ついに来た、という感じである。

 

760名のリビア人難民を乗せた漁船が、いつものように地中海のイタリア領ランペドゥーサ島に漂着した。きのうの出来事である。760名は一隻の漁船がイタリアに運んだ難民の数では、中東危機で過去最大である。

 

「ついに来た」というのは、リビアのカダフィ大佐が自国民を難民に仕立て上げて、無理やり船に乗せてイタリアに向かって放つ計画を持っているからである。

 

新生児を含む子供17人と複数の妊婦が混じる難民760名が、大佐の横暴の直接の犠牲者かどうかはまだ分からないが、イタリア政府は何でもありの独裁者の動きに神経をとがらせている。

 

ランペドゥーサ島には、今回の中東危機にはかかわりなく、慢性的に北アフリカからの難民や不法移民が流入している。2005年から2010年までを見ると、その数は年平均で2万人弱である。

 

ところが今年は1月から4月初頭までの3ヶ月間で、ランペドゥーサ島に上陸した難民は既に3万人近くにのぼっている。中東危機の影響であることは言うまでもない。

 

そのうちチュニジアからは372隻の船で2万4千人弱、またリビアからは18隻の船で4千人余りが漂着している。しかし、リビアからは多数の住民が内戦を逃れてチュニジアに移動していて、このうちの相当数がチュニジア人を装ってイタリアに入ったとする見方もある。

 

さらにカダフィ大佐は1万人以上の囚人を解放してイタリアに送り込む画策もしているらしい。それらの噂や情報は荒唐無稽とばかりは言えない。

 

リビアがイタリアの植民地だった歴史的ないきさつとは別に、両国は近年きわめて友好的な関係を築きつつあった。特に2009年のリビア革命40周年記念式典に、イタリアのベルルスコーニ首相が植民地支配の謝罪と賠償約束のために同国を訪問して以来、友好関係は促進された。

 

イタリアがリビアの石油の主要な輸出国である事実なども相俟(ま)って、ベルルスコーニ首相とカダフィ大佐は個人的にも親交を深めていたほどである。

 

それだけにカダフィ大佐は、リビアを攻撃する多国籍軍にイタリアが参加し、しかも爆撃を有利にする七ヶ所もの基地を提供している事実に激昂している。彼は「ローマに裏切られた」「地中海沿いのイタリアの街を火の海にする」などと宣言して、イタリアへの恨みを募らせているのである。

 

ベルルスコーニ首相は、多国籍軍に基地も戦闘機も提供するが、リビア爆撃には参加しないとか、カダフィ大佐にはまだ友情を感じているなどと、苦しい言い訳をしているが、恐らくカダフィ大佐は聞く耳を持たないだろう。

 

それどころか彼は、難民問題に関するフランスとイタリアの確執など、欧州連合内の各国が一枚岩ではないことを先刻承知している。そこでさらなる撹乱(かくらん)を狙って、反対勢力の自国民を難民に仕立てて地中海におっぽり出す、というわけである。

 

大佐は砂漠の猛獣とも狂犬とも呼ばれてきた、一筋縄ではいかない独裁者だ。それくらいのことはいとも簡単にやりかねない気もする。