米ニュース週刊誌「TIME」の最新号(2013年10月7日付)が“JAPAN RISING”というタイトルで日本特集記事を組んでいます。僕はこの雑誌を30年近く定期購読しているのですが、ここ数年は毎週配達されて来る号をざっと見流して、10冊中8~9冊はそのまま屑篭に投げ入れています。ネットからの情報がいろいろあるので、ほとんど読むべき目新しい記事がないのです。それなら購読を止めればいいのですが、長期購読契約なので一冊当たりの価格が店頭で買うよりも大幅に安いことと、ネットでは得られない上質の特集記事が時どき掲載されるので、捨てきれずに購読を続けています。

今回の日本特集もその上質の特集記事の部類に入ります。
「TIME」ネット版の無料サイトを覗いてみましたが、同記事はまだ掲載されていないようですので、ここで紹介がてら少し自分の考えを述べてみることにしました。

あらかじめ言っておきますが記事の内容には新奇なものはありません。海外メディアではむしろ言い古されたことばかりです。ではなぜ記事が上質なのかと言いますと、それがバランスの取れた中身になっているからです。同時にそれは世界のメディアが(従って世界の多くの人々が)今の日本をどう見ているか、の目安になります。日本国内にいると見えにくいものが、外から見ると鮮明になることが良くありますが、この記事に書かれている内容は、日本を外から眺めていることが多い僕のような人間にとっては、周りの人々(外国人)が発散してくる空気感と共に肌身にひしひしと迫る実感をもたらします。

表紙の記事タイトル“JAPAN RISING”は恐らくRISINGSUNまたは SUNRISINGを意識した書き方で、ピンと来る人はすぐに旭日旗を連想すると思います。また自衛隊戦闘機パイロットの写真に重ねた見開きページのタイトルは “帰ってきたサムライ”。どこから見ても、ある意味では陳腐な「右傾化する日本」を強調した(したい)報告であることが分ります。中身も同様ですので僕のこの記事のタイトルも「すっかり軍国主義復活と見られている日本」としてみました。


前置きが長くなりましたが、記事では安倍首相がタカ派と規定され、国内での憲法9条改正論議の高まり、軍備の増強、中韓との摩擦、東南アジア諸国との蜜月、米国との微妙な関係、自衛隊の誇り、尖閣を抱える沖縄の中国と自衛隊そのものへの不安など、日本と日本を取り巻く軍事的また政治的状況が正しい分析と共に紹介されています。

安倍首相がタカ派、又はナショナリストとして規定されるのは、欧米のメディアではほぼ常識と言っても良い捉え方ですが、インタビューコメントが挿入されている森本前防衛大臣や石破自民党幹事長などの保守層にとっては、もしかするとあまり耳障りの良い言葉ではないのかも知れません。

しかし、安倍首相はどこから見てもナショナリストであり、ナショナリストであること自体には何の問題もないと思います。ナショナリスト、つまり右派がいるから左派もいます。大事な点は立場を鮮明にして堂々と自らを主張し、友好国のアメリカや今やほとんど敵対国とさえ言える中国や韓国などとも十分に対話をして行くことだと思います。タカ派の宰相とは言え、安倍さんはまさか中国や韓国と戦争をしようとは思っていないでしょうから。

このまま行くと右寄りに傾きつつある日本の国論がどんどん右に曲がり続けて行く、という危険は常にある訳ですが、前大戦の総括を未だにしていないとはいえ、わが国の世論が戦前のように好戦的な方向に突っ走るとは僕には思えません。またこの「TIME」の議論も、安倍さんを始めとする日本の保守派の右傾化とその危険性をはっきりと指摘しながらも、わが国が戦前・戦中の狂気に陥りかねない、とまでは考えていないように読み取れます。それでも、
「米国の政策立案者たちは安倍首相にこれ以上の強硬姿勢は歓迎しませんよ」
と明確にシグナルを送っている、と書き足すことも又忘れません。

加えて「アジアでは比較的歓迎されているアメリカとは違い、日本は同地に多大な害を及ぼした70年前の軍国主義のレガシー(負の遺産、後遺症)を引きずっていて、近隣諸国の幾つかに疎まれている。それというのもドイツ人とは異なって、日本の政治家達は戦争時の日本の罪悪に関して曖昧な態度を取り、これを隠蔽しようとしたりさえするからだ。同時に軍国主義日本の最も大きな犠牲者である中国と韓国の指導者たちは、大衆の日本への憎しみをさらに焚き付けて、これを政治的に利用しようとする」とやはり日中韓3国を公平に評してもいます。

記事はさらに
「日本は世界5番目の軍事費を有し、靖国、慰安婦、集団的自衛権、などの懸案事項を内包しながら中国の軍備拡大に対抗する形でさらに軍事費を増やしつつあり、航空母艦にも似た海自の護衛艦“いずも”も就航させた。日本がそうやって軍事強化路線を推し進める中で、自衛隊員は過去とは全く違う国民の熱い視線を感じている。国民の彼らを見る好意的な目は、2011年の大震災の際の彼らの働きに対する感謝の念とも関係している。

例えば尖閣に近い沖縄の宮古島レーダー基地に勤務する自衛官は、国防の最前線にいるという実感と共に身震いするような誇りを感じている。しかし、沖縄の住民は自衛官と旧日本軍を重ねて見ていて、軍隊への不安も感じている。沖縄は先の大戦で地上戦を経験した。住民はその際旧日本軍が彼らを守ってくれなかったという深い絶望と怒りからまだ回復していない。彼らは中国への恐怖と同時に自らの国の軍隊への不安も感じている」

沖縄の住民の心理分析も的を射ています。自衛隊員は、未だ旧日本軍の亡霊に苦しめられている島々の住民に、彼らの誠実をきっちりと示す努力を怠ってはならないと思います。東日本大震災の際、彼らがほとんど自己犠牲に近いめざましい活動を提供して住民に深い真情を示したように。それは大戦で傷ついた沖縄の人々に対する、軍隊(自衛隊)の義務だと言っても良いのではないでしょうか。軍隊は地域住民を守らないという、人々の歴史経験の巨大な傷を癒やさない限り、沖縄はいつまで経っても自国軍、つまり自衛隊への疑惑を捨て切ることができないのではないか、と僕は感じます。もっともそれは平和時の話であって、もしも他国との戦争になれば議論はまた別の様相を呈することになる訳ですが・・・

「TIME」の記事はできる限り客観的であろうとしながら、結局安倍首相以下の日本のタカ派への警戒心を隠そうとはしません。そして最も重要なことは、その見方が国際世論の大勢であるという厳然たる事実です。僕がこの記事を書いているのもまさにそのことを指摘したいからに他なりません。現在の東アジアの情勢では日本が少しばかり右に傾くのは仕方のないことかもしれません。いや、むしろそれが当たり前でしょう。しかし、世界はそんな風には見ないのです。

一例を示してそれを説明します。戦後一貫して築いてきた平和愛好国家としての日本のポジティブなイメージは、2011年の東日本大震災の巨大な不幸を経てピークに達しました。世界の大半の人々は、大震災の混乱の中で見せた日本人の自己犠牲の精神や折り目正しさや正直や連帯意識に感動し、強く賞賛しました。それは日本と日本人への評価が最高潮に達した瞬間でした。その賞賛のほとんどは安倍首相の最近の従軍慰安婦発言や歴史認識問題で吹き飛んでしまいました。中国や韓国に限らず、軍国主義時代の日本と、それを明確に総括していない「もう一つの日本」に対する世界の多くの人々の警戒心は、少しも緩んではいないのです。日本の、特に保守系の政治家は、そのことを常に肝に銘じておくべきです。

「TIME」の記事は「軍隊にまつわる日本」への世界の心情を代表している訳ですが、同時に記事は
「驚いたことに、それでも安倍首相のタカ派的スタンスはアジアで支持もされている。例えばインドやミャンマーは中国よりも日本の方が経済パートナーとして信頼できると感じ、かつて旧日本軍の軍靴に踏みにじられたフィリピンや、インドネシア、マレーシアでは、国民の80%が日本をポジティブに見なしている」
とここでも又きちんとフォローしています。

さらに印象深いのは、元フィリピン国立防衛大学の学長クラリータ・カルロス氏が中韓両国、特に中国がかつて日本に侵略された歴史事実を楯にそれにこだわり続けることに対して、
「中国は過去の出来事を執拗に蒸し返して日本を攻め続けるばかりで発展性がない。それを言うならアジアの我々は皆、旧日本軍の被害を受けた。我々はそのことを忘れてはいない。だが我々は、許すこともまた知っている」
と、安倍首相を始めとする保守派の皆さんが泣いて喜びそうな意見もきちんと書き込んでいます。

それらは日本人の誰にとっても有り難いコメントだと思いますが、意見を手前味噌的にのみ捉えてはならないとも考えます。フィリピンが南沙諸島の領有権を巡って中国と対立している事実を持ち出すまでもなく、それらの国々は皆、中国と何らかの形での係争事案を抱えています。従って「敵の敵は友人」的なスタンスで日本に対している部分もある、とも考えられます。我々は、彼らの好意は好意としてありがたく受け留めつつ、その好意に甘え過ぎて、日本がかつてそれらの国々にも迷惑をかけたことがある、という歴史事実を決して忘れることがないよう自戒する必要もあるのではないでしょうか。