今朝の空気には、寒い中にしこりのような生あったかいものが感じられた。

 

すぐに、あ、シロッコの息吹だと気づいた。

 

念のために天気概況を調べてみると、海にはやはりシロッコが吹いている。地中海のうちイタリア半島から見て西のティレニア海と、ベニスのある東のアドリア海は大荒れの様相である。

 

海際とは違って、僕の住む内陸の村には、強風の姿はない。

ただ無言のまま暖気が居座っている。

 

押し黙って、あたりに覆(おお)いかぶさって、生暖かい息を吹きかけている、アフリカ・サハラ砂漠生まれの奇妙な風、シロッコ。

 

シロッコのおかげで寒さが和(やわ)らいでいるので、それはそれで嬉しいのだが、どうしてもしっくり来ないものもある。

 

それは例えて言えば、自然の中に人工の何かが差し込まれたような感じ。つまり、寒気という自然の中に、シロッコの暖気という「人造の空気」が無理に挿入されたような。

 

シロッコも自然には違いないのだが、寒い時期にふいにあたりに充満するそれの暖気は、違和感があって落ち着かない。

 

暑い季節に吹く、さらに暑いシロッコには、不自然な感じはない。それはただ暑さを猛暑に変えるやっかいもの、あるいはいたずらもの。

 

夏が暑かったり猛暑だったりするのは当たり前だから、ほとんど気にならない。

 

でも寒中に暖を持ちこむ冬場のシロッコには、どうしても「トツゼン」の印象がある。まわりから浮き上がっていて異様である。なじめない。

 

そう、冬場に吹くシロッコは、寒いイタリアに「トツゼン」舞い降りた異邦人。


疎外感はそこに根ざしている。

 

シロッコの強風に煽られている海洋都市のジェノバとベニスは、今日も水害に悩まされている。

 

ジェノバはシロッコがからむ大雨による川の氾濫。大洪水。

 

昨日までに6人が死亡して、まだ大荒れが続いている。

 

ジェノバの洪水の映像は、東日本大震災の津波のそれをさえ思い出させる凄まじいもの。

 

道路が逆巻く川となって奔流し、車や家や人をなぎ倒していく様子は息を呑む。

 

誤解を恐れずに言えば、近代都市で「たかが降雨」程度で、6人もの人が亡くなるのは極めて異常な出来事である。

 

鉄砲水の暴力が、いかに桁外(けたはず)れのものだったかの証と言えるだろう。

 

もう一つの海洋都市ベニスは、高潮に見舞われて水に浸かっている。

 

100メートル近い高さがあるサンマルコ広場の鐘楼の足元には、高潮の潮位を示す掲示版メーターが備えられている。

 

それは今朝8時(11月6日)の時点では1.2メートルを示した。

 

ベニスには大雨注意報も出ているが、今朝の高潮は「いつものように」シロッコが持ち込んだ災い。

 

アフリカらアドリア海に吹き込むシロッコが、海面の潮を吹き集めて北のベニス湾に押し込み、遠浅の海に浮かぶベニスの街を水浸しにしたのだ。

 

そればかりではない。

 

ジェノバのあるリグーリア州の隣、ピエモンテ州の山々には大雪警報が出されている。

 

その山々は、フギュアスケートの荒川静香選手が、イナバウアーを繰り出して世界を湧かせた、2006年冬のトリノオリンピックの開催・本拠地。

 

隣のジェノバの惨劇を目の当たりにしたピエモンテ州の人々は、固唾をのんで雪と雨の動きを見つめている。

 

イタリア最大のポー川も危険。

 

氾濫さえ起こりかねない状況である。大河の水位は24時間体制で監視されている。

 

悪天候は北イタリアを席巻しながら中南部にも触手を伸ばす勢い。

 

楽天国イタリアは、財政危機と政治危機と洪水害危機のトリプルパンチ(三重苦)で、ここのところ青息吐息の日々である。