4月から6月にかけてのイタリアの気候は不安定だ。冬物の装束をあわてて春夏物に替えるな、慎重に確かな季節の移ろいを見きわめろという有名な諺さえある。
若く多忙だったころは、6月はイタリアに限らず欧州最良の季節と思い込んでいた。日は長く風は爽やかで、人出が最高潮になるにはまだ時間がある海のリゾート施設は広々としてしのぎやすい上に滞在費用が安いと思い込んでいた。
天気が変わりやすく、油断すると冷気に襲われて苦労する、という6月の実態を意識するようになったのは、菜園を耕すようになってからである。野菜たちの成長を支配するのは天候である。
6月は暖気が勢力を張る季節ながら、ふいに雷雨や風や冷気が立つ不安定な時間でもある、と今ははっきりと知るようになった。むろん年によって違いはあるが。
ことしの6月は特に気圧変化が顕著だ。曇り空に伴なって冷涼な風が吹き、肌を刺す春雨が降る日々が多い。今日6月9日も曇り空。さすがに寒くはないが空気が冷え気味でかなり涼しい。
春から初夏のにかけてのイタリアの小嵐は、アフリカ・サハラ砂漠由来の熱気がアルプスの冷気にぶつかって起きる。それはヒマラヤ山脈で生まれた大気の流れが、日本に梅雨をもたらすのにも似た、大自然の営みである。
そんな北イタリア・フランチャコルタ地方の悪天候を眺めつつ、日本に居座っている爆弾低気圧をじっと観察し続けている。
爆弾低気圧とは高市早苗首相のことである。
他政党の候補や自党の仲間を誹謗中傷したビデオへの関与を、全く信用できない言い訳や欺瞞や誤魔化しに見える詭弁で執拗に否定する態度は見苦しくも腹立たしい。
死して後もなお自身のボスであり続けるらしい安倍元首相や、嘘がスーツを着て歩いているトランプ大統領にそっくりだ。
彼女は言い逃れ術を安倍元首相から、ジコチューなSNS発信術をトランプ大統領から盗んで得意げに実践している。
高市首相は議員に成りたてのころ、時の村山首相に、周辺(被害)国に勝手に誤るな」と発言。
翌年には、「私は戦争の当事者世代ではないから反省しないし、反省を求められるいわれもない」とも 言い放った。
また2012年には「さもしい顔して貰えるものは貰おう、弱者のフリをしてでも得しよう云々」の、生活保護受給者は乞食だとでもいう趣旨の発言もした。
さらに2016年、テレビ局の電波を停めるという趣旨の暴言を吐いて大批判され、極まると総務省の行政文書は捏造だ。そうでないなら大臣も議員も辞職すると発言。
至近では「台湾有事は日本存続危機事態」と無思慮無分別が露わになった暴言をかましたものの一向に撤回しようとしない傲慢ぶりだ。
彼女はそれらの限りなく黒に近い灰色疑惑を、もはや常態となった日本の大手メディアの“忖度だけがレゾンデートル”という、「似非メディア体質」のおかげで旨く逃れてきた。
今回こそは、と思いつつ見ているが、状況は悲観的だ。
NHKほかの大手メディアは、文春の頑張りを例によって高みから眺めつつ、まるで恐怖政治を目指しているかのような高市強権機構を、厳しく追求しようとはしない。
唯一共同通信が取り上げた事実を鸚鵡返しに報道するだけで、独自取材の批判記事はまだ皆無常態だ。
悪運の大祝福を受けてのさばる高市早苗首相は、今回もやっぱり生き延びてしまうのだろうか。



