昨年始まった中東危機以来、イタリアに流入する難民は増え続けている。

 

当事国のイタリアにおいてさえメディアの注目は日々小さくなっているが、今やこの国に入った中東難民の数は45000人を越えているのである。そのうちの多くはリビアからやって来る。

 

砂漠の猛獣、リビアのカダフィ大佐は、かつての宗主国イタリアへの憎しみを募らせ、口汚くののしり、脅し、8月3日にはリビア近海に展開するイタリアのフリゲート艦に向けてミサイルを発射した。

 

あわてたイタリアの防衛大臣は、戦艦から2キロ離れた海域に落下したミサイルが、イタリア艦を狙ったものではない、と危険性の打ち消しに必死になったりしている。

 

独裁者カダフィは、一向に政権を投げ出さない。それもそうだろう。権力の座を明け渡したとたんに、彼は怒れる民衆の手によって地獄の底に突き落とされることが確実に見える。それこそ死にもの狂いで最後の最後まで抵抗を続けるに違いない。

 

7月28日、大佐を裏切って反体制派に与(くみ)していた筈のアブデル・ユニス将軍が、ベンガジで仲間に殺害された。裏切り者として。

 

カダフィの最も信頼する部下が彼を裏切って敵方に走り、今度は寝返った先の仲間を裏切ったのである。この不思議な話は実は、大佐の狡猾で冷酷な権謀術数のなせる業であったらしい。

 

つまり、1969年のカダフィ革命以来、独裁者の右腕であり続けたユニス将軍は、今回のリビア危機に際して、その鎮圧を目的に大佐によって反体制組織に送り込まれた。彼はスパイとしてボスのカダフィ大佐に反乱軍の内部情報を送り続けたのである。

 

ところが今回大佐は、部下を冷たく切り捨てる形で、ユニス将軍が自分のスパイであることをひそかに反乱軍に知らせた。将軍が独裁者に宛てて送り続けた情報データを証拠として添えて。

 

大佐が送った証拠を突きつけられたユニス将軍は、全く弁解の余地なく裏切り者として反政府軍内で処刑された、というのである。

 

カダフィの狙いは、反乱軍内の幹部たちにお互いへの不信と猜疑心を植え付け、組織内の恐怖と混乱をあおり立てることだった。

 

強力な助っ人と見なされていたユニス将軍が、実は依然として独裁者の片腕でありスパイだったと判明すれば、カダフィに反旗をひるがえした他の政府軍将校などにも疑いが生まれ、寄せ集めの反政府軍内はパニックに陥りかねない。

 

カダフィはそこを狙った。そして彼の狙いは今のところ見事に功を奏していると言われている。

 

事実ならまるで悪魔のような汚い術策だが、40年以上もリビアを牛耳ってきた独裁者は、やはりただ者ではなく、したたかな策士だった、という当たり前の現実の表れだとも考えられる。

 

それだけ悪知恵の働く男が、将軍の死から1週間後、隣国エジプトのムバラク前大統領が裁判にかけられて、その模様が生中継されるテレビ映像を目の当たりにした時、一体なにを思ったのだろうか?

 

ヨーロッパのメディアが「ファラオ(古代エジプト王)」とまで呼ぶ独裁者のムバラク前大統領が、民衆の手に落ちて、老いさらばえた哀れな姿で裁判にかけられる様子は、世界中に生中継された。隣国の、しかも当事者同然のカダフィ大佐が、まさかその映像を見なかったということはあるまい。

 

彼は震えおののきながら映像を見、明日のわが身を思って屈辱感にさいなまれ、憤怒の中でさらなる粛清、弾圧の強化を画策しているのではないか。従って血で血を洗うリビアの内戦は、多国籍軍が決定的な軍事行動を起こさない限りまだまだ続く、と考えるのは穿(うが)ち過ぎだろうか。

 

先日会ったエジプト人の若者たちは、母国の危険は去って平穏が戻ったと強調していた。→<アラブ人学生たちのこと

 

若者らが国を出てイタリアに短期留学できるくらいだから、エジプトにある程度の静けさが戻ったのは事実なのだろう。が、ムバラク前大統領を始めとする独裁政権幹部の裁判を巡って、国民の間に怒りや不信や猜疑が渦巻いている間は、国に真の平穏は訪れないのではないか。

 

エジプトでさえそうなのだから、独裁者のカダフィ大佐がまだ猛獣であり狂犬であり続けているリビアでは、真の「アラブの春」の訪れはまだまだ先のことに違いない・・