君府とはトルコのイスタンブールの古い呼び名の一つである。先日、その君府のグランドバザール他でロケをした。仕事にかこつけて、ロケの前後の日々には街を大いに探索した。この記事のタイトルは「ワンダーランド・イスタンブールの魅力-その光と影-」というタイトルでも良かったが、ちょっと目先を変えて「君府」と書いてみた。


西洋と東洋がクロスオーバーする君府は激しく魅惑的な街である。そこには常に西風と東風が吹き込んでいる。風はぶつかり、主張し、逆巻き、やがて相互に受容しながら融和して、涼風になって街の通りに吹き募る。ヨーロッパとアジアが出会う街、イスタンブールを下手な文学調で表現するとそんな感じだろうか。

ヨーロッパの街並みの中にブルーモスクをはじめとするアラブ文化が存在を主張している。6本のミナレット(尖塔)が凛として天を突くブルーモスクはひたすら美しい。

イスタンブールは街の景観が既に複雑な美となって旅人を魅了する。古代ローマ帝国の版図の中で栄え、15世紀以降はオスマン帝国の支配下でオリエント文明の中心地として花開いた街。キリスト教の教会とイスラム教のモスクが併存する、楽しいワンダーランドである。

景観もさることながら、イスタンブールは特に街の「心」が複雑に入り組み、もつれ、綾(あや)なし、紛糾しているように見える。が、それは少しも不快なものではなく、活気にあふれたもの珍しい風となって旅人の頬を撫でて過ぎる。僕の目にはそれが君府の魅惑の根源と映る。

ヨーロッパの街並以外の何ものでもない旧市街を抜けて、グランドバザールの中に足を踏み入れると、そこは純粋の中東世界。そこからさらに足を伸ばすと、えんえんと続く市場通りに、布で髪を隠したヒジャブ姿のムスリム女性が行き交う。全身黒ずくめのニカーブを装ったムスリム女性も多く、むしろ普通の洋装の女性を探すのが難しいくらいの印象である。

そこで目までおおい隠すブルカ姿の女性を見たときは、さすがに強烈な違和感を覚えた。ブルカはタリバンによってアフガニスタン女性が着用を強要された服装、というのが定説だが、暑くて乾燥した気候や強烈な日差しから肌身を守る意味があったという考え方もないではない。でも、もっとも重大な意味を持つのはやはり、それらの装いが女性を一定の価値観の中に縛りつける道具であるという点である。

僕がなぜそうした女性の服装にこだわるのかというと、そこにイスラム教社会の執拗な女性差別の象徴を見る思いがするからである。イスラム教に限らず、いかなる宗教であれ僕は深い敬意を表する。しかし、あからさまな女性差別に関しては、宗教であれ国であれ社会であれ、強い嫌悪感を覚えずにはいられない。それは僕が信奉する民主主義に対するの最大の脅威であり障害だと思うからである。そこで僕は、差し出がましいことを承知で、あらゆる場所や機会を捉えて女性差別を批判したり、修正を要求したり、開明を願うことをいとわない。

トルコ共和国は、建国の父アタテゥルコの強烈な西欧化政策によって近代国家となった。同国の最終目標はEU(欧州連合)への加盟である。だがトルコ共和国悲願のEU加盟交渉は遅々として進んでいない。

その原因の主なものは共和国が抱えるクルド問題やキプロス問題、さらにアルメニア人虐殺問題であるという説明が良くなされる。それは事実である。だが、それよりもさらに大きな障害は、キリスト教国であるEU加盟各国の反イスラムの感情だ。トルコはイスラム世界初の世俗主義国家ではあるが、国民のほとんどがムスリムつまりイスラム教徒であることには変わりがない。

そしてヨーロッパの人々が、イスラム教社会のもっとも大きな問題の一つと見なすのが、女性差別意識なのである。トルコの女性解放は進んでいるがまだ十分ではない、と人々は考え、それがEU加盟国家間の暗黙の了解になっている。 僕は伝統衣装を着てイスタンブールの街を行き交う多くのムスリム女性を見ながら、しきりとトルコのEU加盟問題を思い起したりもしていた。

ヨーロッパとアジアが出あう街とは言葉を替えれば、ヨーロッパでもありアジアでもあるということであり、或いはヨーロッパでもアジアでもない、ということでもある。唐突に聞こえるかもしれないが、そういうイスタンブールの複雑なたたずまいは、日本にも似ていると僕は感じる。西洋化された東洋。景観が西洋化されたように見えるが、内実はがんがんとして東洋のトルコであり同じく東洋の日本であるという共通性。

激しく切なく欧米を恋い慕い、模倣し、ついに追いついたものの、表面はどうであれ決して欧米そのものにはなれないことに気づき、疎外され、傷つき、やがて開き直って、自身のアイデンティティーに目覚める。アイデンティティーに目覚めてそれの追求を始めて、独自の文化・ルーツへの自信も深めながら、依然として欧米への恋心も抱き続けている純真な者たち。それがイスタンブールでありトルコであり日本なのかもしれない。

矛盾と闊達と自信がみなぎっている魅惑の街、君府・イスタンブール。。。

僕はそんなイスタンブールに郷愁にも似た強い親しみを覚えるのである。