今夜のコンフェデ杯準決勝戦を待つイタリア現地からひと言。

イタリアはいたって静かです。理由が幾つかあります。もっとも大きな理由は、今のスペインにはイタリアはまだ勝てないだろう、という国民多数の悟りのような思い込み。

もう一つの理由は、コンフェデ杯をそれほど重要視していないこと。楽しんで見てはいるが、W杯や欧州選手権とは格が違う、というこれまた国民的コンセンサスのようなムード。

頼みの綱の一人、フォワードのマリオ・バロテッリが負傷で戦線離脱してしまったこと。この事実は対スペインへ戦へ向けての無力感をさらに増大させています。

こう書いてくると、イタリア中が暗い悲壮感におおわれて沈んでいるように聞こえるかもしれませんが、楽しんで見てはいる、と前述したように決してそういうことはなく、いわばサッカー強豪国の余裕のようなものを感じさせる前向きの諦観、みたいな不思議な雰囲気なのです。

僕はテレビ屋ですので、これまでセリエAを中心にイタリアのサッカーの取材もずいぶんやってきました。そこでつくづく感じるのは、イタリアのサッカーの強さとは「イタリア国民のサッカーへの思い入れ」そのものに他ならない、ということです。

選手の能力の高さやチームの組織力や指導者の力量の偉大、などももちろん強さの秘訣ですが、そうしたことは国民のサッカーへの思い入れの深さによって支えられ育てられたもので、それはひるがえって国民のサッカーへの情熱をさらに掻き立て、めぐり巡って選手やチームや指導者のレベルをさらに押 し上げて行く、という悪循環ならぬ良循環を形成しています。

言葉を変えれば、イタリア国民はサッカーを実に良く知っています。イタリア国民の一人一人はサッカーの監督、という彼らのディープな思い込みをイタリア人自身が揶揄った言葉がありますが、事ほど左様に彼らはサッカーにうるさい。

サッカーをこよなく愛するイタリア人は、当然我を無くすほどに熱く燃えることも多々あります。同時にそれを熟知する彼らは、事態を冷静に観察して理性的に構えていることもまた多いのです。

今夜の対スペインとの準決勝を待つ彼らの態度がまさにそれです。イタリア国民は今現在のイタリアのサッカーが、2006年のW杯制覇をピー クに停滞期に入っていることを良く知っています。同時にスペインのサッカーが、恐らく来年のW杯くらいまでは世界最強であり続けるのではないか、とも感じています。

もっともこの点に関しては異論もあり、2010年のW杯を挟んで欧州選手権を史上初めて連覇したスペインは、そろそろ常勝サイクルの終わりを迎えつつあるのではないか、と考える人々も増えています。

ただ多くのイタリア人は、スペインが後退してもそれに取って代わるのがイタリアだとは少しも思っていません。それは多分ブラジルであり、ドイツであり、あるいはアルゼンチンあたりではないか、と思っているふしがあります。つまり今のイタリアは、世界の強豪国の中では最も下位にいる、と冷静に 分析しているのです。

スペインのデル・ボスケ監督は、準決勝でイタリアと対戦することが決まった時「私のキャリアの中で初めて決勝戦を行なった後で準決勝を戦うことになる」という趣旨のことを言いました。イタリア戦が事実上の決勝戦だという訳です。

彼は恐らく選手の気持ちを引き締める目的でそう発言したのでしょうが、W杯をブラジルの5回に次いで4回も制覇しているイタリアは「腐っても鯛」、という気持ちもまたきっと抱いているのでしょう。

ボスケ監督の言葉はここイタリアでも大きく報道されましたが、サッカーにまつわる心理作戦にも慣れている人々は、彼の言葉をスペインチーム自身への戒めと捉えて、ぬか喜びをするようなことはありませんでした。このあたりが、ラテン人らしく熱く燃えながら同時に冷めてもいる、イタリアのサッ カーファンのすごいところだと感じます。

個人的なことを言いますと、わが日本が敗退してしまった今は、僕はイタリアを応援しています。しかし、サッカー大好き人間としては、決勝戦でスペインとブラジルの激突を見てみたい気もします。周知のように華麗なパス回しを誇るスペインのプレースタイルは、欧州各国はもとより南米の強豪国にも 強い影響を与えています。イタリアやドイツなどの古豪は、その戦術を彼ら独自のやり方で取り込んで進化を遂げつつあります。ブラジルが、その本家のスペインにどう挑むのか、来年のW杯を前にやっぱり見てみたい。

もしもイタリアがスペインに勝てば、決勝でブラジルも下してあっさり優勝するかもしれません。イタリアというのは不思議なチームで、不利な状況に置かれたり、やっとのことで予選を勝ち進むような苦しい展開が続くと底力を出します。昨年の欧州選手権でも優勝候補のスペインやドイツの影に隠れ て、ほとんど注目されていなかったのですが、結局ドイツも破って決勝戦まで駒を進めました。

今年のコンフェデ杯もそうです。今この時まで進んだ段階でも、スペインとブラジルにはとても歯が立たないような印象があります。こういう時のイタリアは要注意だと思います。

再び個人的には、たとえ決勝戦まで行ってもイタリアには優勝してほしくない。なぜならそこで勝てば、イタリアは「コンフェデ杯優勝チームは W杯に勝てない」というジンクスをきっと継承するように思うのです。これがスペインやブラジルなら、コンフェデ杯を制して来年のW杯も優勝するだけの「余力」がある、と僕は感じます。言葉を変えれば、スペインとブラジルはそれだけ今現在のイタリアの力を凌駕しているように思います。

日本ではコンフェデ杯で3連敗したザックジャパンと監督自身への批判が高まっているようですね。残念です。次回はサッカー文化、という観点から日伊のサッカーについて意見を述べてみたいと思います。僕はサッカーの専門家ではありませんが、サッカーを愛する気持ちと、仕事体験の中で見てきたイ タリアサッカーの面白さや不思議をおどろく気持ちは誰にも負けないつもりでいます。