国民投票によって決まった英国のEU(ヨーロッパ連合)離脱は、事態の真の意味を理解しないまま、多くの国民がポピュリズムをあおる者らに乗せられてEU離脱に投票してしまった、というのが真相らしいことが各種分析で明らかになってきた。
彼らが離脱賛成に回ったのは、増え続ける移民への怒り、あらゆるものに規制をかけるEU官僚への反感、EUへの拠出金が多過ぎるという不公平感、そして何よりも、EUに奪われた主権を取り戻す、という高揚感に我を忘れたのが主な理由だった。
EU離脱による英国の利益はほぼ何もない。一方、こうむる損失は甚大だ。EUという世界最大の経済ブロックに属するメリットを捨てて、独自の経済力や英連邦という「貧経済」圏を頼みにするなど、馬鹿げた思い込みで「貧乏国イギリス」の構築に向けての舵取りを始めた、とさえ言える。
英国がEUから去れば、イタリアはEU内での良き戦友を失うことになる。というのも英伊はしばしば手を結んで、EUの事実上の盟主である独仏コンビに対抗してきたからだ。中東危機などにまつわる軍事政策等では、EUはアメリカと絶えず会話をしながら共闘したり妥協したりしてきた。
そうしたケースではEUの中心になるのはほぼ常に英独仏だった。盟主の独仏が英国を介してアメリカと交渉する、という形がしばしば見られたのだ。イタリアはそこでは少し無視される存在だった。だがEUの「日常的」な意思決定の場面では、英伊は朋友であり続けたのだ。
イタリアのレンツィ首相はBrexitの投票前に、英国民に向けてEU残留を選択してほしい、とあの手この手で強く呼びかけた。その大きな理由の一つは、あるときはひそかに又あるときは公然と、EU内で独仏の専横に歯止めをかける役割りを果たした「英伊同盟」の存在があったからだ。
イタリア首相のマッテオ・レンツィは、EUの全き信奉者である。彼は英国の残留を願ったのと同じ強い気持ちでEUの将来を信じ、その発展を切望している男だ。ところがイタリアには実は、彼に同調する国民と反対する国民がほぼ半々の割合いで存在する。英国とほぼ同じ状況なのだ。
英国Ipsos Moriの最新の世論調査によると、イタリアのEU懐疑派は国民全体の48%にも上り、英国を含むEU加盟28ヵ国の中で最大の数字だった。それは2010年にイタリア国民の73%がEUを支持していた数字とは劇的に異なる。そのため調査結果は信用できない、という疑問さえ出た。
イタリアにおける反EU勢力は、極右の「北部同盟」を筆頭に抗議政党と呼ばれる「五つ星運動」、さらに「イタリアの同胞・国民同盟」などを含めた野党勢力である。それが全体に占める割合は、ちょうど47%になる。それから考えると48%というのは極めてリアリティーのある数字なのである。
EU懐疑派の増大の背景には、EU加盟で物価が急激に高くなってそのまま高止まりしている現実やイタリア財政危機、さらにイタリアがEUの意思決定過程の外に置かれているという国民の不安や不満などがある。つまり主権の喪失感だ。
不満が高まっていた折、いわゆる欧州難民問題が勃発した。ギリシャと共に難民流入の最前線に立たされているイタリアは、EUの十分な支援を受けられない中で難民救助や受け入れに孤軍奮闘してきたが、独仏など5ヶ国が国境を閉ざしたことでさらに孤独感を覚え怒りを募らせている。
そうしてみるとイタリアにおけるEU懐疑派の不満とは、英国のEU離脱派のそれとそっくり同じものに見える。少し違うのは、移民・難民問題に関してはイタリアの場合EUの中東難民対策への不信感があるのに対して、英国民はEU内のポーランドを始めとする中東欧域からの移民増大に反発している。
イタリアの反EU勢力の急先鋒である北部同盟は、Brexitが成ると同時に「英国に続け」と宣言した。それを受けて、イタリア第二の政治勢力である「五つ星運動」もEU離脱に向けて気勢を上げるのではないか、という恐れが一気に高まった。「五つ星運動」は2009年の結党以来、反EUを旗印にしてきたからだ。
ところが事態は別の方向に向かう可能性が出てきた。「五つ星運動」党首のべッぺ・グリッロ氏が「Brexitは明らかにEUの失敗だ。EUは内部から変わらなければならない。「五つ星運動」はEUの中で《真の欧州共同体》の構築を目指す」などとEU支持とも取れる発言をし始めたのだ。
「五つ星運動」は過去に何度も風見鶏的な動きをしてきた歴史を持つ。それは時として党首のグリッロ氏が専横的な動きをしたり、党の意思やその決定過程が不透明であるところから来るように見える。そこが改善されない限り同運動は、あらゆるものに異議を唱えるだけの無責任な「抗議勢力」に留まる危険がある。
ところが「五つ星運動」は、Brexit直前に行われたローマ市長選挙において、女性候補を擁立して圧勝。史上初めてローマに女性市長を誕生させた。快挙に気を良くしたグリッロ氏は政権獲得を目指すとも発言。お祭り騒ぎの中での「気まぐれ」なEU擁護発言、という可能性も否定はできない。
しかし、彼の宣言が本物ならば、イタリアのEU離脱あるいは‘Italexit’が現実のものになる可能性は、「今のところは」きわめて低い。イタリアの政治勢力の約25%を占める「五つ星運動」なくしては、EU懐疑派が総選挙や国民投票でEU支持派に勝利するのは不可能に近い。
そうはいうものの、予断は全く許されない。欧州にはイタリア以外にもEU懐疑派が多くいる。英国ではEU支持派のスコットランドが再び英国からの独立を目指してうごめき始めた。それは英国の弱体化をもたらすだけではなく、EU加盟各国にも強く影響して混乱の引き金になる可能性が大いにある。
その混乱が「五つ星運動」の風見鶏的本性を刺激して、人々の間に反EUの気運が一気に高まれば、Brexitに続いてイタリアがEU離脱を目指して疾駆している日が来るかもしれない。それは荒唐無稽なシナリオではない。少なくとも「そんな日は来ない」とは誰にも断言できない、と思うのである。