かわいそうなアスマ・・
シリア危機が勃発して以来、僕はあなたに関するニュースを目にする度に、強い憐れみの念が湧くのを禁じ得ません。骨の髄までアジア人女性であるあなたに、同じアジア人として深く同情してしまうのです。あなたはシリア移民の子としてロンドンで生まれ、そこで育ち、民主主義大国の教育を一貫して受けています。出生地優先の理念から自動的にイギリス国籍を獲得し、同時にシリア人である両親の国籍も受け継ぎました。でも人々はあなたを「シリア国籍も有するイギリス人」だと考えました。「イギリス国籍も持つシリア人」とは誰も考えなかったのです。だってあなたはロンドンで生まれ、育ち、英語を母国語としてずっと生きていたのですから。
あなたは欧米のメディアから「中東のダイアナ妃」という美しい呼び名さえ与えられていたことがあります。人権意識の乏しいシリア国内で、女性の地位向上に向けて働く一方、貧しい子供たちを救うために精力的に慈善事業に関わっているという「噂」が、生前多くの慈善行為を行って世界を感動させた、あのダイアナ妃に似ているという軽率な命名でした。あなたは断じてダイアナ妃などではない。エイズに掛かったアフリカの幼な子を抱きかかえて苦悩する姿が、若い慈母のほとばしる真実を表して感動的だったダイアナ妃とは似ても似つかない。ダイアナ妃の行為にはあふれ出るまごころだけがもたらす美と高潔があった。あなたの行為には、見られることを意識して振舞うパフォーマンスと計算の臭いが漂っている。それはパレスチナの子供たちを憂慮する振りで、イスラエルを口汚くののしっているだけの陳腐な政治ショーに満ちたTVインタビューや、貧しい子供たちを抱擁し慈しんでいる「らしい」多くの写真や、夫と共に外国首脳や元首に相対する聡明そうな写真などなど、全てに共通する特徴です。
あなたはロンドン大学を卒業後にJPモルガンに勤務したこともあるモダンなキャリアウーマンという一面も持つ。従って自己演出をうまく行って、公共イメージを高めることの重要性も恐らく知っているのでしょう。あなたはファッションのセンスも群を抜いて優れています。体形も三人の子供を生んだとは思えない理想的な姿に見えます。フォトジェニックな美貌とセンスの良いファッションは、世界中の女性たちの羨望を呼び起こすほどです。あなたはきっとパブリシティのプロを雇って、一挙手一投足を制御管理し、最高のパフォーマンス効果とイメージの向上に躍起になっているに違いない。そうとしか考えられない「わざとらしさ」が、あなたのやることなすことの全てにはにじみ出ています。
あなたが最後にパフォーマンスをしたのは6月の末です。ジーンズにTシャツ、しかも裸足というラフな格好でバドミントンをしていましたね。普段のエレガントなファッションをかなぐり捨てて遊ぶ姿は、ほとんど女学生かと見えるほどに若々しく健康的で生気に満ちていました。どこから見ても市街戦の恐怖に苛まれている国の、当事者中の当事者である大統領の妻とはとても思えない。それもその筈です。Tシャツにはアラビア語で大きく「私の国シリアは情け深いやさしい国」と書かれていました。それは世界に向けてのプロパガンダ写真だったのです。だからあなたは思い切り明るく楽しげに振舞ったのですね。なかなかの役者ですが、この期に及んで見え透いた喧伝文句をTシャツにプリントする感覚は、遅れたお国のおバカさん、としか僕には見えませんでした。おどろくほどに愚劣で幼い、世界との感覚の齟齬が露呈したパフォーマンスでした。きっとあなたも、あなたのスタッフや優秀なアドバイザーたちも、追い詰められてまともな思考ができなくなっているのでないか、と僕は推測しています。
あなたはそのあとに起きた7月のダマスカス中心部での閣僚爆死事件以来、公に姿を現していませんが、今のところ国外に逃亡した様子もないようです。昨年民衆に殺害されたリビアのカダフィ大佐は、妻と娘を含む家族たちを政権が崩壊する前に国外に逃亡させましたが、あなたの夫はあなたとまだ幼い3人の息子たちを安全な場所に避難させるつもりはないのでしょうか。なにしろ民衆を虫けらのように虐殺しながら、卑怯千万にも自分の身や家族は最後までかばい、守ろうとしたり、安全な場所に避難させたりするのが、独裁者の十八番ですから。
あなたが生まれ育ったロンドンは世界でもっとも国際的な街、グローバル化の進んだ開明的な都会です。たとえば同じ国際都市でもニューヨークの場合は白人と黒人がせめぎあう街と言うことができます。世界中からあらゆる人種の人々が流れ込み住み着いてはいるものの、そこでの主役はあくまでも白人と黒人なのです。少なくとも圧倒的に彼らの存在感が大きい。ロンドンは違います。そこはニューヨーク同様に西洋の都会でありながら、住まう人々の肌の色は白も黒も黄色も褐色も緑も青も、なにもかもが一緒くたになっています。白人と黒人ばかりではなく、インド・パキスタン系、中近東・アラブ系、中国・日本・韓国などの東洋系、南米インディオ系などなど、世界中の人種が坩堝(るつぼ)になり入り乱れて主役を演じているのがロンドンです。
人種混合に寛容なロンドンはまた、世界でもっとも女性解放の進んだ都会でもあります。非欧米世界からロンドンにやって来た多くの者は、そこで生まれて初めて女性の人権と解放についても真剣に考えさせられることになります。女性は我われ男性と同等の権利と能力を持つ相棒であり、かけがえのないオルター・エゴです。それは男女が同じ存在という意味ではなく、「男女は違うものであり且つ違いは優劣ではない」という基本精神に基づく、真の意味での男女同権論のことです。女性差別を無くさない限り真の民主主義はあり得ず、人間性の解放もない。世界の文化・文明国のランクは、女性差別の重さと反比例する。従って女性差別の撤廃に向かって積極的に歩む欧米の国々が、上位にランクインするのは論を待たないところです。
あなたは、イスラム教徒であるシリア人を両親に持つ女性です。従ってあなたの家の中にはきっと男性上位の戒律、掟、道徳が満ち満ちていて、あなたはそれにまみれて育ったものと思います。しかしロンドンのあなたの自宅を一歩出れば、アメリカなどと並んで女性解放の大きく進んだ国の、風通しの良い進歩的な社会が広がっていた。聡明なあなたは、きっといち早く自分の家族のあり方について、男尊女卑の理不尽について気づいたのではないでしょうか。ロンドンで最高学府まで学び、JPモルガンという世界屈指の投資銀行で働いたこともあるあなたはまた、堂々たるフェミニストでもあったでしょう。あなたがフェミニストになるのは、サナギが蝶になるように全く自然で確実な道のりだったように僕には感じられます。
事実あなたは、シリアの独裁者一族の中では、もっとも開明的な男だった眼科医のバシャール・アサドと出会い、結婚します。結婚後はヒジャブなどのアラブ女性の服装は一切身にまとわず、欧米の首脳夫人と一寸も違わない物腰で、大統領となった夫のバシャール・アサドと共に外国訪問などをこなし、世界各国の首脳はもちろんあなたの母国でもあるイギリスのエリザベス女王にさえ謁見しています。あなたは欧米の国々のファーストレディとそっくり同じでした。そればかりではなく、シリア国内の貧しい人々、特に子供たちに心をよせる、慈悲深い女性「中東のダイアナ妃」という称号さえ得たのでした。
ところがあなたは、シリア危機勃発後は自国民を弾圧する夫を尻目に沈黙を続け、それを不審に思う欧米のメディアの間では「あなたはきっと夫のアサドに脅迫されて沈黙を強いられている」とか「監禁されている」とか、果ては「子供を人質にされて身動きができずにいる」などという噂が飛び交いました。欧米のメディアにとっては、進歩的な「イギリス人女性」であるあなたが、バシャール・アサドという野蛮な独裁者の凶行を黙って見ている筈がない、すぐに立ち上がって夫を諭すか反旗を翻すにちがいない、と誰もが思い込んだのです。シリアの国内外の反政府勢力が、アスマ・アサドは自国民を弾圧・虐殺する夫と行動を共にしている魔女だ、といくら喧伝しても信じませんでした。あなたはそれほど欧米のメディアと人々に信用されていました。ほとんど何の根拠もなく。あるいは作られた虚像によって。
あなたは女性差別と闘う知的な女性でもなければ、慈愛深いファーストレディでもない。「中東のダイアナ妃」などという呼称に至っては噴飯ものの恥ずかしいレッテルです。あなたは、伝統という仮面を被った因習に縛られ、精神の強い閉塞と硬直に苛まれている一人の哀れなアジアの女性です。あなたが独裁者の夫に意見を言えないのは、あなたが精神的に自立していない、幼い、暗愚な女性だからです。あなたは多分夫のアサド大統領を深く愛しているのでしょう。夫の愛に包まれ守られて、揺りかごの中の赤ん坊のように夫に頼りきり寄りかかり、夫がこの世の全てとばかりに妄信して、精神的にほとんど夫の影のような存在であり続けているのではないですか?
もし僕の主張が間違っているなら、今からでも決して遅くありません。立ち上がってあなたの女性としての尊厳と、あなたの3人の息子の母としての強さと、あなたの愛する夫への真実を見せてください。夫のアサド大統領に「もう私たちの同胞を殺すのはたくさん!もうやめて!」と叫んでください。そうやってアジアの偉大な女性に生まれ変わってください。