安倍昭恵さま
掲載しました写真は、申し上げるまでもなくあなたがミラノ万博会場においてスピーチをなさった際のものです。イタリアきっての高級紙である「 CORRIERE DELLA SERA」が「万博訪問中の日本首相夫人が伝統に挑戦」というタイトルで一面トップ(見出しのトップはギリシャ問題ですが、あなたの大きな写真が先ず目に飛び込んでくる、という意味では間違いなく一面トップのニュースと言っても構わないでしょう)で取り上げられました。
先に進む前に、私はこの文章のタイトルを付けるのに少し戸惑ったことを告白しておきたいと思います。普通なら「安倍総理(首相)夫人への公開状」というふうにでも言えば済むことですが、イタリア紙の記事の内容は、あなたが夫である安倍首相の影に留まることをやめて、自らも主張し行動する人間でありたいと、外国の、ミラノの万博会場で公式に表明したというものです。簡単に言えば自立宣言です。そのあなたのお気持ちを考慮して、私は首相夫人ではなく、あなたの名前を頭におくのが礼儀だと考えました。
あなたがお辞儀をしている図は、一瞬「なにかを謝っている?」とおどろかされるものでしたが、よく見ると頭を下げつつ微笑んでいるのが分かって、ますます不思議な気がしました。急いて記事を読み、私はなぜこのエピソードがトップ記事扱いになったかを即座に理解して、今度は少々気分が明るくなりました。私はご主人の安倍総理にはなにかと苦言を呈している者ですが、あなたにはエールを送りたく、こうして公開書簡を書かせていただくことにしました。
記事の趣旨は、ミラノ万博会場の公式挨拶の場で「日本の女性の地位は変わらなくてはならない。私はこれまで批判を怖れて言いたいことを言わずに来たが、今後は自分の意見をきちんと表明して行く」とあなたが明確に述べて、男尊女卑の風が色濃く残る日本の伝統(文意からは因習というニュアンスが強い)に挑む決意を表明したというものです。
あなたがそう話したとき、(日本人の男性?)通訳は明らかに動揺しイタリア語への翻訳をためらったそうですね。形式と儀式を重んじる日本社会では、伝統を少しでも踏み外した言動はすぐに傲慢で挑発的なものとみなされやすい。あなたは日本の宰相夫人が公の場では決して言わないはずの「自らの意見」を優雅な、しかし決意に満ちたやり方で表明した、と記事は続けています。
ファーストレディのあなたが公の場で挨拶をした際に、日本的に普通にお辞儀をした瞬間を写真に捉えて、これを象徴的に使った新聞の意図は明らかです。 あなたは頭を下げつつかすかに微笑んでいる。日本女性らしく男性社会に恭順の意を示しながら、あなたはひそかにそれに挑む決意を示して笑っている、と新聞は言いたいのです。イタリア随一の新聞は、そうやってさりげなく日本の問題点と希望とをひと息に描いてみせました。見事な手法だと思います。さらに言えば実はそこには、人々が深々と一礼を交わす日本文化へのイタリア人の賞賛や友好心も入り混じって示されています。
古代ローマ帝国の典儀の記憶を持ち、カトリック教会の厳格な礼式なども知るイタリア人は、日本人のほぼ古代的と形容してもよい辞儀の習慣を、それほど奇異なものとは考えていません。それどころか、彼らが獲得した近代的かつ陳腐な握手の風俗と比較して、ほとんど美しいとさえ考えている節があります。米つきバッタのようにぺこぺこする図はみっともないものですが、深々と一度頭を下げる光景は、きっと古代のDNAを持つ彼らの琴線に触れるのだと私は思います。
記事はまたこうも述べます。「Akie Abeは夫の安倍首相と政治的スタンスが違うことでも知られている。例えば彼女は原発には反対で、緊張関係にある中韓に対してはもっと柔軟な態度で臨むべき、という考えを持っている。彼女は万博の公式の場に屹立して、まるでラッパが鳴り響くように威勢よく自己解放宣言をした。夫から「家庭内野党」と呼ばれている彼女は、果たして沼のように淀んだ、女嫌いの日本の権力機構に風穴を開けることができるだろうか、云々。
あなたの高らかな主張が、親日国イタリアの最有力紙の一面に堂々と取り上げられた背景には、実は重要な伏線があります。 「CORRIERE DELLA SERA」は昨年9月の国際面に安部首相夫妻と習近平主席夫妻が連れ添う写真を並列掲載して「日中、妻たちの雪解け」というタイトルで、昭恵夫人とポン・ リーユアン習主席夫人が、いがみ合う夫らの中を取り持てるように友誼を結ぼうとしている、という趣旨の記事を掲載しました。
その記事ではあなたの「融通のきかない夫たちは捨て置いて、2人でいろいろ話し合いましょう」と習夫人に呼びかける知的で開明的な動きが強調されています。あなたは相手の 習夫人を「確固とした自分のスタイルを持ち、親しみ易く、且つオーラがある女性」と最大限の賛辞で評した、と記事は続けます。相手を持ち上げるあなたの 言動はあなた自身のオーラを上げこそすれ決して悪い印象は与えません。私があなたに好感を抱くのもそれが理由の一つです。
あなたはそこでも原発再稼動に反対し、消費税の引き上げにも反対している。税金を上 げる前に国の無駄使いを先ずカットするべき、と明言したとも書かれています。「CORRIERE DELLA SERA」はこれまで安倍首相に対して、あからさまではありませんが、ゆるい批判的な姿勢をとってきました。ただ多くの欧米メディアと同じく、首相を「右翼」「ナショナリスト」などと呼ぶことには少しも躊躇しませんが。同紙はナショナリストと規定された安倍首相への対立軸としてあなたを認識している節があります。
イタリア人の、日本国や日本人や日本の文化などに対する尊敬や賞賛の念は強く、今も揺るぎません。が、あなたの夫の歴史修正主義的言動 を始めとするひどく右寄りの言動によって、日本の政治的立場は急速に悪化を続け、同紙もそのように報道してきました。あなたが原発や歴史認識問題等で夫の安倍首相に異議を唱えている、と報じることで「CORRIERE DELLA SERA」はさりげなく安倍首相を批判している、と捉えることもできます。
そのスタンスは保ちつつ同紙はしかし、「家庭においては安倍首相が自らの政治的立場に反対の夫人にも理解を示す開明的な男」の一面を持つ、とそれとなく示唆するなど、相変わらず日本贔屓の視点も失わないのです。要するに私の解釈ではこの記事は、あなたの勇気を讃える形で安倍首相にちくりと針を刺しつつ綴られた、日本への応援歌なのです。
私は2重の意味であなたに関するこの記事を嬉しく思っています。あなたが公けの場であたかも日本女性を代表するように堂々と自立宣言をしたこと。またあなたが夫よりもリベラルな考えを持っていて、しかもそれを表出することを怖れていない点です。あなたは政治家ではありませんから権力には近寄れませんが、家庭内でぜひ安倍首相の右カーブ一辺倒の政治姿勢に待ったをかけていただきたい。そうすれば安倍首相の政治スタンスは、もしかすると今よりもより中道方向に軌道修正されて望ましいものになるかもしれません。
あるいはいっそのことあなた自身が政界入りして、総理を目指すのはどうでしょうか。その際には、国際社会から目をつけられて国の評判まで落としつつある安倍首相には引退を願うことになります。アメリカのクリントン夫妻にならって、元トップの夫は総理を目指すあなたの後押しをする、という形が理想ですね。
実際にそんなことが起こったならば、真っ先にあなたの前に立ちはだかって邪魔をするのは、女性嫌いの右翼政治家群や反動官僚やネトウヨなど、安倍首相の現在の支持母体そのものでしょう。もしもそれらを打ち破ってあなたが首相にまで登りつめるなら、わが国は女性の完全解放に向けて一気に走り出すばかりではなく、世界でも1、2を争う模範国家として人々の賞賛と憧憬を集め続けること請け合いだと思います。