イタリア警察は先日、バチカンを攻撃しフランシスコ教皇を殺害する計画を立てていた疑いがある同国内のイスラム過激派組織を摘発し、破壊したと発表した。 組織はイタリアのサルデニア島を基点に本土でも活発に活動を続け、アルカイダのかつての最高指導者ウサマ・ビンラディンとも深くつながっていた。
イタリアは2001年の米国同時多発テロ以降、イスラム過激派の脅迫を受け続けている。イスラム過激派が目の敵にするキリスト教最大派のカトリックの総本山・バチカンを擁すると同時に、重要な文化遺産に満ち溢れているこの国は、宗教のみならず欧州文明も破壊したい、と渇望するテロ組織の格好の標的になっているのである。
そうした威嚇は主にアルカイダ系の組織によるものだが、これまでのところは目立った深刻な事件は起きていない。だが最近の「イスラム国」の恫喝は極めて現実的なものだと多くのイタリア人は感じている。「イスラム国」が他の欧州諸国で活発にテロを起こしている事実もさることながら、彼らがイタリアの隣国のリビアにまで侵入して勢力を伸ばしているからだ。
「イスラム国」は日本人人質の後藤健二さんを殺害した直後、イタリアから地中海を隔てて約175キロの距離にあるリビアの海岸で21人のキリスト教徒を殺害し、例によってその模様を撮影した恐怖映像をインターネット上に公開した。ビデオ映像には「今後はローマに向けて進撃する」という趣旨のメッセージが付 けられていた。
処刑場となったのはイタリアと向かい合うリビアの地中海沿岸である。対岸にはここイタリアがあり、首都ローマには何世紀にも渡ってイスラム教徒と対立してきたバチカンがある。「イスラム国」はバチカンに挑戦状を叩きつけたのである。彼らはローマを占領し、そこを足がかりにヨーロッパ全土を手中にする、という計画を持っている。
イタリアとバチカンに向けての「イスラム国」の恐嚇は、今回が初めてではない。彼らは既に昨年8月、フランシスコ教皇を殺害すると宣告し、同10 月には彼らの機関誌“Dabiq(ダビク)”の表紙に、「イスラム国」の黒旗がバチカンのサンピエトロ大聖堂の広場に翻る合成写真を載せて気勢をあげた。
「イスラム国」がローマに向けてただちに進軍を開始するとは考えにくい。しかし彼らは、シリアやイラクで訓練された「イスラム国」の戦士をイタリアに送り込む可能性が十二分にある。イタリアからも過激派組織に参加するアラブ移民系の若者が増えている。彼らが帰国して国内で破壊活動をする可能性は決して低くない。
だがそうした脅威はあらゆるヨーロッパのキリスト教国に当てはまる。米英独仏の欧米主要国に始まる全ての欧米諸国は、中東やパキスタンなどのイスラム教徒移民の子や孫が、「イスラム国」などの過激思想の影響を受けて自国に牙を剥く異様な風潮の高まりに危機感を抱いている。
イタリアもその例にもれないが、この国の場合は危険がさらに増している。なぜならイタリアには、隣国のリビアやチュニジアを介して中東難民が大量に流入し 続けている。「イスラム国は」、その膨大な数の難民の中に彼らの戦闘員を紛れ込ませてイタリアに送り込み、テロを起こす計画を持っているとされる。
イタリアにはリビアから近いランペデゥーサ島を中心に中東難民が日常的に流れ着き、その数は年々増え続けて昨年は これまでで最大の約17万人が漂着した。そこには難民を食い物にする人間運び屋、つまり密航業者が暗躍して、事態をさらに複雑にし問題の解決を困難にしている。
やっかいなことにイタリアにはもう一つの大きな問題があって、脅威をさらに募らせる。つまり巨大犯罪組織の存在である。マフィアを筆頭にするイタリアの犯罪組織は、北アフリカに勢力を伸ばしてリビア などを縄張りにしたいと考えている。彼らと「イスラム国」が手を結んで、リビアを占領しイタリア共和国を転覆させようと目論んでいる兆候もあるのだ。
リビアでは、NATOの空爆支援を受けた反政府勢力が、2011年にカダフィ独裁政権を倒して以来、主要都市と石油施設を巡って内戦が続いている。「イ スラム国」の威迫を受けて、イタリア政府はリビアの政治安定のために国連の介入を要請している。しかし混迷を深めるリビアに国連が介入する可能性はほとんどない。
先日、「イスラム国」の脅嚇にさらされておよそ60人のイタリア人ビジネスマンが同国を去って帰国した。リビアはかつてのイタリアの植民地である。旧宗主国のこの国からはリビアに巨額の投資が実行されていて、 2国間には石油関連事業を筆頭に大規模なビジネス権益が絡み合っている。しかし「イスラム国」の脅威は、人々がそれを諦めざるを得ないほど切実になっているのだ。
「イスラム国」はたとえイタリアに上陸しなくても、地中海に進撃して海賊行為を働くかたわら、漁船や、商船や、沿岸警備隊などを襲撃して船舶と乗組員を拉致し、例えば後藤さんと湯川さんの時と同様に彼らの首にナイフを突き付けて見せて、イタリア政府に巨額の身代金を要求するなどの脅迫をすることもできる。そこには極めて現実的な危険が迫っているのである。