右顧左眄するメルケルさんの目動き?
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、見方によっては変わり身の速い右顧左眄
(うこさべん)型の策士である。
分かりやすい例を挙げると、彼女は2015年、100万人近い難民・移民を一気に、無条件に受け入れて世界を感動させた。
ところがそのことに批判が集まると、首相はすぐさま方針転換に走った。
トルコを説得してEUに流入した難民・移民の送還受け入れを承諾させ、難民認定のハードルも引き上げた。
またシリアとイラク以外の国からの難民申請は認めないとし、シリア・イラク難民の滞在許可も3年ごとに見直す、とするなどの強硬措置を取った。
同時に国境閉鎖を行う欧州の国々を支持し、ドイツ自身の国境も一時閉鎖した上で、犯罪を犯した難民申請者の強制送還を容易にするなどした。
そうした不寛容な政策で彼女は批判されたが、実はそれはプラグラマティズム(実学主義)とも称される政治手法に過ぎない。独首相は現実主義者なのである。
メルケル首相は、米トランプ大統領の政策に正面切って異を唱えるなど、民主主義と自由と欧州の価値観を死守する「理想主義」と共に、現実主義も採用する。
3期12年にわたってドイツ首相を務めたメルケル氏は同時に、EU(欧州連合)最強のリーダーでもあり続けてきた。
メルケル首相は理想と没理想を巧みに組み合わせて「安定」を演出し、国民の信頼とEU、ひいては国際世論の強い支持も受け続けたのだ。
24日に実施されたドイツ連邦議会選挙で、メルケル首相率いる中道右派のキリスト教民主・社会同盟は、第一党にはなったものの戦後(1949年以来)最低の得票率に留まった。
彼女が戦った選挙の中でももちろん最悪の結果になったのだが、メルケル氏は勝利宣言とも敗北宣言とも取れるあいまいな結果報告の演説の中で、目覚しい言葉を放った。
僕の見立てではその発言は、いわば政治家アンゲラ・メルケルのツボあるいはヘソとも目されるべき重要なものである。
メルケル首相は、自らが率いるCDU・CSU同盟支持者のうちの約100万票が、極右の「ドイツのための選択肢(AfD)」に流れたことを認めた上で、次のように発言した。
「私は今後、“ドイツのための選択肢”に投票した人たちが抱える問題を解決し、彼らの不安を取り除き、より良い政策を実行して必ず彼らの信頼を取り戻します」と。
彼女は極右政党支持に回った人々を非難したり、否定したり、嘆いたリするのではなく、彼らの不満に耳を傾け、彼らに寄り添って、再び彼らの信頼と支持を獲得する、と明言したのである。
僕はそうしたメルケル氏の謙虚な態度と、(元)支持者への思いやりと、決意に満ちた意表を突くレトリックの中に、彼女の政治家としての類まれな資質を見る思いがする。
理想と現実を巧みに操る能力と、支持者の心をつかむ絶妙な言い回しに長けたところが、政治家アンゲラ・メルケルの正体ではないかとさえ考える。
それはたとえば安倍首相が都議会選挙の応援演説の際、反対派の聴衆を指して「こんな人たちには負けられない」と侮辱して、醜態をさらけ出したのとは対極にある大人の対応だ。
同じように米トランプ大統領が、批判者を名指しで罵る野蛮傲慢な言動ともほど遠い、知性と教養にあふれた熟練の振る舞いだ。
今回の総選挙で「敗北気味の勝利」を得ただけのメルケル首相は、求心力の低下を懸念され、「メルケル政権の終わりの始まり」ではないか、と疑問視する意見さえある。
だが僕は、希望的観測も含めてだが、メルケル首相の「変わり身の速さ」と政局を巧みに操る豪腕に期待して、ダメもとで彼女の再三再四の飛翔を予言してみたくなった。