリアの村のスーパーの一角(市場)で、チュニジア製の陶器を売る同国出身の父子、モウラド(Mourad44)とシェディ(Chedy17)である。

父親のモウラドは、大統領選でカイドセブシ氏が勝ったことをとても喜んでいた。理由はカイドセブシ氏の方がよりCattivo(カッティーヴォ)だからだという。

Cattivoとはイタリア語で嫌な奴とか悪い奴とかを意味する。カイドセブシ氏を支持すると言いながら矛盾するような表現だが、モウラドは実はその言葉を「強い人格」という意味で使ったのである。

つまり2011年のジャスミン革命の後、政治経済ともに低迷・混乱している彼の母国チュニジアには、強いリーダー「Cattivoな政治家」が必要で、カイドセブシ氏こそ適任だという訳である。

モウラド一家は、イスラム過激派とは何の関係もない、それどころか無法なテロ組織を憎む、普通のイスラム教徒である。イタリアを含む欧州には、モウラド一家と同じ多くの罪の無いイスラム教徒が住んでいる。

モウラドと彼の家族の場合には、混乱が続くアラブ諸国の中で比較的民主化が進んだチュニジアからの移民、というのが少し毛並みが違う。チュニジアはアラブ世界の民主化のロールモデルになり得る可能性を依然として秘めている。

父子は母国で民主的な選挙が行われたことを喜び、勝利したカイドセブシ氏がうまく国をまとめてチュニジアに真の民主主義を根付かせてほしい、と熱心に話していた。

新大統領のカイドセブシ氏は87歳と高齢だが、彼が党首を務めるニダチュニス党は先に行われた議会選挙でも勝利を収めて、いよいよチュニジアの本格的な民主化へ向けて動き出すと期待されている。

チュニジアは憲法で大統領の権限を国防と外交に限定し、内政を首相に一任する形を取っている。権力が一箇所に集中して独裁性が高まることを阻止するためである。長い独裁政権の下で苦労した経験からの知恵である。

しかし、カイドセブシ氏のニダチュニス党は昨年10月の議会選挙でも勝利していて、首相と大統領の両ポストを握ることになるため、独裁化を危惧する声も上がっている。

仏テロから邦人人質事件など、イスラム過激派の動きが世界を震撼させる中、アラブ諸国内での過激派への対抗勢力としてもっとも期待されるのが、民主主義や民主国家の誕生である。

その先頭を行くのがチュニジアだ。アラブの春の動乱に見舞われている国々の中では、チュニジアの民主化がもっとも進んでいるとされているのである。

ところが、同国からは多数の若者が出国して、シリアとイラクにまたがる地域を拠点にするテロ軍団「イスラム国」に戦闘員として参加するなど、不穏な事態も多く発生している。

矛盾と不安と混乱が支配するチュニジア社会をまとめて、そこに民主主義を根付かせることができるなら、カイドセブシ氏はアラブ世界の救世主として歴史にその名を残す可能性も大いにある。

なぜなら、独裁政権を倒したチュニジアのジャスミン革命がアラブの春の呼び水となったように、今度はチュニジアの民主化が他のアラブ諸国の先導役となって、同地域に横行する独裁政権や過激派が一斉に排斥され、アラブ世界全体に真の民主化が訪れないとも限らないからだ。


シンゾー・アベ首相 where are you?

仏デモ引き見出し込み


写真はフランスの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」本社 襲撃事件と一連のテロに抗議して、パリで行われた大規模デモの模様を伝える、イタリアきっての高級紙「コリエレ・デッラ・セーラ」の一面である。

この写真と全く同じ絵や映像が、デモ当日の1月11日午後以降、世界中を駆け巡った。WEBなどにはより鮮明な写真が幾らでも載っているが、あえて新聞を接写した。

デモの模様は、イタリアのみならず欧州の大半のメディアで一面トップで大々的に報じられ、その映像はインターネットに親しむ者を含む多くの人々の脳裡に深々と浸透した。

それは繰り返し報道され、15日現在もそこかしこで掲載、放映されている。2015年1月11日は、テロが起きたその4日前の1月7日とともに、欧州をそして世界を揺るがした日として記憶され続けるだろう。

フランス全土では史上最大の370万人、パリだけでも推計200万人近くが参加したとされるデモには、世界約60の国や地域の代表も加わって行進した。

主催者のオランド仏大統領に賛同した主な顔ぶれは、英キャメロン首相、メルケル独首相、スペインのラホイ首相、イタリアのレンツィ首相等の欧州首脳。またイスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ暫定自治政府のアッバス議長も顔をそろえた。

そこに安倍首相の姿が見えないのが僕はとても残念である。もしも参加していたならば、安倍首相はきっとデモ最前列の中央、オランド大統領の近くに陣取るように要請されて、堂々と行進をしていただろう。

なぜならば、遠い極東の、重要国のトップである安倍首相の参加は、反テロで世界が結束する姿をさらに鮮明にするものであり、宣伝効果も絶大だからだ。

事件そのものや背景に関しては、新聞の宗教風刺画の是非をはじめ多くの論点があり、僕自身もまた意見を言うつもりでいる。

ここでは、反テロを強くアピールしたこの大舞台に、安倍首相が参加しなかったことの意味だけを少し考えてみたい。

安倍首相には誰よりも先にこのデモに参加してほしかった。いや日本国のイメージと首相自身のそれのためにも彼はぜひとも参加するべきだった。

そうすることによって彼は、極右に近いナショナリストや歴史修正主義者などと規定されて、国際社会から疑惑の目で見られている立場をあるいは改善させ得たかもしれない。

そうした非難がすぐに消えることはなくても、暴力と殺戮を指弾する国際社会への連帯を示した、としてポジティブな大きな評価を得たであろうことは疑いがない。

昨今の日本国自体の「政治的」立場は、国のトップの悪評によって日々脆弱化している。デモへの首相の顔出しは、ネガティブな今の状況にも資するものがあったはずだ。その意味では本当に残念なことだった。

僕は今回のデモの様子を幾つもの国際衛星放送やWEBで繰り返し見ながら(見せられながら)、2005年のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の葬儀の際に露呈した、日本政府の世界感覚からズレた言動をまた思い出してしまった。

歴史に大きな足跡を残したヨハネ・パウロ2世のローマでの葬儀には、欧州を始めとする世界各国の若者や信者が500万人も押し寄せた。

また極めて多くの国々の首脳や元首が馳せ参じたことも、強く記憶に残っている。参列国のリストを見ると、トップや元首を送り込んでいない国や地域を探すのが難しいくらいの壮大な式典だった。

当時小泉純一郎氏が首班だった日本政府は、教皇の葬儀が外交的にいかに重大な舞台であるかを微塵も理解しなかった。

首相あるいは皇室の誰かが出席してもおかしくない場面で、日本は外務副大臣を送ってお茶を濁し、世界の笑いものになった。が、当時の日本政府には世界に嘲笑されているという意識さえなかったのである。

安倍首相は「地球儀を俯瞰する外交」 を唱え、積極的平和主義を標榜して、就任から2年足らずの間に約50ヶ国もの国を訪問してきた。それと平行してテロとの戦いへの協力もしばしば明言してきた。

それでいながら、多くの国の首脳が一堂に会したパリでのデモ行進に不参加というのでは、反テロを表明する彼の真意がどこにあるのか、と疑われても仕方がないのではないか。

肝心な時に国内に留まって 、世界の誰の心にもほとんど届かない事件の犠牲者に対する哀悼や犯行非難声明を発するだけでは、歴史認識問題等で国際世論との大きなズレを指摘されて窮地に立たされている、安倍首相自身の評判を回復する手段の一つとしてはいかにも弱いといわざるを得ない。




本土はいつまで沖縄にたかるのか



僕も寄稿しているネット論壇「アゴラ」主催者の池田信夫氏が、またもや沖縄を貶める刺激的な記事を発表している。歯に衣着せぬ論はいつものように明快だが、違和感もあるのが正直なところだ。

僕の故郷は沖縄である。愛する故郷を愚弄されて黙っていられるか!という訳で反論を書かせていただく。故郷愛に目が曇ってあるいは論が過激になるかもしれない。その場合はあらかじめお許しを願っておきたい。

沖縄が本土に金をたかっている、というようなえげつない言い回しを相変わらずするのなら、本土は一体いつまで安全保障を沖縄にたかるのか、という視点での論議もなされるべきである。

米軍基地(専用施設)の74%を押し付けられている沖縄が、日本国全体の安全保障の大分を担っている事実を無視して、補助金云々の議論ばかりに終始するのはいかがなものか。

確かに沖縄の心とやらを持ち出して、沖縄を甘やかす極左翼的発想も問題だが、補助金の額ばかりを持ち出して県民を貶めるのは、構造的沖縄差別の発露だと見られても仕方がないのではないか。

そうした説にネトウヨ始めお定まりの右翼系の人々が乗っかって、沖縄に感謝するどころかこれを侮辱する構図はまことに見苦しい。彼ら自身のみならず、日本国の品位をさえ貶める行為である。

本土はもうこれ以上安全保障で沖縄にたかり続けることは許されない。基地問題の歪みの原因の一つは、日本国民のほとんどが「安全(保障)をタダ」かタダに近いものと思っているところにある。

世界から見たらそら怖ろしい幼稚性だ。ほとんど愚民に近い。安全保障をタダだと 思っているから多くの国民が、沖縄にたかりつつ逆に島が本土に金をたかっている、と鉄面皮で下卑た非難をする。

沖縄への補助金は、安全保障のための国防費の一部として提供されて当たり前だ。米軍基地は迷惑施設なのだから、原発の地元に補助金が行くのと同じ構図で何の問題もない。

言うまでもなく、その額が妥当かどうかという疑問はある。従って米軍が日本から完全に撤退した場合の、日本独自の防衛予算がどれ程の額になるかの議論がなされるべきだ。

そうすれば、米軍が駐留することによって国が得ている利益が弾き出され、そこから沖縄の国防負担分の金額がきっちりと導き出される。なぜ国はそれをやらないのか。

実はそんな計算は、とっくの昔に霞ヶ関の魑魅魍魎、つまり官僚どもがやっていることだ。国防には今も膨大な金が掛かっている。米軍が沖縄からまた日本国全体から撤退した場合には、その額は天文学的な数字になるだろう。核武装の可否さえ必ず議題にのぼるに違いない。それよりは沖縄に基地を押し付けておく方が安上がりなのだ。 だから国は沖縄に金を出し続けている。

権力にぴたりと寄り添う官僚と官僚組織は、口が裂けてもそのことは言わない。が、気を入れて探ればすぐに分かることだ。沖縄基地を巡る日本政府とアメリカ政府の姿勢を支え、助長し、且つ隠蔽すると同時に、その力の中核でさえある彼らこそ、構造的沖縄差別の震源とも呼べる存在だ。

戦後、日本は米国との友好関係に助けられて、国防費の支出を抑え、それが経済発展の推進に大きく貢献した。安全保障のただ乗りとまで言われた本土の裕福な状況はそこにも由来する。

その抑えた国防費の多くが、本土から切り離されたまま多大な米軍施設を押し付けられてきた沖縄の犠牲の上に成り立った。そこを忘れてはならないのではないか。言い古されたことだが、あえてここでも指摘しておきたい。

繰り返しになるが、そうした犠牲に対する補償は当然である。その額が妥当かどうかという議論は、前述したようにもちろんなされるべきだ。その上で額が過剰だという結論が出るならば、そのときに沖縄を責めても遅くはない。

同時に、沖縄の一部の人々が後生大事に抱え込んでいる被害者意識と、そこから生まれる本土への甘えは、池田さんが指摘するように最早許されるべきものではない。

本土に対等な扱いを要求するなら、沖縄自身も過去を忘れることなく、だが過去にこだわり過ぎずに、未来志向で経済的にも政治的にもさらに努力をしていくべきである。

さて、ここで池田説に賛同される皆さんに伺いたい。

沖縄の米軍基地の地元に降りる政府の補償金が、特別視されるほどに手厚いものなら、どうして全国の自治体は手を挙げて「ここに基地を持ってきてくれ」と言わないのだろうか?

日本の自治体は東京以外のほとんどが財政難で苦しんでいる。もらえる物なら、沖縄に落ちる補助金が喉から手が出るほど欲しい筈だ。ならば基地をそれぞれの地元に誘致して、補助金を獲得するべきである。

昨年1月の名護市長選挙と、年末の県知事選挙で出た辺野古移設NOの沖縄の民意とは、金よりも基地重圧のない土地を返してくれ、というものである。それは尊重されて然るべきだ。

補助金よりも貧しさの中の誇りを選んだ沖縄の民意が真実なら、普天間基地を招致したいと本土のどこかの自治体が手を挙げれば、沖縄は喜んでそれを受け入れるに違いない。

僕は沖縄にはある程度の米軍基地は必要だと考える。重要な戦略的位置にあることは否定できないし、年々凶暴化する中国への備えの意味でも重要だ。しかし現状は余りにも多過ぎる。

辺野古移設問題を語るときに忘れがちだが、沖縄には面積約20平方キロ、約3700メートルの2本の滑走路を持つ東アジア最大の嘉手納空軍基地を始め、本島の20%近い土地に米軍施設が居座っている

普天間基地はそのほんの一部に過ぎないのだ。補償金あるいは振興予算が、あたかも普天間基地の辺野古移転分のみ、という印象操作にも似た議論も間違っている。

最後に「沖縄県には辺野古移転を拒否する権利がない。日米地位協定で、米軍は日本のどこにでも基地をつくれるので、日本政府も沖縄県もそれを断れない 」という池田さんの指摘は正しい。

だがそれを唯々諾々として受け入れている日本政府はクズだ。日米地位協定は、米国が絶対で日本はそれに従う、という奴隷の発想から出たものだ。協定のおかげで米軍は沖縄で傍若無人に振舞う。沖縄はそのことにも激しく怒っている。

日本と同じ敗戦国、僕が住むここイタリアにも米軍基地はある。が、米軍が住民を無視して暴虐行為を働き許されることなど決してない。沖縄で米軍がしばしばそんな行動に出るのは、奴隷契約「日米地位協定」があるからだ。

日本政府は日米地位協定の見直しを米国に迫りつつ、選挙で示された沖縄の民意を真摯に受け止めるべきだ。自国の小さな一部である「たかが沖縄ごとき」の悲しみや苦しみさえ救えないなら、日本国にはもはや民主国家と呼ばれる資格などない。

また沖縄県民が、今やもう差別だ、と恒常的に口にするようにさえなってしまった基地の過重負担と、それを見て見ぬ振りをする国民の存在も、前述したように日本国の品位を深く貶めている。

日本国民はもうそろそろ偽善の仮面をかなぐり捨てて、沖縄の基地問題に真正直に向き合うべきである。なぜなら基地は安全保障の問題であり、安全保障は全ての国民の問題だからだ。


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