復活祭の時期にイタリアでたくさん食べられる子やぎの肉は、祭りが終わるとほとんど需要がなくなる。

一方、子羊の肉(英語で言うラム)は一年を通してよく食べられる。肉屋やスーパーでも一年中売られているし、レストランなどのメニューでも子羊(agnelloアニエッロ)料理を見つけるのは難しくない。しかし、子やぎ(caprettoカプレット)料理の文字を見ることは稀(まれ)である。その理由は分からないが、単純に子やぎの絶対量が少ないからではないか、と僕は思う。

 

ドキュメンタリーや報道番組の撮影、リサーチなどでイタリア中を巡っていると、羊飼いと牧羊犬に連れられた羊の群れによく出会う。牧草地ばかりではなく、時には田舎町の道路を羊の大群が渡っているのに出くわしたりする。シチリア島では僕は実際にそういう場面を何度も撮影したりもした。映画「ゴッド・ファーザー」の一場面かと見まがうようなシーンが、ごく普通に見られるのである。

 

羊には羊毛の需要もあるから数が多くなるのであろう。それに比べてやぎの姿はめったに見かけない。探せば見つかるが、羊のように頻繁に目にすることはない。もしかすると、やぎの場合は山羊、つまり「山の羊」と呼ばれるくらいだから、飼育や繁殖がむつかしくて数が少ないということもあるのかもしれない。

 

羊とやぎの乳からは、ペコリーノとカプリーノという独特のチーズが作られる。世界最古のチーズの一つ、いわゆるロマーノ・チーズで、どちらも肉の臭みに近い独特の風味がある。ここでも羊乳から作られるペコリーノの方が、やぎ乳が原料のカプリーノよりも一般的である。

 

食肉という観点からは、羊もやぎも成獣の肉はほとんど価値がなく、イタリアでは市場に出回ることはまずない。どちらの家畜の肉も、もしも食べられる場合には、それを飼っている農家とその周辺でひっそりと消費されるだけらしい。成獣の肉は、羊もやぎもそれほどにおうので人の口には入りにくい、ということなのだろう。

 

そういうわけで市場に出回り食卓にものぼるのは、子羊と子やぎの肉だけである。そして両者は、実はここが一番言いたかったのだが、味に大差はないと僕は思う。どちらもおいしいのである。

 

ただし、レストランなどで出される子羊料理は、僕が知る限りたいしたものはない。骨付き肉を炭火でさっと焼き上げたシンプルな料理が多く、仕上がりの少しの違いで、肉がやわらかかったり固かったりすることはあるが、どこでもほぼ同じ味という印象がある。2時間も3時間もかけてじっくりと調理をする分、あくまでも復活祭などで出される家庭料理の方がうまいのである。

 

子羊や子やぎの料理は、イタメシの中ではマイナーな存在である。ところが、イタリアを少し離れて東ヨーロッパのイスラム教国やギリシャやトルコなどに移動すると、特に子羊の肉はメジャーな食材に変貌して、料理法も多彩になる。もちろん味も素晴らしい。

 

僕がこれまでに食べた子やぎ料理のベストは、ギリシャのロードス島の山中の食堂、また子羊料理の筆頭は、クロアチア国境に近いボスニア・ヘルツェゴビナのレストランの一品である。

 

僕は今後10年くらいをかけて、地中海の国々を少しづつ巡り歩く計画を立てている。そこのイスラム教国では子羊の肉がよく食べられる。僕は今から、ボスニア・ヘルツェゴビナで食べた子羊料理を上回る味に出会うこともあるのではないか、とひそかに期待している。

 

しかし子やぎ料理の場合は、恐らくロードス島で食べたもの以上の味には出会えないような気がする。なぜならそれらの国々でも子やぎの肉は一般的ではないから・・