【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2024年08月

ワタシ演歌の味方です


不細工と演奏者2人800

リスボンで聴いたファドは味わい深かった。それを聴きつつ演歌を思ったのは、両者には通底するものがある、と感じたからだ。

さて、ならば演歌は好きかと誰かに問われたなら、僕は「好きだが嫌い」というふうに答えるだろう。

嫌いというのは、積極的に嫌いというよりも、いわば「無関心である」ということである。演歌はあまり聴くほうではない。聴きもしないのに嫌いにはなれない。

ところが、帰国した際に行合うカラオケの場では、どちらかと言えば演歌を多く歌う。なので、「じゃ、演歌好きじゃん」と言われても返す言葉はない。

演歌に接するときの僕の気持ちは複雑で態度はいつも煮え切らない。その屈折した心理は、かつてシャンソンの淡谷のり子とその仲間が唱えた、演歌見下し論にも似た心象風景のようである。

淡谷のり子ほかの歌い手が戦後、演歌の歌唱技術が西洋音楽のそれではないからといって毛嫌いし、「演歌撲滅運動」まで言い立てたのは行き過ぎだった。

歌は心が全てだ。歌唱技術を含むあらゆる方法論は、歌の心を支える道具に過ぎない。演歌の心を無視して技術論のみでこれを否定しようとするのは笑止だ。

僕は演歌も「(自分が感じる)良い歌」は好きである。むしろ大好きだ。

だがそれはロックやジャズやポップスは言うまでもなく、クラシックや島唄や民謡に至るまでの全ての音楽に対する自分の立ち位置だ。

僕はあらゆるジャンルの音楽を聴く。そこには常に僕にとってのほんの一握りの面白い歌と、膨大な数の退屈な楽曲が存在する。演歌の大半がつまらないのもそういう現実の一環である。

日本の今の音楽シーンに疎い僕は、大晦日のNHK紅白歌合戦を見てその年のヒット曲や流行歌を知る、ということがほとんどである。

ほんの一例を挙げれば、Perfume、いきものがかり、ゴルデンボンバー、きゃりーぱみゅぱみゅ、混成(?)AKB48RADIO FISHや桐谷健太、斉藤和義など。

僕は彼らを紅白歌合戦で初めて見て聴き、「ほう、いいね」と思いそれ以後も機会があると気をつけて見たり聞いたりしたくなるアーティストになった。

その流れの中でこんなこともあった。たまたま録画しておいた紅白での斉藤和義「やさしくなりたい」を、僕の2人の息子(ほぼ100%イタリア人だが日本人でもある)に見せた。

すると日本の歌にはほとんど興味のない2人が聴くや否や「すごい」と感心し、イタリア人の妻も「面白い」と喜んだ。それもこれも紅白歌合戦のおかげだ。

最近の紅白でも印象的な歌手と歌に出会った。列挙すると:

ミレイ、あいみょん、Yoasobi、藤井風などだ。

Yoasobiは何か新しい楽曲を発表していないかとネットを訪ねたりもするほどだ。

僕は何の気取りも意気込みもなく、Yoasobi という2人組みの音楽を面白いと感じる。Shakiraの歌に心を揺さぶられるように彼らの楽曲をひどく心地好いと感じるのだ。

ちなみに演歌を含む日本の歌にも関心がある妻は、Yoasobiには無反応である。

閑話休題

膨大な量の演歌と演歌歌手のうち、数少ない僕の好みは何かと言えば、先ず鳥羽一郎である。

僕が演歌を初めてしっかりと聴いたのは、鳥羽一郎が歌う「別れの一本杉」だった。少し大げさに言えば僕はその体験で演歌に目覚めた。

1992年、NHKが欧州で日本語放送JSTVを開始した。それから数年後にJSTVで観た歌番組においてのことだった。

初恋らしい娘の思い出を抱いて上京した男が、寒い空を見上げて娘と故郷を思う。歌は思い出の淡い喜びと同時に悲哀をからめて描破している。

「別れの一本杉」のメロディーはなんとなく聞き知っていた。タイトルもうろ覚えに分かっていたようである。

それは船村徹作曲、春日八郎が歌う名作だが、そこで披露された鳥羽一郎の唄いは、完全に「鳥羽節」に昇華していて僕は軽い衝撃を受けた。

たまたまその場面も録画していたのでイタリア人の妻に聞かせた。僕は時間節約のためによく番組を録画して早回しで見たりするのだ。

妻もいい歌だと太鼓判を押した。以来彼女は、鳥羽一郎という名前はいつまでも覚えないのに、彼を「Il Pescatore(ザ・漁師)」と呼んで面白がっている。

歌唱中は顔つきから心まで男一匹漁師となって、その純朴な心意気であらゆる歌を鳥羽節に染め抜く鳥羽一郎は、僕ら夫婦のアイドルなのである。

僕は、お、と感じた演歌をよく妻にも聞かせる。

妻と僕は同い年である。1970年代の終わりに初めてロンドンで出会った際、遠いイタリアと日本生まれながら、2人とも米英が中心の同じ音楽も聞いて育ったことを知った。

そのせいかどうか、僕ら2人は割と似たような音楽を好きな傾向がある。共に生きるようになると、妻は日本の歌にも興味を持つようになった。

妻は演歌に関しては、初めは引くという感じで嫌っていた。その妻が、鳥羽一郎の「別れの一本杉」を聴いて心を惹かれる様子は感慨深かった。

多くの場合、僕が良いと感じる演歌は妻も同じ印象を持つ。それはやっぱり音楽の好みが似ているせいだろうと思う。あるいは彼女も僕と同じように年を取ってきて、演歌好きになったのだろうか。

僕の好みでは鳥羽一郎のほかには、北国の春 望郷酒場 の千昌夫、雪国 酒よ 酔歌などの吉幾三がいい。

少し若手では、恋の手本 スポットライト 唇スカーレットなどの山内惠介が好みだ。

亡くなった歌手では、天才で大御所の美空ひばりと、泣き節の島倉千代子、舟唄の八代亜紀がいい。

僕は東京ロマンチカの三条正人も好きだ。彼の絶叫調の泣き唱法は趣深い三条節になっていると思う。だが残念ながら妻は、三条の歌声はキモイという意見である。

この際だから知っているだけの演歌や演歌歌手についても思うところを述べておきたい。

石川さゆり:見どころは津軽海峡冬景色だけ。だが津軽海峡冬景色はほぼ誰が歌っても感動的だ。「天城越え」の最後に見せる泣き、追いすがるかのような下手な演技は噴飯もの。演技ではなく歌でよろめき、よろめかせてほしい。 

丘みどり:最初のころは八代亜紀の後継者現る、と期待したが力み過ぎて失速している。歌は上手いのだから自然体になるのを期待したい。 

大月みやこ:大月節は泣かせる。抜群の表現力。しかし語尾の大げさなビブラートが全てを台無しにする。

五木ひろし:ただ一言。歌が上手過ぎてつまらない。 

坂本冬美:「夜桜お七」以外は月並みが歩いているみたいだ。 

前川清&クールファイブ:グループ時代の前川の絶叫節は面白かったが、ひとり立ちしてからは平均以下の歌い手になった。 

美川憲一:キャラは抜群に面白い。歌も「お金をちょうだい」のように滑稽感あふれるシリアスな人生歌がすばらしい。唱法も味わいがある。だが残念ながら美川節と呼べるほどの上手さはなく、従って凄みもない。

島津亜矢:圧倒的な歌唱力。もっと軽い流行歌がほしい。 

小林幸子:美空ひばり系だが美空ひばりには足元にも及ばない。たとえひばりの爪の垢を煎じて飲んでも、器が違うから無意味だろう。 

伍代夏子:体系容姿は僕の好み。お近づきになってみたいとは思うが、歌を聴きたいとは全く思わない。無個性のつまらない歌唱。 

藤あや子:美人ぶって、またある種の人々の目には実際に美人なんだろうが、美人を意識した踊りっぽいパファーマンスは白けるだけ。少しも色っぽくない。それどころか美しくさえない。歌唱力も並以下。 

市川由紀乃:大女ながらやさしい声、また性格も良いらしいが、歌手なんだから雑音ではなく歌を聞かせてくれと言いたい。 

都はるみ:古いなぁ。 

天童よしみ:美空ひばりが憧れで目標らしいが、逆立ちしても無理。陳腐。 

長山洋子:老アイドル歌手として再デビューしたほうがまだいい。  

香西かおり:美人でさえないのになぜかいい女のつもりで自分だけが気持ち良がって唄うところがキモイ。歌は歌詞の端、あるいは語尾を呑み込んで発音さえよく聞こえない。その意味では素人以下の歌唱力。

田川寿美:香西かおりに比較すると1000倍も歌は上手く抒情も憂いも深みもあるが、それは飽くまでも香西に較べたら、であって凡下の部類。しかし「哀愁港」などを聴くと味があるので要チェック。

三山ひろし:若い老人。上手い歌うたいだが、なにしろ古くさい。スタイルがうざい。 

山川豊:ソフトに歌いたがるが似合わない。つまらない。 

細川たかし:絶叫魔  

石原詢子:ホントに歌手?

藤圭子:真の歌姫だが、頭の中は空っぽであることが所作で分かる。歌もたまたま上手いだけで人間の深みが無い、と知れるとがっかり。歌まで浅薄に聞こえるようだ。  

山崎ハコ:暗さは演歌に通じるので気にならないが、多くの歌が似通って聞こえるのが落第。  

松原健之:僕の好きな声だが、妻が気持ち悪がっているから、きっとキモイのだろう。 

これらの印象や悪口は、全てJSTVが放送したNHKの音楽番組を見、聞いた体験に基づいている。

僕は冒頭で演歌はあまり聴かない、とことわった。だがこうして見ると演歌三昧である。

しかもいま言及したように全てNHKの音楽番組を通しての知見だから、NHKには大いに感謝しなければならない、と改めて思う。




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アラン・ドロンのちょっとイカした話


 背後からドロンを斬ろうとする三船500

仏映画界のスター、アラン・ドロンが亡くなった。短い追悼記事を書こうとしてふと筆が止まった。

彼の追悼記事を書くなら僕は人種差別に関連した話をしなければならない。

ところが、全くの偶然ながら僕は直近、イタリアの女子バレーボールのヒロインに関連して人種差別の話ばかりをしている。また重過ぎる内容だと少し躊躇した。

しかし僕が話したいのは、彼を責める趣旨の楽屋話ではないので、やはり書いておくことにした。

ロンドンの映画学校時代、三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンが共演した「レッドサン」について、シナリオの教授と話しをした。彼は自身もハリウッドのシナリオライターという立場の人だった。

設定がちょっと荒唐無稽だが、日米仏の大物俳優の共演は面白かった。特に三船とブロンソンのからみが良かったと思う、と僕が伝えると教授が「う~む」と言葉を噛みしめてから言った。

「あの映画の撮影現場スタッフから聞いた話だがね、チャールズ・ブロンソンは三船を人種差別的に見下していたんだ。一方アラン・ドロンは三船を一貫して尊重していた」と言った。

意外な感じがした。チャールズ・ブロンソンの風貌や所作にはヒスパニック系やアジア系のオーラもあり、「レッドサン」でもワイルドな西部劇世界に紛れ込んだ珍妙な侍の三船に、エンパシーを感じている風情が濃厚だった。

アラン・ドロン演じる盗賊のほうが、むしろ珍奇な東洋人をあざ笑っている感じがした。むろんそれは劇中の話で現実の俳優の人となりはまた別物だけれど。

「この話は何人もの人から確認を取った実話だ」と教授は続けた。ハリウッドに浸り生身で泳ぎ回っている人らしい説得力があった。

チャールズ・ブロンソンが好きだった僕はちょっとがっかりしたが、ま、あまり賢こそうな男ではないしそういうこともあるのかな、と捉えてほとんど気にしなかった。

だがアラン・ドロンに関しては、華やかな美男スターがぐっと身近に寄ったきたような好感を抱いたことを覚えている。

僕のその印象は、欧州住まいが長くなり「欧州の良心」あるいは「欧州の慎み」に触れることが多くなって、ますます強固になった。

欧州人には、同じ文化圏内にありながら米国人とは明確に違ういわば教養に裏打ちされた謙抑さがある。

アラン・ドロンは欧州人である。彼には欧州人特有の自制心がある、と僕は常に感じてきた。それが人種差別を克服する密かな力になっているような気がしないでもない。

アラン・ドロンは「レッドサン」で共演したあと三船敏郎と親密な関係を結ぶが、ブロンソンと三船が親しくなったという話は聞かない。

決して健全ではなかった幼少年期から俳優として成功するまで、私生活ではアラン・ドロンは陰影が深い印象の時間を生きた。

名優と謳われるようになっても暗晦な噂にまみれ、ことし2月には銃器の大量不法所持で警察のやっかいになったりもした。

同時に家族崩壊のドラマが、他人の不幸を見るのが大好きな世間の下種な目にさらされたりもした。

僕はそうした彼の不運に同情しながら、偉大なパーソナリティー、アラン・ドロンの訃報を、人種差別に絡めとられなかった目覚ましい男の大往生、と努めて明るく考えることにした。


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無意識の差別大国ニッポンを憂う

before and after

パリ5輪で金メダルに輝いたイタリア女子バレーボールのスーパースター、パオラ・エゴヌの両親はナイジェリア人移民である。エゴヌ自身はイタリア生まれのイタリア育ち。れっきとしたイタリア人だ。

ところが彼女は、肌の色が黒いことを理由に「お前は本当にイタリア人か」とSNS上などで侮辱され続けてきた。

彼女は人種差別に抗議してあらゆる機会を捉えて声を挙げ、一度はイタリアナショナルチームを離脱する意思表示さえした。

過去のエゴヌの闘いは徐々に功を奏して、金メダル獲得の翌日には、MVPにまでなった彼女の活躍を称賛するストリートアートがローマの建物の壁に描かれた。

ところがその絵は、ネトウヨヘイト系とおぼしき人種差別主義者の手によって人物の肌の色が白く塗り替えられ、これがイタリア人だ、との落書きも付け加えられて社会問題になった。

端的に言っておかなければならない。

イタリアは、ロシアを含む東欧を除いた欧州の、いわゆる西欧先進国の中では人種差別意識がやや強い国の一つである。

自国を代表して活躍する有名なスポーツ選手を、差別意識からあからさまに侮辱したエゴヌ選手のケースのようなエピソードは、例えば英独仏をはじめとする❝西側欧州❞の先進国ではもはや考えられない。

❝西側欧州❞の国々に人種差別がない、という意味では断じてない。そこにも差別はあり差別ゆえの事件や争いや摩擦は絶えない。

だが同時にイタリアを含む❝西側欧州❞の国々は、たゆまない人権向上への戦いを続けて、有能な有色人種の国民を真に自国民と見做すのが当たり前、という地点にまでたどり着いてはいる。

移民などの一般の有色人種への偏見差別は依然として強いものの、突出した能力を持つアフリカ中東またアジア系の人々は各界で多く活躍している。その最たるものが英国初の有色人種トップとなったインド系のスナク前首相であり、パキスタン系のカーン・ロンドン市長などだ。

スポーツ界に目を向ければ、フランスサッカーのエムバペを筆頭に、アフリカ系ほかの多くの有色人種の選手が、それぞれの国を代表して戦い「白人の」同胞にも愛され尊敬されている。

そこでは、どの国にも存在するネトウヨヘイト系差別排外主義の白痴族が、隙あらば攻撃しようと執拗にうごめくが、「欧州の良心」に目覚めた人々の力によって彼らの横暴はある程度抑え込まれている。

イタリアもその例に洩れない。そうではあるが、しかし、かつての自由都市国家メンタリティーが担保する多様性重視の強い風潮がある同国では、極論者の存在権も認めようとするモメンタムが働く。そして残念ながらエゴヌ選手を否定侮辱するネトウヨヘイト系の狐憑きたちも、その存在が認められる極論者の一なのである。

そうしたイタリア社会独特のパラダイムに加えて、国民の、特にイタリア人男性のいわば幼稚な精神性も影響力が大きい。いつまでたってもマンマ(おっかさん)から独立できない彼らは、子供に似て克己心が弱く、思ったことをすぐに口に出してしまう傾向がある。

成熟した欧州の文明国とは思えないようなエゴヌ選手へのあからさまな罵詈雑言は、そうした精神性にもルーツの一端がある。

実際のところ差別主義者のイタリア人は、差別主義者の英独仏ほかの国民とちょうど同じ数だけいるに過ぎないのだが、彼らが子供のように無邪気に差別心を吐露する分、数が多いように見えてしまう点は指摘しておきたい。

さて

そうしたイタリアの人種差別を憂う時、実は僕は常に日本の人種差別意識の重症を考え続けている。

そのことについて話を進める前に、先ず結論を言っておきたい。

日本の人種差別はイタリアとは比較にならないほどに大きく深刻である。イタリアの人種差別はここまで述べてきたようにあからさまだ。片や日本の人種差別は秘匿されていわば水面下でうごめいている。

人種差別を意識していない国民が多い分、日本の人種差別はイタリアのそれよりもよりもはるかに質(たち)が悪いのである。それはなぜか。

差別が意識されない社会では、差別が存在しないことになり、被差別者が幾ら声を上げても差別は永遠に解消されない。差別をする側には「差別が存在しない」からだ。存在しないものは無くしようがない。

一方、差別が認識されている社会では、被差別者や第三者の人々が差別をするな、と声を挙げ闘い続ければ、たとえ差別をする側のさらなる抑圧や強権支配があったとしても、いつかその差別が是正される可能性がある。なぜなら、何はともあれ差別はそこにある、と誰もが認めているからだ。

その意味でも、人種差別の存在に気づかない国民が多い日本は、極めて危険だと言わざるを得ない。

大半の日本人は自らが人種差別主義者であることに気づいていない。それどころか、人種差別とは何であるかということさえ理解していない場合が多いように見える。

それはほとんどの日本人の生活圏の中に外国人や移民がいないことが原因だ。ひとことで言えば、日本人は外国人や移民と付き合うことに慣れていないのである。

それでいながら、あるいはそれゆえに日本には、移民また外国人に対してひどく寛大であるかのような文化が生まれつつある。主にテレビやネット上に現れる外国人や移民タレントの多さがそれを物語る。

日本のテレビの旅番組やバラエティショーなどでは、あらゆる国からやってきた白人や黒人に始まる「外国人」が出演するケースが目立つ。それらはあたかも日本人の平等意識から来る好ましい情景のように見える。

だがそれらの「外国人」を起用する制作者やスポンサー、またその番組を観る視聴者に外国人への差別心がないとはとうてい考えられない。それは秘匿されて意識されないだけの話だ。

先に述べたように日本には国民が日常的に外国人と接触する機会はまだ少ない。人々がテレビ番組やネット上で目にし接する外国人は、現実ではなくいわばバーチャル世界の住人だ。だから視聴者は彼らに対していくらでも寛大になれる。

視聴者1人ひとりの生活圏内で実際に接触する移民や外国人が増えたときに、彼らと対等に付き合えるということが真の受け入れであり差別をしないということだ。これは今の日本では実証できない。

いや、むしろ逆に差別をする者が多いと実証されている。中国朝鮮系の人々や日系ブラジル人などが多く住む地域での、地元民との摩擦や混乱やいざこざの多さを見ればそれが分かる。

テレビ番組の視聴者つまり日本国民は、出演している特にアメリカ系が多い白人や黒人を、自らと完全に同等の人間であり隣人だとは思っていない。

かれらは飽くまでも「ガイジン」であって日本人と寸分違わない感情や考えを持つ者ではない。言葉を替えれば徹頭徹尾の「客人」であって自らの「隣人」ではない、と意識的にもまた無意識下でも考えている。

そのこと自体が差別であり、その意識から派生する不快な多くの事象もまた大いなる差別である。もっともそれらのガイジンは、バーチャル世界からこちら側に現実移動してこない限り、視聴者と摩擦を起こすことはない。

従って差別意識から派生する「不快な多くの事象」も今のところ多くは発生していない。それらの事実も、あたかも日本には人種差別がないかのような錯覚に拍車をかける。

差別はほとんどの場合他者を自らよりも劣る存在、とみなすことである。ところが日本にはその逆の心情に基づく差別も歴然として存在し、しかも社会の重要な構成要素になっている。

それが白人種への劣等感ゆえに生まれる、欧米人への行き過ぎた親切心だ彼らを「見上げる」裏返しの差別は、他者を見下す差別に勝るとも劣らない深刻な心の病である。

日本のテレビやネットには白人の大学教授や白人のテレビプロデュサー、果てはネトウヨヘイト系差別主義者以外の何物でもない白人の弁護士などが大きな顔でのさばっている。その光景は顔をそむけたくなるくらいに醜い。

日本人は対等を装うにしろ見下しまた見上げるにしろ、それらのタレントを決して自らと同じ人間とは見なしていない。かれらはどこまで行っても「白人の異人」であり「黒人のまたアジア人の異人」である。繰り返しなるが、断じて「隣人」ではないのだ。

ところで

上に見、下に見つつ深層心理では徹底して外国人を避ける日本人の奇怪で危険な人種差別意識を指摘した上で、実は僕はまた次のような矛盾した正反対の感慨も抱かずにはいられない。

人が人種差別にからめとられるのは、その人が差別している対象を知らないからである。そして「知らないこと」とは要するに、差別している人物が身に纏ってその人となりを形作っている独特の文化のことである。

文化とは国や地域や民族から派生する、言語や習慣や知恵や哲学や教養や美術や祭礼等々の精神活動と生活全般のことだ。

それは一つ一つが特殊なものであり、多くの場合は閉鎖的でもあり、時にはその文化圏外の人間には理解不可能な「化け物」ようなものでさえある。

文化がなぜ化け物なのかというと、文化がその文化を共有する人々以外の人間にとっては、異(い)なるものであり、不可解なものであり、時には怖いものでさえあるからだ。

そして人がある一つの文化を怖いと感じるのは、その人が対象になっている文化を知らないか、理解しようとしないか、あるいは理解できないからである。だから文化は容易に偏見や差別を呼び、その温床にもなる。

差別は、差別者が被差別者と近づきになり、かれらが身に纏っている文化を知ることで解消される。文化を知ることで恐怖心が無くなり、従って差別心も徐々になくなっていくのである。

(差別している)他者を知るのに手っ取り早い方法は、対象者と物理的に近づきになることである。実際に近づき知り合いになれば、その人のことが理解できる。自分と同じく喜怒哀楽に翻弄され家族を愛し人生を懸命に生きている「普通の人」だと分かる。そうやって差別解消への第一歩が踏み出される。

その意味で日本のテレビやネット上で展開されている「エセ平等主義」の動きは、疑似的とは言えとにもかくにも被差別者つまり移民や外国人との接触を強制するものである分、或いは真の人種差別解消へ向けての重要なポロセスになり得るかもしれない、と思ったりもするのである。




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イタリア女子バレーのスーパースター、パオラ・エゴヌの功績 

イラストPaolaエゴヌ605

パリ5輪最終日にイタリアの女子バレーボールがアメリカを破って金メダルを獲得した。

たまたま試合を観ていた僕は、ゲーム終了の直後に「イタリア女子バレー、西洋の魔女だぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」と、ここSNSに短くに投稿した。

-0で強豪のアメリカストレート勝ちした雄姿に感じ入った僕は、1964年の東京オリンピックで優勝した日本女子バレーチーム、すなわち「東洋の魔女」になぞらえて思わず「西洋の魔女」と言ってみたのである。

だが投稿後にすぐに気づいた。そのエピソードはもはや60年も前の話である。FB愛好者は大人が大半とはいうものの、「東洋の魔女」の意味を知らない人も多いに違いないと。

当時は幼かった僕自身も、実は第1回東京オリンピックの記憶は薄い。幼かった上にテレビもろくに映らない辺鄙の島で育ったため、オリンピックはラジオ放送で追いかけた記憶がある。

東洋の魔女という言葉とその意味も実はずっと後になってから知ったことだ。

それらの事実が一気に頭に浮かんで僕は投稿を後悔した。だが時すでに遅く、もう何人かの方々が反応してしまっていたので削除せずにそのまま流した。

イタリアのバレーボールの金メダルは、男女を通じて初の快挙である。一夜明けてもイタリア中がまだ興奮し、あらゆるメディがしきりに報道している。

公共放送のRAIに至っては、夜中にもまた夜が明けてからも、試合の全貌を繰り返し電波に乗せている。

60年前の日本もおそらく似たような状況だったにちがいない。

当時は僕は前述のように映像を知らずにいて、その後にそこかしこからの情報で空白を埋めただけだが、今回のイタリアVSアメリカ戦は一部始終をテレビで見て大いに楽しんだ。

さて、前置きが長くなった。

実は僕はその試合の模様をある特別な感慨を抱きながら見ていた。

イタリアのエースで世界バレーボールのスーパースターでもあるパオラ・エゴヌ選手は、その試合でも躍動していた。

彼女はナイジェリア移民の両親のもとにイタリアで生まれ育ったが、肌の色を理由に差別と偏見にさらされ続けた。

それは彼女の才能が開花し、女子バレーボール界のスーパースターになっても変わらなかった。

エゴヌはスパイクのスピードが世界一であり得点能力もそれに比例して高い。そればかりではなくブロックや守備にも優れた名プレーヤーである。

エゴヌはそうやって10代のころからイタリアナショナルチームの要として活躍を続けた。

エゴヌの名を知らないイタリア人はいない、と言われるまでに成長しても、しかし、彼女には「お前は本当にイタリア人か」という侮辱的な質問が投げかけられ続けた。

彼女は人種差別に抗議して、ついにイタリアナショナルチームから去る、と宣言した。

だが幸いにバレーボール界の尽力と彼女を支えるサポーターの多くの声によって事態は改善し、エゴヌはイタリアナショナルチームに復帰した。

パリ5輪決勝戦でエゴヌは、最終的にはMVPに輝く圧倒的な活躍を見せながら、終始怒ったような表情でプレーを継続した。僕はそのことにかすかに胸の痛みを覚え続けた。

スパイクを決め相手のそれをブロックしても、彼女は他の選手のように喜びを表現しない。無表情に、多くの場合は怒りをにじませたような顔でプレーに専念した。

それには人種差別への抗議の意味があるのではないか、と僕は考えずにはいられなかった。

一つひとつのパフォーマンスに一喜一憂しないのはどうやらエゴヌのプレースタイルだとは感じつつも、彼女のむっとした表情に僕は胸騒ぎを覚えた。痛々しい感じさえした。

バレーボールに限らず、女子のゲームでは、世界トップクラスの選手たちが厳しく激しい戦いを続けながらも、そこかしこに笑顔を見せる。

エゴヌは女子プレーヤーの好ましいその心理からは全くかけ離れたところにいると見えた。

僕はそこにエゴヌの悲哀と必死と痛恨を見てさらに憐憫の情にとらわれた。

それでもエゴヌは終始躍動し、相手を圧倒し、味方を力強く引っ張った。そして3-0の勝利の瞬間が来た。

するとエゴヌは破顔一笑、歓喜を爆発させてチームメートに抱きつき、抱きつかれ、飛び上がって喜びの咆哮を上げた。

そして最後には長身の彼女に飛びつきしがみついたチームメートの1人を抱き上げるようにして固まった。そのユーモラスな恰好のまま彼女は笑い続けた。涙を流しているようでもあった。

パオラ・エゴヌが心身共に、また名実共にイタリア人であることは火を見るよりも明らかだった。それは彼女を差別したがるイタリア版ネトウヨヘイト系排外差別主義者らも必ず認めなければならない真実である。

パオラ・エゴヌはそこに至る前に人種差別に対する声を上げ続けてイタリア社会に警鐘を鳴らした。そしてついにはナショナルチームを抜ける、とまで宣言して決定的な一石を投じた。

彼女の努力はオリンピックでの成功を機にさらに大きな果実をもたらすことが確実である。

僕はその意味でもイタリア女子バレーの金メダル獲得を大いに喜ぶのである。




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ファドは演歌だが、演歌はファドではない?

アズレージョに描かれたel-fado800

ポルトガルのファドは演歌に似ているとここまで散々言ってきた。ならば演歌はファドに似ているのかと問えば、どうも違うようである。

つまりファドを演歌に似ていると日本人が勝手に規定するのは、相も変わらぬ西洋への片思いゆえの切ない足搔きではないか、とも疑うのである。

その証拠にファド側、つまりポルトガル側からは演歌をファドに引き寄せて論じる風潮はない。

もっともアマリア・ロドリゲスの「このおかしな人生」と小林幸子の「思い出酒」を歌唱技術論的に分析して相似性を明かそうとするような試みもないではない。

それはビブラートやモルデントなどの使い方の相違や近似性を論じるものだ。

だが技術論では人の心や感情は把握できない。

そしてファドと演歌の類似性とは、まさにその心や感情の響き合いのことだから、歌唱論を含む音楽の技術また方法論では説明できないのである。

いや、技術論ではむろん双方の歌唱テクニックの在り方や相違や近似を説明することができる。だが方法論は人間を説明することはない、という意味である。

ファドと演歌が似ているのは、どちらの歌謡も人の感情や情緒、また生きざまや心情を高らかに歌い上げているからだ。

そのことに日本人が気づき、ポルトガル人が気づかずにいるのが、片思いの実相である。

それは日本人の感性の豊かさを示しこそすれ、何らの瑕疵にも当たらない。

従ってわれわれ日本人は、ファドを聴いて大いに涙し、共感し、惻隠し、笑い、ひたすら感動していれば良い、とも思うのである。









演歌の花舞台

バイロアルト俯瞰UP650

ポルトガルの歌謡、ファドをシャンソンやカンツォーネを引き合いに出して語るとき、僕は隣国スペインのフラメンコやタンゴを思わずにはいられない。

さらにイベリア半島のタンゴが変容発展して生まれたアルゼンチンタンゴ、またブラジルのサンバなどにも思いは飛ぶ。

サンバやタンゴまたフラメンコは踊りが主体という印象が強いが、実はそこでも音楽や歌は重要だ。特にフラメンコはそうである。

フラメンコは踊りよりも先ず歌ありき、で発生したと考えられている。

ファドはラテン系文化圏に息づくそれらの音楽の中でも、特に日本の演歌に近い情感と姿容を備えている。

哀愁と恋心と郷愁また人生の悲しみなどを歌うファドは、日本の歌謡で言えば、子守歌の抒情を兼ね備えたまさに演歌そのもの、と感じるのである。

演歌だから、同種の歌詞に込めた情念を、似通ったメロディーに乗せて歌う陳腐さもある。だがその中には心に染み入り好き刺さる歌もまた多い。

リスボンでは盛り場のバイロ・アルトで店をハシゴしてファドを聴いた。

2人の女性歌手が交互に歌う店、若いファデイスタが入れ替わり立ち代わり歌う賑やかな店があった。

また老齢の渋い男性歌手が、彼の弟子らしい若い女性歌手と交互に歌い継ぐ店などもあった。

それぞれが個性的で、趣の深い楽しい雰囲気に包まれていた。

女性歌手が多いファドだが、最後に聴いた老齢の男性歌手の歌声が、もっともサビが効いて面白いと感じた。

ファドのように専門の店を訪ねて歌を聴く、という体験は僕にとっては希少だ。ニューヨークでのジャズ、沖縄の島唄、そして欧州ではスペインで見聴きしたフラメンコくらいのものだ。

フラメンコは、スペインのアンダルシア地方をじっくりと見て回った際、セビリアとグラナダまたカディスなどで 店や小劇場を巡って大いに見惚れ聞き惚れた。

アルゼンチンタンゴとサンバはまだ本場では体験していない。機会があればどちらもそれぞれのメッカで見、聴きたいと思う。

録音や録画もいいが、音楽はやはりライブで聴き、見るほうがはるかに心を揺さぶられる。




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