欧州危機は収まるどころか、フランス国債の格付け引き下げが取り沙汰されて金融市場が悶々とする中、その欧州危機の台風の目である「イタリア危機」渦中のこの国は、モンティ新政権が打ち出した緊縮財政策に対する国民の受容と諦めと、そして当然ながら怒りも巻き込んで、一年で最も大きな消費経済活動が展開されるクリスマス期を迎え、乗り切って、今は新年を待つばかりとなっている。

 

緊急財政緊縮策は案の定イタリアの景気に暗い影を投げかけた。イタリア人はクリスマスイブと大晦日に「チェノーネ(cenone)」と呼ばれる巨大食事会を各家庭やレストランや宴会や懇親会などで催す習慣がある。

 

去ったクリスマスイブの夕食と、翌クリスマス当日の昼食の2食で、イタリア全国では23億ユーロ(約2400億円)分の飲食物が消費された。それはたった2食分の消費量としては、一人頭の計算では恐らく世界でも1、2を争う水準の金額であると考えられる。

 

しかしその巨額の飲食費は実は、昨年に比べて18%少なく且つ2000年以来で最低の水準だった。モンティ首相の緊縮・増税策はやはり、国民の消費意欲にブレーキを掛けることになったのである。クリスマスイブの夕食よりもさらに大きな消費が期待される大晦日の「チェノーネ」も、昨年に比べて大幅な減少になると試算されている。

 

その実態を見て、たった一ヶ月余り前に失脚(と言ってもあながち過言ではないだろう)したばかりのベルルスコーニ前首相は、自らの失策を棚に上げて「増税策が不況を招きつつある。不況になれば国民に信を問う選挙は避けられず、わが党の勝利は間違いない」と、権力にしがみついていたい本音をあからさまに口にし始めた。

 

先日発効されたモンティ首相の緊急財政策の一つに、1000ユーロを越える全ての取引の電子化を義務付ける脱税防止措置がある。イタリアの脱税額は1年で2000億ドル、16兆円程度(それよりもはるかに多いという説もある)と見られている。脱税の防止は歴代政権の最重要課題の一つだが、なかなか有効な手を打てずにきたというのが現実である。

 

そうしたなか、1227日付のミラノの新聞「Libero」にドイツの脱税問題を大きく扱った記事が掲載された。首をうなだれて悩む恰好のドイツ・メルケル首相の写真と共に「脱税はドイツの国民的スポーツ」という刺激的な見出しが躍(おど)る報告だった。

 

ドイツ税務労働者組合(German Tax Workers Union)のトップ、トーマス・エイゲンターラー氏はその記事の中で、国外送金を隠れ蓑にしたドイツ人の脱税額は1年で約300億ユーロ(約31千億円)に登ると語っている。

 

しかし実は、外国を巻き込んだそうした「目立つ」脱税例とは別に、ドイツ国内の連邦、州、自治体などに於ける脱税の総額は年間1000 億ユーロ(10兆円余)を超える、というのが定説である。イタリアよりかなり低い数字だが、EUの優等生ドイツにもやはり脱税問題は存在する、という当たり前の話である。

 

脱税というのは欧州内では南に行くほどひどくなる印象がある。北欧よりは南欧、その南欧の中でも例えばイタリアなら北部イタリアよりローマ、ナポリ、シチリア島と南に下るほど脱税への罪悪感が薄れて行き、国境を越えてギリシャに至ると、もはや脱税がトーマス・エイゲンターラー氏の言う「人々の国民的娯楽」のようにさえなってくる。いや娯楽という生易しいものではない。まさに生活そのもの、とでも言った方がいい日常茶飯の出来事である。

 

たとえば僕が今夏滞在したギリシャでは、アテネよりもエーゲ海の島々に明らかにその傾向が強かった。一つ具体的な例をあげると、アテネではガソリン代をカードで支払うことができるが、エーゲ海のミロス島では現金以外は一切受け付けなかった。カードでは売買記録が残って課税を免れない。そこで島のガソりンスタンドでは客に現金清算を強要する。そればかりか、レンタカー会社などでは値引きをしてまでカードでの支払いを避けようとする。ことほど左様にヨーロッパでは、一般的に南に下るほど脱税への罪意識は低くなっていくのである。

 

とは言うものの、少なくともここ北イタリアあたりでは「1000ユーロを越える全ての取引の電子化」という脱税防止策は、効を奏しつつあるように見える。銀行は1000ユーロ超のキャッシュの動きについては顧客にその都度注意を促がし、出入りの職人や自動車整備士などとの間の支払いも、現金ではなくカードや小切手を使うようになっている。そうしたやり取りには確実に20%の消費税が加算されるのは言うまでもない。