ミラノの隣、僕の住む北イタリアのブレッシャ県には、有名な秋の風物詩がある。狩猟の獲物を串焼きにする料理「スピエド」である。

 

狩猟は秋の行事である。獲物は鳥類や野ウサギやシカやイノシシなど多岐にわたる。

 

それらの肉を使うスピエドは野趣あふれる料理だが、そこは食の国イタリア、肉の切り身に塩やバター等をまぶしてぐるぐると回転させながら何時間も炙(あぶ)り、炙ってはまた調味料を塗る作業を繰り返して、最後には香ばしい絶品の串焼き肉に仕上げる。

 

スピエドは元々、純粋に狩猟の獲物だけを料理していたが、野生の動物が激減した現在は、狩りで獲得したものに加えてスペアリブや家畜のうさぎや鶏肉なども使うのが普通である。またそれにはよくジャガイモも加えられる。

 

仕上がったスピエドには、ポレンタと呼ばれる、トウモロコシをつぶして煮込んだ餅のような付けあわせのパスタが必ず付いてくる。赤ワインとの相性も抜群である。

 

イタリアは狩猟の国なので、猟が解禁になる秋にはキジなどの鳥類や野うさぎやイノシシなどが各地で食卓に上る。しかしもっとも秋らしい風情のあるスピエド料理はブレッシャ県にしかない。これは一体なぜか。

 

ブレッシャにはトロンピア渓谷がある。そこは鉄を多く産した。そのためローマ帝国時代から鉄を利用した武器の製造が盛んになり、やがて「帝国の武器庫」とまで呼ばれるようになった。

 

その伝統は現在も続いていて、イタリアの銃火器の多くはブレッシャで生産される。世界的な銃器メーカーの「べレッタ」もこの地にある。

 

べレッタ社の製造する猟銃は、これぞイタリア、と言いたくなるほどに美しいデザインのものが多い。「華麗なる武器」である。技術も高く、何年か前にはニューヨークの警官の所持する拳銃がべレッタ製のものに替えられた、というニュースがメディアを騒がせたりもした。

 

ブレッシャは銃火器製造の本場だけに猟銃の入手がたやすく、アルプスに近い山々や森などの自然も多い。当然のように古くから狩猟の習慣が根付いた。狩猟はスピエド料理を生み、それは今でも人々に楽しまれている。

 

つまりスピエドを食べるということには、ギリシャ文明と共にヨーロッパの基礎を作ったローマ帝国以来の歴史を食する、という側面もあるのだ。

 

イタリアにいると時々そんな壮大な思いに駆られる体験をして、ひとり感慨にふけったりもする。 

 
閑話休題

今年一番のスピエドは、アルピーニの集会で食べた。山育ちの者が多いアルピーニたちは、ブレッシャ県人の中でも特にスピエドへの思い入れが強く、料理の腕もずば抜けている。

→<ノブレス・オブリージュ><アラブ人学生たちのこと

 

その後は山荘のチャリティー昼食会で食べ、再び山荘で慈善ボランティアの皆さんと食べた。いずれ劣らず美味だった。

→<9月、秋はじめと仕事はじめの期><チャリティーの夏

 

実はこれからもスピエドを食べる日々はつづく。あちらこちらから招待を受けるのだ。特に伯爵家の本拠地であるガルダ湖近辺での招きが多い。

 

伯爵家の山のそこかしこには「Roccolo(ロッコロ)」と呼ばれる、小さな狩猟小屋が建てられている。鳥類を待ち伏せて撃つ隠れ処(が)のような施設である。

 

ロッコロは無料で提供されている。ハンターたちは一年を通してロッコロに出入りすることを許されていて、狩猟が禁止されている時期でもそこで寝泊りしたりピクニックを楽しんだりしている。

 

伯爵家と山の恩恵を受けるので、狩猟の季節になるとその礼を兼ねて、獲った鳥を主体にしたスピエドを焼いてわれわれを招待してくれるのである。

 

そればかりではなく、付近の農家や友人やチャリティー団体や(スピエド)同好会等々の招きもあって、秋にはスピエドざんまいの日々がつづく。

 

僕は例年うまいスピエドに舌鼓を打ちながら、今年こそスピエドの料理法を習おうと考えるのだが、複雑でひどく手間のかかる行程に恐れをなして、なかなか手を出すことができない。

 

しかし僕にとっては、歴史を食う、というほどの趣を持つ魅力的な料理だから、いつかじっくりとレシピを勉強して、必ず自分でも作ってみるつもりである。