イタリアにいても、又たまに日本に帰っても「イタリアのクリスマスや正月はどんな感じですか」とよく人に聞かれる。その質問に僕は決まって次のように答える。

 

「イタリアのクリスマスは日本の正月で、正月は日本のクリスマスです」と。

 

祝う形だけを見ればイタリアのクリスマスは日本の正月に酷似している。ここでは毎年クリスマスには家族の全員が帰省して水入らずでだんらんの時を過ごす。他人を交えずに穏やかに、楽しく、かつ厳かな雰囲気の中でキリストの降誕を祝うのがイタリアのクリスマスである。

 

カトリックの総本山バチカンを抱える国だけあって、アメリカやイギリスといったプロテスタントの国々と比較しても、より伝統的で荘厳な風情に満ちていると言える。たとえば日本のクリスマスのように家族の誰かが外出したり、飲み会やパーティーを開いて大騒ぎをしたりすることは普通はまずないと断言してもいい。

 

 

ところが正月にはイタリア人も、他のキリスト教国の人々と同じように、家族だけではなく友人知己も集まって飲めや歌えのにぎやかな時間を過ごす。それが大みそか恒例のチェノーネ(大夕食)会である。食の国イタリアだけに、クリスマスイブの夕食会にもチェノーネと呼ばれるほどの豊富な料理が供されるが、大勢の友人が集まって祝うことが圧倒的に多い大みそかのチェノーネは、クリスマスよりもはるかにカラフルでにぎやかで、かつクリスマスよりもさらに巨大な夕食会、というふうになるのが一般的である。

 

チェノーネはたいてい大みそかの夜の9時前後から始まり、新年をまたいで延々と続けられる。年明けと同時にシャンパンが勢い良く開けられて飛沫(しぶき)の雨が降り、花火が打ち上げられ、爆竹が鳴り響く中で人々は乾杯を繰り返す。そしてひたすら食い、また食う。食いつつ喋り、歌い、哄笑する。新年を祝う意欲にあふれたチェノーネは、にぎやかさを通り越してほとんど「うるさい」と形容してもいいくらいである。

 

あえて言えば、チェノーネで供される食材がイタリアのお節料理ということになる。チェノーネにはお節料理のように決まった「型」の類いはほとんどないが、それに近い決まりのようなものはある。それは食事の量がムチャクチャに多い、ということである。チェノーネ(大夕食)という名前はまさにそこからきている。

 

イタリア料理のフルコースというのは、もともと日本人には食べきれないと言い切っても良いほど大量だが、チェノーネで供される食事の量はそれの2倍3倍になることもまれではない。とにかくはんぱじゃない量なのである。

 

チェノーネではまず「サルミ」と総称される生ハムやサラミなどの加工肉類と、魚介のサラダなどにはじまる前菜がテーブル狭しと並べられる。小食の人はこの前菜だけで腹いっぱいになることは間違いがない。

 

そこにパスタ類が運ばれる。パスタは通常は一食一種類だが、チェノーネではスパゲティ、マカロニ、手打麺など、何種類も並ぶことも多い。

 

次に来るメインコースがすごい。大量の肉料理の山である。魚も入る。コントルノ(つけ合せ)と呼ばれる野菜類も盛大にテーブルを飾る。

 

それが終わると果物とデザート。食事の最後になるこの二つも普通は一方を食べるだけである。チェノーネでは両方出ると考えてほぼ間違いない。

 

この間に消費されるワインも大量になる。午前0時を回ると同時に開けられたシャンパンは言うまでもなく、ワインや食後酒のグラッパやウイスキー等々の強い酒もどんどん飲み干される。酔っ払いを毛嫌いするイタリア人だが、この日ばかりは酔って少々ハメをはずしても許されることが多い。

 

それは各家庭だけではなく、レストランなどの夕食も同じ。大みそかにはほとんどのレストランも、そのものずばり「チェノーネ」という特別メニューを設定して大量の料理で客を迎える。もちろん料理の嵩(かさ)に応じて値段も普通より高くなるが、新年を祝う催しだから客も気前よく金を払う。

 

イタリア財政危機が叫ばれる今回の年末年始では、イタリア全国でチェノーネに費やされた飲食費は、残念ながら前年と比較して20%余り低かったことが分かっている。

 

前述したようにチェノーネには、日本のお節料理のように決まった形というものはないが、地方によって食材の定番というものはある。良く知られているのはカピトーネと呼ばれるナポリの料理である。カピトーネは大ウナギを豪快に切断して油で揚げたもの。その脂っこい料理には必ずレンズ豆が添えられる。

 

レンズ豆はお金に似ているということで、カピトーネに限らず新年の料理には付け合せとしてよく添えられる食材である。お金が儲かって豊かになれますように、という願いがこもった縁起物なのである。そればかりではない。レンズ豆は脂っこい食材を淡白にする効果がある。だからえらく脂っこいウナギ料理の付け合せとしても最適なのである。

 

わが家のチェノーネにはよくザンポーネが出る。僕が好きでできるだけ出してもらうようにしている。ザンポーネは豚の足をくりぬいて皮だけにして、そこに肉や脂身をミンチにして詰めて煮込んだものである。味はどちらかというとスパム(SPAM・ポークランチョンミート)に近いが、スパムよりもこってりとしていて、かつイタメシだけにスパムよりもうまい。

 

ザンポーネの中身を食べた後の皮は普通は捨ててしまうが、そこの脂っこさが好きでわざわざ食べる人もいる。僕も一度だけ味見をしてみた。味は不味くはないが脂っこさと匂いに辟易して一口以上は食べられなかった。ザンポーネの付け合せもレンズ豆が定番。レンズ豆はやっぱり、縁起がいいだけではなく脂っこいものに強いのである。

 

北イタリアの厳しい寒さの中で食べるザンポーネはとても美味しい。カロリーの高い食べ物だが、きっとカロリーが高いからこそ寒さの中で最も美味しく感じられるものなのだろう。ダイエットさえ気にしなければ、脂っこさにもかかわらず幾らでも食べられそうに思えるのが、ザンポーネのすごいところだと僕は勝手に感心している。