2012年の欧州選手権は6月21日に一次リーグが終わって準々決勝に進む8チームが出揃った。ドイツ、ギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、イングランド、チェコである。最後の2国を除けば、欧州財政危機の当事者たちがひしめいている、と言ってもいいような顔ぶれだった。結局、今回の欧州選手権を制したのはスペイン。2008年に続く連続優勝である。同国は2010年のワールドカップも制して、前人未到のW杯と欧州杯に跨(またが)る3連続優勝という快挙を成し遂げた。

 

選手権前の予想ではスペインが優勝候補の筆頭。続いてドイツ。さらにそれに次ぐのが2010年のW杯でスペインと優勝を争ったオランダ。その後にフランス、イングランド、イタリア、ポルトガルなどが一線に並び、ギリシャとチェコがそれに続くというような見方が多かった。ワールドカップの優勝回数が4回と、ブラジルの5回に続いて多い強豪のイタリアは、大会前には優勝候補の下馬評にも上がらなかった。2006年にW杯を制した後、イタリアは低迷期に入っていると見なされていたのである。

 

ところが、フタを開けてみるとイタリアは一戦ごとにじわじわと地力を発揮して、準々決勝でイングランドを破り、準決勝ではスペインと並ぶ優勝候補の最右翼と見られたドイツを撃破した。しかも、イングランド、ドイツ戦ともに相手を圧倒しての勝利だった。対イングランドは0-0の後のペナルティキック戦。またドイツとの最終スコアは2-1と接戦だったように見える。ところが試合の内容は両方ともにイタリアの圧勝だったのである。特にドイツを破った試合は大方の予想を覆す一方的な勝利だった。終始イタリアに押しまくられたドイツは、試合終盤にようやくPKを得て一矢を報いたという屈辱的なものだったのだ。

 

昇り調子のイタリアに比較して、もう一方のファイナリスト・スペインは不調のように見えた。準決勝のポルトガル戦では内容的に相手に押され気味。PK戦で辛うじて勝利したものの、スペイン得意のボール回しが単調で退屈、とまで酷評された。それでも決勝戦に駒を進めたのはさすが。それでも最終戦では、イタリアに苦しめられる、と誰もが考えはじめていた。

 

ところが、スペインは決勝戦ではイタリアを全く寄せ付けなかった。4-0という大差のスコア以上に、試合内容ではイタリアを完膚なきまでに叩きのめした。2年前のワールドカップも制した、従って現在世界最強と言い切っても構わないであろうスペインチームのボール回しのテクニックは、退屈どころか揺るぎない強さを示して燦然と輝いたのである。

 

スペインのパス回し、或いはボールポゼッション(ボールキープ、ボール保持)の高度なテクニックは、長い試行錯誤のあとに完成されたものである。それはスペインリーグの強豪バルセロナにも通じるプレースタイルである。スペインはその戦術を完成させることで2008年には2回目の欧州選手権優勝を果たし、その2年後の2010年には悲願のワールドカップ初優勝も成し遂げた。加えて今年の欧州選手権も制して、スペインサッカーの黄金期を確固たるものにした。

 

目の覚めるようなスペインチームのプレースタイルはヨーロッパサッカーを根本から変えた。それは特に、イタリア、ドイツ、イングランドの変容を見れば明らかである。一言で言うと:

 

「イタリアはスペインを模倣することでカテナッチョ(ディフェンス重視)の伝統を捨てた」

 

「ドイツはスペインを意識することで組織重視の四角四面のプレースタイルを変えた」

 

「イングランドはスペインに追随することで運動能力重視の縦パス一辺倒の陳腐な戦略を克服した」


・・とでもいうような。
 

それは他の全ての欧州チームの場合も同じ。スペインを目標にすることでプレースタイルが変わり、欧州サッカーのレベルが過去数年で一段と上がったのである。これは恐らく南米サッカーにも大きく影響していくだろう。

 

もう少し具体的に言おう。イタリアは2006年にワールドカップを制覇して通算4度目の栄冠を手にした。それはブラジルの5回に次ぐ快挙でドイツの通算3回制覇を上回る。W杯の優勝回数を基に判断するなら、イタリアはヨーロッパ最強のチームである。ドイツはその次の強さという考え方ができた。

 

スペインはそれまで欧州カップを2度手にしていたが、ワールドカップ優勝の経験はなかった。つまり、W杯1回優勝のフランスやイギリスにも劣り、欧州杯を2度制してはいるものの、同選手権1回制覇のオランダやデンマーク、或いは隣国のポルトガル等と同程度の実力、という具合に見なされることさえあった。権威のあるFIFAのランキングで世界一に輝いたこともありながら、である。

 

ところがスペインは2008年に欧州杯を制覇した頃から、世界サッカーの驚嘆児となった。徹底的にパス回しにこだわり、従ってボールをキープし続け、相手をパスで翻弄しながらじっくりとゴール際に迫り、そしてシュートを放つ、というある意味ではサッカーの基本を愚直なまでに追求し続けて、ついにその技術をパーフェクトにした。彼らのパス回しは迅速、正確無比、しかも意外性に富む、というおどろきの連続。そうしたプレーは言うまでもなく選手ひとり一人の高い技術と才能なくしてはあり得ない。

それまで欧州サッカー、ひいては世界サッカーの牽引車の一角でもあったイタリアとドイツが、先ずスペインの変貌に驚きすぐさまそれを真似ようとした。もちろん真似ると言ってもスペインに匹敵する選手たちの高度なテクニックがなければ叶わないが、世界サッカーのトップクラスに君臨する彼らには幸いその力量が十分に備わっていた。同じことがイギリス他の欧州の強豪チームにも当てはまった。そうやってイタリアはカテナッチョ(堅守重視)を捨てて攻撃的サッカーに生まれ変わり、ドイツはファンタジー(意外性)溢れるプレーを学び、イギリスも体力と縦パスに頼る「運動バカ」サッカーから想像力を重視する競技スタイルに移行した。

 

では、なぜスペインは誰もが驚嘆する優れたプレー技術を獲得することができたのか。それはスペインがサッカーの強者であるイタリアやドイツを模倣し続けて模倣し切れず、負け続け、退屈であり続けた結果、独自のスタイルによってしか勝利は得られないと気づいて、一途にそれを追い求めたからである。彼らはイタリアのカテナッチョを打破し、ドイツの重厚だがファンタジー欠如のサッカーを否定し、縦パスに合わせて脱兎よりも速く走ることが身上のイングランドを蹴散らした。ボールポゼッションとパス廻しに徹底することで。言うまでもなくポゼッションサッカーこそ、彼らの成功の秘訣だった。それはフランスやオランダやポルトガル等々、他の欧州諸国のゲーム運びに対しても通用した。

 

欧州サッカー界では各国が常に激しく競い合い、影響し合い、模倣し合い、技術を磨き合ってきた歴史がある。一国が独自のスタイルを生み出すと他の国々がすぐにこれに追随し、技術と戦略の底上げが起こる。するとさらなる変革が起きて再び各国が切磋琢磨をするという好循環、相乗効果の連続。

今回のスペインの変革も多くの国々に影響を与えて欧州サッカーは大変革を成し遂げた。しかもその変革の波はさらなる変革を求めて次々に押し寄せ、欧州の国々のサッカーのレベルはお互いに影響し合いながら確実に上がり続けている。ことサッカーに関する限り、ヨーロッパは進取の気性に富む若々しい生命力で溢れかえっているのである。