バリケード構築に抗議するデモ隊
国境を接する隣国同士のオーストリアとイタリアが、難民を巡っていがみあっている。国境近くでは反難民政策に異議を唱える人々がデモ行進をおこなって、機動隊との間でつばぜり合いが発生したりしている。
オーストリアはEU(欧州連合)内の国々を自由に行き来できるとするシェンゲン協定を無視する形で、ハンガリーとの国境に続きイタリアとの国境にもバリケードを構築。5月末から難民の流入を阻止するために国境検問に踏み切る計画である。
デモ隊の一部はオーストリア国境警察と衝突
バリケードの場所は、イタリアとオーストリアをつなぐブレンナー峠。両国を結ぶもっとも重要な場所であると同時に、南欧と北欧の間の人と物の自由な往来を担保する最大のルートの一つでもある。そこはシェンゲン協定によって常時開放されていることが義務づけられている。
昨年およそ100万人の難民が通過した、トルコ→ギリシャ→バルカン諸国→北欧という経路のいわゆるバルカンルートは、通路に当たる国々が国境を閉鎖したことによって事実上通行不可能になった。以来、バルカンルートに流れ込む難民の数は約8割も減少した。
またEUは今年3月20日以降に不法に欧州に入った難民、つまり難民申請をしないまま移動を続ける難民・移民を、トルコ政府との合意の上で同国に強制送還している。トルコはその見返りにEUから4年間で最大60億ユーロ(約7600億円)の供与を受けることになっている。
バルカンルートから締め出された難民は、アフリカ北岸に回って地中海に乗り出し、イタリアを目指す可能性が高いと見られる。難民が欧州を目指して押し寄せる地中海ルートは、バルカンルートが主流になるまで、最も混雑した場所だった。それが復活すると考えられているのだ。
地中海を渡ってイタリアに入る難民を一国で対処することはできないと恐れる同国政府は、北欧への移動口であるブレンナー峠を閉鎖すれば、難民のみならずイタリアから各地に向かう100億ユーロ(約1兆3千億円)分の物流も滞る。明確なシェンゲン協定違反だとしてオーストリアを非難している。
イタリアの主張はもっともである。オーストリアによる国境閉鎖は物流にとどまらず人的資源などの行き来も滞って、大きな損失が見込まれる。それは当事国のイタリアとオーストリアに限らない。EU全体にとっても同様だ。経済のみならず多方面で負の波及効果も伴う重大問題である。
しかし難民問題だけに限って見ればオーストリアの主張もまた理解できないことではない。2015年、同国は全人口の1%以上にあたる9万人の難民を受け入れた。この数字はイタリアの人口比に当てはめると約60万人に相当する。決して小さくない数字だ。
一方、イタリアが2015年に受け入れた難民は8万3千人。ところが地中海を渡ってこの国に到着したのは15万4千人である。オーストリアのクルツ外相は、国境閉鎖を非難するイタリア政府に対して「残りの7万1千人のうちの多くが不法にオーストリアに入国した」と反論した。
またクルツ外相は次のようにも述べている。「今年オーストリアが受け入れられる難民は3万7千5百人までだ。昨年のように大量の難民を受け入れることはできない。イタリアがもしも地中海から流入する難民を効果的に制御できない場合は、予定通り国境を閉鎖する」。
難民受け入れ口をせばめようとするオーストリアの動きは、おそらくドイツのメルケル首相の承認を得ているのではないか。メルケル首相は昨年9月、それまでの反移民政策を大きく転換して大量の難民を受け入れると発表。世界を驚かせた。変わり身の速さが政治家アンゲラ・メルケルの身上である。
その後、急激な難民流入に苛立ったドイツ国民が反発。メルケル首相は退陣を余儀なくされるのではないか、というところまで追い詰められた。そこで彼女は得意の変わり身の術を発揮。半年間という期限付きではあるが国境の管理を強化して難民の流入を制限した。
これに北欧各国とオーストリアも同調。緊急の場合は国境を一定期間閉鎖できる、というシェンゲン協定の例外規定を利用したのだ。オーストリアはこのときハンガリーとの国境を閉鎖して入国審査を始めた。それを今回イタリア国境にも導入しようというのである。
互いに非難しあっているイタリアとオーストリアは、今後EU本部の調停を受けながら話し合いを続けることになる。EUは建前上はシェンゲン協定に違反するオーストリアを責める形だが、ドイツを始めとする北欧と東欧諸国が同じ施策を実施しているために本気で非難するのは難しい。
加盟国の多くが国境管理に乗り出した時点で、多くの人々は「シェンゲン協定の前提が崩壊した」と考えている。加盟諸国の国境閉鎖の期限が間もなく切れようとする今、オーストリアが新たに国境閉鎖を行えばシェンゲン協定の理念そのものが危機にさらされる。それはEU自体の存続が危機にさらされるのと同義語である。