ブログ記事にしろ何にしろ、人は知っていることしか書けない。知らないことは逆立ちしても書けないのである。

そして一人の人間が知っていることはとても少ない。知らないことが多過ぎるばかりではなく、知っていることでも中途半端な知識だったり、うろ覚えだったり、思い込みだったりすることも珍しくない。

 


あいまいな知識は調べたり勉強したりして確実なものにすることができる。あるいは限りなく確実に近いものにすることができる。

 


しかし、調べても勉強しても、考えても分からないことがある。

 


そこで僕は、考え続けても分からないことや結論付けられないあらゆることに「今のところは」と枕詞をつけることにしている。というか、それが僕の主義であり原理原則である。

 


「今のところは、~」という言い方や考え方は、日和見(ひよりみ)主義や風見鶏的なずるさにつながる危(あや)うさをはらんでいる。それでも僕は、いや、だからこそ僕は、あえて「今のところは」と断わりをおいて考えることにしている。

 


なぜなら人は死ぬまでは変わり続けるのであり、流転変遷こそが生の証(あかし)であり人生の華である。そして、変わるのが人の宿命なら、変わる人の、思想や考えも変わるのが道理である。変わらないなら、それは死人の思想であり膠着(こうちゃく)した危険な思想である可能性がある。

考え続けているが良く分からないこと、結論付けられないことは僕の中に無数にあるが、今思いつくままに10個を書き出すと:

 


1.今のところ僕は、原発に99%反対

2.今のところ僕は、死刑制度に賛成

3.今のところ僕は、安楽死に賛成

4.今のところ僕は、捕鯨に反対

5.今のところ僕は、外国人参政権に反対

6.今のところ僕は、多国籍軍によるリビア攻撃に賛成

7.今のところ僕は、日米同盟に賛成(日米安保に賛成)

8.今のところ僕は、同性愛者が子供を持つこと、生み育てることに反対

9.今のところ僕は、NHKの民営化に反対、でもイタリアのNHKであるRAIの民営化には賛成

10.今のところ僕は、イタリア風の共和国体制に賛成

 


死刑制度に賛成とか、同性愛者が子供を持つことに反対などというのは、たちまち激しいバッシングを受けても仕方のない表現だが、僕は決して死刑制度を積極的に支持しているわけでもなく、同性愛者を差別する者でもない。僕の乏(とぼ)しい知識や思考力では「今のところ」はそんな風に考えるしかなく、もちろんそれは今後変わっていく可能性がある。

 


そしてここにこうして書き出した以上は、言うまでもなくなぜ僕が「今のところ」そういう風に考えるかを、少しづつ話していくつもりでいる。ただし、時間が経てば前述の僕の考えは既に変わっているかもしれないことは、これまた言うまでもない・・