【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信

方程式【もしかして(日本+イタリ ア)÷2=理想郷?】の解読法を探しています。

2026年07月

ベリンガムが真のファンタジスタであるならイングランドはヤバイぜ 

2人

W杯準々決勝でイングランドがハーランドを擁するノルウェーを下した。

イングランドのベリンガムはファンタジスタを髣髴とさせる、フィジカルの強い、動きの速い、いかにもイングランド的な“スポーツマン”プレーヤーだが、ノルウェーとの試合では、もしかすると本物のファンタジスタになりつつあるのではないか、というすばらしい動きを見せた。

それが真実なら、ベリンガムというファンタジスタを擁するイングランドは本気で強いチーム、ということになる。言葉を替えれば、ベリンガムがアルゼンチンのメッシ、フランスのエムバペ、スペインのヤマルに相当する選手なら、イングランドはことしこそ優勝を狙える位置にいる可能性も高いと思うのである。

ベリンガムがまさにファンタジスタになっているなら、イングランドは強力なファンタジスタに率いられるフランス、スペイン、アルゼンチンと互角になる。

しかもイングランドはその上に、強烈なストライカーのケインが控えていることになり、結果イングランドは、あるいは4強のうちの最強、という可能性があるのである。

イングランドの命運は点取り屋のケインではなく、ベリンガムが握っていると僕は見るのだ

イングランドが優勝すれば、ベリンガムが先導する新たなるファンタジスタサッカーの勝利。

他の3チームが優勝すればやはりファンタジスタサッカーの勝利である。

いいなぁ、ファンタジスタが活躍するサッカーは。



サッカーの極意はファンタジスタに訊け

トラと米チーム

アメリカが順当にベルギーに負けた。

選手たちはかわいそうだが、腐臭まみれのトランプ肥溜め大統領の政治介入が功を奏さなかったのは、不幸中の大幸いだった。

トランプ下郎大王は、恥知らずのFifa会長とともに地獄に落ちるだろう、と僕の夢の中に出てきたマラドーナが怒っていた。

さて、ファンタジスタの話である。

サッカー強豪国のベルギーには今のデ・ブライメ、80年代から90年代にかけてのエンツォ・シーフォがいて、アメリカにはまだ誕生してないと見ていいサッカーの申し子たち。

ファンタジスタとはイタリア語でファンタジー(空想・夢・幻想)のある人、予測が難しい創造的なアイデアに溢れエレガントな動きをする人という意味。

サッカーのナラティブでは魔法のような華麗なプレーで試合の流れを一変させ観客を魅了する名手のこと。

元々はイタリアの至宝とも形容されるロベルト・バッジョを称えるためにメディアが発明した言葉である。

バッジョの活躍以降、ファンタジスタの呼び名はイタリア国内にとどまらず、世界中の優れた司令塔やトップ下、或いは背番号10の選手を称える国際用語として定着した。

そしてそのコンテキストで見ていくと、世界には錚々たるファンタジスタが存在することが分かるのである。

先ず当のイタリアにはバッジョのほかに、同時代のデル・ピエロ、トッティ、ゾラ、マンチーニ、ピルロなどがいる。

フランスにはプラティニに次いでジダンが生まれ、今のエムバペへと受け継がれた。ほかにはジョルカエフ、グリーズマンがいるが、前者3人に比較すると少し役不足だ。

スペインにはシャビ、イニエスタに続いてペドリとガヴィが出た。2人は新コンビのシャビとイニエスタと呼ばれたが、正直こちらも物足りない。だが間もなくヤマルが大きく台頭した。

ブラジルはファンタジスタ以上とさえ評価されるペレに続いてジーコが誕生し、ロナルジーニョ、ロマリオ、カカ、リバウド、ネイマールなどが活躍した。

アルゼンチンには偉大なマラドーナの後にオルテガ、リケルメ。今は言わずと知れたメッシが世界第一の活躍をしている。

ファンタジスタと現代サッカーについては、今このときはもっともらしい嘘が出まわる。

いわく、ファンタジスタは現代サッカーの戦術の高度化によって居場所がなくなった。

いわく、今のサッカーは「全員守備・全員攻撃」が前提の、要するにトータル・フットボールなのでファンタジスタはいらない。

いわく、屹立した一人の天才プレーヤー、つまりファンタジスタの偶発的な神業やファインプレーよりも、11人が連動して相手を出し抜くシステムがチームを強くする、等々のもっともらしい主張だ。

それらがなぜ嘘なのかというと、ファンタジスタのスーパープレーは決して偶発的なものではなく持続的だからだ。コンスタントに離れ業を繰り出すから彼らはファンタジスタなのである。

さらにファンタジスタは、一人隔絶してプレーをするのではなく、常にチームメイトと連携している。

ファンタジスタは卓越した才能と技と想像力で、10人のチームメートを導いて高見に押し上げる。

見返りにチームメートはファンタジスタにぴたりと寄り添って彼をさらなる高みに誘導する。

結果、11人のプレーヤーが共に高く飛翔する。

嘘だと思うなら、今このときの優れたファンタジスタたちとそのチームを見ればいい。

具体的に言おう。

メッシとアルゼンチンを見ろ。エムバペとチームを見ろ。ヤマルとスペインを見ろ、ネイマールとブラジルを見ろ。彼らのうちの誰一人として孤立などしていない。

優れた能力を持つそれらのファンタジスタたちは、ボールを受けて相手をかわしシュートを撃つだけではなく、そのボールを魔法のように制御し処理し転がしてチームメートに渡し、再び受けてシュートしたり決定的なパスを繰り出したりする。

そして何よりも雄弁で美しいのは、チームが彼を中心に彼の周りで動き、彼はチームのために躍動するというからくりだ。

11人がまとまって動くチームは強いが、まとまった上にファンタジスタを擁するチームはさらにもっと強いのである。

もう一度言う。

エムバペのフランス、ヤマルのスペイン、メッシのアルゼンチン、既に敗退したがネイマールのブラジルがやはり突出しているのだ。

最後にポジショントーク気味にひとつ付け加えておこう。

もし今現在のイタリアチームにメッシ、ヤマル、エムバペ、ネイマールのうちの誰か一人がいたならば、イタリアは即座に世界最高峰のチームのひとつとして返り咲くことだろう。


追申:

ファンタジスタのいないイングランドと、異様な天才ストライカー・ハーランドが引っ張るノルウェーが決勝まで残っても、それはファンタジスタサッカーの敗退を意味しない。なぜならハーランドはイングランドのケインと共に「ファンタジーの無いファンタジスタ」とも規定できるからである。











































お~い、イングランドぉぉぉぉぉぉお!

KANE横長765

大炎上覚悟でゆっておくことにした。

イングランドはW杯で勝ち進んでいるが例によって説得力がない。

つまり、見ていて面白くない。

これはもう好みの問題だからしょうがない。

とも言えるが、イングランドは地元のBBCのみならず世界の多くのメディアや専門家が常に優勝候補に挙げるにもかかわらず勝てない。

それはつまらないサッカーをしているから、というのが僕の見立てなのである。

イングランドが再び優勝する確率は、日本の初優勝とどっこいどっこいじゃないかな。つまり今のところはほぼゼロ。

と思っていたら日本が先にコケた。

イングランドがコケるようにわら人形に釘を打ち付けているわけじゃないが、イングランドより一万倍は強いドイツもコケたんだから、イングランドがコケナイのはヘンじゃんジャン。

へてからに、イングランドが優勝する確率がなぜほぼゼロかというと、イングランドは相変わらずサッカーをスポーツと思い込んでいるからだい。

ハリー・ケインは優れたストライカーだけど、ファンタジスタではない。

ジュード・ベリンガムはファンタジスタにも近い名手だが、それにも増して優れたアスリートでありスポーツマン。

要するにひとことで言うとヘタなファンタジスタ。

2人がイングランドの強さと、そして弱さの象徴。

現代サッカーではファンタジスタはいらない。ファンタジスタは居場所がない、と知ったかぶりの主張をする者が後をたたないが、じゃ、メッシはどうなの?エムバペはいらないの?ヤマルは?今大会では出遅れているがネイマールは?

チーム全体の堅固さに加えてファンタジスタの彼らがいるおかげで、アルゼンチンもフランスもスペインもブラジルも金城鉄壁と相成って強いの。

彼らのうちの一人がもしもイタリア人であったなら、イタリアは今ごろは相変わらずブラジルとドイツとともに世界サッカーの強豪御三家になるの。ドイツの代わりにスペインかフランス、はたまたアルゼンチンを入れてももちろんいいけど。

さてもはてさてイングランドは。次のゲームあたりであっさり消えそうな気もするが、あるいはここ数年の習いで決勝まで行かないとコケないかも。

これも何度か言ってきたことだが、イングランドはラテンサッカー、つまりフランス、スペイン、アルゼンチン、ブラジル、ポルトガル、かつてのイタリアなどの戦術とファンタジーと遊び心を理解して且つそれを自家薬籠中の物としない限り勝ち目はない。

ラテンじゃない国で唯一強いのはドイツだが、なぜそうなったのかというとドイツはヒトラーを持ったためにサッカーが強くなったの。

は?じゃなくて~。耳の穴かっぽじってよく聞いてクデ。

ゲルマン民族のドイツは、イングランド人同様にラテン民族をはじめとする世界民族にたいして秘めた優越意識を持っている。

のだが、ヒトラーのホロコーストのせいでさんざん評判を落とし自信喪失した。

なので、少し謙虚になって、サッカーでもラテン系のファンタジーの優秀を認めるのにやぶさかではなくなった。やぶさかどころか、大いに進んで取り入れてそれをマスターした。

そうやって彼らのサッカーは同じゲルマンのイングランドの頑なな「スポーツあるいは肉体あるいは筋肉隆々」 サッカーと決別して、スポーツ&ファンタジーが組み合わさった独特のプレースタイルを獲得したわけ。

かくてブラジル、フランス、スペイン、アルゼンチン、イタリア、あるいは昔のウルグアイ等々の強豪に匹敵するコンスタントな力を得た。

イングランドはサッカー黎明期の、未開で乱暴なメンタリティー、言葉を替えればマッチョなスポーツとしての意識からどうしても抜け出せず、未だに時代遅れの、日本風に言えば体育会系の、メンタリティーのままでサッカーをやっている。

だから、見ていてつまらない。

さて。おいおいどっちみち、観衆が見てつまらないサッカーは必ず負けるの。

なぜそうなるのかって?だってイングランド、負けてんジャン。ツーか、1966年以来負けっぱなしジャン。

しかもその間あたかもイングランドが世界最強のつもりで生きてきたジャン。

それじゃ駄目なの。

今回イングランドが大天変地異のガラガラガポーンで優勝したなら、それは彼らがラテンサッカー、つまりゲーム感覚、あるいは遊び精神のサッカーを学んだっちゅーこと。

つまり、それはやっぱりラテンサッカーの勝利ってことなの。

よ~し!!


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日本サッカーは退屈だが、本気で強豪国の仲間入りを果たしそうだ 

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高市首相の「世界の真ん中で咲き誇る(私と安倍さま命の)日本外交」という世界の辺境の住人にしか思いつけない噴飯フレーズ。

麻生似非上皇捏造工作。

国民より国旗が重要という国旗主権主義政策あるいは国旗損壊罪

スパイでっち上げ探索のスパイ防止法案。

中国を潰すためのなんちゃって軍拡政策。

安倍さまより麗しいトランプのケツナメ外交をもっとさらに推し進めよう運動、など、など。

騒がしくも鬱陶しい日本社会。

それらの憂さを晴らすためにも、真に世界のド真ん中で咲き誇るワールドカップにしばらく身を浸してみるのも一興だ。

日本vsブラジル戦に対する、ひょっとすると僕の予想と見えたかもしれないマラドーナの予言は外れたが、日本サッカーは確実に強くなっている。

僕はここ数回のW杯の度に日本は強くなった、と言い続けてきた。前回大会では日本は強豪国のドイツとスペインに勝った。

それを見れば日本サッカーが強くなった、と誰でも思うだろう。だが実は、ブラジルに逆転負けした今回大会の日本の姿がもっと明確に日本の成長を示していると思う。

奇をてらって言うのではない。かつて「ベンチのマラドーナ」と呼ばれて華麗なヤジで相手チームの少年たちを悩ませたこの僕が、少し厳しい批判精神も交えて言うのだ。

即ち日本は、泥臭くひたすら走って走りまくる「脱兎走り」サッカーから、戦術によって走りボールを回し保持する、王道サッカーに確実に変化している。

前回大会でドイツとスペインに勝ったのは、「脱兎走り」の日本が運動量で相手をかく乱したからだ。

今回大会ブラジル戦でも日本はむろん走りに走った。だが戦術で速度を落とし、ボールを確実に回して相手ゴールに迫る戦法を基本に据えていた。

それはサッカー強豪国の戦い方の典型だ。

その方向に進みつつあるように見える日本サッカーを僕は腹から応援する。

だが、ぶっちゃけ日本サッカーはつまらない。

それでも応援する気持ちには変わりはないが、純粋にサッカーゲームだけを見ての、心躍る気持ちにはなれないのが現実だ。

サッカーの戦い方には国柄や国民気質が如実に現れる。それを理解するには、経済や金融や医学や工業技術などの理屈が詰まった脳ではなく、感性や情動が必要だ。

感性また情動を頼りに各国の戦い方を見ると、サッカーのナショナルチームが、国民性を如実に体現する文化や、人々の生きざまを背負っていることが分かるのである。

例えばサッカーの日本代表は11人編成の軍隊を髣髴とさせる。そのミニ軍隊は日本人の思想や動きや情感や生きざまを背負ってピッチを駆け巡る。

そこに体現される日本人の思想とは、個よりも集団つまりチームを絶対と見なす全体主義である。

動きとは、プレーテクニックや戦術の劣勢を補おうとして、選手全員が脱兎の勢いで走り回ること。玉砕覚悟で、いわば竹槍攻撃を完遂する。つまり「玉のように犬死にすること」を至福とみなす精神の実践だ。

生きざまとは、あらゆる論理的な思考を排して、いわば国家神道に殉じて自裁するようなことである。日の丸を背負い一丸となって驀進する。まさに全体主義。日本サッカーの憂鬱と煩わしさである。

国民性は、そのように良くも悪くもナショナルチームのプレースタイルや戦術や気構えに如実に現れて、試合展開を面白くする。むろん逆の効果ももたらす。

もう少し煮詰めて、分かりやすい表現で言ってみる。

例えばドイツチームは個々人が組織のために動く。今回も出ていないがかつては強豪国のイタリアチームは、個人が前面に出てその集合体が組織になる。

言い換えれば個人技に優れているといわれるイタリアは、それを生かしながら組織立てて戦略を練り、組織力に優れているといわれるドイツはそれを機軸にして個人技を生かす戦略を立てる。

1980年前後のドイツが、ずば抜けた力を持つストライカー、ルンメニゲを中心に破壊力を発揮していた頃、ドイツチームは「ルンメニゲと10人のロボット」の集団と言われた。

これはドイツチームへの悪口のように聞こえるが、ある意味では組織力に優れた正確無比な戦いぶりを讃えた言葉でもあると思う。

同じ意味合いで1982年のワールドカップを制したイタリアチームを表現すると、「ゴールキーパーのゾフと10人の野生児」の集団とでもいうところか。

独創性を重視する国柄であるイタリアと、秩序を重視する国民性のドイツ。サッカーの戦い方にはそれぞれの国民性がよく出るのだ。サッカーを観戦する醍醐味の一つはまさにそこにある。

さらに言えば、イングランド(英国)チームはサッカーを徹頭徹尾スポーツと捉えて馬鹿正直に直線的に動く。技術や戦略よりも身体的な強さや運動量に重きをおく、独特のプレースタイルだ。

彼らにとってはサッカーは飽くまでも「スポーツ」であり「ゲームや遊び」ではない。

しかし、世界で勝つためには運動能力はもちろん、やはり技術や戦略も重視し、且つ相手を出し抜くずるさ、つまり遊びやゲーム感覚を身につけることも大切だ。

イングランドサッカーが、フランス、スペイン、イタリア、ポルトガルなどの欧州のラテン系の国々やドイツ、また南米のブラジルやアルゼンチンなどに較べて弱く、且つ退屈なのはそれが大きな理由だ。

もっとも時間の経過とともに各国の流儀は交錯し、融合して発展を遂げ、今ではあらゆるプレースタイルがどの国の動きにも見られるようになった。それでも最終的にはやはり各国独自の持ち味が強く滲み出て来るから不思議なものである。

日本は「脱兎走り」から戦術によるスピード動態に変化した。そこに加えて個人技満載のラテンサッカーの精神に似た独創性を獲得した時、真に魅力的なサッカー王国となるだろう。

道は果てしなく遠い、といわざるを得ない。だが、決して不可能ではない。


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