混迷を極めていたイタリア大統領選挙は、現職のナポリターノ大統領を、国が崩壊してもおかしくない土壇場で再選して終了した。全1007票のうち、自派の候補に固執した五つ星運動系の200余票を差し引いた、約800票中738票を獲得しての当選だから、心情的にはほぼ全会一致の再選、と形容しても良いだろう。

 

4月18日に始まった大統領選挙は、議会2大勢力である中道左派と中道右派の確執、一転しての協力合意、そして裏切り、とドラマチックに展開した。そこには左派の中核である民主党の内部分裂が深く関わっていて、求心力を失った同党のベルサーニ書記長は、大統領選挙後に辞任すると表明。

 

民主党の内紛のあおりを食って大統領選挙は完全に暗礁に乗り上げた。もはやどうにもならないと国中が絶望感に陥った時、なんと辞任を表明したベルサーニ民主党書記長、その天敵のベルルスコーニ前首相、さらに辞任が決まっているモンティ首相の3人が、個別にナポリターノ大統領を訪ねて続投を懇願した。

 

間もなく88歳になる同大統領は、高齢を理由に二期目の大統領選出馬を固辞し続けてきた。しかし、現状、政府さえも存在しないに等しいイタリアの政治混乱に、さらに輪をかけることが確実になった事態を憂慮した大統領は、「国に対する私の責任がある」と悲痛な心境を告白して、ついに3者の要請を受け入れた。

 

その直後に行なわれた6回目の投票で、ナポリターノ大統領はイタリア共和国史上初めて、2期14年を務める国家元首の地位に就くことが決まった。ここから7年の任期を終える頃には、ほぼ95歳になる同大統領は、政治混乱が収束した暁には途中退位すると見られている。が、自己犠牲の発露以外の何ものでもない、勇気ある決断をした老大統領の真情に、イタリア国民の多くは深い敬意を表している。

 

イタリア大統領には、議会解散権や首相任命権、また国民投票実施の権限などが与えられている。しかしそれらは、政治混乱が甚だしい現在のような国の状況でこそ重みを持つが、普段は儀礼的な役割を務める象徴的な国家元首、という面が強い。

 

それでも、イタリア財政危機に端を発した政治混乱の中で、ナポリターノ大統領が見せ続けた誠実な言動と指導力は、まるで無政府状態のように紛糾・空転するイタリア共和国を一つに繋ぎとめる効力があった。その最たる証拠とも言えるのが、大統領選3日目の4月20日の出来事である。

つまり、極限の政治混迷の中で議会が四面楚歌に陥ったその日、徹底的にいがみ合っていた右派のベルルスコーニ前首相と左派民主党のベルサーニ書記長、さらにモンティ首相の3人が、図らずもそれぞれが大統領府に赴いて、任期切れ間近のナポリターノ大統領に再出馬を要請したのである。

僕は今「図らずも」と言った。でも実は、彼らは多分それを「図った」のである。つまり3人は、大統領に面会する前に既に対立を脇に置いていて、政治混乱を収束させる方向に動こう、ということで一つにまとまっていたに違いない。そして彼らのその動きは、ナポリターノ大統領の再選となって見事に結実した。

再選されて任期が伸びたナポリターノ大統領は、議会の解散や総選挙の実施ができるようになった。だが、実は彼が望んでいるのは、政党間の亀裂が再び広がりかねない総選挙ではなく、あらゆる会派が集って作る連立政権である。現実的にはベルルスコーニ前首相の自由国民と書記長辞任を表明したベルサーニ氏の民主党、それにモンティ首相の少数会派「市民の選択」の話し合いによる連立政権が目標となる。

 

その場合、首相候補として名前が挙がっているのは民主党のジュリアーノ・アマート元首相、あるいは同党のエンリコ・レッタ副書記長。また、もしもそこで合意形成が成されないときは、ナポリターノ大統領とモンティ現首相が率いる暫定内閣の可能性も取り沙汰されている。

 

それとは全く違うシナリオも考えられると思う。

大統領には恐らくしおらしい言葉で再出馬を懇願したであろうベルルスコーニ前首相が、豹変して再び解散総選挙を要求することである。彼は大統領候補としても名前が挙がっていたアマート元首相を、連立政権の首班として受け入れるのには問題がないと考えられている。しかし分裂の危機にある民主党が一枚岩にならない時は、大統領選挙を通して弱体化した同党がさらに地盤沈下したと見て、総選挙に打って出たい欲求に駆られるに違いない。

一筋縄ではいかないしたたかな男がベルルスコーニ前首相なのである。

 

ベルルスコーニ前首相、ベルサーニ民主党書記長、モンティ首相という政界の重鎮が、手を携えてナポリターノ大統領の再選を演出したのは、政治混乱の収拾に向けた大きな一歩だった。しかし、多くの思惑が入り乱れて横行闊歩するマキャベリの母国、ここイタリアの政界のことである。先行きは全く不透明だと言わざるを得ない。

 

ただ今回の大統領選挙の騒動で明らかになったことが一つだけあると僕は思う。つまりこのまま既成政党間の連立が成って政権が樹立された場合、大きな政治のうねりを作ってきた五つ星運動の勢いが、かなり殺がれていくのではないか、ということである。

五つ星運動は、大統領選挙でも決して妥協せず、自らが立てた候補に固執した。それどころか、ナポリターノ大統領の再選にさえ、激しく反発した。それが彼らの真骨頂なのだが、政局の混乱を全く意に介していないことが明らかな身勝手な動きは、やはり異様なものに見えた。

既成政党や政治家の腐敗を痛烈に告発した、五つ星運動の功績は断じて無くなることはないだろう。が、今のままでは五つ星運動は、反対のための反対に終始するだけの、ただの「抗議勢力」に留まるのみで、実際に政権運営に関わるような、責任ある真の政党にはなり得ないのではないか、とも思うのである。