教皇ベネディクト16世の退位を受けて、ローマ教皇選出会議、いわゆるコンクラーヴェ3月12日から開かれることになった。

 

受け取る人によっては、自慢話と決めつけられそうな点が気になるが、ま、自慢話の類いと考えられないこともないので、割り切ってそれに関連した私ごとを書いておくことにした。

 

コンクラーヴェで推挙されると見られている次期ローマ教皇候補の一人、ガーナのピーター・タークソン枢機卿は僕と妻の友人である。もっと控えめに言えば、僕ら夫婦の親しい知人、というのが正しいかも知れない。

 

こうやって奥歯に物が挟まったような言い方をしてしまうのは、もちろんタークソン卿がローマ教皇候補に目された、というちょっと恐れ多い事態が明るみになったからである。

 

キリスト教どころか、どんな宗教にも完全には帰依しない自分だが、親しくしている人物が世界最大の宗派の頂点に立つかも知れない、という現実に直面して、僕はやはり深甚な感慨に襲われている、と告白しておこうと思う。

枢機卿はガーナ出身の64歳。大工の父と路上マーケットの野菜売りだった母親の間に生まれた。貧しい中で努力を重ねてニューヨークの大学に学び、その間の学資はビルの清掃の仕事をして稼いだ。2003年、教皇ヨハネ・パウロ2世によって枢機卿に任命され、2009年以来、ベネディクト16世の命によって、バチカンの「正義と平和評議会」議長を務めている。
 

タークソン卿は僕ら夫婦が関わっているアフリカ支援ボランティア団体「エフレム(EFREM:Enargy&Freedamからの造語)」の創設メンバーの一人でもある。

イタリアを拠点にするエフレムは、アフリカでの太陽光エネルギー普及活動を行なう傍ら、数ヶ月に一度ほどの割合でわが家で決算報告会を開く。僕らはその集会でタークソン卿としばしば顔を合わせるのである


ローマ教皇候補と目されるほどの人だけあって、タークソン卿は思慮深い人格者である。それでいて気さくで飾らない人柄でもある。

僕は枢機卿とはイタリア語ではなく英語で意志の疎通をする。2人とも英語の方が気楽で話し易いと感じるのだ。もっとも枢機卿は母国語の南部ガーナ語の他に、英語、イタリア語、ドイツ語、フランス語、ヘブライ語を流暢に話す。従って英語が話し易いと感じるのは、実は僕だけなのかもしれない。

最初に会ったとき、聖職者である彼を英語で何と呼べばいいのか分らず、僕は率直に聞いた。

「イタリア語では枢機卿に対して一定の呼び方がありますが、英語では何とお呼びすればいいのでしょうか?」


それに対してタークソン卿は笑って答えた。

「ピーターと呼んで下さい。私たちはエフレムの共同参加者であり、友達です」

以来われわれはお互いに名前で呼び合う仲である。

もしも枢機卿が教皇に選出されたなら、以後は中々名前では呼べない状況になるだろう。それは少し残念な気がする。が、もちろんそんなことはどうでもいいことだ。

タークソン卿が、カトリック教会の最高位聖職者であるローマ教皇に選出されるなら、それはほとんど「革命」と形容しても過言ではない歴史的な大きな出来事となる。

長い歴史を持つキリスト教カトリックの頂点のローマ教皇には、黒人はおろかアジア人も南北アメリカ人もまだ上り詰めたことがない。

聖ペテロ(英語:ピーター)に始まって265代およそ2000年、教皇の地位は常にヨーロッパの白人が占めてきたのだ。

黒人のタークソン卿がカトリック教会の最高位聖職者に就くことは、アメリカ合衆国に史上初めて黒人の大統領が誕生したことよりももっと大きな意味を持つ、歴史の輝かしいターニングポイントである。

その当事者が僕らの親しい人であることは大きな誇りである。と同時に、少しの落胆でもある。なぜなら彼は教皇に選出された瞬間に、きっと僕らからはぐんと遠い存在になってしまい、気軽に会ったり、共にアフリカ旅行の計画を練ったりするような間柄ではなくなってしまうだろうから。

しかし、繰り返しになるが、そんなことはもちろんどうでも良いことだ。

黒人のローマ教皇の誕生、という考えただけで身震いするような歴史の節目に立ち合うことができるのなら、僕は卿との友情は胸の内に封印して、彼を陰ながら支え、応援していく大衆のひとりとして、事態を大いに寿(ことほ)ごう思う。