イタリアはついに、多国籍軍によるリビア爆撃にも参加することを表明した。そして南イタリアに漂着するリビア難民は増え続けている・・


それでも、今のところ僕は、多国籍軍によるリビア攻撃に賛成である。

 


欧米列強が徒党を組んで多国籍軍を形成し、中東の一国リビアを攻撃するのは内政干渉であり、主権・自決権の侵害であり、弱い者いじめの思い上がりである。それはいつか来た道。デジャヴ(既視感)などではなくて、確かに何度も見てきた現実だ。最近で言えば湾岸戦争、アフガニスタン紛争、イラク戦争など。

 


そうではあるが、民主化を要求する国民の声を無視し、あまつさえこれを弾圧するカダフィ独裁政権の動きは容認できないものである。従って、余計なお世話の多国籍軍のリビア攻撃に、僕は今のところ賛成に回るしかない。

 


つまり、多国籍軍を投入する欧米列強の横暴と、独裁者カダフィの横暴を天秤にかけた場合、後者の横暴の方がはるかに悪であるように僕には見えるのである。どちらも悪だが、少なくとも民主主義国家の集合体である多国籍軍の大義名分を僕は支持したい。彼らのリビア、ひいては中東全体の石油利権への執着と、それを隠して「爆撃はリビア人民の保護のため」と言い続ける偽善にはここでは目をつぶって。

 


なぜならリビアにも、また他の中東諸国にも民主主義が訪れ、根付いて欲しいから。その第一歩が独裁者の排斥であろう。

 


リビアのカダフィ大佐は、それぞれが万死に値する二つの罪を犯していると僕は思う。



一つは政権に不満を表明した自国民に向かって発砲したこと。もう一つは政権に固執し過ぎて、欧米列強にリビア攻撃の口実を与えてしまったことである。

 


チュニジアのベンアリ、エジプトのムバラク前大統領のように、国民の要求を入れて政権を明け渡していれば、長い独裁政治の罪は消えないとはいえ、少なくとも自国民を欧米列強の爆撃の危険にさらし、さらにその後も列強の干渉を呼び込み兼ねない可能性を排除できたはず。やはりカダフィは、必ず万死に値する者である。

 


そのこととは別に、僕は個人的にひっかかっていることがある。ロンドンの映画学校で一緒に学んだリビア人のムフタ君の運命だ。リビアの国費でその学校に学んでいた彼は、自国の大使館を借り切ってクリスマスパーティを開催したこともある。明らかにリビアのエリート青年だった。

 


彼とは学校卒業と同時に連絡が途切れてしまった。若気の至り、若気の思い上がりで、僕らは当時友人間で連絡先を控え合う習慣がなかった。われわれはお互いに映画監督になって世界的に有名になる。従って連絡先を控えておく必要などないと、かつて僕らは口には出さずとも皆そう思っていたのだ。

 


ムフタ君はロンドンの学生時代からカダフィ大佐側、体制側の人間だった。今はもっとそうだろう。



そんな訳で僕は、リビア危機を伝えるアルジャジーラやBBCのニュース映像の中に、もしかしてムフタ君の顔がないか、懸命に探したりもしているのである。