
温いクリスマスである。温暖化に加えてシロッコが吹き、ガルダ湖畔の館から見渡す対岸のバルト山頂の雪も消えてはげ山のようだ。
シロッコはアフリカのサハラ砂漠由来の乾いた風。
そこの高気圧と地中海の低気圧がぶつかって生まれ、地中海に嵐を引き起こしイタリアに到達したときは、海の湿気をたっぷり飲み込んで蒸し暑い風となる。
欧州ではイタリアのシチリア島をなぶった後、北上してイタリア本土、フランスなどを襲う。春や夏に吹くシロッコはただの蒸し暑い風だが、冬にやってくるシロッコは異様だ。
それは例えて言えば、自然の中に人工の何かが差し込まれたような感じ。つまり、寒気という自然の中に、シロッコの暖気という「人造の空気」が無理に挿入されたような雰囲気だ。
シロッコも自然には違いないのだが、寒い時期にふいにあたりに充満する気流の熱は、違和感があって落ち着かない。
暑い季節に吹く、さらに蒸し暑いシロッコには、不自然な感じはない。それはただ暑さを猛暑に変えるやっかいもの、あるいはいたずらもの。
夏が暑かったり猛暑だったりするのは当たり前だから、ほとんど気にならない。
でも寒中に暖を持ちこむ冬場のシロッコには、どうしても「トツゼン」の印象がある。まわりから浮き上がっていて異様である。なじめない。
そう、冬場に吹くシロッコは、寒いイタリアに「トツゼン」舞い降りた異邦人。疎外感はそこに根ざしている。
シロッコは春と秋に多いが、一年を通して吹く風だ。クリスマスを焼いている今のシロッコは、12月22日の早朝に始まった。
冬至の日の朝、窓の外扉を開けると殴るような風が吹いて扉を石壁に押しやった。真冬だというのに強い気流にはむっとするほどの熱気がこもっていた。
あ、シロッコだとすぐに悟った。
地中海沿岸域に多く吹くシロッコは、時には内陸にまで吹きすさみ或いは暑気を送り込んで、環境に多大な影響を与える。
中でも最も深刻なのは水の都ベニスへの差し響き。シロッコはベニスの海の潮を巻き上げて押し寄せ、街を水浸しにする。ベニス水没の原因の一つは実はシロッコだ。
サハラ砂漠で生まれたシロッコが、イタリアひいては南欧各地を騒がすのは、ヒマラヤ起源の大気流が沖縄から東北までの日本列島に梅雨をもたらすのに似た、自然の大いなる営みである。