【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2025年08月

加害者の自分を忘れると、いつか大きなしっぺ返しを食わないとも限らない

玉音放送を聞きながら土下座

8月15日の終戦記念日が過ぎると、忘却が得意の日本国民の多くは戦争のことをぴたりと語らなくなる。

8月15日とは、前日に終戦の詔書に署名した昭和天皇が、ラジオ放送で敗戦を国民に知らせた日である。

それから2週間あまり後の9月2日、重光葵外相が米国の戦艦ミズーリ号で、ポツダム宣言の受諾を正式に表明する降伏文書に調印した。

世界ではこの日が第2次大戦の終結日とされるのが一般的だ。

8月15日にこだわるのは、表向きはさておき、天皇を神と崇める朴訥原始の精神を持つ旧人が多数を占める日本に於いては、この期に及んでも天皇の発言が何よりも大事、という心境の現れなのだろう。

ラジオから流れる声を玉音と呼び未だにそう形容しているのがその証だ。

戦争の徹底総括が行われれば、昭和天皇の巨大な罪は決して逃れようがなく、玉音などと言う民衆を見下した言葉もすぐに排除されるだろう。

昭和天皇と軍部という、化け物級の戦犯の徹底仕置きが、国民の手によってされなかった痛恨の歴史が招く不正義、また不条理はあまりにも多い。

そのうちで最も危険なのは、日本人が時間と共に急速に忘れつつある加害者としての自らの過去だ。

僕は8月15日前後の「日本国民による“戦争の犠牲者われら日本国民”称揚祭」の期間のみならず、何かにつけて日本の加害の歴史と、昭和天皇+軍部の超ド級の戦争犯罪を、国民自身で断罪できなかった苦渋の歴史を見つめ直す努力をしている。

その中でいつも心にひっかかっている事案がある。日本の戦争犯罪について書きこまれた次の主張である。

“「日本の軍国主義や右翼勢力が消滅しない限り、被害国の人々の反日感情はなくならない「(中略)」米国やロシアは日本に徹底的に報復したから、今は平穏な 気持ちで日本と付き合える。だが、中国人は何も報復していない」

というものだ。

文章の最後は、「中国人も韓国人も朝鮮人も、その他全てのアジアの被害者国の国民も、何も報復していない」と書き変えることもできる。

北朝鮮による日本人拉致は報復ではないか、という意見 もあるかもしれないが、書き込みの言う報復とは、軍隊による日本全国民への報復、という意味だと考えられるから、規模や恨みの深さが桁違いに違う。

中・韓・北朝鮮を筆頭にアジアの国々と国民をあからさまに、あるいは密かに見下している日本人、つまりネトウヨヘイト系排外差別主義者に加えて参政党とその一味の歴史修正主義者らは、日本の過去の蛮行の被害者であるアジアの人々の心に気を配る努力を怠ってはならない。

欧米の流行りである「~ファースト」を真の意味も知らないまま猿真似て、「日本人ファースト」と叫ぶうちに一歩間違えて、手痛いしっぺ返しをくらう可能性についても少しは心を砕いたほうがいい。

ちなみに上記の意見が書き込まれたサイト:

http://news.livedoor.com/article/detail/7924365/


は今は閉じられてしまっている。URLをここに貼り付けようとして知った。


サイトが閉じられた理由は分からない。あるいは故安倍ご一統さま等による何らかの介入でもあったのだろうか。 


僕は以前、そのサイトを引用して次の記事を書いたので参照していただきたい。

https://terebiyainmilano.livedoor.blog/archives/52128918.html










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日本人の被害者意識が自らの加害の歴史を透明化する

富士と宮島鳥居650

原爆投下から敗戦に至る歴史を思うとき、ことしは特に感慨深い。参政党という日本の戦前戦中また戦後の暗黒部分を全身に纏ったような異様な政党がふいに世の中を席巻したからだ

1945年8月6日から8月15日までの日々を、日本人が被害者意識丸出しで語り始めたのはいったいいつ頃からだろうか。その時を境に日本人は自らの巨大な加害の歴史を忘れ始めた。

広島、長崎を含む日本国民は、アジアの国々を蹂躙した加害者の昭和天皇と軍部また彼らを支えた全ての国家機関の被害者であると同時に、戦争犯罪者らに盲目に従ったという意味で、全員が加害者でもある。

原爆に象徴される圧倒的な被害を受けた日本国民の苦悩は記憶され続けなければならない。のみならず日本国民は将来、戦争の完全総括が行われることによって必ず救済されるべきだ。だが日本人はまた、加害者としての歴史も決して忘れてはならない。

原爆は何の脈略もなくある日ふいに空から落下してきたのではない。

イスラエルの横暴がなければハマスは生まれず、従って10月7日攻撃もなかった。またアメリカがイスラエルを支援すると同時にアラブ諸国への敵対施策に固執しなければ、ビンラディンによる同時多発テロも起きることはなかった。

同様に、日本が無謀な戦争を起こし非情な攻撃に狂奔していなければ、原爆投下もなかった。

日本は欧米を猿真似て近隣諸国を侵略し暴虐を重ね殺戮を続けた。結果、世界の憎しみを買った。アメリカは真珠湾奇襲以降ふくらみ続けていた自国民の日本への怨みもそこに重ねて正当化し、深重な決断をした。それが原爆投下だ。

原爆攻撃は言うまでもなく無差別殺戮であり戦争犯罪である。

だがその前には既に、日本軍による残虐な無差別攻撃があり戦争犯罪があったことを忘れてはならない。例えば日本軍の錦州空襲は人類史上初の、また重慶空爆はそれに続くさらに大規模な無差別攻撃だった。

日本軍によるアジアでの無差別殺戮と真珠湾攻撃、さらにそれに続く日米間の殺し合いを通して、日本兵の狂暴残忍な正体を十全に見てきたアメリカは、広島と長崎に非人間的な原爆を投下するのを躊躇しなかった。

戦時の日本人の凶暴性は今に生きている。

うむを言わさずに外国人排斥を叫ぶ参政党や保守党、また自民党の最右翼の安倍派、はたまた同党の西田昌司“蛇の道は蛇”一派などに受け継がれていると考えられるのだ。

特に参政党は戦前の政治かと見紛うような「天皇を軸に一つにまとまる日本」を標榜する一方で、ナショナリズムや反グローバリズムなどにも乗っかる。GHQを巡る怪情報を語りつつ日本が『あの勢力』に支配されているとする陰謀論にものめり込んでいる。

同時に有機食品愛好者を誘い反ワクチンまた反マスク派の人々にも彼らの運動への参入を声高に呼びかける。極右という当たり前の呼称はもはや間に合わず陰謀論党やオーガニック右翼などと規定するほうがしっくりくる奇怪な集団である。

た参政党は、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び、且つそれは「侵略戦争ではなかった」とも主張する。大戦は「アジア諸国を欧米の支配から開放する」戦いだった、と極右お決まりの詭弁も弄する。

それは欧米に追随してアジア諸国を植民地化し凌辱した日本の愚劣な過去から目をそむける、彼ら十八番の魂鎮めの祭りであり、でっち上げだ

さらに日本本土防衛の為の捨て石とされた沖縄戦についても、日本軍は「沖縄を守るために戦った」と虚言をわめき散らす。

彼らは従軍慰安婦や南京大虐殺も否定する。また戦後の日本人の歴史観はGHQ占領軍に押しつけられた「自虐史観」とも決めつける。要するに歴史修正主義が彼らの金科玉条なのである。

参政党は「極右」というくくりで一見してみると、ここイタリアの政権与党「イタリアの同胞」と「同盟」、またドイツのAfd(ドイツのための選択肢)にも似た顔を持つ。

だが参政党は、欧州の右派政党とは似ても似つかない集団だ。参政党には既述のイタリアの「同盟」と「イタリアの同胞」、またAfdドイツの選択肢などが曲がりなりにも備えている知性と論理と展望がない。

ここイタリアとドイツの、ひいては欧州の右派政党が持つ知性と論理と展望とは、ヒトラーとムッソリーニを知るということである。つまり彼らの存在を明確に認識することだ。

認識しておいて彼らの悪魔性を否定すること。それでも政治極端派の主張をひるむことなく言い続けることである。

要するに欧州の極右には、悪魔的ながらもビジョンがあるのだ。参政党にはそれがない。彼らは政党と呼ぶには、余りにもナイーブ― 英語本来の意味での ―過ぎるのである。ビジョンもなく知性も知識もなく、行きあたりばったりで物事に対処する。

そのため言動が大ブレにブレて右顧左眄し、嘘に走り、ごまかしの上塗りにさらにごまかしを塗り続ける。いうまでもなく彼らには過去を直視することなどできない。できないから歴史修正主義という日本極右の得意中の得意の空疎な踊りを踊り続ける。

欧州の極右が持つ危険だが筋の通った核心、つまり歴史認識を踏まえた上でなお且つ世間が極右と呼ぶ強い右寄りのスタンスを論理と信念で支え続ける能力、要するに前述の少しの知性が欠けている。

彼らは日本極右の一大特徴である「歴史の事実認識」不足という欠陥を共有しつつ、そのことを指摘されると「われわれが正しいから攻撃される」と無知を武器に変える屁理屈で逃げを打つ。

日本に於いて、事実をなかったことにしたり、事実を曲げて解釈したりする「歴史修正主義者」が雲霞のように湧き出て止まないのは、結局日本が日本人の手で戦争を徹底総括しなかったからだ。

日本は連合国側が開いた東京裁判だけで総括を終わらせた。軍事政権も昭和天皇も裁かれなかった。いや、国民自身が裁こうとしなかった。片やドイツは連合国主宰のニュールンベルグ裁判に続いて、ドイツ国民自身が彼らの軍事政権を裁き戦犯を徹底追及した。

その国で生まれたAfdは極めて危険だが、彼らの歴史認識は確かだ。その上で極右思想を振りかざすところがさらに不気味、という見方もできる。だが、ドイツを中心にする「欧州の良心」が必ず彼らの暴走を制御するだろう。

一方、戦争の徹底総括どころか自らの加害の歴史さえ見失いがちな日本で湧き出た、精神が幼い参政党とそれに類する政治勢力は、精神が幼い分勢力が拡大すればするほど興奮し、騒ぎ、調子に乗って抑制が効かなくなる。

そして戦争の包括的な反省さえできなかった国民には、「欧州の良心」に相当する信実も民主主義を死守する決意も望めそうになく、従って参政党の勝手次第がまかり通る事態がやって来かねない。

そうなれば歴史は繰りかえす。日本は再び破滅へ向かってまっしぐらに突き進まないとも限らないのである。



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「核武装安上がり論」は軽率だが一面の真実でもあるのが核の怖さである


trump medvedev650

核兵器を巡る本音や暴言や脅しや無知な言動が、山びこのように反響しエコーを呼び交感しあって世界中を駆け巡っている。

その元凶は、米トランプ大統領が欧州同盟国への核の傘の提供を止めるかもしれない、と示唆したことだ。

核兵器を持たないウクライナが核大国ロシアの侵略に遭い、核を隠匿するイスラエルはパレスチナを徹底破壊し、核超大国のアメリカはうむを言わさずにイランの核施設を攻撃した。

それらの出来事に強く反応したのが欧州各国の軍備増強であり、平和主義国ドイツ首相の核保有願望さえ示唆する一連の言動だ。そこには核大国ロシアへの不信と恐怖心がある。

核兵器を持たない大国のドイツがそうなのだから、核兵器保有国の英仏を除くほぼ全ての欧州の国々が、ドイツと同じ心理状況に陥るのも不思議ではない。

歴史的な背景と今この時の世論また社会心理が導く欧州の論理的な帰結とは違い、安全保障環境を巡るグローバルな風潮の圧力に押されてその正体が何であるかも知らないままに思わず発せられたのが、参政党の議員による核武装安上がり発言である。

核兵器開発競争の恐怖はまさにそこにある。

議員の軽率さをいったん脇に置いて一歩下がって見れば、「核兵器さえあればあの北朝鮮でさえアメリカと対等になる」という主張には一面の真理がある。

ウクライナに核兵器があればロシアはやすやすとそこに攻めこむことはなかった。パレスチナに核兵器があればイスラエルはそこを畏怖する可能性が高い。

イランがアメリカに報復できる核兵器を持っていれば、トランプ大統領は攻撃命令を出す前に小便をちびりまくって大人しくしていたに違いない。

核兵器は3千発も5千発もいらない。たった一発でもアメリカの中枢を殲滅する能力があれば、あるいは殲滅できるかもしれないとアメリカに思わせることができれば、アメリカはその国に手を出さない。

究極には、もしも1945年時点で日本が核兵器を持っていれば、アメリカに原爆を落とされることはなかった。

だが肝に銘じておこう。

あの時点で日本が核兵器を持っていたなら、凶暴狂気の日本帝国軍は、何のためらいもなくアメリカに先制核攻撃を仕掛けていたに違いない。

核抑止論の神髄は核兵器一発で核超大国の横暴に対抗できることに尽きる。

だが、核抑止論は必ずどこかで破綻する。なぜなら核兵器がある限り、誰かがどこかでそれを使った先制攻撃を仕掛けるのが宿命だからだ。

核兵器はそもそも攻撃をかけるために製造されるのであって、「攻撃しない」ための道具ではない。

一方で誰かに攻撃されないために核兵器を保有するという核抑止論は、攻撃をかけるために核を有している相手が「絶対に攻撃しない」ことを前提に成り立っている。

大いなる矛盾なのである。

核兵器は究極には完全破棄されるべきである。その道程は果てしなく遠い。完全破棄に辿り着く前に人類は核兵器によって自らを完全破壊するかもしれない。

いや軍拡競争が続き核拡散が果てしなく進行すれば人類消滅の危機は必ずやってくる。

先月末、プーチン大統領の金魚の糞であるメドヴェージェフ露国家安全保障会議副議長が、核攻撃を示唆する挑発発言をした。

すると彼に劣らぬ超超国家主義者である米トランプ大統領が 、原子力潜水艦2隻を「(ロシアを攻撃できる)適切な地域」に派遣したと公言した。

メドヴェージェフ氏はプーチン大統領のパペットに過ぎず、クレムリンの吼える狂犬という役割担っているだけで、実際には何の権限も持っていないとされる。

だが彼の発言は、全てプーチン大統領の意思を代弁していると見るのが妥当だ。

要するに世界は、米ロという同じ穴の貉の危険な指導者を持つ国と、それに劣らぬ横暴な自民族主義者のボスが支配する中国、さらに北朝鮮とイスラエル、また核兵器を有して以来物騒な国へと変貌したインドとパキスタンなどによって大きく歪められている。

少しはましに見える英仏でさえも、核兵器を保有する限り、人類を滅亡させる可能性を秘めた危険な狂犬国家であることに変わりはない。

核抑止論が瓦解するのは、権力者の手に負えない強いエゴが噴出したり、彼らの唯我独尊思想に民衆の狂った興奮が重なったり、権力者間の誤解や曲解また錯誤や軽挙妄動が起きる時だ。

そしてそれは明日と言わず今すぐにでも起こりかねない。

人類が確実に生き延びる道は、やはり核兵器の完全廃絶でしかないと思うのである。






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