大震災の被災者支援に何かできないかと自分なりに考えて少し動いてきた。
どうやらミラノの友人たちと組んで、わが家でチャリティーコンサートが開けそうである。いくらか心が晴れた気分。ささやかでも被災者の皆さんの助けになれば嬉しい。
僕が当初から考えたのは、自宅を会場にしての何らかのチャリティーイベントだった。わが家では食事会や園芸祭りやコンサートや展示会などの慈善活動がよく行われる。村役場(コムーネ)や妻がかかわる慈善団体などが主催するのである。
そういうイベントには、ロケやリサーチなどの仕事で家を空けていない限り、僕も積極的に参加してきた。しかし、それはどちらかというと受身の活動である。僕自身が動いてイベントを催してきたわけではない。
言うまでもないことだが、ひそかに個人的に寄付をすることと、広く寄付をお願いすることとはまるっきり意味合いが違う。
大震災の惨劇に激しく動揺しながら、僕はまったくの泥縄ではあるけれども、広く寄付をお願いするチャリティーの開催方法を考え始めたのだった。
チャリティー活動に熱心な妻のアドバイスを受けながら、彼女がかかわる慈善団体の人々にも会って話を聞いたりしていた。
そうしながら僕が考えていたのはチャリティー晩餐会である。
数年前、妻のかかわる慈善団体が、南米で活動するウーゴ神父を囲む晩餐会を自宅で催した。裕福なビジネスマンを中心に30人ほどを招いたその晩餐会では、僕が知る限り、自宅で開かれたイベントでは一番多い寄付金が集まった。桁違いと言ってもいい額だった。
僕はそれにあやかろうかと考えた。でも、多くのビジネスマンを知っているわけではないので、少し二の足を踏んでいた。
そこに、かつて僕の事務所でも一緒に仕事をしてくれた友人の田中基子さんから、コンサートをしないかと連絡が入った。ミラノの日本人仲間で慈善団体を立ち上げたのだという。僕は渡りに船と二つ返事で引き受けた。
わが家では、ミラノのスカラ座の楽団員に協力を願って、ほぼ毎年慈善コンサートを催している。自宅で行わないときは妻の実家を使う。昨年のコンサートには、初めて日本人のピアニストにも参加してもらった。吉川隆弘さんという優秀なアーチストである。彼はスカラ座の楽団員ではないが、技量抜群で観客の大きな喝采を浴びた。
そうしたいきさつもあって、コンサートは晩餐会の次に開催可能なイベントとして僕も考えていた。まさにグッドタイミングだった。
これからいろいろと手筈を整えなければならない。長い準備期間が必要になるが、僕は早速、去年出演してくれた吉川さんに連絡を入れて快諾をもらい、ミラノ日本総領事館の主席領事、坂口尚隆さんにも連携をお願いしたりして動き出した。また、毎年協力をしてくれるスカラ座の楽団員たちにも連絡を取り始めた。
ミラノの友人たちが探してくれるアーチストと合わせれば、それなりの陣容できっと聴衆を魅了できるはずである。
イベントはもちろん、東日本大震災の被災者の皆さんへの義援金集めが目的である。でも僕はこの催しを通して、僕の住む地域を含むミラノ近辺の日本人の連帯が深まることも期待している。できるだけ多くの日本人に声をかけて参加をお願いするつもりでいる。
日本人なら誰もが、僕と同じように故国の不幸に胸を痛めているに違いない。田中さんたちが慈善組織を作ったのも、結局そういうことなのだろう。皆が協力しあうことで、それぞれの痛恨の思いが少しでもやわらげばとても嬉しい。
微力ながら、被災者の皆さんを助けることは、われわれ自身を助けることでもあるのだと僕は強く感じている。