「えーと、何にしようかな。ブディーノ、クロスタータ、パンナコッタ、ティラミス、メリンガータ・・お、カサータ・シチリアーナもいいな。いや、やっぱりジェラート(アイスクリーム)にしようかな・・」
カメラ助手のフィリッポが、人生最大のシアワセです、と言わんばかりのニコニコ顔で、デザートのメニューをためつすがめつ読み上げた。
それにつられて、いったん食事を切り上げて仕事に向かうつもりになっていたスタッフの気持ちが、大きくゆらぐのが分かる。
ゆらいだ気持ちは、もう元にはもどらない。
椅子から腰を浮かせかけていた音声のアントニオ、照明のミケーレ、運転手兼アシスタントのダニエレの三人が、フィリッポに同調する形でいっせいにデザートの吟味をはじめた。
「時間はだいじょうぶかな」
カメラマンのロベルトは、さすがに技術スタッフの中心だけあって少しは仕事のことを気にし、同時にせっかちな僕の胸のうちも察して、助監督で制作進行も兼ねるマリアンナにともなく僕にともなく問いかける。
マリアンナは、腕時計と僕の横顔をちらと見くらべて、一瞬だけ迷う振りをしてから言った。
「時間はまだだいじょうぶ。デザート、急いで食べちゃいましょ!」
こうして既に2時間以上が過ぎている昼食時間が、さらに三十分程度はのびることが確定した。
僕は内心のいらだちを隠して、つとめて平静をよそおってデザートの代わりにコーヒーを注文した。
デザートなど食ってる場合か、と僕なりに抗議をしたつもりだった。
ディレクターの僕はロケ隊のボスであり責任者である。仕事中にはスタッフを怒鳴りつける事もある。スタッフに文句を言ったり抗議をしたり、あるいは逆になだめたりすかしたりしながらチームを統率していくのも、ディレクターの仕事の一つだ。
それでいながら僕は、話が今のように食事まわりのあれこれになると、けっこう弱気になる。
”食事はどんなときでもたっぷりと時間をかけて、楽しみながら大いにたらふく食べましょう。それでもって時間がもし許せば、少しだけ仕事をしてもバチは当たらないかも知れない”
みたいなのが、僕のスタッフを含むイタリア人の基本的な生活哲学である。
そのおそるべき食い意地とボージャクブジンな楽天思想を、僕はいつも内心でバカヤローとののしりつつ、同じ心の片隅でなぜか彼らに同調しちゃったりもしてしまう。だからあまり強気になれないのだ。
それにここは僕のアシスタントのマリアンナの顔も立ててやらなければならない。
制作進行は彼女の責任である。それには撮影の時間割や食事時間の振り分けなども含まれる。
僕が口を出すのは簡単だが、余ほどせっぱつまった状況でもない限り、スタッフの役割分担は尊重した方が仕事がうまく行くのだ。
苦いコーヒーをすすりながら、僕はデザートのために三十分もの食事時間の延長をもたらすことになった言いだしっぺのフィリッポと、デザートに向かってなだれこんで行く、スタッフのゆるんだ心根と食い気を制止できなかったマリアンナの首を、仕事が終わり次第バッサリと切ってやる、とココロの中ですごんで見せる。
(このクソ忙しいロケの最中に、2時間もかけてメシを食うことさえアキレカエッタ所業なのに、今度はデザートだと~! フィリッポとマリアンナだけじゃない。アントニオもミケーレもダニエレもロベルトも、デザートなんか食う奴は皆んなみんな同じように首を切ってやる。ガオーッ!ガオーッ!)
僕は、表向きは相変わらず平静をよそおっているが、内心ではひたすらに考えをエスカレートさせて、ひとりでコーフンしている。
六人のイタリア人スタッフは、それぞれのお気に入りのデザートをかき抱くようにして、一口食べてはしゃべり、しゃべっては笑い合い、また一口食べてはしゃべってはしゃべってはしゃべっては又しゃべる。
どいつもこいつもとろけたアイスクリームみたいにノーテンキでシアワセイッパイの表情だ。
今の彼らのドタマの中には、仕事のことなんかノミの毛穴ほどの痕跡もないのが見ていて死ぬほど良くわかる。
(つづく)