【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2024年07月

ファドを聴く

若者Fado店縦800

少し前、東京の大学時代の友人4人が僕を訪ねてイタリアまで来てくれた。

わが家に泊まってもらい、飲み、食べ、語らい、笑いあった。

家はミラノとベニスを結ぶA4自動車道の途中にある。そこで自家を基点に2晩はベニスに遊び日帰りでミラノにも足を伸ばして楽しんた。

そこに至る前に実は僕は、4人の誰もが多忙な仕事生活を送っていることを承知で、彼らにイタリアに遊びに来いと言い続けた。

いわゆるフリーのドキュメンタンタリー監督である僕は、会社という後ろ盾がない分彼らの2倍も3倍も忙しいという自負があった。

その忙しい僕が会社員の皆に合わせて時間を取ろうというのだから、君らも何とかひまを見つけろ、と僕は若いころから偉そうに言い続けていた。

彼らは3年がかりで仕事のやりくりをしてスケジュールを組み、ついに4人が同じ時間に休暇を取ることに成功した。   

ミラノ郊外の田園地帯にあるわが家の周りにはホテルも多くあるが、あえて自宅に泊まってもらったのには訳がある。

わが家は最も古い基礎部分が12世紀、つまり日本で言えば鎌倉時代に造られたとされる没落貴族の館である。そこにはヨーロッパの歴史が詰まっている。

めったに体験できないことだから、学生時代の昔に戻って、館内の空き部屋にごろ寝をするつもりで泊まってもらった。いわば歴史の勉強を兼ねた遊びのつもりだった。

それはうまく行って皆大いに楽しんでくれた。

見返りに僕も普段はできないことを満喫した。気兼ねなく好きなだけワインを飲んで酔いまくったのである。

酔っ払いが毛嫌いされるイタリアでは、へたに酔うわけにはいかないので僕はいつも及び腰で飲んでいて楽しまない。

ノンベエの友人4人とは思い切り酔っぱらい、互いに許しあって、腹の底から擬似青春を謳歌したのだった。 

そんな時間の中で、誰かが次はファドを聴きにポルトガルへ行かないか、と言った。皆が賛成し、僕はイタリアからツアーに参加すると約束した。だがその旅は未だに実現していない。

ところがことし6月、僕は妻と2人でファドを聴きにポルトガルまで出かける機会を得た。

実のところそれは、ポルトガルの歴史文化や自然また人情や料理に出会うのが目的の旅だったが、僕の中には友と約束して未だ果たせないファド探訪への感慨があった。

友人らは癌で斃れたN君を除いて皆退職し、フリーランスとして人生の再出発を果たしたり、旅暮らしを始めたり、趣味にいそしんだりしながら元気でいる。

テレビ屋の僕は、小さな番組制作会社を畳んだあと、元の木阿弥の身ひとつの、しがないフリーランスのディレクターになった。

やがてテレビの仕事を徐々に減らし、コロナ禍を機についにロケには一切出なくなった。代わりに遊びと探索を兼ねた旅にひんぱんに出かけている。

これまででリサーチ、ロケハン、さらに実際のロケなど、数えきれないほどの旅を重ねてきた。が、それらは仕事の枠組みの中での動きだったために、物事を見るのにいわば色眼鏡をかけた視点での観察に終始していたことが分かった。

言葉を替えれば、仕事関連の事案に関しては深堀りもするが、それは飽くまでも限られた視界の中での深堀りに過ぎないということである。

色眼鏡を外して見ると視界がぐんと広がった。それは深い楽しみをともなう発見であり、気づきだった。

ポルトガル旅行もそんな道行きのひとつだったが、前述のように友人4人との約束事の代替のような気分もあって、普段とは違う色合いの船出になった。

ポルトガル北部のポルトから入って、国土を南北に縦断する形で旅をした。3泊4日滞在したリスボンでは、計画通りファドをじっくりと聴いた。

ファドはフランスのシャンソンやイタリアのカンツォーネに相当するポルトガルの民族歌謡だが、後者が共に「歌」という単純な意味であるのに対して、「運命」または「宿命」という深意を持つ。

そのことだけでファドは既に、哀切にじむ抒情的な庶民の心の叫び、という響きがある。そしてまさにその通りだが、巷の歌の常でむろん軽快な喜びのメロディーにもこと欠かない。

それでもファドの神髄は、やはり人生の哀愁の表出である。

それは敢えて言えば、日本の演歌の世界である。日本人が通常認識しているシャンソンやカンツォーネも、その見た目はともかく、センチメントは演歌とほぼ同じだ。

だがファドの場合、呼称自体が演歌の大好きなコンセプトである運命や宿命という意味を持つ分、シャンソンやカンツォーネよりもより演歌的な世界と見える。

学生時代の友人らが、シャンソンやカンツォーネを聴きに行く旅ではなく、あえて「ファドを聴きに行く旅」というコンセプトにこだわったのは、いわば知的気取りからくるポーズだった

つまり誰もが知っていてまた憧れてもいるシャンソンやカンツォーネに比べると、ややマイナーで泥臭い風情もあるファドを敢えて懐抱する、という心意気がなせる業だったのである。

僕はリスボンで本場のファドを楽しんだ。再び「敢えて」ファドを聴くためだけにそこを訪れたいかとと問われれば疑問だが、友人らがその気になるならむろん喜び勇んで参加するつもりである。




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日本人が理解しているシャンソンやカンツォーネは演歌の心を持っている

白黒煙舞台楽器800

先日の記事を要約したFacebookへの投稿文を読んだ方からシャンソンやカンツォーネは演歌ではない。いい加減なことを言うな、というメッセージが届いた。

Facebook記事の終わりに「参照」としてURLを貼付したファド演歌の小粋を読んでもらえれば誤解は解ける筈だが、例によって参照まで飛んでくれる読者は少ない。

それなのでもう一度ここに確認しておくことにした。

「シャンソンはフランスの演歌でありカンツォーネはイタリアの演歌」であるとは、シャンソンやカンツォーネが日本の演歌と同じ歌謡、という意味ではなく、「日本人が理解しているシャンソン」はフランスの音楽シーンの中では日本の演歌に当たる位置にあり、同じく「日本人が意識しているカンツォーネ」は、イタリアの音楽シーンの中では、日本の演歌に当たる領域にある、という意味である。

フランスでもイタリアでも、日本の歌謡曲やニューミュジックまたJポップなどと総称される新しい歌に相当する楽曲は生まれ続けている。それらはむろん「演歌」ではないシャンソンでありカンツォーネである。

もっと具体的に言えばそれは、ミッシェル・ポルナレフやシルヴィ・バルタンなどが歌うシャンソンであり、ファブリツィオ・デ・アンドレやピノ・ダニエレらが歌うカンツォーネのことある。

僕はかつて、演歌に当たる例えばイヴ・モンタン系のシャンソンを、日本人なら誰もが経験する程度に耳にしていた。

やがて「演歌」ではない「新しいシャンソン」を学生時代にミシェル・ポルナレフを介して知った。彼の歌声に魅せられてレコードまで買ってよく聞いた。

その流れでシルヴィ・バルタンやフランソワーズ・アルディなども少し耳にしていた。僕はそれらの歌謡を、シャンソンとしてよりもロックやニューミュジック系の新しい歌、と感じつつ聞いていた。

それって何だろうと考えたとき、演歌風のシャンソンとポルナレフを始めとする新しい、世界的にも通用するシャンソン、という括りが見えた。

演歌に当たるナポリ系のカンツォーネをやはり普通に聞き知っていた僕が、イタリアに住み着いて以降、ファブリツィオ・デ・アンドレやピノ・ダニエレなどの新しい歌に出会ったのも同じ感覚である。

僕は一時期、移動中の車の中で飽きもせずにデ・アンドレのテープを聴き続けていた。後にはピノ・ダニエレも加わった。2人以外にはジャンナ・ナンニーニを時々聞いた。

そのほかのポップスやロック系のカンツォーネには、しかし、あまり興味がなかった。彼らを聴くくらいなら、本家本元の米英の楽曲を聴くほうが増し、と考えていたからである。







あれに見えるはジョルジャ・メローニの馬脚か自身のダイコン足か?


メローニ党看板650

イタリアのジョルジャ・メローニ首相は、欧州議会の欧州委員会委員長選挙で、朋友とさえ見られていたウルズラ・フォンデアライエン委員長の再選に同調せず反対票を投じた。

それは彼女が、自身の政権内のちまちました利害と忖度にとらわれ過ぎて、大局的な視点を失った愚劣な動きだった。

メローニ首相は真っ向からフォンデアライエン氏を支持して、イタリアの国益を追求するべきだったのだ。

ところが首相は連立政権内のサルヴィーニ同盟党首と、ネトウヨヘイト系排外差別主義者も少なくない「イタリアの同胞」支持者らへの遠慮から、欧州の良心の象徴である保守自由主義者陣営を率いるフォンデアライエン氏に反旗を翻した。

メローニ首相はファシスト党の流れを汲む「イタリアの同胞」を先導し、彼女自身もファシストの心を持つ政治家とみなされてきた。事実彼女は極右と呼ばれる政治スタンスで既存の権力機構に挑み、反移民のレトリックとEU懐疑思想を声高に主張して総選挙を勝ち抜いた。

ところが首相の座に就くと同時に、選挙戦中の極右丸出しの主張を引っ込めて、より「穏健な極右」あるいは「急進的な右派」政治家へと変貌した。

それはイタリアの歴史的な政治状況を踏まえた上で、2018年に極左と極右が手を結んで成立した政権の動向を観察してみれば、即座に理解できる変わりようだった

歴史的な政治状況とは、独立自尊の気風と多様性に裏打ちされた都市国家メンタリティーがもたらす、四分五裂した政治勢力のあり方である。

そこには左右中道から過激論者までの雑多な政治勢力が跋扈するが、暴力に訴えてまで自説を通したがる極右や極左でさえ、より過激に向かうよりもより中道へとシフトする傾向がある。

多様な政治勢力がはびこるために、彼らはより多くの賛同者を得ようとして、極論よりもより穏当なレトリックと行動に向かおうとするのである。それが多様性の効用である。

2018年に成立した極左の「五つ星運動」と極右の「同盟」の野合政権は、反EU的な主張を続けながらも、彼らが主張するEU離脱はおろか、EUとの決定的な反目も避けた。過激よりも穏健を選んだのである。

多様性が重視され多様性がもたらす殷賑が乱舞するイタリア社会は常に混乱状態にあるが、その混乱とはイタリア的な秩序なのであり、過激論が乱れ飛びつつ互いに抑制するという関係なのである。

EUが本分の極右、さらにネオファシストというレッテルまで貼られたりするメローニ首相は、既述のように急進的な右派へと穏健化し、EUとも協調する形で政権を運営してきた。

そうならざるを得ない理由がもう一つある。

イタリアでは政治制度として、対抗権力のバランスが最優先され憲法で保障されている。そのため権力が一箇所に集中しない、あるいはしにくい。

その制度は、かつてファシスト党とムッソリーニに権力が集中した苦しい体験から導き出されたものである。同時にそれは次々に政治混乱をもたらす仕組みでもある。

一方で、たとえ極左や極右が政権を担っても、彼らの思惑通りには事が運ばれない、という効果も生む。

メローニ首相率いる「イタリアの同胞」は元々はEUに懐疑的でロシアのクリミア併合を支持するなど、欧州の民主主義勢力と相いれない側面を持つ。

同党はファシスト党の流れも汲んでいる。だがイタリア国民の多くが支持したのは右派であって極右ではない。ファシズムにいたっては問題外だ。

僕自身も実はメローに政権の軟化を早くから予想し、そう主張し続けた。そしてメローニ首相はまさしくその方向に動いてきた。

首相は彼女の支持基盤への気遣いを終始忘れない。だが基本的には― 繰り返しになるが― EUとの協調路線を志向し移民政策ではEUの最高権力者であるフォンデアライエン委員長の支持も取り付けるなど、極めて良好な関係を築いた。

また経済政策でもフォンデアライエン委員長の信頼を得て、PNRR(コロナ禍からの再興・回復のためのイタリアの計画)へのEUの資金提供もほぼスムースに展開された。

だが今後は分からなくなった。

メローニ首相の失策は、EU内でのイタリア共和国と首相自身の存在感を大きく損なうことになった。彼女の反抗はイタリアをヨーロッパから孤立させる効果こそあれ決して国益にはならない。

メロ-ニ首相は国家に尽くす思慮深い政治家、いわゆるステーツマンではなく、彼女の小さな右翼政党や保守派のリーダーに過ぎないと自ら告白した。結果ここまで彼女が模索してきたポピュリズムから遠ざかろうとする明朗な未来もいったん否定された。

メローニ首相はEUとうまく付き合い、結果― 極右勢力に特有の暴力的な空気がそこかしこに流れたりもするが ―ファシズムや極右にアレルギーを持つ大半の国民の好感度も良くなって、ステーツマンとしての株も上がりつつあった。だがそれもいったん反故になった。

政治勘の鋭いメローニ首相はそのことに十分に気づいているに違いない。極右という言葉に嫌悪感を抱きつつも、僕は首相になってからの彼女の言動に好感を抱き続けてきた。

なんと言っても彼女はイタリア初の女性首相であり、ささやかな規模の政党を率いて奮闘し政権まで握ったガッツある人物だ。

そして「肩書きが人を創る」との諺通り、人間的な成長も見せてきた興味深い存在だ。

僕は彼女の足が馬脚ではないことを願いつつさらに注視していこうと思う。



ファド演歌の小粋


 女歌手と奏者縦800

ポルトガル旅行中のリスボンでは観光と食事に加えてファドも堪能した。

ファドは日本ではポルトガルの民族歌謡と規定されることが多い。僕はそれをポルトガルの演歌と呼んでいる。ファドだけではない。

カンツォーネはイタリアの演歌、同じようにシャンソンはフランスの演歌、というのが僕の考えである。

日本では、いわばプリミティブラップとでも呼びたくなる演説歌の演歌が、「船頭小唄」を得て今の演歌になった。

それとは別に日本では、歌謡曲やニューミュジック、またJポップなどと総称される新しい歌も生まれ続けた。

民謡や子守歌はさておき、「船頭小唄」からYoasobiの「群青」や「勇者」までの日本の歌謡の間には、何光年もの隔たりと形容してもいい違いがある。

その流れは1900年代半ば過ぎ頃までのカンツォーネとシャンソンの場合も同じだ。

イタリアではファブリツィオ・デ・アンドレやピノ・ダニエレなどのシンガーソングライターや、英米のロックやポップスの影響を受けた多くのアーチストがカンツォーネを激変させた。

シャンソンの場合も良く似ている。日本人が考える1960年頃までのいわばオーソドックスなシャンソンは、ミッシェル・ポルナレフやシルヴィ・バルタン、またフランソワーズ・アルディなどの登場で大きく変わった。

僕はそれらの新しい歌謡とは違う既存のシャンソンやカンツォーネを、大衆が愛する歌という括りで「演歌」と呼ぶのである。

日本の演歌では、男女間のやるせない愛念や悲恋の情、望郷また離愁の切なさ、夫婦の情愛、母への思慕、家族愛、義理人情の悲壮、酒場の秋愁などの大衆の心情が、しみじみと織り込まれる。

古い、だが言うなれば「正統派」シャンソンやカンツォーネでも、恋の喜びや悲しみ、人生の憂いと歓喜また人情の機微ややるせなさが切々と歌われる。それらはヨナ抜き音階の演歌とは形貌が異なる。だがその心霊はことごとく同じだ。

さて、ファドである。

カンツォーネもシャンソンも単純に「歌」という意味である。子守唄も民謡も歌謡曲もロックもポップスも、イタリア語で歌われる限り全てカンツォーネであり、フランス語の場合はシャンソンだ。

ところがファドは、単なる歌ではなく運命や宿命という意味の言葉だ。そのことからして既に、哀情にじむ庶民の心の叫びという響きが伝わってくる。

ファドは憐情や恋心、また郷愁や人生の悲しみを歌って大衆に愛される歌謡という意味で、先に触れたようにシャンソンやカンツォーネ同様に僕の中では演歌なのだが、フランスやイタリアの演歌とは違って、より日本の演歌に近い「演歌」と感じる。

演歌だから、決まり切った歌詞や情念を似通ったメロディーに乗せて歌う凡庸さもある。だがその中には心に染み入り魂に突き刺さる歌もまた多いのは論を俟たない。

リスボンでは下町のバイロ・アルト地区で、ファドの店をハシゴして聞きほれた。

一軒の店では老いた男性歌手が切々と、だがどことなく都会っぽい雰囲気が漂う声で歌った。

4軒をハシゴしたが、結局その老歌手の歌声がもっとも心に残った。

ファドは、ファドの女王とも歌姫とも称されるアマリア・ロドリゲスによって世界中に認知された。

彼女もいいが、個人的には僕は、フリオ・イグレシアスっぽい甘い声ながら実直さもにじみ出るカルロス・ド・カルモが好きだ。

ファドは女性歌手の勢いが強い印象を与える芸能だが、たまたま僕は録音でも実況でも、男性歌手の歌声に惹かれるのである。





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イングランドサッカーは勝つまでは何が何でも面白くないのだ。にだ。

英歓喜蘭絶望切り取り

 イングランドサッカーのゲーム運びの特徴は、直線的な動き、長い高い飛行パス、スポーツ一辺倒で遊び心がゼロのゲーム展開、予測しやすいアクションつまり創造性に欠ける陳腐な戦法、そしてまさにそれ故に硬直し竦んでしまう悲しいプシュケー、といったところだ。

そんなイングランドは、今回欧州選手権のオランダとの準決勝で、相手陣内のペナルティエリア外でひんぱんに横に展開する戦法も見せた。

両ウイングにはパスが通りやすい。なぜならそこはゴールエリアから遠いため、相手守備陣はしゃかりきになって防御の壁を固めていない。

イングランドはそこからセンタリング、つまり相手守備陣の頭越しにボールをセンター(ゴール前)に飛ばし送って、主にヘディングでゴールを狙う試合運びである。

パスの通り難いゴール前のエリアを避けるのは、横からの攻撃を仕掛けるためだが、それは裏返せば、相手が厳重に防御を固めている中央部を突破する技術がないことの証でもある。

サッカーはゲームの9割以上が足で成されるスポーツだ。ヘディングはその補佐のためにある。ヘディングシュートも然り。

だがヘディングシュートは、キックに比べて威力が脆弱でスピードも遅くかつ不正確。それは重要な武器だが、できれば足を使っての中央突破攻撃が望ましいのだ。

また、イングランドはサイドから逆サイドへのパスもひんぱんに行った。それはゲームの流れを変える戦術のように見られることも多いが、実はそれほどのプレーではない。

長いボールで安易にパスをつなぐだけの外道な策術であるばかりではなく、そこからゴール方向に向けて新たに布陣を立て直さなければならないため、ムダな2重仕事に終わる。非創造的な動きなのである。

イングランドは2大会連続で決勝に進出した。史上初の快挙だが、優勝できるかどうかはむろん分からない。僕は8分-2分でスペインの勝ちを予想する。

もしもイングランドが優勝するなら、それは彼らがついに欧州と南米の強豪国の創造性を学んだ結果、と考えたい。だが、残念ながら現実は違う。

優勝は2大会連続で決勝に進出した結果の、❛下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる❜を地で行くまぐれ当たりに過ぎないだろう。 

準決勝までのイングランドの戦いぶりから導き出した、それが僕の結論である。

イングランドは依然として、サッカーが「遊びと化かし合いがふんだんに詰めこまれたゲーム」であり、ただ「ひたすらのスポーツ」ではない、ということを理解していないように見える。

イングランドは十中八九スペインに負けるだろうが、運よく勝ちを収めた場合は、そこから再び60年も70年も、もしかするともっと長く勝てない時間がやってくるのではないか。

むろん彼らが退屈な❝イングランドメンタリティー❞と戦術を捨てて、遊戯心満載の「ラテンスタイル」のサッカーに変貌できる日が来れば、その限りではないけれど。





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不死身のロナウドも面白い

迫力魚っぽい650

スーパースター・ロナウドのポルトガルは、サッカー欧州選手権の準々決勝でフランスに敗れて姿を消した。

その前の試合でペナルティキックを外して、悔しさのあまり男泣きに泣いたロナウドは、結局準々決勝でも活躍することはなかった。

ポルトガルはロナウドばかりではなく、チームそのものが冴えなかった。

それはしかしフランスも同じ。ケガのために本来の力が出せないエムバペに付き合うようにつまらない試合運びに終始した。

不調の両チームの戦いは、その前に行われたスペインVSドイツの壮絶なゲームに比較するといかにもつまらなかった。

かつてのロナウドは退屈な試合をひとりで面白くするほどの力があった。違いを演出できる選手だったのだ。

そのロナウドはもはやいない。

ところが試合を実況したイタリア公共放送RAIのアナウンサーは、ロナウドの欧州選手権は「とりあえず」終わった。次の欧州杯ではロナウドは43歳前後になっているが、またピッチに戻ってくるだろうという趣旨の発言をした。

僕は「え?」と声に出しておどろいた。

ロナウド自身は2年後のワールドカップまでは代表チームに留まりたいと希望している。だが、4年後の欧州杯まで代表でいるというのは荒唐無稽ではないかと思ったのだ。

僕は彼が途方もない金額でサウジアラビアのリーグに移籍した時点で、ポルトガル代表としての選手生命は終わったと思った。

ここイタリアでは、全盛期を過ぎた選手が欧州以外の国に移籍すると、彼らの力量が低レベルのリーグに引きずられてさらに落ちる、と見なして代表から排除する。

イタリアにも匹敵する欧州の強豪であるポルトガルも、当然そうだと僕は思い込んでいたのだ。

だが彼は依然としてポルトガル代表チームに召集され続けている。

欧州杯準々決勝で低調だったポルトガルチームの中で、自身も精彩を欠きながらそれでもチームの大黒柱として強い存在感を示したロナウドは、あるいはまだ不死身なのかもしれない。

ロナウドは昨年、年棒2億ユーロ、当時のレートで約280億円というとてつもない金額に釣られてサウジアラビアに移籍した。

僕はその時、彼が金に転んだと考えてがっかりした。だが見方を変えればロナウドは、その途方もない金額のおかげでスーパーヒーローとして「生かされている」とも言える。

もともと練習熱心な努力家でプロ意識の強烈な レジェンドは、大金に見合う活躍を目指して老体にムチ打って頑張っているのかもしれない。

ならばロナウドは50歳までの現役を目指して突き進んでもいいのではないか。

どうせ潔い引き際の美学なんて知らないし、知る気もないであろう勇者なのだから。

もっともサウジアラビアのチームとの契約が切れた後、いったい誰が彼を雇い続けるのかという根本的な問題があるけれど。





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死闘~スペインvsドイツ~

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2024年サッカー欧州選手権の準々決勝、スペインvsドイツは見応えのある壮絶な戦いだった。

最終スコアは2-1と平凡だが、その内容は長く記憶に残ることが確実な目覚ましいものである。

いわばスペインのポゼッションサッカーをドイツが実践し、ドイツの正確で速い重厚な動きをスペインが自家薬籠中のものにして暴れまくった。

つまり、双方が自らの長所を維持しつつ、相手の優れた技術と戦術と戦略も取り込んで縦横無尽に闘った。

世界トップクラスの2チームが、相手の力まで取り込んで自らの活力にしているのだから、そのパワーは2倍になって噴出するしかない

2チームは激しく動き、攻守がめまぐるしく入れ変わり、選手は躍動した。

両者の実績と今大会の好調ぶりから見て、その試合は事実上の決勝戦と呼んでも構わない重要な顔合わせだった。

僕はドイツがホームで戦う分だけ有利ではないかと予想した。だが蓋を開けてみると、スペインが押し気味に試合を進めた。

2大チームの選手たちが展開する高速で創造的な動きや、ハイレベルなテクニックや、究極の騙し合いの数々は、見ていて気がおかしくなりそうなほどに面白かった。サッカーの醍醐味の極みである。

終始押され気味のドイツは反則の数で先行した。

試合開始から間もなく、クロースがペドりに激しい当たりを仕掛けたのは、ドイツの焦りが早くも形になって現れたものだ。

レッドカードになってもおかしくない打撃を、警告でさえないただの反則として試合を続行したのは審判の大きなミスだった。

だが力の拮抗する両チームは、時間経過とともにヒートアップして、スペインの反則や警告の数も増えていった。

反則の多い試合は得てして内容が無くつまらない。

ところがこのゲームは、中身の豊穣とその圧倒的な面白さのために、荒いアクションでさえそれほど気にならなかった。

事実上の決勝戦である大一番を勝ち抜いたスペインが、この後一気に上昇気流に乗るのかというと必ずしもそうではない。

勝者はビッグマッチで精力を使い果たしたり燃え尽き症候群に陥ったりもするからだ。

ドイツとの死闘を制したスペインがそうならないことを祈りたい。





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レジェンドのロナウドが超スーパーヒーローになる日

叫ぶRonaldo

ポルトガル旅行中に、サッカーのスーパースター・ロナウドが、40歳になんなんとしてまだ同国代表チームを引っ張っていることを知ってちょっと感動した。

以後、気をつけて彼の動きを追いつつ、2024年度の欧州選手権を眺めている。

好きなチームのイタリアが、みっともない負け方で消えるべくして姿を消した後、スペインが4-1でジョージアを下す戦いを見た。強い。うらやましい。

イタリアに違いを演出できる選手がいないように、スペインにももはや偉大なシャビやイニエスタはいない。ペドリとヤマルという若い才能は出ているが、圧倒的な力量を誇った前者の2人の域には達していない。それでも強いのはなぜか。

フランスはベルギーを下したがエムバペはまだ輝かない。怪我のせいだろう。

ベルギーは近年FIFAのランクでトップクラスに入るなど進境著しいが、ルカクが沈んだ状態では、いくら主将のデ・ブライネが頑張っても、フランスには追いつかない。

フランスのゴールはオウンゴールだったが、オウンゴールは相手に攻め立てられた守備陣がパニックになって犯すミスだ。従って、攻めるフランス側から見れば通常ゴールに匹敵する重要な成果だ。

フランスはイタリアと違ってことしも強いのだ。

ポルトガルはスロベニアを相手に延長まで戦い、ペナルティキックを得てロナウドが蹴った。だがキーパーに阻まれた。

それをロナウドの力の衰えと見ることもできるが、次のペナルティキック戦で最初に蹴ってきっちりと決めたのは、驚愕の精神力だ。

PK戦では、キーパーのディオゴ・コスタが、ロナウドを助けようとでもするかのように圧巻の3連続セーブ。離れ業が利いてポルトガルは順々決勝に進んだ。

試合中にPKをはずしたロナウドが PK戦のトップに登場してゴールを決めたのは、なんでもないことのように見える。だが実はそれは、先に触れたように、驚異的なことなのだ。

心理的なプレッシャー尋常ではない中で、先頭に立ってPKを蹴り見事にゴールを奪ったのは、彼の強靭な克己心の表れだ。それだけでもただのプレーヤーではないことが分かる。

そうはいうものの、しかし、ロナウドの衰えはやはり隠せない。

なぜなら彼はそこまでにチームでトップの20本ものシュートを放っているが、まだ一つも決めていないのだ。全盛期のロナウドからは考えられないことだ。

ロナウドは準決勝進出をかけて7月5日にフランスと戦う。そこを勝ち抜けば、ポルトガルはあるいは2016年のように欧州選手権を制するかもしれない。

2016年のポルトガルの初制覇は、ロナウドがほとんど一人で勝ち取ったようなものだった。

彼は決勝戦では怪我のため途中退場したが、そこまで圧倒的なパフォーマンスを見せチームの精神的守護神となってついに優勝をつかんだ。

ことし、もしもポルトガルが選手権を勝ち取れば、ロナウドはこれまでの伝説的なキャリアにさらにに華をそえるだろう。

そればかりではなく、2年後のワールドカップにも41歳で出場するなど、さらなる偉業を成しとげる可能性もある。




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フレンチはポルトガル料理も見習ったほうがいい

蓋込みカタプラーナ鍋800

ポルトガル旅行で料理を堪能した。

言わずと知れた各種バカラ(バカリャウ・鱈の塩漬けの干物 )、タコ、イワシ、子豚の丸焼き、海鮮鍋のカタプラーナ等々が素晴らしかった。

バカラのレシピは数限りなくあり、食べたどれもが美味かった。

イタリアにもバカラ料理はある。秀逸なのはヴィチェンツァの郷土料理だが、ポルトガルのバカラは、どこで食べてもヴィチェンツァの「バカラ・アッラ・ヴィチェンティーナ」並に美味だった。

タコもよく食べられる。どこの店もレシピを研ぎ澄ませている。

ポルトで食べた一皿は、タコの吸盤を剥ぎ落として薄いソースで柔らかく煮込でいた。絶妙な味わいだった。

もっとも驚いたのはイワシ料理だった。

マリネと焼きレシピが主体だが、多く食べたのは後者。単純な炭火焼なのに店ごとに微妙に味が違っていた。

北のポルトから最南端のファロまで、全国でイワシが盛んに食べられる。ワタも食べることを前提にして焼かれていて、いくら食べても飽きなかった。

ポルトで食べた一皿は、基本の塩に加えて、極く薄味のソースが肉に染みこんでいた。素朴だがほとんど玄妙な風味を感じた。

あるいはソースではなく、添えられた野菜の煮汁がからまっているだけかもしれないが、いずれにしてもそれは、計算され研究しつくした結果生まれた相性に違いなかった。

イワシという質素な素材にかけるポルトガルのシェフたちの意気に感嘆した。

僕は実際に自分が食べ歩いた中での、7つの海ならぬ世界の7大料理という括りを持っている。

それは美味しい順に、「日本料理、イタリア料理、中華料理、トルコ料理、スペイン料理、ギリシャ料理、フランス料理」である。

ところが今回ポルトガル料理を本場で食べ歩いた結果、7大料理は8大料理へと発展した。

ポルトガル料理が世界四天王料理の日本、イタリア、中華、トルコの次にランクインしたのだ。

結果、またまたフレンチが順位を落として、世界の美味しい料理ランキングは「1.日本料理、2.イタリア料理、3.中華料理、4.トルコ料理、5.ポルトガル料理、6.スペイン料理、7.ギリシャ料理、8.フランス料理」となった。

フレンチは、料理の本質は素材であって、ソースはそれを引き立てるための脇役に過ぎない、というコンセプトを理屈ではなく骨の髄まで染み入る因果として理解しない限り、永遠にランクを落とし続けるんじゃないかな。

いわば、

ポルトガルのシェフたちは素朴なイワシ料理に命をかけている。

日本の板前は素材そのものの味に命をかけている。

ところが、

フレンチのシェフたちは相も変わらずソースに命をかけている。。ように見える。

それはそれですばらしいことだし面白い。

でも、やはり何かが違うと思うのだ。


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