ベルルスコーニ元首相に実刑判決が下った。ついに彼の終りが始まった、と言いたいところだが、世紀の大政治喜劇役者の命脈はどっこいまだ断ち切られていないのかもしれない。

イタリア最高裁(破毀院)は、脱税事件で起訴されていたベルルスコーニ 氏に禁錮4年の有罪判決を言い渡した。また2審のミラノ高裁判決「禁錮4年、公職追放5年」のうち、公職追放は認めたが、その期間については支持せずに高 裁に差し戻した(6年に確定)。この意味するところは、元首相は今のところは上院議員の地位は剥奪されず、彼の政治活動の牙城である自由国民党党首の地位も守られる、と いうことである。

元首相は、高裁による公職追放期間の再審理後には上院議員の資格も確実 に失うことになった。だが90年台半ば以来、ほぼ20年の長きに渡ってイタリア政界を牛耳ってきた男は、大いなる知恵者であり寝業師でもある。今後も多く の訴訟事案を抱えている事情もあって、政財界はもちろん司法にも影響力を行使し続けたい彼は、死に物狂いで反撃に打って出ることになるだろう。事実最高裁 の判決が出た直後から、元首相と自由国民党の幹部は司法改革を要求し、それが成されなければ総選挙を実施するべき、と声高に主張し始めた。政界での生き残 りを賭けた元首相の揺さぶりが既に始まったのである。

ベルルスコーニ氏は数々のスキャンダルにまみれ、30余の裁判事例を抱 えながら、自らの政治力を有効に使って全てを有利に運んできたが、今回初めて最高裁で4年の実刑を言い渡された。しかしそれは、刑務所の過密収監状態を緩 和するために制定された恩赦法によって、禁錮1年に減刑された。70歳以上の罪人の禁錮刑は自宅軟禁または社会奉仕活動で代替することができ、元首相は 30日以内にどちらを選ぶかを決めることになる。

最高裁で断罪されたとは言うものの、元首相の「終りが始まった」と考えるのは早計だと思う。なぜなら公職追放期間が高裁に差し戻されて再審理となった事実が、ベルルスコーニ氏の「終りの始まり」を阻む可能性があると考えるからである。

この審理差し戻しこそ玉虫色の政治決着である。なぜなら元首相は下級審での審理が結審するまでは上院議員や自由国民党党首に留まることができる。最高裁の決定は、元首相をただちに公職から追放することで起きるであろう、政界の大混乱を避けたものである。

い政治混乱を経てようやく樹立されたイタリア民主党のレッタ現政権は、元首相の王国である自由国民党との連携で辛うじて命脈を保っている。イタリア危機が 叫ばれ、深刻な財政危機に伴う不況からの脱出の出口が全く見えない現在のこの国の状況では、少なくとも現政権の安泰は絶対に必要なものである。イタリア政 財界はもとより、EU連合構成国や米国などの水面下でのプレッシャーにも後押しされて、イタリア最高裁は苦肉の策で公職禁止期間の差し戻しを決定した。

それは僕などもある程度予測していた結果 あり、イタリア共和国にとっては極めて重要な判決である。ベルルスコーニ氏と彼が党首を務める自由国民党は、前述したように実刑判決を不服として司法改革 や総選挙の実施を求める声明を出すなどして既に神経戦を展開している。彼らは2審高裁の判決が出ると予想されている年末までの間に、巻き返しを狙って必死 に攻勢をかけ続けるだろう。その間は影響力の失墜を怖れて、政権を手放すというような無謀な真似は恐らくしない。むしろ懸命に連立政権の維持を模索するの ではないか。そしてそれこそが、最高裁による公職期間差し戻し審理の本旨なのである。

権中枢の民主党議員団の中には、有罪判決を受けた元首相を党首に戴く自由国民党との提携はただちに解消するべき、という主張も決して少なくない。しかし同 党のエンリコ・レッタ首相は、「イタリアの利益が最優先されなければならない。事態に過剰反応することなく冷静になるべき」、として自由国民との連立政権 の維持を表明し、政治混乱の再来を深く懸念するナポリターノ大統領も、「司法制度の尊重」を訴えながらレッタ首相の立場を支持している。

曾有の経済危機にさらされているイタリアは現在、政権崩壊や政治混乱を容認する余裕はまったくない。それは反目する各政党や国民、またレッタ首相や大統領 や、果てはベルルスコーニ元首相その人までが同じ気持ちである、と断言しても恐らく過言ではないと思う。むろん司法界も例外ではない。繰り返しになるが、 そうした政治状況の中で出たのが、最高裁の玉虫色の政治的判決なのである。

首相は高齢(76歳)を理由に刑務所には収監されず、自宅軟禁か社会奉仕活動で贖罪をすると見られる。最高裁の判決の前には、政界や司法への揺さぶりを意 識して「実刑判決が出るなら刑務所に入る」と公言したりしていたが、判決が出た今はそれについては口を閉ざしており、恐らく自宅軟禁の道を選択するのでは ないか。

ラノ高裁は公職追放期間を5年から3年に減刑すると見られているが、ここから年末までの間にベルルコーニ氏と自由国民が激しく攻勢に出れば、状況は幾らで も変化すると考えられる。なにしろ元首相と自由国民は、レッタ連立政権をいつでも空中分解されられる決定的なカードを手にしている。自由国民が政権を離脱 すると宣言すれば、レッタ内閣はたちまち瓦解するのである。

ルルスコーニ氏は、今現在は連立政権内に留まることが自身の利益になるとは知りつつも、政治的社会的な生き残りを賭けてありとあらゆる奇策や方策や陰謀を 繰り出すのだろう。そのうちには政権離脱、という常識的に見れば自身の立場に不利益な手法も含まれるに違いない。何をするか予見できないのが元首相の本領 だ。

したたかな政治家である彼は、イタリア財政危機の操縦を誤った責任を取らされての2年前の失脚や、2審高裁での有罪判決などを受けて政治生命を絶たれた、とみなされていたにも関わらず、今年2月の総選挙で民主党に肉薄する勝利を得て見事に復活した。

にとっては1年間の自宅軟禁や前科者の烙印などはどうということもないだろう。それよりも、ミラノ高裁での結審後に上院議員の地位を失う公職追放の方が大 きな痛手である。しかし、巨大な財力としたたかな政治臭覚が衰えない限り、再び逆境から立ち上がる可能性は充分にある。たとえばイタリアの政治環境を大き く揺るがしたネット党「五つ星運動」の党首ベッペ・グリッロ氏にならって、自らは国会議員になることなく党を支配して大きな影響力を行使し続けることもで きる。

ベルルスコーニ元首相の終りはまだ始まっていない可能性が大いにあるのである。