ローズ・ニントゥンツェは身長186センチ、痩せ型、鼻筋のすっと通った輝くばかりに美しい30代前半のアフリカ人女性である。
彼女は、北イタリアのブレッシャ県を本拠にする、アフリカ支援が専門の大きなボランティア団体の秘書をしている。
ローズはその団体のメンバーのひとりである僕の妻と先ず親しくなった。妻とローズたちが行なう様々なボランティア活動の場で何度か顔を合わせるうちに、やがて僕も彼女の友だちになった。
先週末、ローズは妻と僕の要請に応じて、僕らの住む村の図書館で「ルワンダ虐殺」について講演をしてくれた。
ローズは「ルワンダ虐殺」に巻き込まれて九死に一生を得た過去を持つ。彼女は奇跡的に生き延びたが、母親と2人の兄および16人の親戚が事件の犠牲になった。
ルワンダにはツチとフツとトゥワという3種族がいる。
ルワンダの人口の約15%を占めるツチ族の人々は、長身で鼻が高く痩せ型。いわゆるマサイ系の人々である。ローズもツチ族の女性だ。
トゥワ族の人々は対照的に小柄。いわゆるピグミー系の種族で人口の1%に過ぎない。
人口の84%を占めるのがフツ族。彼らが普通に見られるアフリカの黒人の人々と言っていいだろう。
1994年に起きた「ルワンダ虐殺」は、同国の多数派であるフツ族の過激派が、少数派のツチ族と共に自らと同じフツ族のうちの穏健派を大量殺害した事件である。
事件はイギリス、イタリア、南アフリカの三ヶ国が共同制作した「ホテル・ルワンダ」でも詳しく描かれた。
「ルワンダ虐殺」では、約100日間におよそ50万人から100万人が犠牲になったとされる。それはルワンダ全国民の10%から20%にあたり、最終的には隣国のブルンジと合わせて120万人以上が殺害されたという説もある。
ローズは正確に言うと、当時は隣国のブルンジにいた。ルワンダとブルンジの二国は、かつては同じ国だった。ベルギーの植民地時代のことである。
ブルンジでも歴史的に少数派のツチ族と多数派のフツ族の対立が激しく、虐殺事件では同国も巻き込まれてツチ族の多くの人々が殺害された。
ローズはイタリアのブレッシャノ大学の卒業論文で、自らと家族が巻き込まれた「ルワンダ虐殺」にからめて、世界の虐殺事件を取り上げた。
昨年それを読んで感動した妻が、論文について講演してくれと頼んだが、ローズはあまり乗り気ではなかった。シャイな性格に加えて、巻き込まれた虐殺事件のトラウマもあって中々そんな気になれなかったのである。
その後は僕も妻と共に彼女を説得した。今年になってローズは、顔見知りが多い僕らの村の小さな図書館でなら、という条件付きでようやく講演をOKしてくれた。
最近できた彼女の恋人のイタリア人ドクターの後押しも大きかった。ドクターも多くのアフリカの子供たちを助ける活動をしている。
それはとても良い講演になった。そこに出席した人々の何人かが、妻同様にすっかり感動して、ローズにそこかしこでのレクチャーを頼んでいる。
シャイで控えめなローズは、そのことにかなり困惑している。
僕らはローズの勇気と講演の成功を喜ぶと同時に、彼女をあちこちのイベントに引っ張り出そうとする人々を制止するのに苦労しているほど。
ローズがその気になって、どんどん講話を引き受けてくれれば一番いいのだが、今のところはそれはとても望めそうにない。
僕らは連絡をしてくる人々に事情を話し、どうかローズの気持ちを尊重してしつこくしないでほしい、と釘を刺したうえで彼女に取り次いでいるが・・