イタリア最高裁で脱税の有罪確定判決を言い渡されたベルルスコーニ元首相は、国会で上院議員資格剥奪審議にかけられ、それはほぼ確実に採択されて彼は上院議員の地位から転がり落ちると見られている。

 彼にとってそれは耐え難い屈辱であるばかりではなく、ほぼ20年に渡って行使してきた巨大な政治的影響力の終焉を意味し、少女買春容疑に始まる多くの裁判案件や自身のビジネス王国の活動にもネガティブに作用することが確実な出来事である。

 そこで、保身と私利私欲に狂った元首相は、自らが党首を務めるPDL(自由国民)党を介して、彼の上院議員追放決議で政権連立相手の民主党が賛成票を投じないように、と同党のレッタ首相に激しい揺さぶりをかけ続けてきた。そしてついにPDLの5閣僚を辞任させて連立政権を崩壊させようと試みた。

 ヌスットタケダケシイ、と形容されても仕方のない信じがたい行動である。イタリアファンである僕は、彼の一連の動きが功を奏して、元首相がゾンビのように復活復権することを危惧していた。もしそうなれば、イタリア共和国の民度がひどく低いという証明になる、とさえ本気で考えていた。

 だが幸いその暴挙に対しては、PDL内部から造反者が出た。それも想像以上に多くの反乱者が。

 思い上がりを厳しく突かれたベルルスコーニ元首相は、あわてて暴論を撤回し、あまつさえレッタ首相支持を言明した。そうやって彼の権威は今度こそ確実に失墜し、PDLは分裂の危機に陥った。彼の議員資格剥奪決議への動きも加速を始めた。

 PDLは言うまでもなく、イタリア保守派全体の専制君主、と形容しても過言ではないベルルスコーニ氏の狼藉に真っ向から立ちはだかったのは、レッタ政権の副首相兼内務大臣であるアンジェリーノ・アルファーノPDL幹事長である。

 42歳のアルファーノ氏は早くからベルルスコーニ氏の後継者と目されてきた。第三次ベルルスコーニ内閣ではイタリア憲政史上最年少の37歳で法務大臣に就任。今年成立した民主党のレッタ政権では副首相兼内相という重要ポストに就いた。

 ベルルスコーニ氏は、自身より35歳若い彼を息子同様の存在と公言して可愛がり、取り立てた。同時に元首相はアルファーニ氏を「優秀だがリーダーとしては何かが足りない」と軽侮したりもしている。それでもアルファーニ氏はベルルスコーニ元首相への忠誠を変えず、反対勢力からは彼の腰ぎんちゃくだと揶揄されたりもした。

 そのアルファーニ氏が今回の政変ではレッタ内閣を支持する、と言明してボスの元首相に敢然と立ち向かい、それを機にPDL内の不満分子が結束してベルルスコーニ党首に反旗を翻した。元首相は形勢が圧倒的に不利であることを察して、さっさと主張を曲げて自身もレッタ内閣を支持する、と表明。彼の完璧な敗北が明るみになった。

 男を挙げたアルファーノPDL幹事長は、イタリア歴代首相の中で3番目に若いレッタ首相よりもさらに年下に当たる。将来は確実にイタリア政界を背負って立つ器と見られている38歳のレンツィ・フィレンツェ市長と共に、一気にレッタ後の首相候補とさえ目される存在になった。

 イタリアの政治改革は喫緊の重要課題である。元首相を筆頭に老人がのさばっているこの国の政界では、改革は思うように進まず、それが恒常的な政治不安の温床の一つになっている。30~40歳代の若い政治家の台頭は、膠着したイタリア政界に確実に風穴を開ける、と期待したい。

 アルファーノ氏はシチリア島出身。そのため悪意ある北部イタリア人からは「マフィア」、と陳腐な陰口を叩かれたりもする。だが実はそれには根拠もある。

 1996年、彼は地元シチリア島でマフィアの家族の結婚式に出席したとして、ローマの新聞に糾弾された。彼はそれを否定し、後にはそれがマフィア一家の結婚式だとは知らずに出席した、と弁明。一度否定した事実やその後の苦しい言い訳が祟って、特に北部イタリア人からは色眼鏡で見られることが多くなった。

 僕自身も彼にはあまり好感を持ってこなかった。だがそれは、イタリア北部人がシチリア人に持つ「シチリア人は皆マフィア」的な偏見に影響されたからではない。

 シチリア人=マフィアという偏見は、イタリア人のみならず世界中の多くの人々の心中にも宿っていると考えられるが、それは言わば「シチリア島にはマフィアは存在しない」と主張することと同程度の荒唐無稽な思い込みである。シチリア島にはマフィアの悪が確実に存在する。そしてシチリア島の住民はそのマフィアの最も大きな被害者であり、誰よりも強くその根絶を願っている人々なのである。

 僕がアルファーノ氏をほとんど疑惑にも近い思いを抱いて見てきたのは、彼がベルルスコーニ氏のタイコ持ち的存在である事実に全く好感が持てなかったからである。特に近年は、ベルルスコーニ内閣の重要ポストや党の幹事長などの地位を利して、ボスのデタラメな行跡を庇うようにも見えて、彼の政治家としての存在に疑義の念を抱くことが多かった。

 今回のアルファーノ氏の毅然とした態度で僕の見方は180度変わった。国家の危機を逆手に取って、自らの権益を守ろうとした元首相の陋劣な動きに、はっきりとノーを突きつけて危機を回避した。すばらしいことだった。

 アルファーノ氏の動きは「恩を仇で返す」ようなもので受け入れ難い、という見方もきっとあるだろう。シチリア島人らしく古風かつ律儀な面を持つアルファーノ氏にも、恐らく葛藤があったに違いない。事実彼は元首相に反旗を翻す際「私は常にあなたと行動を共にします。しかし、あなたの今の過激な考えには賛成できない」と諌めてからレッタ首相を支持する、と公言した。恩は恩、邪は邪と明確に弁別したのである。そこに、清濁併せ呑む度量を持つ政治家の資質を垣間見るのは僕だけだろうか。

 僕は彼の若さと、シチリア人としての律儀な哲学や、モラルや、節操に大いに期待したい気分になっている。彼が今後イタリア政界でさらに活躍を続けていけば、それはきっと一部のイタリア人が執拗に抱き続ける「シチリア人=マフィア」、という不当な先入観を打ち負かす一助にもなるだろうから。