ヨーロッパは先週まで4年に1度のサッカーの祭典、欧州選手権で盛り上がった。結果は、スペインがW杯と欧州杯を3連続制覇するという歴史的快挙を成し遂げて終わった。


ギリシャに端を発した欧州の財政危機は、依然として厳しい状況が続いていて少しも終わりは見えない。人々の不安といら立ちは募る一方である。そうした中、サッカーの一大イベントが、欧州各国民にしばしの気晴らしと歓喜をもたらした。さしずめ忙中の閑、暗中の明とでもいうところ。

欧州危機招来の張本人と見なされているギリシャも、1次リーグを突破して準々決勝に進んだ。ギリシャは決してサッカーで知られた国ではないから、ドイツやイタリアやスペインなどのサッカー大国と肩を並べる快挙に国中が沸き立った。そのギリシャは準々決勝ではドイツと当たって、ヨーロッパ中のファンをさらに喜ばせた。財政危機問題でドイツに反感を抱くギリシャが、怒りにまかせて奮い立って相手に一矢を報いるのではないか、との期待が高まったのである。


スペインと並んで優勝候補の最右翼と見られたドイツとは違って、ギリシャは辛うじて一次リーグを突破した程度の成績だったから、各国のメディアの見出しには「ギリシャは奇跡を起せるか?!」という趣旨の惹句が躍った。ギリシャはドイツチームに比較するとかなり見劣りするものの、2004年の欧州選手権では優勝を果たしている。従ってそれらのあおり文句が示唆するギリシャの勝利は、単なる夢物語とばかりは言えなかったのである。しかし、現実は厳しく、ギリシャは4
-2でドイツに敗れた。

サッカーが好きな僕は連日、試合のテレビ観戦を楽しみながら日本の動向に気を配っていた。それで気づいたのだが、ワールドカップにはあれほど騒ぐ日本のメディアが、欧州選手権に対してはほとんど無関心に見えた。時差の関係で試合の生中継が未明になる場合が多かったことや、間もなく始まるロンドン五輪への期待でメディアも国民も気もそぞろ、というようなことも重なったのだろうが、少々驚いた。


欧州選手権はワールドカップ同様に4年ごとに開かれ、しかもW杯にも匹敵する超ド級の面白い試合が連日見られる。それが日本で注目されないのは惜しい。僕は欧州サッカーの集大成である選手権のハイレベルな競技をぜひ日本の若者たちに見てもらい、わが国のサッカーのレベル向上に役立ててほしいと心から願っているから、返す返すも残念に思う。

欧州カップにはブラジルやアルゼンチンなど、南米の強豪チームが参加しない。それは寂しいことだが、レベルの低いアジア、アフリカ、オセアニア、北米などが出場しない分緊迫した試合が続いて、むしろワールドカップよりも面白い、と評価する専門家さえいる。サッカーが好きというだけではなく、イタリアのプロサッカーの取材や衛星生中継などの仕事もしてきた僕は、そうした意見には全面的には賛成しないが、一理ある、と考えたりしないでもない。もっと言えば、欧州選手権はワールドカップにも匹敵するレベルの高さと面白さだと思うから、僕にとってはあたかもW杯が2年ごとに開催されているようでもあり、とても嬉しいことである。

ヨーロッパには古豪のイタリア、ドイツを手はじめに、前回の優勝国で且つ今年も優勝候補の筆頭に挙げられていたスペイン、さらにオランダ、フランス、イギリス、ポルトガル等々、強豪がひしめいている。その他の国々も強い。南米が控えているので一概には言えないが、欧州はサッカー世界最強の地域、と断定してもそれほどの暴言にはならないのではないか。過去にワールドカップを制している英独仏伊西などの国々を抑えて、ギリシャやデンマークやチェコスロバキアなどのサッカー弱小国が優勝したりすることを見ても、地域としての欧州サッカーのレベルの高さが分かるように思う。

ヨーロッパではどの国に行っても、サッカーが国技と呼べるほどの人気があるが、中でもサッカーに身も心も没頭している国はイギリスとイタリアとドイツだとよく言われる。 イギリスはサッカー発祥の地だからよしとしても、血気盛んなラテン系のイタリア国民と、冷静沈着な北欧系のドイツ国民がサッカーにのめりこんでいる状況は、とても面白いことである。イタリアとドイツは、ワールドカップの優勝回数がそれぞれ4回と3回と、ヨーロッパの中では他に抜きん出ている。やはり国民が腹からサッカーを愛していることが、両国の強さにつながっているのだとも考えられる。 

一方イギリス(イングランド)がワールドカップ優勝回数1回と少ないのは、技術や戦略よりも身体的な強さや運動量に重きをおく、独特のプレースタイルによるものと考えられている。彼らにとってはサッカーは飽くまでも「スポーツ」であり「ゲームや遊び」ではない。しかし、世界で勝つためには運動能力はもちろん、やはり技術や戦略も重視し、且つ相手を出し抜くずるさ、つまりやゲーム感覚を身につけることも大切ということなのだろう。

個人技に優れているといわれるイタリアはそれを生かしながら組織立てて戦略を練り、組織力に優れているといわれるドイツはそれを機軸にして個人技を生かす戦略を立てる。1980年前後のドイツが、ずば抜けた力を持つストライカー、ルンメニゲを中心に破壊力を発揮していた頃、ドイツチームは「ルンメニゲと10人のロボット」の集団と言われた。これはドイツチームへの悪口のように聞こえるが、ある意味では組織力に優れた正確無比な戦いぶりを讃えた言葉でもあると思う。同じ意味合いで1982年のワールドカップを制したイタリアチームを表現すると、「ゴールキーパーのゾフと10人の野生児」の集団とでもいうところか。

独創性を重視する国柄であるイタリアと、秩序を重視する国民性のドイツ。サッカーの戦い方にはそれぞれの国民性がよく出る。サッカーを観戦する醍醐味の一つはまさにそこにある。もっとも時間の経過とともに各国の流儀は交錯し、融合して発展を遂げ、今ではあらゆるプレースタイルがどの国の動きにも見られるようになった。それでも最終的にはやはり各国独自の持ち味が強く滲み出て来るから不思議なものである。