
左からレンツィ、ベルルスコーニ、サルヴィーニ、ディマイオの各氏
過半数を制する政党がなかった3月4日の総選挙の結果を受けて、イタリアでは3つの勢力が政権樹立を目指して虚々実々のかけひきを続けている。
3つの勢力とは、複数の政党が提携した「中道右派連合」と反体制抗議政党の「五つ星運動」、そして前政権与党民主党が主導する「中道左派連合」である。
これらの勢力のうち、4政党が実質的な政権樹立ゲームを繰り広げている。それは総選挙での得票率順に並べると次のようになる。
1.単独政党としてはダントツの32%の支持率を得た五つ星運動 2.19%の支持率へと大きく後退した前政権与党の民主党 3.約18%の支持率を得た極右政党の「同盟」 4.13%強の支持率にとどまったベルルスコーニ党の「FI(フオルツァ・イタリア)」である。
イタリアは大国だが、世界政治の勢力図上は日本と同じようにほとんどなんの重要性も持たない小国だ。したがって政治混乱が長引いても世界にさしたる支障はもたらさない。
そんな訳でイタリアの政治状況に興味のある人はあまり多くないとは思うが、関心のある人のために、先の総選挙での得票率順に各党について少しおさらいをしておくことにした。
五つ星運動
得票率トップの五つ星運動は2009年、コメディアンのベッペ・グリッロ氏によって創設された。同氏は2017年に代表の座を31歳のルイジ・ディマイオに譲り、首相候補に仕立てた。
五つ星運動は既存の政党や政治家をインターネットを使って厳しく断罪。「政策や運営などの全てを党員のネット投票によって決定」が謳い文句。自らを
「左派でも右派でもない存在」と規定している。
また五つ星運動の首相候補となったディマイオ氏は、ポピュリストと呼ばれる同党を「普通の政党」にするために「反EU」路線を改めるなど、反体制抗議勢力としての顔を変えたがっている。
その一環で他党との連立や提携を拒否する、というグリッロ党首時代のかたくなな姿勢も捨てて、あらゆる政党に連立を呼びかけ政権を樹立したいという強い意欲を見せている。
全ての党と手を握ろうとする態度は、政策や綱領や方針がはっきりせず、行き当たりばったりに約束や主張を繰り返す傾向がある五つ星運動の面目躍如、という面もある。
五つ星運動はそうした流れの中で、実現の可能性が見えない政策やポリシーを連発する。例えば全国一律、1月あたり780ユーロ(10万円余)のベーシックインカム制度を導入するとも主張する。だがそれは財源がはっきりしない分、大衆迎合主義そのものの公約とも批判される。
さらに彼らは100万台の電気自動車を導入すると同時にイタリアを100%再生可能エネルギーでまかなう国に作り上げる、などとも言う。いつ、どんな方法で、という明確なビジョンも説明も一切ないままに。
矛盾するようだがしかし、五つ星運動は荒唐無稽とも取れる極論を弄するばかりではない。イタリアの腐敗しきった政党や政治家を浄化しようという強い意欲もあって、その点は頼もしい。
彼らはイタリアの政治腐敗の象徴として81歳のベルルスコーニ元首相を厳しく指弾し、連立政権への参加を呼びかけている同盟のサルヴィーニ党首に、彼の仲間の元首相を排除しろ、と迫って一歩も譲らない。
また既得権をかざして暴利をむさぼる官僚や組織や役所なども強く非難。「国会議員の給料や年金が不当に高額」であることにも噛み付いて、政権樹立後に「ただちに減額する」と主張するなど、きわめてまっとうな公約も多く掲げている。
民主党
民主党は分裂を繰り返して国民にあきれられ、政権担当の期間中ほとんど目に付く成果をあげられなかった。それは主として、独断と思い上がりの激しいレンツィ前党首の責任に帰するところが大きい。
民主党はかつてのイタリア共産党やキリスト教民主党左派などが参集して結成された政党。寄せあつめの集団が往々にしてそうであるように、元々仲間割れが起きやすい要素を秘めている。
加えて2013年にレンツィ氏が書記長に選出されてからは、彼のカリスマ性に期待が寄せられる一方で、「壊し家」とも形容された彼の強引な政治手法がたたり民主党内には不協和音も絶えなかった。
レンツィ氏は首相職も務めたが、憲法改正を問う国民投票で大敗を喫して総理大臣を辞任。それでも影響力を行使し続けて民主党内にさらなる混乱を招き、やがて党内分裂を引き起こして党勢が大きく削がれる、などの失策で支持者にそっぽを向かれた。
2018年3月の総選挙で大敗したレンツィ氏は、ようやく民主党党首の座を明け渡した。が、選挙の勝利者の五つ星運動と同盟を目の敵にして、彼らとの連立はあり得ないと執拗に主張。
それは彼を激しく批判してきた五つ星運動と同盟への私怨、とも僕の目には映る。現在も同氏の影響下にある民主党は、彼に合わせるように連立政権には参加せず下野する、とかたくなになっている。
だがここにきて民主党内には「反レンツィ」の空気も醸成されつつあり、彼らに秋波を送る五つ星運動の動きによっては、民主党が連立政権に参加したり、あるいはさらに分裂し消滅するかの瀬戸際まで追い込まれる可能性もある。
同盟
同盟はベルルスコーニ元首相が牽引した右派連合の中で、予想に反して最大の議席数を獲得。それにともなってサルヴィーニ党首がベルルスコー氏を抑えて右派連合の主導権を握り、次の首相候補として前面に出る形になった。
同盟のサルヴィーニ党首は、イタリア北部を地盤にしてきた従来の同党のスタンスを捨てて、同盟を全国区に仕立てたがっている。「北部同盟」からただの
「同盟」に改名したのもその思惑があるからだ。
だが南部イタリアの人々の同盟への不信感は強い。同党は「ヴェネツィア同盟」に始まって「ロンバルディア同盟」そして「北部同盟」へと変遷した歴史の中で、一貫して南部イタリアに対する「北部イタリアの優越性」を主張してきたからだ。
同盟は最近は、反移民などの排外主義や反EUを前面に押し出して、過激な言動に出ることが多いために極右と規定される。僕自身もそういう認識だ。彼らは欧州の極右政党や米トランプ主義にも同調している。
だが同盟は実は、労働者の保護と、究極の目標を連邦制に置く地方分権を政治目標にしていることなどから、むしろ左翼系の政党という見方さえもできる不思議な集団だ。
ちなみに北部同盟時代のボッシ元党首やサルヴィーニ現党首も共産主義者からの転向組だ。かつて欧州最大の共産党を擁していたイタリアには、元共産主義者はきわめて数が多いのである。
同盟は単独政党としては、五つ星運動と民主党に次ぐ第3勢力に過ぎないが、最大会派である中道右派連合の盟主という立場を利用して、政権樹立へ向け五つ星運動に匹敵する勢いで活発に動いている。
五つ星運動のディマイオ氏と同様に、首相職にも強い意欲を持つ同盟のサルヴィーニ党首は、あるいは五つ星運動の要請を受け入れてベルルスコーニ元首相を排除する、と腹を決めるかもしれない。
だがそうなれば彼は、最大会派の中道右派連合の後ろ盾を失うことになり、連立政権内で五つ星運動の後塵を拝する勢力となって、首相職も逃す可能性が高い。
FI=ベルルスコーニ党
FI(フォルツァ・イタリア)党首のベルルスコーニ元首相は、同盟に切り捨てられるかもしれない、と強くおびえているフシが見られる。
1994年にFI(フォルツァ・イタリア)を率いて政権の座に就いたベルルスコーニ氏は、合計4期9年に渡って首相を務め、2013年に脱税で実刑判決を受けて議員資格を剥奪されるまで、イタリア政界を牛耳ってきた。
その後はFI党と共に政界の片隅に位置するだけの無力な存在と見られてきたが、昨年あたりから彼の最も得意とする連携工作の能力をいかんなく発揮して、中道右派勢力をまとめて復権した。
総選挙前には中道右派連合を主導してキングメーカーになることが確実視されていた。彼自身は有罪判決で首相にはなれないものの、自身の息のかかった腹心を権力の座につかせるのではないか、と見られていたのだ。
しかしフタをあけてみると、同盟がFI党を抑えて連合内トップの議席数を獲得。ベルルスコーニ元首相は同盟党首のサルヴィーニ氏に中道右派連合の主導権を奪われる形になった。
同盟は五つ星運動のアプローチを受けて連立政権樹立を模索した。しかし、ベルルスコーニ氏の排除を要求する五つ星運動と折り合いがつかず、これまでのところは連立合意に至っていない。
サルヴィーニ氏はベルルスコーニ元首相を裏切ることはない、とくり返し表明しているが、五つ星運動に政治腐敗の象徴とみなされて窮地に立っている元首相は、同盟に見捨てられることを恐れて内心穏やかではないことは明らかだ。
もしも中道右派連合が何らかの方法で連立政権入りを果たせば、寝業師のベルルスコーニ元首相は、あらゆる手法で改革をつぶし自らの利益確保のために奔走するだろう。それを五つ星運動や同盟の「過激主張と政策」への抑止力、と見なすか否かは立場によって大きく異なるところである。