5月20日未明、ヨーロッパの地震大国、ここイタリアでまたもや死傷者の出る地震があった。

震源は北イタリアのボローニャ市近郊。午前四時過ぎのことだったが、かなりの揺れを感じて飛び起き、家の中でもっとも厚い壁に体を寄せて難を避けた。自宅建物は石造りの古い大きな建築物である。


身を寄せた壁は1メートル近い厚みがある。建物の中心を端から端に貫き、さらに一階から三階を経て屋根にまで至る、いわば家の背骨。大黒柱ならぬ「大黒壁」。地震の際は一番安全ということになっている。

だが、それはもちろん比較の問題に過ぎない。巨大な石造りの建物が崩れ落ちたらかなり危険なことになるだろう。揺れに身をゆだねながら僕は死を覚悟した。これは誇張ではない。

昨年、東日本大震災の巨大な不幸を、遠いイタリアで苦しく見つめ続けた。大津波が家も車も船も畑も何もかも飲みこんで膨れ上がっていく驚愕の地獄絵図を目の当たりにして、人は無常観の根源にある自然の圧倒と死を、歴史上はじめて共有・実体験した、と言っても過言ではないだろう。

3月11日以降の日々に感じた恐怖や悲しみは僕の中に深く沈殿し、その反動のような心の力学が働いてでもいるのか、自分の中で何かが大きく変わってしまったと感じる。あえて言えば、それは自分自身が強くなったような、或いは開き直った、とでもいうような不思議な確信に近いものである

これまでにも繰り返し地震はあった。今回のような揺れを感じたこともある。その度に家の中心にある壁際に身を寄せた。僕は臆病者なので、その時はいつもパニックに陥り、怖れ、不安になった。同時に心のどこかで「何が起きても大丈夫。自分だけは絶対に死なない」と根拠のない「空確信」にもすがりつきつつ、ひたすらうろたえるばかりだった。

ところが今回僕はひどく落ち着いていた。隣で恐慌に陥っている妻をかばいながら冷静に死を思い、覚悟した。そんな反応は東日本大震災の記憶なしにはあり得ない。

マグニチュード9の大震災とマグニチュード6の今回のイタリア地震を比較するのは馬鹿げているかもしれない。 しかし、強い揺れのさ中ではマグニチュードの大小は分からない。加えてこの国では、地震の度に日本では考えられないような建築物の崩落が起きたりもする。

古い石造りの建築物の中には、何世紀にも渡って生きのびる、いわば究極の耐震構造物と形容してもいいような強靭なものもある。それと同時に、地動に弱く一気に崩壊する建物もまた多いのだ。

しかし、石造りの建物が崩壊する恐怖を差し引いても、そこで死を覚悟するなんて滑稽だ、と今になっては思う。でも、揺れのただ中では、僕は確かにそこに死を見ていたのだ。あるいは死に至るなにかを冷静に待ち受けていた。

「死の覚悟」なんて僕はこれまで断じて経験したことがない。東日本大震災が僕の人生観を永遠に変えてしまったのだ、と心の奥の深みで今、痛切に思う。