【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2022年06月

島々の死者たち



ギリシャのクレタ島に滞在した時の話です。

借りたアパートからビーチに向かう途中に墓地がありました。そこには大理石を用いた巨大な石棺型墓石が並んでいました。

墓石はどれもイタリアなどで見られる墓標の4~5倍の大きさがあります。筆者はそれを見たときすぐに日本の南の島々の異様に大きな墓を想いました。

先年、母を亡くした折に筆者は新聞に次のような内容の文章を寄稿しました。

生者と死者と


死者は生者の邪魔をしてはならない。僕は故郷の島に帰ってそこかしこに存在する巨大な墓を見るたびに良くそう思う。これは決して死者を冒涜したりばち当たりな慢心から言うのではない。生者の生きるスペースもないような狭い島の土地に大きな墓地があってはならない。  

島々の墓地の在り方は昔ならいざ知らず、現代の状況では言語道断である。巨大墓の奇怪さは時代錯誤である。時代は変わっていく。時代が変わるとは生者が変わっていくことである。生者が変われば死者の在り方も変わるのが摂理である。

僕は死んだら広いスペースなどいらない。生きている僕の息子や孫や甥っ子や姪っ子たちが使えばいい。日当りの良い場所もいらない。片隅に小さく住まわしてもらえれば十分。われわれの親たちもきっとそう思っている。

僕は最近母を亡くした。灰となった母の亡き骸の残滓は墓地に眠っている。しかしそれは母ではない。母はかけがえのない御霊となって僕の中にいるのである。霊魂が暗い墓の中にいると考えるのは死者への差別だ。母の御霊は墓にはいない。仏壇にもいない。

母の御霊は墓を飛び出し、現益施設に過ぎない仏壇も忌避し、母自身が生まれ育ちそして死んだ島さえも超越して、遍在する。

肉体を持たない母は完全に自由だ。自在な母は僕と共に、たとえば日本とイタリアの間に横たわる巨大空間さえも軽々と行き来しては笑っている。僕はそのことを実感することができる。

われわれが生きている限り御霊も生きている。そして自由に生きている御霊は間違っても生者の邪魔をしようとは考えていない。僕と共に生きている母もきっと生者に道を譲る。

母の教えを受けて、母と同じ気持ちを持つ僕も母と同じことをするであろう。僕は死者となったら生者に生きるスペースを譲る。人の見栄と欺瞞に過ぎない巨大墓などいらない。僕は生者の心の中だけで生きたいのである。



日本の南の島々の墓が巨大なのは、家族のみならず一族が共同で運営するからです。生者は供養を口実に大きな墓の敷地に集まって遊宴し、親睦を深めます。

そこは死者と生者の距離が近い「この世とあの世が混在する共同体」です。生者たちは死者をダシにして交歓し親しみあうのです。島々の古き良き伝統です。

ところが、従前の使命が希薄になった現代の墓を作る際も、人々は虚栄に満ちた大きな墓を演出したがります。筆者はそこに強い違和感を覚えます。

ギリシャ南端のクレタ島には、ギリシャの島々の街並みによくみられる白色のイメージがあまりありません。山の多い島の景色は乾いて赤茶けていて、むしろアフリカ的でさえあります。

その中にあって、白大理石を用いた石棺型墓石が並ぶ霊園は明るく、強い陽ざしをあびて全体がほぼ白一色に統一されています。

大きな墓石のひとつひとつは、島の遅い夏の、しかし肌を突き刺すような陽光を反射してさらに純白にかがやいています。

死の暗黒を必死に拒絶しているような異様な白さ、とでも形容したいところですが、実はそこにはそんな重い空気は一切漂っていません。

墓地はあっけらかんとして清廉、ひたすら軽く、埋葬地を抱いて広がる集落の向こうの、エーゲ海のように心はずむ光景にさえ見えました。

ギリシャと日本の南の島々の巨大墓には、死者への過剰な思い入れと生者の虚栄心が込められています。

そして死者への思い入れも生者の精神作用に他ならないことを考えれば、巨大墓はつまるところ「生者のための」施設なのです。

あらゆる葬送の儀式は死者のためにあるのではない。それは残された遺族をはじめとする生者のためにあります。

死者は自らの墓がいかなるものかを知らないし、知るよすがもありません。

墓も、葬儀も、また供養の行事も、死者をしのぶ口実で生者(遺族)が集い、お互いの絆を確かめ、親睦を図るための施設であり儀式です。

死者たちはそうやって生者のわれわれに生きる道筋を示唆します。

死者は生者の中で生きています。巨大墓地などを作って死者をたぶらかし、暗闇の中に閉じ込めてはなりません。

通常墓や仏壇でさえ死者を縛り、貶める「生者の都合」の所産です。

死者は生者と共に自由に生きるべきです。

それどころか生者の限界を超えてさらに自由な存在となって空を飛び、世界を巡り、「死者の生」を生きるべきなのです。

筆者の中の、筆者の母のように・・




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エーゲ海の光と風~群青の空とカモメとグルメ

子羊モツ炙り焼きUP650

エーゲ海を旅した。コロナ後初のイタリア国外への旅。

610日、ミラノからミコノス島に飛び、船でパロス島に移動した。

目的地のパロス島の前に寄った、乗り換え地のミコノス島の上空がすでに曇っていた。

船に乗り換えて、パロス島に着いた。その夜から朝にかけて雨が降った。

翌日もぐづついた天気が続いた。だが徐々に回復していき、3日目にはエーゲ海の空が戻ってきた。

群青色とシアンが重なったような深い青色。

あるいは瑠璃紺からホリゾンブルー分の青をそっと抜き取ったのでもあるかのような濃い空色。

言葉で遊べばいくらでも表現ができる。だが、どんなに言葉をなぞっても正確には言いあらわせない、エーゲ海の空だけの美しい巨大な色。

見渡す限り、360度の天空に明るい稠密な青いカーテが展延している。

それはコバルトブルーの海にきらきらと反射し、教会の青い屋根をくっきりと縁取り、白い壁や鐘楼をまぶしく輝かせる。

景色の細部は遠景の真っ白な光彩に吞み込まれて融合し昇華する。そうやって空と地の天淵が埋まる。

調和した世界には朝も昼も夜も、間断なく強風が吹き募る。碧海にも群青の空にも地上の白い街並みにも。

強風はメルテミ(Meltemi)と呼ばれる。夏のエーゲ海を象徴する風物詩だ

調和した、だが違う色彩の天地の間をカモメが飛ぶ。

風に乗って舞い上がり、碧空の白い一点となって悠々と浮かぶ。やがて吹き上がる強風を捉えて猛然と加速する。

加速するカモメは白い光跡を残しながら群青のカーテンの中に吸い込まれていく。

僕はビーチを行き来しては滑空するカモメの白い飛翔を撮影しようと試みる。

だがただの一度も成功したことがない。

かろうじて捉えることができるのは、風と戯れながら低空で静かに浮かぶ彼らの姿だけである。

海鳥をカメラで追うゲームに疲れると、ビーチパラソルの下の寝椅子にねそべって読書をし、あれこれ思いを巡らし、想像し、空想の中で遊ぶ。

それにも飽きたら泳ぎ、水中眼鏡をかけて海中を探索し、13時前後から食べる。

レストランにはギリシャ料理とともにイタリア料理が幅を利かせている。僕らはむろんイタリア料理には見向きもしない。

素朴な味わいのギリシャ料理を堪能する。

魚介はタコとイワシが特に美味く、小さなマグロと呼ばれるカツオの煮込みなども味わい深い。

肉は相変わらずヤギと羊肉を追い求める。

ギリシャのヤギ&羊肉料理は、欧州ではいわば本場のレシピだから当たりはずれはほとんどない。

ヤギ&羊肉膳はほぼすべての店が美味しかった。そして今回もまた世界一と呼びたくなるLamb(子羊)料理に出会った。

子羊のモツの炙り焼き。

内臓をさばき腸に詰め込んでじっくりと炭火で回し焼いた一品。肉とは違う食感と香りと味が秀逸だった。

ミコノス島での経験である。

少し以外な感じがしないでもなかった。ヤギや羊の炭火モツ焼き、と言えばワイルドな響きがする。ミコノス島はエーゲ海の島々の中でも洗練された場所。

その料理はたとえば今回訪れた中ではナクソス島あたりが似合いそうだ。ナクソス島はキクラデス諸島の中では最も大きく山岳地帯も多い。

素朴な山中などに息づいていそうな料理にも見えたが、実態は違う。子羊モツの炙り焼きの味は洗練されたものだった。やはりミコノス島に最も似合う、と考え直した。







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エーゲ海の空がもどってきた


則カモメ800

2022年6月、エーゲ海を目指した。コロナ後初のイタリア国外への旅。

コロナはほぼ収束したと見られているが、完全に終息してはいない。その意味では昨年のイタリア国内旅行に続くコロナ禍中での地中海紀行である。

目的地のパロス島の前に寄った、乗り換え地のミコノス島の上空がすでに曇っていた。

船に乗り換えて、パロス島に着いた。その夜から朝にかけて雨が降った。

翌日もぐづついた天気が続いた。

だが徐々に回復していき、3日目にはエーゲ海の空が戻ってきた。

群青色とシアンが重なったような深い青色。

あるいは瑠璃紺からホリゾンブルー分の青をそっと抜き取ったのでもあるかのような濃い空色。

言葉で遊べばいくらでも表現ができる。だが、どんなに言葉をぞっても正確には言いあらわせない、エーゲ海の空だけの美しい巨大な色。

見渡す限り、360度の天空に明るい稠密な青いカーテが展延している。

それはコバルトブルーの海にきらきらと反射し、教会の青い屋根をくっきりと縁取り、白い壁や鐘楼をまぶしく輝かせる。

景色の細部は遠景の真っ白な光彩に吞み込まれて融合し昇華する。そうやって空と地の天淵が埋まる。

調和した世界には朝も昼も夜も、間断なく強風が吹き募る。碧海にも群青の空にも地上の白い街並みにも。

強風はメルテミ(Meltemi)と呼ばれる。夏のエーゲ海を象徴する風物詩だ

調和した、だが違う色彩の天地の間をカモメが飛ぶ。

風に乗って舞い上がり、碧空の白い一点となって悠々と浮かぶ。やがて吹き上がる強風を捉えて猛然と加速する。

加速するカモメは白い光跡を残しながら群青のカーテンの中に吸い込まれていく。

僕はビーチを行き来しては滑空するカモメの白い飛翔をカメラで捉えようと試みる。

だがただの一度も成功したことがない。

かろうじて撮影できるのは、風と戯れながら低空で静かに浮かぶ彼らの姿だけである。

海鳥をカメラで追いかける作業に疲れると、ビーチパラソルの下の寝椅子にねそべって読書をし、あれこれ思いを巡らし、想像し、空想の中で遊ぶ。

それにも飽きたら泳ぎ、水中眼鏡をかけて海中を探索し、13時前後から食べる。食べた後は、再びビーチに戻ったりドライブに出る。

レストランにはギリシャ料理とともにイタリア料理が幅を利かせている。僕らはむろんイタリア料理には見向きもしない。

素朴な味わいのギリシャ料理を堪能する。

魚介はタコとイワシが特に美味く、小さなマグロと呼ばれるカツオの煮込みなども味わい深い。

肉は相変わらずヤギと羊肉を追い求める。

ギリシャのヤギ&羊肉料理は、欧州ではいわば本場のレシピだから当たりはずれはほとんどない。

長くトルコの支配下にあったギリシャの島々のヤギ&羊肉膳は奥が深い。

イスラム教徒のトルコ人は豚を食べない。代わりに羊やヤギを多く食べる。トルコ人の食習慣はギリシャの島々にも定着した、

牛肉や豚肉また鶏肉料理などもむろんギリシャでは豊かだ。だがどこにでもあるそれらの肉に加えて、島々にはいま触れた羊肉やヤギ肉のレシピもまた発達した。

ヤギ&羊肉はここでは珍味ではない。ごく普通の食材だ。それでも旅人の僕らにとっては少し珍しい。

珍しさに魅かれて食べるうちに、その美味さにのめり込んだ。今ではどこにでもある牛、豚、鶏料理ではあまり満足できなくなった。

ただし、島々には豚肉の炭火焼きや子豚の丸焼きなど、イタリアによく似た極上のレシピもある。

肉料理を求めるのは、言うまでもなく島の魚介料理からの乗り換えである。

食を楽しむ、ごく当たり前のバカンス旅の時間を過ごしながら、僕はよく人と時間と空間を考える。

要するにドキュメンタリーを頭の中に構築する。

だがここ最近は僕のスタッフ、つまりカメラマや音声マンや照明スタッフ、またアシスタントやドライバーなどを招集することはほとんどない。

僕はドキュメンタリーやドラマをWEB・ブログ・SNSなどの媒体で代替できないかと考え、できると見なしてひたすら書いているのである。

この先もこの形を貫いてみようと思う。

どこまでその状態が続くかは分からないが、考えに考え抜いたWEB記事を例えば10本書くと、1本のドキュメンタリー番組を仕上げた程度の疲労感と自己満足を覚えないこともない。





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雨のエーゲ海はエー海じゃない

曇り空教会800

エーゲ海のパロス島にいる。

610日、ミラノからミコノス島に飛び、船で島に移動した。

パロス島でしばらく過ごしてナクソス島に移動し、ミラノ戻りの前日にミコノス島を巡る。

全行程2週間の旅である。

キクラデス諸島内の3島はいずれ劣らぬ観光名所だが、もっとも有名なのはミコノス島だ。

だが今回は、ミコノス島を乗りかえ地レベルの短い訪問にとどめて、パロス島とナクソス島に集中する。

実はミコノス島にもしばらく滞在する予定だった。

ところがひどく混みあっていて、僕らが目指すキャンプ地内の一軒家やビーチ際の借家などにまったく空きがなかった。

ことしの欧州の夏は旅行ブームである。コロナがほぼ収束したと見なされ、コロナ規制で窮屈な日々を送ってきた人々がどっと旅に出る。

それは早くから予想されていた。

そこにロシアによる戦争が勃発した。

224日以来ヨーロッパは、コロナ疲れに重なったウクライナへの気遣いで大きく疲弊した。疲弊はロシアへの怒りにひきずられてさらに深刻化した。

だが人は何ごとにも慣れる。

欧州の人々は戦争にも慣れつつある。連日の戦争報道はもはや日常化して、衝撃をもたらすことが少なくなった。

緊張がゆるみつつあるタイミングで夏がやってきた。

人々はコロナと戦争という巨大なストレスへの反動から、バカンスや旅行へと熱に浮かされたように行動し始めた。

豊かな欧州の金余り現象もそれに拍車をかける。人々はコロナ禍中の2年間ほとんど消費をしなかった。バカンスに出ず旅を控えレストランにも足を向けなかった。

コロナは多くの弱者をさらに貧しくしたが、多くの金持ちとさらにもっと多くの中間層に貯えをもたらした。消費せずまた消費できない分、人々の貯えが増えたのだ。

夏の旅行ブームはそれらの「豊かな」人々によって支えられている。

ミコノス島が混雑しているのはそんな背景があるからだが、ここパロス島の人出もすごい。

6月の今これだけ旅人が訪れるのなら、7月から8月のバカンス最盛期には人々が島からあふれて海に落ちるのではないか、とさえ危ぶむほどだ。

島の盛況に目をみはりつつまた楽しみつつ、新しい体験もしている。

島に到着した日に雨が降り、その後も曇りがちの荒れた天候が続いているのだ。

夏の間の地中海域は極端に雨が少ない。南のイオニア海やエーゲ海域は特にそうだ。

6月の天気は7月や8月と比べた場合にはやや不安定だが、それでも晴天が続くのが普通だ。

だが少なくとも僕は、6月から10月までの間のギリシャ旅では、雨はおろか曇り空に遭った記憶さえない。

来る日も来る日も抜けるような青空が続いてきたのだ。

エーゲ海の島々の白い家並みや教会の青い屋根や海の碧や花々の彩は、雲一つない青空ときらめく日差しの洗礼によって「エーゲ海」の景色になる。

曇りや雨では少しつまらない。

ありのままが美しいという意味の「日日是好日」は、日常の中での日常のそれぞれの良さや美しさを称える言葉だ、

そうすると日常の対岸にある旅という非日常の時間の中では、エーゲ海のくすんだ空はつまらない、という捉え方も許されるのかもしれない。

こじつけのような、でも真実のようなそんなことを思いつつ、僕は空いっぱいの「青空」と白くきらめく日差しを待ちわびている。









「クイ食いネー」と言われても食えねェバヤイもある


仰向け丸焼き












ペルーは南米でもっとも観光客に人気のある国とされます。アンデス山脈、アマゾン川、ナスカの地上絵、マチュピチュなど、など・・ペルーには魅惑的な観光スポットが数多くあります。


そのぺルーを旅した時の話。

旅では標高約5千メートルの峠越え3回を含む、3700メートル付近の高山地帯を主に移動しました。

目がくらむほどに深い渓谷を車窓真下に見る、死と隣り合わせの険しい道のりと、観光客の行かない高山地帯の村々や人々の暮らしは、見るもの聞くものの全てが新鮮で大いに興奮しました。

その中でも特に面白かったのは「ペルーの豚」料理でした。面白かったというのは実は言葉のあやで、筆者は「ペルーの豚」料理に閉口しました。

ペルーには2種類の豚がいます。一つは誰もが知っている普通の豚。山中の村では豚舎ではなく、道路などでも放し飼いにされています。これはとてもおどろきでした。

でももう一種の豚はもっとおどろきです。それは普通の子豚よりもずっと小さな豚で、ここイタリアを含む欧米で「ギニア(西アフリカ)の豚」とか「チビ豚」また「インド豚」などとも称されます。

ペルーでは「クイ」と呼ばれ、それの丸焼き料理がよく食べられます。つまり先に触れた「ペルーの豚」料理です。レストランなどでも正式メニューとして当たり前に提供されています。

クイは見た目は体がずんぐりしていて頭が大きく、確かに極小の豚のようでもあります。だがクイは本当は豚ではなく、モルモットのことです。日本語では天竺鼠とも言います。

筆者はクイの丸焼き料理がどうしても食べられませんでした。天竺鼠の「ネズミ」という先入観が邪魔をして、とても口に入れる気になれないのでした。

クイの丸焼きの見た目は、どちらかと言えばウサギの丸焼きです。イタリアでよく食べられるウサギも、実は筆者は長い間食べることができませんでした。

が、郷に入らば郷に従え、と自分に言い聞かせて後には何とか食べられるようになりました。

ウサギ肉は、自ら望んで「食べたい」とは今も思いませんが、提供されたら食べます。クイもそのつもりでいました。

しかしモルモットでありネズミである、という思いが先にたってどうしてもだめだったのです。

実を言うと筆者がクイを食べられなかったのは、ネズミという先入観が全てではありません。筆者が田舎者であることが真の理由なのだろうと思います。

田舎の人というのは新しい食べ物を受けつけない傾向があります。誤解を恐れずに言えば、いわゆる田舎者の保守体質です。

日本でもそうですが、ここイタリアでも田舎の人たちは、たとえば筆者が日本から土産で持ち込む食べ物を喜ばないことが多い。悪気があるのではなく、彼らは食の冒険を好まないのです。

生まれが大いなる田舎者の筆者は、イタリアに来て丸2年間生ハムを口にしませんでした。それが生肉だと初めに告げられたのが原因でした。ウサギ肉どころの話ではなかったのです。

イタリアでは生ハムは、ほぼ毎日と言っても良いくらいにひんぱんに食卓に供される食物です。2年後に思い切って食べてみました。以来大好きになり、今では生ハムのない食卓は考えもつきません。

ウサギを食べられるようになったのは、生ハムのエピソードからさらに10年以上も経ってからのことです。筆者はそんな具合に田舎者にありがちなやっかいな食習慣を持っています。

日本のド田舎を出て、ついには日本という祖国も飛び出して外国に住んでいる身としては、この「食の保守性」というか偏向性はちょっとまずい性癖です。世界の食は多様過ぎるほど多様なのですから。

それは良く分っているのですが、その面倒くさい性分は、標高が富士山よりはるかに高いアンデス山中でも変わることはありませんでした。

変わるどころか、土地の珍味を食べなくても別に死にはしない、と開き直っている自分がいました。まさに田舎者の保守性丸出しだったのです。





プーチン暗殺未遂やクーデター論のケセラセラ


ロシアのウクライナ侵攻からほぼ80日が経った5月14日、ウクライナ諜報機関のボス、キリロ・ブダノフ准将が、ロシアでプーチン大統領を引きずりおろすクーデターが進行している、と英スカイニュースで公言した。

だがその後は何事もなく時間が過ぎた。真相は闇の中だが、ロシアの反プーチン勢力がクーデターを繰り返し画策していても不思議ではない。

プーチン大統領の暗殺を目指して動くスパイや、特務機関の存在もしきりに取りざたされている。

そうした権謀術数は、しかし、今のところは成功の確率は非常に低い。限りなくゼロに近いと言っても構わないのではないか。

そうはいうものの、劇画やスパイ映画じみたそれらの計画が存在しないと考えるのは、プーチン大統領の暗殺が明日にでも成就する、と主張するのと同じ程度に荒唐無稽だ。

前出のダノフ准将は、公表されていないが3月にプーチン暗殺未遂事件が確かにあった、とも明言している。

またブダノフ准将は、プーチン大統領がいくつかの病気に罹っていて、精神的にも肉体的にも追い詰められているとも断言。

イギリスのタイムズ紙も、プーチン大統領が「血液のがん」に侵されていると報告し、アメリカのメディアも同様に彼の健康状態が良くない、と伝えている。

また別の英紙によると、プーチン大統領は暗殺を恐れて疑心暗鬼になっている。食事や飲み物は毒見担当のスタッフが味見をした後でなければ口にしないらしい。

クレムリン内ではかつてなくプーチン大統領の求心力が低下している。だが、権力争いは活発化していない。なぜならプーチン時代の終わりを誰もが予感しているからだ。

いま無理して争わなくてもプーチン大統領は間もまく失墜するか死亡する、と彼に続こうとする権力の亡者たちは踏んでいるようだ。

巷に流れている情報がどこまで真実なのかはいまのところ誰にも分からない。

ウクライナやアメリカの諜報機関も、ロシアのそれと同じくらいにフェイクニュースを発信して、情報のかく乱を目指しているからだ。

一方では猫も杓子も希望的観測も、ひたすらプーチン大統領の失脚を待ちわびている。

そして先行きがまったく見えないまま、世界は徐々に戦争報道に飽きつつある。人の集中力は長くは続かないのだ。

プーチン大統領はその時をじっと待っているとも目されている。

世界の関心が薄れたとき、間隙を縫ってプーチン大統領の決定的な攻勢が始まる、という考え方もある。

どこまで行っても一筋縄ではいかないのがプーチン大統領という魔物である。






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兵士みたい、とほめられた男の欣喜雀躍

カラフル市場則中ヨリ450


先日FBに投稿した上の顔写真を「兵士みたい」とほめてくださった方がいます。そこをきっかけに僕が一言申しあげたところ、別の方が親切なちゃちゃをいれてくれました。さらにさらにそこに、別の美女の方が「おもしろい」とコメントをくださったので、僕は勇気百倍、はなしをチョーおおげさに拡大してコメントしました。全ては公開のコメント欄での出来事です。しかし、それはFB投稿の一枚の写真欄でのやり取りなので、恐らく多くの方々の目には留まらない。そこでコメントを下さった皆さんにお断りを入れた上で、ほぼそっくりそのままの形でここにも掲載させていただくことにしました。

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おほめの言葉
第二次世界大戦中の、陸軍の日本兵のような雰囲気

Masanori Nakasone
ワシは人殺しではないよ。

Masanori Nakasone さん、言葉が相応しくなかったかもしれませんね ただ、国の命令で、多くの人々が泣く泣く出征していた人も多かったはずです。人殺しという言葉は、少しキツイと思いますが報道に陰に隠れているであろうロシアだって、そういう方はいると思うのです。

親切なちゃちゃ
沖縄の方々にとって日本兵は禁句です。第二次大戦で唯一の陸上戦がおこって1/4以上の県民が亡くなり、その内多くが日本兵が原因で命を落としています。コメントを削除した方が貴女のためですよ。

Masanori Nakasone
どなたさまも考えすぎです。兵士は殺されないために殺す、これが彼らのレゾンデートル。兵士が悪いのではありません。でも彼らは殺します。だから私は人殺しではないよ、といったのです。つまらないコメントにつまらない返事をしてしまいました。つまらないので該当者の皆さんが読まれたとおぼしき後(数時間後)にすべて削除します。悪しからず。

美女の方
Masanori Nakasone つまらなくないです。私にはみなさまのお考えを知る、良い機会

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コメントを削除しようと思いましたが、上記のように美女の方から「つまらなくない」というコメントが入りましたので、その真摯なお言葉に応えることにしました:

暑い旅行先での普通の帽子絵に兵士とコメントする感覚がつまらない。コメントを笑って受け流さない自分の感覚もつまらない。兵士と沖縄だけをつなげる発想もつまらない。沖縄の犠牲への思いやりからでしょうが、沖縄の犠牲の原因は兵士ではなくもっと別のものだから。

また犠牲になった沖縄の、まさにその地の出身の僕の父親も旧陸軍の険しい兵士だった。その僕の父親も含めた兵士は皆殺人者です。敵も味方も家族も友も、文字通り全員が。

日本兵だけを庇う感覚も、日本兵だけを責める感覚もつまらない。庇うなら日本兵に限らず全ての兵士を庇うべき。なぜなら全ての兵士は彼らを兵士に仕立てた権力の犠牲者だから。

自ら進んで兵士になった者も同じ。なぜなら彼らが殺人を犯すのも権力が始めた戦争に於いてだから。

また兵士を責めるなら全ての兵士を責めるべき。なぜなら彼らは全員が殺人者だから。たとえ敵を殺していなくても、彼らは殺人をするために存在する。お国を守るとか、正義を貫徹する云々という大義名分で変装しても、兵士の本質は殺人者です。

そして殺人者の彼らを責めるのは、実は彼らを庇うことと同じ。なぜなら「真の悪」は彼らを兵士にし、戦争を始め、その戦争に兵士を投入する権力だからです。

沖縄の犠牲もその権力によって生まれました。そして重大なことは、その権力はかつては天皇や将軍ほかの軍人や国王や君主etcの「独裁者」だったが、現在では民主主義という仕組みによって「民衆に選出された」権力に変ったということ。

つまり、民主主義社会に生きているわれわれは全員が権力の一端を担う加害者である。と同時に犠牲者にもなり得る。

沖縄を犠牲にしたのは民主主義以前の独裁権力、つまり天皇+軍部でしたが、それを支えた国民の意志もあった。その意志は自由な環境から生まれた自由意志ではなく、無知と強制によって作られた(今の中国、北朝鮮、ロシアなどの民衆の置かれた立場と同じ)ものだった。

しかし、そこにはかつて琉球と呼ばれた小さな独立国と民衆への差別意識という重いしこりもあった。そのしこりは現在も基地の過重負担という現実につながっている。

沖縄で生まれ育った者が強く感じるのは、基地の過重負担に伴って見える執拗且つ無意識の差別と、日本全国の安全保障のために存在する沖縄の基地負担を、大半の国民が「沖縄だけの問題」と捉えて無関心でいることへの怒りです。

そこへもってきてネトウヨ・ヘイト系排外差別主義者らは「沖縄は金欲しさに基地に反対する」などのあきれた主張をして人々をさらに怒らせる。

日本全体の安全保障の問題である米軍基地が、小さな沖縄県だけに過重に押し付けられているのは不公平。だから是正されるべき、という沖縄の声が全国に届かないのは、国民の大半が無関心だからです。

政府は大半の国民の無関心を巧みに利用して、口先だけの基地負担軽減を繰り返し言いつつ負担を押し付けている。いわゆる構造的な沖縄差別です。

一方怒る沖縄は、ナントカのひとつ覚えのように事あるごとに「県民総決起大会」を開いて抗議しますが、国民の無関心はますます深まるばかり。

そこで僕は国と国民をおどろかせて沖縄の基地問題を本気で議論させるために、特に沖縄の為政者は沖縄独立論にまで踏み込め、とさえ主張したりします。

それは多くの国民の反感を呼んであるいは逆効果になるかもしれない。しかし政府はどうでしょうか?あるいはあわてて沖縄の基地軽減を本気で考えるかもしれません。

僕はむろん沖縄の独立には反対ですが、何か大きなインパクトのあることをしないと沖縄の基地問題は解決できない、と感じます。

以上、長くなりましたが、兵士、国家、戦争という言葉の連鎖から、僕は基地問題や沖縄への構造的差別にまで考えが進むことを禁じえません。無関心な人にはその複雑な心理もまた「つまらない」ものだろうと考えましたが、冒頭で述べたようにある方の「つまらなくない」というご指摘が目からウロコになりましたので書き進めてみました。

なお、ここのコメントも全てが公開欄ですので、後ほど僕のブログ及びFB記事としても再投稿、再掲載させていただきます。その方が多くの読者の目に留まると考えるからです。

また、今後noteなどへの転載や加筆も考えている「沖縄問題関連記事」のURLも貼付しますので、お時間と興味のあるかたは「先行読破」しておいてください。





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美しく老いる肉体のメカニズム


 650一皮向けば婆

先日、イーロン・マスク氏の74歳になる母親のマイエ・マスクさんが、スポーツ誌の水着モデルになって話題を呼んだ。

水着姿の彼女は美しく「セクシー」だ、という意見やコメントや批評が躍った。

僕はそこに違和感を持った。

マイエ・マスクさんは外見的には高齢の普通の女性だ。

彼女が最高齢の水着モデルとして雑誌に採用されたのは、なにかと物議をかもすイーロン・マスク氏という億万長者の息子がいるからにほかならない。

イーロン・マスク氏の強い話題性に乗っかって一儲けしようとする魂胆が、母親を雑誌の水着モデルに仕立て上げた。

よくある話であり、ありふれた手法である。

ふつうなら黙って見過ごすところだが、いま触れたように彼女の水着姿を「セクシー」だと言い張る声に強いひっかかりを覚えた。

水着姿のマイエ・マスクさんは、かわいく元気そうな女性ではあるが、断じてセクシーではない。

老いてセクシーというのは、自然の摂理に反する空しいコンセプトだ。

そしてもしもある個人が、高齢になってもセクシーであろうと足掻くのは悲しい料簡だ。

セクシーとは性的な輝きのことだ。

ところが閉経し膣に潤いがなくなった女性は、輝きではなく性交痛に見舞われる。それは性交をするな、という自然の通達だ。

高齢になって性交し妊娠するのは、母体にとって危険である。出産はもっと危険だ。

だが自然はそれ以上の周到さで、高齢女性の性交を戒めている。

女性が高齢で生む子供は、障害や弱さや死にまとわれる可能性が高い。それは種の保存、継続にとっての最大の危機である。だから膣を乾かせる。

膣に潤いがなくなるのは年齢のせいではない。自然がそう命令するのである。

むろん自然は男性の側にも同様の警告をする。だから男は年を取ると勃起不全になり性的攻撃性が減退する。それもまた自然の差し金だ。

性交をしない、つまり性交ができない肉体はセクシーではありえない。美しくはあり得ても、それはセクシーではないのだ。女もむろん男も。

年齢を重ねると女も男も肉体がひからび、くすんでいく。自然現象だ。

自然現象だが、人間はまた自然現象に逆らうこともできる存在だ。意志があり心があるからだ。

ひからび、くすんでいく自然現象に立ち向かって、肉体を磨く人の行為は尊い。意志が、心がそれをやらせる。

肉体を磨く行為は、肉体を着飾る意思ももたらす。高齢になっても若やいだ、色鮮やかな装いをして颯爽と生きる人の姿は美しい。

ところで

肉体を磨くことに関しても衣装に関しても、特に女性の場合は日本人よりも西洋の女性のほうがより積極的であるように見える。

多くの場合日本人は、年齢を意識してより落ちついたデザインや色彩の衣装を身にまとう。そこにはノーブルな大人の美がある。

だが、ただでもかわいてくすんでいく肉体を、より暗い地味な衣装でくるんでさらに老いを強調するのは理に合わない、という考え方もある。

寂しい外見の肉体だからこそ、華やいだ衣装で包んで楽しく盛り上げるべき、という主張だ。

衣装が肉体の美を強調することになるかどうかはさておき、見た目が楽しくのびやかになるのは間違いがない。

年齢に縛られて、年相応にとか、年だから、などの言葉を金科玉条にする生き方はつまらない。

だが同時に、年齢に逆らって、望むべくもないセクシーさを追求するのは、悲しくもわびしい生きざまだ。

老いた肉体をセクシーにしようとすると無理がくる。苦しくなる。

老体の美は、セクシー以外の何かなのである。

何かの最たるものは心だ。

ひどく陳腐だが、結局そこに尽きる。

老いを、つまりセクシーではない時間を受け入れて、心を主体にした肉体の健全と平穏を追求することが、つまり美しく老いるということではないか。

60歳代になり老人の入り口に立っている僕は、既に老人の域にいるマイエ・マスクさんのことが他人事には見えない。

幸い、彼女を「セクシー」だとはやし立てているのは、金儲けとゴマすりが得意な周辺の人々であって、彼女自身はそうでもないらしいのが救いである。

それというのも彼女はこう言っている:

「もしも私が雑誌の水着モデルになれると思ったら、頭のおかしい女性として閉じ込められていたことでしょう」

と。

つまりマイエ・マスクさんは、自身の姿を客観視することができる健全な精神の持ち主なのだ。

彼女のその健全な精神が、自身を水着モデルに仕立て上げたのは、成功あるいは金儲けを追い求める世間だったのだ、と主張しているのである。





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日本共和国はあり得るか


旗握り締める拳切り取り650

イタリアは昨日、共和国記念日で祝日でした。

第2次大戦後の1946年6月2日、イタリアでは国民投票により王国が否定されて、現在の「イタリア共和国」が誕生しました。イタリアが真に近代国家に生まれ変わった日です。

世界の主な民主主義国は、日本とイギリスを除いて共和国体制を取っています。筆者は民主主義国には共和国体制が最もふさわしいと考えています。

共和国制は民主主義と同様にベストの体制ではありません。あくまでもベターな仕組みです。しかし再び民主主義と同じように、われわれは今のところ共和制を凌駕する体制を知りません。

ベストを知らない以上、ベターが即ちベストです。

先年、筆者は熱烈な天皇制支持者で皇室尊崇派の読者から「あなたは天皇制をどう見ているのか」という質問を受けました。その問いに筆者は次のような趣旨の返事をしました。

天皇制については私は懐疑的です。先の大戦の如く、制度を利用して、国を誤らせる輩が跋扈する可能性が決してなくならないからです。

しかし「天皇制」と「天皇家」は別物です。天皇制を悪用して私利私欲を満たす連中は天皇家のあずかり知らないことです。

天皇家とその家族は善なる存在ですが、天皇制はできればないほうが良いと考えます。しかし、(天皇制を悪用する)過去の亡霊が完全に払拭されるならば、もちろん今のままの形でも構わない、とも思います。


筆者は今のところ、信条として「共和国主義が最善の政治体制」だと考えています。「共和主義者」には独裁者や共産党独裁体制の首魁などもいます。筆者はそれらを認めません。あくまでも民主的な「共和国主義」が理想です。

それはここイタリア、またフランスの共和制のことであり、ドイツ連邦やアメリカ合衆国などの制度のことです。それらは「全ての人間は平等に造られている」 という不磨の大典的思想、あるいは人間存在の真理の上に造られています。

民主主義を標榜するするそれらの共和国では、主権は国民にあり、その国民によって選ばれた代表によって行使される政治制度が死守されています。多くの場合、大統領は元首も兼ねます。

筆者は国家元首を含むあらゆる公職は、主権を有する国民の選挙によって選ばれ決定されるべき、と考えます。つまり国のあらゆる権力や制度は米独仏伊などのように国民の選挙によって造られるべき、という立場です。

世界には共和国と称し且つ民主主義を標榜しながら、実態は独裁主義にほかならない国々、例えば中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国なども存在します。

共和国と民主国家は同じ概念ではありません。そこを踏まえた上で、筆者は「共和国」を飽くまでも「民主主義体制の共和国」という意味で論じています。

筆者が読者への便りに「天皇制はできればないほうが良い」と言いつつ「今のままの形でも構わない」と優柔不断な物言いをしたのは、実は筆者が天皇制に関しては、自身がもっとも嫌いな「大勢順応・迎合主義」を信条としているからです。

大勢順応・迎合主義とは、何事につけ主体的な意見を持たず、「赤信号、皆で渡れば怖くない」とばかりに大勢の後ろに回って、これに付き従う者のことです。

ではここではそれはどういう意味かと言いますと、共和国(制)主義を信奉しながらも、日本国民の大勢が現状のように天皇制を支持していくなら、筆者は躊躇することなくそれに従うということです。

共和国(制)主義を支持するのですから、君主を否定することになり、従って天皇制には反対ということになります。それはそうなのですが、筆者が天皇制を支持しないのは天皇家への反感が理由ではありません。

読者への返信で示したように、天皇制を利用して国家を悪の方向に導く政治家が必ずいて、天皇制が存続する限りその可能性をゼロにすることは決しできません。だから天皇制には懐疑的なのです。

しかしながら、繰り返しになりますが、日本国民の大多数が天皇制を良しとしているのですから、筆者もそれで良しとするのです。天皇家を存続させながら天皇制をなくす方法があれば、あるいはそれが適切かもしれません。

とはいうもののそのことに関しては、筆者は飽くまでも大勢に従う気分が濃厚なのです。そこには日本国民が、今さらまさか昔の過ちを忘れて、天皇制を歪曲濫用する輩に惑わされることはないだろう、という絶対の信頼があります。



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